あれからヘリの墜落現場にて無事に修理を終えたらしいアビドスの面々や先生と合流し、ひとまず腰を落ち着けてお互いに別行動をしていた時に起こったことの情報交換を行うこととなった俺様達。
というわけでまずは修理をしていた先生達の口から何故自分達が汗だくなのかの理由を説明するために彼女たちの口から飛び出してきたのは、俺様が想像もしていないような理由だった。
今日の早朝から奥空を始めとしたメンバーで修理をしていた彼女たちは、イブキや小鳥遊先輩が合流の遅い俺様を探しに行ってからもヘリの修理を続けていた。
そしてようやく修理が終わって一息つこうとしたところに、昨日も俺様達に襲撃を仕掛けてきた赤髪の女率いるヘルメット団に突然強襲を仕掛けられたらしいのだ。
修理が終わったことに完全に気を抜いていたみんなは突然の襲撃に驚きつつも、即座に先生の指示で陣形を構築してヘルメット団と戦闘を行って制圧。
その際、いつもなら前衛を務めている小鳥遊先輩が不在のため全員で前衛を掛け持ちしていつもより激しく動き回った……との事だった。
要は彼女たちが汗だくの状態だったのはヘルメット団に強襲を仕掛けられて戦闘を行っていたからと言うのが理由だったらしい。
まぁ、そりゃこんな夏真っ盛りでクソ暑い中銃を抱えて激しく動き回れば汗だくにもなるわな……合点が行った。
なおその際、用心棒として雇われていたらしいワカモの姿は無かったらしい。
状況から察するに先生達がヘルメット団と戦闘をしていたのは俺様とワカモがFOX小隊とやり合っている最中、もしくは戦闘終了直後辺りだろう。
であれば、俺様と解散した直後のワカモがヘルメット団に加勢するのはどれだけ急いだって無理だろうからな。
給料分は働くと言っていたワカモの性格上気を病んでいないか心配だが……まぁ、今回に限ってはワカモが参加していなくて良かったというほか無い。
最早言うまでもないが、ワカモはこのキヴォトスにおいてもトップクラスの実力を兼ね備える実力者。
アビドスの皆が弱いと言いたいわけじゃないけど、それでも小鳥遊先輩抜きではかなりの苦戦を強いられていたのは間違いないだろうからな。
まぁもし奴がいれば恐らく戦闘は今になっても続いていただろうし、そうなれば首に貼ってあるお揃いの絆創膏の件とかでいらん詮索をされていたかもしれないから不幸中の幸い……と言うべきだろう。
閑話休題。
で、無事に赤髪の女が率いるヘルメット団を制圧して無力化した先生達修理組の面々。
その際にヘルメット団のリーダーである赤髪の女から出てきた「リゾートハンター」なる言葉が気になったらしい先生達は、その赤髪の女に言葉の意味を問いかけた。
始めは答えるのを渋っていた赤髪の女だったが砂狼先輩が銃を突きつけて脅すと渋々口を開き、その言葉の意味について説明をしてくれたらしい。
そして結論から言うと、今回黒見の当てたリゾートの土地の利用券と言うのは意図的に誤解しやすいような契約を結ばせて各地で争いが起こるように仕組まれたものである可能性が高いと見て間違いないだろう。
先生の話によると、撃退したヘルメット団の赤髪の女も黒見がビンゴ大会で当てたものとまったく同じリゾートの土地の使用権を持っていたらしい。
そして赤髪の女が言うには自分達以外にも何らかの手段でこのチケットを手に入れてこの「群島」へやってきている連中が大勢いるらしく、このリゾートを使用する権利を持った奴らが他にもウヨウヨしているのだとか。
それをヘルメット団の女から聞かされて慌てた黒見は即座に奥空に頼んで今回のリゾートの契約書を確認した。
すると、契約書の初っ端のリゾートへの期待を煽る楽しそうな文面の下側にある項目にはこの「ロストパラダイスリゾート」……通称群島とやらにまつわる事柄が読むのもうんざりするほどの文量でびっしりと書かれていた。
奥空曰くロストパラダイスリゾートの使用権限とはリゾート内のすべての土地、物品及び設備に対する権限。
そして、それによって生み出されたすべての収益と資源を所有できるものと言うとんでもないものだったらしい。
というのも、これは明確な毒素条項。
つまり、自分達が不利益を被る条項という事になる。
