今年もよろしくお願いいたします!
天地先輩との出会いから数日後。
時刻は太陽がもうすぐ真上に登るかと言うところ。
百鬼夜行連合学院、陰陽部の部室にて。
あれから七神代行との話し合い通り連邦生徒会に顔を出して黒幕の行方を探りつつ日々の積み上がる万魔殿の業務をこなしていた俺様の元に、天地先輩から時間の都合が取れたとモモトークで連絡が入った。
そのため、俺様はこの前話していた通り天地先輩と羽沼議長の間で交わされていたゲヘナと百鬼夜行との交流会の打ち合わせの引き継ぎを行って交流会の予定を決めるためという事で陰陽部の部室を訪れていた。
七神代行にデカい口を叩いた以上はなるべく連邦生徒会に顔を出したいのは山々なのだが、今の俺様は万魔殿の議長代理である以上業務を疎かにする訳にも行かない。
特に今回の交流会についての打ち合わせは前々から羽沼議長と百鬼夜行連合学院陰陽部部長、天地ニヤ先輩との間で途中まで進んでいたものなのだから尚更だ。
……と言うわけで、今日は申し訳ないのだが連邦生徒会ではなく百鬼夜行へと赴くことになったと言うわけだな。
その事を七神代行には今朝モモトークで話したのだが「そういうことなら今日はアユムやモモカと動きます」という返事を彼女からは頂いた。
あんな事を言っておきながら早速彼女達だけで動いてもらうことになるのは申し訳ないが、流石に今回羽沼議長が途中でほったらかしにしていたこの外交の事を考えると心苦しいが頑張ってもらうしかないだろう。
という訳で、そんな話し合いのために通されたテーブルを挟んで俺様は二人の女性と向かい合っていた。
「んふふ、こんにちはタツミさん。わざわざご足労頂きましてすみませんねぇ。」
「とんでもない。こちらこそ、お招き頂きありがとうございます天地先輩。」
まず1人は黒髪から生えた片方が折れた鬼の角を生やし泣きぼくろが特徴的な、この前連邦生徒会で知り合った陰陽部部長の天地ニヤ先輩だ。
相変わらず糸目でニヤニヤとした笑みを浮かべ、掴み所のない飄々とした雰囲気を漂わせている。
「にゃはは、そんなに固くならんでもええよ。この前も言ったけど別に貴方を取って食おうなんてつもりはありませんからねぇ。」
「あ、あはは……」
いや、別にそれは心配していないんだけど……なんと言うかあんまり落ち着かないんだよな、この空間。
そんな事を思いながら俺様はもてなしのために出された湯呑を手にとって傾けつつ、通された陰陽部の部室の軽くぐるりと見渡した。
まずなんと言っても特徴的なのは、部室内の雰囲気だ。
一面が精巧に描かれた絵の書いてある襖や高級そうな草の香りの漂う畳で彩られた陰陽部の部室は流石百鬼夜行の生徒会と呼ぶに相応しいくらい独特で緊張感のある雰囲気を漂わせており正面にデカデカと掲げられた勾玉がモチーフの陰陽部のマークも一歩引いた位置に居ると自称しているとはいえ、陰陽部の学院内での影響力や権威を感じさせる立派なもののように感じる。
更に言うと俺様が今手にしているこの陶器の湯呑だって龍の模様が描かれて部屋の光を反射してツヤツヤと光を放っている見るからに高級そうな品だし、そこに注がれたお茶もしっかりとした香りの中にほのかな甘みと苦味を感じられるどこか懐かしい味のするものだった。
なんと言うか、緑茶と抹茶を足して2で割ったような独特の風味のするお茶……って感じだな。
前世が日本人である俺様は畳や襖なんて見慣れたものだし緑茶だって飲み慣れているとは言え、だからこそ理解できる絶対に高級だと確信できるものばかりに囲まれたこの空間はそりゃもう落ち着かないものだった。
俺様は多少金持ちだったとは言え一般的な庶民の生まれだったからな、致し方ないと言うやつだろう。
これがよくある日本の昔ながらの民家のような場所なら落ち着けたんだろうが……まるで将軍が居を構える立派な城という佇まいの陰陽部の外観からして、陰陽部の百鬼夜行内での影響力の強さを感じざるを得ない。
「……ニヤ様、彼が困っていますよ。」
俺様がそんな事を思っていると、天地先輩の横に座っていたもう1人の金髪の女性がそんな言葉を口にする。
その言葉を聞き、俺様は反射的に彼女に目をやった。
よく手入れされているであろう、サラサラの長い金髪。
