『姉妹みたいに』
ガンッ
鈍い音があたりに響き渡ると同時に、ギラリと光る大きな刃が足元にあったレンガを破砕し地面に刺さる。
身を捻ってそれを躱したノアに、リィエルは持ち前の剛力を以って、レンガに埋まったはずの大剣を軽々と引き抜くと、体制が崩れているノアにその刃を全力で振り回した。
「いいいいいやぁあああああ――ッ!!」
「――ふッ!!」
対してノアは、片手で操っていた剣を両手に持ち替えて、リィエルの大剣に滑らせるようにいなすと、さっとしゃがみ込み、リィエルに足払いをかける。
「!!」
振り回した剣の重力に従うまま、リィエルは足払いを避けるため、剣を手放して前方へ跳躍、前転する。ノアから約10メトラ先の地点でしゃがむように着地すると、大剣を瞬時に錬成し、追うように放たれた<<ショック・ボルト>>を斬り裂く。
そしてリィエルが剣を下段に構えた時、既にノアがリィエルに肉薄していて、
「はぁあああああッ!!」
振りかざされたノアの剣を、リィエルは避けることなくその刀身で受ける。
キィン、キィン、ガキィン、と。
ノアは速さを以って、リィエルは力を以って、しばらく打ち合って鍔迫り合いに持ち込む。力勝負は圧倒的にリィエルに分がある。これ好機とリィエルはさらに剣に体重を乗せ、ノアが膝をつきそうになる。
「く――っ!!」
「――っ!!」
地面すれすれのところでノアは急に力を弱めると、リィエルは体重をかけていた分、前のめりになる。それを逃さず、ノアが後ろへ跳躍し、リィエルと距離をとる。
ノアとリィエルの間は、約30メトラ。
互いに剣を向けたまま、じりじりと期を待って――。
「はっ!!」
「ふっ!!」
ノアは片手剣を上段に、リィエルは大剣を中段に構え、放たれた弾丸の様に突進していく。
20……10……5……
縮まる距離にノアとリィエルは全力で、
「「はぁああああああああ――ッ!!」」
「『はぁああああああああ――ッ!!』じゃねぇんだよォオオオ――ッ!?この お 馬 鹿 ッ!!」
剣が交わる直前、横から飛んできた影に、ノアとリィエルは後頭部を掴まれて互いの額に額を強打される。
いわゆる、”頭ごっちん”だ。
「「ー~~っ!!」」
二人はあまりの痛さに、その手から剣を落とすと、額を抑えてうずくまった。そして、涙目で悪魔の所業をなした元凶を見上げる。
「……グレン、痛い」
「……う、先生ひどい」
幼子のように非難の声を上げる二人に、それでも負けじとグレンは涙目で叫ぶ。
「この馬鹿!アホ!これどうすんだよッ!!」
グレンの必死の訴えに、ノアとリィエルは周りを見渡した。
放課後の中庭。
通常なら綺麗に並べられたレンガや、瑞々しい緑の芝生が床に敷き詰められており、ところどころにあるベンチは魔術議論に花を咲かせる生徒達が多くみられるのだが……。
現在みられるのは、ところどころ破砕されているレンガや抉れている芝生に、スパッと真横に斬られているベンチ、等々。そして、何事かと遠巻きに中庭を見ている観衆目的の生徒達。
それを見て、ノアは目をぱちくりとさせた後、自分のやらかしたことに気付き、しゅんと項垂れる。
「ごめんなさい……」
「いや、まぁ分かれば……いや、いや……ッ!!」
本当に反省しているらしいノアを見てグレンの気持ちが揺らぐが、それでもここで許してしまえば、ここの弁償はグレンの給料から全て天引きだ。
「ノア、謝らなくてもいい。フォローはするってグレン言った」
「うあ゛あ゛ぁッ!!お前はもっと反省しろッ!?」
馬鹿だといったことをまだ根に持っているのか、はたまた何も考えていないのか。リィエルは落ち込むノアをそう慰めると、グレンに向かって胸を張る。
そんなリィエルが憎たらしくて、頭痛が痛い、などと喚きながらグレンは頭を抱える。
「グレン、頭が痛いの?」
