皆さん本当にありがとうございます!
補習授業部のゲヘナ侵入事件から少し立った頃。
俺様は万魔殿の仕事を早めに切り上げて寮へ戻ると、スマホのグループ通信アプリを立ち上げて補習授業部の面々とビデオ通話を行っていた。
「だからな下江。その数式はその解き方じゃ無理だからこっちの式を使わないとだな……」
『う、うっさいわね!そんなの分かってるわよ!』
「いや、分かってんなら最初からそっちでやれよ!?」
時刻はそろそろ夜に差し掛かろうかと言うところ。
ビデオ通話を繋いだ俺様のスマホから、下江のそんな叫び声がスピーカーを通して俺様の部屋に木霊した。
あれから阿慈谷先輩達は第三次学力試験へ向けて猛勉強をしている最中のようで、一日中合宿所にほぼ缶詰状態で勉強を行っているらしい。
次の第三次学力試験までに残された時間は後一週間。
それまでに拡大されたテスト範囲を頭に入れ、合格ラインである90点を越さなければ補習授業部の面々は仲良く退学処分になってしまう。
……何度聴いても無茶苦茶な条件だが、決まってしまった以上は必死に頑張るしかないからな。
と言うわけで、俺様も微力ながらこうして早めに仕事が終わる日は補習授業部の主に下江の勉強をビデオ通話を繋いで見てやってるわけなんだが……
『もう嫌っ!こんなことやってらんない!つまんない!分かんない!めんどくさい!!』
「……下江、気持ちは分かるけど落ち着け。」
頭を掻きむしりながらシャーペンを机に叩きつける下江に対して、俺様はそう言った。
……まぁそりゃ自分の退学がかかってるのに冷静に勉強ができるかと言われると俺様だって自信はないが、ここでヒステリックになっても何も解決しないからな。
『あ、えっとその……コハルちゃん。こうして集まってるのはそもそも退学せずに済むようにするためですし……とりあえずその、今はみんなで知恵を出し合って何かいい方法を探さないと……』
「ですね、じゃないと皆さん本当に仲良く退学になっちまいますよ。」
『知恵を出し合うですか……なるほど。悪くないのですがあまりグッとくる感じではありませんね……もう少しこう何か……』
スマホのスピーカーから浦和先輩のそんな声が聞こえ、画面の向こう側の浦和先輩は顎に手を当てて何かを考え始めたかと思うと、やがて何かを思いついたようでニッコリとした笑顔を浮かべながら口を開いた。
『ここは例えば、そうですね……敏感な部分を寄せ合うという形でいかがでしょう?』
「……は?」
『い、いきなり何いってんの!?下ネタはダメ!禁止!死刑!!び、敏感な部分って何をどう寄せ合おうっていうわけ!?』
『ああ、ちょっとわかりにくかったですか?では実際にやってみましょうか。もう少しこう、脚を開いていただいて……』
「おい!?何しとんじゃ浦和先輩!?」
『何ってそれは……もちろんナニですよ?♡』
「勉強しろや!と言うか、俺様も居るってこと忘れてません!?百歩譲ってやるのはまだいいですけど、やるならせめて通話を切ってからやってください!」
『そこは止めてくれるんじゃないんですかぁ!?』
無茶言うな阿慈谷先輩。
ああなった浦和先輩は言っても止まらないだろ……
『やめて!近づかないで!知らないし分かりたくもないしまだ早いからっ!』
『えいっ♡』
『や、やめっ!やめてぇ!た、助けて……!』
『……なぁタツミ。さっきからハナコとコハルは何をやっているんだ?何やら脚を広げて密着しているようだが……新手の制圧術か何かか?』
「……白州先輩はそのままで居てくださいね。」
『???』
うん、間違いなく補習授業部の癒しは白州先輩だな。
是非ともピュアなままで居てくれ……
『せ、先生ぇ……』
「……おい先生。何とかしてやれ。阿慈谷先輩が泡を吹いて倒れそうになってるぞ。」
『“……うん、私も頑張るね。”』
「先生!?目が死んでるが大丈夫か!?」
『“わぁ、ハナコとコハルが仲良くて私嬉しいなぁ……”』
「せ、先生!?先生ェェェ!!!」
『あぅ……このままだと私たちみんな退学に……』
おいおい、こんなんで本当に大丈夫なんだろうな……?
