あれから俺様と月雪達の3人は、目の前に立ちふさがるヴァルキューレ公安局の生徒達をなぎ倒しながら脱出ポイントである地点を目指してひたすら前へ進んでいた。
「OK、曲がり角の先はクリアだ。」
「こっちの小部屋にも敵の姿はないぞ。」
「分かりました。ではテンポラルRABBITを先頭に次の廊下まで前進します。物陰には十分注意してください。」
俺様を先頭にクリアリングを行い、不意打ちを食らわないよう慎重かつ素早く進んでいく俺様達4人。
盾から少し顔を出して前方に敵影がないことを確認すると、俺様は懐からスマホを取り出して画面を確認する。
(……やっぱりダメか。)
取り出したスマホのディスプレイの右上にはあいも変わらず【圏外】と言う2文字が映し出されており、まだ敵の通信妨害が機能していることを意味していた。
今のところ特に問題なく敵の防衛戦を突破できているから良いものの、俺様達の侵入を予想して包囲網を最初から敷く気だったにしてはやけにあっさりしすぎている。
なんせ相手は自分の目的のためならば暗殺などと言う手段に平気で手を染めるようなやつだ。
ここまでやり合ってきて感じているけど相当に用心深くて用意周到な相手だし、その相手が敵が攻めてくることを察知しておきながらこんなヌルい防衛戦を敷くだけで終わるとはとてもじゃないが思えないのだ。
なのでその辺りを七神代行に連絡して不知火カヤの今の動向を探ってほしかったのだが、通信が妨害されて外部への連絡が取れない以上はどうしようもないからな。
何が起こっても良いように、細心の注意を払いながら進んでいくしかない。
万が一想定外の事態が起こったら証拠をこいつらに持たせて、最悪俺様で足止めをする必要もあるだろうな。
「……止まって下さい。前方の部屋に誰か居る様です。」
そんな事を考えながら足を進めていると、後ろから月雪の指示が聞こえ足を止める。
そのまま盾を一旦折りたたんで背中に背負い、物陰に隠れて姿勢を低くした俺様は前方の人が居るらしい部屋の様子を聞き耳を立てて伺う。
すりガラス状になっているその部屋からは夜勤中と言うこともあって最小限の淡い光と共に、ヴァルキューレの生徒らしき人物が会話する声が聞こえてきた。
「ふぁーねっむ、まったくこんな夜中に騒ぎとか……」
「フブキ!また貴方はこんな所でサボって!夜勤中で眠いのは分かりますが、サボりは良くないですよ!」
「そんな堅いこと言わないでよキリノ。そもそも警察学校の本館に侵入してくるなんて大胆なやつがいるなんて思わないじゃん。」
……ん?キリノに……フブキ?
それにこの声……どっかで聞いたことがあるような?
「それはそうかもしれませんが、貴方はたるみすぎです!確かに本官達はここで待機を命じられましたが、いつ出動要請がかかるか分からないのですからいつでも動けるように準備しておくべきです!」
「そんなこと言われたって相手は公安局や警備局の敷いてる包囲網を突破してるって話じゃん?そんな相手に私達が出張った所ですぐやられるだけだって。」
「何を言うのですか!本官達は前に子ウサギ公園であのSRTの小隊に勝利しているのですよ!」
「でもあの時は先生やタツミの協力もあったじゃん。私達だけじゃ到底無理だって。」
「そ、それはそうかもしれませんが……!」
しばらく会話に聞き耳を立てていると、部屋の中でそんな会話を繰り広げているヴァルキューレの生徒2人。
明らかに聞き覚えしかない声と既視感のある会話に俺様が苦笑を浮かべつつ再びドアに視線をやると、その横に付いている金色のプレートにはこう書かれていた。
【ヴァルキューレ生活安全局本部】と。
(……なるほど、ここは生活安全局の本部だったか。)
となると今部屋の中で話している2人は十中八九中務と合歓垣の二人という事になるな。
真面目そうな中務とダウナーな合歓垣の既視感しかない会話と言い、お互いがお互いに下の名前で呼び合っていて気安い仲であることを考慮しても間違いなさそうだ。
しかし……こいつは参ったな。
考えてみれば彼女達だって生活安全局に所属しているのだから立派なヴァルキューレの生徒なんだけど、今まで公安局や警備局を相手にしていたからまさかここでこいつらと遭遇するなんてまったく考慮していなかった。
