シスターフッド。
トリニティ総合学園の部活動の一つである。
部員全員が修道服……いわゆる前世で言うところのシスターの格好をしているのが特徴なんだとか。
活動内容は主にトリニティ大聖堂やその関連施設の維持と管理、生徒達の懺悔を懺悔室で聞くなどのカウンセリング活動、毎日の決まった時刻に行う礼拝、それに伴う啓発活動などなど前世の教会みたいな感じらしい。
と、浦和先輩は説明してくれた。
まぁ、早い話が慈善団体と言うことだな。
ちなみにどう見てもモチーフはキリスト教であり、神に祈ったり十字架をモチーフにしたアクセサリーを部員が身につけたりしているのもキリスト教っぽい。
まぁトリニティって確かイギリスがモチーフだったはずだから、別におかしなことは無いわけだが。
なお、一体何の神を信仰しているのかは不明である。
けど毎日決まった時間に礼拝がある点から超常的な何かに赦しや救いを求めているんだろうな……ということは伺えるが。
元ネタ的にはイエス・キリストなんだろうけどよ。
「まったく、紛らわしい事をしないでください!」
「はい、すいませんでした……」
俺様の目の前で整った顔を吊り上げ、腰に手を当てながら俺様と浦和先輩を叱りつけている銀髪のこの女性。
彼女はこの大聖堂を管理するシスターフッドのリーダーである、歌住サクラコ先輩だ。
シスターの特徴であるベールを頭から被り、清楚な雰囲気を漂わせる彼女はまさに俺様の想像しているシスター像にドンピシャで当てはまる人物でもあった。
……ちょっとばかしスカートが短いのが気になるけど。
あれから水着1枚に俺様のジャケットを羽織っただけの浦和先輩と俺様を見た歌住先輩はとんでもない勘違いをしたようで、顔を真っ赤にしながら俺様達に詰め寄ってくると「神聖な大聖堂でいかがわしい好意をするのは神への冒涜ですよ!?」とまくし立ててきた。
当然そんな事などやってない俺様はなんとか誤解を解くために必死に説明を行い、浦和先輩の邪魔が入りつつもなんとか誤解を解くことが出来たという訳だ。
その後は俺様がトリニティへ美食研究会の件で謝罪に来たこと、道に迷った挙句ここまでやって来たこと、シスターなら道を教えてくれるかもと思って大聖堂に入ったこと、そこで浦和先輩と会ったこと等を説明した。
ゲヘナの生徒である俺様の言い分を信用してくれるかは分からなかったが、嫌な顔をせずに話を聞いてくれた辺り歌住先輩もそこまでゲヘナに対する偏見は持ち合わせて居ない様子みたいだ。
さすがはシスター集団の長、と言った感じだろうか。
ただ、歌住先輩の後ろに控えていたシスターからは悪意のある視線を感じたので、シスターフッド全員がそうだというわけでは無さそうだけどな……
ちなみに、俺様と浦和先輩はお昼の礼拝の時間に間が悪く居合わせてしまったようで普段なら歌住先輩が音頭を取って始める礼拝を急遽他のシスターに任せてこうして大聖堂の別室にて話を聞いてくれている。
いやはや、歌住先輩には悪いことをしちまったなぁ……
「ハナコさん!貴方も紛らわしい言動は控えるように!貴方が水着で出歩くのは何時もの事なのでこの際構いませんが、殿方と一緒に居ると誤解されますよ!?」
「あら、私は誤解されても別に構いませんよ?♡」
「いや俺様は良くねぇんだよなぁ!?」
叱られているのに余裕たっぷりの笑みを浮かべる浦和先輩に対して、俺様はそう声を上げる。
ってかやっぱり浦和先輩が水着で出歩くのって日常茶飯事なのかよ!少しは自重してくれよな!
ちなみに、今の浦和先輩は歌住先輩にしこたま怒られたあとに大聖堂の更衣室を使って制服に着替えさせられているため制服姿である。
あ、きちんと万魔殿のジャケットは返してもらったぞ。
羽織った瞬間に少し甘い匂いがしたが……まぁ、気にしないでおくとしよう。無心、無心だ……!
