月日が立つのは早いですね……
ワカモの作ってくれた夕食を食べ終え、程なくして彼女の口からFOX小隊に関する新しい情報を掴んだと聞かされた俺様は真剣な面持ちで正面に座っているワカモの口から言葉が放たれるのを待っていた。
「……それで、新しく掴んだFOX小隊の情報ってのは?」
「はい。実は今から少し前にいつものように街で破壊活動をして居るとき、たまたま何やら工作をしている最中だった様子のFOX小隊と鉢合わせをしたのです。」
俺様の問いかけにいたって真剣な言葉を紡いでいくワカモの言葉に俺様は静かに耳を傾ける……が……
……えっと、これはどこから突っ込めばいいんだ?
「おい、ちょっと待てワカモ。」
「……?どうかいたしましたかタツミさん?」
「俺様の聞き間違いじゃなきゃ、今さらっと破壊活動っつったかお前。」
「え?はい、言いましたがそれがなにか……?」
「それが何か?じゃねぇよこの超ド級のバカが!何息をするように街を一つ火の海にしてんだお前は!?」
まるで当たり前かのように平然とそう言うワカモに対して、俺様は大声を上げながら机を叩いて立ち上がる。
「ウフフ♡ご安心下さいタツミさん。貴方のお仕事を増やしてはいけないと思い、ゲヘナ校区内での破壊活動は最近一切しておりませんので♡」
「そういう意味じゃねぇよこのバカ狐!俺様は破壊活動そのものをすんなって言ってるんだっつーの!ゲヘナ学区外でもダメに決まってんだろ!」
くっ……もう既に情報力が多すぎて頭がパンクしそうなんだが……と言うか、息をするように街を一つ消し飛ばしてんじゃねぇよこのイカれたテロリストがよ……!
流石はワカモ、伊達に災厄の狐なんて呼ばれているテロリストではない……って感心してる場合かぁっ!!!
「……はぁ、もういい。」
俺様はその場でしばし頭を抱えた後、特大のため息を吐きながら椅子へ腰を下ろした。
どうせ俺様が何を言ったってこいつは趣味の破壊衝動を辞めるつもりはないんだ、なら俺様がここにこいつに何を言ったところで暖簾に腕押しなのは間違いない。
こいつの破壊活動の件ついては後でボコボコにしばくとして、今はFOX小隊の情報を聞くことの方が先決だ。
つーかワカモの話によるとFOX小隊は何やら工作をしていたって言ってるけど……まぁ、大方黒幕に言われてコソコソ裏で工作をしていたってところだろうか?
「……話の腰を折って悪かったな、続きを頼む。」
「ウフフ♡分かりました。それで当然彼女達とはその場で戦闘になりましたが、まともにやり合うと数的不利もあって苦しいと判断しましたので適当に煙に巻いて逃走したのですが……そのときに彼女達がを通信しているらしき話し声の中に少し引っかかる単語が出てきまして。」
「引っかかる単語だと?」
俺様が首を傾げると、難しい顔をしてそう言うワカモの口から続けて言葉が放たれる。
「はい。タツミさんは防衛室をご存知でしょうか?」
「……っ!」
その言葉を聞いて、俺様は目をカッと見開いた。
連邦生徒会防衛室。
不知火カヤ防衛室長が長を務める、キヴォトスの防衛や安全を守るために軍事的な業務を行っている部署だ。
「……防衛室の名前がFOX小隊から出てきたのか?」