「ああ、お前達のせいでな……」
「……?そう」
「先生、大丈夫……じゃなさそうですよね。あはは……」
「もう!ノア、リィエル、やり過ぎよ」
グレンが顔を上げると、そこには苦笑いするルミアと呆れたようなシスティーナが近づいてきていた。
「というか、ノア。あなた、競技場借りてやるって言ってなかった?」
この凄惨な状況を生み出した、リィエルとノアの頭に、こつんと順番に拳を当てながら、システィーナは気になっていたことを尋ねる。
「う……それが、ダメって言われて……」
「そりゃそうだ……。なんて言ったって、破壊神がいるからな……」
困った顔をするノアの言葉に、グレンはじとっ、とリィエルを見つめる。しかし、
「……?」
「こいつ~~っ!!」
グレンはうがーッと頭を抱え、空を仰ぐ。
「まあまあ、先生。でも、二人とも、場所はもうちょっと考えないと危ないよ?」
「うん……。軽く打ち合うだけならいいかなって、思って……。次は気を付ける」
「……ん。気を付ける」
「次はやめてくれ……。いや、ほんと……」
ルミアの注意に素直に頷くノアとリィエルに、グレンは一大仕事を終えたような疲労感に襲われながら釘をさした。
遠征学習の時に感じた、ノアとリィエルの成長は錯覚だったのか、と思ってしまうほど、二人はやっぱり他の生徒と比べて幼い感じがする。
そして、ひたすらにマイペースだ。
守りたいものを守るために強くなろうという心意気は大変結構であるが、同時にグレンの財布も守ってほしい。そうでなければ、というか既にグレンは学院から給料をもらう側ではなく、払う側になっているのだから。
「うん、そうしてね」
ルミアがノアとリィエルに微笑み、システィーナが呆れたように笑っている。そして、そのまま穏やかに談笑し始めた。
(いや、頼むからもっと止めてくれ……ッ!頼むから!!)
そんな様子にグレンの胸中は、もちろん穏やかではなかった。
「そういえば、リィエルって十五歳なんですよね?」
するとシスティーナが突然、グレンの方へ振り返って尋ねた。
「……ああ……一応な。それがどうしたんだ?」
「今、ノアとリィエルって姉妹みたいだねって話をしてたんです」
似てませんか、とルミアに言われ、グレンも頷く。
「ああ、似てるな」
本当に、というグレンの心からの皮肉(のつもり)の言葉に四人は楽しそうに笑う。
「ですよね!それで、ノアは十四歳だから……」
「わたしが、ノアのお姉さん」
でーん、と効果音でもつきそうなほどに胸を張って、自信満々にそう宣うリィエルにグレンは……
「……は??お前が?え、お前が、姉!?う、うそだろ……!?」
唖然としたような、恐ろしいものを見たというような表情で、視線をリィエルからノアに移すと、ノアはノアで満更でもなさそうで、
「えへへ、なんか嬉しいかも。……リィエル姉さん、だね」
と、照れくさそうに微笑んでいた。
嬉しそうに花でも散らしているような雰囲気のノアとリィエルに、微笑ましいというように二人を見ているルミアとシスティーナ。
「わたし、頑張って、いっぱいノアと訓練する」
「うん、僕も、リィエルともっと頑張って強くなる」
拳を握り決意した目で宣言する二人に、グレンはくらりと眩暈を覚えるが根性でぐっとこらえる。
(いや……ッ!これもルミアの身のため……ッ)
一度、二度と深く呼吸をして――。
グレンは勢いよく顔を上げて、ふっと淡く息をつくと、
「……おう、そうだな!」
と、全てを諦めた様な顔で、綺麗に笑った。
――――――――――――――――
『君が覚えてなくても』
夜深く。
ふかふかのベッドで眠っていた俺は、肩をゆする小さな手に促され、薄く目を開けた。
「兄さん、にいさん……」
夜だからと同居人たちに気を使ったのだろう小さな声は、震えていた。
慌てて飛び起きると、そこにはやはり目じりに大粒の涙をためた妹が、ベッドの横で立っていた。