「まったく……ところで、道に迷ったタツミさんはともかくハナコさんは何故大聖堂に居たのですか?」
「あ、そうでした!うふふ、本来の目的をすっかり忘れていましたね♡」
呆れ果てたような顔で歌住先輩がそう言うと、浦和先輩は左の掌を右手で作った握り拳でポンと叩く。
「サクラコさん、今回は貴方に少しご相談があって訪ねさせていただきした。」
「……相談、ですか?ハナコさんが私に?」
そして浦和先輩は先程までの笑顔から一転、真剣な表情を作るとその視線を歌住先輩へぶつけた。
歌住先輩もそんな浦和先輩のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、呆れた顔を辞めて真面目な表情を作る。
……これは込み入った話になりそうだな。
「俺様は退室した方が良いですか?浦和先輩。」
「……はい。すみませんが、少し内密なお話なので。」
「分かりました。では外で待ってますので、また終わったら声をかけてもらえたら。」
そう言うと俺様は席を立ち、部屋の扉に手をかける。
「タツミさん、もし宜しければシスターフッドの中から正門までの案内を出しましょうか?ハナコさんとのお話がすぐに終わるとは限りませんし……」
「いえ、お構いなく歌住先輩。俺様は元々浦和先輩に頼んでましたし、それにそこまで急いでるわけでもないですから待たせてもらいますよ。」
それに、ゲヘナの俺様があまりシスターフッドに借りを作るのもよろしくないだろう。
なら浦和先輩には良いのかって話になるが、彼女は補習授業部にしか所属してないみたいだから政治的なところからは遠い位置に居るはずだ。
どっちに借りを作るのが万魔殿として正しいかと言われると、後者なのは間違いないだろう。
それに補習授業部は先生が担任を務めている、何かあれば先生を頼ればいいだろうしな。
「じゃあ浦和先輩。また話が終わったら声をかけてもらえたら助かります。俺様はその辺でスマホでも触ってますんで……」
「はい、分かりました。うふふ、終わったら私が手取り足取り教えてあげますからね♡」
いやだから言い方ァ!!!
「は、ハナコさん?校門までの道案内をするだけですよね?」
ほら見ろよ、歌住先輩が困惑してるじゃねーか!
……なんか、普段から浦和先輩に付き合ってる補習授業部の面々や先生ってすごいんだなと思わざるを得ない。
俺様はちょっと一緒に居るだけだがもうしんどいぞ……?
「はい、そうですよ?おや……もしかしてサクラコさん、他のことを想像したのですか?」
「え?いや……その……」
「あの浦和先輩。あまり歌住先輩を困らせない方が……」
「うふふ、一体ナニを想像したのですか?」
「な、何ってそれは……」
「うふふふふ♡もしかして、私とタツミさんがくんずほぐれつしてあんなことやこんなことを……そして理性を失い獣と化した2人は……」
「おいコラ浦和ハナコォォォ!!!」
おい先生!アンタの生徒だろこの人!?
早くなんとかしてくれ!
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「はぁ、疲れたぜ……」
結局あの後も訳のわからないことをペラペラと話し続ける浦和先輩を歌住先輩と一緒に叱りつけた俺様は、歌住先輩に心の中でエールを送りながら部屋の扉を閉めた。
「サクラコさん、実はミカさんのことでご相談が……」
「……ミカさんですか?」
「はい、最近少し不穏な動きを……」
等と部屋の中からは2人のほんの微かな話し声が聞こえていたが、盗み聞きをする趣味なんてのは俺様には微塵もないのでサッサと退散してきたわけだが。
……と言うか、ほんの僅かでかなり耳を澄ませないと聞こえないとは言え内密な話をするならもっと防音性の高い部屋とかでするべきなのではなかろうか。
その後、一応盗み聞きされていないか周囲を軽く確認したが部屋から離れた所に数人のシスターがいたくらいであの距離なら話し声も聞こえないし大丈夫だろう。
それに話し声が聞こえたと言ってもほんの僅かだし、扉に相当くっつかないと内容までは聞き取れないはず。
