転生したらイブキの兄だった件   作:砂糖菓子くん

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銃弾を食らってしまったタツミ
彼の運命はいかに


譲れない思いと丹花タツミ

槌永の狙撃から狐坂を庇い、抱き締めて守った俺様。

そして、弾丸が脇腹に着弾した瞬間だった。

 

「……っ!!!」

 

鋭い痛みと共に感じる、肌が焼けるほどの熱。

銃弾が腹の中へ入っていくのをハッキリと感じ、次の瞬間に痛みを通り越した吐き気が込み上げて来た。

同時に身に着けて居た防弾チョッキが着弾時の衝撃を吸収してくれたらしく、脇腹を何かに殴られたようなとてつもない大きな衝撃が走る。

俺様はそれらを感じながらそのまま地面に倒れ込んだ。

 

「タツミさんっ!!!」

 

そんな俺様に狐坂は悲痛な声を挙げながら寄り添ってくると、俺様の体を抱き起こしてくれた。

 

くっ……腹が熱い……!

まるで腹の中で何かを燃やされているかのようだ。

体に力が全くと言っていいほど入らない。

幸い、受けたのが防弾チョッキの範囲内だったから狐坂に貫通はしていないようだ。

俺様に必死に呼びかける狐坂に怪我が無いことを確認した俺様は、ホッと息を吐く。

 

「良かった……お前に怪我が無くて……」

「何を言っているのですか!」

 

狐坂は俺様を膝に乗せると必死にそう呼びかけてくる。

仮面をしているお陰で表情は確認できないが、その表情はおそらく歪んでいるであろう事が確認できた。

 

……それにしても、あんな大口径の弾を食らったから最悪体が吹き飛ぶことを覚悟していたんだけど思ったよりも防弾チョッキの性能が良かったらしい。

流石は羽沼議長が俺様に渡す時にドヤ顔で「信頼できるツテに作らせた」と言っていただけのことはある、おかげで上半身と下半身が別れずに済んだ。

もしこれが防弾チョッキで保護されていない部分だったかと思うと……想像するだけで寒気がしてくる。

下手をすれば文字通り木っ端微塵になっていたかもしれないからな……そう考えると防弾チョッキ様々だ。

面倒だが普段から身につけるようにしていて良かった。

 

しかし、そんな高性能な防弾チョッキを持ってしても俺様の腹の中に弾丸を送り込んで来るほどの威力なんだからどんなバカみたいな性能してるんだって話だが。

あとは当たりどころも良かったのだろう、幸い急所はギリギリ外れているようだった。

とは言え呼吸はしにくいし、腹は熱いし、血が止めどなく流れ出ている。

 

こりゃもしかしたら内臓がイカれたかもしれない。

さっきから吐き気がものすごい勢いで襲ってきている。

 

「う……!」

 

……くそ、出血量がひどい。

視界がかすんで手足がしびれてきた。

このままでは俺様は間違いなく失血死してしまう。

 

「姫!アツコッ!」

「姫!しっかりしてっ!」

「姫ちゃん!」

 

俺様と狐坂から少し離れた場所からは、先ほど俺様が無力化した秤に近寄って彼女を抱き起こしながら必死に声を掛けるアリウススクワッドの姿が見える。

……が、今はそちらを気にしている余裕はなさそうだ。

 

俺様は霞む視界の中で必死に万魔殿のジャケットのポケットをまさぐると、一つの小瓶を取り出した。

その小瓶の中は緑色の毒々しいドロドロとした液体で満たされている。

この小瓶は、前に山海経で竜華先輩を交えて話した時に薬子先輩から一瓶だけ貰っていた彼女の調合した薬だ。

 

『本気でピンチの時に飲むと良いのだ!』

 

ニコニコした薬子先輩の笑顔とともに、そんな事を言われた記憶が蘇ってくる。

詳しい効能は聞き忘れていたから把握していないけど、今は紛れもなく本気でピンチの時と言っていいだろう。

俺様は小瓶のコルクを震える手で外すと、瓶を口元に近づけてその中身を一気に煽った。

 

「んぐ……!?」

 

ドロっとした粘っこい液体が口いっぱいに広がったかと思うと得体のしれない生臭い香りが口の中を支配し俺様は思わず咽そうになるが、それを我慢して飲み込む。

ネバネバとした液体が喉を通って行くのを感じつつ、吐き気をこらえていたその時だった。

 

不意に身体に少しだが力が入るようになり、先程まであれだけドバドバと流れ出ていた血が即座に止まる。

……なるほど、どうやら肉体修繕系の薬品のようだ。

先程まではあれほど熱かった腹も熱が瞬時に引いていくのを感じるし、手足のしびれも無くなった。

そして何よりも、さっきまではあんなに苦しかった呼吸が何でもないように行える。

……薬子先輩はとんでもない薬を作って人を困らせることは多いけど、今回は流石と言わざるを得ないな。

 

「タツミさん、その薬品は一体……!?」

 

これには流石に狐坂も困惑しているようで、動揺を隠せない声色でそう言った。

 

「ぐぅ……!」

 

とは言え、完全に出血が止まったわけではないようで俺様の傷口からはまだ僅かだが血が流れている。

早めに応急処置をしなければまずい……

 

「タツミさん!血が……!」

「だ、大丈夫だ狐坂……!こんくらい……!」

 

狐坂は肩をビクリと震わせて俺様の傷口を見て焦ったような声を上げると、和服の裾を破って傷口に押し当て止血処置をしてくれる。

そして俺様の手の上に彼女は手を添えてくるが、俺様は狐坂の手に更に自分の手を重ねた。

 

「すまん狐坂……迷惑かける……」

「……何故ですか。」

 

そんな俺様を仮面の下から見つめつつ、狐坂は蚊の鳴くような声を発した。

そして次の瞬間、仮面を近づけて来ると狐坂は大声で叫ぶ。

 

