ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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誤字脱字修正(2025.05.04)


5.僕にできることを

 グレン=レーダスにとって最大の幸運はシスティーナがいたことだろう。

 

 グレンは魔力容量が多いわけでもないし、魔術特性のせいで使える魔術も限られている。何よりボーン・ゴーレムの様にすでに起動している魔術には相手では自分の切り札である固有魔術【愚者の世界】が通用しないのだ。

 対するシスティーナは魔術適正によれば魔力容量が生まれながらにしてずば抜けているし、使える魔術の数も豊富だ。正直、【ディスペル・フォース】まで使えることには舌を巻いた。さらに彼女に魔術の才があることは、短時間で初めて彼女が改変した【ゲイル・ブロウ】――命名するならば【ストーム・ウォール】によってボーンゴーレムの足止めができたことで言うまでもないだろう。そのおかげで、些か過剰ではあるが黒魔改【イクスティンクション・レイ】を発動できでボーンゴーレムを一掃できたことは僥倖だ。

 

 ただ、先ほども述べた通りグレンの魔力容量は多くない。そして、先ほどの【イクスティンクション・レイ】は触媒まで使わなければならないほど大技であり、案の定グレンの顔色は悪く息も荒い。マナ欠乏症だ。

 さらに、ボーン・ゴーレムとの戦闘で体中傷だらけであり、致命傷こそないもののこのまま血を流し続ければそれこそ命にかかわるだろう。そんなグレンを見てシスティーナはいそいで怪我を治す白魔【ライフ・アップ】の呪文を唱えるが、

 

「馬鹿、やってる場合か。今すぐ離れるぞ……」

 

グレンが口元を乱暴に拭ってシスティーナに治療を中断するよう促して無理やり立ち上がろうとした。その時、どこからか気の抜けるようなにゃあ、と猫の鳴き声がしたかと思うと、いまだ片膝をついた状態だったグレンの腹に向かって小さな白い毛玉が弾丸のようにぶつかってきた。

 

「うおっ!?ちょっ、てっめ、何しやがる!」

「ちょっと先生!?可哀そうでしょ!」

 

 思わずその子猫の後ろ首を掴んでぷらーんとさせ至近距離に持っていくと、先ほどまでの焦りをよそにしかし敵に聞こえないように小声で怒鳴る。そんなグレンにシスティーナが子猫を素早く取り上げ、ガミガミと文句を言ってくるが「こちとら怪我人だぞ!?」と反論する。

 ずきずきと痛む傷口に泣きそうになりながら、当の子猫をみるとシスティーナに抱かれながら、のんびりと前足の毛づくろいをしていた。

 

(マイペースな奴め……。ん?)

 

 今度はひらひらとしたものが視界に入り、若干かすむ視界を凝らしてみてみるとそれは一匹の蝶だった。その蝶は子猫の頭の上にとまったと思うとぱしゃっと霧となって消えていった。呆然とするグレンとシスティーナをよそにその水蒸気を受けた子猫はまたひと鳴きすると、今度はグレンに向かって何か小さな結晶のようなものを吐き出した。

 結晶はグレンの顔に見事直撃した。グレンは落ちていくそれを空中で掴み恨み言を吐き出そうと口を開けたが、手にしたものに一瞥した瞬間別の意味で口を開くことになった。

 

(おいおい、これって魔晶石じゃねえか……!?)

 

 魔晶石とは魔力を少しずつ蓄えておいて、有事の際つまり自身の魔力が枯渇しそうなときに魔力を補給するためのものだ。

 勢いよく顔を上げ子猫の方を凝視すると、相変わらずシスティーナの腕の中でのんびりと前足の毛づくろいをしている子猫が見える。そんなグレンにシスティーナは子猫をなでながら首を傾げた。

 

「どうしたんですか、先生?」

「いや……。それより、早くここを離れるぞ。早くどこかに身を隠……」

 

頭を振って言いかけるが、すぐにグレンは苦い顔をした。

 

「んな暇なんてないよな……くそ」

 

 かつん、と。

 破壊の傷跡が刻まれた廊下に靴音を響かせ姿を現したのは、ダークコートの男――レイクだった。

 

「【イクスティンクション・レイ】まで使えるとはな。少々見くびっていたようだ」

「――っ!?」

 

 最悪なタイミングで現れたレイクに息を吞み子猫を強く抱きしめるシスティーナを庇うように前に立ち敵をにらみつける。何とか策はないかと思考を巡らせるが正直詰みと言ってもいいほど状況は最悪だった。彼の背後にはおそらく魔動器なのだろう剣が5本も浮いていて、もちろんすでに起動されて展開している以上、グレンの【愚者の世界】は通用しない。それに、浮いている剣ってだけで嫌な予感がする。おおかた術者の意思で自由に動かせるとか、手練れの剣士技を記憶していて自動で動くとか、そんなんだろう。

 唯一の希望は、システィーナだが。

 

「おい、白猫。魔力に余裕は?お前はあの剣をディスペルできそうか?」

 

少し考える素振りをして返ってきた答えは否。しかし、魔力と呪文を唱える隙があれば多分。その答えにグレンは

 

「なら、よし」

 

と十分そうにうなずくと、とん、と右手でシスティーナを横に突き飛ばした。そう、先ほどグレンの【イクスティンクション・レイ】によって破壊された空間――校舎の外へ。

 

「……え?きゃああああああ――ッ!?」

 

 突然の行動だったためかこぼれた困惑の声と悲鳴を上げながら4階から落ちていった。落下中に【ゲイル・ブロウ】を唱えて、落下速度を相殺したのだろう。外から突風が吹き荒れる音が響いてきた。

