ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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11.『正義の魔法使い』

 目を閉じれば、鮮明に思いだせる。

 

 今となっては遠い記憶。

 グレンがまだ帝国宮廷魔導師団の魔導士だった頃の話。

 

 はじめは、単純に魔術が好きという理由だった。幼少期、とある事件に巻き込まれたグレンがセリカによって助けられたというのもあっただろう。

 だからこそ、絵本に出てくるような『皆』を救える『正義の魔法使い』になりたかった。

 

 自分に魔術の才がないことはわかっていたが、それでも諦めなければ叶うと信じて……必死に努力を重ねた。

 それが報われた、のだろうか。帝国宮廷魔導師団の魔導士になれた時はとても嬉しかったことを覚えている。

 

 だが、夢が叶ったその先に待っていたのは……ただの挫折だった。

 

 気づいてしまったのだ。

 

 自分が好きだった魔術は、素晴らしい奇跡の力とは程遠く、ただの()()()()()()()()()()()()であることに。

 またグレンは圧倒的に汚れ仕事に向いておらず、悪を裁くため、自身の手を汚すという業に耐えられるほど強くなかったのだ。

 

 現実を知り、自分の弱さを知り、この道が自分に向いていないという絶望を知り……どんどん、心がすり減っていく。

 

 それでも、『皆』を救う『正義の魔法使い』を諦めきれなかった。

 その夢だけが、過酷な戦いの中で疲弊していく心の唯一の支えだった。

 

 自身の手を汚しても『皆』を救う『正義の魔法使い』になれればそれでいい、と。

 

 だが、それもすぐ挫折してしまう。

 

 何故なら救えないのだ……『皆』を。

 力云々の話ではなく、単純にどんなに血反吐を吐こうとも、『皆』のうち何割かは、為すすべもなく手から零れ落ちていく。

 

 そう悟ってからは毎日が地獄だった。

 

 現実を理解していても、さりとて理想は捨てきれず……そんな中途半端な日々。

 夢を壊すばかりで何一つ叶えてくれない魔術に嫌気がさし。向いていない汚れ仕事に心身ともに疲れ果て。ありもしない『正義の魔法使い』を目指して戦う日々。

 

 それでも、グレンの心が折れることなく、何とかやっていけたのは……

 

 

「……私は好きだよ?グレン君の夢」

 

 

 そう、穏やかに微笑みかけてくれたこの少女のおかげだろう。

 

 セラ=シルヴァース。

 

 帝国宮廷魔導師団特務分室所属、執行官ナンバー3『女帝』。

 南原の遊牧民族出身、誇り高きシルヴァース一族の『風の戦巫女』で、風に関する魔術の腕は帝国随一と謳われた『風使い』。

 

 今となっては夢の中の存在とはいえ、その穢れなき白い髪と、雪も欺く白い肌、風の精霊のように神秘的な顔立ちは美しい。頬や腕など、華奢な身体のあちこちに描かれている、赤い呪的な紋様は、彼女の神秘性を引き立てる装飾に過ぎない。

 

 彼女は夢物語のような理想を掲げるグレンに嘲笑や呆れを向ける同僚たちの中で、唯一、肯定してくれた人であったし。

 

 彼女がグレンを世話の焼ける弟の様に思っていたというのもあるだろう。

 

 アルベルトに次いで、共に数々の修羅場を潜り抜けてきた戦友というのもある。

 

 そして――彼女がグレン同様、決して叶わない夢を抱いていた共感みたいなのもあった。

 

 ……とにかく、お節介で、世話焼きで、説教臭くて、お人好しで……頼りになるようで、どこか危なっかしいセラ(白犬)

 

 

 そんな彼女をグレンは――好き、だったのだろう。

 

 

 別に……『皆』を守る『正義の魔法使い』でなくてもいい。

 せめて、彼女一人を守れる『正義の魔法使い』になればいいのではないか。

 

 いや、むしろ――そうなりたい。

 せめて、彼女くらいは守ってやりたい。

 

 そんなことを考えるくらいには彼女が好きで、彼女といる空間が心地よかった。

 

 だから――

 だからこそ――

 