確かに契約書の文言だけを見ると、島それぞれを契約したように書いてあるから公平な取引には見える。
だが、契約書の指すロストパラダイスリゾートとはこの群島全体のことを指す。
つまり、実際はそれぞれの島ではなくこの群島全体と契約を結ばせる契約になっているという事だ。
それがどういう事を意味するかというと、同じリゾートの利用券を持っているアビドスの皆とヘルメット団の連中は同じ条件であり同じ権利を持っているということ。
つまり、ヘルメット団の連中も俺様達が今居るこの島の設備や土地を利用する権利があるわけだ。
契約書にある島の地図の場所がいくつかに分かれているからそれに気づかないだけで、現状は少しづつ契約の穴を理解した……つまり他の島に陣取っている連中を片っ端から攻撃して追い出してしまえばこの群島の権利は丸ごと自分達のもになると理解した連中が、他の島に滞在している同じ権利を持つ連中を襲っている。
それが、今回この島に滞在している俺様達にヘルメット団が強襲を仕掛けてきた理由だったらしい。
まぁ要は早い話が現状はそれぞれの島に居る奴らが自分達の滞在している島と、そして他の島も自分達のものだと主張して戦っている真っ最中というわけだな。
なるほど、何でワカモがヘルメット団に用心棒として雇われていたのかが不思議だったけど腑に落ちた。
そりゃそんな大規模な戦いを起こしてこの島々を統一するつもりするなら、ワカモが一緒に戦ってくれるのならばいくらでも金を積む価値はあるだろう。
まぁ細かい事は抜きにしても今回ヘルメット団が俺様達に襲いかかってきたのは、俺様達をここから追い出してこの島を自分達のものにするためと言う認識でいい。
ともかく、そうとなりゃこの島が危険なことは明白だ。
現状、この島の周りではリゾートの利用券を持った連中が互いの島を奪い合うために争いを繰り広げている。
今回は襲撃者であるヘルメット団を返り討ちに出来たけど、当然この島だって連中の言葉を借りればリゾート狩りの対象であることは間違いない。
いつまた新たな襲撃者が襲ってくるか分かったものではないし、恐らくどこかの勢力が群島を統一するまでこのくだらない争いは続いていくはずだろうからな。
そもそも、俺様たちは今回は純粋に休暇を満喫したくてリゾートを訪れたのであってそんな血で血を洗うような戦いを求めているわけではないわけで。
誰もロストパラダイスリゾートの利権や島での収益なんざ求めてもいないし、興味なんてあるわけもない。
と言うかそもそもそんなドンパチ騒がしい日常なんてゲヘナやアビドスに戻れば嫌でも毎日のように経験できるんだから、何が悲しくてリゾートに来てまでこんなことに巻き込まれなければいけないのだろうか。
という訳でこれ以上深入りしても得られるものは何も無いし、そもそもまたいつ襲撃者が襲ってくるか分からない以上はこのままこの島にとどまるのは危険だ。
しかし、今回こんなくだらない騒動を起こしやがったこのロストパラダイスリゾートの最終権利者ってのは一体何が目的でこんな事をしてるんだろうな……?
最終権利者、つまり今回の騒動を起こしやがった主犯。
リゾート狩りが起こるように、穴だらけのリゾート使用券なんてものをバラ撒きやがった張本人。
それが誰なのかは皆目検討もつかないが……まぁ、こんな詐欺まがいの悪質なチケットをバラ撒くような連中なんてどうせしょーもない奴なのは間違いないだろうな。
流石に最終権利者の名前がリゾート利用券のチケットに書いていないはずはないから黒見が持っているチケットを確認すれば名前は知ることが出来るだろうが……別に興味もないし、わざわざ確認するまでもないだろう。
……ただこういう一見すると公平に見えるけど蓋を開けたらこっちが不利だったり、事前に聞いていたものと全く違うなんてのは汚い大人の十八番ではあるんだよな。
となると、もしかすると案外カイザーコーポレーションのような生徒や市民から金を巻き上げることしか考えていない悪徳企業が裏で糸を引いている可能性はある。
あいつらは金のためなら平気で汚いことをやることでも有名だし、こんな詐欺まがいのリゾート利用券や契約書をバラ撒く事なんて何とも思っていないだろうしな。