「はい。私が逃走を図る際に彼女達は指示を仰ぐためでしょうか?トランシーバーにて追撃の許可をもらう通信をしていたのですが、その際に防衛室と言う単語を口にしていました。彼女達には連邦生徒会を襲撃した前科はありますが、仮に再度襲撃の計画を立てていたとしても私と交戦中にそのような事を言うはずがありません。その事を考慮すると、防衛室という単語は通信相手との会話で出てきた可能性が極めて高いでしょうね。」
神妙な顔でそういうワカモに対して、俺様は腕を組みながら彼女を言葉を黙って耳に入れていく。
……確かに、連邦生徒会の防衛室と言えば元々キヴォトスの治安を守るためにヴァルキューレ警備局等の軍事的組織と関わりの深い部署だしそう考えれば連邦生徒会長お抱えのエリート部隊であるSRTと何らかの関係があっても何らおかしな話ではないだろう。
であれば、SRTの生徒であるFOX小隊に指示を出して動かすことも不可能な話ではない。
ワカモの言葉を聞く限りFOX小隊が俺様達の詮索を撹乱するために撒いたブラフという線も考えにくいし、信憑性はかなり高い情報と言って良いはずだ。
とは言え、防衛室と言うのはさっきも言ったがその名の通りキヴォトスの防衛を行い治安を守るための組織だ。
そんな本来なら市民の安全を守るための組織と今のFOX小隊が関わっているとは思いたくはない。
けど……不知火防衛室長。
彼女と初めて会った時に感じた、あの得体の知れない違和感……ワカモの言葉を信じるのであれば決して無視できるものでは無いだろうな。
「恐らく彼女達は私と会敵することは想定外だったのでしょう、かなり慌てた様子でトランシーバーに手をかけていましたから。最もそのおかげでこちらとしては彼女達から情報を抜き取る事ができたのですけれどもね♡」
「……ったく、お前は本当に抜け目のないやつだな。」
「あら、それは褒め言葉と言う事でよろしいのでしょうか?♡」
「バーカ、そんなわけないだろ。」
口元に手を当てながらくすくすと笑うワカモに、俺様は苦笑しながらそんな言葉を返す。
「しかしみすみす敵に情報を与えるなど……私を逮捕した時の彼女達はもっと強敵でしたのに、殺人任務などに手を染めておかしくなってしまったのでしょうかね。」
そう言うと、ワカモはどこか少しだけ寂しさが混ざったような複雑な表情を浮かべて苦笑する。
そう言えば今まですっかり忘れていたけど、FOX小隊は一度破壊活動中のワカモに勝負を仕掛けて勝利しこいつを矯正局へブチ込んだ実績があるんだったよな。
根っこがわりと戦闘狂な部分のあるワカモにとって、かつて自分を打ち負かしたことのある敵がこうも自分を見失っている姿を見るのは複雑なのかもしれない。
「それは分からないが……まぁ、仮にもSRTの特殊部隊である連中が敵の前で迂闊に情報を漏らすのは余裕のない証拠ではあるだろうな。」
「……ウフフ。いくら脅されているとは言え、一度私を打ち負かしたことのある彼女達があのように落ちぶれていくさまを見ていると……この私が一度は未熟者に負けてしまったようで腹が立って来ますわね。」
そう言いつつ、ワカモは苦虫を噛み潰した表情を浮かべながら淡々とした口調でそう吐き捨てる。
口こそ悪いが、根は優しい部分のあるワカモのことだ。
今の言葉は……もしかするとだけど、かつての強敵だったFOX小隊を想ってのことなのかも知れないな。
「……ですので、今度はその逆。私が彼女達を打ち負かして矯正局へ叩き込んで差し上げましょう。タツミさんに手を出した罪はしっかり精算していただきますわ。」
……いや、やっぱり違うかもしれないなこれ?