その頭のてっぺんにはこれまた金色の狐の耳がぴょこんと生えており、天地先輩と同じくざっくりと胸の横から脇にかけて布をなくした巫女服のような物を着ていた。
全体的に白と黄色でまとまった衣装を身にまとっている彼女からは天地先輩とは違ってロングスカートであると言う事も相まって、とても清楚な雰囲気を感じる。
「もう、人聞きの悪いこと言わないでよカホ。私はただ慣れない場所で落ち着かなさそうにしているタツミさんにリラックスしてもらおうとしていただけよ?」
「だとしても取って食うなんて表現を使う必要はないでしょう。無駄に相手を威圧してどうするんですか……」
愉快そうに口元に手を当てて笑う天地先輩に対して、額に手を当てながら盛大なため息を吐き出しつつ呆れたような声でそう言う金髪の女性。
「にゃはは、相変わらずカホはお硬いんだから〜。」
「はぁ……まったくこの人は。」
天地先輩とは今回のこの打ち合わせの件以外にも親睦を深めるためと言って天地先輩から送られてきたモモトークに返事を返して軽い雑談をしていたんだけど、そこのやり取りで天地先輩は見た目に違わずかなり自由奔放な性格だと言うことが分かっているからな。
なんと言うか彼女のあの言い草を見ていると相当普段から天地先輩に振り回されているのだろうと言う雰囲気がひしひしと伝わってくると共に、天地先輩とは違って真面目な苦労人なんだろうなということを感じる。
自由奔放で飄々としているトップに、それを注意しながらも振り回されている真面目な部員……
そんな彼女に対して俺様がどことなくシンパシーを感じていると、金髪の女性はその場で俺様へと向き直り軽く笑みを携えながら口を開く。
「始めまして。貴方がタツミさんですね?ニヤ様からお話は伺っています。私は百鬼夜行連合学院所属の3年生で陰陽部の副部長を務めさせていただいております、桑上カホと申します。よろしくお願い致します。」
「ご丁寧にありがとうございます。改めまして俺様はゲヘナ学園1年生、万魔殿議長代理の丹花タツミです。こちらこそよろしくお願いします、桑上先輩。」
そう言って頭を下げてくる金髪の女性……もとい桑上先輩に対して、俺様も自己紹介をしつつ頭を下げた。
しかし今回の交流会の打ち合わせをすると言うバリバリの外交の場で天地先輩の隣に居るからそれ相応の役職なんだろうなとは思っていたけど、まさか陰陽部の副部長だとは思っても居なかった。
という事は……今、俺様の目の前には陰陽部のトップとナンバー2が揃っているってことになるわけで。
……なんか、そう考えると余計落ち着かなくなって来た。
「お噂はお聞きしていますよ。何でも、ゲヘナと犬猿の仲であるあのトリニティと上手く付き合うことの出来ている優秀な議長代理だとか。」
「いえ、それはトリニティの皆さんがみんな良い方だからですので……俺様はただ、彼女達に対して失礼のないような対応をさせていただいているだけですからね。」
「……なるほど、タツミさんは謙虚なのですね。」
俺様がそう言うと、桑上先輩はニッコリとした笑みを浮かべながら小さな声でそう呟いた。
いや、謙虚も何も俺様は今言った通りトリニティの桐藤先輩や歌住先輩とは普通に接してるだけなんだけどな……
それにしても、なんと言うか桑上先輩の反応は天地先輩と反応が似ている気がするな。
流石同じ組織のトップとナンバー2と言った所だろうか。
……と言うか、どうでもいいけど天地先輩と言い桑上先輩と言い百鬼夜行ではそういう胸の横のざっくり開いた服を着るのが一般的だったりするのか?
そりゃその辺りは熱気がこもりやすい場所だから排熱するにはうってつけなのかもしれないけど、男である俺様にとっては刺激が強いので出来たら俺様と話す間だけは上着を羽織ってもらえると助かるんだけど……
彼女達と同じ百鬼夜行所属であるはずのワカモは下半身はともかく上半身はしっかり着込んでいるんだがな。
まぁ、矯正局に収監されるようなテロリストともなると服のセンスも例外なのかもしれんが。
そういや、胸の横の空いた服で思い出したけどウチの学校の天雨行政官も他はしっかり着込んでいるのに何故か横乳部分だけを曝け出した妙な格好をしていたよな。
本人は「機能面で便利なんです」と言ってたけど、機能って一体何の機能なんだろうな……?
