ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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7.その目に焼き付けて

 

 日が暮れ、世界に夜の帳が下りるころ。

 

 僕は扉の前で支度をしていた番号の無い兄に問いかけた。

 

「兄さん、また行くの?」

 

 この頃の僕はまだ幼くて、使命を果たそうとしている兄に甘えてばかりだった。

 ”兄さん”というのも、なにか()()()のような、無意識に口から出るもので止めなければと思っていたのに……。僕は本当にどうしようもなかった。

 

 それでも、彼は僕を叱らなかった。

 

「まあね。……一か月もすれば帰ってくるよ」

「うん……」

 

 一か月。

 皆といればあっという間に過ぎていくのに、言葉にすればとてつもなく長い時間に感じる。

 

 黙ってしまった僕の頭を、彼は優しく撫でてくれた。

 

「いつか……」

「?」

 

 途中で言葉を止めた彼の顔を見上げる。

 彼は何を言おうとしたのだろうか、暗い顔で口を噤んでいた。

 

 でもそれも一瞬。

 彼はぱっと、顔を明るくしてその闇色の髪を揺らして笑いながら、僕の頭を先程よりも強めに撫でる。

 

「ちゃんと帰ってくるから、いい子にね」

「……わかった」

 

 ゆっくりと離れていく体温に縋るように動く右手を反対の手で強く押さえる。

 

 一緒に連れて行ってほしい。

 そんな我儘をずっと言えないまま、この日も僕は彼の背中を見送った。

 

 

 

………………

………………………………

 

 

 

 ゴトゴト

 

 遠くで馬車が揺れる音がする。

 そして瞼越しに差し込む橙色の光。

 

 柔らかく暖かな風が頬を撫でていく。

 

 懐かしい感覚にノアは、あの初めの日の夢を見ていると、そう感じた。

 しかし――。

 

(……?暖かい……?)

 

 すぐに、違和感を覚える。

 

 初めてフェジテに到着した二年前のあの朝の風は、少々冷たかったから。

 

 意識がぼんやりと覚醒していく。

 すると今度は耳に聞きなれた優しい声が届いた。

 

「私、―――話し――る」

「……うん――れ―いいよ」

 

 薄っすらと開いた瞼の隙間から輝く金色と銀色が見えて、ノアの口は勝手に名前を呼んでいた。

 

「……るみあ、と……しすてぃーな?」

 

 その小さな声に、ルミアとシスティーナはノアの方に顔を向けると静かに笑った。

 

「ノア、起きたのね。もう、大丈夫なの?」

「うん……?」

 

 ノアは状況を確認しようと身体を起こそうとして……視界の傍に白い布が見えた。

 これは、スカート?

 

 目を瞬かせながら視線を上げると、そこにはちょうど無邪気に眠りこけているリィエルの顔があって――。

 

「!?!?!?!?」

 

 一気に目が覚めて、身体が硬直した。

 ノアは今リィエルに膝枕されて、馬車に揺られている。

 

(あ、あれ……!?僕……)

 

 ノアは演習の途中、レオス軍が丘から撤退していったあとから記憶がない。

 つまり、その後からずっとリィエルに任せっきりで、ここまで運んでもらったのか――まるで遊び疲れた子供みたいに。

 

(ど、どうしよう……!)

 

 罪悪感やら羞恥心やらで顔色が真っ青になったり、真っ赤になったりを繰り返しているノアに、ルミアとシスティーナは顔を見合わせて苦笑した。

  

「大丈夫よ。演習が終わって私達が湖に集まった時にはもう、リィエルがあなたをここに運んだ後だったから」

「うん、先生もそれでいいっておっしゃってたし……」

「うぅ……ごめん……」

 

 取り敢えず起きなければ。

 これ以上、リィエルに甘えるわけにはいかない。

 

(あとでちゃんと謝って、お礼もしないと……)

 

 ノアは未だ頬を赤く染めながら、そっとリィエルの膝から頭を下ろし身体を起こす。

 そして、今度はリィエルの身体をそっと倒して自分の膝にその頭をのせた。せめて、リィエルが休みやすいようにと思って。

 

「それで、身体の調子は大丈夫?」

「大丈夫だけど……えと、何かあった?」

 

 ルミアは心配そうに尋ねるが、ノアはどうしてそんなことを聞くのか分からなかった。

 

(そういえば、起きたときもシスティーナが”大丈夫?”って言ってた……)

 

 首を傾げて不思議そうな顔をするノアに、二人は困り顔で顔を見合わせた。

 

「最近、ノアが日中によく寝てるってリィエルが心配してたの」

「だから、その……また夜眠れてないのかもしれないと思って……」

「……あ」

 

 言われてみれば、確かにここの所ノアは良く寝てる気がする。

 確かに前はこんなに寝てなかった。システィーナの将来を賭けた決闘の場である演習中であったならなおさらだ。

 