「キリノにフブキと言うと……前に私達と一戦を交えたあの生活安全局の生徒達のことでしょうか?」
「あぁ、あの2人で間違いなさそうだ。」
「あの時はタツミと白髪の女にまんまと一杯食わされたからな……くっ、思い出すだけで腹が立ってきた。」
「わ、私もあの青髪のツインテールの女ん子にやられちゃったからね……」
空井は苦虫を噛み潰したような、霞沢は落ち込んだような表情を浮かべてそう言う。
「……二人とも、気持ちは察するけど今はそんな事を考えている場合じゃないぞ。」
「はい。私達がこれ以上前へ進むためにはどうしてもこの生活安全局の本部の隣を抜ける必要があります。」
そう言うと、月雪は先へ進むルートへを目を向ける。
「……ですが、見ての通りあの廊下は片側の全面が生活安全局に通じる窓で構成されています。あれでは私達が廊下を通過しようとしても、生活安全局の中から丸見えになってしまうでしょう。」
続けて、月雪は苦い表情をしながらそう言った。
そう。今彼女の言った通りここから先へ進むルートである廊下は片面が全面窓ガラスで構成されているため、生活安全局の本部の中から廊下の様子が筒抜けなのだ。
「はぁ?そんなもの姿勢を低くして行けばいいだろ。」
「そうしたいのは山々だけど、窓ガラスが無駄にデカいせいでいくら姿勢を低くしたところで頭がはみ出ちまいそうなんだよな……」
「なら匍匐前進をすればどうだ?それなら頭が窓ガラスの上からはみ出ることもないだろ。」
「いいアイデアだが、生憎そうすると俺様達の装備がガチャガチャ音を立てて気づかれる可能性が高い。」
「……ってことは。」
「あぁ、どうにか生活安全局の中にいるあの二人を無力化しないとバレずに進むのは至難の業だろうな。」
俺様が渋い表情をしながらそう言うと、空井は頭に手を当てながら首を縦に振った。
「マジか……ならどうする?相手は生活安全局だし、人数も会話を聞いている以上は二人しかいない。突入して力付くで黙らせるか?」
「それが一番手っ取り早いのは間違いありませんが、仮にも彼女達は一度私達に勝利している相手。甘く見ると痛い目を見るかもしれません。」
銃を構える空井に対して、月雪は冷静にそう言った。
確かに中務は銃撃こそ壊滅的に下手くそなものの盾を構えた時の近接戦闘の素質や状況判断力には光るものを感じたし、合歓垣も普段こそああしてやる気がなさそうだが実は頭が切れるタイプなのを俺様は前に一緒に戦った時に感じているわけだからな。
RABBIT小隊に勝利できたのはひとえに先生の力があってこそだけど、彼女達の実力自体は非常に高いものだ。
ぶっちゃけ彼女達の能力なら余裕で警備局へ行ける気がするけど……中務は射撃の腕、合歓垣は本人のやる気の無さが足を引っ張っているせいなんだろう。
まぁそれはともかく、手強い相手なのは間違いない。
確かに強襲して無力化出来るならそれに越したことはないけど、月雪の言う通り甘く見ていい相手ではない。
それに俺様としても一緒に戦ったり、たまにDU地区に来た際には生活安全局に顔を出して話している仲なのであまり手荒な真似をするのは気が引けるんだよな……
状況的にそんなことを言っていられないのは百も承知なんだけど、どうにか気をそらしたり出来ないだろうか。
「……タツミさん。貴方、前に生活安全局のあの二人組と一緒に私達と戦ったことがありますよね。」
「え?あ、あぁ……まぁそうだな。」
「でしたら、何かあの二人の弱点を知りませんか?もしくは好きなものでも構いません。」
俺様に顔を近づけ、ボソボソと小声で耳打ちする月雪。
「生憎だがあいつらの弱点なんて大層なものは分からないぞ。強いて言うなら中務は射撃の腕が壊滅的だけどここで戦闘になったらCQCになる事は確実だし、合歓垣だっていざって時はやるやつだからな。」
「であれば、彼女達の好きなものでも構いませんよ。」
続けて俺様の耳元でそう言う月雪。
……いや、この状況で弱点を探るのは突破口を見つけるために理解できるけど中務や合歓垣の好きなものなんて知って一体何になるってんだ……?
