と言うことで、やって来ました錬丹術研究会。
目の前の伝統のある古ぼけた建物を見つめつつ、俺様は大きく息を吐き出した。
呼吸を整えると、俺様は扉に手をかける。
「失礼します!薬子サヤ会長はいますか?」
扉を開いて建物の中に入る。
中では白衣を着た錬丹術研究会の部員達が忙しなく動き回り、何かの薬品の調合などを行なっているようだ。
試験管等が机に並び、薬品独特の匂いが鼻を突く。
「……ん?おぉ、キミは確か梅花園の!」
そんな事を思っていると、俺様の呼びかけに反応したらしい薬子先輩がひょっこりと奥から顔を出した。
ネズミ耳をぴょこぴょこと動かしつつ、俺様まで近寄ってくる。
「どうもお疲れ様です、薬子先輩。」
「確かタツミだったよな?今日はどうしたのだ?また子どもが風邪でも引いたの?」
「いえ、今日はその件ではなくて……薬子先輩。今少しお時間ありますか?」
「……?」
俺様が真剣な顔でそう言うと、薬子先輩は首を傾げる。
「別に時間はあるけど、そんな真剣な顔をしてどうしたのだ?」
「……申谷カイの件で話があります。」
「っ!?」
俺様が薬子先輩の耳元で耳打ちすると、薬子先輩は大きく目を見開いて俺様を見て来る。
「なんで……そのことを……?」
「……ちょっと厄介事に巻き込まれましてね。あと、このダンボールの中身も確認して欲しいです。」
「わ、分かったのだ。ここじゃ部員達もいるから、ぼく様の部屋まで案内するのだ。」
そう言うと薬子先輩は付いてこいと言うかジェスチャーをすると、建物の奥へ向けて歩き始める。
俺様もダンボールを抱え、その後をついて行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……さて、ここなら邪魔は入らないのだ。」
錬丹術研究会の会長室にて。
薬子先輩はどこか緊張した顔つきでそう言うと、来客用のソファに俺様を座れと促してくる。
お言葉に甘えてソファに腰を下ろすと、正面の椅子に薬子先輩が座る。
「単刀直入に聞くのだ。何故申谷カイのことを山海経の外の生徒であるキミが知っているのだ?」
薬子先輩は顔をしかめる。
「彼女のことを知っている者は山海経にだってそう多くは居ないのだ……なんでゲヘナのキミがそれを……」
「それを説明するには、まずこいつの中身を見て貰う必要があります。」
俺様は薬子先輩との間のテーブルに、持ってきた玄武商会のロゴの入ったダンボールを置く。
「ダンボール?それにこれは玄武商会の……?」
「はい。先ほど梅花園にこいつを山海経の外まで運んでほしいと言う依頼が来まして。」
「梅花園に?……確かにおつかいの練習として配達の依頼を受けることはあるってシュンから聞いてるけど。」
「まぁそれだけならまだ良かったんすよ。問題はこいつの中身です。」
俺様はダンボールに貼られたガムテープを剥がし、中身を取り出した。
中に入っていた根っこの長い黄土色の人参を取り出し、薬子先輩へ手渡す。
「こ……これは萬年参!?なんでこんなものが!?」
「梅花園の子どもに配達を頼んできたのは顔を隠した謎の人物でした。そして中身がこの山海経の外まで持ち出すのを禁止されている萬年参だった。」
「まさか……そいつは密輸をするために子ども達を利用しようとしたのだ!?」
「そうなりますね。」
「なんてことを……許せないのだ……!」
薬子先輩は拳を握りしめると、わなわなと震えだす。
……まぁ無理もないだろう。
「しかし、こんな扱いにくい植物を一体なんで……」
「これ、扱いにくいんですか?」
「えっと、萬年参はまず栽培方法が難しいのだ。涼しくて湿度が充分な土地じゃないと根付かないから、植生地が玄龍門の管理している崑崙山の山頂付近くらいしかないのだ。」
……玄龍門が管理している山?
となると、部外者はおろか玄武商会の立ち入りすらそうやすやすとは出来ないんじゃないのか?
まさかとは思うが……内部の人間の犯行か……?