人の目もあるのにそんなバカな真似をする奴がいるとも思えない大丈夫だろう……多分。
「まぁ、俺様には関係ないか……」
ポケットからスマホを取り出して適当に画面を眺めつつ、俺様は大聖堂の廊下を歩いていく。
さて……浦和先輩にはスマホでも見て時間を潰すのと言ったはいいものの、果たしてどこで時間を潰したものか。
まず大聖堂のレッドカーペットのある礼拝堂だが、あそこはまぁナシだろう。
俺様は神頼みをするって性格ではないし、そもそもあそこには昼の礼拝を終えたシスターがまだ居るし。
歌住先輩はゲヘナに対してあまり偏見はないみたいだが他のシスターが全員そうだとは限らないからな。
また敵意や悪意のある視線をこちらへ向けられることを考えると、そんな中で過ごすのは俺様とて勘弁だ。
なら浦和先輩と歌住先輩の話してる部屋の前で……と思ったが、それもなしだろう。
聞いた話によると俺様が先ほどまで居た部屋はいわゆる歌住先輩が大聖堂で良く使う部屋らしく、そんな部屋の前に居るといらん誤解を招きかねないからな。
エデン条約も迫ってきているこの時期に、万魔殿とシスターフッドの間で揉め事が起こるのは良くないだろう。
となると、必然的に大聖堂の外しかなくなる訳だが……
まぁその辺のベンチにでも座ってたら良いか。
浦和先輩とは連絡先を交換しているわけではないから、あまり遠くへ行くわけにもいかないしな。
そもそもまた道に迷いたくないし……
そうと決まれば善は急げだ。
俺様は早足で廊下を歩いて礼拝堂へ続く扉に手をかけると、ゆっくりとその扉を開け放った。
そして礼拝堂に出ると、そのまま大聖堂の外へと続く扉へと早足で歩いていく。
「えっ……お、男の子!?」
「あの制服……まさかゲヘナの……?」
「な、なんでゲヘナの生徒がこんな所に……?」
「キヴォトスに男子生徒なんていたんですね……」
「サクラコ様のお客様でしょうか?」
「でもこの時期にゲヘナの生徒と交流なんて……」
「ど、どうする?話しかけてみる?」
「でもゲヘナだし……」
……案の定、昼の礼拝を終えてまだ礼拝堂に残っていたシスターフッドの部員たちからの視線を感じる。
と言っても、流石に慈善団体シスターフッドの部員。
ティーパーティーや、その他のトリニティの生徒のような露骨な悪意を含んだ視線の数は少なかった。
どちらかと言うと驚きや好奇心を含んだものが多い気がするが、見世物にされるのはあまり気分のいいものではないからな……
「ヒ、ヒナタさん!そんなにたくさん持って歩いたら転んでしまいますよ!?」
そんな事を考えつつ足を動かしていると、俺様から向かって右側の方から慌てたような声が聞こえて来た。
「……ん?」
俺様は思わず足を止め何事かと視線をそちらへと向けると……そこには、分厚い本を積み上げて作ったような本の山を抱えて歩いている一人のシスターの姿があった。
その横では、オレンジ色の髪にベールを被ったネコミミのシスターが彼女を心配そうに見つめている。
ヒナタ、と呼ばれたシスターの抱えている本の山は相当の重量がありそうなのがここからでも確認できる。
あんなにたくさんの本を抱えて運べるなんて相当力がないと厳しいはずだが……そこはまぁ、キヴォトス人クオリティと言うやつなのだろう。
ってか、あのヒナタって呼ばれた黒髪ロングのシスターなんて格好してんだ!?
上半身はまだいい。胸の谷間が丸見えだがそんなのはキヴォトス人では普通な方だからな。
問題は下半身だ。なんでそんなにスカートが……ってかあれスカートじゃねぇよ!もはやただの前掛けだぞ!?
エッグいスリット入ってるせいで太ももなんかほぼ丸見えだし、なんなら腰まで見えそうなんだが……!?
シスターの……聖職者の格好か……?あれが……?
と言うか浦和先輩といいあのシスターと言い、トリニティってお嬢様学校だったんじゃねぇのかよ!?
隣のネコミミシスターを見習ってくれよな!
俺様の想像するシスターってのは普通はあのくらい肌を隠してるもんなんだが……あれ、俺様が間違ってるのか?