とは言え仮にこのリゾート利用券をバラ撒いた犯人がカイザーだったとして、これ以上俺様達がこの件に関して首を突っ込むのはよろしくないのもまた事実だしな。
悪いことは言わないから、荷物をまとめてさっさとこの島からは去った方が身のためだろう。
まぁそういうわけで今回のこのリゾートでの出来事はリゾート利用券をエサにしてバラ撒いて群島に人を集め、争わせようと計画していたしょーもない奴がすべての元凶だった……と言う事だな。
あ、ちなみにその話の過程で俺様が道に迷って熊に襲われた(と言う言い訳)は既に皆には伝達済みだ。
熊に襲われたと言う事を話した瞬間は皆目を丸くしており先生には危ないことをするなと叱られてしまったが……まぁ、致し方ないだろう。
FOX小隊のことを素直に話すわけには行かないからな。
「けど、ここへ来てから本当に色んな事がありましたね〜☆」
「せっかく一等が当たったって喜んでいたのに、めちゃくちゃなことばっか……もう嫌……」
持ってきていた黄色いタオルで汗を拭きながらニコニコとした笑みを浮かべてそう言う十六夜先輩。
そんな彼女対して、黒見は手にしたスポーツドリンクを少しづつ口にしながら落胆したように俯きながらそう呟いた。
まぁ、今回の事は黒見からしてみたらせっかくビンゴ大会で一等が当たって喜んでいたかと思えばその実態は穴だらけのタチの悪い詐欺だったわけだからな。
一体この群島に人を集めて何がしたいのか……チケットをバラ撒いた犯人の狙いは分からないけど、どうせロクなもんじゃないであろうことだけは間違いない。
せっかくの自分達の休暇をそんなくだらん連中に台無しにされたのだから、そりゃ落ち込むのも無理はないだろう。
「気にすんな黒見。仕方ねぇよ。誰だってビンゴ大会で一等が当たってしかもそれが豪華なリゾートへの招待券となれば喜んで当然だし、わざわざそれを詐欺かどうかその場で疑う事なんてする訳がないだろ。俺様だって、きっと黒見と同じ立場なら疑いもせず喜んでまんまと騙されていたはずだ。」
「それは確かにそうかもしれないけど、それでも私はみんなに迷惑をかけちゃったし……」
俺様は落ち込む黒見に対して声をかけるが、それでも俯きながら悲しそうな声でそういう黒見。
……黒見は強気な態度は裏腹に、その実人を思いやることの出来るとても優くて責任感の強い奴だ。
だから、今回自分が詐欺にあったことによって皆を巻き込んでしまったことに自責の念を感じているのだろう。
なら、ここで俺様がやることは一つしか無い。
「何言ってんだ、別にそんなは事ねぇよ。」
そんな黒見に対して、俺様はそう声を掛けながら彼女の頭にポンと手をおいた。
そしてそのまま手を左右に動かして黒見の頭を撫でる。
「ふえっ!?た、タツミくん!?」
「確かに結果的にお前はくだらんクソ野郎どもに騙される形にはなっちまったけど、それでもこんな自然が豊かで空気も綺麗な島で楽しく過ごせたのは他ならぬ黒見がリゾートの利用券を当ててくれたおかげなんだぜ?」
俺様に撫でられた黒見は何故か顔を真赤にしてあたふたとし始めるが、まぁさっきまでの戦闘の火照りがまだ解消されていないだけだろうと判断した俺様はそのまま黒見の頭を撫でながら言葉を続ける。
「それに、何だかんだでこの島ではバーベキューや花火を皆で思いっきり楽しんだし、海で泳いだり砂の城を作ったりもした。俺様も仕事を忘れてこんなにはしゃいでゆっくり出来たのは久々だったし、最近あまり構ってやれてなかったイブキとも思う存分遊んでやれたからな。礼こそ言えど、誰も迷惑だなんて思っちゃいねぇさ。誘ってくれてありがとうな黒見。楽しかったよ。」
そう言うと、俺様はもう片方の手で親指を立てながら黒見に向かって笑顔を浮かべた。
「タツミくん……」
「そうだよセリカ先輩!イブキだってリゾートに連れてきてもらえてすっごく楽しかったし、お兄ちゃんやセリカ先輩ともいっぱい遊べて楽しかった!だから、セリカ先輩は悪くないよ!イブキがほしょー?するから!」
「イブキちゃん……」
“タツミやイブキの言う通りだよセリカ。ここに居る皆はセリカが今回リゾートの利用券を当ててくれたことに感謝してるだろうし、私だって普段の仕事のことを忘れて楽しませてもらえたから。皆で楽しく過ごせたし、良いバカンスだったんじゃないかな?”
