彼の前に現れた人物とは……
時刻は太陽がもうすぐ西へ沈もうかと言うところ。
あれから羽沼議長の面会を終えて矯正局を後にした俺様は、その足で連邦生徒会の総本山であるサンクトゥムタワーへとやって来ていた。
「相変わらず見上げてると首が痛くなりそうだな……」
目の前にデカデカとそびえ立つサンクトゥムタワーを見てそんな言葉を漏らしつつ、俺様は超高層ビルの入口をくぐってエントランスホールへと足を踏み入れる。
相変わらず万魔殿のエントランスホールとは違って壁紙も家具も真っ白なものと少しの青いもので統一された内装に目をチカチカさせつつも、俺様はひとまずエントランスの受付へと足を運ぶ。
さて、今回俺様がサンクトゥムタワーへやって来たのは例のFOX小隊の一件でのクーデターを企てている黒幕の情報の捜索とその件で七神代行とお互いに集めた情報を交換するという目的のためだ。
七神代行には昨日ワカモが教えてくれた不知火カヤが怪しいという情報をすでに今朝モモトークに送信済みで、そのことについて夕方以降に彼女の手が空いた時間に岩櫃調停室長や由良木を交えて話し合いをする手筈となっているしすでにアポイントも取ってあるからな。
なお、ワカモは今朝ゲヘナを離れる時に「今日からこちらでも情報収集を開始する」と言っていたので今頃は恐らくどこかしらで俺様では取るのことの出来ない手段で情報を探ってくれているはずだ。
一応それにあたって破壊活動はしないようにときつく言っておいたのだが……あいつのことだし、その場のノリで建物を吹き飛ばさないかは心配なことこの上ないがな。
まぁそうなった場合は俺様が出向いてボコボコに……って今はこの話は置いておくとして。
まぁそういうわけなので、今日からは裏でワカモが動いてくれるということもあるし怪しい人物の目星も段々付いてきたので本格的に操作範囲を絞ってより精度の高い捜査をしようという話を七神代行とはするつもりだ。
広く浅く捜査をしていてはいつまで立っても黒幕の尻尾は掴めないし、何よりもワカモから得た情報は信頼に値するものだと俺様は思っているからな。
ちなみに、もちろんだが七神代行にはワカモと裏で協力をする事になったことに関しては伏せて話してある。
当たり前だが、ワカモは矯正局から脱獄して現在もキヴォトス各地で破壊活動を行っている凶悪なテロリスト。
そんな犯罪者と手を組んでいる事実が露呈するとマズいなんてレベルの話じゃないからな。
このことだけは誰にもバレるわけにはいかないだろう。
なのでワカモから得たFOX小隊から防衛室の話が出たと言う話も、俺様が不知火カヤと接していて彼女にどこか違和感があるからと言う風に誤魔化してある。
流石にそれだけで疑うには理由が薄いかと思ったし七神代行も最初はそんなまさかと言う感じだったけど、最終的に彼女は俺様の言葉を信じてくれたんだよな。
言うて客観的に見れば、連邦生徒会長以外でSRTと関わりが深そうな組織は現状防衛室一択なのは間違いない。
俺様も不知火防衛室長と話した時に違和感を感じたのは事実ではあるし、七神代行もまさかとは思いつつもどこかしら思う所があったのかもしれない。
まぁそういうわけなので、今回俺様はサンクトゥムタワーへと足を運んでいるというわけだな。
「あの、すみません。」
「はいっ、なんでしょう?」
そんな事を考えつつエントランスホールの受付にたどり着いた俺様はそこに座っている受付の生徒へと声をかけると、受付にいた生徒はにっこりとした営業スマイルを浮かべながら俺様へ返事を返してくる。
「俺様はゲヘナ学園議長代理の丹花タツミと申します。今日の夕方から七神リン連邦生徒会長代行との会談の約束をしていたのですが……」
「丹花タツミ様ですね!お伺いしております。ですが申し訳ありません、生憎連邦生徒会長代行は現在少々お取り込み中でして……なんでもシャーレの先生の提出した書類に不備があったとかで、現在先生と共に書類の修正を行っておりまして……」
……おい、またかよ先生。
アンタこの前も確か書類の不備が多すぎて額に青筋を立てた七神代行に呼び出されて説教されてなかったか?
