狐坂ワカモ。通称、災厄の狐。
連邦生徒会長が失踪した直後に矯正局から脱獄した凶悪なテロリストの中の1人だ。
奴は無差別的なテロを起こすことで有名であり、そのたびにその付近にいる不良やチンピラ共を陽動し徒党を組んで建物等を破壊させ、その影に紛れて自分も破壊活動を行う……とただテロを起こすだけではなく頭の良さも兼ね備えているとんでもなく厄介なやつである。
何故こんなにも破壊活動をするのかはよくわからないが一説によるとこいつの趣味の可能性があるのだとか。
さて、そんな災厄の狐こと狐坂ワカモだが俺様は一度シャーレの奪還戦でコイツと戦ったことがある。
その時は死ぬほど手を抜かれていた事にムカついた俺様が狐坂を煽り、あいつの本気を引き出して撃ち合っていたところに羽川先輩の援護が入り撤退していったわけなのだが……
「ウフフフフフフ♡お会いしたかったですわ、丹花タツミさん♡」
「またお前か狐坂ワカモォ!!!」
なんでその狐坂ワカモが目の前に居るんですかねぇ?
と言うかこれで何回目だよお前ェ!!!
俺様は盾とブークリエを構えつつ、変な笑いを零した。
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「クソ!もう何回目だよアイツに襲撃食らうの!」
「……そんなに何度も襲撃されてるの?」
ゲヘナ学園、風紀委員会の委員長室にて。
今日も今日とてあのアホ議長が風紀委員会に押し付けた書類の回収に来た俺様は、せっかくだしゆっくりして行けと言われたので出してもらったコーヒーを啜りながら空崎委員長の前でくだを巻いていた。
ちなみに、愚痴の内容は最近狐坂に事あるごとに襲撃を食らう件である。
ある時は登校中、ある時はイブキのプリンを買いにコンビニに行く途中、ある時はDU地区まで出張に行った時、またある時は百鬼夜行や山海経へ飯を食いに行く途中など、もう数え切れないほど奴からは襲撃を受けている。
普通にそのへんを歩いていたらいきなり建物が爆発するなんてのはゲヘナでは日常茶飯事すぎて気にも止めないが、そこから災厄の狐が飛び出してくるのは聞いてないんだよなぁ……
……ってか、出してもらっといて文句言うのもアレだがこのコーヒー泥水みてぇな味がすんだけど!
天雨行政官が入れただろコレ!
今度淹れ方をレクチャーした方が良さそうだな。
にしても、同じインスタントコーヒーのはずなのに何故こんなに味の差が出るんだ……?
「確かに最近ゲヘナ内でたまに災厄の狐を見かけるとは思っていたけれど……」
「え、そうなんすか?」
空崎委員長はため息を吐きながらそう言った。
……いや、それはマズいのでは?
いくら治安がこの世の終わりみたいでテロ行為なんて日常茶飯事のゲヘナ自治区とは言え、狐坂みたいな規格外のテロリストが居るのは良くない気がするが……
あいつ、1人で平気な顔して温泉開発部のショベルカー部隊が可愛く見えるくらいの範囲を破壊していくからな。
もはや災害である。災厄の狐の二つ名は伊達ではない。
まったく、クソ迷惑なことこの上ないんだが……
「えぇ、何度か捕まえるために戦闘もしたわ。ことごとく陽動された不良に阻まれて逃げられてしまったけど……」
空崎委員長は死んだ魚のような目で天雨行政官の入れたコーヒーを啜りつつそう言った。
タイマンでなら空崎委員長が負ける要素はないんだろうけど、陽動された大勢の不良をぶつけられるとさすがの委員長でも苦戦は必須だろうからな。
つくづく数の力と言うのは偉大だ。
「まったく、ただでさえ忙しいヒナ委員長のお手を煩わせるなんて……あの女狐……!」
そんな俺様と空崎委員長の会話に、天雨行政官が書類の山の向こうから入って来る。
今日も今日とてサンクトゥムタワー並に積み上がった書類と格闘しているようだ。
「と言うか、先程から話を聞く限りだとあなたが執拗に狙われている気がしますが?タツミ。」
