「あ〜……もうやだ……疲れた俺様……」
そんなことをつぶやきながら、俺様はトリニティ総合学園内をフラフラとした足取りで歩いていた。
恐らく見る人が見れば、今の俺様はまったく生気のない表情をしていることだろうな……
そのくらい今の俺様には余裕がないのである。
結局、あの後ロールケーキをぶち込まれて桐藤先輩の隣でモゴモゴ言いながら手をバタバタさせる聖園先輩をスルーして俺様と桐藤先輩で話し合った結果、水族館と壊れた建物や道路の修理費は万魔殿が全て受け持つこと、そして今回俺様が直接ティーパーティーへ出向いての謝罪をしたことで今回はそれで手打ちという形になった。
正直結構あっさりと話がまとまって驚いたのだが、桐藤先輩もエデン条約の前に万魔殿やゲヘナに必要以上にふっかけて余計なトラブルを生みたくないということなのだろう。まぁ……良かったと言うべきだろうな。
しかし、俺様は何が悲しくてロールケーキを突っ込まれてモゴモゴ言ってる聖園先輩の隣で妙にいい笑顔を浮かべる威圧的マシマシの桐藤先輩と会話しなければならないんだよ……
謝罪会談中に何度吐きそうになったかは……まぁ数えるのも億劫になるレベルだったとだけ言っておこう。
主に聖園先輩のせいだけどな!
なお聖園先輩はロールケーキをハムスターみたいに頬張って飲み込んだあと、ティーカップに入った紅茶を一気飲みして目に涙を貯めながら俺様を睨んできた。
いや、だからロールケーキをぶち込まれたのは俺様のせいじゃなくてあんたの自業自得だからな聖園先輩……?
まぁとは言え、エデン条約前のこの時期にティーパーティーと揉めることだけは何としても避けたかったのでアクアリウム等の修理費と俺様の胃のダメージだけで済んだのなら正直かすり傷だろう。
後はこのことを万魔殿に帰って報告し、ティーパーティーの指定してきた口座に修理費を全額振り込めばこの件はこれで解決ということになる。
一時はどうなることかと思ったけど、とりあえずは穏便に事が収まったので何よりだ。
まぁ、帰って羽沼議長に報告したらどうせゴネるだろうからそれを宥めるのもやんなきゃいけないが……
まぁ、それは今は考えないでおこう。
「はぁ〜……帰ったらイブキに癒してもらおう……」
俺様はそんなことを呟きつつ、深い溜息を吐く。
……まぁ正直、ひとまず事が無事に終息した安堵と嫌味地獄から解放された疲労感が混ざり合ってとんでもない情緒になっている自覚はある。
なお、あの後俺様がティーパーティーの本部を出る前に桐藤先輩は心底申し訳なさそうに謝罪してくれた。
彼女が悪いわけではないから逆に申し訳なく思ってしまったけど、まぁ聖園先輩からの嫌味が思ったより心に来ていたので素直に受け取っておいた。
普段の俺様ならあの程度の嫌味は聞き流せるんだけど、今回はトリニティに来るまでにすでに精神的ダメージをかなり負っている状態への追い討ちだったからな……
さすがに弱っているところへのあれはキツい物がある。
ちなみに、聖園先輩に普段から振り回されて居そうな桐藤先輩にはこっそり胃薬を渡したのだが大層喜ばれた。
やはりと言うかなんというか、彼女も空崎委員長と同じくお労しいタイプの人種だったらしい。
それにティーパーティーのホストともなれば超多忙だろうからな……機会があればぜひ栄養のある料理でも作ってあげて食ってもらいたいものだ。
(しかし、マジで疲れたな……)
あー……帰ったらイブキニウムを補充しなければ……
そんな事を思いつつ、俺様は校内案内のパンフレットを片手にトリニティの校舎内を早足で歩いて行く。
もちろん目指すのはトリニティ総合学園の正門、つまりトリニティからの脱出口だ。
正直、先程からも周囲のトリニティ生達からは困惑と憎悪の籠もった目線を絶えず向けられている。
こんな針の筵に居続けると頭がおかしくなっちまいそうだからな……そもそも長居する理由も皆無だし。
トリニティでの用事は全て終わっているし、お互いのためにも俺様はとっとと退散した方がいいだろう。
そう思い、俺様は歩を進めていたのだが……
「……やばい、迷っちまったかもしれん。」
額に手を当てつつ空を見あげながら、俺様は苦笑しつつそんなことを呟いた。
いや、広すぎんだろトリニティ……!この広さはゲヘナとタメを張るか、それ以上に広いんじゃないのか……?