鬼のような形相を浮かべ、ギラギラとした怒りを目に宿しながら少し苛立ちのこもった口調でそう言うワカモを見ながら俺様は冷や汗をかきつつ心の中でそう呟いた。
「それはともかく、FOX小隊が防衛室という言葉を口にしていたのは事実です。ですので防衛室……ひいては、そこの長である不知火カヤ……彼女には充分に注意しておいたほうが良いでしょうね。」
「……あぁ、そうだな。分かった、ありがとうワカモ。」
真剣な表情でそう言うワカモに対して、俺様もまた同じく真剣な表情を浮かべながら首を縦に振った。
連邦生徒会防衛室室長、不知火カヤ。
この前会った時は常にニコニコしていて俺様が毎日激務をしていることを気遣ってくれたし、徹夜の多い七神代行の事をいつか倒れるんじゃないか……とハラハラしながら心配しているいい人という感じの先輩だった。
俺様に対して「客人は盛大にもてなすのが私のモットーですから」と言って高級なお茶と茶菓子も出してくれたし、彼女も彼女で失踪した連邦生徒会長の尻拭いのため日夜頑張っている努力家な人との印象を受けたものだ。
流石にこれだけの情報で彼女を黒幕だと断定するのは早計だけど、防衛室の性質やワカモの証言を合わせて考えると……心苦しいが彼女を疑わざるを得ないだろう。
当然だけど、あんないい人が人殺しを平然と指示したり連邦生徒会の襲撃を命じるような残虐で狡猾な黒幕のような人間だとは思いたくない。
けど……彼女と初めて会った時のあの得体の知れない背筋が凍るような違和感に、今回のワカモの証言を合わせて考えると彼女が黒幕である可能性は確実にある。
もちろん俺様の仮説が間違ってる可能性はあるから引き続き他の幹部も疑う必要はあるが……今後は重点的に防衛室や不知火防衛室長に探りを入れる必要がありそうだ。
あとで七神代行にモモトークを送っておくとしよう。
……もちろん、ワカモのことは伏せてだがな。
「……タツミさん、1つよろしいでしょうか?」
俺様が頭の中でそう考えていると、突如正面に座っているワカモが先程までとは違って真剣な表情を浮かべながらそう声を掛けてきた。
「ん?どうした?」
「いえ、その……今回の件なのですが、タツミさんの所属している万魔殿の方々には伝えたのですか?」
「……え?」
突如ワカモの口から放たれた、俺様の予想外の言葉。
その言葉を聞き俺様は間の抜けた声を出すが、すぐにハッとなるとその場で目を見開いた。
『何か悩みがあるなら私達を頼ってくださいね?』
ワカモ言葉を聞き、昼間に棗先輩から言われたそんな言葉が俺様の頭の中に思い浮かんで来る。
「……いや、みんなには今回の事は伝えてねぇよ。」
俺様は頭をゆっくりと横に振って苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、絞り出すような声でそう言った。
「……それは何故です?」
「決まってんだろ、万魔殿の皆を……そして何より可愛い妹であるイブキを危険に巻き込みたくないからだよ。」
何故か眉をひそめながらそう言ってくるワカモに対して俺様は淡々とした口調でそう答える。
……昼間も言ったと思うけど、恐らく万魔殿の皆は事情を話せばなんだかんだ言いつつ今回のFOX小隊との一件で黒幕を炙り出すことに対して協力してくれるだろう。
しかし、同時にそれは彼女達を俺様の都合で危険に巻き込んでしまうと言う事を意味しているからな。
さっきも言ったけど、皆を危険に巻き込むわけには行かない。悩みがあれば話せと言ってくれる皆には本当に申し訳ないけど……それだけは何があってもダメなんだ。
それに……俺様は万魔殿の議長代理だ。
だったら、万魔殿のみんなを守る義務があるからな。
「……薄々そうではないかと思ってはいました。心優しいタツミさんのことですから、今回もきっと近しい人達には事情を離さずに1人でFOX小隊や連邦生徒会内に潜む黒幕に立ち向かうつもりなのだと。」
「……うるせぇな。余計なお世話だっつーの。」
困ったような笑みを浮かべながらそういうワカモに対して、俺様はぶっきらぼうにそう言葉を返した。
さっきも言ったけど、イブキや万魔殿の皆を俺様の都合で危険に巻き込むわけには行かないんだ。
「ですがタツミさん。このような事を私が言うのは差し出がましいのは重々承知の上ですが……私は今回の件、万魔殿の皆さんには事情を明かすべきだと思いますわ。」
「……なんだと?」
ワカモの口から放たれた言葉を聞き、俺様は眉をひそめる。
「おいおい理由なら今話したはずだぞ?二度も言わせんな、俺様は皆を危険な事に巻き込みたくないんだよ。そりゃ事情を明かせば協力はしてくれるだろうけど、それは同時に黒幕やFOX小隊から命を狙われることにもなるんだぞ?そんな危険な真似は出来ねぇよ。」
「……それでも、私は事情を明かすべきだと思います。」
俺様はキッパリとした口調でそう言い切るが、それでも尚ワカモは俺様の言葉に食い下がってくる。
「いいですかタツミさん。貴方はFOX小隊から自衛をしているつもりでも、いつどこからFOX小隊が襲ってくるかは現状不明なのですから無防備な所を突かれる可能性もあります。隙を見つけて強襲されてしまってはひとたまりもないでしょう。」
