誤字脱字修正(2025.05.04)
学院内で凄惨なテロ事件が起きる前日。
グレンは放課後の2年2組の教室後方のドア前にいた。
これまた屋上で質問をしに来たシスティーナとルミアを帰したとき。屋上から以前こっそりと魔術実験室でルミアを見つけたとき同様、自分の担当の教室に生徒の影が見えてしまったからだ。
「まったく……。おーい、そろそろ帰れ「ガン!」ん?」
ぶつくさと文句を言いつつ扉を開けるが、驚かせたのか教室にいた人影、もとい白髪の少女はびくんと大げさに肩をはねるとともにどこか打ったのか鈍い音が教室に響く。痛みに声もなく悶えている彼女に、仕方なく歩いて近づきながら彼女の名前を思い出そうとするが……。
(あーやべ、わっかんねー)
そもそも名簿を見ても全員の名前が覚えられるわけじゃないし、覚えても名前と顔が一致しないし、彼女が呼ばれているところを見たことがない。彼女はいつも一人だったという印象がある。これで名前なんてわかるはずがない。
仕方ない、最終手段だ。グレンが彼女の席の横、窓枠にもたれながら立つと、ちょうど彼女も顔を上げてグレンを見返す。
「あー、お前、名前……」
こういう時は直接聞くに限る、と内心堂々と胸を張る。彼女は居残りについて怒られると思っていたのか、グレンが聞いた質問に目を瞬かせると小さいが、不思議と耳に残る、妙に澄んだ声で答えた。
「えっと、ノアルテ=ミネラーノです」
「ノアルテ……」
言いにくいな、というのが顔に出ていたのか小さく笑いながらノアでいいと言ってくれる。それにグレンは軽く礼をいいながら彼女――ノアのこれまでの様子を思い出していた。
ノアはグレンの初日の授業からシスティーナへ謝罪するまでほかの生徒の様に教科書を開いて自習したりすることなく大体外を眺めていることが多く、彼女からはあまり魔術に対する情熱というものない様に感じた。
正直生徒の中では割と浮いているように見えたし友達がいないのだろうと思っていた。しかし意外にも授業時のグループワークでは全く問題なく周囲になじんでいる。単純にマイペースなだけなのだろう。
また彼女はルミア同様、周りの雰囲気に敏感ならしい。周りとは浮いてしまうような行動をしているのに、全く誰もそれを気にしていないどころか好意的に接していることがその証拠だろう。持ち前の敏感さでうまく周りと付き合っている。
そんな彼女の前でシスティーナと毎日のように言い争っていたことは少し申し訳なく思う。あの十一日間の間でシスティーナと言い争いをしているときは、目をそらしていたし髪で隠していたが頬杖をついた手で片耳をふさいでいたから。うるさかったのもあるだろうし、ルミアもそうだがノアも剣呑な雰囲気がもともと苦手なのだろう。このことに関してはこっちが悪い。
グレンは頭をがしがしとかきながらバツが悪そうにいった。
「あー悪かったな。ずっと白猫と言い争っててうるさかったろ」
ノアはまたもや驚いたように目を瞬かせると首を振る。
「いや、じゃなくて、いえ、大丈夫です」
敬語に慣れていないのか言い直している。また、どうやら人見知りされているみたいでさっきからあまり目線が合わない。
(こっちも猫っぽいな……)
あっちは毛を逆立てている猫で、こっちは大人しいがなつくまで時間がかかる猫。とりあえずグレンも敬語は苦手なので無理に敬語でなくともいいとは言ってみるが、困った顔をされるだけであまり変わらなかった。
うん、打つ手なし、だな。
「とりあえず、下校時間すぎってからもう帰れよー」
「すみません。……さようなら」
ひらひらと手を振って帰るように促すと、ノアは大人しく頷いて挨拶すると鞄を持って教室を出ていった。それを見送ると小さくため息をつき空を仰ぐ。
(あー子供と話すの苦手なんだよな……。まあ、あともう少ししかいねぇしな)
それよりも、目下の悩み事は明日の補習授業だ。なんだって休日にまで授業せねばならないのか。とはいえ、文句を言ってもどうにもならないのだが。それに、セリカが以前教えてくれたことも頭によぎる。
(ヒューイの失踪、か……)
前任のヒューイが退職ではなく失踪したといことはグレンに何の関係もないはずなのに、何となくそれに不安を覚えてしまう。それが杞憂に終わればいいのだが、とグレンもまた帰路につくのだった。
そして、それがアルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂として現実となって学院を騒がせたのはまた別の話。
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ノアルテ=ミネラーノ