「もう、先生まで。みんなお人好しなんだから……うん、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ。」
俺様だけでなく、イブキや先生からも黒見にかけられる温かい言葉。そんな言葉を聞き、黒見はぐしぐしと目をこすって涙を拭いながら笑顔を浮かべた。
うんうん、やっぱり黒見には落ち込んでいる顔よりも笑顔のほうが断然似合うな。
「ふふ、良かったですねセリカちゃん☆」
「セリカちゃん恥ずかしがってる〜。可愛いね〜。」
「う、うっさいわよホシノ先輩!」
「けど楽しかったのは本当。セリカには感謝だね。」
「はい、とーっても楽しかったですよセリカちゃん☆」
「色々あったけど、みんなと一緒に過ごせましたからね。私からもありがとう、セリカちゃん。」
「うんうん。おじさんも楽しかったしね。気にすることないよー。」
「みんな……」
続いて、アビドスのみんなから次々と黒見に対してかけられる優しい言葉の数々。
「ま、そういうことだ。それとも、黒見は今回のバカンスは楽しくなかったか?」
「……ううん、私も楽しかったわ。皆とこんなふうに遊べたのは久しぶりだったし、先生やタツミくんやイブキちゃんだって来てくれた。楽しくないわけがないわよ。」
「なら、そんなに気に病む必要はないんじゃないかなセリカちゃん。皆楽しめたなら言う事はないしね〜。」
「そうですよセリカちゃん!楽しければ問題ないですから☆」
「ん、細かいことは気にしない。」
「……ふふ、そうね。ありがとう、みんな。」
そんな彼女たちや俺様からの言葉を聞いて、黒見は笑顔に加えてみるみるうちに表情を明るくさせていった。
うんうん、黒見は本当にいい仲間に恵まれているみたいで何よりだ。それもこれも、全ては黒見がアビドスで一生懸命頑張ってきた結果の賜物なんだろうけどな。
さて、この分ならもう心配はいらないだろう。
そう判断した俺様は黒見の頭に乗せていた手を手を引っ込めるが……
「あっ……」
何故か、俺様が手をどけた瞬間に黒見は一瞬だけ残念そうな表情を浮かべながらそんな声を漏らした。
(やっぱ、いきなり頭に手を置くのはまずかったか?)
とは言え、あそこで俺様が取れる行動といえばこのくらいしかなかったわけだしなぁ。
イブキだって泣いている時はこうすれば泣き止んでくれるから、間違ったことはしていないはず……だけど。
それに黒見もどっちかと言うと嫌がっていると言うよりは残念そうな表情を浮かべているし。
……なんで残念そうなのかは良くわからないけど、とりあえずここは声を掛けたほうがいいだろう。
そう判断した俺様は、即座に黒見へ向かって口を開く。
「すまん黒見。嫌だったか?」
「へっ!?い、いや……別に嫌じゃないけど……」
「そうか?なら良かったけど。」
何故か歯切れの悪い答えを返してくる黒見に首を傾げながらも、嫌じゃないなら良かったと俺様は安心する。
「ん、やっぱりタツミはクソボケ。」
そんな俺様達を見て、何故かジト目でこちらを見ながらそう言葉を口走る砂狼先輩。
いや、そんないきなりクソボケって言われましても……と言うかシンプルな悪口だぞそれ!
「むー、セリカ先輩ばっかりずるいよー!あとでイブキも頭撫でてもらうからね!」
「いや、イブキちゃんはさっき帰ってくる時に頭撫でてもらってたじゃん。」
そしてその横ではイブキが頬を膨らませて手をブンブンと振り回し、小鳥遊先輩が苦笑を浮かべていた。
おいおいイブキ。何故そんなに拗ねているのかは分からないけど、なでなでならいくらでもやってやるぞ?
“……タツミ、本当にそのうち刺されないようにね?”
「いや刺されるって何にだよ!?」
そんな俺様達の様子を見て、何故か先生は額に手を当てながらため息を吐き出しつつそんな言葉を発する。
そんな彼女に対して、俺様は思わず大声を上げた。
いや、そもそも刺されるって誰にだよ。
そんなことをした覚えは全く持って無いんだが……?
「あはは……でも、タツミさんもご無事だったようで何よりです。」
「ん、熊に襲われたんでしょ?よく無事だったね。」
そんな事を考えながらスポーツドリンクを一口飲んでいると、奥空と砂狼先輩からそんな声がかかる。
「そりゃ伊達に日頃から鍛えてませんからね。あんな相手くらい朝飯前ですよ。」
「うーん、熊って結構凶暴だと思いますけど……でも、タツミくんにお怪我がないなら何よりですね☆」
「けどこの島に熊なんていたのね。防衛システムのロボットが反応しないから全く考慮して無かったわ。」
「元々野生動物には反応しないシステムだったのかも知れませんね、ヘルメット団の皆さんにはしっかり反応していたのでその可能性は高いかと。」
“いずれにせよ、タツミが無事で良かったよ。けど、今度からはそんな場面に遭遇したら必ず逃げたうえで誰かに連絡を入れるんだよ。今回は1人で解決できたから良かったけど、本来凶暴な生物に1人で立ち向かうのは危険なんだからね?”
