イロハと並ぶと姉妹と言うか母娘っぽい気もしますけど
それだけイロハの包容力が高いんでしょうね
「ふぁぁ〜……やっと終わったぜ……」
時刻は太陽が少し西側へ傾きかけた頃。
あの後ゲヘナと百鬼夜行で行われる交流会について天地先輩、桑上先輩の二人と細部の打ち合わせを済ませた俺様は二人に見送られながら陰陽部の部室を出て百鬼夜行の街中を大きなあくびをしつつ歩いていた。
まず、結論から言うとゲヘナと百鬼夜行で行われる交流会の日程は今から約1ヶ月後の予定となった。
流れとしては当日までに交流会を開く旨をゲヘナの生徒へ伝え、参加したい生徒にはあらかじめ配布する予定の希望用紙を書いて万魔殿へ提出を行ってもらう。
その希望人数に合わせて万魔殿でバスを何台かチャーターして当日に百鬼夜行へ向かう……という算段だな。
その後は天地先輩と桑上先輩の手引きで百鬼夜行渦巻映画村に招待してもらい、渦巻映画村の様々なアトラクションを楽しむ予定となっている。
そして当然だけど、議長代理である俺様を初めとした万魔殿のメンバー達は全員参加という流れとなった。
まぁゲヘナと百鬼夜行の交流会ならば万魔殿のメンバーが参加しないのはおかしいし、あくまで仕事の一環ではあるけどどうせなら万魔殿の皆にも百鬼夜行の食事やイベントを楽しんでもらいたいので好都合ではある。
特にイブキは楽しいことに関しては目がないので、こういうお祭り事となれば大層喜んでくれることだろう。
一つ残念なことがあるとすれば羽沼議長が参加できないことだけど……まぁ彼女は今はまだ矯正局で自分の罪と向き合って反省している真っ最中だからな。
無事に出所出来たら、また改めて今度は羽沼議長も含めた百鬼夜行との交流会を提案してみるとしよう。
……あ、それと今後百鬼夜行側と連絡を取り合うにあたって既にモモトークを交換していた天地先輩に加えて桑上先輩ともモモトークを交換することになった。
というのも桑上先輩は百鬼夜行の観光文化産業後方支援部の戦略リーダー……つまり早い話が学園のPRを担当している観光大使のような役職を兼任しているらしい。
そのため観光業や外交においての窓口的な役割は主に彼女が担っているらしく、天地先輩よりも桑上先輩と話をしたほうがいいと3人で合意が交わされたため桑上先輩ともモモトークを交換した次第だな。
まぁ俺様としても天地先輩より桑上先輩の方が生真面目で話しやすいので助かる部分もあるからいいんだけど、事実上百鬼夜行の生徒会を担っている陰陽部の副部長を務めながら観光大使もやっているとは彼女もきっと毎日激務をこなしているに違いないだろう。
今度、桑上先輩には是非何か元気の出る料理でも差し入れてやりたいものだ。
まぁという訳で、ひとまず詳細は決定した。
俺様がこの後やることと言えば、万魔殿へこの情報を持ち帰って準備を進めることだろう。
一応決定事項を箇条書きにしたメモをモモトークで先輩方に送信してあるから、俺様が帰るまでにある程度は進めておいてくれるらしいから一安心だけどな。
そんなこんなでとりあえず会議が無事に終わった開放感を味わいつつ、俺様はその場で背伸びをする。
「にしても……やっぱ、どうもああいう外交の時の会議の場ってのはなーんか落ち着かねぇんだよなぁ。」
白い雲の浮かぶキヴォトスの青空を見上げながら、俺様はそんな事をぼそりと呟いた。
今の俺様はゲヘナの議長代理、つまり代理とは言え現状ゲヘナのトップに位置している立場だ。
そのため外交の仕事なんかも平の役員だった頃の何倍にも跳ね上がっており、今では仕事のある日はほとんど毎日どこかしらの学校のそれなりの役職に就いている人と話し合いをするのも珍しいことじゃねぇんだけど……
やっぱ、今言った通りああいう外交の話し合いの場での空気感ってのはどうにも慣れないものがある。
