「申谷カイと接触したぁ!?」
錬丹術研究会の会長室にて。
俺様が申谷カイと接触したと言う話を聞いた薬子先輩は目を見開き、大声でそう叫んだ。
あのあと狐坂と対決してなんやかんやで痛み分けに終わった俺様は、その足で錬丹術研究会へとんぼ返りし玄龍門から帰ってきていた薬子先輩へ申谷カイと接触したことの説明を行っていた。
なお、梅花園には錬丹術研究会での用事が長引いているため遅くなると連絡をしておいた。
その際にココナ教官は「もう!なるべく急いで下さいねっ!」と大変お冠だったし、シュン教官も帰ってきていたようだから梅花園に戻ったらお説教だろうなぁ……
「だ、大丈夫なのだ!?何か変なこととかされなかったのだ!?変な薬とか飲まされなかったのだ!?」
「あー……変な薬は飲まされそうになりましたけど、なんとか抵抗して阻止しましたよ。」
「そ、そうか……良かったのだ。いや良くないけど!」
ガリガリと頭を掻きむしる薬子先輩。
「……すみません。あそこで捕まえられればよかったんですが。」
「何を言っているのだタツミ。カイ先輩は私達の手に負える様な相手ではないのだ……君が無事だっただけでも私は嬉しいのだ。」
そう言うと、薬子先輩はニコっと笑ってみせた。
……そう言ってもらえると少し心が軽くなる。
「それにしても、カイ先輩が山海経に侵入してきたのは問題なのだ。山海経は玄龍門や玄武商会の目がありとあらゆるところで光ってるはずなのに……」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる薬子先輩。
そう、問題はそれなんだよな。
申谷は山海経は庭だから玄龍門や玄武商会に見つからないルートなどいくらでも知っていると言っていた。
それはつまり、申谷カイはいつでも山海経に侵入して悪事を働くことができると言っていることと同義だ。
早急に山海経全体の警備の強化をする必要があるだろうな……
「それにカイ先輩は錬丹術研究会に固執している……それはやっぱり……」
「まぁ……奴の目的のためでしょうね。」
仙丹を完成させること、それが申谷カイの目的だ。
そのために奴は錬丹術研究会に戻って来たいんだろう。
錬丹術研究会は最新の設備が整っているし、薬の材料となるものもたくさん保管されているからな。
仙丹が一体どんな薬なのかは知らんが……まぁ、ろくでもない物なのは確かだろう。
そんなくだらないもののために、再び山海経を危険にさらすわけにはいかない。
「まぁその、俺様に出来ることなら協力しますよ薬子先輩。ここまで関わっちまったんです。申谷カイをこの手で捕まえるまでは俺様も納得できませんし。」
「……うん、ありがとうなのだタツミ。」
そう言うと、薬子先輩は力なく笑った。
これで少しでも肩の荷が降りてくれるなら幸いだが。
「ところでタツミ。なんだかめちゃくちゃ疲れてるように思うけど……カイ先輩と接触した以外にも何かあったのだ?」
「ハハ……ちょっと色々ありましてね。」
結局、あの後狐坂とも一戦交えちまったからな……
なお結果は引き分けで、俺様達が立てている銃声に気がついた玄武商会の商人が駆けつけてきたため山海経に侵入していることがバレるわけには行かない狐坂がそのまま撤退して勝負は次回に持ち越しとなった。
ちなみに、狐坂の事は薬子先輩には伏せておいた。
ただでさえ申谷の事でいっぱいいっぱいなのにそこへ狐坂の事まで言うとパンクする可能性があるからな。
あとはまぁ……狐坂は打算ありきとは言え俺様を助けてくれたわけなので、その負い目もあるし。
梅花園に手を出さないと誓った以上は別に黙っておいても問題ないだろう。
……山海経で破壊活動をされるのは困るけど。
「まぁ大したことじゃないっすよ。」
「そう?ならいいんだけど……」
薬子先輩はそう言うと、ふと何か考え込むような仕草を見せた。
そして何かを決心したような表情をすると、口を開く。