「何故……何故ですかタツミさんっ!?貴方にはヘイローがないんですよ!?銃に撃たれたらどうなるかなんて分かりきっていることでしょう!?」

「確かにそうだけど、この薬のおかげで俺様は幸いこうして生きてるだろ……?」

「ふざけないでくたさい!その得体のしれない薬のおかげで確かに貴方はあの大口径の弾で撃たれたとは思えないほどの傷ですけど、そう言う問題ではないです!」

「じゃあどういう問題なんだよ……?」

「私にはヘイローがあります!あのまま撃たれていたとしても、私ならダメージを受けるだけで済みました!それなのに何故貴方はっ……!」

「なんだそんなことか……決まってんだろ狐坂……」

 

狐坂の言葉を聞いた俺様は口元を歪めて笑うと、狐坂に対して口を開いた。

 

「言っただろ。お前のことは俺様が守るって。」

「……っ!」

 

俺様がそう口にすると、狐坂は息を呑む。

 

「そりゃお前は俺様にとっては嫌なやつだよ。毎回毎回襲撃してきやがるし、その度に殺されかけてるし、ひどい時には一日中お前と戦ってたこともあるし……」

 

ひどいときにはイブキのプリンを買いに行く時にも襲撃してきたしな、あの時は流石にキレちまったが。

 

「話は通じないし、ムカつくし、事あるごとにからかってくるし、そもそもテロリストだし……」

 

神出鬼没で、街を歩けば瓦礫の山を作り上げていく。

災厄の狐なんて二つ名を付けられている、キヴォトスでも指折りのテロリストだ。

 

「……けど、お前はこの戦いに付き合う必要なんて何処にもないのに俺様に協力してくれてるんだぞ?」

 

狐坂の当ててくれた患部の血が少しづつ止まり始める。

 

「だからこの戦いは俺様の自己満足なんだよ。先生は恐らくもうトリニティまで撤退しているだろう、だから俺様達も頃合いを見て離脱して先生に合流するのが一番丸いのは間違いない……」

 

そう、そのことだけを考えるならアリウススクワッドとここまでやり合う必要性はどこにもない。

 

「そもそも、今更言うのも何だけどアリウススクワッドは救いを望んでないかもしれない。けど俺様はそれを救いを求めていると決めつけて、自己満足であいつらを救うために勝手に戦ってるだけのこと。そんな、俺様のどうしようもないワガママなんだ。」

 

俺様の自己満足の可能性だってあるんだ。

けど……

 

「お前はそんな俺様のワガママで身勝手な戦いに付き合ってくれてるんだ……なら俺様【仲間】を守るのは当然のことだろ……?」

 

俺様は歯を食いしばりつつ、言葉を絞り出す。

 

「狐坂、確かにお前はテロリストだ。やってることはアリウススクワッドと比べても遜色無いほどのな。」

 

正直、こいつをとっ捕まえて矯正局にぶち込んでやろうと思った回数など両手の指では足りない。

 

「けど、今この瞬間だけは俺様と一緒に戦ってくれる【仲間】だし背中を預けられる【相棒】だ。俺様、お前の実力は相当信頼してんだぜ?じゃねぇとアリウススクワッドを相手にあんな攻撃してくださいって隙だらけの動きをしたりするはずがねぇ。」

 

そう、錠前ほどの実力者に背を向けたり隙を晒すなんて普段の俺様なら絶対にしない。

 

「それは何故かっつーと、必ずお前がカバーしてくれるって信じてたからだ。信じていたから、俺様は目の前の相手に全力をぶつけることが出来た。そしてもちろん、お前はきちんとカバーしてくれた。俺様の隙を消すように攻撃して、自分も戦ってるのに俺様を守ってくれてたんだから。」

 

こいつの実力は誰よりも俺様が知ってるからな。

 

「俺様は信じてたからな、お前を。」

「タツミさん……」

「まぁ……それに……」

 

狐坂の仮面の下からは涙が滴り、ポタポタと俺様の制服に落ちて軽いシミを作る。

俺様は荒くなる呼吸を整え、仮面の下から涙を流す狐坂に対して口を開く。

 

「何よりも、俺様を信じて背中を任せてくれる女の子1人守れないで男を名乗れる訳がないだろ……!」

「……!」

「俺様が気づいてないとでも思ったか?おいおい、見くびってもらっちゃ困るな。お前の動きなんていつも戦ってんだから分かるに決まってんだろ。普段のお前なら絶対やんないような隙だらけの動きなんていくつもあった、あれは俺様を信用してたからこそだろ?こいつなら絶対背中を守ってくれるって。」

「……ふふ、お見通しでしたか。」

「当たり前だ。伊達にお前と殺し合っちゃいねぇよ。口だけなら何とでも言えるだろうが、あそこまで態度で信頼を表されちゃ応えないわけには行かないからな……!」

 

……クソ、体中が痛い。脂汗が滲み出てきやがる。

薬子先輩からもらった薬が想像以上の効果だったおかげで俺様はなんとか余裕を保っていられるが、満身創痍なのは間違いないだろう。

 

けど、今は弱気になってる場合じゃない。

俺様は頭を振ってそれらを無理やり払い飛ばすと、近くに落ちていたブークリエを掴んで握り締めた。

 

「やるぞ狐坂……!連中は必ずここで倒す……!」

「な、何を言っているのですかタツミさんっ!そんな状態で貴方が戦えるわけがないでしょう!」

 

痛みで意識が飛びそうになるが、俺様はきつく歯を食いしばり残った力を総動員して立ち上がろうとする。

そんな無理やり体を起こそうとする俺様の事を、狐坂は必死に俺様の肩に手を当てて制止した。

 

「俺様の事は今はいいっ!奴らはここで倒さなきゃいけないんだ!先生や皆を守るためにも、あいつらの目を覚まさせるためにも、エデン条約のためにもっ!」

「何を言っているのですか!絶対に駄目ですっ!」

「頼む狐坂!戦わせてくれ!俺様は負けるわけには行かないんだ!こんなどうしようもない俺様に付き合ってくれてるお前のためにも!」

 

