もう少しお付き合いください
“タツミはなんで……アリウススクワッドが虐待されているかもしれないってことが分かったの?”
先生から確信めいた口調で告げられた、そんな言葉。
間違いない、先生は俺様が虐待を受けていたからこそアリウススクワッドが虐待を受けている事を見抜くことが出来たことを感づいている。
何か言わなきゃいけないが、言葉が口から出てこない。
早く否定しなければならないんだけど、いくら頭を回転させてもうまい言い回しが思いつかなかった。
そもそも、何か言おうにも口をパクパクと動かすのが精一杯で声そのものが出ない。
嫌な汗が頬を伝い、心臓がバクバクと音を立てる。
“……やっぱり、イブキと一緒に親から虐待を?”
「……っ!それは違うっ!」
気づけば、俺様は先生のその言葉を聞いた瞬間に先程までいくら頑張っても絞り出せなかった声を腹の底から張り上げていた。
あまりにも大きな俺様の声に、先生が目を丸くする。
「それは違うぞ先生!【今の】父さんと母さんはとてもいい人だ!天才に生まれたイブキと変わらない愛情を俺様に注いでくれたし、何よりも俺様に向き合ってきちんと俺様を認めてくれたんだ!俺様は今の両親には感謝してるし、父さんのことも母さんのことも大好きだ!」
“……そっか。いいご両親なんだね。”
「あぁ。俺様には勿体ないほどの……な。」
優しい笑みを見せる先生に対して、俺様は同じく笑顔を浮かべながらそう言った。
そう、今の父さんと母さんは俺様の自慢の両親なんだ。
ゲヘナの高等部へ飛び級で進学できるほど天才のイブキと変わらない愛を俺様に注いでくれたんだから。
あんな子どもの事を自分たちの承認欲求を満たすためだけの道具だと思っているような……人を人とも思わないような外道となんて比べるのすらおこがましい。
“でも【今の親】ってことは……”
「……分かったよ、先生。降参だ降参。」
俺様は苦笑しながらそう言うと、両手を上げた。
「いつから気づいてたんだ?」
“……タツミがアリウススクワッドの事を伝えてきたところかな。あの時のタツミの目からは激情、怒り、同情、哀れみとか色々なものを感じたんだけど……一番感じたのは【恐怖】だったからね。”
「おいおい、目を見るだけでそこまで分かんのかよ?ははは……先生には叶わないなこりゃ。」
しかし恐怖……か。
もしかしたら、俺様はアリウススクワッドに自分を重ねた事によって思い出しちまったのかもしれないな。
前世であの毒親どもに虐げられて、先の見えなかった恐怖や屈辱を……
……まぁ、そりゃそうか。
忘れたくたって、そう簡単に忘れられるもんじゃない。
心に深く刻まれた……忌々しい負の記憶なんだから。
さて、こうなった以上はもう先生には話しておかなければならないだろう。俺様が転生者であること。
そして俺様の過去……前世について。
信じてもらえるかは分からない。正直、前世だの転生だのだなんてのは世間一般からすれば与太話の類。
そんなことクソ真面目に語っては、普通なら鼻で笑って一蹴されてもおかしくないだろう。
けど……これ以上隠し通すのは不可能だろうからな。
なら、俺様も腹をくくるとしよう。
「先生。今から俺様が話すことはハッキリって現実味のない……そうだな、アニメやゲームの中の話みたいなもんかもしれない。だから、世迷言だと思うなら切って捨ててくれても構わない。」
“ううん、私の守るべき大切な生徒の言う事だからね。私は何があっても、タツミのことを信じるよ。”
「先生……」
先生は俺様の目をまっすぐに見据えると、ニコリと微笑みながらとても優しい口調でそういった。
……そうだな。
俺様はなんていらない心配をしていたのだろう。
この人は連邦捜査部、シャーレの顧問を務める先生。
生徒のためなら自分の身を投げ売ってでも、どんなに自分を犠牲にしても構わない、一歩間違えば狂人とも言われかねないほどの生徒思いな人なんだ。
……そんな人を、少しでも疑った俺様がバカだった。
まったく、そういうことろだぞ。
この人たらしめ。
まぁ、人たらし関しては原作の先生もそうだったけど……
原作なんて、今はもう関係ない。
だから原作の先生がどうとか、そんなのは知らん。
俺様は今まで彼女と触れ合う中で感じて、理解して、心から信頼を置いた……目の前の【先生】を信じるだけだ。