「収穫までは少なくとも6年はかかるし、そこから10年は待たないと十分な効能は期待できない上に……環境の変化にも敏感だから、100個タネを撒いてもまともに収穫できるのは10本にも満たないのだ。」
「……なるほど、そりゃ確かに取引も規制されますね。」
あまりにも栽培に時間と手間がかかりすぎている。
「で、俺様はこいつを受け取ろうとしていた受け子に問い詰めたんですよ。最初はただの食材だって聞いてたんですがカマをかけたら白状しましてね。」
「なるほど……キミ、結構やることやるんだね?」
「まぁ少し手荒なマネにはなっちまいましたけどね。」
お互いに苦笑する。
「で、話を戻しますが梅花園を利用してこんなものの密輸をするなんて正気の沙汰じゃない。バレたら玄龍門と玄武商会を敵に回す行為……無策では出来ないことだ。何かしらの対抗策を持ってないと厳しい。そう考えて、そいつらを尋問したら……」
「裏で糸を引いているのが申谷カイだった……のだ?」
真剣な表情でそう聞いてくる薬子先輩。
俺様はそれに対して首を縦に振る。
「萬年参は舌が痺れるほどの苦味で有名なのだ。あの苦味がある以上、食材には向かないと思うのだ。」
「となると、使用方法は……」
「間違いなく、何かしらの薬の材料なのだ。」
薬子先輩はきっぱりとそう言い切った。
「萬年参は危険で複雑な工程を繰り返すことで、ある効能を持った成分が抽出できるのだ。」
「……」
「具体的には短期的に集中力が大きく高まるのだ。意識が覚醒し、疲労も飛び、筋力と瞬発力が大幅に上昇するのだ。」
「つまりやべー薬の材料ってことでいいんですね?」
「そう思ってもらって構わないのだ。」
薬子先輩はため息を吐く。
「萬年参は加工の工程も複雑なのだ。危険だし、面倒だし、難易度も高い。それに完璧な効能を引き出すのはぼく様でも難しい……けど、カイ先輩ならすべて問題なく出来る。辻褄は合っているのだ。」
「……なるほど、さすがは元錬丹術研究会の会長ってわけですか。」
「うん、カイ先輩はぼく様なんかよりももっとすごい技術力の持ち主だったのだ。それに、萬年参を利用して脳の覚醒をさせる研究もしていたような気がするのだ。」
「それはまた……穏やかじゃないっすね。」
聞けば聞くほどマッドサイエンティストだな。
「でも、まさか部外者であるキミをこんなことに巻き込んでしまうとは……申し訳ないのだ。」
「薬子先輩は何も悪くないです。悪いのは申谷カイなんですから。」
「……そう言ってもらえると気分が軽くなるのだ。」
薬子先輩は力なく笑った。
「……タツミは、カイ先輩の悪行をどこまで知っているのだ?」
「尋問して聞き出した情報だと、ヤバい薬の密輸や非道な人体実験をして山海経から永久に追放処分を食らったとは聞いていますが。」
俺様は渋い顔をしながらそう言う。
これだけでも充分な凶悪犯であることは間違いない。
「……あまり気は進まないけど、こうなった以上は話しておかなければならないのだ。」
薬子先輩は少し考えむような仕草を見せていたが、やがて顔を上げると俺様の目をまっすぐに見据える。
「元錬丹術研究会、申谷カイ。彼女の悪行を……」
「……お願いします。薬子先輩。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから薬子先輩に聞かされた申谷カイの悪行の数々は、思わず耳をふさぎたくなるものだった。
奴の目的は【仙丹】とやらを作ることらしい。
そのために不老不死の霊薬を作ると大々的に宣伝して錬丹術研究会を立ち上げた申谷カイ。
申谷は変にカリスマがあり、追放処分を受けた今でも彼女を盲信している生徒は少なからずいるらしい。
そんな申谷は自分に魅了された生徒から頼まれた薬を調合し、彼女たちに与えて回った。
その薬は一時的には彼女達の欲求を満たすものであったのだが……
最終的には服用した彼女達の体に大きな不調や痕跡を残してしまうこととなった。
体育でいい成績を残したかった生徒は一時的に身体能力を向上させる薬を頼んだが、その後代謝異常を引き起こしまともに生活が送れなくなってしまった。
誰も知らない未知の味を体験したいという生徒は、味覚そのものを変化する薬を飲まされ、他の人の味覚に共感できなくなってしまった。
しかもそのどれもが、副作用を抑えようと思えば抑えるように調合することも出来たらしい。
だが、申谷はその副作用も仙丹を作るために何かの役に立てばとわざと発症させたとか。
そうした副作用に苛まれた生徒達は、苦しみから逃れるため解毒剤を求めて申谷に従わざるを得なくなった。
そうして申谷は被験者とも言える生徒達を従え、どんどん山海経での勢力を拡大していった。
人を人とも思わない鬼畜の所業の数々。
