ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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4.狼煙が上がる

 

 

 昼食を済ませた生徒達は、駅馬車に乗ってフェジテ東門から東へ延びるイーサル街道を通り、やがて北側に見えてきた広大なアストリア湖南端付近の湖畔に集合した。

 

 鮮やかな緑の木々と色とりどりに咲く花々が湖を囲み、遠くにある山々は頭が白く染まっている。身体を包み込む清涼な風と、爽快な青色の水の湖はとても綺麗だった。

 

 ノアはざわついている生徒達の間から覗くように、この湖から北西部にかけて広がっている魔術演習場を見る。

 

(すごい広いな……。何でもできそう)

 

 丘、森林、平地など……。

 いろいろな授業実習を想定されているだけあって訓練をするのに役立ちそうな場所だった。

 

 ノアが頭の中で考えを巡らせていた……その時だ。

 

「うるさいぞ、貴様ら!静粛にしろ!」 

 

 ハーレイが集合する生徒達の前に現れ、一喝する。

 

 途端に静まり返った生徒達。

 その様子に満足げにハーレイは頷くと、魔導兵団戦演習のルールの説明を始める。

 

「この魔導兵団戦では……」

 

 それをノアはぼーっと聞き流す。

 ルールはもう頭に入っていて、正直聞くのが面倒だったから。

 

 そして……。

 

 ノアはちらりと教師達の中に並んでいるレオスをちらりと見る。

 レオスはいつも通りの柔和な笑みを浮かべているが、その目からはやはり自信が見える。

 

 システィーナを賭けた決闘。

 レオスは絶対に勝つ自信があるらしい。

 

(でも、そうしたらシスティーナは……)

 

 システィーナは夢を諦めることになるのだろうか。

 

 考古学の研究をやめ、家庭に入り、レオスを支える。

 女性らしい幸せを、何不自由なく享受できると約束された生活を送る。

 

 だが、それは果たして幸せと呼べるのだろうか。

 

 ……そもそも。

 

(幸せって、なに……)

 

 ノアは無意識に左手の人差し指を触る。

 そこにあったはずの宝物は触れられないけど、でも、そういえば。

 

 ふと、ある思い出が頭をよぎり、青く澄んだ空を見上げる。

 

(そういえば、昔、兄さん達に聞いた……)

 

 ノアは目を閉じると、静かに夢の中に潜り込んだ。

 

 

……

…………

……………………

 

 

――幸せとはなんだろう?

 

 午後の休憩時間。

 青く澄んだ空を見上げていた僕は、四兄に言われた言葉を思い出して、目の前にいた兄姉たちにポツリ、と問いかけた。

 

 兄姉たちは一度、目を見合わせた。

 少しの間、考えていた彼らは各々答えが見つかったのか、僕に向き直る。

 

「僕の幸せは、使命を果たすこと。世界を再び創り上げる――僕は必ず成し遂げると誓おう」

 

 一番目の兄は、絹糸のように輝く白髪を風に(なび)かせながら、揺るぎない声で断言した。

 彼がいれば、どんな未来であろうと恐れる必要はない。その凛とした横顔は、まさしく僕たちの原初にして大いなる志である象徴だった。

 

(わたくし)は皆に知恵を授けること、でしょうか。いつかきっと、その知恵が皆を救えますように」

 

 二番目の姉は、肩の長さで切りそろえた静謐(せいひつ)を纏う灰色の髪を耳にかけて、穏やかに微笑む。

 その確かな知恵と常識を超える思考で皆を支えていた彼女が、何の飾り気もない幸せを願っていた。その姿が、かえって胸に沁みたのを覚えている。

 

「ふむ……冷静さを保つことですかね。貴女達はいささか感情に流されやすい節があるので」

 

 三番目の兄は、漆黒の髪をきちんと整え、静かに魔導書の(ページ)をめくっていた。

 あくまでも参考に、と無表情で釘をさす彼は一見、冷徹に見えるかもしれない。それでも僕たちの欠点を、さりげなく補ってくた心優しい人だった。

 

 風が吹いた。

 まるで暗雲を晴らすような、柔らかく暖かな風。

 

 僕は胸が高鳴るのを抑えきれず、意気揚々と自分の隣にいたもう一人の兄に目を向ける。

 外から久しぶりに帰って来た、番号の無い兄。

 

 まさか自分まで質問されているとは、夢にも思わなかったのだろう。その闇色の髪を風に遊ばせながら、虚を突かれたように、目を瞬かせて僕を見返す。

 

「え……俺も……?」

 