ってのも外交の場ってのはお互いにいい関係を築きましょうって話し合いをすると同時に、この学園とどこまでなら付き合って良いのかを判断する場でもあるからだ。
当然ゲヘナを舐められないようにある程度の威厳を誇示しつつも、決して相手の機嫌を損なうことがないように丁寧な対応を心がけなければならない。
それに、互いの腹のさぐりあいなんてのは外交の場においては日常茶飯事みたいなもんだからな。
俺様としてはもちろん腹のさぐりあいなんてせず純粋に仲良くできりゃいいとは思うんだが、残念ながら世の中ってのはそんなに甘くはない。
ゲヘナほどの規模の学校になると外交の場で探りを入れて弱みを握ろうとしてくる学校は当然出てくるわけで、そういう汚いことを考える連中からゲヘナを守るのも議長代理を任されている俺様の仕事になってくる。
問題事があればすぐ銃を取り出して白黒つけようとするゲヘナと言えど、外交の場でそれが通じる訳もない。
そんなことをすれば戦争待ったなしだし、誰もそんなバカみたいな戦争なんざ望んではいないだろう。
という訳で俺様は平の役員の頃からよく羽沼議長に引っ張っていかれて外交を勉強させられていたわけだけど、当時は嫌がっていたが議長代理となった今では半ば無理矢理俺様を外交の場へ引っ張っていってくれた彼女に感謝をしなければならないだろう。
それに羽沼議長はああいう外交の場での立ち回りが案外上手かったというのもあるからな。
常に余裕の笑みを絶やさず、決して相手に弱みを見せずに丁寧に対応している彼女の姿はまさに今の俺様の外交の技術の根底を支えていると言って良いだろう。
普段は万魔殿で風紀委員会にちょっかいを掛けて返り討ちにあっている姿からは想像もできなかったけど……ほんとにいい手本に恵まれたと思う。
まぁそういうこともあって、俺様は今ではそれなりに上手いこと外交をやっているつもりではある。
それにトリニティにはエデン条約の頃から何度も行ってるから桐藤先輩とは今や気安く話のできる仲になっているし、山海経の竜華先輩も申谷の事で今も連絡を取り合っているからそれなりに話せる仲ではある。
今回の百鬼夜行だって天地先輩も桑上先輩もいい人だし話しやすくて親しみが持てた上、変にこっちの腹を探ってくるような事は無かったから安心して話ができたというのも事実ではあるんだけどやっぱ学校のトップとの会談ともなるとどうも肩肘張らざるを得ねぇからなぁ……
まぁ長々説明したけど、結論としては俺様としても他校とは純粋に仲良くしたいとは思うからな。
確かに人脈を広げておいたり他校とのハイプを繋いでおけばいざとなった時にゲヘナの強力な後ろ盾になるってのもあるけど……一番は俺様自身が色々な人と仲良くなりたいからってのが大きいだろう。
だから俺様としては外交の場では深いことは考えず純粋に相手と仲良くなるためだけに話をしたいってのが本音ではあるけど……ゲヘナの未来が俺様の両肩に乗っかっている以上はそういう事も意識しないとならねぇからな。
……まったく、俺様も汚い人間になったもんだ。
『トップの座に座ったからには私情を捨ててでも決断せねばならないときが来る。』
ふと、いつか羽沼議長に言われた言葉を思い出す。
今はまだ大丈夫だけどいつかその時が来たら……俺様は何のためらいもなく決断できるのだろうか。
「……あーやめたやめた!こんな事を考えたら気分が滅入っちまいそうだぜ!」
俺様はその場で空へ向かって大声をあげると、両頬を手の平でパンパンと叩いて刺激を与える。
じんわりと広がる痛みと胸に溜まっていたモヤを吐き出したことにより、俺様の気分はスッキリと爽快した。
そうだ、今日はせっかく百鬼夜行へ来ているんだ。
百鬼夜行と言えばきれいな街並みにうまい飯。