「そうなんすよね……クソ迷惑なんでやめて欲しいんすけど。」
「……何か心当たりは無いの?」
心当たりかぁ……
あるとすれば、シャーレのあの一件くらいだが。
「えっと、火宮と一緒に俺様がシャーレの部室を奪還するために一緒に戦ったのは覚えてますか?」
「えぇ、チナツの報告書を見ましたから把握していますよ。……まさか?」
「はい。その時、俺様狐坂と一戦交えてるんすよね。」
「……そう言えばチナツの報告書に書いてあったわね。」
どこか合点が行ったような表情でそう呟く空崎委員長。
「確か彼女と1対1をして、援護が来るまで粘り通りしたらしいわね?しかも本気の災厄の狐に対して。」
「あの災厄の狐に対してですか!?」
天雨行政官が驚いたように目を見開く。
「……ヒナ委員長。」
「えぇアコ。間違いなくこれが原因でしょうね。」
空崎委員長と天雨行政官は顔を見合わせると、示し合わせたようにお互いにため息を引き出した。
「どうせあなたのことです、戦闘中に余計な事でも言ったのでしょう?」
「いや、別にそんな特別な事は言ってませんが……?」
「本当でしょうね……?」
ジト目でこちらを見てくる天雨行政官。
……なんだ?別に何も言ってないと思うんだが俺様。
「……アコ、ここを見て。」
そんな事を思っていると、火宮の報告書を引っ張り出してきた空崎委員長が天雨行政官にその報告書を差し出してとある部分を指でトントンと叩く。
その部分に目を通すと、天雨行政官はジト目を更に細めて俺様に視線をよこした。
「やっぱり余計なこと言ってるじゃないですか!」
「えぇ!?いや、言ってないっすよ!そりゃ確かにムカついたからちょっとだけ煽るような発言はしましたけども……!」
「……タツミ、これはちょっととは言わないわよ。」
はぁ、とため息を吐き出しつつそう言う空崎委員長。
「矯正局から脱獄してきて初めての破壊活動中、戦いに飢えてる状態でのこの言葉だもの。」
「これは目も付けられますよ!まったくあなたは!」
「だって仕方ないじゃないっすか!俺様だって男としてのプライドがあると言うか……!舐められたままだと悔しいんすよ!」
「……ほんとにこういうところは年相応なのよね。」
「まったくです、万魔殿にはしっかり手綱を握っていただきたいものですね!」
おい、俺様は馬じゃねぇぞ。
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「あー……書類仕事しねぇと……」
結局、あの後も冷えた視線を天雨行政官から頂いた俺様は回収した書類を手に風紀委員会を後にした。
そして回収した書類を片手に、ゲヘナの校舎内を歩いて万魔殿へと帰還する最中というわけだな。
なお、狐坂に対しては取り締まりを強化してくれると空崎委員長が約束してくれた。ありがたい限りだ。
時刻はそろそろ15時を回るかというところ。
そろそろ寮に帰宅し始める生徒も出始めて居る頃だろう。
きっとこの後校門へ向かう生徒達は友達とカラオケに行ったり、買食いをしたり、ゲーセンに行ったりしてそれぞれの青春を謳歌するのだろうな……
まぁもしくは、ゲヘナ生らしく破壊活動に勤しんで風紀委員にシバかれているのかもしれないがそれもまた青春と言うやつだろう。
え?俺様?仕事だよチクショウ!
何が悲しくて学生の頃から社畜をせにゃならんのだ……
「まぁこのくらいなら1時間くらいあれば終わるだろ……終わったら何すっかなー。」
裏口から校舎裏に出つつ、俺様はそう一人ごちる。
俺様としてはイブキと遊んでやりたいところだが、今日イブキは羽沼議長の出張に付き合って棗先輩と一緒にレッドウィンターに赴いているからな。
レッドウィンターなんて所に何をしに行くのかは知らんが、どうせまたしょーもないことなんだろうな……
と言うか、そんな事にイブキを付き合わせんなよな……!
