ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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『天使の塵』編
1.違和感のはじまり


「あれ?ない……」

 

 アルザーノ帝国魔術学院の図書室。

 ノアはとある魔導書探していた。

 

 その魔導書は、端的に言うと軍用魔術についての書物だ。基礎はもちろんのこと、応用や研究についても詳細に書かれていて、サイネリア島での一件では大変お世話になったのだ。

 

 大切な人を守りたいから、とリィエルと剣術の稽古はしている。

 しかし、魔術に関してはグレンの授業を聞いて実践しているだけだった。よって、もっと魔術をと思ってここを訪れたのだが……。

 

(誰かが持ってるのかな……)

 

 噂では、もう少しでクライトス魔術学院からの特別講師が来るみたいだから。

 

 クライトス魔術学院。

 そこは霊脈(レイライン)の関係上、アルザーノ帝国魔術学院では実現できないことができる場所だ。

 ここでは適さない魔術の研究や儀式ができ、ここにはない魔導書や魔導儀に触れることができる。

 

 そして、クライトスと言えばもう一つ。最近は軍用魔術について明るいようで、画期的な研究成果や論文をいくつも発表し、そのどれもが高評価を得ているらしい。

 

(この学院はあまり軍用魔術に触れてないし……)

 

……。

…………。

 

「…………?」

 

 違和感を感じた。

 

 ノアは本棚に並ぶ魔導書の背をなぞる人差し指を止めて、首を傾げる。

 何故、そんな魔導書がこの学院図書室の、それも一般閲覧区域にあるのか、と。

 

 この帝国にはある法律がある。

 それは、第二階悌(デュオデ)以下の魔術師は軍用魔術の習得を禁止するというものだ。

 

 第二階悌(デュオデ)以下――つまりこの学院の生徒達は、軍用魔術の呪文そのものを教えられることはない。

 

 システィーナの様に家柄で軍用魔術について知っている生徒もいるだろうが、あの魔導書に書かれていたように詳細に知る生徒はいないだろう。

 

(いや……考えすぎかな?)

 

 首を振って、雑念を振り払う。

 

 軍用魔術の理屈と概念なら生徒でも教えてもらえる。だから、あの魔導書がこの図書館にあってもおかしくないはず。考えすぎだ。

 

 きっと、予習用に誰かが持って行ったのだろう。そうに違いない。

 

 ノアはため息をつくと、本棚を離れ、図書室から退散することにした。

 

「……なあ、あれ」

「いつものことね」

「飽きないなぁ」

 

 さっさと図書室から出れば、他の生徒達が何やらざわざわと噂をしている。何かあったのだろうか。

 気になって少し耳を傾けてみると、聞こえてくる馴染みのある二つの名前。

 

 どうやらまた、グレンとシスティーナが騒いでいるらしい。

 

 その噂話は、前庭に近づけば近づくほど大きくなっていって……。

 苦笑いをしながらそのまま歩いていくと、学院の前門にルミアとリィエルの姿もみえた。門の塀で見えないが、その先にグレンとシスティーナがいるのだろう。

 

(そうだ。リィエルと手合わせしようかな)

 

 今日は天気もいいし、魔導書も手元にないし。

 心躍らせながら、彼女の下に行こうとして、何気なく近くにあった廊下のガラス窓を見る。

 

……。

…………。

 

「…………?」

 

 また違和感。

 

 ノアは足を止めてガラス窓に近づくと、反射して写る自分の姿を指でなぞる。

 しかし、そこにはいつもの見慣れた自分がいるだけで、ガラスのつるりとした固い感触と、温くなった温度が指に帰ってくる。

 

(気のせい、かな……一瞬)

 

 ガラス窓から離した指で、そのまま目のふちをなぞる――その時だった。

 

「<<この・馬鹿ぁああああああああああああああ――ッ!>>」

「ぎゃああああああああああああ――ッ!?ナンデ!?」

 

 システィーナとグレンの明瞭な叫び声が聞こえた。

 

 何事かと思って門の方へ目をやると、塀で見えないはずのグレンの身体が、青い空に高々と打ち上げられているのが見えた。 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 レオス=クライトス。

 病欠のグラムド先生の穴を埋めるため、急遽派遣されたクライトス魔術学院からの特別講師。

 そして、クライトス伯爵家の御曹司にして、クライトス魔術学院で噂の名講師、帝国総合魔術学会の期待の新星。

 

 その華々しい肩書に、レオスへのアルザーノ魔術学院の面々の期待は否応なく高まり……そして、レオスはそれに完璧に応えた。

 