旅行へ行ったり観光をするならまず第一候補に上がってくるような、そんな楽しい街なのだ。
そんなところにいるのに汚い政治の話を考えるなんてのは勿体ないことこの上ないだろう。
そんな事を考えながら、俺様はぐるりと辺りを見渡す。
所々に咲き誇っているピンク色のきれいな桜の木々。
規則正しく舗装された石畳の道の脇には京都などに行けばよくお目にかかれるような立派な日本家屋風の建物がずらりと並んでいおり、その中には多くの飲食店が含まれており盛況を博しているようだった。
見慣れたゲヘナとは違う、でもどこか懐かしい雰囲気。
そんな百鬼夜行の街並みを見ていると、さっきまでの鬱屈とした考えなんてどこかへ吹き飛んじまいそうだ。
「そうだ、せっかく百鬼夜行に来たんだし……たまには食べ歩きをするってのも悪くねぇかもしれないな。」
そんな街並みを見ながら歩を進めつつ、俺様はハッと思いついたようにそう呟いた。
もう何度も言っているが、百鬼夜行と言えば飯が美味いことで有名だし日本がモチーフなのもあって俺様の舌に合う料理が非常に多いからな。
最近は議長代理の仕事が忙しくて趣味の食べ歩きをする機会もめっきり減ってしまっていたし、せっかく百鬼夜行に来ているなら久々に食べ歩くのも悪くねぇだろう。
幸い今日の万魔殿での仕事は陰陽部との交流会についての話し合いのみだったし、午後から俺様は非番。
書類仕事の方も出る前にあらかた片付けたから殆ど残ってないはずだ。
それにさっきも言ったけど、百鬼夜行との交流会の準備の内容をモモトークでメモにまとめて先輩方に送った時に「こちらで進めておく」という返答をもらっている。
今日は棗先輩を始め先輩方が全員出勤している日だから、仮に何か問題が合っても大丈夫だろう。
とりあえず食べ歩きをするとだけ棗先輩に連絡を入れておいて、最悪何か緊急事態があった場合は連絡をもらって速攻でゲヘナへ帰ればいいはずだ。
初めはこの後暇ができるなら連邦生徒会へ顔を出そうと思っていたのだが、モモトークで七神代行にその事を伝えると「せっかく暇ができるならゆっくりして下さい。タツミ議長代理、殆ど休んでいないでしょう?こちらのことは大丈夫です。」との返信が帰ってきたんだよな。
あんなデカい口を叩いておいてこんな事を彼女から言わせてしまうのも申し訳ないんだけど……俺様としても仕事漬けの日々だから少し休みが欲しいのもまた事実。
せっかくだしここは言葉に甘えさせてもらうとしよう。
「さーて、そうと決まれば何を食いに行くかなぁ。」
百鬼夜行と言えば前世で言う日本食がモチーフの料理が多いため基本的には何を食っても美味いのだが、食べ歩きとなるとやはり屋台のたこ焼きや焼きそば等だろう。
どちらも歩きながら片手で食うには最適だし、それにそれだけじゃなくイカ焼きや焼き鳥等手軽に食うことが出来る百鬼夜行のジャンクフードはたくさんあるからな。
それに柴関ラーメンのようなスタイルでうどんやそばを提供している屋台もちらほらと見かけるし……あー、想像したら腹の虫が騒ぎ出してきやがった。
よし、そうと決まれば善は急げだ。
百鬼夜行には食べ歩きで何回も来たことがあるし、食べ歩きに最適な場所への行き方は熟知している。
「それじゃあ、行くとするか!」
俺様は笑顔を浮かべるとその場で即座に踵を返し、食べ歩きをするための目的地へと向けて歩き出すのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
という訳で、あれから食べ歩きをすると決めて淀みのない足取りで歩を進めた俺様は百鬼夜行の中でも大量の屋台や露天が立ち並んでいる区画へとやって来ていた。
「いやー、やっぱり食べ歩きするならここだよなぁ!」
自分でもいい笑顔だと確信できる表情を浮かべながら、俺様は手にした大ぶりのイカ焼きへと齧り付く。