 

「ふん。逃がしたか」

「まあね。流石にお前を相手に庇いながらやるのは無理そうだしな。で?その露骨な剣は俺対策か?」

「知れたこと」

 

 あっさりと肯定される質問にグレンは内心舌打ちをする。

 やはり先にシスティーナを離脱させておいて正解だった。あとはこちらの意図を組んでくれるかにかけるしかない。グレンは空になった両の手を握りしめレイクをにらみつけた。

 

「貴様の脅威は魔術起動のみを封じる特殊な術だ、ならば最初から術を起動しておけば問題はない……いくぞ」

 

 レイクが指を鳴らすと、背後に浮かんでいた剣の切っ先が一斉にグレンへと向けられた。

 そして、グレンをめがけて飛来し、まっすぐ切りかかってくる。

 

「ですよね――ッ!?」

 

 

 

 

「痛たたた……もう、なんてことするのよ……アイツ!」

 

 落とされた先――校舎中庭に四つん這いで突っ伏し名がらシスティーナがつぶやいた。【ゲイル・ブロウ】でとっさに落下衝撃を和らげれたとはいえ、失敗していたらどういうつもりだったのか。あとで文句を言わなければと決意を固くする。その時にぎゅっと握りしめすぎたのか、抗議するように腕の中にいた子猫が抗議の声を上げたので慌てて腕の力を緩めると、子猫はするりと腕を抜けてひざ元にちょこんと座った。

 謝罪の念を込めて子猫の頭を撫でていると、だんだん興奮していた頭も冷えていく。

 

 先程はグレンへの不満を叫んでいたが、冷静に考えればグレンの判断は正しいのだ。あんな規格外の魔術師と死闘するにはシスティーナの存在は足手まといだろうから。戦闘に巻き込まれて死ぬ確立と校舎の外から突き落とされて死ぬ確立のどちらが高いかなんて明白だった。

 

「結局、私は足手まといなのね……」

 

 意気消沈してうつむくシスティーナの顔を子猫が心配そうにのぞく。力なくその頭を撫でていると、頭上から何かと何かが激突する音が聞こえ戦いが始まったことを知らせた。だが、戦力外通告された身として、システィーナにできることはない。ここは先生の言う通りにするしか――

 

「……言う、通り?」

 

 その言葉になにか違和感を感じ、子猫を撫でる手を止め考える。先生はあの時……。

 

「もしかして!」

「にゃあ」

 

 子猫がそうだ、というようにシスティーナの声に応えるとシスティーナの膝の上に先ほど先生が持っていたはずの魔晶石を置く。そして、その魔晶石を前足で押し出しながら「使え」というようにもうひと鳴き。そんな子猫を見てシスティーナは思いついた仮説について確信する。

 

 そうだ。あの時、先生は「なら、よし」とだけ言った。その前にはあの剣をディスペルできるか否かを聞いてきて、システィーナは魔力と呪文を唱える隙があれば多分と答えた。それから導きされることはつまり――。

 次々と先生の質問と行動の意図、そしてこれからの行動について策を巡らせるシスティーナの目にはもう迷いはなかった。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 所変わって。

 ノアは現在も変わらず教室内にいるのだが、少し悩んでいた。

 というのも、教室外の見回りに放した蝶がサポート用に放した子猫に接触した直後、消滅したことを感知したからだ。つまり、今現在レイクと先生たちが対面してしまいおそらく戦闘状態にあるということになる。

 

 子猫から魔晶石はグレンの手に渡ったことは確認済みだがそれを使うような時間はほぼなかったといっていい。また、何を思ったのかグレンはシスティーナを逃がしたらしく、子猫は今魔晶石を持ったシスティーナとともに校舎中庭にいる。

 もとからだがより厳しい戦いになるのは火を見るより明らかだった。

 

 ノアの指先が無意識に教室のドアの方へ伸びかけて、止まる。

 

「……やっぱりだめだ」

 

 胸の奥に感じるじりじりと焦げるような感覚がもどかしい。

 実は先ほどからこれを繰り返しているのだが、一度もノアは教室の外に出ていない。というより、ノアはこの教室から()()()()()のだ。

 視線だ。どこからかはわからない。でも、外に出ようとドアに手をかけた瞬間に感じる冷たい視線がノアの行動を縛っている。見張りの蝶や子猫を作ることは黙認されているようだが教室から出ることだけは許さない、出たらどうなるかわかるだろうな、と。

 根拠はないがこういった感覚はいざというときには結構大切なものだ。また、ここには50を超える生徒がいる。この人数を守りながら戦うなんて芸当はできない。

 ノアは歯がゆい気持ちで状況整理をしていたが、突然小さく目を見開きながら顔を上げた。

 

「システィーナ?」

 

 子猫がシスティーナが行動を開始したことを、そしてグレンとシスティーナには策があることを教えてくれた。校舎4階から落ちたとは思えない速さで、しかし上のレイクに聞こえないようにするためか静かに学院内を駆けていく。

 

「……」

 

 ノアはポケットからまだ完成していない魔晶石を取り出すと、少しずつ少しずつ魔力を流し込んでいく。

 

(せめてレイクとの戦いが終わった後に二人がゆっくり休めるように)

 

 その間の見張りを作れるくらいの魔力を残して、それ以外の魔力を余すことなく。

 

 

 

そうして数十分後。

子猫からグレンたちがレイクを討伐したと朗報が入り、ノアは笑みを浮かべながらまた別の子猫を作り魔晶石とおまけをつけて送り出すのだった。

 

 

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