……確かにそれはそのとおりかもしれない。
現状俺様は音声記録で黒幕を脅しちゃいるけど、就寝中や入浴中みたいな俺様が無防備な時間を狙ってFOX小隊が襲撃を掛けてくる可能性もゼロではないからな。
「出来ることであれば私が常にお側で貴方を守って差し上げたいですがそうも言っていられないのが現状……タツミさんのお側に私以外の女がいるのは癪ですが、万魔殿の皆さんに事情を明かせば少なくともタツミさんの身の安全は大幅に強化されるでしょう。」
そうだな、ワカモの言うことにも一理ある。
現状俺様はFOX小隊の襲撃を警戒しながら動いているけど、どうしたって1人では限界があるのは理解している。
ならば万魔殿の皆に事情を明かして、一緒に事態の解決に当たれば互いに何かあった時にすぐに守るために駆けつけることが出来るし、お互いがお互いを気にかけていればFOX小隊だってそう簡単に強襲は出来ないはずだ。
それは分かっている……だけど……
「確かにそれはお前の言うとおりだと思う。だが例えそうだとしても……俺様は万魔殿の皆に事情を明かすつもりはねぇ。」
ワカモの事を真っ直ぐに見据えながら、俺様は淀みない口調で変わらない意思を突きつける。
「タツミさん……」
「……お前が俺様の身を案じてくれているのは分かっているし、それは素直に嬉しいよ。けど、何度だって言うけど俺様は今回のことを皆に話すつもりはない。この意思だけは何をどうやっても曲げるつもりはねぇぞ。」
そう、ワカモが俺様の事を心配してくれているのはさっきから不安そうな表情を浮かべて居る事から理解できるし……さっきも言ったけど、それはとても嬉しいことだ。
だけど、なんと言われようが俺様はこの一件だけは万魔殿の皆に協力を仰ぐわけには行かないんだ。
それに……何より、イブキを巻き込みたくはないからな。
「……何故ですかタツミさん?そこまで理解されているのならご自身の身が危険なことくらい分かるでしょう?」
「だから何度も言わせるな。例え俺様の身が危険だろうが何だろうが、俺様の身一つで皆の安全が買えるなら安いもんだからな。」
尚もこちらを心配そうな表情を浮かべて視線を向けてきながらそう言うワカモに対して、俺様は先程までと変わらず平坦な口調で淡々と言葉を発していく。
それに、命を狙われているのは七神代行だって同じだ。
今こうしている間にも彼女は危険に晒されている。
危険なのは何も俺様だけってわけではないんだから。
そんな俺様の言葉をワカモは黙って聞いていたが不意にその不安げな表情に僅かな怒りが混ざったかと思うと……彼女の口がゆっくりと開かれた。
「タツミさん。こんな事を私が言うのはお門違いかもしれませんが、あえて言わせていただきます。」
「なんだ?」
「タツミさんにとって、万魔殿のみなさんのお力はそこまで信用できないものなのですか?貴方にとって、万魔殿の皆さんはFOX小隊と戦うにあたって遅れを取るような……足でまといになるような方々なのですか?」
「なんだと……!?」
その言葉を聞いた瞬間。
俺様はテーブルをドン!と叩き、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。
「そんな訳ねぇだろ!万魔殿の皆は強いんだ!棗先輩は戦車隊を率いる戦車長だし、京極先輩や元宮先輩だってああ見えても例えFOX小隊が相手だろうが遅れを取らないくらいには実力がある人達なんだぞ!?今は矯正教区に入っているが、羽沼議長だってああ見えて相当な実力者だ!イブキだって幼いけど実力はある!適当な事言ってんじゃねぇぞ!」
そうだ、イブキやあの人達はFOX小隊なんぞに遅れを取るような人達ではない。
確かに苦戦はするかもしれないけど、それでも彼女達なら負けることはあり得ないだろう。
「ならば何故ですかタツミさん。彼女達の実力を信用しているなら、何故事情を明かさないのです?このままではタツミさんの身が危険なのですよ?貴方がそう豪語するほどに頼りになる方々なら、訳を話して共に戦ってもらうべきなのではありませんか?」
「うるせぇ!そんな事はなぁ!お前に言われなくても分かってるんだよっ!」
ドンドンと机に拳を打ち付けながら、俺様は叫ぶ。
「そりゃ悩んださ!俺様だって散々悩んだよ!あれだけ頼れって言ってくれてるのに黙ってることに対して罪悪感はあるし、彼女達を頼ればもっと簡単に解決できることも分かってる!デカい口を叩いちゃいるけど俺様だって命は惜しい!自分の身が危険だってことも理解してる!正直、今だって怖くて怖くて仕方がねぇよ!」
気がつけば俺様の体はぷるぷると震えていた。
……ったく、なるべく気にしないようにしてたのにな。
情けないったらありゃしねぇ。
……あぁそうさ。万魔殿の皆や七神代行を心配させないためにも俺様は表面上は余裕綽々と言った様子を装っているけれど、その実いつ命を奪われてもおかしくないこの状況が俺様は怖くて怖くてたまらない。
そりゃそうだろ、俺様にはヘイローが無いんだぞ?