その後も浦和先輩が下江先輩に絡んだり、白州先輩が何でもかんでも戦闘術に繋げたり、阿慈谷先輩がいよいよキレたりしつつ勉強会の時間は過ぎていくのだった。
……先生には今度会った時に胃薬を渡しておこう。
後これ、阿慈谷先輩にも渡した方がいいかもしれんな?
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『うふふ、何だかんだでここに戻ってくることになっちゃいましたね。』
『もうお別れだと思って出たのに、すぐこうなるなんて。やっぱり人生は分からないものだな。』
『感傷に浸っている場合じゃないでしょ!?これからどうするの!?』
勉強会が終わって、時刻はそろそろ深夜を回ろうかというところ。
補習授業部の面々はメシや風呂を終わらせてジャージに着替えると、合宿所の四人部屋にて先生を交えて話し合いを行っていた。
……どうでもいいけど、何で俺様は勉強会が終わったのにまだ通話を繋げさせられているんだ?
まぁ俺様もメシと風呂は済ませてるから、話に付き合うこと自体は構わないんだけどさ。
この人達、俺様がゲヘナ所属だってことを忘れちゃいねーか?
『っていうか、本当にティーパーティーの偉い方達が私達を退学させようとしてるならどうしようもないじゃん!知恵を寄せ合ったところで何したって無駄なんじゃないの!?』
そう考えていると、下江のヒステリックな叫び声がスピーカーから聞こえてきた。
……まぁ無理もないだろう。今の補習授業部の現状をゲヘナで例えるなら、羽沼議長が全力を挙げてとある四人組を退学に追い込もうとしているって状態だ。
そんな状況でまともに抵抗する気が湧くかと言われると、相当な胆力が無いと無理だろうからな。
……正直、羽沼議長ならまだ割となんとかなりそうな気もするが相手はティーパーティーだし。
『一応、一週間後にある第三次学力試験が最後のチャンスではありますが……』
『ここまでありとあらゆる手で邪魔をされてしまいますと、確かに厳しいかもしれませんね。』
『あうぅ……』
浦和先輩の言葉を聞き、へこむ阿慈谷先輩。
確かにティーパーティーは試験直前に範囲を3倍に拡大したり、合格ラインを90点に引き上げたり、あまつさえ深夜の3時にゲヘナでトリニティの試験を受けさせようとしたりともはや手段を選んでいないからな。
ここまで露骨すぎると分かり易すぎて逆に笑ってしまいそうだが、それだけ向こうにも余裕がないんだろう。
第三次学力試験にも妨害が入る可能性は高いと言える。
『そ、そもそもどうしてこんなことになってるのよ!?何で退学にならなきゃいけないわけ!?トリニティの裏切り者とか意味わかんない!どうして私達が疑われなきゃいけないの!?』
……そうだな、下江の言うことはごもっともだろう。
先生から聞いた話を元に考えると、この人達は確かに問題行動を起こしてはいるけどエデン条約を妨害してやろうなんて言う意図は無いと思われる。
唯一引っかかる部分があるとすれば最近トリニティに転校してきたって言う白州先輩だが、彼女もこうして真面目に勉強をしている辺りその可能性は薄い気がする。
まぁ恐らくはそれぞれ言われもない罪で補習授業部と言う名の檻に入れられてしまったんだろう。
特に下江なんてほぼ成績が悪いだけで補習授業部に突っ込まれてるからな、こう言いたくなるのも無理はない。
まぁ……恐らく正義実現委員会への牽制兼人質ってところなんだろうけどよ。
桐藤先輩も涼しい顔をしてえげつない事をしやがる。
『もし本当に退学になったら……正義実現委員会にはもう……』
『コハルちゃん……』
「……」
悲痛な下江の声がスピーカーから聞こえてくる。
ったく……どんな事情があるのかは知らねぇけどくだらん政治ごっこに下江や羽川先輩を巻き込んでじゃねぇぞ。
「……下江。」
俺様は沈黙の続く空気を破るため、下江に声をかけた。
『な、なによタツミ……?』