……まぁ、キヴォトス人がヤバい格好をしているのは今に始まった話ではないしな。
どうせシスターフッドと今後関わることなどほぼ無いんだ、見なかったことにしておくとしよう。
「大丈夫ですよマリーさん。この程度なんともありません!」
「いや、でも……!」
ヒナタと呼ばれたシスターはそう言って笑顔で軽々と本の山を運んで歩いていくが、マリーと呼ばれたシスターは心配そうに彼女の後ろをついて行っていた。
まぁ確かにあのマリーってシスターの心配も最もだが、普段からあのくらいの量の荷物を運んでないとあんな持ち方はしないだろうからそこまで心配する必要もねぇだろう。
そう思った俺様はさっさと礼拝堂を立ち去るため、再び早足で歩き出して視線を逸らそうとした……
「きゃっ!?」
瞬間だった。
突然、ヒナタと呼ばれたシスターが足元をカーペットに引っ掛けて大きくバランスを崩すのが見える。
「ひ、ヒナタさんっ!」
「……っ!チィッ!」
その光景を見た瞬間、俺様は考えるよりも先に身体が動いていた。
俺様はその場の地面を大きく蹴って走り出すと、バランスを崩して倒れ込もうとするヒナタと呼ばれたシスターに急いで駆け寄る。
ヒナタと呼ばれたシスターはこのままだと頭から地面に倒れ込むと判断したようで足を踏み込むが、力が入り過ぎたのか今度は後ろ向きにバランスを崩した。
(マズい、このままだと後ろ向きに倒れるぞ!?)
流石に後頭部を強打でもしたらいくらキヴォトス人でもシャレにならないはずだ……!
そう判断した俺様はドサドサと辺りに散らばる本には目もくれず、彼女まで一直線に向かうとそのまま後ろ向きに倒れ込もうとする彼女の肩に手を回して膝裏に手を入れると、そのまま力の限り彼女を抱き上げた。
ずしり、とした重みが俺様の両腕にかかる。
それと同時にふわっとした甘い匂いが俺様の嗅覚をくすぐるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
よ……よし、なんとか間に合ったみてぇだな……!
俺様は何とかなったことにほっと息を吐くと、そのままヒナタと呼ばれたシスターに声を掛ける。
「怪我はないっすか?シスターさん。」
「え、え、えっ……!?」
俺様がそう声をかけるとヒナタと呼ばれたシスターは現状があまり理解できていない様子で目を白黒させながら顔を真っ赤にし、パクパクと口を開いている。
「……?大丈夫っすか?」
「ひ、ひゃいっ!だいじょうぶれしゅっ!」
うん?なんか酷く動揺しているようなんだが……?
本当に大丈夫か?
「あの、やっぱり何処か打ってたりします……?」
「い、いえっ!そそそそその!だ、大丈夫れすっ!」
ヒナタと呼ばれたシスターは真っ赤な顔でそう言うと、ワタワタと慌て始めた。
彼女の顔はトマトの様に真っ赤になっており、そのまま顔から煙が出てもおかしくない勢いだ。
……いや、本当に大丈夫なんだろうなこれ!?
「あ、あのっ!すみません!」
「……ん?」
俺様が彼女あまりにも慌てたような対応にやっぱり何処か打ったんじゃないかと心配していると、彼女に付き添っていたオレンジ髪のネコミミシスターが俺様の横から声をかけてきた。
「ど、どこのどなたかは存じ上げませんがヒナタさんを助けてくれてありがとうございます!」
「いや、このくらいお安いご用っすよ。」
「で、でもそろそろヒナタさんを降ろしてあげてください!このままお、お姫様抱っこされ続けたらヒナタさんがショートしてしまいます!?」
マリーと呼ばれたシスターの言葉を聞いて、俺様はハッとする。
……そう言えば、この人抱きかかえたままだったな。
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結局、あの後抱きかかえたシスターを近くのソファに座らせた俺様はその後2人と自己紹介を交わした。
俺様が助けた、黒髪ロングのエッグい格好をしているシスターが3年生の若葉ヒナタ先輩。
オレンジ髪にネコミミの上からフードを被っている大人しそうなシスターが1年生の伊落マリーだ。