 自分を庇って致命傷を負い、血だまりの中に沈んだもう助からない彼女を見下ろしたとき――

 

 

 グレンは、自分に、魔術に、心底絶望したのだ。

 

 

 これこそが、一年余前にとある男が『天使の塵(エンジェルダスト)』を使って引き起こした事件の結末であり。

 

 グレンが魔術にささげてきた人生を、己の無力さと絶望で締めくくった……なんともバカげた喜劇の終幕(フィナーレ)だった。

 

 

 

………………

………………………………

 

 

 

 薄暗い路地裏でグレンとシスティーナの荒い息と足音が響く。

 

 グレン達は、先程までこの事件に関しての状況整理をしていたのだが――突然現れた『天使の塵(エンジェルダスト)』の中毒者達に襲われ、絶賛逃走中だ。

 

「くそ――」

 

 グレンは視界の端で、手を引くシスティーナに向かって斧を振り下ろそうとしていた男――やはり『天使の塵(エンジェルダスト)』の中毒者――をとらえると右腕を振るう。

 

 空間を切り裂くような銀の閃光が、二閃。

 

 その飛針には『必中のルーン』が刻まれており、その呪的効果によって物理的に落とされない限り、狙った場所に必中する。

 そして今正に効果を発揮し、その男の両目を射抜いて見せる。

 

「ギャァァアアアアアア――ッ!?」

 

 身の毛のよだつような絶叫と共に、その男は見えない目で斧を滅茶苦茶に振り回す。

 

「――ひっ!?」

 

 その凄惨な様子に、システィーナが細く悲鳴を上げるが、グレンは気にしてはいられない。

 何故なら、既にすぐそこに新手の中毒者がシスティーナを狙って、ナイフを腰だめに構えて猛速度で肉薄しているから。

 

「くそ――ッ!<<雷精よ・紫電の衝撃以て・――>>」

 

 グレンは素早く、間に割り入ると、今度は左手を振るう。

 

 左手の手袋から、きらりと煌めく銅線は虚空を裂き中毒者の身体を巻き上げ――そして。

 

「<<――撃ち倒せ>>――ッ!」

 

 同時に起動される、黒魔【ショック・ボルト】。

 電撃が銅線を走り、その中毒者の体内へ、直接流れ込む。

 

「ギャァァアアアアアア――ッ!?ァァアアアアアア――ッ!?」

 

 再び上がる身の毛のよだつような絶叫。のたうち回る中毒者。

 それを、蹴り飛ばして足を止めることなく逃走するが……。

 

「「「シャアアアアアア――ッ!」」」

 

 息をつく暇もなく襲ってくる中毒者達。

 彼らの狙いは全てシスティーナに向けられている。

 

「な、なんで、私ばっかり――ッ!?」

「ちぃ――」

 

 止むを得ない。

 グレンは振り返ると、懐から爆晶石を取り出す。ナイフでその表面に刻まれていた『封爆のルーン』を傷つけ、中毒者達へと放る。

 

 次の瞬間、轟く爆発音と暴風が路地裏を震わせる。

 爆発力が弱い小さなものであったため、死者はいないようだが――中毒者達の手足は衝撃であらぬ方向へと曲がり、地面で蠢いている。

 

「あ、あ……ぁ……ああ……」

「何をぼさっとしてる!?こっちだッ!」

 

 その凄惨な光景に釘付けになるシスティーナを叱咤しつつ、グレンはその手を乱暴に引いて再び駆け出す。

 

 入り組んでいる路地裏をひっきりなしに現れる中毒者達に追いかけられながら、中てもなくグレン達は逃走する。

 

(次、そこを右に――)

 

 すぐ前のT字路。

 足先を右に向ける前に、視界にまた……。

 

「ここもかよ……ッ!」

 

 右側の道には数名の中毒者達がふらふらと徘徊しているのが見え、グレンは思わず舌打ちをすると左の道へと駆けこむが……。

 

「……ちっ、こっちは通行止めか……ッ!クソッ!」

 

 このようなことは、先程から何度もあった。

 中毒者達が襲ってくるパターンや待ち伏せの位置……初めは何の法則性もないと思っていたが……何度も繰り返していくうちに気付いた。

 

 自分たちは、明らかに何者かの意志によって誘導させられている。

 

 まるで、自分の行動パターンを全て読まれているかのようで、抗うことができない。

 実際、どの襲撃もシスティーナを守りながらでは突破できない、絶妙な人数が割り振られている。

 

 中毒者は恐ろしく頑丈だ。

 

 痛覚もマヒしているせいで、彼らを止めるには生半可なダメージでは不可能。故に、グレンはどうしても苛烈な手段を取らざるを得ない。

 

(この状況……嫌でも、あの時を思いだしちまう……ッ!)