そう決意した俺様は、先生に対して俺様の前世であった出来事を語るためにゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「先生はさ、前世って信じてるか?」
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「……まぁ、ざっとこんなもんかな。」
あれからどれだけ時間が立ったのだろうか。
俺様が過去に虐待を受けていた事に感づいた先生に事情を説明するために前世の出来事をあらかた伝え終えた俺様は、最後に息を吐き出しながらそう言った。
「すまねぇな先生。あんま気分のいい話じゃなくて。」
俺差は苦笑しつつ、先生に向けてそう言う。
先生は俺様が話をしている間、気になる箇所もあったとは思うが口を挟まずに黙って話を聞いてくれていた。
今はやや俯いているため表情は分からないものの、きっとあまりいい表情はしていないと思われる。
……まぁ、そりゃそうだろうな。
人が虐待されていた話を聞かされて楽しそうな表情をするなんてのは人の心がないと言っても良いだろう。
ちなみにだが、俺様が前世で虐待を受けていたことや転生者であると言うことは話したもののこの世界がブルーアーカイブと言う前世でリリースされていたゲームと同じ世界であるということは伏せておいた。
そんな事は今は余計な情報でしかないし、そもそもこの世界が例えゲームの中だったとしてもそこに生きている俺様やみんなは紛れもない現実だ。
ここは学園都市キヴォトス。
みんなが必死に生きている世界なんだから。
「ひとまず俺様からは以上だが、何か質問があれば……」
“……許せない。”
「……え?」
俺様が先生へ向けてそう言うと、俯いていた先生はガバっと顔を上げると絞り出すようにそう声を挙げる。
顔を上げた先生の目には涙が溜まっており、恐らく先程俯いていた時に泣いていただろうことが伺えた。
更に先生は両手の拳を強く握りしめており、そのせいか体がプルプルと震えている。
“許せない……許せない!子どもを何だと思ってるの!?子どもは……子どもは大人の道具じゃないんだよ!!”
先生は座っていた丸椅子から立ち上がると、目を大きく見開きながらその場で大声で叫ぶ。
その瞳には怒りの表情がありありと表れていた。
先生がここまで怒るとは思っていなかったため若干戸惑いつつも、俺様は先生が胸元で握りしめている拳から少しだけ血が流れているのに気づいた。
恐らく、拳を強く握りすぎたため爪が手の平に食い込んじまったのだろう。
“しかもお兄さんを自殺まで追い込んだ上に逆恨みしてタツミを殺した!?ふざけるな……ふざけるなっ!”
「お、おい先生!?落ち着け!あと手を強く握りすぎて血が出てんぞ!これで止血しとけ!」
俺様は慌ててベッドのそばにおいてあったカバンから消毒液とガーゼを取り出すと、それを先生に差し出す。
“……ごめんタツミ。取り乱しちゃって。”
「いや、構わないさ。それよりも……そんなに本気で怒ってくれた事が俺様は何よりも嬉しい。ありがとな。」
先生はハッとしたような表情を浮かべると、申し訳なさそうに消毒液とガーゼを俺様の手から受け取る。
そんな先生に対して、俺様は笑顔でそう言った。
俺様が転生者だなんて言う与太話を本気で信じてくれて、更に前世の話を聞いて声を荒げて自分のことのように怒りを露わにして一緒に悲しんでくれる先生。
……本当に、今世ではいい人にたくさん恵まれたなぁ。
俺様は幸せものだよ。
“今のご両親はこの事は知ってるの?”
「父さんと母さんには話してある。先生と同じで、俺様の話を何の疑いもなく信じてくれたよ。」
“……そっか、素敵なご両親だね。”
「あぁ、俺様の自慢の父さんと母さんだからな!」
俺様は親指を立てて笑顔を浮かべながらそう言った。
そう、父さんと母さんには俺様がまだまだスレていた時期に喧嘩をした勢いで転生者であることや前世のことを言っちまったことがあるんだが、その際に俺様を抱きしめながら何の疑いもなく信じてくれたからな。
曰く「自分たちの息子を信じるのは当然の事」らしい。
……ありがとな、父さん。母さん。
二人のおかげで、俺様は俺様でいる事ができているよ。
“そっか、イブキには話したの?”