コリコリとした新鮮なイカの食感とともに口の中に醤油の風味が広がり、後味も爽やかで非常に心地良い。
「んー美味ぇ!やっぱ百鬼夜行の料理は最高だぜ!」
口の中へ放り込んだイカを咀嚼して飲み込む。
ゲヘナでは味わうことの出来ない百鬼夜行の味に舌鼓を打ちつつ、俺様はニコニコ顔で独り言を述べる。
「さぁさぁよってらっしゃいみてらっしゃい!たこ焼き8個入りで300クレジット!超お買い得だよー!」
「おばちゃん!一個ください!」
「あっ、私も!」
「はいよ!まいどありお嬢ちゃん達!」
「たいやきはいらんかねー?1個150クレジット。尻尾の先まであんこたっぷりで美味しいよー。」
「私2つ欲しいです!」
「おっまいどー。いやいや、景気が良いねぇ。」
そんな俺様の周囲では立ち並んでいる屋台から店員の客引きの声が響き渡り、それに釣られた百鬼夜行の制服を身に着けた生徒達がたこ焼きやたいやきなどを買食いしようとしている光景が広がっている。
「いやー、やっぱここの雰囲気は最高だな。」
俺様は周囲をぐるりと見渡し、賑やかで楽しそうなその風景を見ながらそう呟いた。
この区画は先述した通り道の脇にズラリと並んでいる屋台や露天が特徴的な区画なのだが、その下町感溢れる光景や食事のリーズナブルな値段も相まってまるで前世で言うお祭りのような雰囲気を感じるんだよな。
更にここで売っているのは全て屋台の料理のため俺様のように買ってその場で歩きながら食えるのも魅力的で、実際俺様以外にもさっきみたいに買食いや食べ歩きをしている生徒達をチラホラと見かける。
まさに百鬼夜行で食べ歩きをするならここしかない!という区画となっているんだよな。
高級店の並ぶ落ち着いた区画も古き良き日本の風情を感じられていいんだけど、こういう手軽に食べられるものが多い気安くて賑やかな風景もまた前世での日本の風景を思い出させてくれるどこか懐かしいものだった。
今は真っ昼間だからアレだけど、これが夜になって建物の屋根に吊るされている提灯に灯りが灯ればより一層お祭りっぽい雰囲気になるのは間違いないだろう。
そんな事を考えながら俺様は手にしたイカ焼きを齧りつつ、久々の食べ歩きを思う存分満喫する。
懐かしい雰囲気。懐かしい味。そして懐かしい風景。
そんな中、ふと頭の中に浮かんでくるのは前世のこと。
知っての通り俺様の前世はロクなものではなかったし、今じゃこのキヴォトスが俺様の故郷だと胸を張って言うことが出来るけど……それでも、百鬼夜行のこの風景を見ていると嫌でも日本のことを思い出してしまう。
前世では祭りなんて遠目で見るだけだったけど……
実は一度だけ、俺様がまだ小さい頃に機嫌が良かった両親に兄と一緒に祭りに連れて行ってもらって屋台で焼きそばを買ってもらって食ったことがあるんだよな。
まぁそれ以降は当然両親が祭りに俺様を連れて行ってくれることなんて無かったわけだけども……
……俺様は、今では毎日少なくとも腹いっぱい飯を食うことが出来るくらいには恵まれた日々を送っている。
もう生ゴミにかじりついたり、山で山菜やキノコを取って当たって死にかける必要はない。
だからあの焼きそばなんてどこにでもあるような……作ろうと思えば今すぐにでも作れるような代物のはずだ。
……けど、どうしてだろうな。
あれは本当に何の変哲もないただの焼きそばだったけども、あの時に兄を含めた家族全員で食べた焼きそばの味だけは……今でもハッキリと覚えている。
『おいしい!ありがとう、お父さん!お母さん!』
「……」
ちっ、なんで今更こんな事を思い出すかねぇ俺様は。
ったく……せっかくのイカ焼きが不味くなっちまうぜ。
俺様は浮かんできた考えをごまかすようにイカ焼きにかじりつくと、コリコリした食感のイカを噛みしめる。