全ては奴の目的である、仙丹を完成させるために行われたこと……
「ふざけんなよ申谷カイ!お前を慕って付いてきてくれた生徒のことをなんだと思ってるんだ!」
ドン!と俺様はテーブルを叩く。
「ふざけんなよ……!絶対に……絶対に許さねぇ……!」
「……落ち着くのだタツミ。」
「……すみません、薬子先輩。」
そっとお茶を差し出してくれる薬子先輩に俺様は頭を下げる。
結局、その後申谷カイは事態を重く見た玄龍門の現門主である竜華キサキ先輩の手によって玄龍門から永久追放され、ヴァルキューレに引き渡された。
その際に竜華先輩は一切の手続きを放棄して無理やり追放したため、今でもその判断に疑念を抱いている生徒も多いらしく未だに申谷を慕う奴も多いそうな。
……部外者である俺様にそんな事を話して良いのかと思うのだが、ここまで関わったからには知っておけと薬子先輩は教えてくれた。
「それに、薬を使ってトラブルを起こすって点ではぼく様も大して変わらないのだ。」
「……何を言ってるんですか薬子先輩。あなたは申谷カイとは違いますよ。」
そりゃ確かに薬子先輩はとんでもない薬を作るし、それを人に飲ませたりはする。
俺様も一度錬丹術研究会へ行った時に怪しげな薬を飲まされたし、そのせいで梅花園に帰ったらシュン教官とココナ教官に正座をさせられて叱られたこともある。
けど、薬子先輩は申谷ように意図して副作用を起こして体を壊そうなんて意図は全く無いのだ。
その証拠に、薬子先輩は副作用に苦しんでいる人がいるなら解毒剤をすぐに作り、無償で提供をしている。
梅花園の子どもが体調を崩した時もすぐに薬を調合して、それを園まで届けてくれたこともあるからな。
薬子先輩が追求する不老不死の薬。
それは世の摂理に反するものだし、いろいろな副作用が付きまとうのは当然だ。
一見すると申谷と同じに見えるかもしれない。
だが、薬子先輩が不老不死の薬を作ろうとするのは根本的には人に喜んでもらいたいって気持ちがあるから。
人の不幸なんて気にもとめず、むしろ人の不幸すら自分の目的のために利用する申谷のような外道とは違う。
「確かに薬子先輩はトラブルメーカーだとは思いますけど、それでも申谷とは違います。貴方のやってることは人の助けにもなっている。だからその……」
「……うん、ありがとうなのだタツミ。少し胸が軽くなったのだ。」
薬子先輩は力なく笑いながらそう言う。
「……カイ先輩は、自分の目的のためなら手段を選ばないのだ。今回の萬年参の密輸も何を企んでいるのかは分からないけど……一度、門主に相談するべきなのだ。」
「……薬子先輩。その件なんですけど。」
椅子を立とうとする薬子先輩に対して、俺様は声を掛ける。
「どうしたのだ?何か心配事?」
「いえ、確か萬年参が栽培できるのって玄龍門が管理している崑崙山って山の山頂付近なんですよね?」
「うん?そうだけど……あっ。」
「気づきました?」
そう。萬年参が栽培出来るのは薬子先輩曰く、玄龍門が管理していると言う崑崙山と言う山の山頂付近のみ。
となると、そうやすやすとそんな玄龍門の目の光っている山の中に入っていけるわけがないだろう。
よそ者なんて持っての外だし、敵対状態にある玄武商会もアウト。それ以外の組織だって、手続きやら何やらがあるだろうし玄龍門の監視の目だってある。
それをかいくぐって萬年参なんてものを持ち出そうとするのは至難の業だろう。ハッキリ言って不可能だ。
……なら、可能性はひとつ。
「つまり、内部犯の可能性が高いってことなのだ?」
「そういう事になりますね。」
そう、今回萬年参を持ち出した人物は玄龍門の人間の可能性が高いと見て良い。
玄龍門に所属しているなら崑崙山へ入ること自体は可能だろうし、そこで作業をしても何ら不自然ではない。
萬年参は大きさ自体はそれほどでもないから、カバンか何かに入れてしまえば容易に持ち運びも出来るだろう。
「でも門主がそんな事を指示するとは……流石に考えにくいのだ。」
「はい。薬子先輩の話を聞く限りでは門主の竜華先輩はそんな事をする人じゃない。ってことは……」
「……門主にも黙ってやったと言うこと?」
「そういうことになるでしょうね。」
話を聞く限りでは玄龍門の現門主である竜華先輩はよそ者だからって嫌悪しないし、玄武商会のこともそこまで目の敵にはしていないと聞いた。
どちらかと言えば中立的な立場を貫いている人物だ。
そんな人が、しかも自分が追放した申谷カイに手を貸すとはどう考えても不自然だからな。
目的は分からないが、恐らく竜華先輩に黙って密輸を行っている可能性が高いだろう。
しかも崑崙山に入っても問題視されないとなると、結構高い地位の人物のはずだ。
クソ!こんなことならあのロボットと女子生徒を見逃すんじゃなかった……!