流石キヴォトス3大マンモス校と呼ばれるだけのことはある。生徒数のみならず学園のデカさも規格外のようだ。
にしても、ティーパーティーへ向かう時はほぼ迷わずに建物に到着できたのに何で帰りに限って迷うんだよ。
気が抜けてホッとしたから油断しちまったか……?
クソ、こんな事なら帰る時に正門まで送ってくれるって言う桐藤先輩の申し出を断るんじゃなかったぜ……!
……え?何で断ったのかって?
仕方ねぇだろ。聖園先輩が拳を握って桐藤先輩の後ろで「分かってるな?」みたいな笑顔で立ってるんだもん。
俺様だってまだ死にたくはねぇよ。
さて……とは言え困ったな。
現状一番簡単な解決方法はその辺を歩いているトリニティの生徒に正門までの道を聞くことなのだが、それは俺様がゲヘナの生徒でない場合に限った話である。
トリニティの生徒がゲヘナの生徒である俺様の頼みを素直に聞いてくれるとは思えないので、この解決方法はナシだろう。
と言うか、下手すれば正義実現委員会を呼ばれかねないしな……もういっそ呼んでもらって羽川先輩辺りに事情を説明できたら楽なんだが。
「チィ……とにかくパンフレットと近場の建物から位置を割り出すしかねぇか。」
俺様は軽く息を吐くと、その場で停止する。
そして近くにあったベンチに腰を下ろしつつ、そのままパンフレットとのにらめっこを始めるのだった。
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「……どこだよ、ここ。」
結局、あれからパンフレットとひたすらにらめっこを続けて現在位置を割り出した俺様はトリニティの正門へ向かって歩き出したのだが……
結論から言おう。恐らく余計に迷ったと思われる。
……もう恥を忍んで先生か羽川先輩に電話をして助けを求めたほうがいいような気がしてきたな、これ。
いい歳して迷子になりましたなんて恥ずかしい事この上ないが、背に腹は代えられんしな。
羽川先輩は正義実現委員会の仕事もあるだろうから、とりあえずは補習授業部に居るだろう先生に電話をかけてみるのが正解かもしれない。
「……仕方ないか。」
俺様がポケットからスマホを取り出し、電話帳を開こうとしたときであった。
ふとトボトボとした足取りで歩く俺様の目の前に、見慣れない建物が姿を表した。
その建物は一言で言うと教会だった。
……いや、教会と言うよりは大聖堂と言った方がいいか?
左右対称の塔のような建物が両校サイドにくっついたような見た目をしており、ゴテゴテとした装飾があしらわれたヨーロッパ風の建物だ。
少なくとも、ゲヘナではまずお目にかかることのないような建物であるのは間違いないだろう。
「……すっげぇな。」
俺様はその壮大な存在感に圧倒され、思わず近くまで寄っていってまじまじと建物を見つめる。
そして本来の目的を忘れてしばらくその大聖堂らしき建物を見つめていると……ふと、頭に1つの考えが浮かぶ。
もし、仮にだけどこの建物が大聖堂だとすると……もしかしたらシスターみたいな人が居るんじゃないか?