「その……まぁなんだ。上手く言えねぇんだけど、まだ退学が決まったわけじゃねぇだろ。ここで諦めちまうのはちょっともったいないんじゃないのか?」
『アンタ、さっきの話聞いてなかったの!?ティーパーティーの偉い方達が私達を退学にさせようとしてるなら何をどうしたって……!』
「阿慈谷先輩が言ってただろ、まだ第三次学力学力試験が残ってるじゃないか。」
『それは……そうだけど……!』
言葉に詰まる下江に、俺様は続けて言葉をかける。
「確かに可能性は薄いかもしれない。でもゼロってわけじゃないだろ?」
『それは……そうかもしれないけど……!』
「それによ下江。お前や先輩方がこのままあっさりと退学になったら……めちゃくちゃ悔しくないか?」
『……っ!』
俺様の言葉を聞き、ハッとなったような表情を浮かべる下江。
俺様はまだ補習授業部と知り合ってそれこそ数日だけども、下江達が死ぬほど努力を積み重ねてるのは理解してるつもりだ。
しかもその努力は本来なら必要ない、不当に疑われたから理不尽に押し付けられたものなんだ。
それなのに下江や先輩方は文句一つ言わず勉強に励んで、テストの結果で証明しようとしてる。
自分達は退学なんてするつもりはねぇぞってな。
ハッキリ言うが、補習授業部はすごい。
逆境にも負けず、理不尽にも抗って、ティーパーティーをテストの結果で見返そうとしているんだ。
その努力をティーパーティーの一声で握りつぶされたら……どんだけ悔しいかは図りしれねぇ。
「俺様も出来ることは協力させてもらう。勉強で分からないことがあるなら聞いてくれ、俺様でも教えられるところは教えてやるからよ。」
「それでも、もし無理だったら補習授業部全員の籍をゲヘナで用意出来るようにウチの議長を説得してやる。」
「だから……やってやろうぜ下江。キッチリ合格ラインを越えたテストをドヤ顔でティーパーティーに叩きつけてやれ。そして、連中のマヌケ面を拝んでやろう!」
俺様はとびきりの笑顔を浮かべつつ、画面の向こう側の下江へ向けて親指を立てた。
『……何よ、簡単に言ってくれちゃって。』
「……悪いな。部外者、しかもゲヘナの生徒なのに偉そうなことを言っちまってよ。」
『本当よまったく!……でも、悔しいけどアンタの言う通りかもしれない。』
下江は握り拳を作ると、俺様に視線を向けてくる。
『このままうじうじしてたって何も変わらない、なら何かやるべきなのは分かってるわ。』
『コハルちゃん……』
『えぇ……やってやる、やってやるわよ!私は絶対退学になんかならない!絶対テストに合格して、ハスミ先輩と正義実現委員会の任務をこなすんだから!』
「あぁ、その意気だ下江!」
そう言って、決意のみなぎる表情になる下江。
よし、この分なら下江はもう大丈夫だろう。
“……ごめんねタツミ。”
「構わねぇよ先生。言ったろ?出来る限りの協力はさせてもらうぞってな。」
“……うん、ありがとうタツミ。”
そう言って力なく笑う先生。
……先生もエデン条約前のこの時期にトリニティの裏切り者だのなんだのに巻き込まれて相当参ってる様だな。
生徒のためなら自分の身を投げうってでも奔走する先生の事だ、恐らくロクに眠れてすらいないに違いない。
今度シャーレに行ったら問答無用で仮眠室にぶち込んで栄養のある料理でも作ってやるとしよう。
“ごめんね皆、私がナギサにああ言ったせいで……”
『……いいえ、そのお話を聞いた限り先生は私達のために言ってくださったのでしょう?むしろ感謝すべきことです。』
「そうだぞ先生、気に病む必要はねぇよ。」
『うふふ……それにもし私がその場に居たらあの猫ちゃんにはもっと酷いことをしていたかもしれませんし。』
そう言ってニッコリとした笑みを浮かべる浦和先輩。
だが、その目は全くと言っていいほど笑っていない。
……威圧感が半端ないな。
『しかし、そうは言ってもこの一週間で90点以上を取れるようにするのは中々厳しいですね……』
『そうですね……それに、これ以上ナギサさんが良からぬことをしないよう見張らねばなりませんし。』
