精霊幻想歪伝   作:四重茶

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思ったより精霊の里の話が伸びてしまった。
ヤグモ編はもう少し圧縮しなければ・・・。




第10話:交差、離れ往く

大盛況のうちに終わった精霊大祭から夜を跨いだ翌日。

いつも通りに起きて身体のチェックを終え、カムンは魔道具製作に取り掛かった。

語ることは特になく、術式の調節に苦労したのが精々だ。

何事もなく(これ)平和に尽きる一日であったが・・・。

夕方、何気なしに窓から見た夕空が綺麗だったので外の空気を吸いに出たカムンは隅で何やら話し込んでいるリオとラティーファの姿を見つけた。

間が悪いかと退散しようとしたところ、リオがラティーファに背を向けながら何かを語った直後、彼女が激しく動揺して泣き叫んだ。

 

「嫌だ!お兄ちゃんが居てくれなきゃ、嫌だよぉ!!」

 

そのまま彼女は森の方・・・開けた場所があるところへ走り去ってしまった。

呆けているリオを見てここは喝を入れねばとカムンは音もなく後ろより忍び寄り。

 

「てヰ」

 

空手チョップをリオの頭頂に軽く打ち込む。

呆けているためかあっさりと成功する。

ちょっと呻いた後、リオは慌てて振り返りカムンの姿を見た。

 

「何をしている。さっさと追わんか」

 

どうやら見られていたことを悟ったリオであったが自分がここで彼女を追っていいのか逡巡してしまう。

 

「いいから!とっとと行け。また人間にパクられるのは彼女もごめんであろう?」

 

ラティーファが走り去った方にリオを強引に振り向かせながら背中をバンバン叩いてカムンは催促した。

もっと落ち着いて話し合え、できるうちにと。

 

「・・・・すみません。ありがとうございます」

 

決心がついたのか軽く会釈をしたのち、リオはラティーファを追いかけて走った。

やれやれ、とカムンは呆れながらも微笑ましく見守ろうとしたが。

 

「――――」

 

どこからか、嫌なものを感じた。

空気の圧迫感がほんの少しだが強くなった。

これは。

 

「―――戦の気配か」

 

数万人が殺しあうようなレベルではない。

だが確かにそれは神天龍(ヘヴンズ)が血肉を躍らせるものだ。

 

「まあ、この程度なら出張る必要性はないが・・・」

 

念のために警戒しておこうとカムンはツリーハウスより上、樹木の天辺に向かってすっと浮上していく。

上からの眺めがよいことに気づいたのも束の間。

里の戦士たちが慌ただしくスクランブルをかけていた。

やはり何かあったようである。

 

「カムンさまぁー!」

 

戦士たちが森へ向かっていくのを見送ると同時に下からクレーリアがカムンを呼ぶ声が響いた。

 

「何やらキナ臭いことが起こっているようだが、どうなっているかね?」

 

さっと樹から降りたカムンは肩で息をしているクレーリアに問いかける。

 

「ハァーッハァーッ・・・さ、里の周辺にグリフォンに乗った人間が現れた、とのことで」

 

かなり急いできたのかクレーリアは息絶え絶えながらも何とかその言葉を絞り出した。

 

「・・・の、割には頭数が多いな?」

 

「はい・・・森のざわつきがいつもより激しいので念のためという事で・・・」

 

どうやら思ったより不味い事態なのかもしれない、とカムンは直感すると。

 

「ふむ、クレーリアくんは不測の事態に備えて待機したまえ。まだ君は戦も不慣れであろうし、私も様子を見てくるかな」

 

軽い戦力外通告にクレーリアは悔しさを滲ませて俯いたが致し方ない面はある。

彼女もこの緊迫した空気をひしひしと感じており、精霊と契約したばかりの自分にできることは少ないことも分かってはいた。

露骨に気にしているのを見せられればさすがのカムンとてフォローに回った方が良いと判断はする。

分かりやすくて逆に好印象だ。

無言でカムンは苦笑しながら頭をワシワシと撫でてやると彼女の表情は少し晴れたものとなった。

 

「なぁに、ドンパチやることがすべてではない。最中や後で起こる些事の対処もまた必要な事だ。己の出来ることをやりなさい」

 

まるで落ち込む孫娘に語るかのようにカムンはそう告げるとクレーリアは表情を引き締め、小さく頷いた。

 

「では、往くとしようか」

 

