そして公式発表のエプロン姿のワカモの可愛さはヤバい
あれから少し時間が立った頃。
何故か家に侵入して俺様を出迎えてくれたワカモへカバンを預けて共にリビングへ向かった俺様はその場で万魔殿のジャケットを脱いで上着掛けに掛け、ネクタイを外していつも部屋で過ごす際のラフな格好になった。
そして、その後カバンをしまい終わったワカモに促されて彼女の作ってくれる料理が出来上がるのを待つためにテーブルに着席して待機をしているところだ。
「〜♪」
そんな俺様の目の前では、エプロンを付けたワカモが鼻歌を歌いながらキッチンに立っている。
彼女のよく手入れされている尻尾が左右にゆらゆらと揺れている辺り、相当機嫌がいい様子だ。
ちなみに、ワカモが料理をしてくれてる間に食器の準備を済ませておこうと思った俺様は彼女の後ろの食器棚から食器の類を取り出そうとしたのだが……
『ウフフ♡タツミさんはお仕事でお疲れでしょうから、お食事の用意は全てこのワカモにお任せ下さい♡』
と言うワカモの言葉に半ば強引に押し切られ、こうして大人しくテーブルに座って彼女の作っている料理が完成するのを待つことになったというわけだな。
別に食器を用意するくらいなら大した手間でもないんだけど、妙にワカモのセリフに有無を言わせない威圧感があったため渋々了承する羽目になった。
まぁ俺様も疲れていないといえば嘘になるので、ここは彼女の好意と言葉に甘える事にしよう。
「ウフフ♡タツミさん、もうすぐ出来ますからね♡」
「あぁ、ありがとう。」
……しかしなんだろう、この状況は。
家に帰ってきたらエプロンを付けたとびっきりの美人が俺様を出迎えてくれて、更にはお帰りなさいと言ってくれて甲斐甲斐しく世話を焼いてくれ、更にはこうして俺様の目の前で鼻歌を歌いながら料理を作ってくれている。
ワカモみたいなエプロン姿の美女が自分の部屋にいるだけでも現実離れしているのに、こんな男なら誰でも一度は夢見る状況に俺様は戸惑わずにはいられなかった。
けど……まぁなんだ。
こうしてるとなんだか本当に新婚さんみたいだし、俺様だってワカモがきちんと矯正局へ入って罪を償ってくれるなら本気で考えてやらないことも……
(って、ちがーうっ!)
そこまで考えて、俺様は頭をガシガシと掻きむしった。
待て待て何を考えているんだ俺様は!?
こいつはテロリスト……あの災厄の狐なんだぞ!?
そんな相手と結婚だなんて出来るわけがないし、と言うかそもそもまだ付き合ってすらいないだろうが!
(くっ、落ち着け俺様……!)
軽くため息を吐きつつ、改めて目の前のワカモを見る。
いつものヒラヒラとした黒い和服に白いエプロンを身に纏って料理をするワカモはどこからどう見ても美人な若奥様そのもので、時折浮かぶ笑顔は男を一撃でノックアウト出来るような可憐さと美しさを兼ね備えている。
その姿はまさに良妻、どこへ出しても恥ずかしくない理想のお嫁さんそのものと言ってもいいだろう。
……もっとも、これが普段は趣味で街を1つ簡単に消し飛ばすようなテロリストでなければの話だが。
(……はぁ、これで相手がテロリストじゃなきゃなぁ。)
ため息を吐き出し、心の内でそう呟く俺様。
これがもし指名手配されている犯罪者相手じゃなければ俺様はそれはもう舞い上がっていた自信があるが、ワカモがテロリストだと言う事実が待ったをかけていた。
まったく、こいつも見てくれは美人揃いのキヴォトスでも上から数えた方が早いくらいには良いんだから大人しくしていればそれこそ引く手数多だろうに。
繰り返すようだけどワカモは見た目はキヴォトスでもトップレベルの美人だし、性格だってその破壊衝動さえ除けば意外と律儀で真面目な部分のあるやつだ。
