「ま、まさかアズサちゃんが裏切るなんて……」
「この土壇場でやってくれるね……計画が全部パーじゃん。聖園ミカも捕まったみたいだし、マダムがどれだけ怒るか分かったものじゃないよ。」
「ま、また罰を与えられるんですかね……嫌ですね……」
「……お喋りはそこまでだ。準備しろ、みんな。」
「あ、あぁっ……ついに始まるんですか……!ようやくこの時が……でも苦しいんですよね?辛いんですよね?」
「……うん。でも大丈夫。苦しいのは生きてる証拠。」
「……」
「姫ちゃんが手話で何か言ってますけど。えっと……」
「あの子はどうなったって?気になるの姫?……いや、どうでも良くない?結局は早いか遅いかだけの問題で。」
「その辺にしておけ。……黒い雲、明日は雨になるな。」
「あ、雨ですか……雨は嫌ですね……ジメジメしてて、苦しいですし、気持ち悪いですし……」
「……今はせいぜい、甘い夢に酔っているがいいさ。」
「アズサ、どれだけ足掻こうとお前は抜け出すことは出来ない。お前の体は覚えているはずだ。真実を。」
「vanitasvanitatumetomniavanitas……」
「全ては虚しい。何処まで行こうとも、全てはただ虚しいものだ。」
「……忘れたとは言わせないぞ、アズサ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
“それでは補習授業部全員の学力試験の合格を祝って……”
「「「「「かんぱーい!!!」」」」」
時は昼下がり、シャーレの応接間にて。
テーブルを囲んだ補習授業部の面々&先生と俺様はそれぞれ手にしたグラスをぶつけ合うとみんなで笑い合いながら飲み物を口に含んだ。
「さぁ今日は俺様からの合格祝いです!思う存分に食ってくださいよ!」
テーブルの上に所狭しと並べられたお菓子、宅配ピザ、そしてシャーレのキッチンを借りてささっと作ってきた俺様特製のカップケーキ。
こいつらは先生の提案で行われることになった補習授業部の合格祝い兼祝勝会のために用意したもの。
それらを両手を広げて示しつつ、俺様はそう言った。
「わぁ……!これ全部私達が食べていいんですか!?」
「モチロンっすよ阿慈谷先輩!どんどん食ってください!頼まれればおかわりも作りますよ!」
「もぐもぐ……このケーキはタツミが作ったんだよな?とても美味しい。市販のケーキにも負けていない。」
「おっ、そいつは嬉しいっすね白州先輩!」
口いっぱいにカップケーキを頬張り、ハムスターみたいになりつつそう言う白州先輩。
……うん、やっぱ白州先輩って小動物みがあるよな。
「こ、これ本当にタツミが作ったのよね……?うぅ……オシャレだし可愛いし女子力でタツミに負けそう……」
「あら、コハルちゃんは女子力では誰にも負けないものを持っているではありませんか♡」
「えっ……な、なによそれ……?」
「うふふ……ではとりあえず、服を脱いでいただいて……」
「ふ、服を脱ぐ!?エッチなのはダメ!死刑!!」
「おいそこのコンビ芸人ども。早く食べないと白州先輩が全部ケーキ食っちまいますよ。」
「誰がコンビ芸人よっ!?」
キーッ!と言う擬音がでてきそうなくらいに顔を真っ赤にしつつそう言う下江と、そんな下江を見てニコニコしている浦和先輩。
なんか、この二人はニコイチって感じがするのは俺様だけなんだろうか……?
“ありがとうねタツミ。祝勝会をやろうって言い出したのは私なのに、お菓子とか用意してもらっちゃって。”
「気にすんな!このくらいお安い御用だぜ先生!」
申し訳なさそうに謝ってくる先生に対して、俺様は笑顔を浮かべると親指を立ててそう言った。
先生はシャーレで超多忙な毎日を送っているのに給料はそんなにもらえてねぇみたいだからな……
別にこの人数の菓子なら俺様が作れば材料費だけで済むし、何よりも先生に負担を強いる訳にはいかねぇし。
……ってか、今更なんだけど補習授業部の合格祝いなのに何故俺様が呼ばれているのだろうか?