「タツミ。カイ先輩と接触までしたなら、もう門主と直接会って今後の対策を考える方が良いと思うのだ。」
薬子先輩は真剣な表情でそう言った。
……まぁ、確かにそれはそうかもしれない。
現状萬年参の密輸を申谷カイが企んでいたことを知っているのは俺様、薬子先輩、竜華先輩の3名のみ。
その上で竜華先輩が玄龍門の内部の人間であろう密輸の実行犯を探ってくれている状態だが、申谷カイが直接山海経へ乗り込んできたならば話は変わってくる。
そんな事を悠長にやっている場合ではない。
即刻何かしらの対策を考え、山海経に申谷カイを侵入させないようにする必要がある。
申谷カイの狙いは錬丹術研究会。
ここを取り戻して、仙丹とか言うくだらん薬を作る事。
それが奴の目的だ。
だから最悪申谷カイを山海経に潜入させない事は無理としても、ここだけは守りきらないといけない。
また同じ悪夢を繰り返すわけには行かないのだ。
現状、申谷カイが山海経へ潜入して俺様へ接触したことを知っているのは俺様と薬子先輩のみ。
竜華先輩にも情報の共有をしておく必要はある。
「ぼく様がまた門主に会ってもいいんだけど、又聞きになるときちんと情報が伝わらない可能性もあるから……」
「……そうですね、俺様が直接話すほうが話が早いでしょうしその方が良いと思います。」
……が、1つ懸念はある。
「でも、いくら申谷と接触したとは言えゲヘナの人間を玄龍門がすんなりと招き入れてくれるもんなんすか?」
「うーん……問題はそこなのだ……」
薬子先輩はそう言うと、渋い表情を浮かべる。
玄龍門は伝統を大切にするかなり保守的な組織で、よそ者に対する嫌悪感が強い。
それは俺様がこの前うっかり敷地内に入ってしまった時に問答無用で銃を突きつけられた事からも明らかだ。
門主の竜華先輩に限ってはそうではないらしいが……
とは言え、話を聞く限りではそうやすやすと外部の人間である俺様が入っていけるような場所ではない。
しかし竜華先輩にはこの事を伝えなければいけない。
……困ったな、どうしたものか。
しかし、だからと言ってまさか末端の構成員にまで俺様が申谷カイと接触したと言う訳にもいかないだろう。
そもそも申谷の存在は山海経でも知っている者はそれほど多くないとのことだし何ことか分からない可能性もある訳で。……参ったな。どうするべきか。
「……あっ、そうだ!」
俺様が頭の中でそんな事を考えていると、薬子先輩は何かを閃いたような表情で手の平を拳でポンと叩いた。
「ふっふーん!それならぼく様にいいアイデアがあるのだタツミ!」
……なんだろう、ものすごく嫌な予感がする。
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と言うわけで俺様と薬子先輩は竜華先輩に会うために玄龍門の総本山、六和閣へとやって来ていた。
「薬子先輩、本当に大丈夫なんでしょうね……?」
「大丈夫なのだ!ぼく様を信じるのだ!」
「不安しかねぇ……」
何故か鼻歌を歌いつつ上機嫌な薬子先輩。
そんな薬子先輩を見て俺様はため息を吐き出した。
ちなみに、あのあと薬子先輩にいいアイデアとは何なのかを聞いたところ……
「ふふふ……タツミ、錬丹術研究会の制服を着るのだ!」
と言うことらしく、今の俺様は山海経の男物の服装を適当に見繕ってその上から錬丹術研究会の一員の証である白衣を羽織っている。
まぁ、つまり早い話が変装ってことなんだが……
「さすがにバレバレなのでは……?」
一応マスクをして顔を隠しているとは言え、流石に見る人が見れば分かってしまうのではと思わなくもない。
と言うかそもそも俺様は男だぞ?
キヴォトスに男子生徒なんて俺様以外にいるかどうかってレベルなんだから、流石に怪しまれる気がする……
「ふっふーん♪ぼく様とお揃いなのだ!」
……と思うんだが、何故か上機嫌な薬子先輩を見るととてもじゃないがそんなことを言える雰囲気ではない。
と言うか、なんでこんなに機嫌いいんだ薬子先輩?