「うっ、それは言われると何も言えないな……分かったよ先生。次からは連絡するように心がけさせてもらう。」
“うんうん、そうしてもらえると私は嬉しいかな。”
先生は少し目を吊り上げて危険な事を単独で行っていた俺様に対して視線を向けてくるが、俺様が素直に頭を下げるといつもの優しい笑顔を浮かべながらそう言った。
……まぁこの後先生には熊に襲われたんじゃなくて狐に襲われたって事を伝えないといけないから、機を見て二人だけで内緒で話せそうな場所に来てもらわないとな。
それか、タイミングが合わなければモモトークにメッセージだけ送っておいて後日シャーレで……と言うのもアリかもしれない。シャーレなら防音対策も完璧だから、盗み聞きされる心配もなく落ち着いて話せそうだしな。
いずれにせよあまり気は進まないが……これも皆を危険から守るためだからな、致し方あるまい。
「それにしてもタツミくん……何か雰囲気変わった?」
俺様が顎に手を当てながらどのタイミングで先生に声をかけるか悩んでいると、唐突に俺様に横に座っていた黒見からそんな言葉が飛んでくる。
雰囲気?いや、別にそんな事はないと思うんだがな……?
「あ、やっぱりセリカちゃんもそう思う?」
「えっ、ホシノ先輩も?」
「うん。なんか、昨日に比べて大人っぽいと言うか……余裕があるような感じがするんだよねぇ。」
“あ、それは私も思ってたかな。なんと言うか、大人の階段を登ったみたいな感じがするかも?落ち着いていると言うかなんというか……”
「いや、別に俺様は何もしてないぞ?それにそんな一日で雰囲気なんて変わるもんでもないんじゃないか?」
“……さぁ、どうだろうね?”
そう言うと、先生はすっと目を細めながら俺様の首元へと視線を向けてくる。
何事かと思って俺様も首元へ視線を落とすと、どうやら先生の視線は俺様の首元に張られている絆創膏に注がれているようだった。
「そう言えばタツミくん。その首元の絆創膏はどうしたんですか?昨日までは貼っていませんでしたよね?」
そんな先生の視線に気がついたのか、十六夜先輩も先生と同じく俺様の首元の絆創膏に視線をよこすと不思議そうに首を傾げてそう疑問を口にした。
そして、その言葉を皮切りにこの場の全員の視線が一斉に俺様の首元に貼ってある絆創膏へと注がれる。
「あれ、本当ですね。いつの間に……」
「確かにノノミ先輩の言う通り昨日はそんなの貼ってなかったわよね。何かあったの?タツミくん。」
「え、えーっとこれはだな……」
……まずい、この下には昨日のワカモとの行為によって刻まれた彼女からの刻印がある。
まさかここで馬鹿正直に昨日の夜ワカモと体を重ねていました、なんて言えるわけがないだろう。
バレたらタダで済むわけがない、何が何でもここでそのことを追求されるわけにはいかないだろう。
ひとまず先生には昨日この絆創膏は虫刺されだと言っているし、今更言い訳を変えるわけには行かない。
くそ、なんとか誤魔化せてくれよ……!
「せ、先生には昨日イブキを送ってくれた時に伝えたと思うけど昨日の夜自分の部屋で寝ていた時に窓を開けっ放しにしていたせいで虫に食われちまったみたいでな。結構痒いから、掻きむしって悪化しないようにこうやって保護してるんだよ。」
“……ねぇタツミ、昨日は納得したけど……それって本当?それにしては一枚だけじゃなくて数枚貼ってあるみたいだし、それにいくら虫が入って来たとは言え首だけがそんなに虫に食われることってあるのかな?”