まぁでも、作ったケーキやお菓子を笑顔で食ってくれるのは悪い気はしないけどな。
補習授業部の運命の第三次特別学力試験の日から少し立つ。
あのあと補習授業部は夜中にとんでもない事態が発生しつつもそれを乗り越えて、ほぼ徹夜だったにも関わらず四人全員が90点を越えて見事に合格ラインを突破。
文句無しの合格となり、無事晴れてトリニティへの在学が決定したというわけだな。
皆んなが必死になって頑張った結果が報われた瞬間だ。
俺様はその知らせを先生から聞いて心底安心すると共に、微力ながらも力になれたことに胸を撫で下ろしたっけなぁ……電話口で号泣して補習授業部の面々には少し引かれてしまったけども。
え?とんでもないことって何なんだよって?
まぁ俺様も先生から又聞きしただけだから大雑把にしか把握はしていないのだが、第三次試験の前日に俺様が通話を切った後も補習授業部の面々はやっぱり眠ることができずに先生の部屋で集まって話をしていたらしい。
そこで白州先輩が実はアリウス分校と言うところからの転校生だと言うことを打ち明け、ティーパーティーの現ホストである桐藤先輩のヘイローを破壊……つまり殺すために学園に送られたスパイであることを告白した。
彼女はアリウススクワッドというチームのリーダーである錠前サオリと言う女からの指示を受け、桐藤先輩を始末するためにトリニティへ潜り込んだらしい。
だが白州先輩はそれを良しとせず、逆に桐藤先輩を守るために動いていたらしくそれを聞いた浦和先輩が策を巡らせて無事に桐藤先輩を保護することに成功した。
アリウス分校……俺様が原作のエデン条約編で唯一、頭にモヤがかかりつつも何とか覚えている単語だ。
確かエデン条約編ではこのアリウス分校が敵として出てくるはず……ということだけは覚えている。
まぁ実際にこうして敵として出てきたわけだから、俺様の記憶は正しかったわけなのだが……
で、その正体はトリニティが一つの学園になる際に最後まで反対したことにより弾圧されてやがてはトリニティから追放された元トリニティの分派のひとつ。
その反対行動によりトラブルとなり、今ではどこかでひっそりと身を潜めているとかいう話らしい。
元々トリニティであることからゲヘナの事を嫌っていてなおかつ自分達を追放したトリニティのことも憎んでいるため、エデン条約を面白くないと思っている勢力なのは間違いないだろう。
だが、白州先輩はそれは間違っていると言ったそうな。
トリニティとゲヘナを憎むアリウスの自治区で育ちながらも、桐藤先輩を殺せばエデン条約が無くなりキヴォトスは更に混乱に陥ってしまうとも言ったらしい。
そして、アリウスからの命令に背き桐藤先輩を守ることを自分で決断した……と。
全てはアリウスのような自治区を生まないために。
……いや、ほんとに白州先輩はすげぇなって思ったよ。
俺様ならそこまで考えられるか怪しいし、そもそも組織の命令に独断で背こうなんて決断なんか出来っこない。
話を聞いた時は白州先輩の芯の強さに驚きつつも、彼女が味方についてくれた事が何よりも嬉しかった。
確かに彼女がみんなに嘘を付いていて、結果的に騙していたのは事実だ。
だが、その理由が桐藤先輩を守るためとあれば誰が白州先輩を責められようか?
それでもし白州先輩を責めるやつがいるなら、俺様が一発とは言わず百発はぶん殴ってやるぜ。
その後、本当のトリニティの裏切り者と名乗るティーパーティーパテル派リーダーの聖園ミカ先輩がアリウスの生徒を連れてトリニティへ侵攻。
聖園先輩は前々からアリウスと連絡を取って内通してしていたらしく、アリウスとの和解を目指して色々と便宜を図っていたらしい。
彼女の目的はもちろんエデン条約の阻止。
ゲヘナが死ぬほど嫌いなので、ゲヘナと手を組むエデン条約が気に食わないからぶっ潰そうとしたらしい。
その過程でアリウスもゲヘナを死ぬほど憎んでいるので利害の一致もあり、アリウスの協力を得て桐藤先輩に襲撃をかけようとしていたそうな。
そして浦和先輩が根回ししていたシスターフッドの協力もあり、アリウスの撃退と聖園先輩の拘束に成功。
聖園先輩は現在外患誘致とティーパーティーへのクーデターの罪により、牢屋で謹慎処分を受けているらしい。