なんと言うか、俺様も先生の大らかというかアバウトな性格は嫌いじゃないけど流石に書類の記入だけはキッチリやったほうが良いんじゃないかと思うぞ……うん。
とは言え……むしろこれは好都合かもしれない。
何故ならば、俺様は今朝七神代行に不知火防衛室長関係の事を送る際に先生にも同じ事を伝えているからだ。
そうでなくても元々先生には七神代行と同じく今回のクーデターの一件の事は伝えているわけだし、だったら互いを交えて話すほうが話も早いだろうからな。
それに、先生も今回の件に関しては出来ることがあれば協力すると言ってくれている。
なら先生には書類仕事で精根尽き果てているところ申し訳ないけど、そのまま会談に参加してもらうとしよう。
「もう始めてから結構時間が立つので、恐らくもう少しで手が空くとは思うのですが……申し訳ありません。」
「あぁいえ、大丈夫ですよ。そもそも会談のアポは夕方から取ってるのに少し早めに来てしまった俺様も悪いので、頭を下げないで下さい。」
俺様は壁にかけられた時計の針の示す15:50と言う表示を横目に、申し訳なさそうな表情を浮かべる受付の生徒へ向かってそう言葉を発する。
今日は本来ならば羽沼議長の後にアリウススクワッドとも面会する予定だったけど、錠前達は今日は矯正局側との大事な面談があるらしく面会出来なかったんだよな。
そのため、本来なら夕方に連邦生徒会に到着するはずが早めに到着してしまったわけなんだが……
まぁ、彼女達の顔を見れなかったのは少し残念だけど矯正局側と面談出来るということは出所までそう遠くないということだろうしそれは喜ばしいことだからな。
彼女達も順調に更生できているようで何よりだし、もう虐げられて過酷だったアリウス時代に戻ることなく平穏に過ごしてもらいたいと願うばかりだ。
さて……
とは言え、七神代行の手が空くまでどうしたものか。
先生の書類の不備の修正ということなら恐らくもう1時間は確実にかかるだろう事が予想されるし、どこかで時間を潰してこなければならないことは確実だろう。
けど流石に特に用もないのに連邦生徒会内をふらふらする訳にもいかないだろうし……
ここは一つ、岩櫃調停室長か由良木のところへ先駆けて顔を出しに行くのもありかもしれないな。
「すみません、ありがとうございます。」
「いえ、大丈夫ですよ。でしたら時間まで少し調停室と交通室にも野暮用があるので、岩櫃調停室長か由良木まで連絡を繋いでもらえると……」
そう思った俺様は頭を上げた受付の生徒にそう頼み、彼女達に連絡を取ってもらおうとした……その瞬間だった。
「……おや?貴方は丹花タツミさんではありませんか。」
突如、俺様の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
そしてその声を聞いた瞬間俺様の肩がビクンと跳ねる。
(この声は……!)
俺様は体から血の気が引くのを感じつつ反射的に後ろを振り向いて声のした方へ体を向けると、そこにはピンク色の髪に大きなアホ毛とおさげを携え連邦生徒会の制服に身を包みこちらへ糸目でニコニコとした笑みを浮かべている不知火カヤ防衛室長の姿があった。
(不知火カヤッ……!?)
「こんにちは、奇遇ですねタツミさん。」
非常に柔和で穏やかな口調でそう言ってこちらへ近づいてくる彼女の姿を見て、俺様は一歩後ずさる。
表情こそニコニコしているけど、この人は今一番俺様が警戒するべき人物と言っても過言ではない。
そんな人物と何の心の準備もなく対面させられたことに対して、俺様の背中から嫌な汗が流れる。
「あ、カヤ防衛室長。お知り合いですか?」
「えぇ。彼とは前に何度かお話したことがありまして。同じ苦労人同士話があったもので、この前などは話が弾んでしまいましたよ。ねぇタツミさん?」
「え……えぇ、そうですね。」
「わぁ、仲がよろしいんですね!」
「ふふ……そんなところでしょうか。」
不知火防衛室長はそんな俺様の心中などどこ吹く風と言った様子でそう遣り取りをすると、そのまま受付の生徒と親しげに世間話を始める。
そんな彼女の姿を見て、俺様はハッとなるとその場でブンブンと頭を振って動揺を振り払った。
(くっ、しっかりしろ俺様!)