 僕は何度も頷いて、彼の顔をじっと見ながら答えを待つ。

 そんな僕の様子を見て、彼は頭をかきながら目を逸らしたが、

 

「あ―……そうだな……」

「?」

 

 一度だけちらりと僕を見て、何か、言葉を吞み込んだ。

 

 しかし、それも一瞬。

 彼はぱっといつものように笑うと、首を傾げる僕にこう言った。

 

「俺は、楽しければなんでも幸せさ」

 

 その言葉に、”お前らしい”と他の兄姉たちは呆れたり、笑ったり。楽しそうに談笑をしている。

 僕は、彼らの会話に混じって笑いながら、それでも心の片隅に何か引っかかりができた気がした。

 

 

 彼は、本当は何が言いたかったんだろう、と。

 

……

…………

……………………

 

―――――――――――――

 

 

 青い空の下。

 遠くで狼煙が上がった――魔導兵団戦の始まりだ。

 

 グレンの指示の下、クラスメイト達は動き出す。

 中央の平原に十二人、北西の森に八人、東の丘に二人進軍させ、残りは拠点に残した。

 

 対してレオス軍は、中央に十八人、森に十二人、丘に九人と全戦力を投入。

 

 レオスの命令を受けた生徒達が意気揚々と進軍していく―――

 グレンの命令を受けた生徒達も恐る恐る進軍していく―――

 

 

 そして。

 

 戦場を一望できる東の丘の上。

 

 レオス軍よりも先に到着したリィエルは、乾いた風に髪をなびかせて立っていた。

 

 彼女の眼下に見える土地は全て戦場であり、グレンとレオスの決闘の場である。

 ただの演習でもないこともあってか、先程の作戦会議時も移動時も二組の生徒はみな、顔が強張り、体に力が入っていた。

 

 中央でレオス軍を待ち構えているクラスメイト達も、やはり動きが硬い。

 客観的に見て、今のままの彼らではまともに戦えないだろう。

 

 だがリィエルはそれでも、二組のみんなをいつもの眠たげな顔で見つめるだけ。

 

(大丈夫)

 

 この日のためにグレンは「戦場における魔術師の戦い方」の授業をしていたし、作戦会議でだってきちんとやっていた。

 二組のみんなも真剣にそれを聞いていた。だから何も問題はない。ただやることをやるだけでいい。

 

(難しいことは、よくわからないけど)

 

 リィエルはいつも通り、グレン達のためにただひたすらに頑張るだけでいいのだ。

 

 一人気合を入れなおすリィエルの横で、何か揺れた気がした。

 

 目を瞬かせて隣を見ると、そこにはうつらうつらと船を漕ぐノアの姿。

 ノアもあまり緊張していないみたいで、演習場に来てからも様子はいつもと変わらなかった。

 

 ただ……

 

(ノアって、こんなに眠そうだったっけ……)

 

 少なくとも、演習が始まっているにも関わらず寝るような人ではなかった気がする。

 むしろ、警戒心が高い方だと思っていたから……。

 

 リィエルは記憶を探る。

 

 サイネリア島に行く前は、覚えてない。

 

 サイネリア島から返ってきたすぐ後は、あまり寝てなかった気がする。

 

 その後、ここ最近は……よく寝てる気がする。

 

(これは、いいこと?)

 

 リィエルにはよく分からない。

 今もゆらゆら揺れているノアの身体は、強い風に吹かれると倒れてしまいそう。

 

「ノア――」

 

 リィエルが声を掛けようとした、その時。

 

 風に紛れるように、ザッザッと砂をすくうような足音が微かに響いた。

 目を向けると、レオス軍が整然と列をなして、静かに、だが確実にこちらへと迫ってきていた。

 

 リィエルはノアの肩に手を置いて、倒れない程度に緩く起こしながら名前を呼ぶ。

 

「ノア、起きて」

「……う、ん?リィエル……来たの?」

「ん」

 

 思っていたよりも簡単にノアは目を覚まし、目元をこすっている。

 

 リィエルはノアの肩に触れた際、体温はいつもと変わらなかったことに安堵しつつ、ノアに気になっていることを尋ねる。

 

「……ノア、眠いの?」

「うん、ちょっと……。でも大丈夫、演習がんばらないと……」

 

 ふわっと欠伸をして、体を猫の様に伸ばしたノアはやっと目が覚めたみたい。

 いつものように小さく笑みを浮かべて、リィエルの方に向く。

 

「リィエル、頑張ろうね」

「……ん」

 

 リィエルは頷き返したものの、その胸の奥に残るざわつきが消えることはなかった。

 

 

 

 

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