弾ける醤油の香りが鼻から抜けていくと同時に、その香りが俺様の思考をスッとクリアにしてくれた。
「ん、やっぱイカ焼きは美味いな。」
たこ焼きも捨てがたいけど、やっぱり俺様は醤油で香ばしく焼き上げたイカ焼きのほうが好みなんだよな。
粉ものと姿焼きを一緒にするのは違う気もするけど……まぁ好きなもんは好きだからな。仕方ないってやつだ。
そんな事を考えつつ俺様はイカ焼きを平らげると、手にしていた串をその辺りのゴミ箱へと放り込んだ。
「んー、流石にそろそろ腹一杯になってきたな……」
大きくなった腹を擦りつつ、俺様はボソリとそう呟く。
思えばここへ来てからと言うものの、もうかなりの量の屋台メシに舌鼓を打ったからな。
たこ焼き、焼きそば、焼き鳥、箸巻き、お好み焼き、イカ焼き……うん、我ながらちょっと食いすぎたなこりゃ。
おかげで腹がもうパンパンだ。
(さて、それじゃあそろそろ〆を探すとしますか。)
俺様は心のなかでそう呟きつつ、この楽しい食べ歩きの〆を飾るにふさわしいものの思案を始める。
そう、食べ歩きってのは食べ物を買って食ってる道中はもちろんだけどこの何を食って〆るかってのを考えるのもまた楽しみの一つだったりするんだよな。
それは時には丼や麺類のようなガッツリしたものだったりするし、時には甘味のようなデザートだったりもするけど……百鬼夜行に来たならば甘味がピッタリだろう。
というのも百鬼夜行はメシが美味いのはもちろんなんだけど、それに加えて甘味処が多いことでも有名だ。
まぁ日本がモチーフなのだから当然と言えば当然なのだが百鬼夜行で食える団子や饅頭はそれはもう絶品で、俺様もキヴォトスに来て初めて食った時には懐かしさで思わず涙ぐんじまったほどだったからな。
それに飴やあんこをふんだんに使った甘味は百鬼夜行ならではだし、人気が高いのも頷けるだろう。
実際周囲を見渡せばりんご飴やたい焼きなどの日本の屋台でもよく売っていそうな甘味があるし、ここから少し歩いた先には甘味処がたくさん立ち並ぶ区画がある。
そのへんの屋台でりんご飴やミニサイズの食べ歩き用のクリームあんみつを買って食うのもありだけど、せっかくなら〆の甘味は甘味処で腰を落ち着けながら食うのもいいかもしれないな。
それに百鬼夜行と言えば、この前のロストパラダイスリゾートの事件でアビドスのみんなと共に百夜堂の看板娘である河和先輩が活躍した事をふと思い出す。
そう言えば前に百鬼夜行に何度か食べ歩きに来た時に百夜堂は甘味が非常に美味いと聞いたことがあるし、百鬼夜行の中でも非常に人気が高い店の一つらしいからな。
なら、せっかくだしここは百夜堂に寄って〆の甘味を食った後にイブキ達に土産を買ってゲヘナに帰るのが最もいい選択肢かもしれない。
聞いた話によると百夜堂は俺様が今居る区画を抜けた先に店を構えているらしいし、早速向かうとしよう。
そう頭の中で考えをまとめた俺様は百夜堂へ向かうためにその場から足を一歩踏み出した……
「……ん?」
その瞬間だった。
不意に、俺様の視界の端に不自然なものが映り込む。
「……えっ?」
あまりにも不自然なその光景に俺様は思わず素っ頓狂な声をあげ、反射的に視線をそちらへやると……
「……ぐぅ。」
そこには道のド真ん中で派手な赤色の巫女服とセーラー服を合体させたようなものを身に着けた女性が、立ったまま寝ていると言う意味不明な光景が広がっていた。
「え……何やってんだあの人。」
そんな光景を見た俺様は思わずそんな事を呟いた。
見たところ、あの黒髪の頭からケモミミを生やしている女性は寝たフリなどではなくガチで立ったままあそこで眠っている様子だ。……いや、どういう状況だよ。
何の前触れもなくいきなり脳に圧倒的な情報量を流し込んで来ないで欲しいんだけども。
(え?いや、何がどうなってんだあれ……?)