まぁ、棗先輩がいるなら安心だけどよ。
さて、話を戻すが仕事終わったら何すっかなぁ……
うーん……飯を食いに行くのは悪くないかもしれねぇが。
毎度毎度柴関ラーメンじゃ芸が無いし、今日は百鬼夜行か山海経辺りへ行ってみるのもいいかもしれんな。
前世ではバリバリの日本人だったので百鬼夜行の和食は口に合ってメチャ美味いし、山海経も本格中華が楽しめるから両方ちょくちょく行ってはいるんだが。
何よりも、百鬼夜行は日本をモチーフにしているだけあって街並みに既視感があり行くと落ち着くんだよな。
学校の真ん中にどデカく立っている桜の木を見ると余計にそう思わずにはいられない。
……前世に未練なんてこれっぽっちもないが、あの風景を見ると少し懐かしくはなるけどな。
そう言えば、百鬼夜行で思い出したけど狐坂のやつも確か所属は百鬼夜行なんだよな。
まぁあんな事をしてるんだから停学処分を受けて矯正局に放り込まれるのは納得が行くけどよ。
ちなみに、山海経の方は中国をモチーフにしているだけあって街並みは非常に中国みがある。
ただ、山海経の人達って結構露出の多い格好してることが多いから目のやり場に困るんだよな……
いや、百鬼夜行も人のことは言えねぇかもしれんが。
……そう言えば、山海経で思い出したけどシュン教官やココナ教官は元気にしているだろうか。
あれから二人ともから結構モモトークが来るからちょくちょく話してはいるんだが、2人とも仕事で疲れているみたいだからな。
今日山海経に飯を食いに行くとしたら、サプライズで梅花園に行くのもいいかもしれんが。
……けど、行きなり行っても迷惑になるよなぁ。
「まぁ書類仕事しながら考えるか……」
ため息を吐き出しつつ、万魔殿へ歩を進める。
我ながらとんでもねぇワーカーホリックだなと思わずにはいられねぇが、もう体に染み付いちまったからな。
うーん、しかし何を食うべきか……
ーピロリン♪ー
「……ん?」
そんな事を思いながら歩いていると、俺様のポケットに入れていたスマホからモモトークの通知を知らせる音声が鳴り響いた。
俺様はポケットに手を突っ込んでスマホを取り出すと、そのまま操作してモモトークを開く。
「……羽川先輩?」
スマホのディスプレイには〈通知1件、羽川ハスミ〉と表示されていた。
羽川先輩とはわりとモモトークしているから別に不思議ではないが、何の要件だろうか?
そんな事を思いつつ、俺様はモモトークのトーク画面を開いた。
『こんちにはタツミさん。今お時間よろしいですか?』
『構いませんよ、どうされました?』
片手に抱えた書類を執務用の肩掛けカバンに入れつつ、俺様はスマホを操作して文字を入力する。
『実は今度、DU地区に新しくカフェがオープンするそうなのですが……そこのパフェがすごく美味しそうなんです!是非食べたいと思いまして。この前のお礼も兼ねて、よろしければ一緒に行きませんか?』
スマホの通知音と共に、そんなメッセージがディスプレイに映し出された。
そう言えば、元宮先輩がこの前DU地区に新しくカフェがオープンするから京極先輩と行く約束をしたってニコニコしながら話していたな。
そこのことだろうか?……ってか、何故俺様と?
スマホのメッセージを見る限りでは恐らくシャーレでの一件のお礼ということだろうが……
羽川先輩も律儀だなぁ。別に礼なんてその場で言ってくれたありがとうって言葉で充分なのに。
とは言え、女性からの好意を無碍に扱うのはあまりよろしくないだろう。
しかし、1つ懸念があるんだよな……
『俺様は構いませんが、大丈夫なんですか?この時期に正義実現委員会と万魔殿が会ってるって噂が立つとマズくないです?』
そう。ゲヘナとトリニティはただでさえ険悪だが、今はエデン条約の前で両校の緊張感はピークに達している。
そりゃ個人的な付き合いのある生徒はいくらでもいるだろうが、俺様も羽川先輩も立場があるからな。
大っぴらに合うのはマズいんじゃなかろうか……?