 だから、三人とも心配してくれたみたいだ。

 ノアが悪い夢を見て、夜にきちんと寝れていないのではないかと。

 でも……。

 

「大丈夫だよ。最近はいい夢ばかりだから……」

「そう……。確かに隈はできていないみたいだけれど……」

「なら、疲れちゃってるのかな?リィエルとの訓練は少しお休みした方がいいかも」

「うん、そうする」

 

 ルミアの提案にノアは大人しくうなずいた。

 

 また心配してくれたリィエルにも感謝の意を込めて、自身の膝の上にあるその小さな頭を撫でる。

 

「それで……えっと、演習の結果って……」 

 

 聞きづらそうに尋ねるノアに、ルミアは小さく困ったように笑って答えた。

 

「結果は引き分けだったよ。でも……」

「先生とレオスがまた決闘やるって聞かなかったのよ」

 

 ルミアの言葉を引き継いだシスティーナは、呆れたような、そんな顔をしていた。

 

「そう、なんだ……」

 

 ノアは動揺を隠せなかった。

 

 グレンならば、レオスとグレンどちらもシスティーナから手を引くことを提案すると思っていたから。

 でも……。

 

(僕が言えることじゃないんだよな……)

 

 ただでさえ、演習中に眠りこけて迷惑をかけたのに。

 そもそも、寝なければ演習で勝ってレオスを確実に退けることができたのでは?

 

 ずーんと、音が付くほど暗い顔で俯くノア。

 だが、その耳に意外な言葉が届いて……。

 

「そうなのよ。だからフェジテに戻ったら先生と話そうと思って」

「え……っ?」

 

 ぱっと顔を上げると、システィーナはどこか吹っ切れたように笑っていた。

 

「そもそも、なんで決闘を始めたのかもわかってないし……ね」

「あはは……ごめんね?」

「?」

 

 ちらりとシスティーナに横目で見られたルミアは申し訳なさそうに謝りながらも、ノアに悪戯っぽく笑いかけて事情を説明してくれた。

 

 どうやら先日、庭園でレオスとシスティーナが二人で話しているのをルミア、グレン、リィエルは物陰から覗いていたみたいだ。三人は静かに話を聞いていたが、途中でいきなりグレンが顔色を変えて立ち上がると、レオスとシスティーナの間に割って入ったらしい。

 

「……僕も途中から見てた、ごめん」

「え!?そうなの!?」

「気づかなかった……」

 

 目を丸くして驚く二人。

 

 でも、そういうことでその後の展開については大体ノアも知っている。

 すべての会話を聞いていたわけではないので見落としはあるけれど、確かにあの時のグレンはいつもとは違って、すごく真剣な表情をしていたと思う。

 

 その理由については……分からない。こんな複雑なことになってることも。

 だがシスティーナがちゃんとグレンと話すなら、きっと大丈夫じゃないだろうか。多分、何とかなると思う。

 

 そう考え込むノアにシスティーナは、小さく微笑んで、でも困ったように眉尻を下げて尋ねる。

 

「ねぇ、ノア」

「うん?どうしたの?」

「あなたは、その……やっぱりレオスのことが苦手?」

「えあ……」

 

 びくりと肩が跳ね、一気に冷や汗が噴出してくるのがわかった。

 

 まさか気付かれていたとは。

 自分の親しい人達の仲が悪いのはやはり気持ちがいいものではないだろう。

 

「その……僕……」 

「いいのよ、別に。私も今のレオスのことは……よくわからないもの」

 

 物憂げに呟くシスティーナに、ノアはレオスに関して抱いた感情を思い出す。

 

あの人(レオス)は……」

「……ノア?」

あの人(レオス)の考える幸せは、本当にシスティーナにとっての幸せか分からなくて……」

 

 今、夢を追っているシスティーナは笑っていて、こんなにも魔術にとても熱心に敬虔に向き合っているのに。

 それを良しとしないあの人(レオス)とシスティーナが結婚すれば、どうなるのだろうか。

 

 もしそうなっても、システィーナはあの人(レオス)の隣で笑っているのだろうか。

 

(苦しい?悲しい?虚しい?……)

 

 そんな日々は、果たして幸せと呼べるのだろうか。

 

「僕は、システィーナの幸せが何かは、分からないけど……でも、今のシスティーナは楽しそうだと思う」

 

 システィーナは目を丸くしながら、ノアの拙い言葉を聞いていたが、やがてふっと表情を緩ませた。

 

「そうね……。確かに私には夢があって、それを追っている今が幸せよ。でも――」

「?」

「その幸せは、あなたやルミア、リィエル、家族、クラスの皆……あと、先生も。ちゃんといてくれることが前提なのよ」

 

 差し込む夕日の中でもわかるくらい、照れくさそうに頬を染めるシスティーナ。

 その横ではルミアが花のように笑っている。

 

 

 その光景は思わず息を吞んでしまうほど、

 

 

 とても、とても、

 

 

 眩しかった。

 

 

 

 

 

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