今回の昼の礼拝は現在浦和先輩と話している歌住先輩に代わって若葉先輩が音頭を取って行ったらしいのだが、その後に大聖堂の備品管理の仕事を担っている若葉先輩は倉庫へ行って備品の整理をしようとしたらしい。
その際に伊落も整理を手伝ったらしいのだが、図書館から借りてそれを聖堂で読んだ際そのまま忘れていった大量の本が倉庫からでてきたそうだ。
なんでも聖堂は静かだから読書には丁度いいので、図書委員から借りた本を持って訪れる人が多いのそうなのだがその分本を忘れていく人も多いとのこと。
で、それらを返却しに行くために若葉先輩がまとめて抱えて歩いていた所でさっきの事が起こったという訳だ。
「本当にありがとうございました、なんとお礼を言って良いやら……」
「いえ、気にしないで下さい。俺様は当然の事をしたまでですから。」
顔を赤くし、必死に頭を下げてくる若葉先輩に対して俺様は笑顔を浮かべながらそう返した。
それにしても、この2人もゲヘナに対してそこまで嫌悪感がないみたいだから安心した。
まぁ、ゲヘナに敵対心バチバチならこうやって普通に話せてないだろうからなぁ……
「にしてもすごい量っすねこれ……一冊一冊も分厚いし、良かったら運ぶの手伝いましょうか?」
「え?い、いえ!そこまでしてもらわなくても大丈夫です!それに、タツミさんはゲヘナからのお客様ですし……」
「いや、客っつっても謝罪しに来たってだけなんで……それに浦和先輩が歌住先輩と話し終わるまでにもうちょい時間かかりそうですしね。」
それに、さっきの騒動があったせいで俺様達3人の周りをシスターフッドの部員達が囲んで話をしてるしな。
伊落が一旦は人払いをしてくれたのだが、それでも自分達の同僚とゲヘナの男子が話している光景は珍しいのだろう。悪意はそれほど感じないが、視線はまだ感じる。
正直、見世物にされてヒソヒソ話されるのもあんま良い気分ではないし……出来ることならこっから移動してぇ。
ちなみに、この2人には俺様が何故大聖堂に居るのかの理由は大体説明してあるので事情は理解している。
「丁度暇してたところですし、このくらいなら全然手伝いますよ?」
「え、えっと、その……お申し出はすごくありがたいのですが……」
何かを言いかける若葉先輩を尻目に、俺様は彼女の隣に置かれていた本の山の一部を持ち上げる。
「あっ、タツミさん!?」
そう言って大きな声を出す若葉先輩。
すると、両腕にとんでもない重量がのしかかって来た。
「重ッ!?」
俺様は思わずよろけそうになるが足を地面に叩きつけて踏ん張ると、抱えた本を一旦椅子に下ろす。
な、なんだこの重量は……とてもじゃないけど1人で運べる量を超えてるんだが……?
「お、お分かりになったかもしれませんがその本の山はとても重たくて……私はいつも力仕事をしていて慣れていますので、私が持っていこうかと。」
「その、ヒナタさんはいつも力仕事が苦手な私達に変わって重たいものを持ってくださってまして……いつも本当に助かっています。」
「な、なるほどな……」
しかし、一部でこんなに重たい本の山を軽々と運べるなんてどれだけ力が強いんだ若葉先輩は……
男として負けた気分でちょっと悔しい反面、キヴォトス人なら仕方ないかという気持ちもある。
うーん……複雑だ。
「……あっ!」
そんなことを考えていると、俺様の隣で話をしていた伊落が口に手のひらを当てて声を上げた。
「ん?どうしたんだ伊落?」
「ご、ごめんなさいヒナタさん、タツミさん。私、そろそろ懺悔室に赴いて皆様のお話をお聞きしなければいけない時間なのを忘れていました!」
「懺悔室……?」
懺悔室っつーとあれか?RPGとかでよく見る「懺悔します」っつって板を挟んだ向こう側に居る、神父やシスターに罪の告白をして許しを貰うって言うあの場所か?
「は、はい。私はいつも決まった時間になると懺悔室に入って、皆様の懺悔等お話をお聞きし、心の中の痛みを共有させていただいておりまして……」
おずおずと自身がなさそうにそう言う伊落。
……いや、1年生でそんな重要そうな場所を任されているのは結構すごいと思うんだけどな?