「ってか薬子先輩。錬丹術研究会の部員に変装するのはこの際いいとして、そもそも会長である薬子先輩はともかくただの部員である俺様を玄龍門が中に入れてくれるんすか?」
俺様は首を傾げると、薬子先輩にそう質問した。
錬丹術研究会は聞くところによると薬子先輩の方針で「何も要求しないからこっちにも干渉するな」と言う相互不干渉の立場を取っているそうで、玄龍門の味方でもなければ玄武商会の味方でもない組織らしい。
つまり簡単に言うと中立的な立場なのだが、玄龍門が自分たちの味方であればともかく中立組織を歓迎してくれるとは思えないのだが……
「大丈夫なのだ!ぼく様は門主とはわりと話す仲だしそれは玄龍門の人間も知ってるから、いい顔はされないと思うけど中には入れてくれると思うのだ!」
薬子先輩はキッパリとそう言い切った。
……まぁ、それなら安心か。
それから俺様と薬子先輩はしばらく歩いていき、玄龍門の建物の入り口へと到着した。
建物の入り口には警備と思わしきスーツにサングラスをかけた生徒が2人、扉を守るように立っていた。
俺様達はそのまま扉の前まで歩を進め、警備の生徒は俺様達に気がつくと小走りで駆け寄って来る。
「止まれ!所属と名を名乗ってもらおうか?」
警備らしき生徒は銃をこちらへと向けてくると、高圧的な口調でそう言う。
やはり、あまり歓迎はされていないようだ。
「錬丹術研究会会長の薬子サヤなのだ。」
「なんだ、お前か薬子サヤ……先程来たばかりだと聞いているが?」
「それが大事なことを伝え忘れちゃって……そんなに時間は取らせないから、門主に合わせてもらいたいのだ。」
「……まぁいいだろう。」
警備の生徒はほんの少しだけ考え込む仕草をしたが、中へ入れてくれるようだ。
「ところで薬子サヤ。隣の者は誰だ?このあたりでは見ない顔だが……」
俺様にサングラス越しの目を向けつつ、護衛の生徒は怪訝そうな声でそう呟く。
……まぁそりゃ聞かれるよな。
「見ての通り錬丹術研究会の部員なのだ。この前入ってきたばかりの新人だから、見ない顔なのは当然だと思うのだ。」
「……どうも。」
俺様は頭を下げる。
「門主に伝え忘れてたことを伝えるついでに、この部員の紹介もしておこうかと思ってぼく様から声をかけて付いてきてもらったのだ。」
「……まぁそういうことなら良いだろう。あまり門主様の時間を取らせるんじゃないぞ?」
「分かってるのだ。手早く済ませるのだ。」
警備の生徒はそう言うと、扉の鍵を解錠して俺様と薬子先輩に入れと言うジェスチャーをした。
……本当にこれで行けるんだな。てっきりもっと怪しまれるものかと思ったが、薬子先輩の人望なのだろうか。
そんな事を思っていると薬子先輩が建物へ入っていくが見えたため、その後に俺様も続く。
「案内は必要か?」
「何回も来てるから大丈夫なのだ。」
「分かった。くれぐれも騒ぎを起こすなよ?」
「うん、分かってるのだ。」
警備の生徒とそんなやりとりをしつつ、俺様は薬子先輩の案内で竜華先輩の元へと向かうのだった。
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「とりあえず、詳細は以上になります。竜華先輩。」
「……ふむ、それは厄介じゃのう。」
玄龍門の竜華先輩の私室にて。
俺様は薬子先輩と共に、正面のソファに腰掛ける竜華先輩と向かい合うような形で椅子に座っていた。
目の前で顎に手を当てて何かを考える、黒のお団子から垂れた二本のツインテールに山海経の伝統的な衣装である黒のチーパオを身にまとった小柄な女性。
この人が玄龍門の現門主である、竜華キサキ先輩その人である。
薬子先輩の要望で3人で話がしたいと言う希望に応えてくれた竜華先輩の案により彼女の私室で話をすることになった俺様と薬子先輩。
その際にお付きの近衛先輩がかなり騒いでいたのだが竜華先輩の一言により一発で大人しくなり、今は竜華先輩の私室の前で警備に当たってくれている。
それから俺様は事情を一通り説明し申谷カイと接触したことを伝え、ヤツの狙いが恐らく錬丹術研究会であろう事。萬年参の密輸ルートが他にもあること。
山海経へ侵入されてしまったことなどを伝えて、今後の方針をまとめた。
まずは、萬年参の密輸に関わっている人間の確保。
そこから申谷カイが潜伏している場所の情報を聞き出して、聞き出せなかったら人員を割いて捜索。
見つけ次第身柄を拘束してヴァルキューレへ引き渡す。
次に申谷カイが山海経へ侵入して来たため、山海経全体の警備の強化をする。
特に奴の目的である錬丹術研究会はいつ狙われてもおかしくない状態なので、竜華先輩の権限で動かせる人員を常に警備に当たらせるそうだ。
とりあえず、まとまった方針としては以上だろうか。
ちなみに、竜華先輩は俺様の事を知っていた様子で「シュン教官やココナ教官から其方の事は聞いている」と言っていた。
そういや竜華先輩は梅花園を気にかけてくれているんだもんな。あの二人から話がいくのも納得か。
けど……なんか、竜華先輩って何処かであったことあるような気がするんだよなぁ……
でも玄龍門の門主ともあろう人がその辺をフラフラ出歩くなんてことはないだろうし……俺様の気の所為か?