腕の軟骨にある気泡が弾ける音を立てながらカムンは軽やかにとん、とんと弾みながら戦士たちが向かった場所へ向かっていった。

普段、どっしり構えている彼の戦い方を見ていたのであれほど軽やかに動く様子を見てクレーリアは畏怖を覚える。

子供のスキップみたいにあっという間に居なくなったカムンが本気を出さないままリオとの相掛り稽古をしていると嫌でも実感せざるを得なかった。

 

「っと・・・呆けている場合じゃないわ。クレーリア」

 

ハッとしつつカムンからもらった助言をもとにクレーリアもまた己が今できることをするべく市庁舎にとんぼ返りしていく。

夕陽は沈みかけ、逢魔が時を迎えつつあった。

 

 

里の戦士たちが慌ただしく出撃してすぐ件のグリフォンに跨った青年を見つけることができた。

その脇にはダチョウの卵を超える大きさのそれが抱えられていた。

何の種類の卵か分からなかったがその答えはあっさりと分かった。

先回りするかのように現れたのは二頭のブラックワイバーンを中心とする十数頭のワイバーンによる群れである。

その巨体によってグリフォンは驚き、棹立ち(さおだち)して騎手である青年を振りはらってしまう。

だがワイバーンたちは関係ないと言わんばかりにグリフォンの頭蓋に尾の一撃を叩き込んだ。

骨が粉々になり頸椎がへし折れる嫌な音が響きグリフォンは即死する。

そのまま墜落するかと思ったが目ざとい群れの一頭がそれを口で加えるとバクバクと食い始める。

自分にも寄越せとギャアギャア吼える下っ端のワイバーンを放っておいて群れの中で一番、体躯が大きいブラックワイバーンが卵の落下した地点に降り立っていく。

里の戦士たちやオーフィアたちは嫌な予感を覚えつつ見守る中、ブラックワイバーンが悲し気に空へ咆哮したのを見てそれは確信に変わった。

卵はダメだったと。

その直後、憤怒を晴らすべくブラックワイバーンは辺り目掛けて火炎を吐き捨てた。

 

「これは・・・不味いぞ・・・!」

 

次々と灼炎によって発火していく木々を見て戦士たちを率いるウズマが顔を青くしながら呟く。

元々、気性の激しい亜竜は何をしでかすかわかったものではないが今回は殊更最悪な方向に事態が転がっている。

だが呆然としては居られなかった。

群れのワイバーンたちもボスの怒りに当てられて関係のない里の戦士たちにも襲い掛かってきた。

 

「クソ!森が燃えているというのに!」

 

ワイバーンは亜竜と言われるだけあって生半可な鋼も魔力も弾き返してしまう表皮を持ち合わせている。

放火をしているブラックワイバーンに手が回らない状況になった。

アルマがサラから狼型の契約精霊であるヘルを借り受けて自らの契約精霊、イフリータを連れて降下していく。

だが精霊は魔力の集合体。

竜種とは滅法、相性が悪い。

だが下の事ばかり気にはしていられない。

ウズマの前に苛立ちを道端の小石に当たる子供のような目つきをしたブラックワイバーンが迫ってくる。

巨躯が掠めて引き裂かれる大気の渦に翻弄されながらウズマはブラックワイバーンの攻撃を避けて反撃の精霊術を放つが当たったところで屁と感じていない様子だ。

 

「このままでは・・・」

 

里にまで火が届くかもしれない。

それだけは避けねばならない、とウズマは奮起して目の前の相手を見据える。

ちらりと下を確認すると後から駆け付けたであろうリオが下のブラックワイバーンと対峙していてその頭蓋を蹴り飛ばしていた。

ブラックワイバーンを怯ませるほどの強さをいつの間に、と感心してしまうがすぐに目の前に再度集中する。

だがリオと違ってウズマはあくまで常識の範疇内でしかない。

つまり、ブラックワイバーンに正面から挑んで追い返す攻撃オプションを持ち合わせていないのだ。

放たれる火炎のブレスを避けつつ、実りの無い攻撃と燃え広がる森林火災が放つ臭いが彼女の焦りを高めていく。

他の面々も余裕はない。

被害が出ていないだけマシな有様だ。

ジリ貧、と答えが出た直後だった。

グシャン、と固い物を踏み鳴らすような音が響く。

その跫音(きょうおん)は徐々にこちらに近づいてくる。

そして音が響くと同時に燃え盛っていた炎が瞬く間に窒息して消えていく。

発火させるための熱も貪られ、火種も失われる。

ブラックワイバーンはウズマから視線を完全に外して跫音が響く方向へ恐怖に染まった目線を送った。

ウズマは堪らず振り返ると、そこには。

 