 「……完璧だ」

 

 大講義室の後方で、ぽつりと感嘆の声が漏れる。

 グレンは、そこで背もたれに身を預けて腕を組み、珍しく真剣な表情で聴講者に紛れてレオスの講義を聞いていた。

 

 レオスの開設した専門講座――『軍用魔術概論』。

 

 そこでレオスは、なぜ、現在の帝国軍の戦力を支える軍用魔術が今の様な形へと進化してきたのか、一体、どういうコンセプトの下、様々な軍用魔術が生まれたのか、その各軍用魔術を支える根本的な理屈と概念を教えていた。

 

「レオス=クライトス……噂にゃ聞いてたが、確かにヤツはすげえ」

 

 この大講義室は緩く段差が付いており、後方の席ほど高い位置にある。グレンは教壇に立つレオスの姿を遠くから見下ろしながら呟いた。

 

「軍の一般魔導兵の半分以上が、イマイチ理解していない物理作用力理論(マテリアル・フォース)を、ぺーぺーの生徒達に完璧に理解させやがった……こんなやつがいたのか……」

「はい、本当にすごい授業でした……。難しい理論なのにわかりやすくて……まるで先生の授業みたい」

 

 グレンの右隣に座るルミアも感じ入ったように、グレンの言葉に首肯する。

 

「わたしも、すごくよくわかった」

 

 グレンの左隣にちょこんと座るリィエルも、こころなしか胸を張って呟く。

 そんなリィエルに、ぎょっとしたグレンは思わずその横顔を凝視した。

 

「まじかよ……。お前もアレ、分かっちまったのか?」

 

 グレンの言葉に応えるように、リィエルはこくり、と微かに頷いた。

 

「ん。あいつの言っていることが……わたしには何ひとつ分からないということが、すごくよくわかった」

「……お前は実に平常運転だな。それはそうと、ノアはどこ行った?」

 

 グレンはやれやれと肩をすくめながら、リィエルの左隣りに座っていたはずの少女の姿が見えないことに首を傾げる。

 

「ノアは途中で出ていった」

「具合でも悪くなったの?」

 

 心配そうに聞き返すルミアに、リィエルはいつも通り淡々と答える。

 

「なんかこの授業がいやって」

「……あいつもマイペースだな」

 

 相変わらず、魔術熱心なこの学院の生徒が普通はやらないこと(講義の途中離脱)をする。それに、サイネリア島の一件で一人宝石獣と戦い抜いた彼女なら感覚で物理作用力理論(マテリアル・フォース)を知ってそうだし、つまらなかったのかもしれない。

 

 胸を撫でおろすように安堵するルミアの隣でグレンはぼやくと、再び教壇の方へ目を向ける。

 

 レオスの周囲には大勢の生徒達が集まっており、本日の授業の質問や食事の誘いなどを受けている。その対応に追われているにもかかわらず、レオスは嫌な顔一つせずに、一人一人丁寧に対応していた。

 

「……レオス=クライトス、か」

 

 ポツリと呟くグレンの顔は、どこか苦々しく、不機嫌だった。

 

 レオスの家柄や資産、容姿、性格などにおいても、幾分か申し出たいことがあるが、今はそんなことよりも。

 

(授業はスゲェが……いくらなんでも、この内容はまだ早過ぎるだろう……)

 

 グレンは本日のレオスの講義内容を反芻する。

 

 グレンが魔術師としての総合的な力量向上を目指し、ルーン語の文法や術式構築技術、自然理学の魔術的な応用と理解、その他、魔術師に必要な幅広い知識を深める授業を展開するのに対し……レオスは魔術師としての戦闘能力・戦闘技術を高める一辺倒の授業だ。

 

 同じ理論・実践主義でも根本が違う。

 

 いかに、効率よく魔力を破壊力に変換するか。いかに、効率よく人を殺傷するか。それら人殺しに特化した術を、どう運用するか。レオスはそんな血なまぐさい部分を、言葉巧みに美化し、強大な魔術の力に対する華々しい一面のみを高々と歌い上げる。

 

 自己顕示欲の塊――魔術を志す者のほとんどは大なり小なりその一面がある。

 

 だから、今回の講義は未だ新米の魔術師である生徒達の心に、麻薬の様に深く染み入ったはずだ。

 

 出来の良い生徒なら、例え【ショック・ボルト】のような初等呪文でも、やり方次第で人を殺せることに気付いてしまっただろう。

 

(……こいつらはまだ大きな力を持つ意味も、その行使がもたらす結果も、知識と知ってるだけで、何一つ実感が伴っていないんだぞ……?)

