あれから何時間くらい眠っていたのか。
金属を打ち鳴らしたような甲高い共鳴音が耳に入り、次いでざらりとした感触の何かが顔をなめて――
「痛ってぇ!?」
グレンの意識が一気に覚醒し、目を開けるといつぞやに見た白い子猫が胸の上から至近距離で顔を覗いていた。それに驚きベットから跳ね起きると視界がくらりと揺れるが、頭に手を当てることでどうにかやり過ごす。一方、子猫はそれをひらりと軽々と横に着地することで避けていた。グレンの鼻が少しひりひりするのは、どうやら一向に目覚めなかったグレンにじれたことで猫パンチをお見舞いしてくれやがったからだろう。
鼻をさすりながら部屋を見回すと、グレンの右側でシスティーナが疲労困憊といった顔でベッドにもたれかかって深く眠っており、また窓の外は茜色に染まっていた。
「――っ!?あれから何時間たった!?」
システィーナのディスペルでどうにかレイクに勝利し、その後白い子猫――めんどいのでシロの手を借りてシスティーナが医務室で治療してくれて、それから……。
にゃあ、という声とともにズボンの左ポケット辺りを軽く叩かれ見てみると、今度はどこから来たのか黒い子猫――めんどいのでクロが早く出ろと言わんばかりにグレンのポケットを叩いている。
「……わかってるよ」
グレンそうぼやきつつ、クロの頭をポンと叩いた。にゃと鳴きながら不満そうに尻尾で足を叩くクロを撫でつつ、先ほどからポケットから着信音が鳴り響いていた宝石を取り出して耳に当てた。
「セリカか?」
『――グレン!?無事か?」
宝石の向こう側から息をのむような雰囲気が伝わってくる。どうやらかなり心配をかけたみたいだ。それに申し訳なく思いつつ、簡潔にセリカへ状況説明、情報共有を済ませる。いまだに残っている疑問についてセリカの考えを聞いて、そして――
(くそ!そういうことかよっ!)
セリカとの通信を強引に打ち切るとベッドの横の机の上に置いてあった愚者のアルカナを引っ掴みベッドから飛び降りる。
あちこち痛むが何とか動ける範囲まで回復してくれたシスティーナとそんな彼女に寄り添ってるシロの頭を乱暴にひと撫ですると医務室の外へ飛び出て急いで駆ける。
目指すのはある場所――
「多分、こんなシナリオなんだろうよ」
グレンは校内敷地内を今できうる限りの速さで走りながら、何故かついてきたクロに話しかけるように頭の中を整理する。ふさぎ切らなかった傷口から血がにじみ出してくるが構ってられなかった。
「下手人はあらかじめ昨日の内に、校内敷地おそらく地下迷宮あたりに潜伏していた。そして昨日の夜にセリカ達は学会に行くために転送方陣を使って帝都に出発。無人になった校舎で行動を開始して学院の結界を一晩かけて弄り誰も入れない出れない状態にする。次は、転送方陣の改変だ。だがこれは高価な素材と専用の道具が必要。あらかじめ運び入れれば学院側にばれてしまう可能性が高い。だから当日の今日にあの二人に運ばせたはずだ。そして手筈通り生徒を拘束、ルミアを確保。同時に下手人は転送方陣の改変を開始」
中庭を走破、木々が立ち並ぶ並木道を直進し、だんだんと目的地が近づいてくる。
「下手人の誤算は、協力者がいきなり三人とも俺に倒されたことだ。奴は方陣の改変に手一杯。この数時間もの間、戦闘不能に陥っていた俺に手を出さなかったのは……手を出す暇がなかっただけだ。方陣が完成すれば、下手人はルミアを連れて脱出。外の連中が閉鎖結界の解除にてこずってる間に悠々と逃走。いや……ついでに脱出とともに爆晶石かなんかで集めた人質も粉微塵に吹っ飛ばせば、死体の判別が遅れてルミアの追跡がますます困難になる。連中ならやるだろうな」