ただでさえ銃弾を一発でも食らえば命が消し飛びかねないんだ、そんな体を抱えているのに暗殺者に監視されているかもしれない状況に恐怖を感じないわけがない。
……だけど、だけどな!
「けど……!それでも!俺様は彼女達を、そして何よりもイブキを失いたくはないんだよ!」
そう。俺様は自分の身が危険にさらされていることよりも何よりも、それが一番怖いのだ。
大切な人達を失ってしまうかも知れない。
事情を明かして共に戦ってくれた彼女達がもしFOX小隊の手で倒れてしまったらと思うと体の震えが止まらない。
「イブキや万魔殿の皆はなぁ!やっと!やっと俺様に出来た大切な存在なんだぞ!?それだけは……それだけはダメだ!ダメなんだ!もちろん負い目はあるけどそれ以上に彼女達を危険な目に合わせたくないんだよっ!」
そうだ、それだけは……それだけはダメなんだ。
彼女達が傷つくのだけは、何があってもダメなんだよ。
イブキ、羽沼議長、棗先輩、京極先輩、元宮先輩。
みんなみんな、俺様の大切な人達だ。
……そうだ、彼女達は前世では愛されなかったこんな俺様に出来たこの世で何よりも大切な存在なんだ。
そんな大切な人達を……そしてイブキを……FOX小隊や黒幕なんぞにぶち壊されるわけには行かない。
そのためなら俺様は自分の命だって喜んで掛けよう。
そして、命をかけて守り抜いてやる。
恐怖だってある、怖くて仕方なかった日もある。
けど、それがどうしたって言うんだ?
不幸になる人間なんて……そんなのは俺様だけで充分だ。
だから、万魔殿でFOX小隊のターゲットになるのは俺様だけでいいのだ。彼女達を守るためにも俺様はこんな理不尽な恐怖に屈するわけには行かないのだから。
それに……俺様だってFOX小隊に負けるつもりはない。
みんなを守って……そして自分だって生き残るんだ。
そのために命を張るならば、俺様は躊躇しない。
「これが俺様のエゴだってのは分かってる!心配してくれているイブキや先輩達の気持ちをないがしろにする事だってのも薄々は理解してるさ!彼女達の実力を信じておきながら、薄々どこかで命を脅かされるかも知れないって思っちまっている事も否定しねぇよ!ああそうだ!彼女達がFOX小隊なんかに負けるわけがないって思っておきながら万が一があったらなんて考えてるよ!この考えが矛盾してるのだって、そんなことは分かってる!」
俺様は叫ぶ、叫び続ける。
「けど!それでも!俺様は大切な人を失いたくねぇ!やっと!やっと出来た大切な人達が傷つくのは嫌なんだ!だからこれだけは譲れねぇ!誰に何と言おうが、俺様はこの意見を曲げるつもりはない!例え銃を突きつけられたって、俺様が死ぬことになったって……これだけは絶対に譲れねぇんだよっ!!!」
ドン!と握りこぶしを机に叩きつけながら、俺様は最後にひときわ大きな声でそう叫んだ。
その拍子にテーブルの上のコップが音を立てて倒れ、コロコロと音を立てながら転がる。
そんな俺様の目を真っ直ぐに見据えながら、それまで俺様の叫びを黙って聞いていたワカモが静かに口を開く。
「……タツミさん。貴方のイブキさん達を危険に巻き込みたくないと言う気持ちは理解しました。良くも悪くも実に貴方らしい理由だと思います。」
「あぁそうかよ……」
「ですが、理解は出来ましたが納得は出来ませんね。」
「なに……!?」
ワカモはそう言うと、目を吊り上げてこちらをキッと睨みつけてきた。
その表情は先程までの俺様を心配するような表情とは違い、明確に怒りの色が浮かんでいる。
そのただならぬ様子に動揺した俺様は、思わずストンを音を立てて椅子へと腰を下ろした。
「タツミさん。私は前に言ったはずですよ。少しであれば構いませんが行き過ぎた自己犠牲は身を滅ぼすと。」