「騒々しい。一体何の騒ぎだ?」

 

長身の男―――カムン・テレイズが立っていた。

その雰囲気は最初に出会ったあの底知れぬ恐ろしい物を湛えたそれに近かった。

冷徹に、つまらなそうに、淡々と睥睨するような目元は苛立ちを醸し出している。

変に通る言葉が空中で戦う全員を縛り上げ、動きを止めさせた。

ブラックワイバーンが威嚇の咆哮を上げた瞬間。

 

「身の程知らずめが」

 

そう舌打ちをしながら不愉快そうな声色でカムンが呟いたと同時に何かが奔った。

次の瞬間、ずるりとブラックワイバーンや群れのワイバーンの首が斜めにズレてそのまま頭蓋が悉く地面へと落下していった。

 

「―――――は?」

 

ウズマやは何が起こったか分からず呟く。

ただ恐ろしいものが瞬く暇もなく通り過ぎてワイバーンの逆鱗ごと首を綺麗に寸断したという結果だけが理解させられた。

里の戦士たちも呆気に取られて、意図的に残された一対のワイバーンたちを追撃することも頭から飛んでしまった。

 

「おーおー。肉にはしばらく困ることがなさそうだな」

 

墜落していくワイバーンの亡骸を見ながら畏怖の視線を向けられる当の本人は気の抜けた言葉を吐いた。

それと同時に下のブラックワイバーンも頭部がはじけ飛んでこと切れているのが確認できる。

 

「・・・・おやおや?諸君、呆けていないで残作業をしたらどうかね?お宝が獣に奪われる前に持って帰らないと不味いぞ」

 

未だに固まっている戦士たちを見てカムンは苦笑しつつ適当な調子でそうアドバイスを送った。

声を掛けられたことで我を取り戻したウズマたちは下へと降りていく。

ぎこちない反応を見てカムンは少しやりすぎたか、と思う。

あの反応は訳の分からない光景を見て呆然としていたとしか見えなかった。

まあいいかと考えるのをやめてカムンも降下を始める。

下に着くとリオの元にラティーファが縋りつくように泣きついていた。

どうやらこの騒動に巻き込まれていたようで、あらかじめ手を打っておいて良かったとカムンは安堵する。

 

「ふむ。爆轟を顎に押し込んで内側から吹き飛ばしたか」

 

粉砕され頭部を失ったブラックワイバーンの状態を見ながら呟く。

近くに飛び散った肉片の飛び散りぐらいを見てカムンは直ぐにその情景を推測することができた。

 

「分かりましたか」

 

「表皮は魔力を弾き飛ばすみたいだからな。内部から崩すのが一番ではあるな」

 

その表皮を正面から綺麗に切断したカムンが言うのも変ではある。

リオも何かが奔ってワイバーンの首が裁断されている様子は見えたので苦笑いせざるを得ない。

正面から亜竜を音も閃光もなく首を断つのはリオ自身、できないと断言できるからだ。

 

「リオ殿、カムン殿・・・」

 

気まずそうにウズマが声をかけてきた。

そういえば、彼女と会うのは最初の時以来であるとカムンは思い当たった。

 

「その・・・里の防衛に尽力してくださって・・・すまない」

 

何故か謝られてしまった。

 

「ふむ、感謝は伝えられると思ったが謝罪をされるのは想像していなかったな」

 

この反応を見るに恐らく最初の件をだいぶ気にしているようだ。

まあ人型精霊を宿した聖人と里の発展に貢献している献身的発明家を手荒い歓迎をしてしまったのだ。

活躍するほどウズマは肩身が狭くなっていったのは当然であろう。

 

「そんな・・・畏まらないでください」

 

「それに関しては長老の皆様にもお伝えした通り、不幸なすれ違いであったと水を流してもらえるとありがたいのだが」

 

「いえ・・・私がしたことは謝っても許されるものでは・・・」

 

まあ、確かにきついことを言われたのはそうだが彼女の反応は里の戦士としてはごく自然のものであると交流を重ねたカムンは理解している。

 

「君は職務に従って対応した。私はそこに何の憤慨を覚えてはいないさ」

 

やれやれ、とカムンは肩を竦めながら軽い調子でそういった。

だから気にしないで欲しいし、自分も気にはしていないと。

 

「俺も、ラティーファを守るためでしたし。それに・・・あなたは精霊の民でもあり今の俺は精霊の民の盟友です」

 

