どうしてこうなった。
グレンの頭の中にはその文字しかない。
生活費が枯渇し(未来への投資をしたともいう)、なんとか『魔術競技祭』の特別賞与という解決策を見出したにもかかわらず、条件の優勝は正直怪しく(成績優秀者だけで編成するなんて聞いてない)。そしてその競技祭の練習で放課後せっかく中庭に赴いたら、うちのクラスと1組の連中が練習陣地争いをはじめたので?仕方なく仲裁したと思えば、何故か1組担任のハーレイに賭けを、
どうしてこうなった。
心の中で再度問いかけるが、脳内のセリカが「自業自得だ」と嘲笑う以外に答えてくれる者はいない。そしてその言葉がすっき腹に響いて、グレンは力なくうなだれるしかなかった。
幸運なことは生徒たちの士気が思っていたより高かったことだ。他クラスへの負い目も気おくれも、女王陛下の前で無様をさらす恥も外聞もなく、勝つために一生懸命魔術の練習と勉強に励んでいる。そういうわけでいろいろ崖っぷちにいるグレンも最後まであきらめるわけにもいかなくなって、どこか鬼気迫るような熱心さで生徒達の練習と勉強に付き合っていた。
「全く、俺って本当に頑張ってて偉いと思わないか?」
「なんでそれをぼ……わたしに?」
中庭の隅にある樹の下に座ってそうこぼすグレンに、隣に座っていた白髪の少女――ノアは戸惑ったように答えた。このような場所にいるのは無論、競技祭の練習について話すためなのであるが、いざ話すというときにタイミングよく腹が鳴り……。
それを聞いて目を泳がせるノアに、いろいろ悟りを開いていたグレンが経緯という名の言い訳を話すことにためらいを持つはずがなく。それにちょっとした下心もあったので。
「いや、何。ちょっと同情を誘って、その手の中にあるクッキー?を一枚くれたらとか全く?これっぽっちも?思ってなくもなくて?…いや、すみません、調子こきました。後生ですから一枚お恵みください、後生ですからぁ!!」
「これ、猫用……」
「いや、食える」
「ええ……?」
土下座する勢いで手を合わせて頭を下げえるグレンに、ノアは珍獣に与えるときの様にそろーっとクッキーを一枚差し出してくれた。それに飛びつくように受け取ると、ノアのことを拝みながら大事に口に含む。
「よしっ!これで、明日までもつ!!」
味については確かに人間用ではないなという感じだが、毒があるわけでもないだろうし腹が膨れるのならそれでいいと大げさに喜ぶグレンをノアは呆れたような可哀そうな目で見ている。確実に人間として何か(もともとあったかわからないもの)を失った気がしたが、餓死したら元も子もないので。
(にしても、こいつがなぁ……)
口に含みすぎて段々ふやけてきたクッキーを名残惜しく飲み込みながら隣のノアをちらりと見る。システィーナやルミアよりも体は小さいし、14歳という割にはどこかあどけなさを感じる。
それを見ている限り普通の学生に見えるのだが……。
(魔晶石二つだけでなく、爆昌石を一つ所持してたなんて見えねえよな)
あのテロ事件の事情聴取時。最後に「ノアルテ=ミネラーノとはどんな人物だ」と聞かれたのだ、それはもう直球に。
セリカから事情聴取後に聞いたが、その日、保護された他の生徒達と違ってノアは拘束されたりなんだりとか特になかった。また後日の検査結果でノアの魔力があまり残っていなかったことがわかったらしい。
つまり上に、「ノアルテ=ミネラーノは天の智慧研究会の一員ではないのか?」と疑われているということだ。
今であれば途中でサポートしてくれたシロやクロがノアの魔術によるものであるとルミアから聞いたので、「ノアを教室において生徒を守らせていた」と庇うことができたかもしれない。しかし当時のグレンとシスティーナはそれを知らなかったので、無難にただの一生徒だと答えるしかなかったし、そもそも何故ノアの名前が挙がるのか疑問に思ったくらいだった。
もちろん、ノアの行動に疑問はある。
一つは「拘束をどうやって抜けたのか」ということ。これはグレンの様になにか解決できる固有魔術があるのかと考えるしかない。
二つは「なぜ、頑なに教室から出なかったのか」ということ。戦闘に参加しろというつもりはないし、来なくてもいい。というか、危ないことするな。ただノアの偵察力をもってすれば、レイクを倒した後には学院に動ける敵はいないと判断でき、クロを介さずとも魔晶石や爆昌石を直接グレンに渡せたはずだ。そして、上の連中からの疑惑も晴らせる。
魔術について知られたくなかった、という理由はルミアに見せたことがあることに矛盾しているので違うという前提だが。
三つは、「なぜ貴重な魔晶石二つだけでなく、危険な爆昌石を所持してたのか」ということ。ただの生徒が持っててたまるかと言いたいし、その場で用意したのなら今までの中の下くらいだった成績とどうしても齟齬を感じてしまう。
(ただ「目立ちたくない」からとかか……?)