受けた恩は返すし、なんだかんだで周りのことを心配してやれる良心だって持っている。現に今だってこうして俺様のことを労ってくれているわけだしな。
趣味の破壊活動さえ抑えることが出来れば、彼女ならどんなすごい男でも選び放題なのは間違いないだろう。
(……)
ワカモは俺様の事を好いてくれている。
それはとても嬉しいし、ありがたいことだと思う。
だけどさっきも言ったが正直ワカモなら俺様みたいな自他ともに認めるシスコンな事くらいしか取り柄のない男なんかよりも、もっといい男を捕まえられるだろう。
そのくらい、テロリストであると言う一点さえ除けばワカモはこれ以上に無いほどのいい女性なのだから。
……でも。
(それは……なんか……)
嫌だなぁ……と。
そう、思ってしまった。
その瞬間、突然喉の奥に出現した何かが突っかかっているかのようなモヤモヤとした得体の知れない感覚。
(ちっ、なんだってんだ……)
その不愉快な感覚を誤魔化すように、俺様は手元のコップを手にとってその中の水を一気に煽る。
よく冷えた水が、俺様の思考と胸につっかえている不愉快な感覚を少しだけクリアにしてくれた。
「ぷはっ……!」
息を吐きながら空になったコップをテーブルへ置いた俺様は、そのまま再びワカモへと目をやる。
そこには尻尾をゆらゆらと揺らしながら、ワカモが出来上がった料理を食器に盛り付けている姿があった。
そんなワカモの姿を見た瞬間、先程まで胸につっかえていた不快感は綺麗さっぱりと無くなっていく。
(くっ……なんだなんだこれは……)
得体の知れない感覚に俺様は首をひねる。
まさか連日の激務がたたってとうとう体調を崩して熱でも出てしまったのだろうか……?
確かにワカモは俺様のライバルだし、こいつを矯正局へブチ込むのは俺様の役目だと自負もしている。
だけどワカモが他の男と仲良くするのは……なんか嫌だ。
(……なーんて、そんなの傲慢すぎるよな。)
「ウフフ、お待たせいたしましたタツミさん♡」
そんな事を考えていると、どうやら料理を作り終えたらしいワカモが俺様の目の前に出来立てて湯気を立てる料理をどんどんと並べていく。
その言葉にハッとした俺様は慌てて背筋を伸ばすと、目の前に並べられた料理へと目を向ける。
(おぉ……こいつは壮観だな。)
テーブルに置かれている料理に目を落としながら、俺様は心の中で思わずそう呟いた。
そこには白米、味噌汁、肉じゃが、ほうれん草のおひたし、そしてヒヤヤッコにきゅうりの浅漬等など……前世が日本人だった俺様にとってはどこか懐かしく、それでいてとても美味そうな料理がズラリと並べられている。
特にこの肉じゃがなんて上質な肉を使っているのか肉の脂の甘い香りが漂ってくるし、じゃがいもやにんじんがゴロゴロと入っており栄養バランスもバッチリだ。
それ以外の料理も全て例に漏れず美味そうであり、ワカモが気合を入れて作ってくれたことが伺える。
(すげぇ、こんなの滅多にお目にかかれないぞ。)
その美味そうな料理の数々に俺様は心の中でそう呟く。
見た目こそはちょっと豪華な日本の食卓の夕飯と言った感じだけど、前世が日本人である俺様にとっては目の前に並べられた料理はとても食欲をそそるものだ。
流石は百鬼夜行出身のワカモと言ったところだろうか。
少なくとも、これほど美味そうな和食を俺様はこのキヴォトスに来てから初めて見たかもしれない。
「さぁタツミさん、たくさん召し上がってください♡」
「あぁ、ありがとうワカモ。いただきます。」
俺様の正面に座り満面の笑みを浮かべるワカモの言葉に従って食前の挨拶をした俺様は、まずは箸を手にとって湯気を立てる味噌汁の入った椀を手に取った。