「事情は把握した……ともかく、申谷カイが山海経へ侵入してきたのは由々しき事態じゃ。早急に何か手を打たねばなるまいて。」
俺様がそんなことを考えて居ると、深刻そうな表情して竜華先輩はそう言った。
「タツミ、カイが玄龍門に見つからないルートをいくらでも知っていると言ったのは確かなのじゃな?」
「はい。確かに奴はそう言ってました。」
「……ふむ、なら山海経全体の警備を強化する必要があるのう。ミナと相談してみるしかあるまい。」
……まぁ、現状ではそれしか手がないからな。
帰ったら秘密裏に空崎委員長辺りに相談するのはありかもしれないが、エデン条約の調印式の後のほうが都合は良いよなぁ……
「ところで門主、萬年参の密輸に加担した構成員は見つかったのだ?」
「その件なら今はミナに命じて最近崑崙山へ入山した人物を調べている所じゃが……既に目星は何人かは付いておる。」
「も、もうそこまで行ってるのだ!?」
薬子先輩が驚いたように目を見開いてそう言う。
……随分と仕事が早いな。薬子先輩から事情を聴いてからまだそんなに時間は経っていないはずだけどもう容疑者を絞り込める段階までこぎ着けているのか。
それだけ萬年参の密輸ってのは重罪なんだろう。
「萬年参が密輸される、しかもそれが他ならぬカイの仕業だとすると事態は一刻を争うからのう。」
深刻そうな顔をしてそう言う竜華先輩。
まぁとにかく、申谷カイが山海経にいつでも手を出せる状態なのがマズいのは間違いないだろう。
早急に密輸犯の特定と、申谷カイの居場所の特定をしなければならない。
最悪、居場所の特定が出来ないなら水際で申谷カイを山海経に入れないと言うことだけは徹底しないと。
「竜華先輩、俺様にも出来ることがあるなら言ってください。奴の悪行は薬子先輩から聞きましたが、到底許せるものじゃないです。」
俺様は顔をしかめながらそう言った。
……もう二度と、山海経を奴の手で混乱に陥れるわけには行かないからな。
落とし前はきっちり付けさせてもらうぞ……申谷カイ!