なお、桐藤先輩は補習授業部のみんなに疑って悪かったとキチンと謝罪を行ってくれたそうだ。
……と、まぁ色々で片付けるのも憚られるほどかなり色々あったらしい。
そもそも、事の発端はティーパーティーの百合園セイア先輩が襲撃された事から始まったらしいが……
うん、細かいことはよくわかんねぇ。
それに、話によれば百合園先輩は無事みてぇだしよ。
そもそもトリニティのことだし、俺様が知ったところで何が出来るってわけでもないからな。
結果としてはトリニティの裏切り物は捕まった訳だし、補習授業部は全員が合格して退学を免れた。
まぁアリウス分校とか気になることはまだあるが……
とりあえずは一件落着、と言うことで構わないだろう。
事後処理とか何やらはシスターフッドとか、先生に任せておけば良いだろうし。
……だが、なんか猛烈に嫌な予感がするんだよな。
これで面倒事が終わって、あとは何事もなく調印式でエデン条約が締結されれば良いんだけども。
「……それにしても、良かったんすか?みなさん。」
「えっ?何がですか?」
「いや、俺様も皆さんとはそれなりの付き合いになりつつあるんで今更なんすけど……そんなトリニティの重要な内容をゲヘナの万魔殿である俺様に話して。」
「……本当に今更ですね?」
そう言うと、困ったような笑みを浮かべる阿慈谷先輩。
「タツミさんがこの事を言いふらすような人じゃないっていうのは、私達はもう分かってますよ。」
「そうよタツミ。それに、言いふらすなら最初に万魔殿に帰った時にもうとっくに私達のことを言ってるでしょ。アンタの口が固いのは知ってるわよ。」
「あぁ。それにタツミは本来なら協力する義理のない私達に協力してくれた。そんな相手に嘘を付くのは良くないと思ったから私もタツミに正体を明かした訳だし。」
「うふふ……そういう事ですね♡なんだかんだで私達はタツミくんを信頼してるんですよ?」
「……愚問でしたね。ありがとうございます。」
次々に思ったことを口にする補習授業部の面々に対し、俺様はそう言うと軽く頭を下げた。
もちろんこの事を誰かに言うつもりなんて毛頭無いわけだが、こうやって信頼してもらえるのは嬉しいもんだ。
ともかくトリニティの方もゴタゴタは一旦落ち着いたようだし、これからはエデン条約の話し合いも落ち着いて進められれば良いんだけど。
“そう言えば、タツミは今度トリニティに来るんだったよね?”
「あれ?良く知ってるな先生。」
“この前ナギサに会った時に彼女が言ってたからね。”
「あぁ、エデン条約のETОの細部を詰めるためにティーパーティーと万魔殿で会議することになってな。万魔殿からは羽沼議長と俺様が出席予定だ。」
なお羽沼議長はトリニティ側から連絡があった際に露骨に嫌そうな顔をしていたが「まぁナギサが出てくるなら不本意だが赴いてやろう」と渋々了承していた。
そう言えば忘れてたけど、羽沼議長は何度かトリニティに出向いていたけどその度に代理を立てられて桐藤先輩とは直接話をしていないからな。
まぁ桐藤先輩としてもトリニティの裏切り者やら何やらでそれどころではなかったのかもしれない。
ゴタゴタが解決した今、お互いの学園のトップ同士きちんと対面して話をした方が良いのは間違いないからな。
ちなみに何故付き人に俺様が指名されたのかは良く分からんが……まぁ一回トリニティに謝罪に行ってて慣れてるからとかそう言う理由だろう。
あの筋金入りのトリニティ嫌いなアホ議長の付き添いなんてまっぴらごめんではあるんだが、先方に失礼があってはイカンからな……しっかり見張っておくとしよう。
「だ、大丈夫タツミ?何だか顔が死んでるけど……」
「あぁいや、何でもねぇよ下江。ただちょっと、今から羽沼議長のお守りのことを考えると憂鬱でよ。」
「お、お守りって……万魔殿の議長なのよね?」
“あはは……マコトはちょっとだけ個性的な子だからね。”
「いや先生、気を使わなくてもストレートにバカって言っていいんだぞ?」
“いや、タツミは流石にオブラートに包まなさすぎじゃないかな……?”
おいおい何を言ってるんだ先生。
あの人、オブラートに包んだら勝手に自分に都合のいいように勝手に解釈して調子に乗り出すのが関の山だぞ?