一般的にシスターと言えば穏やかで温和、かつ人の話を良く聞いてくれるイメージが強い。
なら、ワンチャン俺様がゲヘナ生でも事情を話せば正門までの道を教えてくれる可能性があるのでは?
(ちょっとくらいなら覗いても構わねぇか……?)
いや……まぁ冷静に考えたら良くないのは確かだろう。
エデン条約前のこの時期に余計な行動は慎むべきだ。
ただ、流石にこれ以上トリニティ内を敵意の籠もった視線を浴びながら彷徨い続けるのはいい加減しんどい。
それにこれだけ立派な建物はゲヘナではまずお目にかかれるもんじゃない。
ゲヘナでこんな建物があったら間違いなく爆破されるからな、中が非常に気になるって純粋な好奇心もあるし。
そんな考えが頭に浮かんだ俺様の行動は早かった。
早歩きで大聖堂の入り口の扉に手を掛けると、そのまま開け放って建物の中へと入っていく。
(……すっげぇ。)
中に入った俺様の目にまず飛び込んで来たのは、窓にはめ込まれたステンドグラスだ。
色とりどりのガラスで模様が形作られたそれは、芸術のセンスのがない俺様でも思わず声が出るほど。
建物の奥に伸びる一本のレッドカーペットの先には恐らく神聖な儀式をするための祭壇が置かれており、その左右を取り囲むようにたくさんの椅子が置かれている。
その光景は、前世で言うところの教会そのもの。俺様のイメージするものと完全に一致する光景であった。
……ある一点を除いては、だが。
「……あら?」
祭壇へと伸びる1本のレッドカーペット。
その上に、彼女はそこにいるのが当たり前のような涼しい顔で佇んでいた。
腰まで伸びたベビーピンクのロングヘア。
右側から垂れた1本の三つ編みをリボンで留めた、どこか儚げな雰囲気を漂わせる女性。
確かこの人は……この前美食研究会を追ってトリニティに来た時に会った、先生が担任を務めている補習授業部とか言う部活動に所属している先輩だった気がする。
名前は確か……浦和ハナコ先輩だったか?
「貴方は確か……丹花タツミくん、でしたか?」
彼女の緑色の瞳と目が合う。
浦和先輩は少し目を見開くと、驚いたような表情でそう呟いた。
……まぁそりゃそうだろうな。トリニティの校内にまさかゲヘナの生徒がいるなんて思わないだろう。
至極当然の反応である。
「は、はい……そうですが……」
そう質問をしてくる彼女に対して、俺様は思わず一歩後ずさりながら苦笑いを浮かべる。
「あら、どうしたのですか?♡」
そんな俺様を見ると、浦和先輩はニヤッと笑みを浮かべて俺様に一歩近寄って来た。
そんな彼女に得も知れぬ威圧感を感じた俺様はさらに一歩後ずさるが、浦和先輩はまた一歩距離を詰めて来る。
(マズいマズいマズい……!)
俺様は冷や汗をかきながらさらに一歩後ずさる。
いや、これは何も浦和先輩が怖いからとかではないぞ。
まぁ……ある意味では怖いと言えるのかもしれないが……
問題は浦和先輩がここにいることではないし、俺様に対して近寄ってきているからでもない。
「うふふ……♡」
最大の問題は……彼女の今の格好なのである。
「どうかしましたか?タツミくん?」
「どうもこうもあるかぁ!な、なんでこんなトコでスク水なんて着てんだアンタは!?」
そう、浦和先輩は胸元にトリニティのロゴの入ったスクール水着を着用していたのだ。
それ以外に身に着けているのは頭のリボンと左手首のアミュレットのみで、上着を羽織ってすらいない。
それによって彼女の犯罪級のボディラインがくっきりと浮き上がっており、とてもではないが俺様の様な男子高校生が直視してはいいものではなくなっているのである。
つかどんな発育してんだ……!?羽川先輩に負けてないくらいデカいってなんなんだよ……!?