懺悔室ってことはシスターフッドだけじゃなくて、トリニティ中の生徒がやってくるだろうと思われるし。
「なるほど、伊落は毎日それをやってんのか?」
「はい。大したことは出来ないのですが、それでもそういった時間を通じてご自分で立ち直ったり、気持ちの整理をつけたり出来る方もいらっしゃるので……」
……なるほど、要はカウンセラーみたいな感じなんだな。
俺様もそうだけど、やっぱり人ってのは何か不安だったり悩みがあったりするとそれを誰かに吐き出さないとどんどん悪い方向に考えちまうもんだからな。
そういう意味では、伊落はそう言う連中の良き相談相手になってやっているのだろう。
普通に凄いと思うし、大したもんだなぁと感じる。
「あ、す、すみません!もう時間が……!」
「あっ、すまん!俺様の話に付き合わせて悪かったな伊落。懺悔室の仕事頑張れよ!」
「はい!その、改めてヒナタさんを助けていただいてありがとうございましたタツミさん!今日も平和と安寧がタツミさんと共にありますように……」
俺様が親指を立てると、伊落はそう言って祈りを捧げるとペコリと一礼をする。
「ではヒナタさん、行ってまいりますね!」
「はい、備品の整理を手伝っていただいてありがとうございましたマリーさん。皆さんの大切なお話、たくさん聞いてきてあげてくださいね。」
「はい、ありがとうございます!」
伊落は若葉先輩ともそんなやり取りをすると、パタパタと礼拝堂の隅の方にあるドアの中へと入っていった。
「……すごいっすね、伊落は。」
「はい。マリーさんはまだ1年生ですが、懺悔室を任される程には優秀なシスターです。本人は見習いだと仰っておられますが、サクラコ様も私達も彼女のことは既に立派なシスターだと思ってますよ。」
俺様の問いに、ニッコリと微笑みながら若葉先輩はそう答える。
「何でも聞いてくれそうですもんね、伊落なら。」
「はい。マリーさんの懺悔室は、皆さんから存分に悩みや懺悔を吐き出すことが出来るととても好評でして。」
まぁ、伊落のあの優しそうな雰囲気なら納得だな。
なんというか、どんな悩みや懺悔をぶつけても優しく包みこんでくれそうな気がする。
そんな伊落のことを語る若葉先輩は誇らしげな表情をしているが、何処か悲しそうな表情も浮かべていた。
「……どうかしましたか?若葉先輩。」
「えっ?」
俺様がそう言うと、キョトンとした表情を浮かべて首を傾げる若葉先輩。
「いや……俺様の気のせいなら申し訳ないんすけど、若葉先輩がちょっとだけ悲しそうな顔をしてたもんで。」
「えっ……?な、なんで分かったんですか!?」
「うーん、なんとなくっすかね?」
若葉先輩は驚いたように目を見開くと、少し顔を赤くして頬に手を当てる。
「まぁその、俺様は若葉先輩とは初対面です。何があったのかは分かりませんけど、話して楽になることなら聞きますよ?浦和先輩、まだ時間かかりそうですしね。」
「い、いえ……その……」
「それとも、やっぱりゲヘナの生徒とはあまり話したくありませんかね?なら、それこそ俺様なんて放っといて懺悔室に行ってきてもらっても構いませんけど……」
「そ、そんなことはありません!私はタツミさんに助けて頂きましたし、タツミさんはゲヘナとかそう言うことは関係なくいい人なので!」
若葉先輩は立ち上がって真剣な表情でそう言うと、俺様にずいっと距離を詰めてきた。
「なら、話くらいなら聞きますよ?」
「……そうですね。では、お言葉に甘えさせていただいて少しだけ聞いて頂きますね。」
そう言うと、若葉先輩はポツポツと言葉を零し始める。
「その、私はマリーさんや他のシスターの皆さんのように誰かの話を聞いて心を楽にするみたいな事は得意ではなくて……普段は力仕事とか、設備の修理や補修、備品の管理などをしているのですが……」
「……なるほど。」
「その、私はそういったことくらいしか出来ないのでいわゆる消去法、みたいな感じでして……それに、私はいっつもミスばかりして……その、せっかく諸々の管理を担当させてもらっているのに。」