なら、誤解を招かないように火の玉ストレートをぶち込んでやるのが一番伝わりやすいからな。
「はぁ……羽沼議長は筋金入りのトリニティ嫌いだからな。それを考えると今から胃がいてぇよ……」
ティーパーティーに赴き、桐藤先輩に会った途端にドヤ顔を浮かべながら嫌味を言うアホ議長がありありと想像できてしまい胃がキリキリする。
「そう言えばアンタと接してたから私の感覚が麻痺してたけど、普通はゲヘナの生徒ってトリニティの事は嫌いなのよね……」
「まぁ全員が全員そうって訳じゃねぇけど、嫌ってる奴の方が多いのは確かだろうな。」
「うふふ、トリニティもそれは同じですからね。むしろ私達が特殊と言うべきでしょう。」
「それはその通りだと思いますよ浦和先輩。」
片やゲヘナに対してあまり偏見のない補習授業部。
片やトリニティに対してあまり偏見のない俺様。
お互いに憎み合ってるゲヘナとトリニティにおいて、俺様達の関係は特殊と言って差し支えないだろう。
しかし、まさか夜中に暴れていた温泉開発部を鎮圧に行ったらトリニティの先輩方と知り合って、しかもこんな大きな事件の事を知る羽目になるとは……
いやはや、人生ってのは本当に分からないものである。
「……ま、今はそんな事はどうでもいいじゃないですか。せっかくの祝勝会なんです、楽しみましょう!」
「はいっ!せっかくなので私はタツミさんが作ったプリンを2つも食べちゃいますよ!」
“2つも!?”
「あっ、ずるいわよヒフミ!私だってタツミのプリン食べたいんだからね!?」
「おいおい俺様をみくびってもらっちゃ困るな下江……こんなこともあろうかと、プリンは大量に用意してあるんだからなぁ!ハーッハッハッハ!」
「ちょっと!?何で高笑いしながらプリンを差し出してくるのよ!?ありがたいけどありがたくないわよっ!」
「おかわりもあるぞ!」
「食べる前からおかわりって何よ!?」
「余ったら羽川先輩に持って帰ってやってもいいぞ!何なら今から正実全員の分作ってやろうか?」
「そ、そこまでしなくてもいいわよバカ!」
「もきゅもきゅもきゅ……タツミの作ったお菓子は本当に美味しいな。いくらでも食べられるぞ。」
“あ、アズサがハムスターみたいになってる……”
「ほらほら浦和先輩も遠慮せずにどんどん食ってくださいよ!この杏仁豆腐とかどうっすか?山海経のとある人に教えてもらって試しに作ってみたんすけど、是非味の感想を聞きたくて!」
「はい、そういう事でしたら是非いただきますね♡」
“タツミってほんと多彩だよね……”
「と言うか山海経にまで行ってるの?アンタの人脈は一体どうなってるのよ……」
「うふふ♡先生、私今とても楽しいです♡」
“……うん。良かったね、ハナコ。”
「はい♡」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから少し経った後日、トリニティ総合学園内にて。
あの美食研究会がやらかしてくれた時の謝罪の時と同じくティーパーティーの応接間に通された俺様と羽沼議長は、あの時と同じく紅茶と大量のお茶請けの用意された大きなテーブル通され並んで座っていた。
俺様達の正面にはティーパーティーのホストである桐藤先輩と、その幹部達が顔を揃えている。
「この度はわざわざトリニティまでお越しくださってありがとうございます、羽沼マコト議長。こうして顔を合わせるのは初めてですね。」
「フン、ようやく顔を見せたか桐藤ナギサ。このマコト様を何度もトリニティなどと言う息苦しい鳥籠に呼び出した挙句、代理を立ててお前が出てこないなんて随分と舐めた真似をしてくれたものだなぁ?」
腕と足を組み、深くかぶった帽子の下から鋭い眼光を飛ばしつつ桐藤先輩を睨みながらそう言う羽沼議長。
「おい羽沼議長……!」
「……いえ、良いのですタツミさん。」
心配していた通り、開口一番嫌味から始まった会議。
羽沼議長のそのあまりにも失礼な態度に口を出そうとするが、桐藤先輩が手で俺様を制する。
「マコト議長、その件に関しては大変申し訳ありませんでした。ここで正式に謝罪させていただきます。」
そう言うと、桐藤先輩は粛々と頭を下げる。
「……今更なんのつもりだ?桐藤ナギサ。」
羽沼議長は桐藤先輩の言葉を聞くと、彼女を一瞥しつつ不服な様子を隠そうともせずにそう口にした。
「その……言い訳をするわけではありませんが、私も条約前で色々と参っていまして。」
苦しげに表情を歪めつつ、言葉を絞り出す桐藤先輩。