と言っても奴らはただの受け子……女子生徒が玄龍門の制服であるスーツを着てたわけでもないし……
俺様はどうすれば良かった……?
「そんなことをしたら大問題なのだ!?」
「それだけ申谷カイに醉心しているのか、もしくは単なる金のためなのか。詳しくはわかりませんが……内部犯の可能性が高いのは間違いないでしょう。」
「で、でも……それならどうやって玄龍門に伝えれば……」
うーん、問題はそこなんだよな。
まさかバカ正直に「アンタのところの構成員、七囚人と協力してますよ」という訳にも行かない。
そんな事を言ってみろ、下手すりゃその場で拘束されて牢屋へ放り込まれるかもしれない。
近衛先輩に一旦相談してみても良いかもしれないが、彼女も玄龍門の人間だ。
自分の部下をそうホイホイとは疑えないだろう。
「……とりあえず、事情を一旦竜華先輩に相談してみると言うのは?竜華先輩は話の分かる方なんですよね?」
「……うん。現状では一番それが良いとは思うのだ。」
まぁ、そうなるよなぁ。
「タツミ。門主にはぼく様から話を通してみるのだ。」
薬子先輩は今度こそ椅子から立ち上がると、決意のこもった目をして俺様を見据える。
「恐らくゲヘナのキミでは玄龍門の敷居すらくぐらせてもらえないと思うのだ。……安心するのだ、門主にはタツミのことはしっかりと伝えておくから。」
「分かりました、お願いします。薬子先輩。」
俺様は薬子先輩に頭を下げる。
「タツミ、改めて巻き込んですまないのだ。それを承知の上で図々しいかもしれないんだけど……」
薬子先輩は一瞬言葉に詰まるが、言葉を絞り出す。
「申谷カイに対抗するには少しでも多くの力が必要なのだ……カイ先輩が何を企んでいるのかは分からないけど、きっと放っておいたらとんでもないことになってしまう気がするのだ。」
「……そうですね。七囚人を放置しておくわけには行きませんし。」
「うん。……タツミ、キミは山海経の生徒でも何でもないからこんな事を頼むのはお門違いかもしれないけど。」
一呼吸起き、薬子先輩は口を開いた。
「お願い……力を貸して欲しいのだ、タツミ。」
「もちろんですよ、薬子先輩。」
頭を下げる薬子先輩に対して、俺様は力強く答えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あの後すぐに玄龍門へと向かう薬子先輩を見送った俺様は、錬丹術研究会の建物を後にしていた。
ともかく、当面の目標は玄龍門に潜んでいると思われる今回の萬年参の密輸事件の実行犯を突き止めること。
突き止めたらそいつを尋問し申谷カイとの関係を洗いざらい吐かせ、申谷カイの居場所を特定する。
その後、持てる戦力をすべて持ってして申谷カイの身を拘束してヴァルキューレへ突き出す。
こんなところだろうか……うまくいくといいんだが。
現状、この事を知っているのは俺様と薬子先輩。
そしてこれから薬子先輩が話しに行く玄龍門の現門主、竜華キサキ先輩のみだ。
申谷カイはあの狐坂と同じ七囚人のひとり、人を人とも思わない凶悪なテロリストだ。
無力化するにはなるべく多くの力が必要だろうが、無関係な人達を巻き込むわけには行かないからな。
少なくとも梅花園を巻き込むわけには行かないから……シュン教官やココナ教官にはこのことは秘密にしておいたほうがいいだろうな。
錬丹術研究会へは栄養ドリンクでも貰いに行ったと言い訳しておくとしよう。
七囚人のひとり、申谷カイ。
奴自身の戦闘力がどれほどあるのかは分からないが、薬で身体能力の向上をすることくらいは可能だろう。
それに狐坂がアレほど強いのだから、申谷も強いと考えるのが自然な話であるし。
あまり気は乗らないが、秘密裏に空崎委員長に相談して協力を要請するか……?