そのまま椀を口元へ持っていき、数回ふーふーと味噌汁に息を吐きかけながらゆっくりと啜る。
「おぉ、うまい!」
ワカモが作ってくれた出汁のきいた味噌汁はとても優しい味がして、前世でよく飲んでいたインスタントの味噌汁とは比べ物にならないほどに美味かった。
俺様は思わず顔をほころばせながら、今度は肉じゃがへ箸を伸ばして口へと運ぶ。
「ん、これもうめぇ!」
恐らく相当前から煮込んでいたのだろう、味のしみにくいにんじんにもしっかりと味が染み込んでいる。
それでいて煮崩れしやすいじゃがいももしっかりと形を保っている辺り、もしかするとワカモは愛清先輩や朱城会長に匹敵するほど料理上手なのかもしれない。
そんな事を思いながら、俺様は話すことも忘れて無我夢中でワカモの作ってくれた料理を食べていく。
「ウフフ♡お代わりもありますから、ゆっくり食べてくださいねタツミさん♡」
そんな俺様を嬉しそうな笑顔を浮かべて見つめながらワカモは優しい口調でそう言った。
ワカモの作ってくれた料理はとても美味いと同時に、彼女からの俺様への気遣いを感じられるものだ。
例えばこの肉じゃが。
普通肉じゃがと言えば牛肉を使って作るのが一般的だけど、この肉じゃがには豚肉が使われている。
豚肉と言えばビタミンB1と言う疲労回復に抜群に効果のある栄養素を豊富に含む食材であり、更ににんじんに含まれるビタミンAは目の疲労に効果のある成分だ。
普段から業務でゲヘナや他校を駆け回り、万魔殿で書類とにらめっこをしている俺様にとってはまさに今一番欲している成分と言っても過言ではないだろう。
更にこの小鉢のほうれん草のおひたし。
ほうれん草には鉄分、ビタミンCと言った人間に必要不可欠な栄養素が豊富に含まれている食材だ。
それをワカモは食べやすいように上からかける醤油を甘めにすることでほうれん草特有のエグさや苦みを打ち消してくれており箸休めに最適な一品に仕上がっている。
そして、何よりも極めつけはこの味噌汁。
味噌汁は前世から結構好きな料理の一つであり、アレンジが無限大だからこそ味も家庭によって違うくらい十人十色な料理なのだが……
その……ハッキリ言うと、ワカモの作ってくれた味噌汁はめちゃくちゃ俺様好みの味だった。
中に入っている具はわかめ、豆腐、油揚げとシンプルながらしっかりと出汁と味噌の風味が効いている。
出来ることなら毎日この味噌汁を飲めたら最高だろうなぁと思うくらい、彼女の味噌汁は美味かった。
全体的にあっさりとしつつも、メインの肉じゃがは食べ応え抜群だし箸休めのほうれん草のおひたしやヒヤヤッコも醤油にアレンジが加えられている。
その優しくて控えめながらもしっかりと主張する所は主張してくる味付けにワカモからの気遣いや優しさを感じながら、俺様は箸をひたすら動かしていく。
そのあまりの美味さに、俺様は一口食べるごとに疲れた体が癒されていくような感覚を覚えていた。
「ウフフ♡お口に合ったようで何よりです♡」
「おう!めっちゃ美味い!こんなに美味い和食を食ったのは生まれて初めてかもしれないぞ!」
ワカモの言葉に、俺様は自分でも自覚できるくらいの満面の笑みを浮かべながら興奮気味にそう言った。
明らかに栄養バランスを意識しているメニューの数々に感心するとともに、そのメニュー選びから彼女の俺様の事を労ってくれる気持ちが本物であることを感じながら俺様はニコニコしながら料理を頬張る。
とても懐かしい、前世の故郷の味。
その味にワカモが作ってくれた……いわゆるワカモの味の加わった彼女の手料理は、それはもう美味しかった。
「まぁ、なんと勿体ないお言葉……♡百鬼夜行のものがお口に合うか不安でしたがそれ程までにお気に召していただけたのならこのワカモ、感無量ですわ♡」