俺様は慌てながら目線を急いでステンドグラスに固定すると、テンパる頭をフル回転させる。
「あら……何か問題でもありましたか?」
「大アリだよ!?服を着ろよ!何で水着なんだよ!?」
「ですが学校の敷地内であるプールでは皆さん水着になられますよね?ここもあくまで学校の敷地内で……」
「いやどんな理論だよ!?意味がわかんないが!?」
涼しい顔をしてそんなことをのたまう浦和先輩。
つーか、この際何で補習授業部に所属しているはずの浦和先輩がここに居るのかなんてのはもうどうでもいい!
そもそも、何故浦和先輩は水着を着ているんだ!?
プールとか何とか言ってるけど今は水泳の授業中でも何でもないだろ!?気でも触れてんのか!?
しかも、ここ恐らくだけど大聖堂だろ!?
神聖な場所でしていい格好じゃないだろどう考えても!
クソ……どうなってやがる……!?
とにかく、今は理屈はどうでもいい!
浦和先輩の格好はあまりにも目に毒すぎるんだよ……!
「うふふ……なので、何もおかしなことはないですよね?」
「いやその……すみません浦和先輩。どんな格好をしようとそれは先輩の自由だとは思うんですが……さすがにその格好は俺様には刺激が強すぎるんすよ。」
俺様は浦和先輩の目だけを見て、彼女にそう言った。
「刺激が強すぎるとは……?」
「その……俺様も男なんでその……ね?」
「あら、そんなの気にしなくても良いんですよ?男の子なら女の子の体に興味があるのは当たり前の事じゃないですか♡」
「いや、そういう問題じゃなくてですね……!」
浦和先輩はそう言いつつ、俺様に更に近寄って来た。
彼女の犯罪級の肉体が迫ってくる。
「ちょ!?離れて下さい浦和先輩!」
「ほらほら、もっと見てくれても良いんですよ?」
そう言って後ろで手を組み、更に自分の体を強調するようなポーズを取りつつ俺様に迫ってくる浦和先輩。
「ふふ、さぁ恥ずかしがらずに……」
「いや流石に勘弁してもらえませんかね!?」
「あら、タツミくんは私の体に興味がないのですか?もしかしてソッチの気が?」
「ある訳ねぇだろ!!いいから着替えてきてくれ!それかせめて何か羽織ってくれよ!」
ってかこんな所誰かに見られたらどうすんだよ……!
誤解を招きかねんだろうが……!
「とにかく、早く服を着てください!じゃないと……!」
「じゃないとどうするのですか?ふふ、もしかして襲われてしまうのでしょうか?」
「はぁ!?」
「キヴォトスでは滅多に見ない男の子……私達女の子とは違い、筋肉質なゴツゴツした体……その身体で無理やり抑え込まれてしまったら抵抗なんて出来るわけなく……♡」
いや、さっきから何を言ってんだこの人は!?
ってか俺様ヘイローないんだから、抑え込むのは普通に無理なんだが……!?