「いや……父さんと母さんと相談したんだけど、イブキは今多感な時期だからな。そんな時期にこんな事実を言うのはよくないだろうって話になったからイブキにはまだ黙ったままなんだ。」
“……うん、私もそれがいいと思うな。”
「あぁ。けどイブキがもう少し大きくなったら伝えるつもりではある。俺様も悩んだし、父さんや母さんも無理に言う必要はないと言ってくれたけど……やっぱ、イブキには俺様のことは知っといて欲しいからな。」
そう、イブキはまだ11歳だ。
まだまだ子どもだし、精神的にも色々と不安定で色々と多感な時期なのは間違いない。
恐らくイブキは話せば受け入れてくれるとは思うけど、そんな成長期にこんな大人の先生でも気の滅入る事を話すのはイブキの成長のためにも良くないだろう。
イブキがこの世界の楽しいことや理不尽なことも経験して、もう少し情緒が育って受け入れられる時が来たら……
その時は、素直に打ち明けることにしよう。
「……先生、この事を伝えたのは父さんと母さん以外では先生が初めてだ。くれぐれも内密に頼むぜ?」
“うん、絶対誰にも言わない。約束する。”
俺様が苦笑しつつそう言うと、先生は真剣そのものと言った表情を浮かべながらハッキリとそう言いきった。
……まぁこんな与太話、話したところで先生や今の両親みたいなある意味狂人とも言えるほどの聖人くらいしか信じる人は居ないだろうけどさ。
「……まぁ、そのなんだ。前世は本当にロクな人生じゃ無かったけどさ。」
“……うん。”
「この世界に生まれて来られて、優しい両親に可愛い妹に世話の焼けるけどほっとけない上司……そして頼りになる先生に出会わせてくれたんだ。」
“……”
「あのまま元の世界で生きていても、俺様は死んだ目をしながら日々を送っていただろう。だから俺様をこの世界へ送ってくれたことだけは……前世のクソ親に感謝してもいいかもな?」
“タツミ……”
「俺様は今幸せだよ、先生。それは誓ってもいい。」
“……うん、なら良かった。”
……気づけば、俺様の目からは涙が流れ出ていた。
なんでだろうな。ここにもうあの毒親どもはいない。
俺様のそばには先生がついてくれてるし、俺様には今の両親だってイブキだってゲヘナやトリニティのみんなだって居る。もう俺様を虐待するやつは居ないんだ。
……そう。
父も母も兄貴も……この世界には居ないんだ。
確かに前世の両親は人を人とも思わないクソみたいな親だったし、兄貴だって嫌な奴ではあったんだけど……それでも、血のつながった実の家族だったんだ。
……今は、実家に帰れば父さんと母さんとイブキと俺様でワイワイしながら笑顔で食卓を囲んでいる。
イブキとは仲良く遊んでるし、あまりにもワガママを言った時は叱るときもあった。
旅行にだってたくさん連れて行ってくれたし、その度に思い出になるようにたくさん写真も取ってくれた。
その写真が収められたアルバムは丹花家の宝物だ。
父さんも母さんもイブキも、本当に大切な俺様の家族。
今の家族がいれば、他には何もいらない。
だから、もう前世の家族に未練なんてなかった。
なかったはず……なのに。
前世の家族みんなで笑顔で食卓を囲んでみたかった。
兄貴と外で遊んだりゲームをしたりして、兄弟喧嘩だってしてみたかった。
家族旅行にだって行ってみたかった。
やっぱり、俺様は好かれたかったんだろう。
一度でいいから、好きだって言ってもらいたかった。
兄貴とも仲良くしたかった。
……今となっては、二度と叶わない願いだけどな。
こんな思い、矛盾してるのは分かってる。