「……っ!じゃあどうしろって言うんだよ!?」
「本音を言うのなら、タツミさんにとって最も身近で頼りになる万魔殿の皆さんの力を借りるのが最善です。ですが、頑固なタツミさんがこう言い出したら聞きませんからね。無理に万魔殿の皆さんにこの事を話せ……と言ったところで貴方は頑なに話そうとしないでしょう?」
「当たり前だ!俺様は皆を巻き込むつもりはない!」
「ではこうしましょう。その変わりというわけではありませんが……それでしたら、このワカモに協力させてはいただけませんか?タツミさん。」
「……!?」
いつもの飄々とした口調とは違う、怒気を含みながらも優しさの混ざった聞いていて不思議と落ち着いてくるような声色でそう言葉を紡いでいくワカモ。
そんな彼女の口から出た言葉を聞き、俺様は口をパクパクとさせながら目をカッと大きく見開いた。
「お前……それってどういう……」
「タツミさん、貴方はとてもお優しい方です。だからこそ万魔殿の皆さんを巻き込みたくないと今回の一件を頑なに秘密にしておられる。そしてタツミさんはとても責任感や正義感の強い方。なので今回、万魔殿の皆さんに事情を明かさず当事者である連邦生徒会のあの代行達や先生と解決しようとしているのでしょう?」
「おまっ……なんでそれを……!?」
俺様は先生や七神代行には事情を話していることを見抜かれていた事に口から心臓が飛び出そうな程に驚くが、ワカモはそんな事はどこ吹く風と言った様子で優しげな口調で言葉を続けていく。
「お優しいのはタツミさんの長所であるのは間違いないですが、同時に短所でもあります、万魔殿の皆さんを危険に巻き込みたくないから事情を明かさないという気持ちは理解出来るものですが、それは同時にタツミさんが全ての危険を一手に担うということでもあります。良く言えば危険な目に合わせないために内緒で解決する、悪く言えば危険を全て引き受けて自分一人を犠牲にしようとしている……と言ったところでしょうか。」
そこまで言うと、ワカモはそこで言葉を一旦区切る。
そして目を閉じて深呼吸をすると、ゆっくりと目を開きながらこちらへ視線を向けて来た。
彼女の綺麗な黄色の瞳と視線が交わる。
「今回の件に限れば、タツミさんはイブキさんや万魔殿の皆さんを危険に巻き込みたくないからという理由で遠ざけています。そこからはタツミさんの妹さんや万魔殿の皆さんを危険な目に合わせるわけには行かないという優しさ、危険な目に合うのは自分だけでいいという自己犠牲精神、そして皆を守らなければならないと言う正義感や責任感を感じられるものです。今回はその気持ちと自身が狙われていることによる恐怖がせめぎ合っているのでしょう。そしてタツミさんは恐怖を抑え込み、皆を守ることを選択した。確かにその自己犠牲の精神はタツミさんの長所ですけれど同時に身を滅ぼしかねない短所でもあります。そう、私を助けて下さった時に貴方が一度その命を散らしかけたように……」
真っ直ぐに俺様の目を見ながら語りかけるような口調でそう言うワカモに、俺様は身動きが取れなくなる。
「何度も言いますが、私とてタツミさんがイブキさんや万魔殿の皆さんを危険な目に合わせたくないと言うのは理解できます。貴方ほど優しい方ならそう思うのは当然ですし、何よりも貴方は自分のせいで人が傷つくのを見るのがこの世の中で一番嫌いな事……そうでしょう?」
「……あぁ、その通りだよクソッタレ。」
俺様の心の内を何もかも見透かしてくる目の前の災厄の狐に、俺様は白旗を上げながら悪態をついた。
「タツミさんは黒幕を炙り出し、たった1人でFOX小隊と対峙してイブキさん達を……そして連邦生徒会長代行を守ろうとしています。決してタツミさんの力を侮っているわけではありませんが、それはあまりにも荷が重いし何よりもタツミさん自身が危険すぎるでしょう。」