「そのままベッドに……いや、ここならカーペットに押し倒されて、最後に残った水着を剥ぎ取られ……そのまま二人は獣のように……」
「だぁぁぁぁっ!もうっ!」
俺様はそう叫ぶと口を開いて何かを言い続けている浦和先輩を一旦スルーし、自分の羽織っている万魔殿のジャケットを脱ぐ。
そしてなるべく浦和先輩を見ないようにしつつ彼女へ歩み寄ると、肩の上からジャケットを羽織らせた。
「……へ?」
浦和先輩は俺様がジャケットを羽織らせると、先程まで余裕たっぷりと言った様子で浮かべていた笑みが消えてやや間の抜けた表情でそう呟いた。
「アンタはもっと自分を大事にしろ浦和先輩!女の子が男に肌をそうホイホイ見せたらダメだ!」
俺様は浦和先輩の肩を掴み、真っ直ぐに彼女の顔だけを見てそう伝える。
「いいか!?思春期の男子を舐めんなよ!?マジで女の子が思うよりも性欲の塊なんだからな!?」
「え、そ、その……」
「だから本当に襲われる前にやめとけ!もっと自分を大切にしろ!自分のことを鑑みろ!いいな!?」
「え……は、はい……すみませんでした……」
俺様は呆気にとられる浦和先輩に対してそうまくしたてる。
すると、浦和先輩は先程までの勢いが嘘のようにしおらしくなり顔を少し赤く染めると俺様が羽織らせたジャケットの前を両手できゅっと寄せて全身を隠した。
……あまりにも体の一部がダイナマイトすぎて隠しきれていないのだが、まぁ見ないようにすれば平気だろう。
何の恥じらいもなくこんな事をする辺り、恐らく普段から同じようなことをやっているんだろうなってことは想像に難くない。
それはまぁ百歩譲って良いとして……いや良くないかもしれないけど、やるならせめて同性にやってくれ。
その凶悪な体でそれをやられるのは思春期の男子には劇薬でしかねぇんだよな……!
え?お前普段から水着よりももっとヤバい服装の連中を見てきてるだろって……?
いやその、アレはもうそう言うもんだと割り切ってると言うか……慣れちまってると言うか……
いや、そんなことはどうでもいいんだよ!
そもそもキヴォトス人の貞操概念はどうなってんだ!
どいつもこいつも露出してやがるし、男子に対する距離感はバグってやがるし……!勘弁してくれよな!
「まぁその、同性の人にやるなら良いんすけど、流石に目のやり場に困ると言いますか……」
「は、はい……すみませんでした……」
浦和先輩はどんどん顔を赤く染め上げると、やがて蚊の鳴くような声でそう呟いた。
……いや、別にそこまで凹まなくてもいいとは思うけど。
それにしても、あんなに堂々と水着を着て聖堂に居るくらいだからめちゃくちゃ開放的な人なのかと思ったけど羞恥心はきちんとあったみたいで少し安心した。
俺様、浦和先輩とはあの時に軽く自己紹介しただけなのでほとんど話してねぇしなぁ……
なんか、羽川先輩の後輩である下江にめちゃくちゃ絡んでて怒鳴られていたのは覚えてるんだが。
「つか、なんで水着なんか着てるんすか……」
「それは……その、私の趣味みたいなものでして。」
「趣味……?」
水着着てこんなところに来るってどんな趣味なんだよ?
いや別に人の趣味を否定する気はないんだけど、流石にクレイジーすぎんだろ……
「ゴホン!ところで、珍しいですね?ゲヘナの生徒である貴方がこんな所にいるなんて……」
浦和先輩は俺様のジャケットの前のボタンを止めると、首を傾げてそんな事を質問してきた。
……胸でジャケットが押し上げられてとんでもないことになっているが、気にしたら負けだろう。
「えっと、この前に美食研究会のバカ共がやらかしてくれたじゃないですか?」
「はい。先生と補習授業部の皆さんでタツミくんに初めてお会いしたときですよね?」
「えぇ。あの時にバカ共が水族館やら建物を破壊してくれたおかげで今日はティーパーティーまで謝罪に来てたんすよね……俺様、一応これでも生徒会所属なんで。」
「あら、そうだったんですね。それはどうもお疲れ様でした♡」
「は、はは……どうも……」
先程までの真っ赤な顔はどこへやら。浦和先輩は再びくすくすとした笑みを浮かべると、そう言ってくる。
……それにしても、浦和先輩と話していて思うんだがこの人からはゲヘナに対する嫌悪感をそれ程感じないな。
まぁ俺様みたいにゲヘナ生だけどトリニティに対して偏見がないやつもいれば、逆もまた然りだとは思うが。