リオもまた気にしていないし、盟友を守るのは当然であると柔和な笑みを浮かべてウズマに語った。

 

「・・・・かたじけないです」

 

そのままウズマは片膝をついて最敬礼を送った。

変に生真面目な誓いを立てているがそこまでしなくてもいいとリオはタジタジなり、サラたちになじられて慌てて弁解しだすウズマを見てカムンもまた苦笑を浮かべて巻き込まれないようにしていたが。

 

「――――――」

 

森の西にキナ臭い物をみつけた。

 

「カムンさん?」

 

一気に張り詰めた空気を感じたリオが話しかけてくる。

だがカムンは顔を向けることなく淡々とした口調でことわってきた。

 

「ネズミを見つけた。獲りに行ってくるわい」

 

そう告げた瞬間、一気に加速して姿を消してしまう。

全員は唖然としながらそれを見送るしかなかった。

 

 

 

森の中の一点に向かって突撃し、捉えた箇所に到着したがそこには一人の青年の遺体と少し茂みに入った箇所に魔力の名残と空間を割いた形跡だけが残っていた。

 

「逃げ足の速いことって」

 

青年の他にもう一つ、化外の気配があった。

それはカムンが遠視で確認した直後に勘付いて逃げてしまったようだ。

 

「まあいいか」

 

カムンは青年の遺体に近づき、その頭側部に人差し指を突くと表皮から【干渉】を始めた。

今の神天龍に【死】という口封じは通用しない。

特に新鮮な遺体であるならば海馬体から直接、情報を吸い出すことができる。

暫くして、カムンは必要な情報を吸い出すことを終えた。

 

「哀れよのぉ・・・」

 

苦痛に歪んでいた表情を死後硬直する前に整えて安らかな表情へ変わった青年の遺体を見てカムンは憐憫の眼差しを向ける。

蘇生ならカムンの【権能】を行使すれば可能である。

だが今の多重封印を施している状態ではリスクが付きまとう。

彼を蘇生したところでそれに見合ったコストは産出できないであろう。

厳しいが元はここで使い捨てられる運命。

面白味もないそれをカムンは冷徹に切り捨てて彼の死を確定させた。

だが、せめて死後の安らぎぐらいは与えてもやっていいと思うぐらいには同情もしている。

敵の姿も確認できたことは丁寧に埋葬してやるだけの価値はある。

青年の遺体を運んで戻ってきたことに追跡していた里の戦士たちは驚きを隠せなかった。

結構な高さから落ちて死んだのかと思ったら生きて【クライアント】に遭遇していたとは思いもよらなかったようだ。

里に危険を呼び込んだ慮外者であるが結局、口封じを受けたことには彼らもさすがに同情ぐらいは湧く。

この後、カムンはオフレコとして青年の遺体から抽出した情報を里の長老たちに提供してこの騒動は終わった。

カムンとしてはあのネズミ小僧が里を知っているという安全保障の問題点を残したままことが終わったことに一抹の不安を覚えるが里を直接狙ったものではなさそうなので保留とするしかない。

それよりも里の戦士たちとも打ち解けたこともあってより深く結びついて信頼を勝ち得たことが一番の収穫と言えよう。

ただカムンにはこれ敵わない、と思われて直接相手にしてくるメンバーが殆ど居ないのはちょっと残念であった。

その例外がクレーリアやウズマと言ったトップクラスの面々である。

丁度いいのでリオとの訓練も兼ねて空中戦を繰り広げた結果、【御大】と呼ばれるようになった。

クレーリアとの訓練を終えて先に帰ったリオを追う様にカムンは自宅に戻るとリオとラティーファが神妙な雰囲気を出して話し込んでいるのを見た。

彼女はどうにもリオが里をすぐに発つと勘違いをして飛び出したとのことだ。

カムンもリオの目的が目的なのでいずれここを離れるとは予見していたがその時期が分かっただけでも出歯亀根性を出した甲斐があったというもの。

ただ初めて口にすることも多くラティーファと同じでカムンもリオに関して知らない事ばかりである。

そんなことを余計に知ったところで彼にもカムンとってもよくない結果になるだろうと深く切り込むことはしなかった。

ラティーファは自身の半生を語りだすがその中で一つ、奇妙な事を話し出す。

 

「私はね・・・一度、死んじゃってたんだ。別の人が生まれ変わって今の私になった」

 