俺様は狐坂に視線を向けると、必死にそう訴える。

しかし、狐坂は更に俺様の方に添えた手に力を入れた。

 

「タツミさんっ!貴方は何故そこまでして……自分の身を犠牲にしてまで人のために戦うのですか!?」

「人を助けるのに理由は要らないだろ!」

「そんなの……それこそ、理由になりませんわっ!」

 

そして俺様の言葉を聞き、狐坂の声色が怒気を含んだものに変わる。

 

「その結果、自分自身を傷つけたとしてもですか!?その結果、貴方自身が破滅したとしてもですか!?」

「あぁそうさッ!」

「自己犠牲もいい加減にしなさいっ!少しくらいなら構いませんが、行き過ぎた自己犠牲の精神は自殺行為と変わりませんよ!?」

 

……そうだな。前世では確かにそうだった。

行き過ぎた自己犠牲を続けた結果待っていたのは死。

狐坂の言うとおりだ。

 

「そんなのは私が許しません!他の誰が……例え貴方自身が許したとしても、このワカモが許しませんわっ!」

 

狐坂は普段の飄々とした様子からは想像もつかないほどの悲痛な声で、仮面の下からそう叫んだ。

 

「貴方は私が壊すと決めたんです!ですから、それまで勝手に壊れることは絶対に許しませんからね!?」

 

叫び続ける狐坂。

 

「私は……私はっ!」

 

そして、狐坂の声にはやがて嗚咽が混ざり始める。

 

「ここで貴方を失いたくありません!タツミさんっ!」「狐坂……」

 

……分かってる。無理を言っているのは。

これが俺様のワガママなのも、心配してくれている狐坂を蔑ろにする事だってのも分かってる。

 

けど、アリウススクワッドがエデン条約の調印式をぶっ壊してゲヘナとトリニティに危害を加えようとしているのは事実としてそこにあるんだ。

なら、誰かがそれを阻止しなきゃならない。誰かが戦って奴らの目を覚まさせてやらなきゃいけない。

こいつらは紛れもないテロリストだ。

間違いなく加害者ではあるけど、同時に悪い大人の被害者でもあるんだ。

 

彼女達を単なるテロリストとして鎮圧することはゲヘナとトリニティが力を合わせれば可能だろう。

けど、それじゃアリウスの苦しみは終わらない。

それを終わらせられるのは、あの【目】の理由をちゃんと理解出来るやつじゃないとダメなんだ。

アリウスは操り人形でしかない、本当の黒幕は裏でアリウスを操っている奴なんだ……!

 

だから、俺様は戦わなければならない。

イブキを、万魔殿のみんなを、先生を、アリウススクワッドを操ってこんな事をさせている悪い大人に攻撃されるなんて事があってはいけないんだ。

 

俺様には守りたいものがあるんだ。

そのためにも、こんな所で寝てる場合じゃないんだよ!

 

「……大丈夫だ、そう心配すんな狐坂。」

「タツミさん……!ここまで言ってもまだ……!」

 

分かってる。

お前が俺様を心底心配してくれてるのは分かってんだ。

そして、それは嬉しい。素直に嬉しい。

いくらテロリストと言えど、ここまで直球に気持ちをぶつけられて嬉しくないはずがないだろう。

 

だけど例え心配されようが、叱られようが、腹を撃たれようが、四肢がもげようが、この身が滅びようが……

それでも俺様は絶対に戦う。

これだけは誰に何と言われても譲れない。

 

例え……イブキに泣きつかれてたとしても。

決して曲げることの出来ない、俺様自身の意思なんだ。

 

「大丈夫……大丈夫だ狐坂。」

「タツミさん!いい加減に……!」

「俺様が……お前以外に壊される訳がないだろ?」

「……っ!!!」

 

俺様は狐坂の手を取ると、力強くそう言った。

 

「……認めたくはないけどよ、お前は強い。それこそ何度お前に殺されるか分かったもんじゃない程には。」

 

そう、今までの襲撃のことを軽く流してはいる俺様だけどこいつに本気で殺されかけたことなんて何度もある。

けど、その度にギリギリで凌いで来てるわけだからな。

 

「ま、俺様はお前はもちろん他の誰かに壊されるなんてことは未来永劫あり得ないことだけどよ……」

 

だからといって、やすやすと命をくれてやる気はない。

……まぁ、けれど。

 

「もし、もしも。もしもだぞ?仮にもしも……この人生の最後にもしも誰かに殺されるなら……それはお前がいいと思ってるよ、狐坂。」

 

お前と全力で戦った上で負けるなら悔いはない。

狐坂。俺様はお前が思う以上に、お前の事は本当の意味で嫌っちゃいないんだぜ?

正確には嫌いと言うよりは、ムカつくって言った方が正しいか。……まぁ、テロリストなんだけどなこいつ。

 

けどいくらテロリストとは言え、頻繁に顔を合わせて戦ってたら変な情も湧くもんだ。

それにテロリストならゲヘナに美食研究会やら温泉開発部って言う狐坂と同等の連中も居ることだし、テロリストなんて見慣れてるからな。

 

はは、何言ってんだろうな俺様。相手は七囚人なんて呼ばれてる凶悪なテロリストだってのによ。

……けど、今言った言葉に嘘はない。

俺様は狐坂と全力で戦って、それでもなお負けるなら悔いはない。

なんだかんだでこいつとは腐れ縁だからな。

 

「タツミ……さん……」

「だからよ……俺様は、お前以外の女に殺されてやるつもりはない。こんな所で俺様は死なねぇよ。」

 

俺様はそう言うと、歯を見せて不敵に笑ってみせる。

すると狐坂は仮面に手を当てて、いつも被っていた大切なはずの狐面をゆっくりと外した。

初めて見る狐坂の素顔は意外にも童顔で、黄色い瞳から流れる涙がキラキラと彼女の顔を照らしている。

そんな彼女の姿は……息を呑むほどに美しかった。

 