空崎委員長なら申谷カイがどれほど強かろうが、拘束することは可能だと思われるが……
「クソ……この忙しい時に……」
薬子先輩に協力すると言った以上、今回の事件に関しては何が何でも申谷を捕まえるところまでは見届けないと行けないだろう。
自分の発言には責任を持たなければならないからな。
とは言え、エデン条約のこともあるからゲヘナをあまり長いこと離れるわけにも行かない。
特に俺様は万魔殿所属の身だ、エデン条約機構であるETОについての打ち合わせもあるからなぁ……
それに万魔殿の仕事もあるし、給食部や梅花園の手伝いもあるわけで。
「……先生に相談するのはありかもしれんが。」
連邦捜査部、シャーレの先生のことが思い浮かぶ。
だが、羽沼議長から聞いた話によると先生は今ミレニアムサイエンススクールで何かをしているらしい。
詳細までは掴めなかったらしいが、何やら面倒事に巻き込まれていることは間違いなさそうとのこと。
……となると、先生に迷惑をかけるわけには行かないか。
それに、山海経の生徒達はよそ者に対する嫌悪感が強いからな。
いくら超法的組織であるシャーレとは言え、そうやすやすと介入することは出来ないだろう。
「……仕方ないな。」
……とは言え、俺様1人で出来ることにも限界はある。
本当は万魔殿のみんなにも協力を頼みたいが、山海経の複雑なパワーバランスを考えると万魔殿のような政治集団が表立って殴り込むのは得策とは言えない。
俺様だって万魔殿ではあるんだが、議長自らが乗り込むとなると政治的問題にまでなりかねないからな。
それに相手は七囚人のひとり、申谷カイだ。
羽沼議長やイブキ達を危険に巻き込むのは避けたい。
必要最低限のみ説明して、休暇をもらって薬子先輩と共に秘密裏に捜査を進めるほうがいいだろう。
となると、俺様が動くしか無さそうだ。
羽沼議長にはすべてが終わったら謝り倒すとして、長期休暇をもらえないか一度相談してみよう。
そう結論付けた俺様は、とりあえず配達後から不在にしていた梅花園へ帰るために足を進める。
帰ったらココナ教官に怒られるだろうなぁ……まぁ、仕方ないので甘んじて受けるとしよう。
シュン教官も帰ってきてたら姉妹の前で正座してお説教……なんてこともあるかもしれねぇし。
「あの2人怒ったら怖いんだよなぁ……」
そんな事を考えつつ、俺様は梅花園への近道をするために人気のほとんどない路地裏を進んでいく。
そして、梅花園に急ぐために早足になっていると……
「ククッ……君が丹花タツミかい?」
俺様の背後から、心底愉快そうな声がかけられた。
「……!?」
その声に反応し、俺様はすぐさま後ろを振り向く。
そこには、胸元のザックリと開いた黒のチーパオに白いコートを羽織った女性が立っていた。
右が白髪、左が黒髪と言った歪な髪色。
整った顔立ちが、愉快そうにぐにゃりと歪んでいる。
こいつ……一体ナニモンだ?
「アンタは……?」
「おっと失礼。自己紹介がまだだったね?」
彼女の濁った黒い瞳と視線が交差する。
その瞬間、俺様は得体のしれない不快感を感じ取る。
背中や額に変な汗がにじみ出てきた。
「ククッ、会えて嬉しいよ丹花タツミ。私は申谷カイ。あぁ、世間では七囚人とも呼ばれているね?以後、お見知りおきを頼むよ?」
「なっ……!?」
その瞬間、体がひとりでに動く。
俺様はすぐさま肩にかけた折りたたみシールドを展開すると、ブークリエにマガジンを差し込む。
そしてチャージングハンドルを引き、銃口を目の前の人物へ向ける。
こいつが通称、五塵の獼猴……!
山海経に混乱をもたらした、人を人とも思わない外道……
キヴォトス七囚人のひとりの、申谷カイッ……!