 

 グレンが頬杖をついて悶々としていると、

 

「やっぱり、先生はこういう授業、あまり認めたくありませんか?」

 

 ルミアが気遣うように、グレンの顔を覗き込みながら囁いた。

 

「……私も、まだ過ぎた力だなって思ったんです」

「……」

「先生は常日頃、力の意味と使い方をよく考えろと仰ってますけど……今はその意味が分かる気がします」

 

 グレンはちらりとルミアを横目で見た。

 

「大丈夫ですよ、先生。少なくとも、先生の授業を受けた生徒で間違える人はきっといませんから」

 

 そんなルミアの表情は、柔らかく暖かくて……。

 グレンは、ばりばりと頭をかきながら、そっぽを向いた。

 

「……別に?あいつが思っていた以上にやるようだったから、嫉妬してるだけだし。くっそ、天は二物も与えずって格言はどこ行った、卑怯だぞッ!」

 

 ふて腐れたようにいうグレンに、ルミアがくすくすと素直じゃない弟を見守るような目で笑った。

 

 グレンはルミアから逃げるように大きく身体を捻って、後ろの席へと振り返る。

 

「おい、白猫!お前、マジでいい買い物したな?」

「だ、だから、違うって言ってるのに……ッ!」

 

 グレンの後ろの席に座っていたシスティーナは握りしめた拳を震わせ、いかにも不機嫌そうにグレンを睨み返す。

 

「違うって……何がだよ?あいつはお前の婚約者(フィアンセ)なんだろう?」

「だから違います!あれは――」

「システィーナ」

 

 否定の言葉を重ねようとするシスティーナに、穏やかな声がかけられる。

 

「あっ……レオス……」

「私の講義、聞きに来てくれたのですね?」

 

 見れば、ようやく生徒達から解放されたレオスが、柔和な笑みを浮かべて、システィーナの下へと歩み寄ってきていた。

 

「講義はどうでしたか?貴女の忌憚のない意見が聞きたいですね」

「え?その……とても素晴らしかったわ。正直、文句のつけようがないくらい」

「そうですか、それは良かった」

 

 システィーナの感想に、レオスは簡単に相好を崩した。

 

「貴方にそう言っていただけるのはとても嬉しい事です。なにせ……貴女はこの学院では『講師泣かせ』として有名なようですから」

「そ、それは……その……あぅ……」

 

 悪戯っぽく笑うレオスに、システィーナは顔を赤らめて俯いてしまう。

 

「まずは第一関門突破……というところでしょうか?将来の伴侶すら納得させられない授業しかできない者など、貴女の夫に相応しくないでしょうしね」

「だ、だからッ!人前でそんなこと……ああ、もう!どうして貴女はそう昔から……」

「ふふ、それは貴女のことを愛しているから。別に隠す必要なんてありません」

 

 その涼し気な容貌とは裏腹にどこまでも情熱的なレオスと、主導権を握られっぱなしのシスティーナ。

 

 そして、完全に蚊帳の外になった面々。

 

 ルミアは心配そうに動向を見守っている。

 ちなみに、リィエルは眠そうに船を漕いでいて、グレンに至っては鬱陶しそうに視線をそらして素知らぬ振りをしていた。

 

「システィーナ。少し、外を一緒に歩きませんか?話したいことがあります」

「……それは、今でないとだめなの……?」

「別に今でなくてもいいのですが……いずれ話さなければならない重要なことです」

 

 真摯的なレオスの視線にシスティーナは、彼がどんな話をするか薄々予想はついている。だから、なるべく避けたいと思ってしまうのだが……。

 

 しばらくの間、システィーナは迷うようにルミアとレオスを見比べて……

 

「ルミア、ごめんなさい。私……ちょっと行ってくるね?」

「う、うん……」

 

 逃げても無駄と判断したらしい。

 システィーナはルミアに軽く断ると、レオスに伴われて講義室から出ていってしまった。

 

「はぁ~。あのレオスとかいう野郎も物好きだねぇ……」

 

 厄介なものがいなくなったというように、グレンは興味なさそうに欠伸をしながら言う。

 だが、

 

「先生……」

 

 ルミアがほんの少しだけ、思いつめたような表情で眠そうなグレンに訴えかける。

 

「……んあ?どうした、ルミア?」

「一つお願いがあるんです。その……大変申し訳ないことなんですが……」

「……ん?なんだ?」

 

 ルミアがグレンにすがるような目を向けた。

 

 

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