「……涙を拭いてくれ、狐坂。」

 

俺様はポケットからハンカチを取り出すと、それを狐坂の手に握らせる。

そして肩に下げたカバンから応急処置キットを取り出すと、血が止まっているのを確認してから中に入っている消毒液を傷口にぶっ掛けた。

 

「いっ……!?」

「タツミさんっ!」

 

あまりの激痛に意識が飛びそうになるが、俺様は歯を食いしばってなんとかそれに耐える。

そしてガーゼを使って手早く患部を圧迫すると、包帯を傷口に巻き付けてテープで固定する。

その間、狐坂は俺様を抱きかかえながらアリウススクワッドの方をずっと睨みつけていた。

彼女からはとてつもない殺気が溢れ出ており、その殺気だけで並の不良程度であれば泣いて許しを乞うだろう圧倒的な威圧感が感じられる。

 

「くっ……とりあえずこんなもんか。」

 

包帯を巻き終えた俺様は、応急処置キットをカバンにしまいながら息を吐く。

……とりあえずこれで応急処置は完了した。まだ銃弾は体の中に残ってるだろうから戻ったら救急医学部なり救護騎士団に頼んで摘出をしてもらう必要があるだろうけども、今ここで戦う分にはこれで充分なはずだ。

 

羽沼議長からもらった防弾チョッキと、薬子先輩からもらったあの緑色のクソマズい薬のおかげだ。

この2つがなければ、俺様はきっと今頃肉片になってその辺りに転がっていたところだろう。

 

(それに……)

 

俺様は横目でアリウススクワッドの連中に目をやった。

……奴らも万全とは言えない。

錠前も戒野も槌永もボロボロだし、向こうもひたすら俺様や狐坂と戦っていたおかげで手負い。満身創痍だ。

なら状況は互角……勝ち目は充分にある。

 

……帰ったら万魔殿の皆や先生からはお説教だろうな。

けどそれは仕方ない。俺様だって自分で無茶苦茶なことをやっている自覚はあるんだ。

それに関しては甘んじて受け入れるとしよう。

 

「……分からず屋ですまねぇな狐坂。お前が俺様を心配してくれてるのは分かってる。いつもなら軽口を言ってあしらってるだろうが……今は素直に感謝しとくよ。」

「……もう、貴方は本当に頑固なんですから。」

「だからよ……図々しくてすまないけど、もう一回力を貸してくれないか?アリウススクワッドをぶちのめすために……俺様と一緒に戦って欲しい、狐坂。」

 

俺様は最後に残った力を振り絞ってその場で立ち上がると、狐坂の目を真っ直ぐに見つめながらそう言った。

 

「……ワカモ。」

「……うん?」

「狐坂ではなく、ワカモ。私をそう呼んでくださるのであれば……今一度、貴方に協力致しましょう。」

 

狐坂は涙を流した後の少し潤んだ目で俺様を見つめながら、そんな事を言ってきた。

 

「……分かったよ、ワカモ。」

「……ウフフ♡」

 

俺様が頷きながらそう言うと、狐坂……もといワカモは満足そうに口元に手を当てながら笑顔を見せた。

……こいつ、笑うと意外と可愛いんだな。

 

「タツミさん。恐らく貴方は何を言っても戦うことを辞めないのでしょう。」

「そうだな。」

「本当にタツミさんは頑固で分からず屋で、私がこんなに心配しているのに言うことを聞かないし私のたった今芽生えたこの愛おしい気持ちにだってちっとも気づかないような鈍感男です。」

「……そこまでボロカスに言わなくても良いだろ?」

「ふふ……将来貴方の妻になる人は苦労しそうですね?」

「おい、話聞いてんのかお前。」

 

それじゃ俺様がまるで頑固オヤジみたいじゃん。

……いや、まぁ否定はできないけどさ。

 

「……ならせめて、今だけは私にも貴方を守らせてくださいませ。貴方を壊していいのは私だけなのですから♡」

「……あぁ。望むところだ狐坂。」

「……ワカモ、ですよ?」

「……望むところだ、ワカモ。」

「ウフフ♡」

 

……うん、慣れないな。

それにしても安請け合いしたのはいいけど、まさかこいつを下の名前で呼ぶ羽目になるなんて思わなかった……

現状下の名前で呼んでるのってイブキと春原姉妹だけだからな……しかも春原姉妹は苗字が同じで紛らわしいって理由だし、本当の意味で下の名前を呼ぶことになったのはなんだかんだでこいつが初めてって事になるのか……

テロリストが初めてって……なんか複雑だなぁ。

 

「さぁ……それではこのワカモ、タツミさんに傷をつけてくださった憎き薄汚い野良猫共を駆逐するために再び力をお貸しすることをお約束しましょう。」

「……ありがとう。恩に着るぜワカモ。」

「ですがそれはそれとして、私は貴方が今もその身体で無茶をしている件に関しては怒っておりますからね?」

「うっ……」

 

狐坂は腰に手を当てて、少し前かがみになると頬を膨らませて俺様を叱りつけた。

ここで本当なら「お前に心配されるまでもねぇよ!」と言ってやりたいけど、今は状況が状況だからな……

それを言われてしまうと、強く言い返せないのは事実なわけで……

 

「なので……少しこちらへ来てしゃがんでいただけますか?タツミさん。」

「え……?こ、こうか?」

 

そんな事を考えていると、ワカモがそんな事を言いながらちょいちょいと手招きをしていた。

俺様は首を捻りながらそれに従って少し彼女へ近寄り姿勢を低くすると、ワカモは俺様に一歩近づいてくる。

そしてそのまま顔を近づけて……

 

(……え?)