「さて、じゃあカホとタツミさんの自己紹介も終えたことですしそろそろ本題に入るとしましょうか。」
俺様がそんな事を考えていると、目の前の天地先輩は先程までの愉快そうな表情をすっと真面目な表情へと変化させるとその場で口を開いた。
「さて、それでは今回マコト議長と打ち合わせしていた詳細をお話しますと今回の両校の交流会ではゲヘナの皆さんを我が百鬼夜行連合学院の百鬼夜行渦巻映画村に招待すると言う話になっていましてね。」
「百鬼夜行渦巻映画村……ですか?」
初めて聞く名前だけど、映画村と言う名前がついているのであれば前世で言う京都辺りに存在していた時代劇の映画やドラマを模した風景や建物などが並んでいるテーマパークのようなものなのかもしれない。
確かに、観光業が盛んである百鬼夜行ならば自校の文化を売りにしたテーマパークがあってもまったくおかしな話ではないではないだろうし。
「えぇ。更に今回は招待するだけではなく、特別に我々陰陽部が誇る公演である和楽姫を行う予定でして。」
「和楽姫……ですか?」
「おや、和楽姫をご存知でないのですか?」
「お恥ずかしながら知らないですね……」
小首をかしげつつそう言う天地先輩に対して、俺様はそう答えた。
和楽姫というのが何なのかは分からないけど、天地先輩曰く陰陽部はアイドル的な部活であると言っていたこともを考えると恐らく何らかのステージ、もしくはイベントだろうということは推測できるが……
「それでは詳しく説明しますと、我が百鬼夜行の誇る渦巻映画村には色々なアトラクションがありまして……その中でもダントツで一番人気があるのが今回我々が行う予定の和楽姫と言うわけなのですよ。」
「一番人気ですか……すごいんですね。」
「えぇそれはもちろん。それに何と言っても和楽姫の主役は我らが陰陽部の誇る百鬼夜行最高峰のスーパーアイドル、和楽チセちゃんが務めますからねぇ。」
「和楽チセ……?」
えっと、確か和楽チセと言えば天地先輩や桑上先輩と同じく陰陽部に所属しているもう一人の部員だったはず。
その和楽チセと言う人がどんな人かは分からないけど、なるほど和楽さんと言う人が主役を務める公演だから和楽姫というわけか。
……なんか、もっと深い意味があるかと思ってたけど結構捻りのないストレートな名前の公演なんだな。
「えぇ。ですので和楽姫はあのチセちゃんの魅力をこれでもかと言うほど堪能できる、ファンには垂唾もののイベントなんですよ。ねぇカホ?」
「はい!チセちゃんの魅力は筆舌には尽くしがたく、例え初めて彼女を見る者でも全て虜にしてしまうようなそれはそれはもう非常に愛らしいものなんですっ!」
天地先輩から話を振られた桑上先輩は突然目をキラキラさせたかと思うと、今までの落ち着いていた雰囲気が嘘のようなハイテンションで俺様に向かって身を乗り出してくるとその和楽さんと言う人の魅力を語り始める。
「まずなんと言ってもチセちゃんの魅力といえばあの反則級なまでの可愛さです!綺麗なサラサラの青い髪、くりくりした赤色の瞳に控えめな角!見るものを虜にしてしまうようなあの愛らしさの前では、どんなに可愛らしいものであっても霞んで見えてしまうほどですから!」
「あ、あの……桑上先輩……?」
「そして更にチセちゃんと言えばあの一見するとシンプルに思えますが、よくよく聞くとその奥深さの味わえる俳句も魅力を語るためには絶対に外せません!彼女の俳句は百鬼夜行に所属する人間なら知らないものはいないと言うほど有名なんですよ!」
「な、なるほど……そうなんですね……あはは……」
まるで好きなものを目の前に出された子どものような無邪気な表情で、和楽チセと言う人の魅力を語る桑上先輩に俺様は引きつった笑みを浮かべながら相槌を打つ。
「はい!そうなんです!それにチセちゃんならではの魅力はまだまだありまして、たとえば……!」
「……カホ。タツミさんが困ってるよ。」
「えっ……はっ!?」
その迫力に俺様が若干気圧されていると、天地先輩は小さくため息を吐きながら桑上先輩にそう声をかける。