前世の親は俺様を虐待し、兄貴にプレッシャーをかけて追い込んで自殺させた上に逆恨みで俺様まで殺した。
どう考えても擁護しようのないクソ野郎どもなのは疑いようもない事実だ。
そんな連中から好かれたいなんて、どうかしてるよな。
……けど、1つだけ覚えていることがある。
あれはまだ俺様が小さかった頃、1度だけ家族揃ってみんなでデパートへ出掛けた事があった。
その時の両親はきっと機嫌が良かったのだろう。
俺様に笑顔を向けてくれたし名前も呼んでくれたんだ。
結局俺様が覚えている限りではそれ以降は両親からは出来損ないと呼ばれ、笑顔なんて向けてもらえなかったけど……あの時の両親の笑顔は未だに鮮明に覚えている。
愛してほしかった。
それだけで良かった、他には何もいらなかったんだ。
俺様を見てほしかった。
好きって言ってほしかったんだよ、俺様はさ。
あんた達にあんな目に合わされてもまだこんな事を思っちまう……どうしようもないほど甘い息子をな。
「……っ!」
……クソ、なんだってこんなに涙が出てくるんだ。
今は泣いてる場合じゃないだろ。気をしっかり持て。
甘えてんじゃねぇぞ俺様。
「……すまねぇな先生。こんな話に付き合わせて。」
俺様は目尻に溜まった涙を病院着の袖で拭うと、笑顔を作って先生に向けながらそう言った。
“……タツミ。”
そんな俺様を見て、先生は優しく口を開く。
“良く頑張ったね。”
そして、先生はそう言いながら俺様に近づいてくると俺様の頭に手を当てて左右に動かし始める。
「お、おい先生。俺様は前世も含めたら精神年齢は30を超えたおっさんだぞ?そんな奴の頭なんて撫でても……」
“ううん、そんなの関係ない。キミが何と言おうと……タツミは私の守るべき大切な生徒だよ。”
流石にこの歳になって頭を撫でられるのは小っ恥ずかしいため俺様は少し顔を赤くしながら先生にそう言うが、先生は至って真剣な表情でそう伝えてきた。
……それはずるいぞ、先生。
そんなこと言われたらもう身を任せるしかないだろ。
“タツミ、キミの青春は前世では灰色だったんだ。だから今世では幸せになって欲しい。楽しい学園生活を謳歌して欲しい。そのためなら……私は何だってするからね。”
「先生……」
そう言って、先生は俺様の頭を撫でながら聖母のような優しい笑みを浮かべるとそう言い切った。
……なるほどな。こりゃ生徒がみんな夢中になる訳だ。
こんな事を言われて嬉しくないわけがない。
「まったく、そういうとこだぞ?」
“えっ……なにが?”
「はは、何でもない。」
“……?”
正直、前世に未練がないと言えば嘘にはなる。
心残りがあるのは事実だ。
先生の言う通り俺様の前世の青春は灰色だったんだし。
どれだけ嘆いても過去には戻ることは出来ない。
ましてやそれが前世なんてことになればなおさらだ。
なら、前を見て進むしかないだろう。
……それでもきっと、俺様はこれからもこのモヤモヤした思いを引きずって過ごしていくことになるんだと思う。
そりゃ当たり前だ。前世のことは忘れたくたってそう簡単に忘れられるようなことじゃないんだから。
……けど、先生の言葉のお陰で少しだけ吹っ切れた。
今を大切にしよう。
俺様のことを認めてくれる人達のことを大切にしよう。
過去ばかり振り返るな、未来を見て前へ進むんだ。
今の俺様には頼りになる人が大勢いる。
優しい両親がいる。イブキがいる。先生だって居る。
羽沼議長、棗先輩、京極先輩、元宮先輩だって。
ゲヘナのみんなだって、トリニティのみんなだって、山海経のみんなだって居る。
なぁ、前世の両親。俺様は今幸せだよ。