 

彼女の整った顔がどんどん近づいてくる。

黄色くて大きな瞳、ツヤツヤの肌、髪から香る甘い香り……あまにりも唐突な行動に俺様は完全に硬直する。

そしてそんな事はお構いなくワカモはどんどん顔を近づけて来ると……俺様の唇に、何か柔らかいものが触れた。

 

「……!!!!!?」

 

え、ちょっとまて。

今こいつ何しやがった!?

 

「お、おいワカモ!?お前何をっ……!?」

「ウフフ♡私としてはまだまだ足りませんが……仕方がないので、今はこれで許して差し上げましょう♡」

 

そう言うと狐坂はトマトのように赤くした顔を隠すように仮面を素早く装着すると、手にした歩兵銃を構える。

 

「クソ!初めてだったんだからな……!?」

「私もですよタツミさん、お揃いですね?♡」

「お揃いですねじゃねぇよ!ったく、これが終わったらキッチリ問い詰めてやるからな!覚悟しとけよ!」

 

俺様はワカモが拾ってきてくれた盾を彼女から受け取ると言い合いをしつつブークリエのチャージングハンドルを少しだけ引いてチャンバーを確認し、弾倉に弾丸が装填されていることを確認する。

 

「ウフフ♡私も初めてを貴方に捧げた件に関して、ここを乗り越えましたらしっかりと責任を取って頂きませんといけませんから……ね?♡」

「誤解を招く言い方をすんじゃねぇよ!そもそもあんなのほとんどお前の押し売りじゃねぇか!」

「あら、押し売りとは言え私は初めてを貴方に捧げたのですよ?責任を取るのが男というものでは?」

「俺様にだって選ぶ権利はあるだろ!?」

「あら、私ではご不満ですか?」

 

当たり前だろ。お前はテロリストなんだぞ。

選んで欲しいならまずは矯正局に戻ってキッチリと罪を清算して、それから正々堂々とその言葉を吐くんだな。

そしたらまぁその……考えてはやるよ。

……あ、あくまで考えるだけだからな!勘違いすんなよ!

 

「……って何の話だよこれ!今は戦闘中だぞ!とにかく、まずは連中を制圧する!いいなワカモ!?」

「ウフフ……♡いつものタツミさんに戻ってきましたわね。しおらしい貴方も愛おしいですが、やはりこの方がタツミさんらしいですわ♡」

「あぁそうかよ!ったく、お前は一体俺様のなんなんだよ……!」

「それはご想像にお任せいたしますわ♡」

 

前言撤回。

やっぱ、俺様こいつのこと嫌いだわ。

……まったく、あんなことしてくれやがって。

絶対許さねぇからな!

お前に殺されてなんてやんねーからな!バーカ!!!

 

「うわあぁぁぁぁん!あの人たち、私達を無視して2人だけでイチャイチャしてますぅぅぅぅぅ!!!」

 

俺様とワカモがそんなやり取りをしていると、槌永がこちらへスナイパーライフルを構えながら泣きながら大声でそう叫んでくる。

 

……そう言えば、俺様は撃たれる瞬間に槌永と目が合ったのだが奴は一瞬動揺したような表情を浮かべていた。

理由は分からないが……もしかしたら、ヘイローのない奴を撃つのは初めてなのかもな。

 

「……反吐が出る。あとついでに砂糖も出そう。」

「と言うか、あの人私の持ってるライフルの弾当たりましたよね!?なんで平気そうなんですかぁ!?」

「ぅぅ……。」

「姫!あぁ良かった……立てるか?私の肩を貸すぞ。」

 

続いて不快感を隠そうともしない戒野と、負傷した秤に肩を貸した錠前が視線をこちらへ向けて来た。

どうやら、あちらも秤の応急処置を終えた様子だ。

 

俺様とワカモは顔を見合わせて頷くと、隣同士に立ってお互いの武器を構える。

それを視認すると、アリウススクワッドも秤を含めた全員がそれぞれの武器を構えた。

 

「……許せない。よくも姫にこんな怪我を……!」

「だから言っただろ。そんなに傷つけたくないお姫様なら戦場に連れてきてんじゃねぇぞってよ。」

「絶対に……絶対に許さないぞ!丹花タツミ!!」

「……ダメだ。ありゃ完全に頭に血が上ってやがる。」

 

錠前は俺様を殺さんばかりの視線で睨みつけると、腹の底から大声でそう叫んだ。

……人の事はあんま言えねぇけど、錠前ってもしかして結構感情的になりやすいタイプなのかもしれねぇな?

盾を構えつつ、そんな事を考えていると……

 

「……確かアリウススクワッド、でしたか?」

「なに……?」

 

俺様の隣に居たワカモが、ドスの聞いた声でそう言うとその場から一歩前へ出る。

 

「おい、ワカモ……?」

「そのガスマスクの女が貴方たちにとってどれほど大切な存在なのか私には分かりません。ですが……」

 

ワカモは淡々とした口調でそう言うと、手にした歩兵銃をゆっくりと錠前へと向けた。

その瞬間、ワカモから息をするのが苦しくなるほどの殺気と威圧感が一気に放たれた。

 

「っ!?」

 

それを見たアリウススクワッドの連中の肩が跳ねる。

そして、ワカモはさらに言葉を続ける。

 

「こちらとて私の大切な人であるタツミさんを傷つけられているのですよ?しかもタツミさんにはヘイローがありません、銃弾1つで死の危険があります。」

「フン、だからなんだと言うんだ災厄の狐。ここは戦場だぞ?まさか情けをかけろとでも言うつもりか?」

「いいえ。ただ……その秤アツコと言う女にはヘイローがありますよね?そしてヘイローがある以上……殴られた程度でそう簡単に死ぬことはありません。」

 

……そうだな。それはワカモの言う通りだ。

キヴォトス人にはヘイローがある。

そのおかげで、銃で撃たれても手榴弾を食らってもクソ痛いくらいで済むほどには頑丈なのだ。

間違っても死ぬなんてことはない。

 