「……すまぬのうタツミ。お主は山海経の人間ではないのに、このような事に巻き込んでしもうて。」
そう言って、頭を下げてくる竜華先輩。
「頭を上げてください、竜華先輩。奴は梅花園にまで手を出そうとしたんです。俺様はそれが何よりも許せないので……協力は惜しみませんよ。」
「そうか……感謝するぞ、タツミ。」
竜華先輩はそう言うと、少しだけ笑みを見せた。
「……ときに、1つ質問をしてもよいか?タツミ。」
「はい、構いませんよ竜華先輩。」
俺様の言葉を聞くと、竜華先輩は口を開いた。
「……何故、其方は妾やサヤに手を貸す?其方が梅花園の事を大切に思うておるのは妾も知っておるが、カイの事にまで関わっても得られるものなどないじゃろう。」
「むしろ危険の方が多いはずじゃ。こちらとしては、其方は完全に巻き込んでしまっている形になるのじゃからこの件からは手を引いても何も言わぬ。」
「……それでもお主がカイを捕らえんとする理由。それはなんじゃ?」
……なんだ、そんなことか。
そんなのはもちろん決まってる。
「人を助けるのに理由がいりますか?竜華先輩。」
俺様は竜華先輩の目を真っ直ぐに見据えると、はっきりとそう言い切った。
目の前で困っている人がいるのに、助けないと言うのは俺様の流儀に反する行為。単純な話である。
それにこれはもう乗りかかった船だ、今更降りるなんてのは頭にない。
「……ほう。」
「それに、俺様は申谷カイを許せない。」
人を人とも思わない申谷カイの悪行の数々。
奴の作った薬のせいで未だに苦しんだり、生きる気力を失ってしまった生徒はたくさん居る。
それでいて奴は傲慢で、自分がやったことの責任から逃げ、挙げ句自分は悪くないなんてほざくクソ野郎だ。
そんな外道を許してはおけない。
それに奴は梅花園にまで手を出しやがったんだからな。
ただで済むと思わねぇことだ。
「竜華先輩は山海経のためにも申谷カイを捕まえたい。俺様は申谷カイを許せないから申谷カイを捕まえたい。理由は違えど、最終的な目的が同じなら協力を惜しむ理由はないですよ竜華先輩。」
……それに、薬子先輩とも約束したしな。力を貸すって。
男なら一度した約束は守らないといけねぇしよ。
「タツミ、ぼく様からも礼を言うのだ。」
「いえいえ。このくらいお安い御用ですよ薬子先輩。」
隣で頭を下げてくる薬子先輩に対して、俺様はそう言うと頭を上げるように促す。
「……ふふ。やはり其方はお人好しじゃのう。」
「……え?」
「いやなに、梅花園で見た時と何ら変わらぬと思うたら少しおかしくてのう。」
「……?」
竜華先輩はそう言って薄く微笑んだ。
梅花園で見た時って……俺様、梅花園で竜華先輩と会ったことないと思うんだが……?
そんな事を思っていると、竜華先輩がソファから立ち上がったかと思うとゆっくりと俺様に近寄ってきた。
「……?」
俺様が何事かと不思議に思っていると、竜華先輩は俺様の肩を掴んだかと思うと口を耳元に近づけてくる。
……って、ちょっと!?
「竜華先輩!?」
「も、門主!?一体何を……!?」
困惑する俺様と絶叫する薬子先輩を尻目に、俺様の耳元まで顔をピッタリと寄せた竜華先輩。
耳に彼女の息づかいが……!む、無心!無心だぞ俺様!
俺様が内心でそう繰り返していると、竜華先輩の口から言葉が発せられた。
「ありがとう、タツミお兄ちゃん。頼りにしてるね?」
「……えっ?」
竜華先輩はやや早口でそう言うと、俺様の耳元から顔を引っ込めるとそのままソファへ戻っていく。
そしてソファに再び腰掛けると、何事もなかったかのように涼しい顔でテーブルの上のお茶を一口飲んだ。
いやちょっと待て、今タツミお兄ちゃんって……!?
「まさか……!?」
いや、でもそんなはずは……
でもキキちゃんってよく考えたら竜華先輩とそっくりな気も……俺様は混乱した頭で竜華先輩を見やる。
竜華先輩はそんな俺様の視線に気がついたようで少しだけ顔を赤くしてイタズラっぽく微笑むと、軽くウィンクをして唇に人差し指を当てる。まさか……本当に……?
……いや、いくらなんでもそんなことはないはずだ。
そもそもキキちゃんは竜華先輩にそっくりとは言え梅花園の園児なんだぞ?
それに仮にも玄龍門の門主ともあろう人がスモッグを着て園児に紛れるなんてことをするわけないがない。
恐らく梅花園に俺様がよく行ってる事を聞いているからイタズラを仕掛けたってだけだろう。
そうだ、そうに違いない。
「も、門主……?」
なお、そんな竜華先輩と俺様を見た薬子先輩は借りてきた猫のようにぷるぷると体を震わせていた。
宇宙猫ならぬ宇宙ネズミになっている。
「……さて、それではここまで来たらタツミには妾の身体のことも話しておく必要があるじゃろうな。」
そう言うと、竜華先輩の顔が先ほどまでのイタズラっぽい雰囲気から一転して真剣な表情に変わった。
その言葉に、場の空気が一気に変わる。
「門主!?いくらなんでもそれは……!」
「サヤ、タツミはカイの拘束に全面的に手を貸してくれると言うておるのじゃ。であれば、妾の体のことも隠さずに話しておく必要かあるじゃろう?」
……竜華先輩の体のこと?