「好きなものねぇ……そう言えば前に生活安全局に顔を出したときに中務は食べ歩きが趣味だって言ってたし合歓垣はドーナツに目がないって言っていた気がするが。」
「なるほど、食べ歩きにドーナツですか……と言う事はあの二人は甘い物が好きと見て間違いないですね。」
「いや合歓垣はともかく中務がそうとは限らないんじゃないのか……?というか今はあいつらの好きなものなんて探ってる場合じゃないだろ。どうにか二人にバレずにここを通過できる方法をだな……」
俺様は呆れたような表情を浮かべてそう言うが、月雪はそんな俺様の言葉などどこ吹く風と言った様子でその場ですっと立ち上がるとおもむろに肩に下げたカバンの中に手を突っ込んで中身をごそごそと漁り始める。
そして少し時間が立ち、月雪がカバンの中から引っ張り出してきたものは……可愛らしいピンク色のチョコレートのかかった、美味しそうなドーナツだった。
「……は?」
明らかにこの場にそぐわないそのスイーツを見て俺様は目を丸くして素っ頓狂な声を出す。
「なら、これで行きましょう。」
「……おい待て月雪。色々突っ込みたいことはあるけどまずこれだけ質問させろ。お前、なんでドーナツなんてものをカバンに入れてやがったんだ?」
「愚問ですね。SRTの生徒たるもの、あらゆる状況を想定すべき。こんなこともあろうかとドーナツをカバンに忍ばせておいて正解でしたね。」
「いやいくらあらゆる状況に対応するっつってもドーナツが必要になる状況ってどんな状況だよ……!?」
妙なドヤ顔を浮かべながらそう言う月雪に対し、俺様は頭を抱えながらツッコミを入れる。
「そもそも敵陣に潜入するのに何でドーナツなんて持ってきてんだよお前。俺様達はここに仲良くピクニックしに来たわけじゃねぇんだぞ。」
「何を言うかタツミ。ドーナツは戦闘糧食として優秀なんだぞ。片手で食べられるから行軍中のエネルギー補給に最適だし甘いものだから疲労回復にもなって、更に腹にも溜まるからな。これほど適した食料もないだろ。」
「だとしても納得行かねぇんだが……!?」
と言うか、百歩譲ってドーナツが戦闘糧食として最適なのは認めるとしても何故この場で月雪はドーナツを取り出し初めたのか理解に苦しむんだが。
まさかとは思うけど、腹が減ったから食おうってわけじゃないだろうな……?
「そ、それってマスタードーナッツの限定のドーナツだよね。しかもマシュマロが入ってるやつ……」
「はい。タツミさんの情報によるとキリノさんはともかくフブキさんと言う方はドーナツに目がないとのことなので、この手に入れるのが難しい限定品になら必ず食いつくはず。これを使ってトラップを仕掛けましょう。」
ズキズキと痛む頭を抑えていると、月雪はいたずらを思いついた子どものような笑みを浮かべながらそう言う。
……なんかもう突っ込むのも疲れてきたけど、よくそんな限定品を手に入れられたなお前。
「おい正気か月雪。確かに合歓垣は仕事中にもサボってドーナツ屋に行くくらいにはドーナツが好きだって聞いたけど、いくらなんでも廊下に一個だけ不自然に置かれたドーナツに引っかかるわけねぇだろ。」
「大丈夫です。同じ女としての勘が言っています。この作戦ならば必ず行けると。」
おい、いつからこいつはこんなパッションでゴリ押すキャラになったんだ。
さっきまでの月雪はもっとこう……真剣な表情を浮かべて作戦を実行する頼れる隊長って感じだっただろ……!
それがなんでここへ来て突然小学生のいたずらみたいなことをやろうとするクソガキになってんだよ……!
「ともかく、これでフブキさんと言う方を誘い出して無力化。釣られて出てきたキリノさんも無力化し、連携を取れないよう各個撃破を狙います。」
そんな俺様の思考など知ったこっちゃないと言わんばかりに自信満々な様子でドーナツを使った即席のトラップを組み上げていく月雪ミヤコ。
嘘みたいだろ?このウキウキでバカみたいなトラップを作ってるやつ、RABBIT小隊の隊長なんだぜ?
「……おい、お前らの隊長だろ。なんとかしろよ。」
「無茶を言うな。そもそも私はこの状況を打破できる方法を思いつかないからミヤコに頼ったんだぞ。そんな私がミヤコを止める権利はないだろ。」
「そ、それにミヤコちゃんのことだからきっと私達も思いつかないようなすごい考えがあるんだよ……!」
「すごい考え……ねぇ?」
それが月雪がウキウキで組み上げたこのドーナツの下にダイナマイトを仕掛けたバカみたいなトラップだとは到底思いたくないんだけど……どうしてこうなった。
と言うか繰り返すようだけどいくら合歓垣がドーナツ好きとは言えこんなふざけたトラップに彼女が引っかかるとは思えないし、そもそも合歓垣はだるそうな見た目とは裏腹に参謀タイプの人間だ。
当然頭の回転も早いだろうし、そもそもこんな廊下にぽつんと置かれたドーナツなんて怪しいにも程がある。
……本当なら文句の一つでも言ってやりたいが、資料保管室で月雪に言っちまったからなぁ。
隊長はお前なんだから堂々と指示を出せって。
だからってこれはいくらなんでも……と思うけど、ああいった手前今更彼女の作戦を否定するのも違うだろう。
「よし、完成しました!それでは皆さん、物陰に隠れて音を立てて中のフブキさんを誘い出しましょう。」
そう言ってトラップを設置し終えると、そそくさと近くにあった遮蔽物の裏へ隠れる月雪。
俺様はそんな彼女の姿に呆れつつも隊長である彼女の言葉を信じ、一緒に物陰に隠れるのだった。
原作でも思いましたがドーナツトラップはキヴォトス人になら有効なんですかね……?