『その点は問題ありません。私は私服で向かいますのでタツミさんも私服で来ていただければ。』
あぁ……そう言えばその手があったな。失念していた。
俺様は万魔殿って立場上、ハッキリと所属を明言することが求められることが多いんだよな。
まぁ万魔殿は腐っても生徒会だから、外交とかは主に万魔殿の仕事なのだ。
その際に万魔殿のジャケットを羽織ってたら一目見りゃ1発で所属がわかるから、基本的には制服でしか出歩かないので私服を着るって概念が頭から抜けていたぜ。
それに万魔殿のジャケット普通にかっこいいし、気に入ってるってのもあるしな。
まぁ俺様はイブキと違ってツノも羽も尻尾もないので、私服を着ればどこの生徒かはわからんだろう。
……ただ、羽川先輩が私服を着るっつってもあの大きな羽で目立たないかは少し心配だが。
『分かりました。……でも、俺様でいいんですか?もっとこう、友達とか後輩を誘うべきなのでは?』
『……今回誘うのはタツミさんへのお礼をするためなのが主なので、ツルギやイチカを誘うのは意味がなくなってしまうのですが?』
『……確かにそれはそうですね。すみません。』
それは確かに羽川先輩の言うとおりだな。
ごもっともである。
『分かりました。俺様でよければご一緒しますよ。』
『本当ですか?ありがとうございます!』
まぁ正直、半分くらいは羽川先輩がパフェを食いたいだけな気もしなくはないのだがそれは黙っておこう。
羽川先輩、甘いもの大好きだからなぁ……
さて、とりあえずこの事は羽沼議長には絶対にバレないようにしねぇといけねぇなこりゃ。
ただでさえトリニティ嫌いなのに、俺様がトリニティの、しかも正義実現委員会の副委員長と会うなんて知れたら何をしでかすか分からん。
最悪、虎丸を持ち出してカフェを爆破しかねんからな……そんな事したら俺様は当分口聞かねぇけど。
『確かカフェのオープンは2週間後でしたよね?いつ行きましょうか?』
『そうですね……私のスケジュールの調整もありますので、また後日打ち合わせをさせて頂いてもよろしいでしょうか?』
『はい、構いませんよ。俺様の予定の調整もありますので、早めに連絡もらえると助かります。』
『分かりました、お約束しましょう。ではまたご連絡しますね、お仕事中申し訳ありませんでした。』
『大丈夫っすよ!羽川先輩も仕事頑張ってください!』
『ふふ、ありがとうございます。』
俺様はそうスマホに文字を打ち込むと、モモトークを閉じてスマホをポケットにねじ込んだ。
しかし、ゲヘナの俺様がまさか羽川先輩と2人で出かけることになるとはなぁ……
まぁ別に羽川先輩とはモモトークで割と話しているし、気の知れた仲ではあるしそこまで緊張する事もないか。
ただ、当日は私服なんだよな……タンスから長らく着ていない私服共を引っ張り出しとかないとなぁ。
そんな事を思いつつ、俺様は万魔殿へ帰るために足を踏み出した。
「……ずいぶんと楽しそうですわね?」
瞬間だった。
不意に、俺様の真後ろから聞き覚えのある声が響いた。
「っ!?」
その声は忘れるはずもない。
最近何回も何回も襲撃を食らい、忘れたくても忘れられなくなっちまったイカれた女。
狐坂ワカモの声だったのだ。
……と言うか、近すぎないか!?これ俺様のほぼ背後から聞こえてるんだが……まさか後ろを取られたか!?
クソ!ゲヘナ学園内だから油断してた!
表通りならまだしも、ここは滅多に人の来ない校舎裏。
万魔殿への近道だからいつも使っていたのだが、人通りが皆無なのが仇となったか……!
俺様はすぐさまなりふり構わず前転をすると、起き上がって声の聞こえた方へと顔を向ける。
「ウフフ、こんにちは。丹花タツミさん?」
そこには俺様の予想通り、狐面を付けて和服をヒラヒラと風に揺らしながら佇んでいる狐坂の姿があった。
「狐坂ッ……!お前これで何回目だよ……!」
折りたたみシールドを展開し、ブークリエを抜きながら俺様は狐坂を威嚇する。
最近襲撃されすぎてこいつの狐面もいい加減見飽きてきたんだが……!?