つまり、これは爆破テロを装ったルミア個人を狙った誘拐事件だったのだ。
「いや、結論はまだ早い。このシナリオだと辻褄が合わないことが二つある。」
一つ目は、ルミアについて。こんな大掛かりな計画をしてまで手に入れたい理由がわからない。
二つ目は、学院内の裏切り者について。この計画には必ず裏切り者が必要だ。協力ではだめだ。それだと下手人があらかじめ学院内のどこかに潜むという初期条件が満たされない。だが、セリカが言うには学院内には裏切り者はいない、らしい。
「早まったかな……」
しかし、そんな不安はふいに確信に変わった。
クロの声で思考を一旦止め顔を上げると、転送塔へ続く最後の並木道には無数のゴーレムが不自然に徘徊しているのが見えたからだ。あのゴーレムはこの学院を守るためのもので、普段はばらばらの石片として学院内の風景を構成する一部になっているが、異常事態が起きると巨人の姿に組みあがり侵入者を迎撃するシステムになっているのだ。
それしか命令を与えられていないゴーレムがここにいるということは――
「よっしゃ、ビンゴォ!だが……最後の最後できっついなぁ……」
グレンが泣き言をこぼすと、クロが勢いよくこちらにジャンプしてきた。とっさにキャッチするとクロはグレンに向けてまた……
「……おまえ、その出し方何とかなんねぇ?」
べしッと吐き出された結晶が顔にあたる前になんとかつかみ取る。それは少女のこぶしくらい大きい紅く燃えるような結晶、爆晶石だった。どこからこんな大きさなものを持ってきたのかは謎だが、つまりこれは、あれだ。これを使ってゴーレムをぶっ飛ばせということか。
なにぶん、ゴーレムの数が多いので全部を倒すのは無理だが塔に侵入するときの道を作るときに使うのがちょうどいいだろう。
「まあ、ありがたくもらっとくわ。サンキュ」
後は任せろ、と頭をひと撫でするグレンにまたにゃあ、となくと蝶の時の様に水蒸気になって消えていった。
「……ここまでか」
教室内で警戒を続けていたノアは黒い子猫の消失を感知するとともに、使用していた感覚同期を切って事件の解決が近いことに安堵のため息をついた。あとはグレンが何とかしてくれるだろう。 それよりも、
(いつの間にかあの視線もなくなってる……)
役目が終わったのか、ノアが教室に居座ざるを得なかった元凶の気配がない。初めからこうだったら、と思わずにはいられないが仕方ない。
今はもう教室から出られるのだが、いかんせん感覚同期の欠点のせいで体中が痛いし、魔晶石やらのせいで魔力もだいぶ持ってかれたため動くのがちょっと面倒だ。教室内の見張りの蝶は消したし、システィーナの方にいる子猫の方ももうしばらく時間が経てば自然に消えるだろう。
(それにしても、謎が多いな)
正直、先生が言っていた下手人についてはあまり気にはならない。心当たりの元学園関係者を知っているし、天の智慧研究会に所属していたのかと驚きはあるが。気にするべきなのは今後のルミアがどうなるのかだ。先生の言う通り”こんな大掛かりな計画をしてまで手に入れたい理由がわからない”。理由次第では今後もこのような事件がついて回るだろう。
そしてもう一つ、ノアが感じていた視線だ。あれは何だったのか。ノア自身が教室の外に出るのはだめなのに、いろいろサポートは許容してくれるなんて随分とお優しいことだ。
(先生に伝えるべき?)