「……」
「その……私は本当にサクラコ様やマリーさん、皆さんのお役に立てているのかなぁと思うときがあるんです。」
そう言って目を伏せ、自信のなさそうな表情を浮かべてシスター服の裾をきゅっと握る若葉先輩。
……なるほど、要は若葉先輩は自分のやっている仕事に対しての自信がないということか。
なら、かける言葉は決まっているだろう。
「本当に私は役に立てているのでしょうか、もしかしたら役立たずの可能性だって……」
「いや、若葉先輩。そんなことはないと思いますよ。」
俺様はなるべく若葉先輩を安心させるように笑顔を浮かべると、ごく当たり前のようにサラッとそう発言する。
「えっ……?」
「若葉先輩のやってる事は充分すごいです。シスターフッドなんて大きな組織を運営するのなら、そう言ういわゆる裏方なんていくら居ても困らないじゃないっすか?」
「俺様も万魔殿に所属しているから分かりますけど、組織を運営するのに裏方ってのは必ず必要です。」
「確かに裏方ってのは陽に当たることのない地味な仕事であることは否定できない事実ではありますが……」
「けど、さっき伊落も言ってたじゃないですか。若葉先輩が力仕事をしてくれて助かってるって。」
「……あっ!」
若葉先輩はハッとした表情で俺様を見る。
「確かに若葉先輩のやっている備品の管理や設備、修理や補修、力仕事ってのはシスターが一般的にやる仕事とはイメージ的にはかけ離れているかもしれません。」
「それでも、絶対に必要なんです。誰かが必ずやらないといけません。いわゆる裏方の仕事なしでは、組織ってのは回らないんですから。」
これは給食部の牛牧にも言えることだが、組織ってのは花形の仕事だけでは回らないものだからな。
給食部で言えば花形の仕事が愛清先輩のやってる調理だとすれば、裏方の仕事は仕込みや配膳など。
当然だが仕込んである材料がないと調理は出来ないし、配膳してくれる人がいなければいくら料理を作っても客の手元まで料理が運ばれない。
だから仕込みや配膳、仕入れ等を引き受けている牛牧も給食部には欠かせない人員であるってわけだ。
そして、それは若葉先輩にも同じことが言える。
「まぁ、早い話が適材適所って奴ですね。若葉先輩は裏方の仕事が得意で、伊落や他のシスターは人の話を聞くのが得意。それだけの話っす。役割を分担してるだけなんですから気に病む必要なんてないんすよ。」
「俺様は若葉先輩本人ではないので、若葉先輩がどれだけその悩みで苦しんでいるのかは分かりません。」
「けど、少なくともそんなに自分を卑下する必要はないんじゃないですかね?もっと自分に自信を持ってください。その方がきっと歌住先輩や伊落も喜びますよ。」
「そう……でしょうか?」
不安そうな顔をしながらそう尋ねてくる若葉先輩。
「まぁ、これはあくまで俺様の意見なので聞き流してもらっても構いません。けど、俺様なら普通は誰もやりたがらない裏方を引き受けている若葉先輩には感謝の気持ちがあって然るべきで、役立たずなんてこれっぽっちも思いませんけどね……とは言っときます。」
「まぁその、色々言いましたけどこれだけは最後に言わせてください。」
俺様はそう言って若葉先輩の前に立つと、彼女の目を真っ直ぐに見る。
「誰が何と言おうが、若葉先輩はすごいですしみんなの役に立ってます。それは俺様が保証しますので!」
そして、キッパリとそう言い切った。
「……すみません。偉そうに語ってしまって。」
「い、いえ!私の方こそすみませんでした、変な話をしてしまって……でも。」
若葉先輩はそう言いつつ、伏していた顔を上げる。
「そう言ってくださると、何だか嬉しいです。ありがとうございます、タツミさん。」
そして、ニッコリと微笑みながらそう言った。
うんうん、元気になってくれたようで何よりである。
「それにしても、すごいですねタツミさん。まるで懺悔室でシスターを相手に悩みを相談しているみたいで……いえ、タツミさんは男の方なので神父様でしょうか?」
神父かぁ……いや、そんなガラじゃないんだけどな?