「あら……まだたったの10回ほどですわよ?」
「多すぎるわボケェ!その度に殺されかける俺様の身にもなってみろよ!」
「ウフフ、あなたは死なないのでしょう?初めに私に言ったではありませんか。」
狐面の口元に手を当ててクスクスと笑う狐坂。
そりゃ確かに言ったかもしれねぇけどよ……!
「それに、私の全てを受け止めてくれるのでしょう?」
「全力だドアホ!全てとは言ってねぇよ!」
……と言うかこいつ、いつもならド派手に建物を爆破しつつ登場したり、俺様に問答無用で攻撃してくるのに今回は気配を消しながら背後を取ってきたんだが……?
暗に暗殺も出来るぞってメッセージか?
「……良いのか狐坂、ここは人通りが少ないとは言えゲヘナ学園内だぞ?ここで騒ぎを起こせはどうなるかは分かるよな?」
「えぇ、先ほど風紀委員会に委員長が居るのは確認して参りましたので。私としてもここで騒ぎを起こしてあの女と戦うのはゴメンですわ。」
「……じゃあ何で俺様の前に姿を見せた?何が目的だ?」
俺様は盾を構えつつ、その後ろから狐坂の様子を窺う。
狐坂は一度空を見上げると、視線を俺様に向けて仮面の下の口を開いた。
「本来であれば今回は侵入ルートの下見という形だったのですが……粗方調べ終えて撤退しようとした時に、タツミさんの姿を見つけまして。」
おい、今とんでもないことをさらっと言わなかったか?
……あとで空崎委員長に報告しとくか。
「気になってこっそり後を付けたんですが、するとどうでしょう。タツミさんが携帯を取り出して立ち止まったかと思えば他の女と楽しそうにやり取りをしているではありませんか?」
「……は?」
「それを見てこのワカモ、居ても立ってもいられなくなりまして……おかしいですね?本来ならタツミさんの前に姿を見せるつもりは今回は無かったのですがね?」
と言うか、ちょっと待て。
「……見たのか?羽川先輩とのやりとり。」
「もちろん。やり取りに夢中だったので難なく背後を取れましたから、そこから一部始終をしっかりと。」
ってことは、コイツ俺様が羽川先輩とスマホでやり取りする時からずっと後ろに居たのか?
背中に嫌な汗が流れる。
「ご心配なく、言いふらすつもりはありません。ですが、少し驚きましたね。タツミさんはあのような駄肉のついただらし無い女が好みなのですか?」
「いや違うが!?と言うか駄肉ってなんだよ!?」
「大きすぎるのも考えものですわよ?」
「何の話だよ!?」
クソ!やっぱやりづれぇ……!
「そもそも、今回誘われたのはシャーレ付近での戦闘時にお前から羽川先輩を守った礼ってことになってんだよ!」
「ウフフ♡私と言うものがありながら他の卑しいメス猫と浮気だなんて……ワカモ、嫉妬で狂ってしまいますわよ?」
「おい話聞けよクソ狐!そもそも浮気ってなんだよ!?俺様とお前は付き合ってないだろ!?」
「あら、私はこんなにもタツミさんを思っているのにですか?ワカモ、悲しいですわ。」
「ハッ、お前の感情は破壊衝動だろうが……!」
「ウフフ♡さぁ、どうでしょうね?」
くすくすと笑いながらそう言う狐坂。
そんな狐坂を見て、俺様はある疑問が浮かび上がる。
「……と言うか、俺様の背後を取っていたならお前なら簡単に俺様を始末できたはずだぞ。」
そう、俺様と羽川先輩のやり取りを背後で見ていたということは俺様の無防備な背中が目の前にあったという事でもあるわけで。
普段から俺様を壊す壊すって言ってるコイツが、何故俺様を殺さなかったのかが不思議でならん。
いつ命が消えてもおかしくなかった状況に吐き気がこみ上げてくるが、喉元まで出かかった酸っぱいものを飲み込む。
「一体何のつもりだ?」
「あら、そんなこと決まっているではありませんか。」
狐坂は歩兵銃を肩に担ぐと、小首を傾げ口を開く。
「貴方は勘違いされているようですが、私はあくまでも貴方の全力を受け止めてその上で貴方に膝を付かせたいのですよ?」
「無防備な貴方をあっさりと仕留めたところで、何も楽しくないでしょう?ウフフ♡」
そういうと、狐坂は心底愉快そうに笑い声を挙げる。
要は万全の俺様を完膚なきまでにボコボコにした上で負けを認めさせたいってことだよな?