だから、このキヴォトスに置いて【死】と言うのは前世と同じくらい禁忌とされているし人殺しなんてことを仕出かした奴は基本的には一生矯正局に入ることになる。

それほどまでに、キヴォトスに置いて死というのは非日常的なものなのである。

 

「……何が言いたい?」

「ウフフ……そんな女がヘイローの無い殿方に殴られてほんの少しのかすり傷を負った程度でこの世の終わりのように取り乱すとは……なんと心の弱い方々なのでしょう、と思っただけですよ。薄汚い野良猫さん達?」

「な、なんだと貴様……!」

 

狐坂は仮面に手を当てて心底軽蔑したような声色でそう言うと、錠前は目を見開いて体を震わせる。

 

「こちらはヘイローのない身でありながら重傷を負っているタツミさんが居ると言うのに、それを前にしてよくそれ程までに取り乱せますわね?貴方達の心臓には毛が生えているのではなくて?現にタツミさんは死にかけていました……貴方達のようなクズにタツミさんを傷つける資格などありませんわ。」

 

……もしかしてこれ、ワカモの奴キレてないか?

 

「さっきから言わせておけば……!」

「リーダー、安い挑発だよ。乗らないほうが良い。」

「……っ!あ、あぁ……そうだな。」

 

錠前はマスク越しでも分かるほどに顔を真っ赤にし、震える手でアサルトライフルを構えるがその手を戒野に掴まれて諭されていた。

その言葉を聞いた錠前は少し冷静になったようで、一旦深呼吸するとアサルトライフルの引き金に手をかける。

それを確認すると俺様は痛む脇腹に一瞬顔を顰めつつもワカモの前に移動し、盾で彼女を守るように構える。

ワカモはそれを見て俺様のそばに近寄ってくると、そっと背中に手を添えてくれた。

 

「……くだらない戯言はここまでだ。」

「あぁ……決着をつけようぜ、アリウススクワッド。」

「望むところだ。貴様達2人を必ず地獄へ送ってやる。」

「ハッ、なら俺様達はお前たち四人ともまとめて矯正局に叩き込んでやるよ。」

 

俺様お錠前はそう言葉を交わすと、俺様達とアリウススクワッドの間にはしばしの無言の時間が流れる。

お互いがそれぞれの武器を構え、お互いを睨み合う。

そして、俺様が地面を蹴って走り出そうとした瞬間……

 

「はぁ……はぁ……サオリッ!」

 

その場に、聞き覚えのあるひときわ大きな声が響いた。

俺様とワカモは突然聞こえてきた大声に少し肩を震わせると、思わずそちらの方を振り向く。

そして、それはアリウススクワッドも同様だった。

 

「……」

「……ここでお前が出て来るのか。」

「まさか姿を現すとはね……」

「えへへ、お久しぶりですね……」

 

アリウススクワッドの面々はその人物を確認するなり、目を見開きながら口々にそう言葉を発する。

その人物は特徴的な長い白髪が全力で走ってきたのか乱れており、白い羽根に付いた花が所々剥がれている。

……間違いない。

 

「白州先輩……!?」

 

そう、そこに居たのは見間違えるはずもない。

俺様が美食研究会の件でトリニティに行った時に自己紹介をし、温泉開発部との戦闘時に交流し、通話を繋いで勉強会をして、この前の祝勝会でハムスターのように俺様の作ったケーキを頬張っていた……

補習授業部に所属する、白州アズサ先輩その人だった。

 

「え?た、タツミ……!?」

「……どうも、白州先輩。」

「な、なんで?どうしてタツミがここに……!?」

「……いやまぁその、色々ありましてね。」

 

白州先輩はアリウススクワッドと俺様が銃を向け合っているのを交互に確認すると、心底理解できないと言うような困惑した表情を浮かべてそう言った。

……まぁ、無理もないだろう。

 

「……新手ですか?」

 

ワカモは怪訝な声色でそう呟きつつ銃口を白州先輩へ向けようとするが、俺様は手でそれを制する。

 

「いや違うぞワカモ。彼女はトリニティの補習授業部ってところの……今は詳しい説明は省くけどトリニティの生徒の白州アズサ先輩だ。俺様は彼女を知ってる、こっちの味方だよ。」

「……そうですか。なら問題ありませんわね。」

 

その言葉を聞き、ワカモは再度手にした歩兵銃をアリウススクワッドの方へと向け直した。

……白州先輩は髪がボサボサだし、制服のいたるところが乱れていて肩で息をしている状態だ。

あの様子を見るに、恐らく相当急いでここまで全力で走り続けた上に辿り着いたのだろう。

 

理由は恐らく……今回のエデン条約の調印式に巡航ミサイルを撃ち込んだ事がアリウスの仕業だと気づいて、事態を食い止めるためにここまで来たってところだろう。

彼女は元々アリウス分校に所属しており、トリニティの桐藤先輩の暗殺のために送り込まれたスパイだった過去を持っている人物だ。

なら今回の件も、その手口からアリウスの仕業だと気づいても何らおかしいことはない。

 

そして、ここに来たってことは今更アリウスに戻ってどうこうしようって算段も恐らく無いはずだ。

味方だと思って差し支えないだろう。

 

「タツミ……そのお腹の怪我は……!?」

 

白州先輩は息を切らしながら俺様の脇腹の包帯を視認すると、大きく目を見開いた。

そして、その後に心配そうな表情を向けてくる。

 

「あぁこれですか?ちょっとしくじっちゃいましてね……まぁ大したことはありませんよ。」

「しくじったってどうしくじったらそうなるんだ!?それに血まみれじゃないか!いったい何が……!」

「……タツミさんはそこのアリウススクワッドのうちのスナイパーに狙撃された私を守ってくれたのです。」

「なんだって……!?」

 

白州先輩は一瞬何がなんだか分からないような表情を浮かべていたが、ワカモの言葉を聞くと怒りの形相を浮かべてアリウススクワッドの方を睨み付けた。

 