「動くな!動けば撃つぞ!」
「……おや、随分とご挨拶だねぇ?こちらは丁寧に自己紹介をしたと言うのに。」
こちらを見下すようにニヤニヤとした笑みを浮かべながら、俺様にゆっくりと近づいてくる申谷。
「動くなっつってんだろ!本当に撃つぞ!」
「ほう?なら撃ってみると良い。まさか君の貧弱な体で私をどうこう出来ると本気で思っていないだろうね?」
「うるせぇ!その口を閉じろ!」
得体のしれない威圧感に背中に冷たい汗が流れるのを感じる。
俺様は盾の後ろに体を隠しつつ、ブークリエの銃口を申谷の身体へと向ける。
そんな俺様の事を申谷は舐め回すように見つめてくる。
「……ふむ。これならば実験に充分耐えうる強度だ。ヘイローがないと聞いた時は不安だったが、君が思ったよりも頑丈なようで安心したよ、丹花タツミくん?」
「何をわけのわからねぇことを言ってんだ……!」
「ふむ?今ので理解できなかったのかい?これだから凡夫は……いいだろう、説明してあげようじゃないか。」
両手を大きく広げ、申谷は心底愉快そうに笑う。
「いやなに、ここキヴォトスには女子生徒しかいないだろう?私はある目的のために人体実験を行っているのだが、そのサンプルが女だけだといささか不安だし、最近は結果も似たようなものばかりで退屈でねぇ?そこに、私のことを嗅ぎ回っている君が現れたと言うわけだ。」
「何が言いたい!?」
「おや、ここまで言って分からないかい?」
申谷はそう言うと、更に俺様に近づく。
「私のことを秘密裏に嗅ぎ回っているよそ者が1人消えたところで、何も問題ないとは思わないかい?」
「ま、まさか……」
「ふふ……君は私の薬を飲んだらどんな反応をしてくれるんだろうね?喜ぶのか、それとも悲しむのか。視力を失うのか、四肢が麻痺するのか、それとも感情が壊れて廃人になるのか……実に楽しみだ。」
「このっ……クソイカれ野郎がァァァ!!!」
ブークリエの引き金を引く。
散弾が発射されて申谷の体に命中するが、申谷はどこ吹く風と言った表情をしている。
「ふぅ、念の為身体強化の薬を飲んでいて良かったよ。やはり山海経の萬年参はよく効くねぇ……まぁ、仙丹でないのが非常に残念だが。」
「なんだと!?密輸は阻止したはずだぞ!?」
「おや、私が密輸ルートを一つだけしか用意していないとでも思ったのかい?」
「そもそもどうやってここまで来たんだお前!山海経は常に玄龍門の目が光ってるはずだぞ!?」
「なに、些細なことさ。山海経は元々私の庭だったからねぇ?奴らに見つからないルートなどいくらでも知っているさ。」
余裕綽々と言った感でそういう申谷カイ。
そんな光景を見て、俺様の中に怒りが立ち込める。
「……申谷カイ。俺様はお前を絶対に許さん。」
「おや?私は君に何もしていないはずだが?」
「ハッ!今まさに実験のサンプルにしようとしてるくせによく言うぜ……まぁ、俺様の事はどうでもいい。」
盾をドン!と叩きつけ、俺様は叫ぶ。
「お前はやっちゃいけないことをした!」
「ココナ教官や梅花園の子どもの善意に付け込んで密輸って言う犯罪の片棒を担がせようとして!」
「自分を慕ってくれた生徒達にわざと副作用の出る薬を飲ませ、あまつさえ解毒剤が欲しければ従えと奴隷のように手駒にして!」
「仙丹だかなんだか知らないが、自分の目的のためなら何人犠牲にしてもいいと思ってるその精神!人を人とも思ってねぇ鬼畜じみた所業なんざ数え切れねぇ!」
足を踏み鳴らし、俺様は申谷を睨みつける。
「俺様はお前を許さない!絶対に捕まえてやる!」
「覚悟しろよ……申谷カイッ!!!」
そして、腹の中から力いっぱいそう叫んだ。
「……言いたいことはそれだけかい?」
「何だと……!?」
申谷は俺様の言葉を聞くと、やれやれと言った表情で頭を左右にゆっくりと振った。
「くだらない、実にくだらないよ丹花タツミくん。正義の味方ごっこなど、今時時代遅れだよ?」
「何だと!?ふざけてんのかてめぇ!」
「ふざけてなどいないさ。君があまりにも理解不能だったからちょっと……ね?そう怒らないでくれたまえ。」
そう言って申谷は口元に手を当て、にやぁっと口元を歪める。
「ククッ、七囚人などと呼ばれる私を山海経は追放し過去のものにしようとしたけれど……私は山海経を忘れてなどいない。もちろん錬丹術研究会のことも、ねぇ?」