元々黒幕は連邦生徒会の幹部の中に潜んでいる可能性が非常に高いわけで、そしてここはその連邦生徒会の中。
つまり、ここは黒幕のホームグラウンドなんだぞ。
ならいつ黒幕と遭遇してもおかしくはない。
この程度のことで動揺していてどうするってんだ。
それに……考えようによってはこれはチャンスだ。
仮に彼女が黒幕だったとして、見たところ今の彼女からは俺様を警戒している様子は微塵も感じられない。
なら、このまま世間話に持ち込めばもしかすると何か情報を掴むことだって出来るかもしれないだろう。
そう、ピンチはチャンスという言葉もある通り……これはもしかすると大きなチャンスかもしれない。
FOX小隊から防衛室の名前が出たというワカモの言葉を思い出して気を引き締めつつ、俺様は不知火防衛室長を警戒させないよう笑顔を作ると口を開いた。
「……お久しぶりです不知火防衛室長。」
「ふふ、前にも言いましたが別にカヤ室長と呼んでいただいても構いませんよ?不知火防衛室長、なんていちいち呼ぶのは長ったらしいでしょう?」
「いえ、流石に天下の連邦生徒会の防衛室長に対してそんな口の聞き方をするわけにはいきませんからね。俺様は単なる1学園の生徒に過ぎませんし。」
「ゲヘナほどの規模の学園の代表だと言うのに相変わらず謙虚ですねぇ……まぁ、そういう権力を鼻にも掛けない部分は素直に好印象ですけど。」
「はは……ありがとうございます。」
互いにニコニコした笑みを浮かべつつ、それでいて絶妙な距離を保ちつつ互いに会話を交わす俺様達。
……なんと言うか、不知火防衛室長って結構フレンドリーなんだけど話す時や接するときって必ず一定の距離を開けて話しているんだよな。
「ところで、タツミさんは今日はどの様なご要件で?」
「少し七神代行に野暮用がありましてね。」
まぁ、その野暮用の中身は貴方に関することなんですけどね……とは口が避けても言えないけどな。
「野暮用……あぁなるほど、いつものデートと言うわけですか。いやはや、リン行政官も隅に置けませんねぇ。」
「はぁ!?で、デート!?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら唐突に繰り出された不知火防衛室長からの爆弾発言に、俺様はその場で思わず大声を上げる。
「えぇ、連邦生徒会内では結構有名ですよ?リン行政官とゲヘナの議長代理がよく2人でデートをしていると。」
「いや、別に学園のことで話し合いがあるから会ってるってだけでデートなんてしてませんからね!?」
「おや、違うのですか?私が小耳に挟んだよると今度リン行政官とタツミさんがお二人で海へ行く……などという噂も聞いたことがあるのですが。」
おいコラァ!!!
その事を広めたの誰だよマジで!!!
「そうでなくてもリン行政官はタツミさんが来ると分かっている日には目に見えて機嫌がいいですし、普段の疲れ切った表情が嘘のように明るい表情をしていますからね。いやはや、まさか仕事が恋人のようなあの人に春が来るとは……感慨深いですねぇ。」
「いやさっきから何の話をしてんですか!?俺様は今日は七神代行に話があって来ただけですから!他意はありませんからね!?」
「えぇ分かっていますとも。どうぞ思う存分イチャイチャしてきてください♪」
「おい何も分かってねぇじゃねぇか!?そもそも俺様と七神代行は付き合ってすらないですからね!?」
と言うか、ワカモとあんなことしといて七神代行と付き合うってそれはもう男として最低な行為だろ!
いやワカモが居るのに二人で海へ行く約束をしている時点でどうなんだって言われたらぐうの音も出ないのは確かではあるんだけど、あの約束はワカモとそういうことする前にしたものだったし今更断るわけにも……!