「あぁ、実は百鬼夜行へはよく食べ歩きで行ってるんだよ。それにあそこの料理は俺様は好きだからな。」
「あらそうだったのですか。百鬼夜行以外の学校の出身の方は味噌汁などを見ると目を丸くされる方が多いのですが道理でタツミさんが動じないわけですね♡」
まぁ前世が日本人だから和食が舌に馴染むってのはあるんだろうけど、それを抜きにしてもワカモの作ってくれた料理はどれもこれも料亭で出てきても何らおかしくないレベルのものだからな。
しかも味に加えて俺様の体のことを気遣った食材を使ってくれているんだから、美味くないはずがないだろう。
「ウフフ♡しかし、普段はあれほど凛々しいタツミさんもこう見るとやはり年相応の男の子なのですね♡」
「……は?どういう意味だよ?」
「いえ、随分と美味しそうに私の料理を食べてくださるものですから……年頃の殿方はたくさんお食事を食べると聞いたことがありますのでその通りだと思いまして♡」
「う、うるせぇな!悪いかよ!仕方ねぇだろ、お前の料理がめちゃくちゃ美味いんだから……」
俺様は子ども扱いされた事に少しむっとしながら、抗議をするようにそう声を上げる。
……もっとも、最後の方は少し恥ずかしくて尻すぼみになってしまったけれども。
「まぁ♡ふふ、ありがとうございます♡このワカモ、嬉しすぎてどうにかなってしまいそうですわ♡」
その言葉を聞いたワカモは頬を赤く染め、手の平を頬に当てながらその場でくねくねと体を動かす。
「それにしても貴方に私の事をこんなにも素直に褒めて頂けるとは明日は雨でも降るのでしょうかね?♡」
「おまっ……褒め言葉くらい素直に受け取っとけよな!」
「ウフフ、冗談ですよ♡」
いや、お前の冗談は冗談に聞こえないんだっつーの。
「もしタツミさんさえよろしければ、毎日こうしてお夕飯を作って差し上げても良いのですよ?♡」
「いや、流石に毎日はマズいだろ。今日は運よく誰にも見つからなかったから良かったがもし誰かに……特に風紀委員会辺りにでも見つかったらどうするつもりだ?」
「あら、そんなもの決まっているではありませんか。私とタツミさんの憩いのひとときを邪魔するのであれば例え誰が相手でも容赦なくなぎ倒すまでですわ♡」
「おいやめろお前!頼むからこれ以上俺様の胃痛の種を増やさないでくれマジで!」
頬に手を当ててふにゃふにゃの笑顔でそんな事をのたまうワカモに、俺様は大声を上げながら抗議をした。
そ、そりゃ俺様だってこのメシが毎日食えるってのは魅力的だと思うけど……それでも、もしもこいつと風紀委員会がゲヘナで鉢合わせなんてしてみろ。
即座にその辺の建物が木っ端微塵になって、辺り一面が火の海になるに決まっているだろう。
と言うか、もはやこんなこと言うまでもないけどゲヘナは誰も頼んでもないのによくもまぁ毎日毎日飽きずに不良どもが建物や道路を爆破するような場所なんだぞ。
ただでさえぶっ壊れた建物の修繕費や道路の復校費を捻出するために頭を悩ませているのに、これ以上面倒事を持ち込まれるのは勘弁して欲しいんだけど。
「と言うか、平然となぎ倒すとか言ってるけどもし空崎委員長とでも出くわしたらどうするつもりだお前!?」
「ウフフ♡私は将来貴方の妻になる女なるのですから、愛する夫に会いに行くためならその程度の相手など障害にもなりませんわ♡」
そりゃお前の強さは他ならぬ俺様がよく知っているけども、空崎委員長とタイマンを張るってなると流石のワカモとは言えいくらなんでも苦しいと言わざるを得ない。
俺様だってゲヘナ内じゃ流石にお前の味方をしてやるわけにも……ってそうじゃなーいっ!!!