「もちろん首だけじゃなくて体も食われちまったから、そっちは痒み止めを塗って抑えてあるぞ。窓を開けっ放しにしちまったせいで結構な数の虫が入ってきちまってたみたいだからな、俺様としたことが不覚だったぜ。」
あはは……と苦笑しつつ、俺様はトントンと親指で胸元を叩きながらそう言葉を絞り出す。
それに、首だけじゃなくて体も食われた……と言うのはあながち間違いでもないしな。
まぁ最も、食われたのは虫じゃなくて狐になんだが……
「いやーびっくりしたぜ。寝落ちから目覚めて汗を流すためにシャワーを浴びようとしたら体中が虫に刺されてるんだからよ。おかげさまで、今も痒いのを我慢するのが大変だ。」
「うわぁ……なんだか想像するだけでこっちまで体が痒くなってきそうね。」
「まぁこんなジャングルで窓を開けっ放しにしてた俺様が悪いからな。自業自得って奴だ。で、その後はもちろん部屋に侵入してきた虫は全部処理したから先生がイブキを送ってくれた時には片が付いてたってわけだな。」
「うへー、そうだったんだねぇ。おじさんも暑いからって窓を開けっ放しにしちゃうことはよくあるけど、これからは気をつけないといけないな〜。」
手にしたスポーツドリンクのペットボトルを傾けながらいつもの調子でそういう小鳥遊先輩に、自分の体を見やりながら顔をしかめる黒見。
良かった、ひとまずこの二人は納得してくれたようだ。
「まぁそういうわけだから、この絆創膏は虫刺されを保護するために貼ってるって感じだな。」
“……うん、分かった。疑っちゃってごめんねタツミ。”
「いや、構いやしねぇよ。俺様だって先生の立場なら何かあったのかなって思うのは当然だし、目立つ所に絆創膏を貼っているならそりゃ気になるだろうからな。」
先生は先程まで細めていた目をすっと普段通りへと戻すと、俺様に向かって申し訳なさそうに頭を下げてくる。
そんな先生に対し俺様は頭を上げるように声を掛けた。
「まぁそういうわけで、俺様が首に絆創膏を貼っているのはそんな感じの理由ですね。」
「そうだったんですね……なんと言うか、お疲れ様でしたタツミさん。お大事にしてください。」
「ん、タツミはドジ。」
「さっきから辛辣ですね砂狼先輩……」
「大丈夫お兄ちゃん?もし痒かったらイブキに言ってね!イブキ、お薬塗ってあげるから!」
「おっ、そいつはありがたいなイブキ。なら、痒かったら是非お願いするとしようかな。」
「ふっふーん!イブキにおまかせなのだ!」
そう言うと、えっへん!と胸を張りながらドヤ顔を浮かべるイブキ。……おいおい、何だこの可愛い生き物は?
見たかよ今のイブキの渾身のドヤ顔!?
これはもうゲヘナの……いや、キヴォトスの宝だと言っても過言じゃないだろう!
うぉぉぉぉぉ!イブキ最高!イブキ最高!!!
くっ、この場に元宮先輩がいたら必殺の秒間100連写でイブキの渾身のドヤ顔をカメラに収めてくれていたというものをなんと勿体ない!
と言うかこの顔はすぐさま写真にとって現像し、万魔殿のロビーに飾っておくべきなくらいには尊いものだと言うのに……!
仕方ないので俺様の脳内にしっかりと焼き付けておくことにしよう。そうしよう。
「……ふーん?」
「あれ?どうしたのノノミちゃん?」
「……いえ、何でもないですよ☆それにしても窓を開けたまま寝ちゃうところといい、方向音痴なところといい、案外タツミくんってうっかりさんなんですね〜☆」
「ははは……返す言葉もないですね。」
そうこうしているうちにいつの間にか隣までやってきていた十六夜先輩に対して、俺様は苦笑いを浮かべながらそう返すしか無かった。
けど気のせいだろうか?十六夜先輩、ニコニコしてはいるが目が笑っていない気がするんだけど……
「さ、それよりもお昼にしませんか?もうお腹がペコペコです〜☆」
「確かに今考えたら朝からほとんど何も食べてないし、そろそろ食事を取るのも悪くないわね。」
「はい!今日は私と先生でおにぎりを作ってきたので、みなさんたくさん食べてくださいね〜☆」
「わーい!やったー!おにぎりだー!」
俺様は首を傾げながら十六夜先輩へと視線を送るが当の本人はいつの間にか俺様から離れていくと持ってきていたらしいクーラーボックスの中からラップに包まれた食べごたえのありそうなおにぎりを取り出しつつ、いつもの彼女らしくほんわかした笑顔を浮かべていた。
……うん、さっきのは多分俺様の気のせいだろう。
そうに違いない。
と言うかおにぎりで思い出したけど、スマホを見ると時刻はそろそろ昼の14時を回ろうかというところ。昼飯時なのをすっかり忘れていた。
まぁそもそもホテルを出る時点で12時を回っていたし、そこからFOX小隊の襲撃やらで時間を食ってたから昼飯のことなんて頭から抜け落ちていたからなぁ。