それに俺様ゲヘナだしなぁ……
「そんな、俺様に出来るのは話を聞くことくらいですからね……少しでも気が楽になったなら良かったっす。」
「ふふっ……はいっ!ありがとうございます、タツミさん!」
その後、俺様と若葉先輩は浦和先輩の予定が終わるまで隣同士に座り他愛のない話をして過ごしたのだった。
なお、若葉先輩からはゲヘナへと帰る際に何故かモモトークの交換を申し込まれた。
まぁ若葉先輩ならゲヘナなんて関係なく接してくれるとてもいい人だし、特に問題も抵抗もないので二つ返事で承諾して無事に交換が成立した。
トリニティの先輩と連絡先を交換するのは羽川先輩に次いでこれが二人目となるな。
また、シスターフッドのトップである歌住先輩からは若葉先輩を助けた件についてのお礼をいただいた。
別に当然のことをしただけだから構わないのだが、人の好意を無下にするのは良くないので素直に受け取った。
ちなみに見送りの際には懺悔室の仕事が一段落した伊落や、若葉先輩を助けた場面を目撃したらしいシスター達も来てくれたため結構な人数で見送ってくれた。
ゲヘナ生にも関わらず、そんな俺様にもほとんど偏見なく接してくれたシスターフッド。
今度トリニティに行く時には挨拶に行くとしよう。
なお、それを見た浦和先輩は何故かとても楽しそうな顔をしていたのだが何故なんだろうか……?
まぁそんなこんなで大聖堂を後にした俺様は浦和先輩にトリニティの正門まで送り届けてもらい、こうして今回のトリニティでの謝罪行脚は幕を閉じたのだった。
ただ、今回の件で胃薬を使い切っちまったからまた買いに行っとかないとなぁ……
その後、俺様は電車に乗ってゲヘナへと帰還した。
駅を降りた瞬間に聞こえてくる爆発音や銃声。
物静かでお淑やかだがドロドロしたトリニティとは全然違う、物騒で騒がしいがカラッとした空気のゲヘナ。
そんな半日も離れていなかったゲヘナの空気に心底安心感を覚えながら、俺様は万魔殿へと帰るのだった。
なお、帰ったあとに散々万魔殿の皆からトリニティでの出来事について詰められたのはまた別の話。
「罰としてお兄ちゃんはイブキを3時間なでなでの刑だからね!」
「……イブキ、それはタツミに対してはご褒美にしかなりませんよ?」
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「くっ……タツミさんにお礼を言ったのは良いのですが、そのせいでまた誤解をされている気がします……!」
「やはりこの時期に安易にゲヘナの生徒と関わるべきではありませんでしたかね……?」
「ですがシスターヒナタによると彼はとてもいい人だと言うことですし……私個人としても彼はとても好青年に見えます。それに、マリーや他のシスター達も一部を除けば彼のことは概ね好意的に見ているようですし……」
「それに、彼からはトリニティのことを探ってやろうなどという意思は全く感じられませんでした。」
「そんなタツミさんを所属している学園だけで差別すると言うのは……あまり望ましくはありませんからね。」
「それにしても、ハナコさんの話によると何やらミカさんが怪しい動きをしているとのことでしたね。」
「……ただ、今はまだその時ではないでしょう。それに、何よりもハナコさんに貸しを作れたと言うのはとても大きいです。」
「……いずれにせよ、私達は私達のやるべきことをやるしかありません。その時が来たら動くとしましょう。」
「私たちのこれまでの政治への無干渉主義……それを変えるときは、そう遠くない話かもしれませんね。」
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「い、勢いでタツミさんにモモトークの交換を申し込んでしまいましたが……迷惑ではなかったでしょうか。」
「それに、私はタツミさんに助けていただいたときに彼にお……お姫様抱っこを……」
「うぅ……思い出しただけでも恥ずかしいです……!」
「私は汗っかきですし……抱きかかえてもらった時、匂いとか大丈夫でしたでしょうか……?」
「でも彼の身体、女性とは違ってとても逞しくて……それに彼の顔があんなに近くに……ハッ!?」
「わ、私は何ということを……!私はシスターなのですからそんな不純なことを考えてはいけませんっ!」
「でもタツミさん、ゲヘナの方とは思えないくらい優しくて穏やかな方でしたね。一人称は少し変わっていらっしゃいますが、それも彼の個性なのでしょうか。」
「……す、少しモモトークで夜のご挨拶をするくらいなら構いませんよね?」
「そ、そうですよね!せっかく交換したのですし、挨拶くらいなら大丈夫なはず……!」
「うぅ……でも、なんて送ればいいんでしょうか……男の方とモモトークをするなんて初めてですし……」
「……先生に聞いてみましょうかね?」
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「ん?どうした先生。スマホを握りしめたままものすごく難しい顔をしているみたいだけど。」
“……いや、なんでもないよアズサ。ちょーっとスケコマシにお説教をしなきゃなーって思っただけだから。”
「すけこまし……?」
次回からゲヘナに戻ります