ノアはしばらく天井を向いたり、首を傾げたりしていたが、やがてあきらめたように息をつくと床に転がって大人しく救助を待つことにした。そして、数刻もたたないうちにこの教室へ向かってくる足音を聞いてゆっくりと目を閉じるのだった。
―――――――――――――――
アルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂。
このような凶悪な事件は一人の非常勤講師の活躍によって幕を下ろしたのだった。
しかし、かかわった組織が組織なだけに社会的不安を民衆に与えないようにと内密に処理され、学院に残る破壊痕は魔術実験の暴発ということで公式に発表された。ことの顛末を知るのは、学院内でもごく一部の講師・教授陣と当事者の生徒達しかいない。
無論、すべてが完全に闇に葬られたわけではない。
かつて女王の懐刀として暗躍していた魔術師殺しや、ひそかに存在を抹消されたはずの廃棄王女、死んだはずの講師の亡霊が事件の裏にかかわっていた……。そのような噂がまことしやかに囁かれていたが一か月もたてばそれもまた消えていった。
そして、事件に空きこまれた生徒の一人ルミア=ティンジェルもしばらくの休学を得てやがて復帰。
こうして、平和な日常が戻ってきたのだ。
そして、ある晴れた日の午後。
ルミア――元王女エルミアナはシスティーナとグレンのいつものような茶番をクスクスと笑って見守りながら戻ってきた日常に安堵していた。
あの事件の後、事情を知ったシスティーナもグレンも今までと何も変わらず接してくれていた。またグレンに関しては厄介ごとを増やしてしまったというのに学園を去らず正式に講師になった。本人たちにとっては何ともないことなのかもしれないが、それがどれだけ嬉しく有難いことなのか。ルミアはどれだけ二人に感謝しても足りない。
「ったく。にしても、俺は猫ってのに何かしら縁があるのかね……」
「ちょっと、それに私は入っていませんよね?」
「猫がどうしたんですか?」
茶番が終わったのかシスティーナの足元で土下座していたグレンは起き上がると、考えるように手を口元に当ててそう唐突に言った。
「あの日、白と黒の子猫が何かとサポートしてくれたんだよな。面倒だからシロとクロって呼んでるけど、あれは本物の猫じゃなかった」
「名前が安直ね……。でも確かに、あの子猫たちを抱っこしてた時少しひんやりしてたわね」
「ああ。それにあの渡し方はどうかと思うが、魔晶石を計二つと小さいが爆晶石を一つだぞ?普通の生徒が日常的に持つものでもないだろ」
あの渡し方はどうかと思うが、とまた言うグレンにシスティーナは呆れたように腕を組んだ。
「それは先生だけですよ。私の時はちゃんと膝に置いて渡してくれたし」
「は!?それは、横暴だろっ!」
また、ぎゃいぎゃいと言い争いを始めた二人に苦笑しながら、ルミアは何か頭の片隅で引っかかることがあった。
(本物の猫じゃなくて冷たい白と黒の子猫……魔晶石を持ってる……?)
先ほどのグレンと同じように手を口元に当てて、記憶の中を探っていく。あれは確か私たちが1年の時に、先生に質問に行ってるシスティーナを教室で待ってた時に、暇つぶしといって見せてくれて……
「あ!」
やっと思い出して声を上げるルミアにシスティーナとグレンは動きを止めると、一体何事かと伺ってくる。
「何かあったの、ルミア?」
「うん、思い出したの。その魔術を使う子について」
その言葉に二人とも驚いた顔をする。まさか、ルミアが知っていて、それが本当に生徒だったとは思わなかったのだろう。ルミアだって、きっとあの時はあの子の気まぐれだっただろうから、知ってるのは偶然なのだけど。一度しか見たことがないし。
初めて見たときは驚いて子供の様にはしゃいでしまったことが懐かしい。
(それからたまに話すようになったんだよね)
あの子と話たことをクスリと思い出し笑いをしながら物思いに耽るルミアにじれたようにグレンが催促する。
「それで?誰なんだ?」
魔術好きなシスティーナはともかく、珍しくグレンまで真剣にルミアの答えを待っている。先ほど言っていた渡し方云々もあるかもしれないが、もしかしたらほかに理由があるのか。そしてそれは、自分のせいなのか……。
一瞬暗くなりかけた思考に、心の中でかぶりを振った。あの子は優しい子だ。それに今回だって私たちを助けてくれた。だから大丈夫だ、と伝えたくて、ほほ笑みながらあの子の名前を口にする。
「ノア。同じクラスのノアルテ=ミネラーノです」
誰か!!誰か、お客様の中で文才をお持ちの方はいらっしゃいますか!?
ください!!たのみますから!!
あと、ノアの立ち絵書いてみたので今度よかったら見てやってください。