その様子からはかなり疲弊している様子が見て取れた。
……まぁ無理もないだろう。
エデン条約の調印式を目前に控えた時期に発生した、突然の百合園先輩への襲撃事件。
そこからエデン条約の阻止を目論むトリニティの裏切り者が居るとの情報を掴み、それを探すために奔走。
更に補習授業部に裏切り者が居ると踏んで対策を講じていたところに同じティーパーティーの仲間あるはずの聖園先輩によるクーデターが発生。
そして、桐藤先輩が信じていたはずの同じティーパーティーの仲間がまさかのトリニティの裏切り者だった。
しかもそれがエデン条約の阻止のために自分を襲撃しようと言う理由なのだから、桐藤先輩の心労は察するに余りあるものだろう。
彼女が補習授業部にやった仕打ちは流石にやりすぎだと言わざるを得ないが、桐藤先輩が内心に抱えていたものを考慮するとあまり強く責める気にはなれなかった。
きっと彼女も疑心暗鬼で苦しんで、百合園先輩の次は自分が襲われるかもしれないと恐怖していたのだろう。
その状態でまともな精神でゲヘナの生徒会長との会談が出来るかと言われると難しいと言わざるを得ない。
……この会議が終わって、時間が出来たら何か栄養の付く料理でも作って食べてもらうとしよう。
「フン、そんなもの私の知ったことではないな。」
俺様がそんな事を考えていると、桐藤先輩の内心を知ってか知らずか羽沼議長は腕を組んで深く椅子に腰掛けながらバッサリと桐藤先輩の言葉を切り捨てた。
「どんな言い訳をするかと思えば……それはそちらの身内の揉め事で貴様が勝手に疲弊しただけの事だろう?それを我々ゲヘナに押し付けられても困るんだがな?」
さも当然のように淡々とそう言い切る羽沼議長。
……まぁ、羽沼議長の言うことも一理あるにはある。
桐藤先輩がトリニティの裏切り者問題で疲弊していたのは確かだろうけど、羽沼議長をトリニティに呼び出しておいて代理を立てて直接会おうとしなかったって事実はあるわけだからな。
礼に欠いた対応であることは間違いない。
「……ぐうの音も出ませんね。」
その言葉を聞き、再度頭を下げる桐藤先輩。
……どちらの気持ちも分かるだけに、なんと声をかければ良いのか分からない。
俺様は誤魔化すようにティーカップを手に取り、紅茶を口に流し込む。
「フン、それに紅茶などという茶葉の搾りカスを客人に飲ませようとするなど笑止千万!全く、トリニティの考えていることはこれだから……」
ブツブツとそう文句を言いつつ、俺様と同じくティーカップを手にとって中身の紅茶を口に運ぶ羽沼議長。
……いや、なんやかんや文句を言うわりには結構美味そうに飲んでるんだが?
「その辺にしといて下さいよ羽沼議長。今日はエデン条約の話し合いのために来たのであってあんたの悪態を桐藤先輩に聞かせるためじゃないんすからね?」
「……タツミ。私は散々トリニティに呼び出された挙句ナギサ本人が出てこなかったんだぞ?それはつまりこのマコト様の貴重な時間を奪ったと言うことだ。悪態の一つくらい付いても許されるだろう?」
口に含んだ紅茶を飲み込み、お茶請けのマカロンを口にしながらそう言う羽沼議長。
「それについてはさっきから桐藤先輩は謝罪しているじゃないですか。それに向こうも事情があったのは事実なんですから、考慮すべきなんじゃないんすか?」
「どんな事情があれど、トリニティ内でのゴタゴタなんぞ我々にとってはただの私情に過ぎない。」
羽沼議長はキッパリとそう言い切る。
「それをエデン条約等という危うい条約の話し合いの場に持ち込むなとこのマコト様は言っているだけだ。」
「……だからと言ってそれが悪態をついていい理由にはならないでしょう。」
「なんだ、やけにナギサの肩を持つじゃないかタツミ。何か不服な事でもあるのか?」
当たり前だろ。そもそもあんたさっきからいくつ桐藤先輩に悪態をついてると思ってるんだ。
よくもまぁそんなにペラペラと思いつくものである。
「そもそも私が不機嫌な原因はナギサなんだぞ。それを勘違いするなよタツミ。」
「それは分かってますし俺様は羽沼議長の怒りも理解してるつもりです。けど、エデン条約の話し合いの場に私情を持ち込むなって言うなら羽沼議長のその怒りも持ち込むべきじゃないんじゃないですかね?」
「……そもそも無礼な態度を先に取ったのはトリニティなんだぞ?私とて必要以上に私情を持ち込むつもりはないが、気分良く会談など出来るわけないだろう。」