……なんか、そう考えると急に腹が減ってきたな。
「はい、タツミくんもどうぞ☆」
そんな事を考えていると、いつの間にか再度近くまで来た十六夜先輩が手にしたおにぎりを差し出して来る。
思い返せば元々昼飯はアビドスのみんなと先生で用意してくれるって話だったし、そういうことならば俺様も遠慮なくいただくとしよう。
「ありがとうございます十六夜先輩。いただきます。」
「はい、たくさん食べてくださいね!おかわりもいっぱいありますから☆昨日からたくさん運動してお腹も空いているでしょうから……ね?」
そう言うと十六夜先輩は片目をパチリと閉じてウィンクをすると、他の皆におにぎりを配るためにくるりを背を向けぱたぱたとクーラーボックスの元へ走っていった。
まぁ確かに昨日からたくさん運動してはいるし、飯を食って体力をつけるのは大切だろうからな。
いつリゾートハンターの襲撃があるか分からない以上はあまりここでのんびりもしていられないけど、それはそれとして腹が減っては戦は出来ないとも言うからな。
今後のことを考える必要はあるけど、それは空きっ腹を満たしてからでも遅くはないだろう。
「それじゃあいただくとしようかね。いただきます。」
心のなかでそう思考を整理した俺様は、おにぎりを見て鳴り出した腹の虫を抑えるために切り株に再度腰を下ろすとラップを剥がしておにぎりに齧り付くのだった。
朝から何も食っていない空きっ腹に、少し塩味の濃いおにぎりは大変美味だったとだけ言っておこう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その後、おにぎりで腹を満たした俺様達はこの島から早急に撤退する準備を開始した。
俺様とイブキは乗ってきたボートの整備を済ませいつでも発進できる状態にして、奥空もヘリの最終チェックを終えていつでも飛び立てる状態となった。
俺様とイブキは明日には万魔殿の会議への出席があるため乗ってきたボートで、先生はシャーレの仕事があるため奥空にヘリで送ってもらって一足先に帰ることになりこの島にもう一日残って荷物をまとめる予定のアビドスの皆とはここでお別れとなる。
荷物をまとめるのであれば人数は多いほうがいいだろうから始めは奥空の手を空けるために先生を俺様とイブキの乗ってきたボートで送ることを提案したんだけど、奥空が修理したヘリでシャーレに直接送ると申し出たため先生のことは奥空に任せることにした。
まぁあれだけキチンと整備できているなら今度は墜落する事も無いだろうし、奥空もヘリの運転自体は上手いらしいから大丈夫だろう。
思えばこの島に来てからは本当に色んな事があった。
アビドスのみんなと思いっきり遊んで、皆や先生の水着姿にタジタジになって、ワカモやヘルメット団に襲われたり……そして、ワカモに告白されて体を重ねたり。
その翌日には俺様の命を狙うFOX小隊に襲撃されてワカモと一緒に撃退して、連邦生徒会内でクーデターを企んでいる黒幕の存在に気がついたり。
本当に色んな事があった。ありすぎなくらいには。
正直きちんと休めたかというと怪しいけどそれでも俺様は楽しかったし、思う存分リフレッシュ出来た。
それにイブキも楽しんでくれていたし、同時にすごく喜んでくれているみたいなので言う事は無いだろう。
なんだかんだで仕事のことを忘れてこんなにも楽しく遊べたのは本当に久しぶりだったし、イブキにもたくさん構ってやることができて俺様的には大満足だからな。
本当に黒見やアビドスの皆には感謝の気持ちしかない。
ちなみにあれからFOX小隊の事を先生に伝えようとしたのだが中々二人で話せそうなタイミングが無かったためひとまずモモトークに軽い概要だけを送っておき、後日シャーレにてゆっくりと詳細を話すことで決定した。
先生もモモトークのトーク画面を見て俺様に視線を送って来て頷いていたから、後日シャーレの当番のときにでも先生には概要をキッチリと説明しておくとしよう。
……ゲヘナに帰れば、また忙しい日々が待っている。
積み上がる書類の処理、他校への外交、ゲヘナ内の問題の解決……挙げていけばキリがないけれど、それでも全て議長代理である俺様がやらなければならないことだ。
それに留守の間は万魔殿を棗先輩達に任せてきているから、彼女達に対しても感謝の気持ちでいっぱいだし休暇を取ってもらったりして労をねぎらう必要がある。
俺様がこうしてイブキと共にバカンスに来られたのも彼女達が留守を引き受けてくれたおかげだからな。
帰る前に、どこかで土産でも買って帰るとしよう。
そして、今回のFOX小隊の襲撃……イブキや万魔殿の皆、それ以外の人たちへ危害が及ぶ前に裏でFOX小隊を操っている黒幕を早急に見つけ出す必要もある。