俄かには信じがたい話であるが古今東西そういった話はちょくちょく聞く話である。

殆どは胎内で受け取った情報を出力しただけで三歳の成長期に入ると忘れてしまう。

だがその前世の記憶が甦ったのは7歳の頃だという。

カムンはその数字に強い違和感と【理性】を覚えた。

常識的に考えてそれはあり得ないからだ。

それこそ、カムンのように【ズル】をして【忘却の海】を越えなければなし得ない神の如き所業だからである。

その論理染みたカムンと違いリオはラティーファの妄言にも等しい事を信じると言い切った。

 

「えっ!?」

 

「ずっと前からそうだったと気づいてたんだ。だって―――」

 

少しばかり溜めて、いや思い出す様にリオは続けた。

いつも使っている言語ではなくカムンにも聞きなじみのある言語で。

 

『俺の前世も、君のも、同じ日本人だったから』

 

「―――――なるほど」

 

答えを得たため思わずカムンは彼らの目の前に現れた。

突然現れたことでラティーファは驚き、リオは胡乱な目で見る。

 

『君たちの魂が二つにぶれて見える時があるのはそういう事なのだな?』

 

試しに自動翻訳術式を一時停止して覚えた日本語で話しかけてみると二人とも大いに驚いた。

いきなり流暢な日本語を喋ればそうなるであろう。

縁あって覚える機会を得た結果は良い感じでサプライズを提供できた。

 

『魂が、二つに・・・・?』

 

ラティーファがうわ言のように繰り返してカムンはゆっくりと頷いてその料簡を語った。

 

『そうだ。ラティーファ君も改めて見るとそのように見える。何者かによって同じ規格を使って移された、と考えるのが無難なほどには』

 

『何者かに・・・ですか?』

 

『それが誰なのかは今のところ曖昧な憶測の領域を越えないが、十中八九この世界の【根幹】に関わっている奴だろうというのは察せられる』

 

リオの問いにカムンは渋い顔つきでそう答えた。

情報の次元間転送はそれだけ世界の理を理解し、越えなければできない所業だ。

間違いなくこの箱庭世界の運営に携わっている者とカムンは考えている。

誰が、何のためにリオ達に前世とも言える他人の情報を埋め込んだのかは皆目見当がつかないが決して善意で行われたものではないことは確かだろう。

 

『まあ、今のところ露骨な干渉はないから忘れずに備える必要があるということだな』

 

そういってカムンは無理やり締め様としたが。

 

『むー。私たちだけ盗み聞きされてカムンさんが何も語らないのはズルい!』

 

とラティーファに気づかれて簡単に話が終わらなさそうだ、とカムンは失敗を悟る。

 

『それもそうか。だが(わたし)の話は君たちのよりずっと荒唐無稽な話にしか聞こえないと思うが』

 

『なにそれぇ』

 

聞いたって理解できないでしょと断ろうとしたが逆に興味を惹かれてしまった。

リオも気になったのか便乗してきたので観念して語る事とする。

 

『さて・・・どこから話すかな・・・。ではまず神天龍(われら)が生まれた経緯について分かっている範囲で語るとしようか』

 

それは、広大で、壮大で、悍ましく、儚く、猛々しく、哀しく、されど輝かしく、晴れやかな物語。

ここでそのことを語れば長い話となるだろう。

それが来ることは確約できないが、事の仔細はまたいずれの機会とさせていただく。

 

 

こんな話をして、カムンもまたリオやラティーファたちとの絆を深めてより充実させた日々は過ぎていった。

しかしいずれ終わりが来るのもまた時間の流れである。

いよいよリオは出発の時を迎えた。

その隣にはカムンの姿もある。

彼もまた精霊の里を発つのだ。

カムンは運送会社の利益を出すべくこの世界に舞い降りた。

故に世界中にそのネットワークを構築する下準備が必要である。

まだまだリオには教えていないことも山ほどあるから営業ついでにカムンはリオの旅に同行を願って、それが許された。

出立の朝に精霊の民が集められカムンたちから謝辞を送る。

リオには討伐したブラックワイバーンの革を使った旅装を兼ねた防具一式とミスリルで鍛造された片手剣、更には大量の物資を運べる魔道具【時空の蔵】。

そこにはエルフ一同の薬品、獣人たちからは長期の旅に備えられる食糧、ドワーフより酒などの飲料嗜好品が入っている。

カムンは当初、自分が製作したものだけを元手にしようと考えていたが銀狐族から姫巫女の精霊契約に至った切っ掛けを生んだ恩人として狩猟の中で見つけた金になりそうな遺物等を受け取る事となった。

他にもリオと同様にブラックワイバーンの革を使った旅装とドミニクたちに依頼したある武具を受け取る。

 