 

 思えば、あの時もこうだった。

 一年余前、帝都で起きた『天使の塵(エンジェルダスト)』事変。

 

 あの時も、敵の策略によって味方と分断されたグレンは、セラと二人で次々に襲い掛かってくる中毒者達をさばきながら、帝都の路地裏を駆け抜け――

 

 そして。

 

 その戦いで、セラは――

 

「――――ッ!」

 

 後ろでグレンに手を引かれ、俯きながらも必死についてくるシスティーナの姿に。

 かつて、全てを投げ出してでも守りたかった女の姿が、否応なしに重なる。

 

(くそ――ッ!やらせるか……ッ!)

 

 気ばかり急いて、グレンの思考と手段が次第に熾烈で暴力的なものに変わっていく。

 

 前方に三人。

 やはりグレンに見向きもしない彼らは、システィーナに向かって一直線に向かってくる。

 

「ちぃ――ッ!」

 

 彼らの手がシスティーナに届く前に。

 グレンは拳を握りしめ、彼らに突進していく――。

 

(くそ……思いだせ、あの頃の俺をッ!今の生ぬるい俺じゃ……また、守り切れねえ……ッ!)

 

 教師としてのグレンではなく。

 魔導士(人殺し)としてのグレンに。

 

 幸い、グレンは魔導士としての自分を完全に忘れていなかったらしい。

 

「しぃ――ッ!」

 

 グレンは飛びかかって来た男達とすれ違いざまにナイフを抜く。

 

 ぎらりと鈍く光る刃に彼らが映った瞬間――四閃。

 卓越した手さばきで、彼らを斬りつける。

 

 このナイフには痛覚を過敏にさせる呪詛が付呪されている。

 

 故に、肉体的な痛みではなく、魂に直接響くような呪術的な激痛が中毒者達を襲い、彼らは絶叫を上げ地面をのたうち回る。

 

(そうだ……これでいい……ッ!)

 

 敵を退ければ退けるほど、魔導士としての自分が研ぎ澄まされていくのを感じ、グレンは内心、ほくそ笑み……

 

(すまねえ……アンタ達……)

 

 同時に、堪えようもない後味の悪さが、吐き気とともにグレンを苛む。

 

 恐らく、この中毒者達はもともと、何の罪もない普通の人間だったはずだ。それがこの事件の本当の黒幕に無理やり『天使の塵(エンジェルダスト)』を投与され、グレン達を襲うように命令を受けたのだろう。

 

 『天使の塵(エンジェルダスト)』は一度投与された以上、生物上生きてはいても、人間としてはとっくに死んでいる状態になる。二度ともとには戻れないし、救えない……禁断症状で死ぬか、末期中毒症状で死ぬまで。

 

 そして、グレンはまた、もう救えない人とまだ救える人とで取捨選択を迫られる。

 

 皆を救うために学んだ魔術で、誰かを助けるために、誰かを切り捨てなければならない。

 

 

 

 大好きだった魔術を、大嫌いになりながら……

 

 

 

 

………………

………………………………

 

 

 

(数が……多すぎる……)

 

 ノアは左手から放った氷雪で下がった空気の中、一人嘆息する。

 

 グレンとシスティーナの加勢に行くために後を追っていたノアは現在、グレン達同様『天使の塵(エンジェルダスト)』の末期中毒者達に囲まれていた。

 中毒者達の攻撃や身のこなしは左程脅威にはならないが、いかんせんあちらの体力が多すぎる。

 

 足を凍らせれば表皮が剝がしてでも抜け出してくるし、身体に紫電を流しても痺れなど皆無というように襲ってくる。

 