まぁ確かに、第二次学力試験で散々嫌がらせをしてきたティーパーティーが第三次学力試験では何もしてこないなんてことは普通に考えてあり得ないからな。
対策を講じておく必要はあるだろう。
『ふん!何があっても絶対合格してやるんだから!』
『コハル……あぁ、そうだな。私も全力を尽くそう。』
『うふふ♡すっかり元気になりましたねコハルちゃん。どうですか?ここはその有り余る元気を使って保健体育の実技の勉強など……』
『ほ、保健体育!?エッチなのはダメ!死刑!!』
いや、保健体育はエッチではないだろ下江……
まぁ浦和先輩が言ったら確かに意味深には聞こえるが。
その後も何だかんだと騒がしくも、どこか明るく前向きな雰囲気になった補習授業部の面々と夜遅くまで話し合いを続けるのだった。
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それから、補習授業部の面々は第三次学力試験へ向けて日々努力を重ねていった。
『ほら、見てくださいタツミさん!ペロロ様ですよペロロ様!このお腹がとってもかわいいですよね!』
「えっ……なんすかこのキモい鳥。」
『あはは……タツミさん、ちょっと表に出ましょうか?』
「通話してるのに表に出るって何!?」
『罰として今からタツミさんにはペロロ様の魅力を5時間ほど聞いてもらいます!』
「なんの罰だよ!?と言うか勉強しろよ!?」
阿慈谷先輩がペロロ様とか言うキモい鳥にメロメロになったり。
ーーードゴォォォン!!!ーーー
「な、なんだ!?」
『私の仕掛けたトラップに何者かが引っかかったようだな、ちょっと待ってて。すぐに制圧してくる。』
「え!?ちょ、ちょっと白州先輩!?」
『……どうやら猫だったみたいだ。』
「なんだ猫か……えっ猫!?猫は大丈夫なんすか!?」
『問題ない。ケガ一つなかったぞ。』
白州先輩の仕掛けたトラップに猫が引っかかって敵襲だと大騒ぎになったり。
『うふふ♡タツミさん、ここの問題の解釈ですが◯◯を△△して□□すれば✖✖になるのではと……』
「もう口を閉じろアンタはぁ!?」
『あら、恥ずかしがらなくてもいいんですよ?』
「そこまで行くと恥ずかしい通り越してドン引きなんだよなぁ!?」
浦和先輩が歩行式淫語拡声器と化したり。
『あ、アンタ達なんて話してんのよ!?エッチなのはダメ!死刑!!』
『あらコハルちゃん。うふふ、私とタツミさんはお勉強してただけですよ?』
『放送禁止用語連発しといて何が勉強よ!?ダメダメダメ!死刑!死刑なんだからね!!』
「お、おい落ち着け下江!」
『うるさいっ!死刑死刑死刑!』
俺様と浦和先輩の話を聞いた下江が、死刑宣告大好きな裁判長になったりと色々あった。
……いや、色々ありすぎでは?勉強しろよアンタら。
俺様も毎日手伝えた訳ではないのだが、万魔殿でやる仕事を寮に持って帰って処理しながら通話を繋いで下江の勉強を見てやったりとできる限りの協力はした。
しかし、ゲヘナとトリニティでそんなに勉強内容に差がないのには驚いたけどな。
てっきりお嬢様学校のトリニティの事だから勉強内容もハードなんだろうと思ってたけど、どうやらさほどゲヘナと変わらないらしい。
そして、そんなこんながあって……いよいよ補習授業部は第三次学力試験を明日に迎える事となった。
泣いても笑っても、これが最後のチャンス。
ここで合格出来ないと阿慈谷先輩達は本当にトリニティを退学させられることになってしまう。
やれるだけのことはやった、俺様も出来るだけの協力はしたつもりだ。
あとは補習授業部の面々を信じて待つしかない。
『……ついに明日、ですね。』
スマホのスピーカーから、緊張した面持ちの阿慈谷先輩の声が聞こえてくる。
『はい……』
『ま、まさかまた急に色々変わったりしないわよね?』
『はい、今のところは……』