正直面倒なことを増やしてくれやがってと言う気持ちしかないが……こうなっちまったものは仕方ないからな。
誰かに危害が及ぶ前に早急に片付けるとしよう。
やらなければならないことは山積みだ。
明日からの事を考えると憂鬱な気分になるが……それでも今回は思う存分にリフレッシュさせてもらったからな。
このスッキリとした気持ちをエネルギーに変えて、明日からの仕事もしっかりとこなしていくとしよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして、時刻は日も傾いてきた午後17時頃。
これ以上日が沈んでしまうと真っ暗な海でボートを走らせないといけなくなるため、それは危険だと言うことで俺様とイブキは一足先に島から離脱することとなった。
持ってきた荷物をボートに乗せ、イブキととともにボートへと乗り込む。
そして俺様は桟橋に並んだ、見送りに来てくれたアビドスの皆と先生に向き直ると口を開いた。
「それじゃあ皆さん、今回は誘っていただいて本当にありがとうございました。すごく楽しかったです!」
「うん!ありがとう、アビドスのみんな!久しぶりにお兄ちゃんといっぱい遊べてイブキも楽しかったよ!」
「うへー、そう言ってもらえるとおじさんも嬉しいよ。気をつけて帰るんだよ二人とも。」
「はい、ありがとうございます小鳥遊先輩。」
ふりふりと小さく手を降ってくれる小鳥遊先輩に対して俺様は頭を下げながら感謝の言葉を述べる。
「またアビドスに遊びに来てくださいねタツミくん☆私達はいつでも歓迎しますよ〜。」
「ん、今回は出来なかったけどまた今度会えたらタツミとは手合わせもしたい。イブキと一緒にいつでもアビドスに来るといい。待ってるから。」
「タツミくん、イブキちゃん。今回はわざわざ来てくれてありがとう。正直きちんと楽しんでもらえたかと言うと不安だけれど……でも、私も二人と遊べて楽しかったわ。またアビドスにも遊びに来てよね、約束よ!」
「タツミさん、イブキちゃん。お二人ともありがとうございました。先輩達と同じにはなりますが私達はいつでもお二人を歓迎しますから、また是非遊びに来てくださいね。」
「みんな……はい、是非そうさせてもらいます!」
「うん!また遊びにいくね!ありがとう!」
続いて次々と見送りの言葉をかけてくれるアビドスのみんなに対して、俺様は再度頭を下げながらイブキとともに感謝の言葉を口にした。
ちなみに帰り際に黒見や奥空だけ俺様と連絡先を交換しているのはずるいという理由で、アビドスの先輩方ともモモトークの交換を行わせてもらった。
これで俺様の連絡先に他校の先輩が追加されるのはもう何人目になるか分からないけど……まぁアビドスのみんなにはお世話になっているから構わないだろう。
“それじゃあタツミ、イブキ。気をつけてね。”
「あぁ、ありがとう先生。……またシャーレでな。」
“……うん。またシャーレで。”
そして俺様は見送りに来てくれた先生と頷き合うと、ボートの操縦管を握り込んでエンジンを掛ける。
そしてエンジンをふかすと、そのままボートは風を切りながら機械音を立てて前へ進み始めた。
「それじゃあ皆さん!ありがとうございました!またお会いしましょう!」
「ありがとーみんなー!またね!ばいばーい!」
桟橋の上から手を降ってくれる皆に対してそんな言葉をかけ、ボートはどんどんと沖合へと進んでいく。
こうして、今回の騒がしくも楽しいバカンスは幕を閉じるのであった。
なお、先生はその後シャーレに戻ったら訪ねてきていた百鬼夜行の生徒と一緒にすぐロストパラダイスリゾートへとんぼ返りすることになったらしい。
モモトークで軽く聞いただけなので詳しくは分からないが、なんでも百鬼夜行に所属している生徒がロストパラダイスリゾートで大変なことになっているのだとか。
まぁ大方今回のリゾート利用券の利権関係に巻き込まれたとかなんだろうけど……休暇が終わってすぐ仕事とはあまりにも先生が気の毒すぎる思わなくもないな。
今度シャーレに赴いた時には労いの意味も込めて、栄養のある料理でも作って食ってもらうとしよう。
ちなみに俺様は万魔殿に帰った後、絆創膏の事を先輩達に弁明することになったのだが……それはまた別のお話。
それと、寮に帰ってから気づいたのだが早速モモトークを交換した十六夜先輩からメッセージが届いていた。
なんでも【今度個人的なお話がしたいです☆】とのことだったんだけど……俺様、十六夜先輩と個人的に話さないといけないことなんてあったっけなぁ……?
次回からは日常編を挟みつつ連邦生徒会編&カルバノグ1章の続きの予定です、リンちゃんとのデートもあるよ!
パヴァーヌ2章、エデン条約4章、山海経編はもう少々お待ちください