困惑する俺様をよそに、立ったまま幸せそうにすやすやと寝息を立てる黒髪の女性。
そんな彼女を見てますます俺様は困惑する。
そもそも何故あんな場所で寝ているのかとか、何故立ったまま眠れるのかとか色々気になることはあるが……
だけど、俺様が一番気になっているのは……何故か道行く人々が彼女のことを尽くスルーしていることだった。
言うまでもないけど普通あんな目立つ格好をしている女性が道のド真ん中で立ったまま寝ているなんてことがあれば俺様のように思わず足を止めて困惑したり、驚いたりなんなりするのが普通だろう。
だが彼女の傍を通り過ぎていく人々は彼女の事など全く気にしていないかのようにその場を通り過ぎていき、背景と同化しているかのように見向きすらしない。
その光景はまるで【彼女がそこで寝ているのは当たり前と言わんばかり】のものだった。
「……なんで誰も気にもとめないんだ?」
俺様はその光景に盛大に首をひねる。
そりゃあんな道のド真ん中で堂々と立ったまま眠っている人なんて明らかにヤバい雰囲気しか感じないし、関わり合いになりたくないのは事実ではあるけど……
それにしたって、一瞥もしないのはおかしいんじゃないのかと思わざるを得ない。
……まぁそれはともかく、あれはあまり良くないだろう。
まずそもそも何故道のド真ん中で立ったまま寝ようとしたのかは全く持って理解できないし立ったまま眠れること自体も理解できないけど、何はともあれあんなところで寝てしまうのがよくないことなのだけは確かだ。
(……仕方ないな。)
流石にあんな光景を見てしまっては見て見ぬふりをすることは出来ない。
そう思った俺様はとりあえず彼女へ声をかけるために進行方向を変えると、眠っている彼女へと近寄っていく。
そして彼女の傍まで近寄った俺様は、彼女へ向かって少し大きめ声量で声を掛けた。
「あの、すいません。いきなり声を掛けておいて図々しいかもしれませんけど……こんな所で寝ていると風邪を引いちまいますよ?」
「すぅ……んぅ?むにゃ……」
俺様の言葉を聞いた黒髪の女性は目を閉じたまま器用に俺様の方へゆっくりと体を向けると、その場で少し身じろぎをするがそれでも目を覚ます気配は全く無くその場で幸せそうにスヤスヤと眠っている。
その器用に立ったまま眠ることの出来る技術に少し関心しつつも、俺様は再度彼女へ声をかける。
「えーっと……その、ほら。寝るなら家で寝ましょう?こんなところで寝てたら貴方もちゃんと眠れないと思いますし、それに通行する人の妨げになるかもしれないですしね。もし眠いなら俺様が送っていきますから。ね?」
「んぅ……ぐぅ……すやすや……」
今度はなるべく彼女の意識を覚醒させるように肩を軽くトントンと叩いて物理的な刺激を与えながらそう言ってみるが、それでも彼女が目を覚ます気配は無かった。
(……ダメだ、完全に熟睡してる。)
何をやっても起きそうにない目の前の彼女に対して俺様は心のなかでそう呟きつつ、額に手を当てた。
つーか立ったまま寝ているってインパクトが強すぎてあまりそっちに意識が行ってなかったけど、よくよく見てみるとなんて格好してんだよこの人……!?
彼女は前述の通り赤をモチーフとした陰陽部とはまた違った巫女服のような衣装を着ているのだが、目の前の黒髪の女性は天地先輩と桑上先輩と同じく胸の横から脇にかけての部分がざっくり開いた服を身につけている。
しかもその胸部装甲は2人を優に超えているせいで彼女の制服はもはや乳暖簾のようになっており、脇腹やへそ辺りがチラチラどころかガッツリと見えてしまっている。
その最早服と呼んで良いのかさえ怪しい布を身にまとう彼女の姿に、俺様は思わずゴクリと生唾を飲み込む。
更に彼女は肉付きがいいのか全体的にムチムチとした柔らかそうな肉感的なスタイルをしている。
そのあまりにも刺激が強い光景に俺様は思わず目線を下へ落とすが、そこには赤色のミニスカートから伸びる彼女のこれまた健康的なムチムチの太ももがその圧倒的な存在感を主張して来た。
(……っ!)