その言葉を聞いた桑上先輩はハッとした表情になると、乗り出した身を即座に引っ込めた。
「す、すみませんタツミさん!私ってばまたチセちゃんのことになると我を忘れてしまって……」
「あ……いえ、大丈夫ですよ桑上先輩。確かに少しびっくりしましたけど、俺様は気にしてませんから。」
そう言って顔を真赤にしながらものすごい勢いでその場で頭を下げる桑上先輩に対して、俺様は頭を上げるようジェスチャーをしながらそう言った。
「し、しかし……」
「それに……桑上先輩の気持ち、俺様にはよく分かる気がしますからね。」
「……えっ?」
なんと言うか桑上先輩って真面目そう……と言うか実際に真面目なんだろうけど、好きなものの事になると我を忘れてしまう一面のある人なんだろうな。
そして、その気持ちは俺様には良く理解できるものだ。
「自分語りにはなってしまいますが、俺様にはイブキって言うたった1人の目に入れても痛くないほどには可愛い妹がいるんです。俺様もイブキのことになるとさっきの桑上先輩みたいに我を忘れて突っ走ってしまうことがよくありまして、お恥ずかしながらそれで周りから呆れられたり叱られたことなんて数知れずでしてね。」
「ほう?それはさぞ可愛い妹さんなんでしょうね〜。」
「はい!それはもうこの世で一番可愛いですよ!」
天地先輩の言葉に、俺様はとびっきりの笑顔を浮かべながら即答する。
そう、だから俺様だってイブキのことになると結構周囲の迷惑も考えず騒ぎ立ててそのおかげで呆れられたりしたことなんて数え切れないけど……それでもイブキを前にすれば俺様はきっと我を忘れてしまうだろう。
何故なら……イブキは俺様にとって何よりも大切な妹であり、目に入れても痛くないほどの存在なのだから。
「だから、きっと桑上先輩にとっての和楽さんは俺様にとってのイブキのような存在なんだと思います。であれば、テンションが上がって魅力を語りたくなってしまう気持ちは痛いほどよく分かりますから。」
「タツミさん……」
「それに、そこまでキラキラした目をしながら熱心に語れるほど好きなものがあるってのは素敵なことじゃないかなーって俺様は思いますしね。桑上先輩の熱い思いはしっかり受け取りました。俺様も是非、貴方の言葉を聞いて陰陽部の演じる和楽姫や和楽さんの姿を見てみたいと思えましたから。」
そう、自分達が主催する公演のプロモーションをするにあたってその当人が本気でキラキラした目をしながら楽しそうに語っているというのは効果てきめんなのだ。
何故なら人は自分が好きじゃない、つまらないと思っているものを人に勧めようとは思わない生き物だからな。
だから桑上先輩があれほど熱心に魅力を語る和楽さんが主演を務める和楽姫は、きっと楽しいものなのだろう。
「だから謝ることなんてないですよ、桑上先輩。さっきも言いましたが俺様は気にしてませんから。」
「……はい!ありがとうございます、タツミさん。」
俺様が真剣な表情で桑上先輩をまっすぐ見据えながらそう言うと、桑上先輩はその場でそう言いつつ俺様に向かって軽く頭をもう一度下げてくる。
うんうん、桑上先輩が謝る必要なんてどこにもなかった訳だからな。笑顔になってくれて良かった。
それにしても桑上先輩、さっきからちょっと顔が赤いみたいけど……一体どうしたんだろうか。
この部屋、別にそんなに熱くないと思うんだけどなぁ……
「ほう、私が見ている前で堂々とカホを口説くとは……んふふ、中々度胸のある方なんですねぇ?」
「えぇ!?いや別に口説いてなんていませんけど!?」
「いやいや、さっきので口説いていないは流石に無理があるでしょう?私は誘っても見向きもしなかった癖にカホにはあんな甘い言葉を投げかけるとは……もしや、タツミさんはカホのような女性が好みなのですか〜?」
「いやなんでそんな話になるんだよ!?誰がどう考えてもフォローしただけじゃないっすか!?」
心底愉快そうな笑い声を上げながらそう言う天地先輩に対して、俺様は両手を広げながら声を荒げる。
ニヤニヤしやがって!絶対楽しんでんだろこの人!