「冗談ですよ。そう怒らないで下さい。」
「し、心臓に悪い冗談はやめてください!」
「すみません、ムキになっている貴方が面白くてついついからかってしまいました。」
「……不知火防衛室長って結構いい性格してますよね。」
「ふふ、よく言われます。」
俺様がジト目を浮かべてそう言うと、不知火防衛室長は愉快そうに口元に手を当てながら笑った。
……なんか、さっきからこの人のペースに乗せられている気がするんだけど気の所為なのだろうか。
「ですが、リン行政官が貴方の事を憎からず思っているのは私の目から見ても確かですから……少しは彼女のことを気にかけてあげてもらえると私としても嬉しいです。」
「……はい。そうさせてもらいます。」
……そうだな。
それは俺様も分かっている。
この前連邦生徒会の会長室で七神代行が俺様に抱きついてきたあの行為……あそこまでされれば、いくら俺様だって七神代行が俺様に対して友達以上の感情を抱いてくれていることくらい分かる。
それに俺様は誓った。必ず七神代行を守り抜くと。
だから、言われなくたって七神代行のことはどんな手段を使ってでも……何がなんでも守り抜いてやる。
七神代行は連邦生徒会代行である以前に1人の女の子だ。
そんな女の子にあんな顔をさせて不安にさせ、あまつさえ震えさせるやつを……俺様は許すわけにはいかない。
それに、七神代行に頼りにしているとまで言われては男として恥ずかしい所は見せられないからな。
……すまんワカモ。
お前とあんな行為をしておいて、なおかつお前への気持ちに決着を付けられていないのにいくら落ち着かせるためとは言え他の女性とあんなに密着するなんて……本当につくづく俺様は最低のクソ野郎だと思う。
(だけど……)
困っている人を助けること。
それは絶対に譲ることのできない俺様の信念でもある。
だからあの場で七神代行のあんな姿を……泣き顔を見てしまっては放っておくことなんて出来なかった。
とは言え、あの場ではああするしかなかった……という言い訳をするつもりはない。もっとよく考えたら別に抱き締めずともなだめる方法はいくらでもあったはずだ。
だから……アレはあの場でとっさに俺様がとってしまったあまりにも軽率な行動だったとしか言えないだろう。
確かに七神代行の気持ちは嬉しい。
けど、それはワカモへの気持ちに決着を付けられていない今は受け入れてはいけないものだからな。
いずれにせよ、ワカモにも七神代行にも本当に申し訳ないとしか言えないだろう。
ワカモだって、今は七神代行を守るために一緒に協力して黒幕と戦おうとしてくれているわけだしな……
ただワカモは俺様の考えに理解を示してはくれたけど認めた……と言うよりは何を言っても折れない俺様に根負けして仕方なく付き合ってくれている面が大きいはずだ。
それは俺様だって理解しているし、昨日ワカモに言われた万魔殿の皆を頼れって言うのは紛れもない正論だ。
そう、正論だと分かっている……分かっているんだ。
周りが心配してくれている事、俺様が傷ついてしまえば万魔殿のみんなやワカモは烈火の如く怒るだろうこと……俺様はそれを理解しているつもりだ。
けど、俺様はそれらから目を背けている。
それらときちんと向き合っていない。
何故なら、俺様はみんなが傷つくのが怖いからだ。
皆を失うのが怖い。
皆から血が流れるのが怖い。皆が怪我をするのが怖い。
皆が苦しい目に合うのが怖い。死んでしまうのが怖い。
そう……それらが怖いから俺様は皆を遠ざけているんだ。
……分かっている、これが俺様のワガママだというのは。
皆を守りたいと言いつつ、結果的に俺様が血を流せば皆を傷つけてしまうことになるっていう……犬も食わない俺様のくだらなくて最低なエゴなのは理解している。
だけど……それでも不幸になるのは俺様だけでいいんだ。
俺様が怪我をすれば、皆が悲しむ?
知っている。
だが俺様だけが怪我をすれば皆は怪我をせずに済む。
俺様が苦しめば、皆も苦しむ?
知っている。
だが俺様だけが苦しめば皆は痛い思いをしなくていい。
確かに、1人で傷つけば俺様は叱られるだろう。
けど、そうすれば彼女達が血を流さなくて良いという事は確実だ。そう、不幸になるのは俺様だけでいい。
それはいつだって……どこでだって……
『この出来損ないが!』
『アンタなんて生まれてこなければ良かった!』
『人殺しが!あの世であの子に詫びろぉっ!!!』
『実の兄を殺した殺人鬼が!死ね!アンタなんか死んでしまえばいいのよっ!!!』
……そう、前世からだって決して変わらない事だろう?
だから俺様は戦う。止まるわけには行かない。
分かるか?