「で、でも……」
「共にカイを捕らえるのであれば、我々は同士じゃ。そのような関係に遠慮など不要じゃろう?」
「それはそうかもしれないけど……でも……」
「のうサヤ。妾はタツミがこの事を口外するような男には思えぬのじゃが……其方はどう思う?」
「そ、それはぼく様もそう思うけど!」
「なら良いじゃろう?サヤ。」
「……うん。わかったのだ。それが門主の判断ならぼく様はもう何も言わないのだ。」
薬子先輩は必死に食い下がっていたが、やがて竜華先輩の言葉に折れるとその後は口をつぐんだ。
「あの、竜華先輩。先輩の体のことというのは……?」
「……それを説明するには、申谷カイのことを今一度話さねばならぬのう。」
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その後、竜華先輩の口から聞かされたのは受け入れがたい衝撃の事実だった。
申谷カイの悪行にこれ以上奴を山海経に在籍させることはできないと判断し、門主の座に上がってすぐに申谷の山海経からの永久追放を決断した竜華先輩。
彼女はその際、その判断に激しく逆上した申谷カイに毒を飲まされてしまったらしい。
そのせいで竜華先輩は1日のうち数時間しか活動できない体となり、それ以外の身体機能も衰えて病弱になってしまった……とのことだ。
現在はその体を治すために薬子先輩がいろんな薬を調合して試しているが、やはり申谷の薬の効力は凄まじく症状を軽くする事や活動時間を伸ばす事は出来ても完全に治療することは未だに叶っていないらしい。
「ふざけんなよ……!申谷カイ……!」
俺様は一連の事情を聞き、爪が手の平に食い込むほどに拳を作ってそれを握りしめていた。
自分のくだらねぇ目的のために大勢の生徒を地獄へ落としあまつさえ侮辱し、子どもすら道具として利用し、挙句の果てには逆恨みして竜華先輩に毒を盛った。
どこまで外道に落ちれば気が済むんだ、申谷カイ。
ここまで来ると狐坂の無差別テロがまだ可愛く見えてくるレベルだぞ……!
「……竜華先輩、ありがとうございます。そんな話を部外者である俺様に聞かせていただいて。」
聞いた話によれば、竜華先輩はこの事を薬子先輩と信頼できる数人くらいにしか話していないそうでそのいずれもが山海経の人物だ。
つまり、俺様のような部外者に本来であれば明かす話ではないのである。
玄龍門の門主がそんな状態だと知れば、山海経をどうにかしてやろうと言う連中も出てくるかもしれない。
なのに竜華先輩は部外者である俺様に自分の事情を明かしてくれたんだ。
「竜華先輩、この事は絶対に口外しませんので……」
「言葉にせずとも其方がそのようなことをせぬことはわかっておるよタツミ。顔を上げよ。」
俺様は頭を下げるが、竜華先輩に頭を上げるように促される。
「……必ず申谷カイを捕まえましょう。そして、竜華先輩の体を治す薬を無理やりにでも作らせてやりますよ。」
申谷カイ。
お前のやったことは許されることじゃないが、だからといってそれが償いをしなくていい理由にはならない。
やったことの責任は必ず取ってもらうからな……!
「タツミ……うん、そうだね。カイ先輩のやったことは許されることではないのだ。必ず捕まえよう!」
「はい、やってやりましょう薬子先輩!」
俺様と薬子先輩は顔を見合わせると、互いに拳を作ってそれをコツンとぶつけ合った。
「まぁとは言え、俺様はゲヘナ生ですしあまり表立って手を貸すというわけには行かないと思いますが。」
「……そうじゃのう。それをよく思わない構成員はおるじゃろうからな。」
竜華先輩の話によると、玄龍門も一枚岩ではないらしく何でも竜華先輩でも玄龍門の全ての構成員を動かそうとするのは至難の業だとのことだ。
それは組織として大丈夫なのかと思わなくもないが……まぁ、部外者である俺様が口を挟んでいいことではないので竜華先輩に任せるしかないんだけども。
「……それに、力を貸すと言った手前申し訳ないんですが俺様達ゲヘナはそろそろエデン条約の調印式に向けて動かないといけない時期でもあります。」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ俺様はそう言う。
クソ……この時期じゃなければな……!