「に、ニヤ様!?失礼ですよ!?」
「えー?硬いこと言わないでよ。それにカホだって結構満更でもなさそうな表情をしてるじゃないの。」
「そ、それはそうかもしれませんけど……!」
「ふふっ……冗談ですよ冗談。にゃはは〜♪」
「〜っ!ニヤ様!心臓に悪い冗談はやめてください!」
流石に見かねてフォローを入れてくれた桑上先輩にも変わらずそう言う天地先輩の姿を見て、俺様はズキズキと痛む頭を抑えながら湯呑を手にとって傾ける。
緑茶独特のほのかな苦味が、少しだけ俺様の心に平穏をもたらしてくれた。
しかし、天地先輩ってモモトークでも結構破天荒だったけど実際に顔を突き合わせて話すと俺様の想像の何倍も破天荒……と言うか、無茶苦茶な人なんだな。
流石に羽沼議長ほどではないと思うけど、いい勝負が出来そうなくらいにはマジで自由奔放だぞこの人?
こりゃ普段から天地先輩に振り回されている桑上先輩に同情せざるを得ないな……
「その、お疲れ様です。桑上先輩。」
「……いえ、ニヤ様のこれはいつものことですからね。もう慣れてしまいました。」
俺様がそう声をかけると、桑上先輩はどこか諦めを含んだような苦笑いを浮かべつつ呆れたようにそう言った。
……多分、俺様も昔羽沼議長を咎めていた時はあんな顔をしていたんだろうなぁと思わざるを得ない。
なんと言うか、俺様と桑上先輩って案外似た者同士なのかもしれないな。
「んふふ……ではすこーし話が脱線してしまいましたが話を元に戻すとしましょうか。」
「いや、誰のせいで話が脱線したと思ってるんです?」
そんな事を考えていると天地先輩が手にした扇子をぺしんと言う音を立てて手の平に押し付けながら何食わぬ顔で話を戻そうとしたため、俺様は思わずジト目で天地先輩に視線をやるとそんな言葉を発した。
「にゃはは……そ、そんなに怒らないでくださいよタツミさん。ちょっとしたジョークじゃないですか。」
「だとしてもタチの悪い冗談はやめてください。今回は俺様だったからいいですけど、もし羽沼議長が復帰してそんな事言った日には最悪戦争になりかねませんよ?」
「うっ……す、すみませんでした……」
俺様はひたすらジト目を浮かべて視線を送り続けながらそう言うと、天地先輩はがっくりと項垂れながら謝罪の言葉を口にする。
「うぇ〜んカホぉ゙〜。タツミさんの対応が冷たい〜……」
「……自業自得ですよ、ニヤ様。」
「そんなぁ〜……しくしく。」
そう言うと、天地先輩は桑上先輩に泣きつきながら目元を手の平で覆うが……十中八九泣いたフリだろうなあれ。
まったく、掴み所のないと言うか飄々としていると言うか……はたまた破天荒と言うかなんと言うか。
彼女の振る舞いを見てると、いい意味でも悪い意味でもここが外交の場だってことを忘れそうになっちまうぜ。
つか、あまりにも天地先輩が自由奔放すぎるせいで思わず羽沼議長にやる感じで結構雑に突っ込みを入れちまったけど大丈夫だろうか……?