「……いや、俺様は今回七神代行達や先生の協力を得ているから自分1人で背負っているわけじゃないぞ。1人で立ち向かうわけじゃない。仲間は居るんだ。」
「確かにそうかもしれませんが、それでも彼女達に何かあれば貴方は身をなげうってでも助けるでしょう?連邦生徒会長や先生は情報戦には強いでしょうが、戦いにおいてはとても貧弱です。最終的に出てくるのはFOX小隊なのですから、そうなった場合に戦うことが出来るのがタツミさん1人ではあまりにも危険すぎます。」
「それは……そうだが……」
ワカモの反論しようもない正論に、俺様は下を向きながら絞り出すようにそう言葉を口にした。
「タツミさん。私はまだ貴方に助けてもらった恩を返しきれていません。私とてあの時に貴方と共にFOX小隊と刃を交えましたし、そもそもFOX小隊は私の因縁の相手……いずれ決着を付けなければならない相手でもありますからね。お互いの利害は一致しているはずです。それに……そうでなければこの私が納得できませんわ。」
そう言うと、ワカモは握りこぶしを作ったままテーブルの上でわなわなと震える俺様の手に包み込むようにそっと自身の手の平を重ねて来た。
彼女の手の温もりがハッキリと伝わってくる。
「ですからタツミさん。どうかこのワカモも貴方と共に戦わせてください。貴方が大切にしているもの、それを私にも一緒に守らせてください。私が何よりも愛する男性の大切なものならば、それは私にとっても同様に大切なものなのですから……ね?」
そう言われた俺様は、ハッとなってワカモの顔を見る。
俺様の手を安心させるように優しく包み込んでくれる彼女の表情からは先程の怒りの感情は消え去り、そこには優しい笑みを浮かべたワカモの姿があった。
「ご安心ください。私は巷では災厄の狐などと呼ばれておりますから、生半可な事では傷ついたりしません。それは何よりも私と幾度となく刃を交えてきたタツミさんなら身に沁みてお分かりのはず。ですからこのワカモを頼ってくださいタツミさん。貴方は1人ではありません。貴方を1人で戦わせたりしません。この私も貴方と共にイブキさん達を守る盾になるとお約束致しましょう。」
そう言うと、俺様の手に添えられた彼女の手にギュッと力が込められる。
「タツミさん、例え誰が何を言おうがこのワカモは貴方の味方です。貴方が苦しむのであれば、私も傍で苦しみましょう。貴方が戦って傷つくのであれば、私もその隣で共に戦い傷つきましょう。破壊するためではなく、守るためにこの力を振るいましょう。タツミさんの事は……このワカモがお傍でお支えいたしますわ。」
曇りのない目で俺様へ向けられる、彼女からの言葉。
ワカモの気遣いや決意、そして俺様の事を心から心配して力になってくれようとしている優しさ。
そんな彼女の気持ちを受け取り、鼻の奥がツンとなる。
「お前……なんでそこまで……」
「それはもちろん私が貴方を愛しているからです。愛する人を助けたいと思うのは当然ですよ。それに……」
俺様が溢れる涙を堪えていると、ワカモはその場でいらずらっぽい笑みを浮かべながら口を開いた。
「人を助けるのに理由はいらない……そうでしょう?」
「……っ!!!」
ワカモの言ったその言葉を聞いた瞬間……
俺様は、頭を金槌で殴られたような衝撃が走った。
(……あぁ。そうか、そうだよな。)
……確かにワカモの言う通り、全てを一人で背負い込もうとしていた部分はあったかも知れない。
きっとイブキや万魔殿の皆、そして命を狙われている七神代行を守るためとは言え自分の身だけを危険に晒すことに恐怖を感じていたこと、それを無理矢理誤魔化して自分を奮い立たせていたこともワカモにはお見通しだったのだろうな……いやはや恥ずかしい限りだ。