「ヒヨリ……!」

「……くだらん逆恨みは辞めるんだな、白州アズサ。」

「サオリッ……!」

「どうした?文句でもあるのかアズサ。」

「……何故タツミがサオリ達と戦っているのか、詳しい理由は私には分からない。そしてタツミの隣にいるのはテロリストの災厄の狐……何故彼女がタツミとお互いを守り合うように立っているのかも分からないし、何故タツミが災厄の狐を庇ったのかも分からない……分からない……けどっ!」

 

白州先輩は大声でそう叫ぶと、射殺さんばかりの鋭い視線を錠前へと向けた。

 

「どうしてだサオリッ!なんで……なんでタツミを攻撃した!?彼にはヘイローがないんだぞっ!?死ぬかもしれないんだぞ!?」

 

そう言うと、白州先輩は手にしたアサルトライフルを情前に対して構える。

その顔には明確な敵意が浮かんでいた。

 

「しかもヒヨリの銃は大口径弾!とてもタツミが受けて良いような弾じゃない!それを何で……!」

「愚問だなアズサ。そんなもの我々の任務をそこの丹花タツミが邪魔したからに決まっているだろう。」

「だからってヘイローのないタツミを撃つなんて……!」

「それの何が悪い?私達は人殺しだ。」

 

錠前は白州先輩に対して同じ手にしたアサルトライフルを向けると、憎悪を隠そうともせずにそう言う。

 

「そして、私達のような人殺しを受け入れてくれる場所なんてこの世にはない。そんな場所があるように見えても全ては儚く消える……今回のエデン条約のようにな。」

 

淡々と言葉を発する錠前。

 

「……全ては無駄だ。それなのにどうしてお前たちは足掻くんだ。丹花タツミ。狐坂ワカモ。白州アズサ。」

 

……どうして足掻くのかって?

 

「ハッ、それこそ愚問だな。錠前サオリ。」

「……なに?」

「分からないか?なら教えてやるよ。」

 

俺様達が足掻く理由。

そんなもの……決まっているだろう?

 

「その答えはただ一つ。この世は決して虚しくなんてないからだ、錠前サオリ。」

「……なんだと?」

 

俺様の言葉に、錠前は露骨に顔をしかめる。

 

「お前がバカの1つ覚えみたいに言ってるバニタス……あれ、ヴァニタスか?ヴァ、ヴァニタスバニタータム?」

 

おいおい、舌を噛みそうなんだが……?

ってかそもそもヴァニタスってなんだよ!

小難しい横文字を並べてイキってんじゃねぇぞ!

 

「だーっ!もう面倒臭ぇな!この際もうバニタスでいいだろ!そう、そのバニタスってやつ!お前は事あるごとにバニタスバニタス、虚しい虚しいって言ってるけど冷静に考えてみろよ?そんな事あるわけねぇだろうが。」

 

そう、全てが虚しいなんてことがある訳がないんだ。

 

「それはお前たちの後ろにいる悪い大人から教えられた偽りの虚しさでしかねぇんだよ。」

 

世界は虚しくなどない。

何処のどいつかは分からねぇけど、嘘八百を子どもに吹き込んで操り人形にしてんじゃねぇぞ……!

 

「そりゃ確かに生きてりゃ苦しいことなんていくらでもあるぜ?けど、それと同じくらい楽しいことだってたくさんある。そしてそんな世界で生きてたら誰にだって守りたいものの一つや二つくらい出来るものなんだよ。」

 

そう、俺様がイブキやみんなを守りたいように誰にだっててめぇ自身の守りたいものがあるはずだ。

 

「そして、その大切なものを守るためなら人は何だって出来るんだぜ?それこそ、その大切なものを踏みにじろうとしているようなクソ野郎からはどれだけボロボロにされようがしがみついて必死で抗うくらいにはな?」

 

俺様は息を吐き、言葉を続ける。

 

「で、どうして足掻くんだ。だったか?答えは簡単だ。大切なものを守るためだよ。」

 

むしろ、それ以外の理由なんてあるわけもない。

人が抗うのはいつだって、自分の守りたい物のためだ。

 

「そのためなら俺様は幾らでも足掻いてやる。みっともなくても、ボロボロになっても、無様でも何でも。そして何が何でも守りたいものを守りきってやる。……他の二人は分からないけど、少なくともそれが俺様がこの世界で抗い続ける理由だ。」

 

俺様の言葉を聞き、錠前の表情が苦しげに歪む。

 

「ウフフ♡私はタツミさんを壊せればそれで構わないのですが……まぁ、今はタツミさんを守るために動いていますので同じ意見ですと言っておきましょう。」

 

続いて狐坂もそう言う。

……こいつはいつもブレないな。

 

「私も同じだ、サオリ。」

 

そして、白州先輩もそれに続いた。

 

「タツミの言う通り私にはトリニティで過ごすうちに守りたいものが出来た。とても大切で、私のことを理解して対等に付き合ってくれる……大切な仲間達が。彼女達を守るためなら、私は何だって出来る。」

 

恐らく補習授業部の仲間を思い出しているのだろう。

優しげな表情を浮かべつつ白州先輩はそう言う。

 

「それに全てが虚しいからといって、それは今日サオリ達を止めない理由にはならない。サオリ……みんな……こんな事はもう辞めるんだ。」

 

そして、白州先輩はキッパリとそう言いきった。

 

「……虚しいな。」

 

白州先輩の言葉を聞いた錠前は、手にしたアサルトライフルを白州先輩へと向けながらそう言った。

 

「……トリニティでは楽しそうだったな、アズサ。」

「……っ!」

「あの生活は楽しかったか?好きな人たちと一緒にいることは。お前のことを理解してくれる人たちと一緒に居ることは。」

「そ、それは……」

 

白州先輩が言い淀む。

 

「思い出せアズサ。お前を理解して受け入れてくれるのは私たちだけだ。ここがお前の居場所だ。」

 