ダメだ、どこへ目をやっても刺激が強すぎる!
ちぃ、天地先輩といい桑上先輩といいなんで百鬼夜行の人間ってのはこうも露出度の高い格好をしてんだよ!
そりゃ女所帯のキヴォトスじゃ同性に肌を見られたところで問題はないのかも知れねぇけど、俺様みたいな男も数が少ないとは言え居るってことを自覚してくれよな!
(ったく、どいつもこいつも……!)
俺様はガリガリと削れていく理性を保ちながら彼女の顔へ視線を固定すると、自分の羽織っている万魔殿のジャケットを脱ぐとそれを彼女の肩から羽織らせる。
「んぅ?すぅ……」
俺様のジャケットを掛けられた女性は一瞬肩をビクンと跳ねさせるが、やがてそう呟くとその後も何もなかったかのように目を閉じてすぅすぅと寝息を立てている。
一瞬とは言え反応したところを見るに見ず知らずの男にジャケットをかけられるのは不快だったのかもしれないけど、流石にこれ以上彼女を見ていると俺様の理性が保たなくなっちまうから……勘弁して欲しい。
いや、本来なら初対面の女の子を邪な気で見るのは良くないことなのは分かっているんだ。
でもそのほら……こう見えて俺様も男だからな?
あまり見ないようにはしているつもりなんだけど、こんな犯罪級のスタイルが目の前にあったらチラチラ目に入ってしまうのは生理現象と言うかなんと言うか……な?
……すまんワカモ、俺様はマジで最低な男みたいだ。
(……って違う違う!)
何はともあれ、周囲の人々が何故この人をスルーしているかは分からないけどひとまずこの女性をこのままこんな所で寝かしておくわけにはいかないだろう。
そもそもここは往来の場だからこんな場所で寝るのは良くないし、何よりいくら今が夏とは言えそんな薄着で眠っていたら風邪を引いてしまうかもしれないからな。
(くっ……仕方ないか。)
そう判断した俺様は彼女へツカツカと歩み寄ると右手で彼女の背中を支えて左腕を膝裏へと差し込み、そのままお姫様抱っこをする要領で彼女の体を持ち上げる。
初対面の女性を抱えあげるのはどうかとは思うけど、流石にこの人をこのままここに放置しておくってわけにはいかないのでやむを得ないからな……彼女の目が覚めたら勝手に体に触れたことを謝り倒すしかないだろう。
「んぅ……?」
そんな彼女は俺様に触れられた瞬間一瞬からだをこわばらせるが、やがて脱力するとそのまま俺様へ全体重を預けるようにリラックスしながら睡眠を続行する。
両腕に伝わる程よい重量感と共に彼女からふわりと漂ってくる女の子特有の甘い香りが俺様の鼻をくすぐるが、俺様はすぐ気持ちを切り替えて邪な思いを払い飛ばす。
(流石に抱きかかえるのはまずかったか……?)
