ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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11.『リィエル』の答え

 遠征学習は、結局中止となった。

 

 主な要因は、白金魔導研究所所長、バークス=ブラウモンの突然の『失踪』。

 それと共に、政府上層部より下った研究所の一時停止命令と、帝国宮廷魔導団からの前触れのないサイネリア島内の調査探索体の派遣によって、島内にいる全員へ島からの退避命令が勧告されたからだ。

 

 今回の一連の事件は、研究所内での『不幸な事件』として闇に葬られた。

 

 

 ……そして。

 

 

 遠征学習が中止になり、いきなりできた空白の今日。

 

 どこまでも青い空と、地平線の向こうまで続く海。

 穏やかに流れる風を吸い込むと、潮の香りが胸を満たした。

 

 燦燦と輝く太陽に照らされ、眩しいくらいの白い砂浜の上では、水着を着た生徒達の賑やかな笑い声が響き渡っている。

 その光景を前に。

 

「……成る程。これがお前の守りたかった光景か、グレン」

「さあな」

 

 アルベルトの淡々とした問いに、素っ気なく返事をしながらも、ビーチパラソルに寝転がるグレンの口元は、目の前の尊ぶべき光景に満足しているように綻ばせていた。

 

 ただ、この光景を永遠に眺めるために今回、アルベルトはグレンに接触したのではないわけで。

 

「しかし……グレン。どう思う?」

 

 少し声のトーンを落としたアルベルトは、グレンに問う。

 

「どう思うって……そりゃー、ルミアとか、テレサあたりの水着姿は――あ、アルちゃん!じょ、ジョークよぉ、ジョーク!あは、あはは……だから、その物騒な指を引込めて欲しいなぁ……」

 

 ゆらりと怒りを宿し、左指先をグレンの眉間に突き付けるアルベルトに、グレンは真っ青になって必死に前言を撤回する。そして、小言が飛んでくる前にと、勢いよくまくしたてる。

 

「こ、今回の一件で例の組織との戦いに進展があるか、だろ?でも、お前だってわかってるだろ?何も進展はねえよ。自信を持って断言してやる」

「……ちっ」

 

 舌打ちと共に引っ込んだ指に安堵しながら、グレンは続ける。

 

「しょせん、外陣(アウター)……第一団<<門>>(ボータルス・オーダー)クラスに過ぎないライネルと、お前が始末したバークスが組織の詳しい情報を持っているわけがない。あの程度の連中が持っているなら、組織との抗争が建国有史以来続くもんか」

「……」

「出てくるとすりゃ、魔術師による世界支配を望んでいることと……例のごとく謎の『禁忌教典(アカシック・レコード)』に対する意味不明な執着だけさ」

 

 禁忌教典……それは、帝国政府と天の智慧研究会との抗争において、何かと出てくる言葉だった。

 だが、それに対する詳細は不明。組織の連中らも、何かすら把握していないそれは一体何に使われるのか、グレンにとっては想像もつかない。

 

「あと、ノアのことだが……組織に勧誘はされたらしい」

「……勧誘()?」

「ああ、それもエレノアに直接な。だが、きっぱり断ったと。これは、リィエルとルミアも言っていたから確証はある。ただ、”ノアが死んだとしても『Re=L計画』があれば構わない”って言っていたらしいが……。あとは、エレノアがノアのことを『第9番目の芸術(ラ・ノーノ・アルテ)』と呼んだらしい」

「……」

 

 全く、天の智慧研究会の連中は、何やら意味の通じない呼び名が好きらしい。

 『第9番目の芸術(ラ・ノーノ・アルテ)』のことも『禁忌教典(アカシック・レコード)』同様、よく分からない。

 

 黙り込んでしまったアルベルトを見上げると、鋭い目つきで遠くを見据えている様だった。その横顔を見つめながら、グレンはある伝言を頼まれていることを思い出した。

 

「そういえば、アルベルト」

「なんだ」

 

 目だけグレンの方へ動かすアルベルトに、グレンは肩をすくめながら答える。

 

「ノアが”ありがとう”だとさ」

「俺は、ミネラーノに対して何かした覚えはないが?」

「……”あの子”のことだよ」

「……ああ、そのことか」

 

 施設にいた異能者だった”あの子”。

 ノアは、 ”あの子”のことを気に掛けていた。というよりは、悔やんでいたといった方が正しい。

 

――僕はあの子の前から逃げて、独りにしてしまった

 

 グレンがリィエルに斬られてから、ノアがどうなっていたのか聞いていたとき。

 ノアは顔を曇らせてそう告げた。そして、”あの子”を弔ってくれたことの感謝を、アルベルトに伝えて欲しいという事も。

 

 アルベルトは、静かにノアの話を聞いていたが、やがて小さく息を着くと、ゆるやかに首を振った。

 