「あーもう!だから何で俺様とお前が夫婦になること前提で話を進めてんだよ!百歩譲ってそうだったとして、旦那がやめろって言ってんなら辞めてくれよな!」
「ウフフ♡愛の力は無限大ですよタツミさん♡」
「おい人の話聞いてんのかてめぇコラァ!?お前さっき俺様を癒しに来たとか言ったよな!?だったら現在進行系で疲れさせてんじゃねよこのバカ狐!!!」
……やっぱり、俺様とワカモはこういうやり取りをしている方が似合っているのかも知れないな。
最初の方はムカついて仕方のなかったこのやり取りも、今ではどこか心地良い……そう思っている俺様が居た。
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「ふー……いやー食った食った。ごちそうさまでした。」
「はい、お粗末様でした♡」
結局、あの後も顔を赤くしながら妙なことをのまたうワカモにツッコミを入れながら彼女の作ってくれた料理を残らずに平らげた俺様は大きくなった腹をさすりながら食後にワカモの淹れてくれた温かい茶を飲んでいた。
「ウフフ♡まさかあれほどたくさん作った料理を全て食べてくださるとは……嬉しいです♡」
そんな俺様を見てニコニコと笑顔を浮かべながら、ワカモは再びキッチンに立って今度は俺様の使った食器をカチャカチャと音を立てながら洗っている。
そんなワカモを腹がいっぱいになってボンヤリとした思考で見つめつつ、俺様は口を開いた。
「そりゃ人が作ってくれた物を残すのは悪いだろ?それに量が多いっつてもメインは肉じゃがだったからな。味も濃くないから食べやすいものだったし、確かに腹はパンパンだけど別に問題はないぞ。」
「あら、食べきれないのであれば無理をしなくても良かったのですよ?タッパーに入れて冷蔵庫へ保管しておけばまた後日食べることも出来ますし。」
「それはそうだけど……しょうがないだろ、お前の料理が本当に美味いからついつい食いすぎちまったんだよ。」
そんなワカモの言葉に、俺様は頬をポリポリとかきながら照れくさい気持ちを誤魔化すように茶をすすった。
緑茶独特の苦みとほのかな甘さが口の中に広がり、俺様の赤くなった顔を少しだけ元へ戻していく。
そりゃそうだ。
いくらちょっとばかし量が多かったとは言えあの料理はワカモが俺様のために作ってくれた料理なんだぞ。
メニューは俺様の疲労の回復に効く食材をふんだんに使っていて味も最高で、更には疲れている俺様でも食べやすいような優しい味付けにまでしてくれていたんだ。
それに……ワカモがわざわざ俺様のために危険を顧みずここまで来て料理を作ってくれたということが、俺様は何よりも嬉しかったからな。
ならば、残すなんて選択肢は無いに決まっているだろう。
「ありがとうワカモ、本当に美味かったよ。」
「ウフフ♡はいっ、満足していただけて何よりです♡」
俺様がそう言うと、洗い物が終わったらしいワカモが俺様の正面に座りながら笑顔を浮かべてそう言った。
ふぅ、しかし我ながらよく食ったもんだ。
ワカモの美味しくて気持ちのこもった料理をたらふく食べて満足感と幸福感を得た俺様は、目の前でニコニコとした笑みを浮かべるワカモを見つめながら茶をすする。
うん、やっぱり緑茶は美味いな。優しい味がするぜ。
「……あ、そうだ。」
そんな感じでワカモとのんびりしながら茶を啜っていた俺様は、そう呟くとおもむろにポケットへ手を突っ込んでその中に入っていた財布を取り出した。
それを見て一体どうしたのかと言いたげな視線でこちらを見つめてくるワカモをよそに、俺様は財布の中から2万クレジットを取り出すとそれをワカモの前に置く。
「……?タツミさん、このお金は一体?」
「ワカモ、こいつは今回使った材料の材料費だ。取っておいてくれ。あ、もし少ないなら言ってくれよ?」