『そうですね、試験範囲は以前の通りですし、合格ラインも変わらず90点以上。場所はトリニティ第19分館の第32教室。本館からは離れてますが、そこまで遠くはありません。時間も午前9時からで変わってませんね。』
浦和先輩がスマホでトリニティ掲示板を確認しながらそう言う。……なんか拍子抜けだな。
てっきりトリニティで受けるはずの試験をゲヘナで受けろなんて指定してくるんだから、もっと露骨に嫌がらせをしてくるものだと思っていたんだが。
『むしろ気になる点と言えば……昨日から本館が不自然なくらいに静かなことです。人気がピタッと無くなってしまったようで。』
「人気が……?それは不気味っすね。」
『はい。なので念のため今晩も私の方でずっと掲示板を見ておきますね。』
そう言って、スマホをチラチラと確認する浦和先輩。
……確か浦和先輩はここ数日ずっと何かテストに関しての変更がないか、妨害がないかをトリニティの掲示板を確認して監視してくれていたはずだ。
恐らくまともに寝れていないだろう、そろそろ流石に寝たほうが良いのではないかと思うんだが……
『は、ハナコちゃんも寝たほうが……』
『ふふっ、私は大丈夫です。それに、私にはこれくらいしか出来ませんし……』
『そ、そんなことはありません!ハナコちゃんがすごく丁寧に勉強を教えてくれたおかげでみんなすっごく成績が上がって……!』
謙遜する浦和先輩に対して、阿慈谷先輩は必死に感謝の気持ちを伝えている。
後から聞いた話だけど、浦和先輩は2年生なのに3年生のテストでも余裕の満点を叩き出すらしいからな。
これで普段の淫語連発が無ければ……と思わざるを得ないが、まぁ浦和先輩の個性という事で目を瞑っておこう。
それはそれとして突っ込みはするけどな!
『それは皆さんが頑張ったからですよ。』
「何いってんすか、浦和先輩も頑張ってましたよ。」
『ふふ、私は私の出来ることをやっただけですから。』
「世間一般ではそれを頑張ったっつーんすよ、阿慈谷先輩もこう言ってるんだから素直に受け取ってあげてください。」
『……そうですね、ありがとうございます。』
浦和先輩は少し間を置くと、ニッコリとした笑みを浮かべながらそう言った。
“何日もあまり眠れなかったけど、みんな本当に良く頑張ったよ。きっと大丈夫。”
『はい、それでも90点はギリギリですが……明日の試験問題が簡単だったらきっと……』
……いや、それは楽観視しすぎなのでは?
『そんな都合の良いこと起きるわけないでしょ!私はまだまだ深夜まで勉強するから!』
「いや下江。ちゃんと寝るのも大事だぞ。」
気合の入りまくっている様子の下江に対して、俺様はそう声をかけた。
やる気があるのは結構だが、人間は6時間以上睡眠を取らないと徹夜してるのとほぼ同じらしいからな。
夜遅くまで勉強してテストの時に頭が回らないなんてことになったら本末転倒も良いところだ。
『うっさいわねタツミ!100点!100点取れれば文句ないでしょ?』
「いや、そりゃそうなんだが……」
『こ、コハルちゃん。気持ちは分かりますが今日はもうゆっくり休んだほうが……』
『そうですよ、コハルちゃんが頑張ったのは先生や私達、そしてタツミさんも知っています。大丈夫です。今日はもう休んで、明日に備えた方がいいと思いますよ。』
うん、浦和先輩の言うとおりだ。
下江が必死に勉強を頑張ったのはみんな知ってるし、俺様もほとんど付きっきりで下江に勉強を教えていたからよく分かっている。
分からないところは質問してきて、憎まれ口を叩きながらもしっかりと学ぶ姿勢を見せてくれたからな。
『休むのも戦略のうちだぞ、コハル。』
「……いや、白州先輩もっすよ?」
白州先輩もなんだかんだで浦和先輩にほぼ付きっきりで勉強を教えてもらっていたからな。
それに白州先輩は合宿所に何故かトラップを仕掛けていたり、夜間の見回りなども行っているらしくここ最近は恐らくロクに寝ていないだろうし。
……先生と言い浦和先輩と言い白州先輩と言い、補習授業部寝てない奴多くね?
