ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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9.灯された明かり

 

 日が暮れ、月が昇り始めた蒼夜。

 

 僕は、何か月に数度程度しか会えない、番号の無い兄と、庭にあるベンチに座っていた。

 

「ふ~ん?外に行ってみたいって?」

 

 彼はその闇色の髪を揺らしながら、楽しそうに笑って聞き返した。

 何故、笑うのだろう。

 

 僕は真面目だ。

 昔よりずっと強くなったし、彼のことだって”兄さん”なんて呼ばなくなった。

 

 僕は、昔よりもずっと、ずっと大人になったんだ。

 

「いつも、”――を守る”ってことしか考えてないお前がそんなこと言うなんて……。兄として嬉しい限りだよ」

 

 それでも彼はおどけたようにそう言うと、からかうように僕の頭をくしゃくしゃと撫でまくる。

 僕は、無遠慮に僕の頭を撫でまわす大きな手に少しむっとして……。

 

「――が行ってみたいって言ってたから」

 

 先に行って、危なくないか見てこないと。

 なんて。

 

 途端、彼は呆れたようにため息をついた。

 

「はぁ……。そんなことだろうと思ったよ。まったく……」

 

 ベンチに足を上げ、ため息をつく彼は……退屈そうだった。

 

 僕はさっき自分が言ったことを後悔した。

 

 彼は、物事を楽しいか、楽しくないかで決めるきらいがあった。

 今回もそうなのだろう。この調子だと、お願いを聞いてくれないかもしれない。

 

 だが、僕たちの中で、彼は唯一外に行ってもいい人なのだ。

 今を逃すと次はいつになるか分からない。

 

 とはいえ、どう説得すればよいのか。

 

 僕が必死に頭を捻っていると、彼は仕方ないというように再度ため息をつく。

 

「正義と悪が横行しているところさ」

「え?」

「聞きたかったんだろう?……外、だよ」

 

 目を瞬かせる僕を前に、彼は静かにベンチから足を下ろして、ゆっくりと立ち上がった。

 

「正義は悪に制裁を。それこそまさに理想そのものだ。そうだろ?」

「?うん」

「でも、実際はそうじゃない」

 

 彼は静かに僕に語りかける。

 

「正義が正義に制裁を、悪は悪に慈悲を。それが織り交ざって、矛盾を生み出してできた世界。それが外なんだ」

 

 彼が語る世界がまだ想像もつかなかった過去の僕には、彼の言葉は異次元のように感じた。

 でも――

 

「―――――」

「……それが、僕を連れて行ってくれない理由なの?」

 

 僕の問いかけに、彼はその銀色の瞳を静かに瞼の裏に隠す。

 

 それが、何よりの答えだった。

 

 

………………

………………………………

 

 

 

 清楚な花で飾られ、厳かな聖堂内陣の祭壇の場にて。

 

 とうとう、システィーナの結婚式が始まった。

 

 左右に分かれた長椅子には、システィーナのクラスメイトや学院関係者、レオス側の知人と思われる人たちが着席している。

 あまりにも性急な結婚式ではあったが……一人の女性の新たなる人生の門出を祝う場としては、充分な人数が集まっていた。

 

 後ろの扉が開かれると、参列者たちに見守られながら、中央の赤い絨毯の上をレオスとシスティーナが寄り添って歩く。

 

 頭上のステンドグラスから差し込む色とりどりの光の中、天井まで伸びる荘厳なパイプオルガンが奏でる、厳かな祝福と賛美の音色が礼拝堂を満たす。

 

(先生……今、どこにいるんだろう……)

 

 一番後ろ、左側の長椅子の端でノアは心ここにあらずと言ったような様子で、神聖な儀式を見守っていた。

 

 結局グレンはずっと音信不通。

 ノアは、グレンならばすべて解決してくれるかもしれないと期待していた。それがただの押し付けであることは重々承知しているが……。

 

(それに……僕は、何も動けなかった……)

 

 システィーナが弱みを握られていて、それが恐らく自分たちが関係している。そこまではわかったのに。

 

 何度、証拠を集めようとしたか分からない。

 ただ、それをすればレオスを刺激してしまい、余計にシスティーナの立場が悪くなるのではないかと恐れて、ノアは……結局何もしていない。

 

(システィーナ、綺麗だな……)

 

 花嫁姿のシスティーナは、目を奪われるほど美しかった。

 

 歩くたびにふんわりと揺れるスカートに、華奢な肩や胸元が大きく開かれた大胆なデザインでありながら、清楚さは失われていないドレス。

 まるで、夢に出てくる妖精みたいで……。

 

 ただ、純白のヴェールに隠されたシスティーナの表情は……分からなかった。

 それでも、システィーナの唇は微かに震えて見えた。

 

 ノアは制服の胸元を握りしめると、今日、夢で出会えた番号の無い兄に語り掛ける。

 

(兄さん、この世界は本当に……どうしようもなかったよ)

 

 この世界はどうしてこうも不条理なのだろうか。

 