あんた達に礼なんて言うつもりはこれっぽっちもないけど……まぁ、曲がりなりにも高校生まで面倒を見てくれたことだけは感謝してやらんこともない。
ありがとう。そして、願わくばあんた達が早いとこ俺様の記憶から消え去ってくれるのを心から願う。
「……ありがとな、先生。」
蚊の鳴くようなか細い声で、俺様はそう呟いた。
その後も先生の優しさに身を預けながら、俺様はしばらく先生に頭を撫でられ続けるのだった。
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その後中々頭から手を離してくれない先生からしばらく撫でられ続けていた俺様。
大人の女性から頭を撫でられるというのは慣れないことではあったけど、決して嫌な思いはしなかった。
“ふふ、タツミ。顔が真っ赤だよ。”
「うっせ、誰のせいだよこの生徒たらし。」
“せ、生徒たらしって……ひどいなぁもう。”
先生は既に俺様の頭からは手を離し、病室に備品として備え付けられている椅子に座りつつ苦笑している。
まったく、だからそういうところなんだっつーの。
……俺様の頭に乗せられていた、先生の温かい手。
そこからは先生の優しさや愛情、生徒を思う気持ちなどがこれでもかというくらいに感じられた。
やっぱりこの人はすごい。そう思わざるを得ない。
「ありがとう先生。こんな話を聞いてくれて。」
“ううん。むしろそんなデリケートな部分まで全部話してもらっちゃって、こっちが感謝しないといけないくらいだよ。辛いことを思いださせちゃってごめんね。”
「なに、気にすんな。先生のお陰でだいぶ気持ちもスッキリした。俺様こそ礼を言わせてくれ。」
俺様と先生は互いに顔を見合わせると、お互いに苦笑しながらそう言葉を交わす。
「先生。アリウススクワッドは……前世の俺様だ。」
“……うん。”
白州先輩が駆けつけて、俺様とワカモといっしょにアリウススクワッドを説得していたあの時。
結局迫撃砲が飛んできて有耶無耶になってしまったが、錠前は一瞬だけだけど目に光が宿って白州先輩の手を取ろうとしていたように思える。
……俺様は、あのテロ行為が錠前達が本心からやっているようには到底思えない。
きっと逆らえない大人から強要されているんだろう。
「……必ず助け出そう。」
“うん、もちろん。アリウススクワッドも、アリウスの子達だって私の守るべき大切な生徒達だからね。そんな子達が苦しんでいるなら、必ず救い出して見せるよ。”
頼もしい表情で胸を叩きながらそう言う先生。
そんな先生の姿が、とても頼もしく見えた。
アリウススクワッドには、これ以上俺様と同じ目には遭って欲しくないからな。
それに先生の言う通り、アリウススクワッドだけじゃなくてアリウス分校の生徒たちだって好き好んでこんな事をしているわけじゃないはずだ。
必ず裏で糸を引いている黒幕を見つけ出して、ボコボコにしてヴァルキューレに突き出してやる。
こんな胸糞悪いことをしでかしてくれたんだ。
裏にいる大人がどんなやつなのかは知らないが、俺様の目が黒いうちは五体満足でいられると思わねぇ事だな!
“今は補修授業部のみんながアズサの事を捜索してくれている最中なんだ。……きっと、アズサが見つかったらアリウススクワッドも一緒に見つかると思う。”
「……先生。なら1つ頼みがあるんだが、いいか?」
“うん?どうしたの?”
「もし、白州先輩とアリウススクワッドが見つかったら俺様もそこへ連れて行ってくれないか?」
“えっ……!?”
俺様が真剣な表情でそう頼み込むと、先生は驚いたように目を見開く。
“な、何を言ってるの!その怪我でタツミを戦場に出すわけにはいかないよ!”