錠前は淡々と言葉を発していく。

 

「トリニティにもシャーレにも、お前の居場所はない。ここがお前の生きる場所なんだ、白州アズサ。」

 

……そんなわけあるか。

 

「vanitasvanitatumetomniavanitas……全ては虚しい。」

 

虚しくなんかない、いい加減目を覚ませ。

 

「お前はその真実から目を逸らし、甘い嘘に目がくらんでいる。そしてお前がその甘い嘘に騙されているというのなら私達が目を覚まさせて……」

「……もう黙れよ、錠前サオリ。」

 

俺様はつらつらと戯言を垂れ流す錠前の会話に割り込むと、一歩前へ出て盾を地面に叩き付けた。

金属音が周囲に響き渡る。

 

「この際もう百歩譲ってお前が虚しいっていうのは良い。例えそれが教えられた偽りの虚しさだったとしてもお前がそれを信じるのなら俺様はもう何も言えねぇ。」

 

そう、こいつが悪い大人に教えられた虚しさを何よりも信仰してるってなら俺様からこれ以上言うことはない。

 

「けど、だからといって白州先輩の居場所を否定するのはお門違いってモンじゃねぇのか?白州先輩は必死に足掻いたんだよ。お前から桐藤先輩を暗殺する命令を受けたけど、必死にそれに抗って結果的にトリニティを守ってくれたんだ。」

「……それで?」

「そりゃもちろん何度も悩んだだろうさ、何度も苦しんだだろうさ。それでも命令に背いて抗い続けた結果、白州先輩は今の居場所を得ることが出来たんだ。そしてそれは……俺様は正しいことだと思ってる。」

 

白州先輩に視線をやりつつ、俺様は頷く。

 

「タツミ……」

「白州先輩はすごい人だぞ?偽りの虚しさに縋って、その場で足踏みすることしか出来ないお前達みたいな負け犬とは比べることすらおこがましい程のな。」

「なんだと……?」

「何かが欲しいなら足掻いてみろよ、最後まで諦めずにやってみろよ。ボロボロになっても食らいつけよ。それすら出来ないくせに白州先輩に嫉妬して、否定してんじゃねぇぞ。錠前サオリ。」

「……黙れ。」

 

錠前はそう言うと、アサルトライフルを俺様に向けてくる。

 

「なんだ?図星を突かれてムカついたか?」

「黙れっ……!」

「そもそも全てが虚しいって言うならよ。今まさにお前が秤を守ろうとしてる事はどう説明するんだよ?」

「……っ!」

 

俺様は錠前の顔を真っ直ぐに見据えながら、彼女に対して言葉を投げる。

 

「お前の言い分だと最後には全て等しく無意味、だから世界は虚しいんだろ?なら秤を守る必要ってあるか?どうせ最後には無意味になるんだろ?」

「それはっ……!」

 

俺様の言葉に錠前は激しく動揺する。

……ほらな、やっぱお前だって分かってんだろ?

 

「……けど、それでもお前は秤を守ろうとしている。俺様やワカモにボコボコにされて、それでも立ち上がっててめぇ自身の大切なものを守ろうとしているだろ。それは俺様や白州先輩が大切なものを守るために足掻くことと何が違うっていうんだ?」

 

そう、秤が大切じゃないならそこまで体を張ってでも守ろうとはしないはずなんだ。

 

「……本当は気づいてんだろ?自分達が持っている虚しさは偽りだって。悪い大人から教えられたものだって。それに従う事でしか大切なものを守れないから、それを世界の真実だと思い込んで少しでも心の負担を軽くしてるだけなんだって。」

 

そう思わないとやってられないよな。

何故なら……そうしないと心が壊れちまうからだ。

俺様も前世では勉強することが正しいと思い込んで自分の気持ちを誤魔化していた時期があるからな。

その気持ちは……痛いほど良くわかる。

 

「……アリウススクワッド。今ならまだ間に合う。」

 

そう言うと俺様は錠前にさらに一歩近寄ると……

 

「……手を取ってくれ、アリウススクワッド。」

 

ブークリエを降ろして、右手を差し出した。

 

「確かにお前達は許されないことをした。だからきちんと謝ってもらうし、反省もしてもらう。……けどそこから反省して人生をやり直す権利はお前達にはあるんだ。それは誰にも否定させやしない。」

「……」

「……姫?確かにそれはそうかもしれないが……!」

「……それに先生ならお前達の居場所だって作ってくれるだろうよ……あの人は生徒全員の味方なんだからな。大丈夫だ。例えそいつが追ってきても、俺様や白州先輩が蹴散らしてやるよ。……な?白州先輩。」

「あぁ、タツミの言う通りだサオリ。」

 

俺様は白州先輩に視線をやってそう言うと、白州先輩は笑顔を見せながら頷いた。

 

「大丈夫。トリニティにはヒフミ達もいるし、それに先生だっている。皆を守ってくれる人達が居るんだ。」

 

白州先輩は笑顔を携えたままそう続ける。

 

「もうマダムに従う必要はない。それに私はサオリ達にも幸せになってほしいんだ。一緒に行こう、みんな。」

 

そう言って白州先輩は錠前に歩み寄っていくと、俺様と同じくその右手を差し出した。

 

「アズサ……」

「な?世界は虚しくなんてないだろ?錠前。」

「私は……私はっ……!」

 

俺様達の言葉を聞いた錠前はガックリと肩を落とし、構えていたアサルトライフルの銃口を降ろす。

そして力なく手を伸ばし、白州先輩の右手を取ろうとした……その瞬間だった。

俺様の居る場所の遠方から、爆撃音のような物が響き渡った。

 

(……なんだ?)

 

目の前で交わされようとしている白州先輩と錠前の握手を見ながら、その音に首をひねっていると……

 

ーーードガァァァァァァァンッ!!!ーーー

 

俺様達の正面のビルに、迫撃砲らしき物が直撃した。

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