いや、だからそれは分かってるけどこのままだとエデン条約機構についての話し合いにならねぇんだよ。
そりゃ俺様だって羽沼議長の怒りは理解しているつもりだし、それに関しては桐藤先輩のやり方はどうなんだって思う部分はある。
けど桐藤先輩は申し訳なかったって謝罪してるんだし彼女にも彼女の事情があったわけなので……
「重ね重ね申し訳ありませんでした、マコト議長。」
俺様達のやり取りを見て、桐藤先輩が再度頭を下げる。
「……タツミに免じて一応その謝罪を受け取っておくことにしよう。タツミに感謝する事だな、桐藤ナギサ。」
羽沼議長は桐藤先輩の言葉を聞くと、不機嫌な様子を隠そうともせず不服そうにそう言った。
……何故俺様に免じてなのかは分からないんだけど、最初からそう言ってくれよな。
まぁ羽沼議長の気持ちも分かるだけにもどかしいけど。
「で、では早速ですがエデン条約機構の件について話し合いを……」
桐藤先輩は苦笑いを浮かべつつ手元に置かれた会議の資料を手に取りながらそう言った。
……そう、今回はあくまでエデン条約の話し合いの場だ。
羽沼議長のくだらない悪態を垂れ流す場ではない。
時間も限られているし、これ以上羽沼議長の嫌味で時間を使うわけには行かないだろうからな。
そう思った俺様は、桐藤先輩と同じく手元に置かれていた資料を手に取りページをめくる。
「おさらいですが、そもそもエデン条約機構とは……」
「いや、話し合いなど必要ないぞナギサ。何故ならエデン条約機構の全権はこのマコト様が握るのだからな!」
桐藤先輩が資料を見ながら説明を始めるが、羽沼議長は突然ドヤ顔を浮かべたかと思うとそんな事を声高らかに宣言し始めた。
「……はい?」
「おい!さっきから黙って聞いてたらなんて失礼なこと言ってんだアンタは!?」
やっぱりこうなるのかよ!勘弁してくれよな……!
俺様は立ち上がって羽沼議長にゲンコツした後、文句を垂れる羽沼議長に対して説教をするのだった。
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「すいませんでした桐藤先輩。あのバカにはあとでよく言って聞かせておきますので……」
エデン条約機構に関しての会議のあとのこと。
俺様は会議が終わってティーパーティーの応接間を出た羽沼議長に「先に行っててください」と言ったあと、桐藤先輩に謝罪を行っていた。
あの後、意味のわからないことを垂れ流すアホ議長にゲンコツを食らわせた俺様は桐藤先輩と羽沼議長と共にエデン条約機構に関しての取り決めを行ったのだが……
羽沼議長は「何故このマコト様が全権を握れん!」等とめちゃくちゃ不服そうな顔をしていた。
いや、普通に考えて平和条約のために設立する組織の全権を片方の学園が握れるわけないだろ……?
結局その後も羽沼議長の嫌味はとどまることを知らず、その度に叱りつけはしたのだが流石に度が過ぎているためこうして謝罪を行っているという訳だ。
ちなみにエデン条約機構に関しての話し合いは大体は決まったので、後はこれを連邦生徒会に持ち込んで正式に認証してもらえれば後は調印式を迎えるのみだな。
一時はどうなるかと思ったけど、とりあえず当面の目的はキチンと達成できたので一安心と言った所だろうか。
「いえ、呼び出しておいて代理を立てて会おうともしなかった私が悪いので気になさらないでください。マコト議長の怒りもご尤もだと思います。」
俺様は頭を下げるが、桐藤先輩はティーカップを口に付けながら特に気にしていないという様子でそう言った。
「それに無礼という意味ではこちらもタツミさんが前に来た時に散々ミカさんが失礼な事を言いましたからね……ここはお互い様と言うことにしておきませんか?」
「……まぁ、桐藤先輩がそれでいいのなら。」
別に俺様は聖園先輩に散々嫌味を言われたことに関しては特に気にしていないんだけど、まぁ桐藤先輩がそこまで言うならこれ以上は逆に失礼に当たるだろう。
そう判断し、俺様は下げていた頭を上げる。
それにしても、聖園先輩で思い出したけど彼女はエデン条約を阻止するためにアリウス分校と手を組んでトリニティでクーデターを起こそうとしたんだよな。
聖園先輩がゲヘナの事を心底嫌っているのは俺様への態度からして察していたけど、まさかそれが同じティーパーティーの仲間である桐藤先輩を襲撃してまで阻止しようとするほどのものだとは思わなかった。
……けど、本当にそれだけか?