「……ありがとう。是非よろしく頼む、ワカモ。」
「はい、このワカモにお任せください♡」
……まったく、七神代行にあんなに偉そうな口を叩いておきながら自分がこれでは……あんなセリフをでかい口で叩く資格なんて俺様には1ミリも無いだろう。
やっぱり俺様はまだまだ未熟者だ。軽々しくそんなセリフを吐いた自分の浅はかさに怒りさえ湧いてくる。
……ワカモは俺様と共に戦ってくれると言ってくれた。
イブキや万魔殿の皆を守ってくれると言ってくれた。
そして……何よりも、ワカモ自身にとってもイブキや万魔殿の皆は大切なものなんだと言ってくれた。
俺様は……その事が何よりも嬉しかった。
ここまで真っ直ぐな気持ちをぶつけてくれたんだ。
なら、思う存分頼らせてもらうとしよう。
散々イブキや万魔殿の皆に事情を打ち明けるかは悩みに悩んだけど……これでもう、彼女達を危険な目に合わせる心配はなくなるだろう。
……これが正解なのかは分からない。
本当はみんなに打ち明けるべきなのかもしれない。
打ち明けないのは単なる俺様のエゴなのかもしれない。
けど、皆を危険な目に合わせたくないのは事実。
前世で愛されなかった俺様にやっと出来た大切な人達を失いたくないのは……嘘偽りのない俺様の本心だ。
絶対に守り抜いてやる。この命に変えてでも。
守るものは大きい。けどそんなものは関係ない。
例えボロボロになっても、手足がもげても、地面に這いつくばってでも……絶対に守り抜いてやるよ。
大丈夫、俺様は1人じゃない。
目の前のワカモとならイブキも万魔殿のみんなも、そして七神代行だって守れる……そんな気がした。
「……ありがとうな、ワカモ。」
「ウフフ♡愛するタツミさんのためなら、この程度のことなど造作もないことですわ♡」
そう言うと、ワカモはにっこりと微笑む。
そんな彼女の姿を見て安心したのだろうか、俺様の目からはとめどない大粒の涙が溢れ出てきた。
(……はは、みっともねぇ。)
体を震わせながらポタポタと音を立ててテーブルに落ちていく透明な雫を眺めていると、俺様の手を握っていたワカモの手がパッと離された。
先程まで感じていた温もりが離散したことにより少し不安げな気持ちを抱えながら視線をワカモへとやる。
すると彼女はその場でおもむろに立ち上がり、ゆっくりとした足取りで俺様の隣まで移動して来ると……
そのまま、俺様の事を優しく抱きしめてきた。
「……!?」
あまりにも唐突な出来事に俺様が動揺していると、ワカモの温かい手が俺様の頭へと乗せられる。
そして、ワカモはそのまま俺様の頭へ乗せた手をゆっくりと左右へ動かし始めた。
「今までよく恐怖に耐えましたね。」
……やめてくれ。
「大丈夫、きっとなんとかなります。」
そんな優しい言葉をかけないでくれ。
「イブキさんも万魔殿の皆さんも、そして連邦生徒会長代行も……すべて守りましょう。私と貴方ならば、必ず成し遂げられるはずです。」
俺様は万魔殿の議長代理なんだ。
ゲヘナのトップなんだぞ。
こんなところで……泣くわけには……
「大丈夫、私が付いています。」
ワカモから優しく抱き締められながら頭を撫でられる。ワカモの温かい手。温かい気持ち。温かい体温。
そして……温かい言葉。
「よく頑張りましたね、タツミさん。」
「……っ!」
そんな物を肌で感じてしまっては……もう限界だった。
「うっ……うぅ……うああぁぁぁぁっっ!!!」
恥も外聞も投げ捨てて、俺様はワカモにしがみつきながらわんわんと声を上げて泣き叫ぶ。
そんなどうしようもなくみっともなくて格好悪い俺様をワカモはいつまでも優しく抱き締めてくれた。
恐らくあと1話くらいでワカモ回は終了です