よく眠れる薬の調合を薬子先輩に頼みたいくらいだな……
『うん、今日くらいはゆっくり休もうと思う。』
「はい。そうしてください。」
どうやら白州先輩は休んでくれるつもりのようだ。
良かった、と俺様は胸を撫で下ろす。
『いよいよ明日……私達の運命が決まります。』
『縁起の悪い事は言わないでおこう、必ず合格する。』
『私も!絶対に負けないんだから!』
『そうですね。泣いても笑っても後一回です。頑張りましょう!』
『はい、ここまで頑張って来たのだから後は最後まで最善を尽くすだけです。』
“今までの頑張りを信じよう、きっと大丈夫。”
『はいっ!』
『ふふ、そうですね。』
『うん。』
『やってやるわ!』
それぞれが決意を胸に抱き、合格と言う目標をつかみ取るための覚悟が決まった補習授業部の面々。
「……皆さん。」
「月並みな言葉しか言えなくて申し訳ないんすけど、皆さんならきっと大丈夫です。胸を張って試験に挑んで、全員笑顔で合格して帰ってくるのを待ってます!」
俺様はスマホを持ち上げると、マイクの部分に向かって激励の言葉を飛ばす。
「それじゃああまり遅くなってもあれなんで、俺様はこの辺で……」
『……待って、タツミ。』
そう言ってスマホの通話終了ボタンに手をかけた瞬間だった。下江が唐突に、俺様を名指しで呼んでくる。
「ん……?どうした下江。」
『その……べ、勉強教えてくれてありがと。アンタがほとんど付きっきりで教えてくれたおかげで助かったわ。』
「なんだそんな事か。それくらいお安い御用だ、礼を言われるようなことじゃない。」
『でもアンタは万魔殿の仕事もあるのにその中でわざわざ時間を作って、この前会ったばかりの私達のために必死で頑張ってくれた。だからお礼を言わせてもらうわ。ありがとう、タツミ。』
スマホの画面の向こうで、真剣な表情でそう言う下江。
……なんか、そう言われるとむず痒いな。
『私からもお礼を言わせてくださいタツミさん。2次試験の時にお世話になっただけじゃなくて、トリニティの生徒である私達に協力して色々と助けてくれて……ありがとうございます。』
『そもそもゲヘナの生徒であるタツミが私達にここまで協力する義理は一切ない。好意に感謝する。』
『それに、万が一の場合の受け皿まで用意してくれると言ってくれましたしね♡もちろんトリニティを退学するつもりはありませんが、あの言葉があったから皆さんの気が楽になったのは間違いないと思います。ありがとうございます。』
いや、本当に大したことはしてないしそもそもスマホでビデオ通話を繋げていただけなので勉強だってたいして詳しくは教えてやれてないからな。
ただまぁ……感謝してくれてるってのは悪い気はしない。
「……分かった。その礼、確かに受け取りました。少しでも皆さんのお役に立てたんなら良かったっす。」
『えぇ、絶対明日の試験で満点を取ってやるわ!』
「そうだな、下江なら出来ると思うぞ。頑張れよ。」
『言われなくたって!』
笑顔を浮かべながら、自信満々に下江はそう言った。
……俺様も、やれるだけのことはやったつもりだ。
後は彼女達の頑張りを信じよう。
その後も少し補習授業部の面々と話した俺様はスマホの通話を切ると、ベッドに潜り込むのだった。
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「アズサ、日程が変わった。」
「……?」
「明日の午前中だ、約束の場所で命令を待て。」
「ま、待ってサオリ、明日は……」
「何か問題でも?」
「まだ準備ができていない。計画よりも日程を早めるのはリスクが大きすぎる。」
「いや、明日決行だ。これは確定事項、しっかり準備をしておけ。」
「……」
「明日になれば全てが変わる。私たちのアリウスにも、このトリニティにも。不可逆の大きな変化が起きることになる。」
「……」
「桐藤ナギサのヘイローを破壊しろ。お前の実力は信用している。上手くやれ、アズサ。」
「……分かった。準備しておく。」
「……アズサ。」
「……なに、サオリ。」
「忘れていないだろうな?vanitasvanitatum。」
「すべては虚しいもの。どんな努力も、成功も、失敗も……全ては最終的に無意味なだけ……」
「……一度だって、忘れたことはない。」
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「あークソッ!俺様が試験を受けるわけじゃねぇのに緊張とドキドキで眠れねぇんだが……?」
「俺様でこれなんだから、補習授業部のみんなはちゃんと寝れてると良いんだがな……」
ここからトリニティ内でのミカとアリウスのクーデターにタツミを向かわせるのは無理筋なため、次回の話はクーデターが落ち着いてからのお話になります