もし棗先輩が血を流したら、京極先輩が負傷したら、元宮先輩が苦しんだら、羽沼議長が傷ついたら。
……イブキが、死んでしまったらと思うと。
体が震える。恐怖で震えが止まらない。
そんなの……認めない。俺様はそんなのは認めないっ!
みんなはやっと出来た俺様の大切な人なんだ、そんな人達を俺様が犠牲になるだけで救えるなら……
俺様は……死んだって構わない。
もう、誰も死なせない。
例え自分が死ぬことになっても。
イブキを、そしてみんなを失いたくないから。
それが……【人殺し】である俺様が償うべき罪だから。
(兄貴……ごめんな……)
……ふと、俺様の頭にどこかの誰かから言われた【お前は偽善者だ】という言葉が頭をよぎる。
(はは……偽善者……か……)
確かにあながち間違いでもないのかもしれない。
万魔殿の皆の気持ちを知りながら、1人で勝手に何もかも背負い込んで戦おうとしている俺様は……
みんなを助けて幸せにするドラゴンマンみたいなヒーローではなく、自分のエゴを満たすためだけの単なる偽善者なのかもしれないな。
「どうしましたタツミさん?大丈夫ですか?何やら顔色が悪いようですが……」
「え……?あぁいや、少し考え事をしていまして。なんでも無いですよ。すみません不知火防衛室長。」
「そうですか?ならいいのですが……」
心配そうにこちらを見ながらそう言う不知火防衛室長に対して、俺様はブンブンと頭を振ってそう答えた。
……そうだ、今は偽善だってなんだって良い。
現実として七神代行や俺様は今も黒幕やFOX小隊に命を狙われている、なら今は黒幕に関する情報を掴むことだけを考えるべきだろ……!
差し迫った危機を排除すること。
それが今の俺様に課せられた一番のやるべきことだ。
鬱屈とした気持ちを振り払うように深呼吸をした俺様は、そのまま不知火防衛室長と再度向き合う。
「それなら話を戻しますが、リン行政官は会長が失踪してから寝る間も惜しんで頑張っている責任者の鏡のような人です。私も出来ることなら彼女の負担を減らしてあげたいのですが、現状人員がカツカツな以上それも中々難しいのが現状ですからね……」
そう言うと、不知火防衛室長は少し表情に影を落としながら申し訳なさそうにそう呟く。
……なんと言うかさっきもそうだったけど、不知火防衛室長って俺様の様子が少しおかしいと思ったらすぐに気がついて声を掛けてくれたよな。
前々から思っていたけどこの人は常にニコニコしているのもそうだけど、穏やかな雰囲気から取っつきやすい感じがするし今みたいに俺様だけじゃなくて連邦生徒会内の仲間のことも気にかけているとてもいい人だ。
聞けば少ない人数で防衛室をやり繰りしているとも聞いているし、彼女自身も残業が多く苦労している……と言うことも聞かされている。
最初に会った時はワカモの情報もあってかなり身構えてしまったが今話していても別に怪しい所は見当たらないし……なんか、段々こんないい人にしか見えない人を疑うのが心苦しくなって来たな。
ワカモの情報によるとFOX小隊の口から防衛室の名が出てきたのは事実ではあるし正直こんなことあまりしたくはないが……ここは心を鬼にする他ないだろう。
とは言え、先程の彼女の心配そうな表情は嘘を言っている様子にはとても見えなかったし純粋に俺様の心配をしてくれたよう見えたのもまた事実ではあるんだよな。
なら、俺様がここで彼女にかけるべき言葉は……
「いえ、不知火防衛室長だってそんなカツカツの人員の中でキヴォトスを守るために日夜頑張っていらっしゃるじゃないですか。確かに七神代行も頑張っていますけどそれと同じくらい連邦生徒会の室長の皆さんも頑張っていると俺様は思いますけどね。」
「……ふふ、またまたお上手ですねタツミさん。私をおだててもコーヒーくらいしか出ませんよ?」
「いや、ちっかりコーヒーが出るんじゃないですか。」
俺様と不知火防衛室長は互いに顔を見合わせると、どちらからともなく穏やかに笑いあった。
「そりゃあリン行政官を気にかけてやってくれと言ったと思えば私への労いの言葉が出てきましたからね。予想外ではありますがそう言われては悪い気はしませんし、ならお礼をするのは当然ではありませんか?」
「いえ、別に俺様は思ったことを言っただけで礼をされるような事は何も……」