そして、先生は椅子から立ち上がると慌てたようにそう言った。
分かっている。氷室先輩の処置のお陰でなんとかなりはしたが、俺様の体は今だダメージが蓄積されている。
今は立って歩くことくらいなら問題ないけど、こんな状態でみんなと肩を並べて戦うのは不可能だ。
とてもじゃないけど、こんな状態で救護騎士団内はともかく戦場に出るなんて自殺行為もいいとこだろう。
“それにこんなこと私から言いたくはないけど、アリウススクワッドはキミに傷を負わせた張本人だ。そんな相手とまた会うなんて……”
……あぁ、分かってるさ。
俺様のこの腹の傷はアリウススクワッドに撃たれて付いたものだ、怒りや恐怖を覚えていないわけがない。
それに連中は俺様といっしょに戦ってくれたワカモに傷を負わせようとしたし、こんなキヴォトス史上最悪と言っていいほどのテロを起こした張本人でもある。
そんな連中と合うなんて正気の沙汰ではないだろう。
けど、俺様にだって譲れないものがある。
「まぁ、アリウススクワッドに恨みが無いと言えば嘘にはなるな。連中は羽沼議長をそそのかしてこんな事に加担させやがったクソ野郎どもだし、俺様にキズを付けてくれたんだ。会うのが怖くないわけがない。」
“ならどうして……”
「先生。今はそんな俺様の個人的な思いはどうでもいいんだ。連中は……アリウススクワッドは、きっと今も苦しんでいるだろう。」
そう、俺様が撃たれて傷を負った事なんてアリウススクワッドの連中が抱えている苦しみに比べたらほんの些細なものにしか過ぎない。
「先生。アリウススクワッドは……錠前達は、過去の俺様だ。他人事には思えないし……ほっとけないんだよ。」
俺様は知っている、逆らえない大人から虐待を受けることがどれだけ子どもの精神を破壊するのかを。
連中に今必要なのは凶弾じゃない、信頼できる人達からのたくさんの愛なんだ。
そう、俺様がそれによって救われたようにな。
あいつらに世界は虚しくないって言ってやりたい。
あいつらに楽しいこともあるって教えてやりたい。
頼りになる人がいるって事を教えてやりたいんだ。
言葉だけじゃなくて、行動でもな。
怖くないといえば嘘になる。
恨みがないと言えば嘘になる。
けど、それ以上に俺様はあいつらに……アリウススクワッドには幸せになってほしいんだ。
アリウススクワッドは許されないことをした。
けど、きちんと罪を償ってやり直す事は出来るはずだ。
その事を俺様の口から彼女達に改めて伝えたい。
伝わるかどうかは分からない。
けど、ここで何もせずに寝ているだけなんてのはそれこそ死んでもゴメンだ。
なにか出来ることがあるなら、それをすべきだろう。
「だから頼む!このとおりだ!」
そう言って、俺様は先生へ向けて頭を深々と下げた。
先生はそんな俺様を見て少し考え込むと、口を開いた。
“……分かった。”
「ほ、本当か!?」
“ただし条件がある。”
先生はそう言うと、右手の指を2本立てた。
“まず絶対に戦闘行為はしない事。そして、私のそばから離れないこと。この2つを守ってくれるなら良いよ。”
「分かった、必ず守る。」
先生の目を真っ直ぐに見据え、俺様はそう言い切る。
“うん、よろしい。”
「……ワガママを言ってすまん。恩に着るよ、先生。」
“ホントだよ!でもタツミにだって譲れない思いがあるんだよね?ならそれを応援するのも私の役目だからさ。”
先生はどこか呆れたような、それでいて仕方がないなぁとでも言いたげな表情を浮かべつつそう言った。
無理を言っているのは俺様だって分かっている。
けど、アリウススクワッドには俺様から言ってやりたいことが数え切れないくらいにはあるからな。
……本当に、先生には感謝してもしきれないぜ。
“うーん……とは言え皆になんて言おうかな。下手なことを言うとまた殺気立っちゃうかもしれないし……”
「……ん?どうしたんだ先生?」
“ううん、なんでもないよ。”
何やら小声でぶつぶつと何かを呟く先生に対して俺様がそう問いかけると、先生は苦笑いを浮かべつつそう言葉を返してきた。
……まぁ、なんでもないならいいんだけども。
“とにかく、今度無茶をしたら本当に病室に監禁されかねないんだからね?その事だけは覚えて置いて欲しい。”
「分かった。肝に銘じるよ。」
何故か冷や汗をかきながらそう言う先生に対し、俺様は若干首を傾げながらそう言った。
監禁ってそんな大げさな……と思わなくもないけども。
“そう言えばタツミ。マコトはどうしてる?”