いくら外交の場で冗談を言いまくっていると言っても相手は百鬼夜行のトップなんだし、失礼なことをしてしまったんじゃ……
「しくしく……さて、それじゃあカホやタツミさんをからかって遊ぶのにもそろそろ飽きてきましたしいい加減本気で本題へ戻ると致しましょうか。」
……あっ、これ別に特に気にしてないやつだな。
「さて、では……どこまでお話しましたっけ?」
「……今度のゲヘナとの交流会で我が陰陽部の誇る和楽姫を行うと言うお話をしていましたよ。ニヤ様。」
「おぉ、そうでしたね。」
桑上先輩の言葉を聞き、右手の拳で左手の手のひらをぽんと軽く叩く天地先輩。
「それでは改めましてタツミさん。今回の交流会で予定している和楽姫は我が陰陽部が特に気合いを入れて準備させて頂いているイベントになっていますので、是非ゲヘナの皆さんには楽しんでいただければと思います。」
「はい、ありがとうございます天地先輩。ゲヘナとしても百鬼夜行の人気スポットに招待して頂いて、更にそこの一番人気のアトラクションで出迎えてくれるのならばこれ以上に光栄な事はありません。それに俺様個人としても和楽姫には興味が湧きましたし、是非楽しみにさせていただきますね。」
俺様と天地先輩はお互いにそう言葉を交わし合うと、軽く頷き合いながら笑みを浮かべた。
百鬼夜行の事実上のトップである陰陽部が渦巻映画村の中でも一番人気のアトラクションを気合を入れて準備してくれているというのは、前述通りゲヘナに対しての最大限の歓迎の意向を示してくれている物に他ならない。
しかも天地先輩や桑上先輩の口ぶり的に、渦巻映画村と言うのは百鬼夜行の生徒やそれ以外の観光客からも人気を誇っているスポットなのだろう。
そんな観光スポットの一番人気のアトラクションで出迎えてくれるなんて、光栄と言う他ない。
であれば、ゲヘナ側としてはその歓迎の意思をしっかりと汲み取りお言葉に甘えて盛大に楽しませてもらうのが一番の百鬼夜行側への感謝になるからな。
それに、俺様も桑上先輩の熱く語ってくれた和楽さんの演じる和楽姫は是非見てみたいし非常に楽しみだ。
ゲヘナ側としても百鬼夜行と仲良くしておいて損する事なんて1つもないんだし、政治的な意味でもこの交流会は両校にとっての架け橋になるのは間違いないだろう。
同時に、この交流会は絶対にトラブルを起こすことなく乗り切らなければならないと言うことでもある。
万が一交流会中にゲヘナの生徒が暴れて百鬼夜行の生徒を傷つけでもすれば、速攻政治的問題になりかねない。
そのためにも、ゲヘナへ帰ったら問題を起こしそうな連中を締め上げておく必要があるのは間違いないだろう。
面倒ではあるが、交流会を楽しいものにするために俺様もキッチリとやるべきことはやらなければならない。
(……はぁ、そう考えると気が重いな。)
言うまでもないけど、ゲヘナの問題児共は美食研究会や温泉開発部を含め筋金入りのバカどもが揃っている。
そんな連中に大人しくしていろと言ったところではいそうですかなんて聞き入れてくれるわけがないし、そもそも言って聞くような連中なら俺様や空崎委員長はここまで毎日胃薬をがぶ飲みするような事態になっていない。
そんな連中を今から抑え付けるとなると相当な労力がかかるし、恐らく万魔殿だけでは不可能だから空崎委員長へ頼んで風紀委員会の力も借りる必要があるだろう。
正直それでも全員を監視して縛り上げられるかと言うとそれは難しいと言わざるを得ないけど……それでも外交の場で問題を起こさせるわけには行かないからな。
空崎委員長や天雨行政官には申し訳ないけど、ここは彼女達にも頑張ってもらうしかないだろう。
(……考えるだけで頭が痛くなってきたな。)
俺様はズキズキと痛む額に軽く手を上げながら、目の前の湯呑を手にとって中身の緑茶を傾ける。
先程と同じ緑茶独特のほのかな甘味と苦味が俺様の脳をスーッとクリアにしていってくれた。
……うん、緑茶はやっぱ美味い。落ち着く味がするぜ。
「……おや?」
そんな俺様の姿を見て、天地先輩は不意にそう呟きながら俺様へと視線を向けてきた。
「……ん?どうかしましたか天地先輩?」
「いえ……大したことではないのですけど、先程からタツミさんはその緑茶をとても美味しそうに飲んでいらっしゃるな〜と思いましてね。」
「あ、そういうことでしたか。いやー、実は俺様緑茶って結構好きなんですよね。独特の苦みといい、それでいてスッキリした後味といい……ゲヘナのコーヒーとはまた違った味わい深さがありますから。」