いくら聖園先輩が俺様に対してあんな態度を取るほどまでに死ぬほどゲヘナが嫌いだからといって、同じティーパーティーの仲間である桐藤先輩の事を襲撃してまで阻止しようとするのはちょっとやりすぎな気がする。
なんと言うかこう、聖園先輩も最初はここまでやるつもりでは無かったんじゃないのか……?
最初は単なる喧嘩だったのが、止まれなくなってしまってこんな事態になってしまったのかもしれないし……
そもそも今回のトリニティでの一件は元を正せばティーパーティーの百合園先輩が襲撃されたのが原因だ。
詳しい内容までは分かんないけど、ゲヘナが嫌いだからってだけで3年間同じ部活で頑張ってきた仲間を本気で殺そうとするなんてのは考えられないしな。
……まぁ、全ては聖園先輩にしかわからないことだが。
「……桐藤先輩。聖園先輩はお元気ですか?」
「えっ?えぇ……はい。この後も面会に行く予定になっていますが、この前会った時はお元気そうでしたよ。」
「そうですか。なら良かったです。」
「……タツミさん、何故ミカさんの心配を?私が言うのも何ですけど、ミカさんは散々貴方に失礼な態度を取った上に今回のテロを起こした政治犯です。それなのに……」
「うーん、まぁ強いて言うなら聖園先輩が精神的に参ってないか心配だからっすかね?」
「精神的に……?」
首を傾げる桐藤先輩。
「なんつーか、聖園先輩って俺様の見立てではそんなに難しいことを考えられるようには見えなくて。」
「……ふふ、それは当たってますね。」
「やっぱり……それで、案外意図せずにやり過ぎたかもって気を病んでないかが少し心配なもんでして。」
「……そうでしたか。」
「まぁ聖園先輩は今回のクーデターを起こした張本人である事は間違いないですけど……人の心配をする事に理由なんていらないと思いますからね。」
「タツミさん……」
……まぁなにはともあれ、聖園先輩はアリウス分校なんて言うヤバい連中と手を組んでいた挙句クーデターを起こしてしまった政治犯であることは間違いない。
しばらくは牢屋に入って反省してもらうとしよう。
「丹花タツミさん。」
「……はい?どうしました?」
俺様が渋い顔をしながらそんな事を考えていると、桐藤先輩が声をかけてくる。
「先生やヒフミさんからお話は伺っております。この度は補習授業部を……いえ、ヒフミさん達を助けていただいてありがとうございました。」
桐藤先輩は席を立ち、俺様の前までやってくると真剣な表情を作ってそう言った。
「いえいえ、俺様は大したことはしてませんよ。」
そんな桐藤先輩に対して、俺様は頭を上げてくれと言うジェスチャーをしつつそう言葉を返す。
俺様のやったことと言えば、温泉開発部との戦闘中に彼女達から聞いた事情を誰にも口にしなかったことと下江の勉強を見てやったことくらいだから。
大したことしてないし、礼を言われる程の事ではない。
「……とは言え、私のせいでご迷惑をおかけしてしまったことは事実ですから。何と謝れば良いのやら……」
「……桐藤先輩もエデン条約の前で色々参ってたんだろうなってことは理解できます。俺様はトリニティの内情は分かりませんし興味もないですけど、反省してるならそこまで気に病む必要は無いんじゃ無いっすか?」
心底申し訳なさそうな顔をする桐藤先輩に対して、俺様はサラッとそう言ってのける。
確かに今回、桐藤先輩は阿慈谷先輩達補習授業部の面々には酷いことをしてしまったかもしれない。
とは言え、桐藤先輩も百合園先輩の件やトリニティの裏切り者の事で疑心暗鬼になっていたのもまた事実。
情状酌量の余地はあると思う。
もちろんこれが開き直って言い訳を並べているようなら俺様とて容赦しないが、本人が悪いことをしたとしっかり反省しているならこれ以上言うことは何もない。
それに散々補習授業部の面々や先生から叱られただろうからな、俺様が追撃をするのも良くないだろうしな。
そう、間違いは誰にでもある。
大切なのはその後にしっかりと過ちを反省して、それを繰り返さないようにすることなんだ。
そして、それは聖園先輩にも同じ事が言える。
「……ふふ、そうですね、ありがとうございます。タツミさん。」
少し肩の荷が下りたような様子で笑顔を浮かべ、柔らかい口調でそう言う桐藤先輩。