とは言えこの人の家まで手を引いて連れて行こうにも住所が分からないんじゃどうしようもねぇし、本人に聞こうにもいくら呼びかけても目を覚まさないのであれば……もうこれくらいしか打つ手はないだろう。
ひとまずこのまま彼女を抱きかかえてどこか横になれる場所にでも寝かせて、この人が眠りから覚めたら詳しい事情を聞きつつ必要であれば家まで送り届けるという方向で動いて問題ないはずだ。
それでえーっと……確か、この区画の近くには百鬼夜行の中でも割と大きめの公園があったはずだ。
あそこのベンチであればこの人が起きるまで横にしておいても特に問題はないだろうし、少なくともこのままここで寝かせておくよりはマシなのは間違いないだろう。
さて、そうと決まればグズグズしてはいられない。
ただでさえ抱きかかえたことにより彼女から漂ってくる甘い香りが俺様の理性をガリガリと削りにかかってきているし、代謝が高いのか彼女の体からはとてもぽかぽかとした暖かな温もりが伝わってくる。
これ以上この人を抱きかかえていると俺様としても色々とマズいことになりかねないのは確実だ。
さっさと連れて行くに越したことはないだろう。
「くっ、とにかく急がねぇとな……!」
そう判断した俺様は彼女を抱えたまま踵を返し、公園へ向かって一歩足を踏み出そうとするが……
「んー……んぅ……」
突如、俺様の抱きかかえた女性が腕の中でもぞもぞと動いたかと思うと彼女は自分の両腕を俺様の背中へと回すとそのままその凶悪な体を俺様に押し付けて来た。
その瞬間、彼女の体温や程よく肉付きのいい柔らかな体の感覚が俺様にダイレクトに伝わってくる。
「っ!?!?」
「んー……えへへ……この抱き枕いいかも〜……」
あまりにも唐突な出来事に俺様は目を白黒させながらその場で狼狽えていると、俺様に抱きついてきた黒髪の女性は幸せそうな顔でそう言った。
どうやら彼女は寝ぼけて俺様の事を抱き枕か何かと勘違いしているらしいが……くっ、冗談じゃないぞ!?
「ちょ、ちょっと!?いきなり何を……!?」
「んぅ〜……こら暴れないの〜……むにゃむにゃ……」
流石にこの状況はマズいと思った俺様は彼女へ向けて大声を上げるがそんな俺様の声を聞いた彼女は少し不機嫌そうな声でそう言いつつ眉間にシワを寄せると、俺様の背中に回した腕に更に力を込めてきた。
ただでさえ限界が近いのに更にグリグリと押し付けられる彼女の凶悪な体に俺様は思わず彼女から手を離しそうになるが、ギリギリと歯を食いしばってそれを耐える。
くっ、意識するな……!無心だ……!百鬼夜行には心頭滅却すれば火もまた涼しと言うことわざがあるだろ……!
だからこの状況だって、意識しないようにしていればなんともない!そう、なんともないはずだ……!
「えへへ……あったかい……すぅ……」
(だぁーっ!無理に決まってんだろ畜生がぁ!!!)
くそ!ふざけんなよ!
こんなの意識しねぇ方が無理に決まってんだろ!
俺様は思春期の男子高校生なんだぞ!?
こんな露出度の高いダイナマイトボディの女性なんて見てるだけでも目に毒だってのに、その上運ぼうとしたら抱きつかれて意識しないなんて無理難題すぎるんだよ!
さっきから柔けぇものが当たってるしいい匂いはするし一体何の罰ゲームだよこれ!俺様が何をしたってんだ!
と言うか、この人もこの人だよ!
もしこれが俺様が寝ているのを良いことに邪なことを考えるやつだったら一体どうするつもりだったんだ!?
そりゃヘイローのあるキヴォトス人とヘイローのない俺様じゃ身体能力に天と地ほどの差があるから襲おうとしても簡単に返り討ちには出来るだろうけど、そういう問題じゃないだろ……!
(ちぃ……!)
あらかじめ宣言しておくと、俺様は決して彼女に対して邪な思いを抱くつもりは神に誓って一切ない。
とは言え、いつまでもこのままの状態で居るとそれこそ変な気を起こしかねないのは明らかだ。
何度も言うが、俺様は単なる思春期の男なのだから。
(くっ、無心だ……!無心だぞ俺様……!!)
俺様はその場でブンブンと頭を振って邪念を払い飛ばすと、硬直していた体全体に力を込めて足を動かす。
「むにゃむにゃ……くぅ……」
(あーくそっ!食べ歩きしてただけなのに、なんで俺様がこんな目に合わなきゃならねぇんだよ……!)
心の中でそう叫びつつ、幸せそうに俺様を抱き枕にしながら眠る露出度の高い格好をした黒髪の女性。
そんな彼女を抱えて、俺様は必死に彼女の体の感触や体温と戦いながら急いで公園を目指すのだった。
包容力ならタツミも負けてないぜ!