「気に病む必要はない。それを行うために俺みたいな軍人がいる」

「そうだったな……」

 

 グレンがアルベルトの言葉にしみじみと呟く。

 二人の間に静寂が訪れる。しかし、突然。

 

「ははは、中々有意義な時間でしたよ、グレンさん」

「……は?」

 

 アルベルトがいきなり笑い出したかと思うと、口調と態度が、いきなり穏やかな好青年に代わり、グレンは目を白黒に変える。

 

「また、貴方と魔術議論ができる日を心待ちにしていますよ。では、私はこの辺で……」

 

 紳士然とした口調で一方的に別れを告げたかと思うと、アルベルトはくるりと踵を返し、グレンの元からすたすたと去っていった。

 

「……なんなんだ?」

 

 グレンは、その光景をただ口を開けてみていた。

 そこに、

 

「あ、先生~ッ!先生も一緒に西瓜、どうですか~ッ!?」

 

 ルミアとシスティーナがグレンの元に駆けてきた。リィエルとノアはそんな二人の後を、ちょこちょこと歩いてついてくる。

 そんな四人の様子をみて、思わずグレンは頬を緩める。

 

「ふふ、先生……大分、お疲れみたいですね?大丈夫ですか?」

 

 ルミアが気遣うように伺ってくる。

 

「ははっ、安心しろ。デカい剣で串刺しにされた時よりかはマシだ」

「う……」

「はは……」

 

 グレンの言葉に、リィエルがびくりと震えると、ほんの少し涙目になりながらノアの背後に半身を隠す。

 

「ちょっと、先生!いつまでも根に持つのは男らしくないですよ!?」

 

 すると、グレンの前にシスティーナが人差し指を差しながら立ちはだかった。

 グレンは、小言を言われているというのに、自分の顔が緩んでいくのを止められなかった。

 

 システィーナも、リィエルに相当怖い目にあわされたと聞いていたのに、今はリィエルの為に怒っている。それが、グレンにとってはうれしい事であった。

 

「ああ、そうだ白猫。アルベルトから聞いたが、お前、また俺を助けてくれたんだってな」

「え?」

「白魔儀【リヴァイヴァ―】のことだよ。アルベルトの儀式進行の補佐と魔力供給をやってくれたんだってな?」

「あぁ、あの件ですか。…………あ」

 

 次の瞬間、何を思い出したのか、システィーナはグレンから慌てて顔をそむけたと思うと、その顔がぶわっと赤く染まっていき……。

 

「サンキュ、助かった……って、お前、なんでそんなに顔が赤いんだ?」

「うるさい!このバカばか馬鹿ッ!あ、あんなの……ッ!もう知らないッ!」

「ちょっと、システィ!?あの、先生、リィエル。私、システィのこと見てきますから!ノアも手伝って!」

「うん」

 

 何が琴線に触れたのだろうか、システィーナはうがーッ!と叫ぶようにまくし立てると、そのまま踵を返し走り去ってしまった。

 そんなシスティーナに、ルミアとノアが慌てて追って駆け出す。

 

「なんなんだ……?俺、今回は何もしてねーぞ?」

 

 呆気にとられるグレンは呟いた。

 そんなグレンの傍らに、リィエルが膝を抱えるように腰掛け、グレンに問いかけた。

 

「ねぇ、グレン。わたしは……本当にルミア達の傍にいてもいいの?」

 

 随分と人間らしくなってきたリィエルに感動を覚えながら、グレンは無難な答えを返すことにした。

 

「さぁな。これからのお前次第じゃねーか?」

「わたし次第?」

「やらかしたことは消えはしないんだ。だから、あいつらにとって、お前が傍にいてくれてよかったって思われるように、これからがんばれよ。まぁ、簡単な話、やりたいようにやってみろ。フォローはしてやる」

 

 ぽん、とリィエルの小さな頭に手を載せる。

 

「……ん。わかった」

 

 グレンの言葉に、リィエルは力強く頷いた。

 

「わたし、ルミアを守る。ついでにシスティーナも。あの二人は一緒にいて、いつも笑ってる方がいいと思うから」

「……そこはせめて二人をって言えよ……」

 

「あと、ノアはルミア達を一緒に守るって約束した。だから、一緒に強くなる」

「……頼むから、刃傷沙汰とか器物破損はやめてくれよ。本格的に、俺が学院側に給料を払うことになるから……」

 

「もし、敵が来て危なくなっても、わたし、欲望とか狂気とかで、凄く強くなって守る。わたし、人間だからできる」

「俺が言ったあの精神論かよ……もっとマシな部分前半にあっただろ……」

 

「わたし、もう難しく考えない……バカだから。うん、バカだから。……バカだから」

「おい……根に持ってんのか?なぁ?根に持ってるんだな?」

「それと……」

 

 リィエルはくるりとグレンの方へ向き直った。

 