……やっぱ、コイツは俺様が今まで出会ってきた中でもぶっちぎりでイカれてやがる。
伊達に矯正局に収監されてはいなかったってことか。
「……つまり、今回は見逃してくれたってことで良いんだな?」
「私の趣向に沿わなかった、と言って頂けますか?」
「……ケッ!やなこった。」
「あら生意気……ウフフ♡それもまたタツミさんらしいですわね。」
そう言うと、狐坂はくるりと踵を返す。
「さて……では、今回はこの辺りで失礼すると致しましょう。ここは敵陣の真っ只中……そもそも、今回はタツミさんの前に姿を見せるつもりもありませんでしたしね。」
「そうかい……ん?」
「ウフフ♡ではタツミさん、またお会いしましょう。」
「……待て、狐坂。」
狐坂はそう言って茂みの中へ消えていこうとしたが、俺様はそれを狐坂の肩を掴んで引き止める。
「……!?な、なにを……!?」
「よく見たらお前、足怪我してんじゃねえか。」
俺様はそう言うと、狐坂のヒラヒラした和服のスカートから伸びる彼女の右の太ももに人差し指を向ける。
今の今まで全く気づかなかったが、狐坂のむき出しの右太ももには何かで切ったような跡が残っておりそこからは血がにじみ出ていた。
幸いそこまで傷は大きくないようだ。
「……あぁ、これですか?ゲヘナに侵入するにあたって茂みを移動してきたのでその際に尖った草ででも切ったのでしょう。大したことではありませんわ。」
「そんな格好で茂みの中なんかウロウロするからだろ……ほら、そこに座れよ。」
そういうと、俺様は狐坂の少し横に位置するぽつんと1つだけあるベンチを指差す。
そして盾とブークリエをしまい、執務用のカバンの中を漁ると応急処置セットを取り出した。
「……何のつもりですか?」
「治療すんだよ。いくら小さい傷とは言え、ほっといたらそこから病気になるかもしんねーだろうが。」
「治療?貴方が?私を?」
「あぁ。」
いつになくキョトンとしたような声色でそう言う狐坂。
……こいつ、こんな間の抜けた声も出すんだな。
「……ウフフ、どういう風の吹き回しですか?」
「勘違いすんなよ。これはあくまで俺様を今回見逃してくれやがった借りをここで返済するためだ。」
「あら、律儀なのですね?」
「うるせぇ、お前に借りを作ったままなんてまっぴらゴメンだからな。」
それにまぁ……いくら狐坂とは言え、目の前に怪我してるやつが居て治療道具もあんのにそのまま見送っちまうのはどうかと思っただけだ。
狐坂の怪我は見たところ切り傷。このくらいなら火宮から教えてもらった手順で治療できるだろう。
決して狐坂のことを心配しているとかではない。
そもそもこいつは俺様を隙あらばブッ殺そうとしてくるクソ野郎だ。心配してやる義理なんてない。
だからこれはあくまで借りを作らないためだからな!
勘違いすんなよ、狐坂ワカモ!
「ウフフ♡お言葉はありがたいですが、このくらい平気ですので……」
「……良いから早く座れよ。心配しなくても不意打ちなんかしねぇよ。それに何回も言ってるだろ。借りを作ったままなのはゴメンだって。」
「あら、そんな心配はしてませんわよ?それに私は今回の件は貸しとは思ってませんので……」
「あーもう!うるせぇ!良いからこっちに来い!」
そもそも貸し借り以前に俺様の中に怪我人を放置するって選択肢はねーんだよ!
例えそれが指名手配中のテロリストだったとしてもな!