「――、どうしたの?怖い夢でも見た?」
「……うん」
その涙を寝間着の裾で拭いながら尋ねると、妹はその
俺は小さく笑うと、仕方ないというように妹をベッドの中に招き入れてやる。
妹の身体は想像していたよりも冷えていた。ずっと一人で起きていたのだろうか。
(もっと、早く来てもよかったのに……)
そう思いながら、俺はその小さな体に体温を分けるように抱きしめてやる。
居心地が悪そうにもぞもぞと動いていた妹も、俺の腕が身体にまわるや否や、その動きを止め、こちらの寝間着の胸元を緩く握りしめた。
「兄さん……」
「ん?」
しばらく黙っていた彼女が、突然話しかけてきた。
「兄さんは……置いていかないよね……?」
「なんでそう思うの……?」
この前、俺が”外”に行くと言ったからだろうか。
それでも、それが俺の役目なのだから仕方ないことなのだ。
それを伝えると、妹はそれとはまた違うのだと首を振った。
「真っ赤な夢を見たの……そしたら、みんないなくなっちゃった……」
「……」
真っ赤。
その言葉に、とある光景を思い出して息を吞む。
大地、空、そして……全てが赤色に染まった日。俺と妹は一度すべてを失った。
妹は幼すぎて記憶にないと思っていたが、もしかすると頭の片隅には残っていたのかもしれない。
(でも、なんで)
今のこの子には、その記憶は消されているはずなのに……。
もし、このことが
「置いていかないよ……」
声が震えてしまったかもしれない……。
こんなことで不安を感じてしまう弱い自分に情けなく思うが、幸い妹はその安い言葉で安心してくれたようだった。
「ほんと……?じゃあ、ずっと一緒……」
妹はふにゃりと笑うと、静かに瞼が閉じていき、その
(大丈夫……)
この子がその記憶を思い出すきっかけがあるとすれば俺の存在だ。
だが、俺は役目によってこの子の傍にずっといてやることは叶わない。そして、幸か不幸か時がたてば、この子の中からそれに関する記憶は完全に消去されるはずだ。そう、俺との関係も全て……。
俺は小さく微笑むと、今度は起こさないようそっと、しかし妹の存在が感じられるように強く抱きしめる。
「うん……。ずっと一緒に……」
枕元に流れる雫を見ない振りしながら交わした。
そんな口約束。
――、
――――、
しとしと、と。
空から降り注ぐ雨が肩を静かに叩き、俺は目を覚ます。
「ここは……ぐっ」
鈍く痛む頭を抑えながら霞む視界で周りを見渡してみると、そこはどこかの路地裏のようだった。
お世辞には綺麗とは言えない崩れたレンガの上に横たえていた体を起こしながら、記憶をたどる。
あの女が持っていた指輪を奪い返して、とりあえず目の届かないところへと逃げていたはず。それで、この人気のない路地裏に駆け込んだはいいが、どうやらそこで気を失ってしまったらしい。
「そうだ……指輪……」
俺は失くさないようにと、懐にしまっておいた指輪を取り出してその存在を確かめる。
指輪はこの薄暗い路地にいても、爽やかなオリーブグリーンの光を放っていた。
(よかった……)
どうやら壊れることもなく守れたらしい。
それなりに苦労はさせられたが。
頭の中にあの女が繰り出してきた炎がよぎり、自分の身体を見下ろしてみる。そこには夥しい火傷の跡、そして魔力欠乏症特有の疲労感が身体にしみついていた。
正直、今回こそ死んでしまうかと思った。
だが、それでも。
「……まだ、生きてる」
まだ、この世界に存在している。
それなら、いい。
(あとは、返さないと……)
あの子に
もう一度指輪を壊さないように、だが存在を確かめるように握りしめた。
そしてけがの手当てもそこそこに、よろよろと立ち上がって。
「いま……いくから……」
俺は懐かしいあの子の下へと、ゆっくりと歩き始めた。