「グレン。わたし、やっぱり、あなたのために生きて、戦う」

「やれやれ、まーた妙な病気が出てきたか……。だから、言ってるだろ?俺を兄貴の代わりにするのは――」

 

 根本的には変わらんなと、グレンは呆れながらリィエルに目を向けた。

 しかし、そこで、グレンは信じられないものを目の当たりにした。

 

「兄さんの代わりじゃない」

 

 グレンを見つめ返すリィエルが、いつも眠たげで無表情なリィエルが――その時は薄く微笑んでいた。

 

「この間まではそうだったかも。でも、今は……よく、わからない、けど……そうしたいと思うから、そうする……そんな感じ。多分」

 

 呆然と硬直するグレンを前に、リィエルはぽつぽつと言葉を紡いでいく。 

 

「ルミアとシスティーナ、ノアを守る。そしてグレン、あなたの剣になる。グレンが望む道を切り開くために、グレンが守りたいものを守るために、わたしは剣を振ってみようと思う。よくわからないけど……多分、それが、わたしが大切に思うこと……かも。だから、そのために生きてみようと思う……だめ?」

 

 グレンはリィエルの目を見る。

 その瞳は、まっすぐで、真摯で――少なくとも誰かに依存して、思考を放棄している人の目ではなかった。

 

「……物好きなやつ。勝手にしろよ」

「ん。勝手にする」

 

 ため息をついて手のひらをひらひらさせるグレン。

 にこりと笑って、小首を傾げるリィエル。

 

 そんな二人の下に、ルミアとノアに宥められながらシスティーナが引っ張られてくる。システィーナはまだ、顔を真っ赤にして何やら喚いている様だった。

 

(全く、これから厄介なことが続きそうだ……)

 

 少々辟易しながらも。

 グレンは、口元が無意識に緩むのを抑えきれなかった。

 

 

 

 

 

――某所。

 暗く、狭く、湿っぽい空気。

 前後に続く閉塞的などこかの地下水路で。

 

 固い靴音を反響させながら、歩く影が一人。

 エレノアだ。

 

「ふぅ……アルベルト様に、グレン様……流石にあのお二方のお相手は疲れます……」

 

 どこか愚痴のような言葉の端々には何故か愉しそうな声音が混じっている。

 

「せっかく目的を達成したのですから、余計なリスクは避けるのが懸命というものでしょう……あのお二方には少々、可哀想なことをしてしまいましたが」 

 

 エレノアは、くすり、と一人でに嗤う。

 

 ライネルとバークス。

 二人が生きていようがいまいが、組織や目的に関するろくな情報は持っていないのだから。

 

「……まぁ、いいでしょう。あの二人は今回の件で大導師様の大いなる計画を一助できたのです。それはとても光栄で幸福なことですわ……」

 

 そう、ほくそ笑むと足を止め、エレノアは懐から小さな結晶を取り出す。その結晶には、今回の『Project:Revive Life』で行った儀式における、すべてのデータが記録されている。

 

 これこそ、エレノアが命よりも優先するべき目的だった。

 

「さて、件の姫君、ルミア様……予想以上でしたわ。『王者の法(アルス・マグナ)』付与率――九十八%……これは、今までのR因子発現者の中では歴代最高値でしょうか」

 

 とりあえず、完成と言ってもいい出来だろう。

 

 これで、空の城に至る『鍵』の一つは完成した。そして完成してしまった以上、当面の間、ルミアの生死を問わない身柄の確保に焦る必要もない。急進派と現状肯定派の内紛も、しばらくは落ち着くはずだ。

 

「大導師様もこの結果にきっとご満足いただけると思いますわ……さて」

 

 エレノアは愛おし気にその結晶を懐のポケットに落とし込む。

 

 それと同時にポケットから、また別のものを取り出すと、背後で音もなく近づいてきた者を振り返った。

 

「お探しのものはこれですか?」

 

 手のひらの上に乗せ、見せびらかすようなエレノアまであと一歩。

 手を伸ばせば触れられる距離でその者の足が止まった。

 

 深い影の中から、すっと姿を現したのは――

 

「ふふ、お久しぶりですわね…………

 

  

     ニヒル様」

 

 

 ()()()()として、天の智慧研究会に迎えられている彼は、愉しげに笑うエレノアを、無表情で、しかしその爛々と光らせた鋭い目を隠そうともせず立っていた。

 

 彼はその手の中にあるものを、一度冷たく一瞥すると、エレノアに左手を翳し、黒い魔力をその身に纏わせながら告げた。

 

「――その指輪、返してもらうよ」

 

 エレノアが持っていたもの。

 銀製の指輪。

 

 リングにあしらわれた、オリーブグリーンの丸い宝石が、暗闇の中でも淡く暖かな光を放っていた。

 

 

 

 

 

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