ブツブツと言い訳を並べる狐坂に痺れを切らした俺様は狐坂の手首を掴むと、強引にベンチへと引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと何を……!」
「いいから座れ。」
「……もう、強引なんですから。」
俺様が狐面を真っ直ぐと見据えながらそういうと、狐坂はため息を吐いて観念したようにベンチに座った。
俺様は応急処置セットの中から消毒液とガーゼ、包帯を取り出すと狐坂の正面にしゃがみ込む。
「少し染みるぞ。」
「……っ!」
消毒液を染み込ませたガーゼを傷口に当てると、狐坂の体が一瞬だけビクンと跳ねる。
……なんだ、やっぱ痛いんじゃねぇかよ。
ったく痩せ我慢しやがって。
そんな事を思いつつ、俺様は止血を完了させると傷口にガーゼを当てて狐坂の太ももに包帯を巻きつけていく。
……無心、無心だぞ丹花タツミ。
やっぱこいつも女なんだなとか、勢いで手首掴んじまったけど大丈夫かなとか、太もも柔らかいなとか……思ってない!思ってないからな俺様は!
そもそもこいつはテロリストなんだぞ!
無心、無心だ!
「……良し、出来た。」
俺様は心の中で悶々としながらひたすら包帯を巻き付け、最後にテープで包帯を固定して治療が完了する。
「まぁ応急処置だからこんくらいしか出来ねぇけど何もしねぇよりはマシだろ。」
「……一応、お礼は言っておきますわ。」
俺様に巻かれた包帯を手で擦りながら、どこかしおらしくなった狐坂はそう言った。
「おう、無理して言わなくてもいいぞ。別にこれは俺様の自己満足だからな。」
「……何故ですか?」
「ん?」
「何故私を治療したのですか?しかもこの様な切り傷程度で。私は自分で言うのも何ですが、貴方の命を狙っているのですよ?」
「……おいおい、俺様がお前に言った言葉を忘れたのか狐坂?」
そう言うと狐坂は小首を傾げつつ狐面に手を当てる。
それを見て、俺様は口を開いた。
「言っただろ、お前の全力如きで俺様が死ぬわけないだろってな。」
「……っ!」
俺様がそう発言すると、狐坂はハッとしたように狐面を俺様へと向ける。
「上等だ。殺せるもんなら殺してみろよ狐坂。俺様はお前には負けねぇ。絶対にな。」
そう言うと、俺様は歯をむき出しにして好戦的な笑みを浮かべた。
「そしてそんな相手が怪我してんだ。治してやるのが強者の余裕ってやつだろ?なぁ狐坂。」
「……ウフフ♡そうでしたわね、私が夢中になった丹花タツミと言う方はこう言う方でしたわね♡」
狐坂はそう言って愉快そうに笑うと、座っていたベンチから立ち上がる。
そして、そのまま俺様に向かって距離を……って!?
「ちょ、狐坂!?近い!近いって!何のつもりだ!?」
「ウフフ♡治療していただいてありがどうございますタツミさん。これで貴方の言う通り貸し借り無し、ですわね?」
狐坂はそのまま狼狽える俺様に構わず近寄ってくると、ほぼ密着してくる。
ちょ、色々柔らかいものが当たってるって!
しかもなんかいい匂いがするし……!
って、違うっ!!!流石にこれはマズいだろ……!!!
「おい狐坂!治療してやったとは言え俺様とお前は敵同士なんだぞ!馴れ合いなんざ……!」
「あら、貴方は私の腕を取って強引にベンチまで連れて行ったのに私からは駄目なのですか?」
「あれはお前がさっさと座らなかったからだろうが!」
「ワカモ、あのまま押し倒されてしまうのかと思って心配でしたのよ……?」
「押し倒っ……!?んなことするわけねぇだろ!?」
「……ウフフ♡えぇ、分かっていますとも。ですので次に会う時は貴方を壊して、屈服させて、服従させて、必ず私の前で膝を折らせて差し上げますので……覚悟して下さいね?♡」
そう言って狐坂は俺様のネクタイを人差し指でつんっとつつくと、そのまま跳躍して距離を取る。
「では、またお会いしましょう。タツミさん♡」
狐坂はそう言い残すと、その場から駆け出していく。
あっという間に見えなくなっていく狐坂の背中を見送りながら、俺様は無言で応急処置セットを片付ける。
「……はぁ、何やってんだろうな俺様。」
相手は札付きのテロリストだぞ。
それも矯正局に収監されていたほどの。
そのテロリストが、しかも俺様の命を狙っているってのに少し怪我をしてるからってそれを治療して、少し元気がなかったからって発破をかけて。
恐らく、狐坂は今後も変わらずに俺様に襲撃をかけてくることだろう。それもガチで命を狙って。
騒ぎを起こそうと思えば起こせたはずだ。
空崎委員長に連絡をしようと思ったら出来たはずだ。
まぁ最も、そんな事をしていたら狐坂は全力で抵抗してきただろうけどな。
なのに俺様は見逃されたからと言え、俺様からも狐坂を見逃す様な真似をしちまった。
……まぁ、何度も言ったように狐坂に借りを作ったままなのが気に食わなかった。ただそれだけの話だ。
「どうかしちまったかね、俺様……」
……はい!この話やめやめ!