「……相変わらず、塞ぎ込んで部屋から出てきてないって京極先輩が言ってたよ。」
“……そっか。”
不安そうな表情を浮かべてそう言う先生の言葉に対し、俺様は淡々とそう応えた。
「先生。アリウススクワッドはもちろんだけど、羽沼議長がやったことだって許されることじゃないだろう。」
“……うん。そうだね。それは私も同じ意見だよ。”
先生は息を吐き出すと、苦しげな表情でそう言った。
……まぁ彼女としても自分の守るべきはずである生徒を擁護できない状況下に置かれているわけだからな。
苦しくないはずがないだろう。
「先生。羽沼議長は先生が古聖堂に居ることも承知の上でミサイルを撃ち込んでいる。……謝って許されることじゃないと思うが、俺様からも謝罪させてくれ。」
“ううん、気にしてないよ。私の事はアロナが守ってくれたし怪我もないからさ。それにマコト本人から謝罪は受け取ってるからね。”
俺様が頭を下げると先生はサラリとそう言ってのけた。
……羽沼議長、ちゃんと謝罪はしてたんだな。
流石にそこまで外道に落ちるつもりはないってことか。
「……いや、俺様が言うのもなんだけどそんなにあっさり許していいのか?羽沼議長は最悪先生を殺していたかもしれなかったんだぞ?」
“それはそうだけど、過ぎたことをいつまでも言ってても仕方ないからね。私はこうして生きているし、マコトからも謝ってもらった。なら私がマコトを許さない理由なんてないからね。”
「おいおい……どんだけ生徒に対して甘いんだよ。」
“ふふ。それ、アリウススクワッドを許そうとしているタツミが言えたことじゃないと思うけど?”
「……ははは、それを言われると何も言えねぇな。」
まったく、お互いに甘いと苦労も多くなるもんだ。
そう思いつつ、俺様は先生と顔を見合わせて笑った。
……まぁそもそもあの人に悪役なんて似合わないんだよ。
なんやかんやで羽沼議長は優しいんだから。
羽沼議長は今回、許されないことをした。
直接手を下したわけじゃないとは言え、アリウスと共謀してミサイルを調印式の会場にブチ込んでエデン条約を滅茶苦茶にした挙げ句、そこからトリニティの殲滅戦まで行うことを考えていたんだ。
恐らく今回の件でエデン条約は破談になっちまうだろうことは容易に想像できる。
トリニティ側したら平気な顔をして自分たちにミサイルを撃ち込むような奴と手を組めるわけないからな。
そうなったら俺様が今までやってきた仕事や、桐藤先輩の心労も全てが水の泡なわけだけど……まぁ今その話をするべきではないだろう。
しつこいようだが、羽沼議長は許されないことをした。
けど、それが塞ぎ込んで部屋から出てこずに議長しての役割を放棄して良い理由にはならないだろう。
きっと羽沼議長はみんなから糾弾されるはずだ。
後ろ指を刺されることになるはずだ。
……けど、それでも俺様は羽沼議長を許してやりたい。
甘いのは分かってる、身内びいきなのも重々承知だ。
それでも……それでも俺様は彼女を許したい。
全てが終わったあと、羽沼議長と共に各方面には頭を下げに行かなければならないだろう。
こんなになるまで羽沼議長の企みに気づかなかった俺様にも同様の責任があるわけだからな。
それを思うと今から胃が痛いが……まぁそんな事は今はどうでもいい。
羽沼議長にはキッチリ反省してもらわないといけない。
その上で、罪を償った上で再び前へ進んで欲しいんだ。
その権利は誰にでもあるものなんだから、それを否定することは誰にだって出来やしない。
そのためにも、まずはアリウスとの戦闘の指揮を取ってもらう必要があるだろう。
空崎委員長は今は療養のために寝込んでいるって話だし天海行政官や京極先輩が代理で指揮を行ってくれてはいるけど、それも限界があるだろう。
聞いた話によれば最初は飛行船から降りて古聖堂へ駆けつけてそこで先生の指示に従っていたらしいけど、俺様が先生を逃がすために殿を務めたと聞いて心が折れたのか塞ぎ込んでしまったらしい。
ったく、折れないメンタルがあの人の強みだったはずなんだけど何をしてるんだか……
こんな時だからこそあんたの力が必要だと言うのに。
あんたに落ち込んだ顔は似合わない。
あんたに似合うのは、いつもの自信満々の呆れるくらいに清々しいドヤ顔なんだから。
そう。万魔殿の議長は羽沼マコトなんだ。
俺様は彼女以外の議長を認めるつもりはないからな。