そして、俺様は困惑するワカモをよそにクレジットを指でトントンと軽く叩きながらそう言った。
「……気持ちは嬉しいですがこのお金は受け取れません。今日私はタツミさんを癒すためにここへ来たのです。見返りを求めているわけではありませんし、強いて言うならタツミさんが笑顔で私の料理を食べてくださったことが私にとっては充分な見返りですからね。それに少ないだなんてとんでもない、今回使った材料費はこのお金の半分にも満たないものですから。」
そう言うと、ワカモは目の前に置かれたクレジットを俺様へ突き返してくるが……そのクレジットをもう一度ワカモへ突き返しながら、俺様は口を開いた。
「いや、こいつは受け取って欲しいんだ。こんな事を俺様の口から言うのもなんだけど……お前はテロリスト。つまりヴァルキューレや賞金稼ぎから追われている身だ。日々自分の身を守るだけでも精一杯だろうよ。」
……まぁその割にはしょっちゅう破壊活動をしたり、俺様に勝負をふっかけてきていて結構余裕な気がするけども今はそんなことはどうでもいい。
「そんな中でお前は俺様に料理を作るために、自分の身の危険を犯してスーパーで食材を買ってくれた上でゲヘナへ忍び込んだんだろ?道中正体がバレる危険だってあったはずだぞ。なら、そんな俺様のために自分の身を顧みず尽くしてくれた相手に色を付けて材料費を払うことくらいは構わないんじゃないか?」
俺様は真剣な目でワカモの目を真っ直ぐに捉えつつ、キッパリとそう言いきった。
そして更に言えば、こいつの正体は災厄の狐。キヴォトスの矯正局から脱出した七囚人のひとりだ。
そんな奴を雇ってくれる場所なんてそれこそこの前のヘルメット団みたいなチンピラ集団くらいだろうし、こいつは日々の資金繰りにきっと苦労していることだろう。
そんな苦しい懐事情にも関わらず、自分の正体がバレる可能性のある危険な行動を犯してでもこいつは俺様のために料理を作りに来てくれたんだぞ。
ならばその行動には礼を言ってしかるべきだし、むしろこのくらいしか出来ない事が申し訳ないくらいだ。
テロリストを相手に何を言っているんだと言われるだろうけど、俺様は受けた恩は必ず返す人間だ。
それは相手がテロリストだろうが例外ではない。
それに、ワカモは今回俺様が疲れている事を気にかけて料理を作って労ってくれたんだ。
災厄の狐ではなく、狐坂ワカモと言う1人の女性として。
その純粋で真っ直ぐな思いは俺様には伝わったし……何よりも、その気持ちはものすごく嬉しかったからな。
「だから、このクレジットは俺様からの礼だと思って遠慮なく受け取ってくれ。」
「タツミさん……ですが……」
「それに付き合いの長いお前なら俺様の性格は知ってるはずだぜ?俺様がこうなったら、テコを使ってでも動かない自分の意思を貫き通す頑固者だってのは。」
「……ウフフ、そうでしたわね♡」
ワカモは難しそうな表情をしながらこちらを見つめていたが、俺様の言葉を聞くとやがてニコリとした笑顔を浮かべながらテーブルへ置かれたクレジットを手に取る。
「わかりました、このお金はタツミさんからのお礼ということでありがたくいただきますね♡」
「おう気にすんな、遠慮なく受け取ってくれ。」
ワカモは嬉しそうに微笑みながらそう言うと、おもむろに懐へ手を突っ込んでゴソゴソとその中をまさぐる。
そしてやがて懐から可愛らしい花柄のポーチを取り出したワカモは、その中へ俺様から受け取ったクレジットを大切そうにしまい込んだ。
そんな彼女を見ながら、俺様はうんうんと頷きながら再びコップを手にとって緑茶を一口啜った……瞬間だった。
「……ところで、タツミさん。」
突如ワカモはそれまで浮かべていた柔らかい笑顔から難しい顔へと表情を変化させると、いたって真剣と言った感じの声色でそう言葉を発してきた。