とりあえず今後のことを考えよう。
すっかり忘れてたけど、風紀委員から書類を回収していたしこれを今日中に仕上げちまわないといけねぇし。
狐坂との件で時間を食っちまったから今日の夕飯は寮に帰って適当になんか作るとするかな、外食はまた今度にするとしよう。梅花園への訪問もまた今度だな。
あとは羽川先輩とスケジュールを合わせねぇといけないから、その件についても調整が必要だしな。
あとは出張から帰ってくるイブキや棗先輩、ついでに羽沼議長も出迎えないといけないし。
やることは多い、サッサと万魔殿へ帰るとしよう。
ついでにイブキが帰ってくるまでにプリンでも買っておいてやるとしようか。
ふふふ、イブキの喜ぶ顔が目に浮かぶぜ!
「うぉぉぉ!待ってろよイブキィィィ!」
俺様は声を上げると、万魔殿へ向けて走り出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ただいまー!」
「キキキ、今帰ったぞ!」
「お帰りなさいイブキ!棗先輩。」
「お疲れ様です、タツミ。」
「おいタツミィ!また私を無視したな!?」
「あ、いたんすか羽沼議長。」
「貴様ァ……!」
「ハハ、そんなことよりイブキ。いい子にしてたか?」
「お兄ちゃんただいま!うん!イブキ、イロハ先輩とけんがく?をしてたんだ!」
「おぉそうか!えらいぞイブキー!」
「えへへ!お兄ちゃーん!」
「おっとっと!?どうしたんだイブキ?俺様を見るなり飛びついてきて。」
「お兄ちゃん成分の補充だよ!」
「い、イブキ!?どこでそんな言葉を……」
「んーとね、お兄ちゃんがいぶきにうむ?を補充してるから、その真似!」
「タツミィ!貴様イブキに何を教えている!」
「おぉそうかそうか!いっぱい補充しとけよー!」
「無視するなァ!おのれタツミ……何と羨ましい……!」
「マコト先輩、ガチ泣きしないでくださいよ……」
「むふふー…………あれ?」
「ん?どうしたんだイブキ?」
「……お兄ちゃん、もしかしてイブキのいない間に動物さんと遊んでた?」
「え?いや、お兄ちゃんは今日はお仕事しかしてないぞ?」
「……ふーん、本当に?」
「あ、あぁ……どうしたんだイブキ?」
「……ううん!なんでもない!イブキの気のせいかも!」
「そうか?あ、そんなことよりイブキ!プリンを用意してあるぞ!手を洗ったら食ってもいいからな!」
「わーい!お兄ちゃん大好きー!」
「ゴハァ!」
「タツミ、鼻血出てますよ。」
「グフッ!」
「あなたもですかマコト先輩……はぁ。」
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「どうしたんですかイブキ?大好きなプリンを食べたのに元気がないようですが……」
「イロハ先輩。お兄ちゃんから動物さんの匂いがしたの……」
「……なるほど。どうせまたどこかで女を引っ掛けたんでしょうね、動物と言うことは獣耳系でしょうか。それにしても、イブキを悲しませるなんて……」
「イブキ、お兄ちゃんのああいう所は心配だなー。」
「それに関しては同意します。あのクソボケは他人からの好意に対して鈍感もいいところですからね。」
「ほんとだよ!悪いお兄ちゃんなんだから、もー。」
「ふふ、では私たちでしっかりと見張っておかないといけませんね?イブキ。」
「うん!お兄ちゃんはイブキのだから……ね!」
日常回書くの楽しい