「てめぇ……何をするつもりだ!?」
「なに、私は私のものを取り戻しに来た。それだけだよ。」
そう言って、くすくすと笑う申谷。
「そうさ。私は取り戻しに来たんだ。誰にも邪魔はさせないよ。」
「目的はなんだ!錬丹術研究会で何をするつもりだ!」
「おや、君も私を嗅ぎ回っていたなら知っているだろう?もちろん仙丹の完成のためだよ。」
「……そのために、たくさんの生徒を地獄に突き落としてもか!?頑張っている梅花園の教官や無垢な子ども達に、犯罪の片棒を担がせてでもか!?」
「仙丹が完成すれば、全ては些細なことさ。」
「些細なこと……だとッ……!?」
「あぁそうさ。仙丹を完成させ、神仙になること……それこそ私が錬丹術研究会を立ち上げた理由だからねぇ。」
愉快そうに笑う申谷。
「そのためなら何人の凡夫が犠牲になろうと、子どもに犯罪を手伝わせようと構わない。全ては仙丹の完成のため。そのために私は錬丹術研究会へ戻らねばならないのだよ。そのために色々と計画をしていてね?萬年参の密輸もその1つだった。上手く行けば月影祭に合わせて計画を実行出来るはずだったのに……全く面倒なことをしてくれたものだよ、なぁ丹花タツミくん?」
一歩づつ俺様に近づいてきながら、申谷はそう言う。
「そもそも薬の副作用だって彼女達が望んだもので彼女達の判断でそうなったのだろう?それを私に責任転嫁するとは……まったく、凡夫はこれだから困る。」
また一歩俺様に近づきながら申谷は続ける。
「私の計画を邪魔した報いは、その身を持って受けてもらよ。」
「……そうか、てめぇの考えは分かったよ。申谷カイ。」
俺様は盾を折りたたんで肩にかけると、こちらへ向けて歩いてくる申谷に対して俺様からも近寄っていく。
そしてブークリエの銃口を下ろして肩に担ぐと、両手を使って申谷の胸ぐらをつかみ上げた。
冷静じゃないのは分かってる。
でも、こいつだけは許せない。許していいわけがない。
「ククッ……いきなり女性に触るとはデリカシーがないのではないかな?」
「黙れ申谷カイ。お前の目的の……なんだ、仙丹だったか?」
「ほう、興味があるのかい?」
「まさか。ただ……」
俺様は申谷の顔を覗き込むと、心底愉快そうに笑ってやる。それを見た申谷は少し怪訝な表情を浮かべた。
その顔を見た俺様は、鼻で笑いながら口を開く。
「いやなに、そんなゴミを作るために、随分と御大層なことをやってるんだ……と思うとおかしくってよ。」
「……は?」
そう言うと、俺様はその場で爆笑してみせる。
「だって考えても見ろよ。そんな大勢の人を犠牲にして完成したものが素晴らしいものであるわけがないじゃねぇか。人より大事なものなんてこの世にゃねぇんだ。」
「そんなもんはゴミだゴミ。何の価値もねぇよ。」
「あ、そうだ!今から仙丹なんて大層な名前じゃなくてゴミに改名したらどうだ?いやでもそれじゃゴミに対して失礼か?カスの方がいいかもしれねぇな?」
「そしてそんな何の価値もない物を作るために必死になっているお前は哀れだよ、申谷カイ。」
「……ククッ、言わせておけば随分な言い草だねぇ?」
初めて少しだけ不快感の混じった表情を浮かべる申谷。
奴はそう言うと、胸元に手を突っ込みその中から紫色の液体が入っている小瓶を取り出した。
「決めた。この新薬の実験体には今ここで君になってもらおう。」
「へぇ、やれるもんならやってみろよ?」
「ククッ……そろそろ私を舐めるのもいい加減にしたまえよ?丹花タツミくん?」
そう言うと、申谷は俺様の肩を掴むと壁に押し付けた。
いわゆる壁ドンの体制になる俺様と申谷。
「仙丹がゴミ……?冗談もほどほどにしたまえ。」
「ハッ!誰が何と言おうと仙丹はゴミだ。そしてそれを作ろうと必死になってるお前は哀れなんだよ!」
「……ククッ。」
ギリギリと申谷の手に力が入る。
壁に体が押し付けられ、息が苦しくなっていく。
「随分と知ったような口を利くねぇ?私の過去も知らないくせに……」
「なんだ?この期に及んでお涙頂戴の昔話でも聞かせてくれるのか?」
「あぁそうだとも。私がこうなったのは……私のせいではない。他ならぬ玄龍門の現当主、竜華キサキのせいだからなぁ?」
「……なんだと?」
ここでその名前が出てくるとは思わなかったが……そういや、こいつは確か事態を重く見た竜華先輩に山海経を永久追放されているんだったな?