(く……やっと、先生たちの場所が分かったのに……)

 

 聖堂から駆け出してしばらくすると、爆晶石でも使ったのか近隣で爆発音が聞こえた。

 おそらくグレンが使ったのだろうと辺りをつけて、蝶一匹を向かわせた結果、中毒者達に追われている二人を見つけることができた。

 

 後は、ノアが追い付ければ――。

 というところで、それを防ぐかのように中毒者達に囲まれてしまったのだ。

 

(先生たちのところに早く行きたいのに……ッ)

 

 背後から斧を振り下ろしてくる中毒者を乱暴に風で吹き飛ばしながら、ノアは唇をかむ。

 

 システィーナは恐怖でうまく動けないようだし、グレンもどこか冷静さを欠いている様だった。

 どこかに誘導されているという事には気付いているようだが、グレンの対抗手段が時間が経つほどに熾烈になっている。

 

 このままでは――

 

 

 バンッ

 

 

「――ッ!!」

 

 突然。

 空間を切り裂くような乾いた破裂音が反響する。

 

 続く、連続して反響していく破裂音。

 

 ノアはぱっと顔を上げると、手早く周りの中毒者達を動けない様に氷の檻に閉じ込める。そして、同期を切っていたグレン達を見守っている蝶の目を再度借りる。

 

 そこに映るのは――

 

「……先生」

 

 システィーナを片腕で抱えながら狭い路地裏を駆け抜けるグレンと、その周囲で既に動かなくなった中毒者達。

 グレンのもう片方の手には――灰色の煙が立ち上る銃がしっかりと握られている。彼は時折後方を振り返っては、その銃で中毒者達を射抜いていき――。

 

 次々と、響きわたる銃声。

 散り散りに咲く赤い華。

 

「……」

「シャアアアアアア――ッ!」

 

 無言でたたずむノアの周りに、再び中毒者達が群がってくる。

 

 包丁を構えている白い厨房服の男性、鋏を振り回す緑色のエプロン姿の女性、杖で殴りかかってくる老人……。

 彼らは奇妙な叫び声をあげながら、死んだような顔でじりじりとノアに迫ってくる。

 

「……ううん……もう、<<死んでるんだよね>>」

 

 ポツリ、とノアの口から零れる呪文。

 

 冷気系軍用魔術【アイス・ストーム】を凍結面に指向性を持たせた即興改変。

 息も凍るような氷気が中毒者達の四肢を拘束し、その体を路地裏の地面や建物の側面に縫い付ける。

 

「ギャァァアアアアアア――ッ!?」

「本当に……趣味が悪いな……」

 

 ノアは白い息を吐きながら、断末魔のような叫び声をあげながらもまだ蠢く中毒者達をみて呟く。

 

 この人たちは、先の先まで普通に暮らしていただろうに。

 この事件の”本当”の黒幕に『天使の塵(エンジェルダスト)』を投与され、その瞬間死んでしまったのだろう。

 

 この人たちを助けたいのなら。これ以上、人々を傷つける罪を背負わせないようにしたいのなら。()()()()()()()()()()()()から守りたいなら。

 ノアはこの人たちを殺すべきだ。それこそグレンの様に。

 

しかし。

 

 

――もし、大切な人の命が、誰かの死と引き換えにしか守れないのなら、僕は……

 

 

(……僕は……迷わず、選択できるのかな……)

 

 ノアの左手がピクリと動き、目線は未だ動いている中毒者に注がれる。

 しかし……。

 

(でも……今の僕は、ただの学生だ……)

 

 ノアは左手を固く握りしめる。

 

 過去はわからないが、それでも今のノアはただの一介の学生に過ぎない。

 それがノアの過去に関係し、それでいてノアのやらねばいけないことならそうすると思うが……今はその時じゃない。

 

 だから、優先するべきは……

 

「早く先生たちの所に行こう」

 

 ノアはくるりと彼らに背を向けると、振り返ることもせずに走り出した。

 次々に移り変わる景色の中、赤く染められた道を頼りに、飽きもせず湧いてくる中毒者達を凍らせながら風の様にかけていく。

 

 目的地は、グレンとシスティーナの所だ。

 

 

 

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