よりにもよってこの面倒くさい時に問題を起こすなんて……許さんぞ申谷カイの野郎!
「エデン条約か。確かゲヘナとトリニティの間で結ばれる予定の和平条約じゃったな?」
「はい。俺様は万魔殿……生徒会所属の身なので、どうしてもそちらを優先することにはなってしまいまして。」
「よいよい。元よりカイの問題は山海経で解決せねばならぬことじゃ。言い方は悪くなるが、部外者である其方が気にすることではあるまい。」
「……すみません。」
「それに、こちらもエデン条約の調印式のあとに行われる月影祭へ向けての準備等もあるからのう……まったく、面倒な時期に問題を起こしてくれたものじゃ。」
「まったくですね。」
俺様と竜華先輩はお互いに顔を見合わせると苦笑する。
「竜華先輩、薬子先輩。お二人には俺様のモモトークの連絡先を教えておきますので、申谷の件で何か進展があれば言ってください。そうでなくても、梅花園には今後も顔を出す予定なので山海経へは定期的に来させていただきますけどね。」
ポケットからスマホを取り出し、俺様はそう言う。
それを見た竜華先輩と薬子先輩も頷き、俺様達はお互いに連絡先を交換した。
「……よし、ありがとうございます。何か進展があれば連絡して下さい。すぐにすっ飛んできますので!」
俺様は二人へ向けて笑顔を浮かべつつそう言った。
次にいつ申谷カイが山海経へ仕掛けてくる、もしくは攻めてくるのかは分からない。
なので、それまでにこちらからも申谷カイの潜伏している場所を探ったり手がかりを集めないといけない。
俺様はエデン条約もあるからあまり大っぴらには動けないが、その辺は竜華先輩と薬子先輩が主導して行ってくれるとのことだった。
いつでも申谷カイを捕まえられるように、いつその時が来ても良いように万全の態勢で臨もう。
こうして、俺様達3人は決意を新たにするのだった。
ちなみに、薬子先輩からは彼女が調合した薬を一瓶だけもらった。ドロドロとした緑色の液体だ。
彼女曰く【本気でピンチの時に飲むと良いのだ!】とのことだが、一体どんな薬なんだろうな……?
なお、このあと梅花園へ帰った俺様は案の定ココナ教官に「こんな時間までどこで油を売ってたんですか!」と正座をさせられてお説教されてしまった。
なお、何故かココナ教官は正座した俺様の膝の上に乗ってやけに俺様に抱きつきながら叱っていたんだが……
それを見たシュン教官が何故か頬を膨らませ、ココナ教官と共に俺様に抱きついてきたのはまた別の話。
「兄さんから離れてくださいシュン姉さん!」
「ココナちゃんばっかりずるい!私だってタツミさんに甘えたいんですからねっ!」
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「……ねぇ、門主。」
「わかっておるサヤ。タツミの話を聞く限りでは、カイはタツミのことを痛く気に入っているようじゃった。あやつの性格上、欲しいものは必ず手に入れないと気がすまんじゃろうて。」
「うん。だから、もしかしたら一番危険なのは……」
「他ならぬタツミ自身じゃろうな。」
「カイ先輩は目的のためなら手段は選ばないのだ。もしもタツミに危険が及んだら……」
「その時は妾とて容赦はせぬ。タツミは何の見返りも求めずにカイの拘束に協力してくれておるのじゃ。そのような男を外道の手に堕とすわけにはいかぬのでな。」
「しかし丹花タツミ……まさかあのカイまで虜にしてしまうとは。一番恐ろしいのは彼かもしれぬのう?」
一旦オリジナルストーリーはこれにて終了となります
カイとはいずれ決着をつけます
次回は日常回を挟むか、もしくはそのままエデン条約編に直行する予定です