俺様は天地先輩の言葉に対しそう答える。
前世が日本人である俺様にとって、緑茶と言えばかなり馴染みの深い飲み物だからな。
それに俺様はどちらかと言えば麦茶とかよりも緑茶のほうが好きだし、何より緑茶はコーヒーと同じでカフェインを含んでいるため眠気覚ましにも効くのだ。
だから本当ならゲヘナでも徹夜をする際はコーヒーより緑茶を摂りたいんだけど、ゲヘナでは中々緑茶が手に入らないからなぁ……
まぁ言うてコーヒーも別に嫌いではないし、ゲヘナではコーヒーのほうが遥かに手に入りやすいのもあってもう飲み慣れたから別にいいっちゃいいんだけども。
「それに、これってかなりいい茶葉を使ってますよね?緑茶独特の苦みはもちろんですけど、その中に感じるほのかな甘み……失礼ながら安物の緑茶だとこんなにはっきりとした甘みは感じないので、相当高級なものだと思うんですが。」
「いやはや、お見逸れしました。まさかそのようなことまで分かってしまうとは……おっしゃる通り、それは今回のこの場のために用意させていただいた百鬼夜行でも評判の高い銘柄の緑茶でしてねぇ。タツミさんの仰る通り少々お値段の張るものになっています。」
……やっぱりな。
「すみません、わざわざこんな高級なものを……」
「いえいえ、せっかくゲヘナから起こしいただいたお客様を安物のお茶でもてなすような事があってはいけませんからね。お気になさらないでください、にゃはは。」
俺様が軽く頭を下げつつそう言うと、天地先輩は軽く微笑みながらそう言った。
「それにしても、まさかゲヘナ出身の方からその緑茶の味を褒めて頂けるとは思いませんでしたよ。百鬼夜行の出身者ならともかく、独特の苦みのある緑茶は他校の生徒には評判が悪いですからねぇ。」
「……え?そうなんですか?」
「はい。なので始めはゲヘナでも飲み慣れたコーヒーをお出ししようかと思ったのですが、やはり百鬼夜行にお越し頂いたからには百鬼夜行の雰囲気を味わって頂きたいですからね。それで緑茶をお出しさせていただいたのですけど、お口に合ったのであれば何よりです。」
天地先輩は穏やかな笑みを浮かべつつそう言った。
先程までの破天荒な部分こそあれど、招いた客人に対する気遣いや外交の場で金に糸目を付けない姿勢……やっぱりなんだかんだいいつつ、この人は上に立つものとしての器と心構えを持っている人なんだろうな。
それに外交の場において金に糸目をつけないって言うのは羽沼議長も口酸っぱく言っていたことだし、俺様も外交で他校の生徒をゲヘナへ招く際には強く意識していることでもあるわけだし。
「んふふ……しかしタツミさんのこの場での振る舞いを見ていると、とてもゲヘナの生徒だとは思えなくなってしまいそうです。ねぇカホ?」
「はい。湯呑を取って口へ運ぶまでの動作もまず初めてでは出来ないほど手慣れているようですし、こちらが説明をする前に畳を見て履物を脱ごうとされていたところから見ても相当百鬼夜行の文化に明るい方だとお見受けします。まるで百鬼夜行の出身者のような……そのような雰囲気を感じられますね。」
「えっ……?」
天地先輩に話を振られた桑上先輩からかけられた言葉に俺様は思わずその場でハッとする。
(し、しまった……!ついつい日本人だった時の癖が出てしまっていたか……!?)
湯呑を取ったら手を添える、畳の上には土足で上がらない……なんて事は日本人なら当たり前の常識だ。
しかし、ここは日本ではなく学園都市キヴォトス。
言われてみれば百鬼夜行以外で湯呑や畳を見る機会なんて早々ないし、すっかり失念していた。
どうやら、俺様の体は無意識に日本に居た頃に染み付いた動作を行ってしまったらしい。
俺様は転生してからキヴォトスで15年間も生きてきた。
だからすっかり今じゃキヴォトスやゲヘナの常識に染まっているものとばかり思っていたけど、案外前世で培った価値観も馬鹿にならないと言うことか……
とは言え、これは困ったことになった。
まさか俺様が転生者であり、前世では日本人だったと目の前の二人に言うわけにはいかないだろう。
俺様は必死で頭を回転させて言い訳をひねり出すと、首筋に嫌な汗が流れるのを感じつつ口を開いた。
「え、えーっと……実は前々から百鬼夜行には食べ歩きで何度か来たことはあったんですけど、今回天地先輩に招かれることになった時から失礼のない対応ができるようお恥ずかしながら百鬼夜行の文化を詳しく調べさせていただいたんです。その中で湯呑と言う百鬼夜行特有のコップの扱い方や畳の上に挙がる際の作法などを見つけて万魔殿で何度か練習をしまして……恐らく、そのおかげでスムーズな対応ができたんだと思います。」