その後も桐藤先輩と軽く雑談や今後の方針を話し合い、俺様はティーパーティーの応接間を出て羽沼議長と合流しゲヘナへと帰還するのだった。
なお、ゲヘナへ帰るまでの道中に羽沼議長から桐藤先輩と何を話していたのか根掘り葉掘り聞かれたのはまた別のお話。
「おのれナギサめ……!タツミと仲良くお喋りするとは許せん……!」
「いや、だからあんたの嫌味の謝罪だっつってんだろうが!人の話を聞けよなこのアホ議長!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「わぁナギちゃんじゃん!いらっしゃい!」
「……ミカさん、調子はいかがですか?何か不便なことなどは?」
「その話で言うなら不便なことだらけだけどねー。まぁでもテレビだってあるし、地下牢獄よりはマシだよ。」
「ミカさん、貴方はなぜあのようなことを……」
「……単純な話だよナギちゃん。ゲヘナの事が大っ嫌いな私がそのために幼馴染をも殺そうとした。」
「ナギちゃんは知ってるでしょ?私、好き嫌いが激しいの。だからどうしてもゲヘナとは仲良く出来なかった。ただそれだけのお話だよ。」
「あんな奴らと同じ空間に居るなんて耐えられない……ナギちゃんもそうじゃないの?」
「そもそもゲヘナの汚らわしい連中と手を組むエデン条約なんて私は最初から……」
「……ミカさん。」
「うん?なーにナギちゃん?」
「貴方のことをタツミさんが心配していましたよ。」
「……は?タツミって……万魔殿の丹花タツミ?」
「はい。本日エデン条約機構の話し合いのために万魔殿のマコト議長と共にゲヘナからお越しいただいたのですが、その際にミカさんを心配されておられました。」
「……ふーん?どういう風の吹き回し?」
「なんでもミカさんが精神的に参ってないかを気にされておられましたよ。理由をお尋ねしたところ「人の心配をするのに理由は必要ない」とのことでした。」
「……なにそれ。ゲヘナの野蛮人なんかに心配されたって嬉しいどころか気持ち悪いじゃんね。」
「ミカさん。確かにゲヘナには貴方の言う通り野蛮な方が多いのは事実です。ですが、タツミさんのような心優しい方もいらっしゃるのもまた事実。」
「……さぁ、そんなの分かんないよ?丹花タツミだってエデン条約のために社交辞令でそう言ってるだけかもしれないじゃん?」
「ミカさん……!」
「分かるわけないよ、そんなの。だって所詮私達は他人なんだからさ。人の心の内なんて分かるはずない。」
「ミカさん!何故貴方はそこまで……!」
「今日はもう帰ってナギちゃん。何と言われようが私の考えは変わらないし、ゲヘナなんて野蛮人しかいないから私はエデン条約には反対。お説教は聞き飽きたよ。」
「……分かりました。ですが最後にこれだけは良いですか?ミカさん。」
「……なに?」
「タツミさんの心配は社交辞令ではなく本心からのものだったと私は思います。」
「……それだけは、覚えておいて下さい。」
「行ったみたいだね。まったく、ナギちゃんも心配性なんだから。こんな人殺しなんてほっとけばいいのに。」
「それにしても……丹花タツミだっけ?一体何のつもりなんだろ……」
「……あり得ないじゃんね。私はあいつがこの前謝罪に来た時に散々嫌味を言ったしあいつも平静を装ってはいたけど結構嫌な顔はしてた。そんな嫌味を言った相手を本気で心配する?あはっ☆一体どんな聖人ならそんな事ができるっていうのかな?」
「ナギちゃんも純粋なんだから。そんなの、どうせ社交辞令に決まってるじゃんね。」
「なんだっけ?精神的に参ってないか心配……だっけ?」
「……ムカつくなぁ。なんでゲヘナの男子なんかに私の心を見透かされないと行けないのかな?」
「……それに心配するだけなら誰にでも出来るじゃんね。偽善もいいとこだよ。」
「……けど。」
「もし、もしもだよ?仮に丹花タツミがもしも本気で私の事を心配してくれてるなら……」
「一応お礼だけは言ってあげないこともない……けど……ね……?」
「……まぁ、そんな事あり得ないだろうけど!」
エデン条約2章は今回で終了です
この後は数話日常会を挟みます
それが終わり次第エデン条約第3章の調印式となります