システィーナやルミアからもノアは人見知りだと聞いたから理由としてはないこともない、のか?
内心でぐるぐると考えているグレンに観察されていることに気づいてないのか、ノアは自身の手に残っている猫用クッキーを一つ掴んでずっと裏、表と交互にひっくり返しては眺めている。そして、
サクッ
「は?」
何を思ったのか、ノアはその小さな口に持っていたクッキーを運び一口齧った。
「え?おま、何食ってんの?猫用ですけど!?」
「先生たべたから、気になって」
これ美味しくないですね、と今まで見たこともないくらいの渋面でクッキーを飲み込んだノアにグレンは唖然とするしかなかった。
(こいつ、絶対何も考えてねえやつじゃねえか……)
「それで先生。わたしは競技祭でどうすれば……?」
「ああ、うん、そうだな……」
今までの行動がなかったかのように平然と当初の目的について聞いてくるノアに、頭を抱えていると、以前ルミアがノアについて教えてくれたことが思い出された。
――ノアは優しい子ですよ。ちょっと人見知りで、マイペースだけど、人が嫌がることはしません
――それに懐いてくれたら冗談も言うし、ちょっと素っ気なくなるけど、それが信頼してくれてるんだなって……
――あ、でも、先生に一つだけお願いがあって
(全く本当に世話が焼けるな……)
聞きたいことはこの競技祭が終わってからでもいいだろう。多分何も起きないだろうし。
グレンはがしがしと頭をかきながら小さくため息をついた。
「……とりあえず、お前、一人称『僕』にしろ。そっちの方が話しやすいんだろう?」
「えっ」
ああ、前も言ったが敬語もそんなに気にしなくていい。
そうグレンに言われたノアは、突然だったからか、それとも別の理由か大きく目を丸くしてぽかんとしている。その驚き様に、今まで悩ませられていた意趣返しのようなものができた気分になって胸がすっきりした。そしてそのまま打ち合わせを始める。
「んじゃあ、始めるぞー」
「え、は、はい」
「お前の出る宝物争奪戦なんだが、情報取集は……してそうだな」
「一応。わ……ぼ、僕の使い魔みたいなので、してました」
「言ってみろ」
「えっと、宝物争奪戦は名の通り、宝物を守りながら奪う形式の乱闘が主な内容。だけど、条件がいくつかあって、それが――」
情報取集は既にやっていそうだという想像通り、ノアは自分の種目についての情報を少し言葉に詰まりながらもグレンと共有していく。
初めのうちは『僕』というたびにノアはグレンの反応を伺うようなそぶりをしていたが、それに気付かないふりして進めていくと、グレンが何も言わないとわかったのか終わるころには自然と『僕』を使うようになっていた。
教室で一人座ってるときとは違って、どこか楽しそうに競技祭の作戦について話すノアにグレンは微笑ましい気持ちになって相槌を打っていた。
――ノアは優しい子ですよ。ちょっと人見知りで、マイペースだけど、人が嫌がることはしません
――それに懐いてくれたら冗談も言うし、ちょっと素っ気なくなるけど、それが信頼してくれてるんだなって……
――あ、でも、先生に一つだけお願いがあって
――ノアは、本当は一人称が『僕』なんです
――それで昔、間違えてとある教授に『僕』って言ってしまって……。そしたら教授がそれに怒ったり笑ったりして……。女なのにって
――それから教授や講師の方はもちろん、周りに対しても『僕』って言わなくなって。そのうち口数も減っていって……
――だから、もしノアが先生に『僕』って言ったとしても怒ったり笑ったりしないであげてください