だがそれは……ちゃんちゃらおかしい話だ。
「おいおい、どんなお涙頂戴エピソードかと思えば……」
「ククッ、まぁ聞きたまえよ。涙なしでは語れない素晴らしいエピソードだよ?」
「あぁ、言わなくていいぞ。大体把握しているし。」
俺様は申谷をもう一度睨みつけ、口を開く。
「要はお前は自分を追放した竜華先輩に恨みがあるわけだろ?私はただクスリの研究をしてただけなのに〜とか何とか思ってんだろうが……」
「お前がそうなったのは竜華先輩のせいじゃない。お前の自業自得ってやつだ。」
「……ほう?私の過去はサヤから聞いたのだろう?どうだい、とても可愛そうだとは思わないかい?」
「全く思わねぇな。お前がそうなったのは他ならぬお前自身の選択の結果だ。」
俺様は申谷を睨む。
「お前がやってることは他人を不幸にして凡夫と見下して、正しい判断をした竜華先輩を逆恨みして、自分のやった責任から目をそらしてるだけだ。」
「他人を傷つけ、侮辱し、挙句に責任転換……」
「ハッ、ただのクズじゃねぇか。追放されて当たり前だろ。それで竜華先輩を恨むのは逆恨みもいいところ、三下のやることだぜ?」
喉を鳴らし、申谷を嘲笑ってやる俺様。
「お前は自分勝手で傲慢なだけじゃなくて、自分のやったことの責任すら取ることが出来ないただの三下だ。」
「いや、それともお前の言葉を借りて【凡夫】って言ったほうがいいか?なぁ申谷カイ?」
「お前ッ……!!!丹花タツミッ……!!!」
申谷は涼しい顔を見る見るうちに憎悪に染め上げると、俺様の首を手の平で掴んできた。
あまりにも強い力に思わず声が出る。
クソ、息が……ッ……!
俺様は思わず申谷の胸ぐらから手を離し、俺様の首を掴んでいる手を強く握った。
そのまま引き剥がそうとするが、そんな物どこ吹く風と言ったように申谷は俺様の体を一旦壁から離す。
そして、次の瞬間一気にそのまま体重をかけられ壁に背中から叩きつけられた。背中に激しい痛みが走る。
「グッ……!?」
「楽に死ねると思わないことだね!丹花タツミィ!!」
「上等だ……!やれるもんならやってみろよ……!」
負けじと申谷に体をぶつけ、睨み返す俺様。
申谷は俺様の首から手を離すと頬に手を当て、口に指を突っ込み無理やり口内に手にした小瓶の液体を注ごうとしてくる。
俺様は必死で口内に侵入してきた申谷の指や手の平を噛むが、申谷は少し顔を顰めるだけでびくともしない。
なんとかして振りほどこうと暴れるが、顔はガッチリと申谷の手で固定され体は申谷の体重をかけられているせいで身を捩るのが精一杯だ。
「ククッ……言い忘れていたが、この薬は私の自信作でねぇ。君がどんな反応をした上で死んでくれるのか楽しみだよ!」
目を見開き、愉悦と憎悪の混ざったドロドロとした表情で小瓶を俺様の口にどんどん近づけてくる申谷。
クソ!なんとかして振りほどかねぇと……!
頭に血が上って思わずつかみかかっちまったが、こんなところで死ぬわけには……!
「それで抵抗のつもりかい?ククッ、なんてか弱いんだろうね?絶対に逃さないよ……丹花タツミ……!」
ーーーダァン!ーーー
そんなことを考えてなんとか申谷を振りほどこうと揉み合っていると、突然その場に銃声が鳴り響いた。
その銃声と共に放たれた銃弾は申谷の手首に着弾したようで、申谷の手にした小瓶が手の中から吹き飛ぶ。
そして、吹き飛んだ小瓶は地面へ落下しガラスの割れる音と共に小瓶の中身が散乱する。
申谷は俺様を乱暴に突き飛ばすと、銃弾食らった手首を押さえながら銃声の鳴った方向へと向き直った。
突き飛ばされた俺様は地面へと転がる。
「薄汚い手でその方に触れないでいただけますか?五塵の獼猴、申谷カイ。」
俺様は急いで立ち上がり、首に手を当てて呼吸を整えているとどこかで聞き覚えのある声がその場に響く。
「……これは驚いたねぇ。」
申谷はその人物を見るなり、愉快そうな声を挙げた。
俺様も思わずそちらへと視線を向けると、そこにはヒラヒラとした和服に狐面を被ったいつかの仮面女の姿があった。
「狐坂ッ……!?」
「ウフフ♡お久しぶりですね、タツミさん♡」
あと2話くらいで終了予定です
それが終わったらエデン条約編に入ります