「カムンの御大や!中々苦労したが完成したぜ」

 

そういってドミニクが会心の出来と評するそれがクレーリアの手から渡される。

それはひんやりとした浅い蒼の色をした矛とハルバードが一緒くたになった長柄武器である。

 

「ふむ・・・さすがドミニク殿。いい仕事です」

 

武器には厳しいカムンであるがそれから見ても素晴らしい仕事してもらったと満足できる逸品だ。

 

「最後にアンタから提供した【モノ】のおかげでようやっと満足いく結果になったから俺としちゃあ少し悔しいがな」

 

「いえいえ・・・いい素材を提供するのは当然のことですから」

 

ドミニクの言葉を謙遜と感じたカムンもいい物を作るための努力は依頼者と施工者両方が努力すべき事だと柔和に返す。

 

「んで・・・そいつの銘は確か決めてるんだったよな?」

 

思い出したかのようにドミニクはそう切り出すとカムンは頷きながら答えた。

 

「えぇ。もう決まっていますよ」

 

矛を掲げて陽光に当てる。

カムンは自身の生力(ルラーナ)を流し込むとガコン!と金属音を鳴らして矛の柄が伸びる。

 

「【氷原這蛇(ひょうげんしゃだ)】。それがこいつの銘です」

 

「良き銘だと思います」

 

カムンが告げたハルバートの銘を聞き、クレーリアは褒めたたえる。

己の分身として文字通り【血肉】を分け与えて最高の鍛冶師に打たせたそれはもう一つのカムンとも呼ぶべきそれへと成った。

氷原に這う蛇、それはカムンの属性(エレメント)を直喩したものだ。

手に持てば己の血肉が混ざったそれは垂れ流される生力にも良く馴染む。

 

「よし、いい感じになってるな!」

 

苦労が報われるだけの反応を得られたのかドミニクも満足げに頷く。

渡す物も終わった、という訳で皆が思い思いにリオとカムンへ別れの挨拶をすることとなった。

1年も経った頃にはもう村全体とそれなりに顔なじみとなってしまいカムンとしても愛着が湧いてしまった。

村の人々も懐こい人物が多いのか相手をしていてむしろカムンの方が不安を覚える程である。

だからこそ、彼らはここに追いやられてしまったのだろうし、逆にここまでやってこられたのであろう。

何とも尊い話だ。

彼らの不利益だけは絶対に避けねばなるまい、と作ってきた魔道具の感想とその後を笑顔で礼と共に伝えてくる住民たちを見てカムンは決意する。

世話になったり人たちと軽く挨拶し、最後にクレーリアが静かに出てくる。

既に彼女とは事前に済ませていたので多くは語らない。

 

「カムン様、どうかお気をつけて」

 

「君こそな。まだまだ危なっかしいから先達からよく教わるように」

 

どこか熱を帯びた目でカムンに別れを告げるクレーリアにカムンはいつもの調子で精進を忘れるな、と忠言を残して頭を軽く撫でる。

 

「はい・・・っ」

 

いつか、彼の隣に立っても大丈夫なように。

クレーリアはそう決意しながら離れていく。

 

「では皆さん。またいずれ会いましょう」

 

「健やかな日々を遠方より祈ろう。さらばだ」

 

リオもカムンもふわりと空中に浮遊する。

前者は里で教わった風の精霊術を使った航空機動で。

後者は・・・反発式重力操作で浮かび上がり、一気に加速して東の空、リオの両親が生まれた故郷があるヤグモ地方へ向かって飛んで行った。

あっという間に彼らは点となり、それも次第に見えなくなっていった。

 

「行ってしまわれたな・・・」

 

静けさが戻った里の入り口で感慨深く、アースラがそう呟く。

少し寂しくなるかもだが問題はない。

 

「うん。でも、帰ってくるって約束したから」

 

不安じゃない、と隣でラティーファが力強く答える。

 

「そうですね。次に帰ってくるときに胸が張れるように、一層の努力を」

 

クレーリアも点も見えなくなった東の空を見上げながら同じく力強く語る。

別れを終え、集まっていた者たちもいつもの日常に戻っていく。

そこは追い立てられた人であり人でないものが身を寄せ合う最後の楽園。

だが、そこはどの人々より古から積み重ねていた【人】の生き方を貫いてきている過酷なれども幸せが確かにある処だ。

今日も隠者達は日々を生きるために各々のやるべきことに勤しむ。

明日も良き一日を迎えるために。

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