「なるほど。これはリン行政官が心を許すのも納得ですね。天性の人たらしとでも言いましょうか。やはりどこまでも危険な男です……早く排除しなければ。」
俺様がそう言葉を述べていくと、不知火防衛室長はおもむろに腕を組みながらボソボソと何かを呟く。
「……え?何か言いました?」
「いえ何も。まぁこんなところで立ち話もなんですし、私も丁度暇をしていたところです。どうです?あそこへ腰を落ち着けて少し世間話でも。」
そう言うと、不知火防衛室長は直ぐ側のエントランスホールに備え付けられた待合の椅子を指さす。
もしここで防衛室へ行って話を……と言わていればそれは人目につかないかつ自分の息のかかった人間しかいない場所に俺様を連れて行こうとしているためかなり怪しかったのだが、エントランスホールの椅子なら不特定多数の人間の目があるし彼女も下手なことは出来ないはず。
それに腰を落ち着けて話すってことは逆に考えたらゆっくり話をできるチャンスだし……ここはひとつ、時間に余裕もあることだし彼女の誘いに乗っておくとしよう。
不知火防衛室長が黒幕である可能性であることを探るために……そして、願わくば彼女が笑顔の裏に何も隠していないただの良い人である事を確認するために。
「いいですね!俺様もちょうど七神代行との約束の時間までにどう暇をつぶそうか考えていたところなので、そういうことならお言葉に甘えさせてもらうとします。」
「なら決まりですね。私はコーヒーを2人分買ってきますので、先に座っていてください。」
「あ、ならお金を……」
「何を言っているのですか。お客様にお金を出させるなど室長失格ですよ。今回は私が奢りますので、遠慮なく奢られちゃってくださいな。」
「ならお言葉に甘えさせてもらいます。ありがとうございます、不知火防衛室長。」
その後、俺様は決して警戒を解かずにいながらも連邦生徒会のエントランスロビーにて約束の時間まで不知火防衛室長と彼女が買ってきてくれた缶コーヒーを飲みながら世間話をするのだった。
……結果から言えば不知火防衛室長とは当たり障りのない世間話や仕事の愚痴、残業に対する文句等を話したのみで彼女からは特に怪しいことや黒幕っぽい言質は引き出せなかったとだけ言っておこう。
まぁ流石に世間話中にSRTのことや黒幕のことに関して突っ込んで聞けるわけもないので仕方ないと言えば仕方ないけど……せっかくのチャンスだったのに残念だ。
ただ……やっぱり、話していて所々に引っかかるものがあるのは確かだったので警戒は続けるべきだろうな。
これが彼女の腹芸が上手いだけなのかはたまた本当に違和感があるだけで彼女が白なのかは定かではないけど……
いずれにせよ、七神代行に危害が及ぶ前にとっとと黒幕を見つけないといけないことだけは確かだろう。
ちなみに案の定不知火防衛室長には首の絆創膏の件を突っ込まれたので揚げ物をしていたと言い訳したのだが……それはまた別のお話。
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“リンちゃ〜ん……まだ終わらないのこれ……”
「うるさいですね……口を動かす暇があるなら手を動かしてください。まったく、この後タツミ議長代理とのお約束があるのにまだこんなに書類が……ブツブツ……」
“(うわ〜……タツミとの約束があったのか……どうりでリンちゃんがこんなに怒ってるわけだよ。今朝のリンちゃんとかまさに鬼みたいだったからなぁ……)”
“(それにしてもタツミかぁ……タツミ、大丈夫かなぁ。今朝の連絡の時に「先生は心配しなくて大丈夫!」って送ってきてたけど、やっぱり心配だよね……彼はエデン条約の時もそうだったけど、どうにも自分を犠牲にすればなんとかなると思っている節がある……と言うより誰かを失うと言うことを極端に恐れている気がするんだよね……)”
“(だから彼は自分が傷つくことを厭わないし、自分も痛くて怖いはずなのに歯を食いしばってそれを我慢している。全ては、大切な人達を守るために……)”
“(……タツミは、あの時私に前世の事を話してくれた時に自分がお兄さんを殺してしまったんだと言ってとても後悔をしていた。お兄さんが死んだのはタツミのせいじゃないのに……それでも彼は結果的に自分も加担してしまったんだと言って……とても深い後悔を抱えていた。)”