“……タツミ。”
俺様がそう考えていると、先生が静かに口を開いた。
“”私もマコトには声を掛けたんだけど、取り合ってもらえなかった。悔しいけど、今のマコトを私にはどうすることも出来ない。情けなくて涙が出そうだよ。”
「いや、先生が責任を感じる必要はねぇよ。悪いのはそもそも羽沼議長なんだから。」
“それでも、救うべきはずの生徒を救えないのは先生としての力量不足としか言いようがないからね……こんなんじゃ先生として失格だよ。”
「……おい先生。それ以上自分を卑下するなら流石に俺様でも怒るぞ?先生はこの状況で一番頑張ってると言っても過言じゃない。誰もそんな事思っちゃいないさ。」
そうさ、先生は今この混乱を収めるためにあちこちを必死に走り回ってくれているんだ。
そんな先生を悪く言うのは、たとえそれが先生本人であっても許さない。
“タツミ……”
「先生。羽沼議長は必ず俺様が説得して、部屋から引っ張り出してくる。この体でも話をすることくらいは出来るはずだからな。」
“うん、私からもお願いするよ。今のマコトに必要なのはタツミからの言葉だと思うから、そんな状態のタツミに任せるのは本当は良くないんだろうけど……”
「気にすんな先生。それに大人だからってなんでもかんでも背負い込もうとすんな。俺様やみんなだって守ってもらうばかりの存在じゃないんだからさ。たまには頼ってくれりゃいいんだよ。」
“……うん、本当にありがとう。”
そう言うと、先生は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
やれやれ、先生にこんな心配をかけちまうなんて……
本当に世話の焼ける議長だよ、まったく。
“お願いタツミ、マコトのことを助けてあげて欲しい。”
「あぁ、任せとけ!」
俺様は先生に対して親指を立て、笑顔でそう言う。
さて、そうと決まればいつまでもここでグズグズしているわけにはいかない。
もう歩けるくらいまでには体調は回復したし、善は急げとも言うからな。
そう決心した俺様は先生が病室から出たあと、万魔殿の制服に手早く着替えると病室を出て羽沼議長が閉じこもっている部屋に向けて歩き出すのだった。
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“あんな重傷のタツミにマコトのことを任せてしまうのは本当に申し訳ないけど、私ではどうにも出来ないのは事実だから……はぁ、情けないなぁ。”
“それにしても、様子がおかしいとは思ってたけどまさかタツミにそんな過去があったなんて……”
“許せない。あんないい子で、人の事を思いやれて、人一倍頑張りやなタツミをあそこまで追い込むなんて……大人や親以前に、人間としてやってはならないことだ。”
“多分、タツミはまだ救われていないんだと思う”
“本人は大丈夫だって言って明るく振る舞ってたけど、彼の心にはまだ傷が残ってるはず”
“恐らく、深層心理ではまだ虐待に対する恐怖が残っているはずだ。……当然だよね、忘れたくたって忘れられるようなことじゃないんだから。”
“タツミが人助けをよくするのも、もしかすると前世での癖が抜けきってない可能性もある……本人は違うって言ってたけど、無意識って場合もあるからね。”
“タツミが負傷したって知らせが入ってきた時は頭が真っ白になったし、タツミと交流のあった子達は皆悲しんだあとにアリウスに対する怒りを燃やしていた。”
“……人助けなんてしなくてもタツミはこんなにも皆に愛されているのにね。一度、タツミにはカウンセリングを受けさせたほうがいいのかもしれないな。”
“本当はタツミに付きっ切りでケアをしてあげたい。けどこの混乱も収めないといけないし、アリウススクワッドは今も苦しんでいる……私がここでへこたれるわけにはいかないんだ。生徒のためにもやれることをやらなきゃ。”
“それにしても、あんな事があったのにすぐに気持ちを切り替えてマコトを励ましに行けるなんて……私も負けるわけには行かないな。”
“……けど、タツミがアリウススクワッドに会うって言ってる件をみんなにどう説明すればいいんだろう。”
“絶対にみんな怒るよなぁ……例えそれがタツミ自身の意思だとしても。私だって本当は反対したいし。”
“……タツミ、キミは本当に強い子だよ。”