 システィーナが教えてくれた無垢な幸せ。

 それを他者が唱える”幸せ”によって平気で踏みにじられるこんな世界。それならばいっそ……。

 

 本来ならば祝福で満たされるはずの心は、ただひたすらに重く、暗かった。

 

 それでも式は何の滞りもなく粛々と進んでいる……。

 そして、とうとう誓約の儀へ。

 

「レオス=クライトス。汝は愛を魂の闘争と理解し、それでも尚、神の導きによって今、システィーナ=フィーベルを妻とし、夫婦となる。汝、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、共に支え合い、その命ある限り、永久に真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

 

 レオスが宣誓する。

 

「システィーナ=フィーベル。汝は愛を魂の闘争と理解し、それでも尚、神の導きによって今、レオス=クライトスを夫とし、夫婦となる。汝、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、共に支え合い、その命ある限り、永久に真心を尽くすことを誓いますか?」

「……誓います」

 

 一瞬の沈黙の後、システィーナがぼそりと小さく宣誓する。

 

 そして、司祭が参列者たちを仰ぎ見、こう問う。

 

「我、主の御名において、この式に参列する者に今一度、問いたださん。汝らはこの婚姻に讃するか?この婚儀に讃し、祝福せし者は沈黙を以ってそれに答えよ……」

 

 ノアは手を痛いくらい握りしめ、沈黙。

 

 しばらくの間、聖堂を支配するのは厳かなパイプオルガンの音色だけ。

 

 ……そして。

 

「今日という佳き日、大いなる主と、愛する隣人の立会いの下、今、此処に二人の誓約は為された。神の祝福があらんことを――」

 

 誓約の儀が終了し、司祭が締めの祝詞に入った――その時だった。

 

 

 

「――異議ありッ!」

 

 

 突如、上がった大音声が、すべてを突き破った。

 

「え……」

 

 背後から吹いた暖かな風に、俯いていた顔をぱっと上げる。

 心臓が痛いくらいに脈を打ち、手が微かに震える。

 

 ノアはゆっくり、声が聞こえた方を振り返った。

 

 そこには――乱暴に蹴り開けられた聖堂内陣入口扉の前に一人の男がいた。

 その男はざわめく観衆たちの中、無遠慮にずかずかと聖堂内へ踏み入り……レオスと正面から対峙し、鋭く睨みつける。

 

「はん?聞こえなかったかい?異議ありっつったのよ、異議あり。俺、この結婚に大・反・対。お前ごときに白猫は渡せねーよ」

 

 その男は――普段、だらしなく着崩している魔術学院の講師用のローブを、きっちり着こなしたグレンだった。

 

「ふむ……今更、何をしに来たんですか?グレン先生」

 

 まさに一触即発の雰囲気。

 結婚式に参列していた参列者は、まさかの展開に戸惑いと動揺を隠せずにざわめき立つ。

 

「――っ!」

 

 一方、呆然とグレンの姿を見つめていたシスティーナが我に返る。

 そして、視線を逸らして俯いて……その小さな肩を、わなわなと怒らせ始めた。

 

「……ふ、ふざけないでください……ッ!貴方という人はどこまで……ッ!」

 

 システィーナはグレンを斬りつけるように叱責するが、グレンは馬鹿笑いで封じた。

 

「折角の逆玉の輿に乗るチャンス、そう簡単に諦めてたまるかよぉ――ッ!?」

 

 なんて。

 この期に及んで、ふざけたことを宣うグレンは懐から何やら取り出し、不意に床にたたきつけて――

 

「……ッ!!」

 

 間一髪でノアは腕で目を覆うと、途端、激しい閃光が視界を白熱させ、圧倒的な大爆音が聖堂内に炸裂し、反響する。

 

(これは……閃光石!)

 

 非殺傷系の攻性魔道具だ。

 

「ぎゃあああああああああ――ッ!?」

「目がぁ!?」

 

 ぱっと、顔を上げた先には、静粛で厳かな雰囲気から一転して大混乱に陥る聖堂内陣部と。

 その隙に、素早く祭壇の前へと踏み込み、花婿を突き飛ばしたグレン。

 

 そして――

 

「きゃあッ!?」

「あーばよっ!花嫁は頂戴するぜぇええええええ――ッ!?」

 

 グレンは、システィーナを強引に横抱きにして搔っ攫い、その場から脱兎のごとく逃走していった。

 

 聖堂の開け放たれた扉から柔らかく清涼な風が吹き抜け、ノアの目の前を通り過ぎる。

 

(兄さん……)

 

 今の今まで、狂った歯車のなかに閉じ込められているみたいで、ずっと出口が見えなくて。

 それでも、その中に安息を見出そうとして――けれど、それさえも、すべてが無駄の様に感じられていた。

 

 なのに。

 

 一瞬で、目の前が明るくなって、息がしやすくなって、全てが救われたみたいで……。

 

 この世界が優しく見えた。

 

(兄さん……僕、見つけたよ……)

 

 

 

 この矛盾だらけの世界での、僕たちの”希望”を。

 

 

 

 

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