“(でも何度だって言うけどあれはタツミが悪いんじゃない。タツミの前世での両親が悪いんだ。だからタツミが気にするようなことじゃないんだけど責任感の強いあの子のことだ。あの時の絶望に満ちた表情……自分のせいだって思い込んでいてもおかしくはないだろうね。)”
“(異様なまでの自己評価の低さ、自分はどうなってもいいという自己犠牲精神、自分が犠牲になれば皆が助かるなら迷わずそれを選ぶ異常なまでの失うことへの恐怖……そして愛されなかったことによる、周りが自分をどう思っているかに対して極度に鈍感なこと。……きっと、タツミはまだ前世の呪縛に囚われているんだろう。)”
“(皆からタツミへの恋心に対してもそうだけど、タツミは恐らく皆からどれだけ心配をされているかと言うことに対しての理解も薄いはずだ。何故なら、それは前世で両親に心配なんてされなかったから……そんなことを想ってくれる人が周りにいなかったから。だから恐らくその感性が育っていないんだろう。そしてその逆で人の悪意にはとても敏感……同じ大人として……あんないい子を虐げていた彼の前世の両親のことは絶対に許せないよ。)”
“(……タツミ。君のその責任感や正義感は決して間違いじゃないし立派なことだよ。けど、自分だけを犠牲にすればいいなんてのは……ハッキリ言って間違っている。イブキだって万魔殿のみんなだって、君が傷つけば悲しむはずだ。怒るはずだ。もちろん私だってそう……だけど、それでも君はきっと1人で戦おうとしちゃうんだろうね。皆を守るために。もう二度と誰も失わないために。)”
“(もしそんな事を思っているなら、大人としてそんな事を認めるわけには行かない。一晩中正座させてお説教した後、お昼すぎまで抱きしめてやるんだから。苦しいって言われたって関係ない。なんならおっぱいで窒息するくらいに抱きしめてやるんだからね。)”
“(タツミ。君は自分が思うほどに皆から愛されているんだ。それも下手したら監禁されちゃうほどに。君が傷ついて血を流せば確かに皆は傷を負わないかも知れないけど……実は負っているんだよ。【心の傷】を……ね。)”
“ねぇリンちゃん。この後のタツミとの予定って例のクーデターの件に関することについてだよね?”
「え?えぇはい、そうですけど……」
“……なら、私も同席させてくれないかな。多分だけど今回もタツミは無茶をしようとしている気がするんだ。なら私は先生として、大人としてそれを黙って見過ごすわけには行かないから……お願いできないかな?”
「そう言えば、先生も彼からは事情を聞いているんでしたね。……分かりました。いいでしょう。私もタツミ議長代理にはにああ言われましたけど、彼が傷つくのを見るのは嫌ですからね。先生の力を貸してくれるのであればこれほど心強いことはありませんから。」
“リンちゃん……うん、ありがとう!”
「……さて、そうと決まればさっさとこの書類を片付けてしまわないといけませんね。先生?」
“うぅ……が、がんばります……!”
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「……ふぅ。ニコニコするのも疲れますね。」
「丹花タツミ……食えない男ですね。恐らくリン行政官や私に対するあの言葉はすべて偽りではなく本心から言っているのでしょうけど……逆に不気味と言いますか、怖いくらいの人たらしと言いますか……いずれにせよ私のクーデターに感づいている時点であの男は危険ですからね。さっさと消さなければ計画に支障が出かねませんし。」
「それにしてもあの首の絆創膏……あれ絶対そういう事ヤッた跡でしょうあの男。災厄の狐と1晩中お互いを激しく獣のように求めあった証でしょう。なーにが揚げ物をしていて油が跳ねたですか。どんな巨大な鍋で揚げ物してたらあんな跡の残る火傷をするんですか……!」
「まったく……!災厄の狐でさえ男がいるのにこの私には浮いた話一つないなんて……!世の中は不公平です!」
「くっ!私が連邦生徒会代行になった暁には絶対素敵な理解のある彼氏を作ってやりますからね……!」
最近タツミの悪い部分をかなり描写していますが
物語の核心に近い大切な部分になりますので
どうか温かく彼を見守ってやってもらえると幸いです