よくもまぁこんな嘘八百が言えるものだと思いつつ、俺様はペラペラと言い訳を並べ立てていく。
「それに百鬼夜行にはこういうことわざがあるじゃないですか、郷に入らずんば郷に従え……と。訪問先の文化に敬意を払うのは当たり前のことだと俺様は思っていますし、そこに生きている人たちが大切にしている文化を知ること……それはすなわち相手を知ることにも繋がると思います。それに俺様、百鬼夜行の事は好きですからね。飯は美味いですし街並みも綺麗で落ち着いていて、実は色々なサブカルチャーがあったりする楽しい街……そんな印象を百鬼夜行からは感じますから。」
そう言うと、俺様は一旦そこで言葉を区切る。
トリニティや山海経へ仕事で行くときもそうだけど、外交で訪れる訪問先の人々は今に至るまでゲヘナとはまったく異なる価値観の元で育ってきている人間なのだ。
だから文化や考えの違いがあるのは当たり前だし、それを文化の違いとして切って捨てるのは簡単ではある。
けど、やっぱり外交で先方へ赴くのであればその人たちの大切にしている価値観に敬意をはらって尊重するのは至極当たり前のことだと俺様は思っているからな。
だから俺様はトリニティへ行くときには紅茶の飲み方や茶菓子のつまみ方も勉強して実践しているし、よそ者を嫌う山海経ではよそ者らしくあまり目立たないように大人しく行動をしているつもりだ。
なので百鬼夜行に外交で来るのであれば、百鬼夜行の文化に敬意を払うのは当然のことだろう。
それに、前世が日本人だったと言うこともあるけど俺様個人としても百鬼夜行の事は好きだからな。
なので今回はたまたま俺様の前世が日本人だったから無意識に作法をきちんと出来ていたけど、もしこれが百鬼夜行じゃなかったとしても俺様はキッチリと文化や作法をあらかじめ調べて実践していただろう。
本当のことが言えず言い訳を並べ立てていることに対する罪悪感や申し訳無さはあるけど、今俺様の言った言葉に決して嘘や偽りはない。
「……んふふ、なるほど。これは1年生ながらにしてあのゲヘナの議長代理に選ばれるのも納得ですねぇ。」
「はい。とても立派な考えをお持ちです。私たちも是非見習わせていただかなくてはいけませんね。」
そんな俺様の言葉を聞き天地先輩と桑上先輩は優しげな笑みを浮かべると、そんな言葉を発した。
「いえそんな、俺様なんてまだまだ未熟者ですし……」
「そんな事はありませんよ。私達陰陽部は立場上様々な学園と外交を行っていますが……今までタツミさんのように百鬼夜行の文化を深くまで学んで、それほどまでに敬意を払ってくださる方達は殆ど居ませんでした。」
「えぇ。カホの言うとおりです。むしろ、外交の場においては舐められないようにと自校の文化を誇示するような方達も大勢いらっしゃいますからねぇ。」
「はい。ですのでむしろこちらがお礼を言わせていただきたいくらいです。私の……私たちの大好きな百鬼夜行の文化をそれほどまでに尊重していただいて、そして好きになって下さって……本当にありがとうございます、タツミさん。」
そう言うと、桑上先輩は今までで一番の笑顔を浮かべながら俺様に対して礼の言葉を述べてきた。
「いえ、お気にせずに。俺様は当然のことをしているだけですし、貴方達が守って下さっている百鬼夜行はとても素敵なところですからね。」
その屈託のない笑顔に一瞬ドキッとしながらも、俺様は同じく笑顔を浮かべながらそう言った。
「そ、そんな……素敵なところだなんて……」
「……やっぱりタツミさんは女たらしですねぇ。」
「えっ……?何か言いましたか?天地先輩。」
「いえ、なんでもありませんよ。さてさて……それでは交流会の内容は決まったことですし、タツミさんだけではなくゲヘナの皆さんにも百鬼夜行を好きになっていただくためにも……あとは時期や段取りなどの詳細を我々の方で細かく決めて、今回の交流会を盛大に楽しんでもらえるようにして行きましょうかね。」
「はい、よろしくお願いします!」
こうして俺様は時折冗談を飛ばす天地先輩やそれを呆れながら咎める桑上先輩と共に、ゲヘナと百鬼夜行の交流会についての打ち合わせを進めていくのだった。
新年一発目は陰陽部とのお話でした
百鬼夜行とも今後少しづつ交流を増やす予定です