彼女の口から出た言葉を聞き、この場の空気がほんわかとした物から一気に緊張感のあるものへと変わる。
「……どうした?」
俺様はいきなりの事に困惑するが、ワカモの真剣な表情を見ると気を引き締めて彼女の顔を見据える。
そんな俺様の視線を正面から受け止めたワカモは、真剣な視線をまっすぐ俺様へぶつけながら口を開いた。
「以前、タツミさんがアビドスの方々や先生と赴いていたリゾートで私と共にあの忌々しいFOX小隊の面々と戦闘を行ったのはもちろん覚えていますよね?」
あまりにも予想外の言葉がワカモの口から出てきた事に俺様はビクリと肩を跳ねさせるが、落ち着いて一呼吸置いてから言葉を絞り出した。
「……あぁ、嫌ってほど覚えてるぜ。」
FOX小隊。
リゾートで襲撃を掛けてきた俺様の命を狙う元SRTの特殊部隊にして、連邦生徒会内部にて七神代行を始末してクーデターを引き起こそうと考えている黒幕の手駒だ。
ワカモと同じで、狐耳と狐の尻尾を持った女の子のみで構成された部隊である彼女達の事を忘れるわけがない。
なんせ、俺様は今でも現在進行系で連中に命を狙われている真っ最中なんだからな。
「で、そのFOX小隊がどうかしたのか?」
俺様はワカモの淹れてくれた緑茶を一気に飲み干すと、軽く息を吐きながら彼女へそう疑問を投げる。
ワカモはFOX小隊が俺様を襲撃して来たあの場にて共に戦ってくれて、更にその時のやり取りを隣で見ているから今回の一件に関しては俺様の口からしか状況説明をしていない先生や七神代行よりも詳しい人間だ。
そんなワカモの口から、FOX小隊の事が出たとなると……
十中八九、FOX小隊絡みの事で何か新しい情報でも掴んだと見るのが自然だろう。
「はい。単刀直入に申し上げると……あれから事情を知った私も時間があるときに陰ながらFOX小隊やその裏に居る黒幕の事を調べていたのですが、その件に関して新たな情報を掴んだと言ったところでしょうか。」
そう考えた俺様はワカモの言葉を待っていると、彼女の口から語られたのはやはり俺様の想像した通りの言葉であった。
よくよく考えたらワカモはどこの組織に所属しているわけでもないから比較的フリーに動けるわけだし、独自に調査をするにはうってつけの立場の人間だ。
そんな人間からの情報となれば精度も期待できるだろうし、めちゃくちゃありがたい。
「……ワカモ、それは本当か?」
「えぇ。本来はその事をタツミさんにお伝えするためにゲヘナへとやって来たのですが、タツミさんがあまりにもお疲れな様子だったため急遽予定を変更させていただいた……と言う訳ですね♡」
「……そりゃお気遣いどうも。」
顔を赤くしながら恥ずかしそうにそういうワカモに対して、俺様は若干ジト目を向けながらそう言った。
「と言うか、お前の方でも動いてくれていたんだな。」
「ウフフ♡当然です♡タツミさんを壊して良いのは他ならぬこの私だけですからね♡それ以外の薄汚い女どもにタツミさんに手を出させるわけには行きませんので。」
「……はは、そうか。」
少し感情が昂ぶったように若干前のめりになってまくしたてるようにそう発言するワカモ。
彼女の黄色の瞳には怒りや嫉妬の炎が宿っており、ギラギラと輝いている。
そんな彼女の瞳を見て……どうしてだろうな。
俺様はそれ程までにワカモが俺様の事を想ってくれている事に、どうしようもなく嬉しくなってしまった。
……やっぱり、今日の俺様は疲れているのかもしれない。
「じゃあ……教えてもらえるか?お前の掴んだ新しい情報とやらを。」
「はい、もちろんです。」
俺様が気持ちを切り替えて真剣な表情を浮かべてそう言うと、同じく真剣な表情を浮かべながらこちらを真っ直ぐに見据えながら力強い口調でそう言葉を紡ぐワカモ。
そして、俺様は彼女の口から語られるFOX小隊に関しての新しい情報について耳を傾けるのだった。
次回もワカモ回です