さっきまで敵意を向け続けられていたので、それがない視線がこんなにも安心するものだとは思わなかった。
「しかし、それでしたら何故この大聖堂に?」
「いや、謝罪は終わったんでさっさと帰ろうと思ったんですけど……見事に道に迷っちまいまして。」
「あら、そうだったんですね。確かにトリニティは大きいですし、初めて来る人は迷ってしまうかもしれませんね……」
まぁ地図……と言うかパンフレットがあっても迷っちまうくらいにはデカいからなトリニティ。
キヴォトス3大マンモス校の名は伊達ではない。
ゲヘナも大概デカいから、初見なら迷いそうだけども。
「まぁそれで正門まで行こうと思ってたんすけど、この大聖堂にたどり着いちまいまして……その辺に居る生徒に正門の位置を聞いてもよかったんすけど、俺様ゲヘナ生なんでね……とても聞ける雰囲気ではなくて。」
「それは……お疲れ様でした、タツミくん。」
「いえ、大したことじゃないっすよ。」
俺様は苦笑しながらそう言う。
「まぁ俺様はそんなにトリニティに対して偏見はないっすけど、ゲヘナに所属してるってだけでここでは誰も俺様本人の事を見てくれやしねぇ……見てるのはゲヘナ生だって肩書だけっすからね。」
もちろんトリニティの生徒全員がそうではないのは分かっちゃいるつもりだ。
実際、桐藤先輩のように俺様自身を見てきちんと誠意のある対応をしてくれる人だって居るしな。
けど、トリニティに実際に来てみるとゲヘナってだけでまともな対応をしてもらえないって事がほとんどだしそれは中々心に来るものがあったのも事実なわけで。
多分だけど桐藤先輩や浦和先輩の様な人は少数で、聖園先輩のようにゲヘナを嫌っている人の分母のほうが多いんだろうなと言うことは容易に想像ができる。
……ま、トリニティの生徒の多くがゲヘナを嫌っているなんて何を今更って話ではあるんだけどよ。
そりゃしんどいのは確かだが、まぁ俺様が気にしたところでどうにかなるわけでもねぇしな。
「ゲヘナって肩書しか見ずに判断されちゃこっちとしてはたまったもんじゃないんすよね。俺様はゲヘナ生って生き物じゃなくて丹花タツミって生き物なんで。」
「……」
……ま、俺様はともかくゲヘナの生徒もトリニティに対しては同じ様な感じだから偉そうに人の事は言えないかもしれねぇけどな?
「ったく、政治ってめんどくさいっすよね。」
「……ふふ、本当に。」
俺様がそう言うと浦和先輩は少し黙っていたが、やがてどこか達観した笑みを浮かべてそう言った。
「えぇ、本当にその通りだと思います。肩書や能力だけを見てその人自身を見ようともしない……そんな方々は心底面倒臭いと私も思いますよ、タツミくん。」
「そ、そうですか……?」
そう言って目を細める浦和先輩。
なんか、やけに含みがある気がするが……?
「……すみません、愚痴みたいになってしまって。」
「いいえ、気にしていませんよ♡」
軽く頭を下げると、ニコニコした笑みを浮かべながらそう言ってくれる浦和先輩。
こうしてみると、気品に溢れている優しいお姉さんって感じなんだが……着ているものが水着と言うこと除けば。
……と言うか、もしかしたら浦和先輩ならトリニティの正門まで案内してくれるのではなかろうか?
見たところ彼女はゲヘナに対する嫌悪感があまりないようだし、俺様の頼みも聞いてくれるかもしれない。
「浦和先輩。」
「はい?なんでしょうかタツミくん。」
「いきなりで申し訳ないんすけど、もし良かったらトリニティの正門まで案内してもらえないですかね?」
「ふふ、もちろん。お安いご用ですよ。」
「本当ですか?助かります!ありがとうございます!」
ニコニコしながら快く俺様の頼みを引き受けてくれた浦和先輩に対し、俺様は頭を下げて感謝する。
言動はあれだが、根っこは良い人なのかもしれない。
「……ただ、私も少し予定がありまして。その予定が終わってからでも構いませんか?」
「はい、もちろん大丈夫ですよ。そんなに急いでないので、ゆっくり終わらせてきてもらえれば。」
「ふふ、ありがとうございます。そろそろお昼の礼拝の時間なので、ここに来られると思うのですが……」
「……?」
なんだろう、大聖堂で誰かと会う約束でもしてるのだろうか?……ってか浦和先輩、その格好で会うのか?
相手はおそらく同性だろうけど、人と会うなら流石に着替えた方がいいのでは……?
と言うか昼の礼拝っつったよな?礼拝とは一体……?
俺様がそんな事を思って首をひねった瞬間だった。
「……あら、噂をすれば来たようですね♡」
浦和先輩はそんな事を言いつつ、大聖堂の入り口の扉に目をやる。俺様も浦和先輩に続いて扉に目をやると……
そこには頭からベールをかぶり、修道服を身にまとった銀髪ロングのいかにもシスターと言った装いの女性が扉を開きながら建物に入ってくるのが見えた。
その後ろには付き人だろうか、これまた修道服を身にまとった二人の女性を引き連れている。
「……浦和ハナコさん?」
「うふふ、お待ちしてましたよ。歌住サクラコさん♡」
片や俺様のジャケットを身に着けた水着の浦和先輩。
片や歌住サクラコと呼ばれた、銀髪ロングのシスター。
ますます意味のわからない状況に、俺様は大きく首を傾げる。
……ってか、誤解されたりしないよな?この状況。
そんな事を思いながら歌住サクラコと呼ばれたシスターに目をやると、彼女は顔を真っ赤にしながらプルプルと震えだした。
マズい、嫌な予感しかしないぞ……
「し、神聖な大聖堂で何をやっているのですかあなた達はぁ!!?」
「ハハッ、ですよねー。」
真っ赤な顔をしてそう叫ぶ歌住サクラコさんとやらを見ながら、俺様は乾いた笑いを浮かべるしか無かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なんなのあの丹花タツミってゲヘナの男子……!」
「私があれだけ嫌味を言っても嫌な顔一つしないし、それどころか普通にナギちゃんと話してるし……!」
「そのおかげでナギちゃんにお説教されちゃったじゃんもー!全部あいつのせいなんだけど!?」
「それにあいつが買ってきた菓子折り、私達でも中々手に入らないトリニティの名店の奴だったし!どうやって手に入れたのか逆に気になるくらいだよ!」
「はぁ……ゲヘナの生徒なんてちょっと煽ったらすーぐ頭に血が上る考えなしの野蛮人しか居ないと思ってたのに、正直予想外だったじゃんね。」
「ゲヘナとは思えない程礼儀正しいし、きちんとああいう場での作法も知ってるみたいだし……」
「こんなことならあいつ一人で来させるんじゃなくて、万魔殿の議長も来させるべきだったかな?」
「謝罪の場であいつが私の嫌味に乗ってきてくれて口喧嘩でも出来たらナギちゃんもエデン条約を考え直してくれるかなーって思ったんだけど……とても喧嘩っ早い能無しのゲヘナとは思えない程冷静だったなぁ。」
「ところであいつ、ヘイローが無かったよね?と言うことは肉体強度は先生と変わらないのかな?」
「……へぇ?ヘイローのない肉体なのに一人で来いって言われたら嫌われてる事なんて分かりきってるはずのトリニティまできちんと一人で来るんだね。」
「銃で撃たれたり、攫われて酷い目にあわされるって事は想像してないのかな?それとも、想像した上で自分なら大丈夫だって思ってるのかな?」
「……いい度胸してるじゃん?なに?トリニティなんて怖くないってこと?私達を舐めてるってこと?」
「あははっ☆気に入らない……気に入らないなぁ……!」
「覚えてるじゃんね……丹花タツミ……!」
作者は決してミカが嫌いなわけではありませんのでご了承下さい