マコト回は次回になります
あれから先生と解散したあと、制服に着替えた俺様は自分が寝ていた病室を出てトリニティから臨時で貸し出してもらっているという議長室へ向けて歩を進めていた。
なお、病室を出る際に病室の前で見張りを行ってくれていた救急医学部の部員に事情を説明すると渋々と言った様子で外出を許可してもらうことが出来た訳だが……
マジで渋々って感じだったんだよな。
まぁそりゃ完治していない怪我人を外へ出すのは抵抗があるのは間違いないだろうけど、戦いに行くわけではないから許して欲しい。
まだ完治していないこともあって長時間の外出は厳禁だと言われてしまったから、なるべく早めに事を済ませて病室に戻る必要があるのは間違いないけどな。
ちなみにだが、それ以外の皆には先生の方から説明をしてくれるそうなので一安心だ。
俺様としても勝手に病室から抜け出すのはいくらなんでもダメなことくらいは理解しているからな。
先生が報告してくれるなら混乱も起こらないだろうし安心と言った所だろうか。
「……やっぱまだちょっと痛むな。」
腹に出来た傷口を抑えつつ、俺様はそう独りごちる。
やはり歩けるまでに体力が回復したとは言え、足を踏み込んだ時に傷口が少し痛む程度には俺様の体にはダメージが蓄積されているらしい。
一応痛み止めは飲んでいるはずなんだけど、流石にこんな大きな怪我となると効き目も薄いのかもな……
「……グズグズしちゃいられねぇな。」
トリニティの校舎内を移動し、臨時の議長室へと向かいながら俺様はそう呟きながら歩みを進めていく。
救護騎士団の本部ではゲヘナの救急医学部とトリニティの救護騎士団の部員達や、戦闘部隊である風紀委員会と正義実現委員会の生徒達でごった返していたのだが校舎内に入るとほとんど人の姿は見当たらなかった。
やはりアリウスやユスティナとの戦いのために古聖堂へ出撃するためにも救護騎士団に詰めているのだろう、トリニティの校舎内は異様な静けさに包まれていた。
「……ここまで静かだと不気味だな。」
俺様はいつもの賑やかなトリニティの校舎を懐かしみながら、淀みない足取りで静かな校舎を進んでいく。
えっと、確か羽沼議長に与えられている臨時の議長室はティーパーティーの本部の横の建物内のはずだ。
ティーパーティーの本部には仕事で何度も来ているからそこまでの道はもう完璧に覚えている。
いやはや、最初に来た時は迷子になっていた俺様がホント成長したもんだよなぁ……
まぁそりゃトリニティには仕事で何度も来てるから、嫌でも覚えるだろって言われればそれはそうなんだけど。
「時間が惜しいな、近道するか。」
俺様はそう呟くと、少しでも時間を短縮するために今歩いている廊下を曲がると校舎から校舎へと移動する。
そして移動した先の先程よりも人気の更に減った建物内をなるべく出せる限りのスピードで歩いていく。
今歩いているこの校舎はトリニティで校則違反を犯した奴を収容している……まぁいわゆる牢屋のある建物らしく普通の生徒はほぼ近づくことはないんだって話を前に桐藤先輩から聞いたことがある。
何故そんな物騒な建物がティーパーティーの近くにあるのかは分からないけど、まぁティーパーティーの警備は厳重だから有事の際にすぐに駆けつけられるようにとかそんな理由なんだろうな。
……まぁ今はそんな事はどうでもいい。急がないと。
「ミカ様、こちらへ。」
「ミカ様!」
「……ん?」
そんな事を考えながら歩いていると、静かな校舎の中からどこからともなくそんな声が耳に入ってきた。
(……ミカ?)
ミカって言うとティーパーティーのパテル派リーダーの聖園ミカ先輩のことか?
確か聖園先輩はアリウスと共謀して桐藤先輩の命を狙って、外患誘致とクーデターの罪で牢屋で謹慎処分を受けているだったな。
……ちょっと待てよ。
さっきも言ったと思うけど、ここはトリニティで校則違反を犯した生徒を入れておく牢屋がある校舎だ。
そして聖園先輩は今牢屋で謹慎処分を受けている……つまりこの校舎内に居ることはごく当たり前のことだ。
(ちぃ、こっちは急いでるってのに……!)
もし聖園先輩が誰かの手引によって、牢屋から脱獄しようとしているならそんな事を見逃すわけにはいかない。
恐らく俺様の見立てでは聖園先輩は桐藤先輩を本気で殺すつもりはなかったと踏んでいるが、それはそれとしてアリウスと共謀してクーデターを起こしたのは事実。
なら罪を償っても居ないのに、この混乱に乗じて脱獄を試みるなんてことはあってはならないことだ。
「くっ……」
俺様は一応盾とブークリエを持ってきてはいるけど戦闘行為自体は先生や氷室先輩から固く禁じられている。
だからここで取れる最良の選択肢は、恐らく救護騎士団へとんぼ返りしてこの事を先生達に伝えることだ。
……けど、そんなことをすれば聖園先輩は脱獄してどこかへ姿をくらませてしまうかもしれない。
阻止するならば今しかない。
俺様は静かにブークリエにマガジンを差し込むと、チャージングハンドルを引いた。
(願わくばこいつを使わなくて良いことを祈るぜ……)
心のなかでそうため息を吐きつつ、話し合いだけで済んでくれと願いながら声のする方へ足を踏み出す。
そして俺様はそのままどんどんと廊下を進み、曲がり角を曲がると……そこにはティーパーティーの制服を身に包んだ3人の生徒と、聖園先輩の姿があった。
俺様は慌てて曲がり角の影に隠れると、機を伺うために聞き耳を立てて彼女達を角から覗き込んだ。
「お待たせ致しました、もう自由です!」
「ふーん、なるほどね?大体状況は分かったよ。つまりみんな私のファンってところかな?やー仕方ないなぁ。サインでもしてあげようか?」
ここからだと表情まではよく分からないが、聖園先輩は余裕綽々と言った様子にそんな言葉を言っている。
……いや、どう考えてもそんな様子には見えないんだが。
「い、いえそうではなく。ご覧になったかと思いますが現在トリニティは……」
「うん。大体分かってるよ。で、ここの皆は何?まさかとは思うけど、ゲヘナに宣戦布告しようとか考えてたりするのかな?」
(……は?宣戦布告だと!?)
聞こえてくる言葉に、俺様は思わず声を上げそうになるがぐっとそれを飲み込んで息を殺す。
冗談じゃないぞ、今ゲヘナとトリニティで戦争なんて起こっちまったらそれこそアリウスの……ひいてはその裏にいるアリウスを操っている黒幕の思う壺だ。
敵は裏で糸を引いている黒幕であって、ゲヘナでもトリニティでもないんだから。
「はい!その通りです。今こそゲヘナの奴らを消し去るチャンスかと思いまして。」
「……なるほどね。宣戦布告は校則上、ホストなしでは宣言できないもんね?さしずめ私をこの混乱に乗じてホストにして、ゲヘナと戦争を始めようってわけかな?」
「はい。貴方様が望んでいた通り、ゲヘナとの全面抗争を始めましょう!さぁ、今すぐトリニティ全域に戦闘命令を!」
くそ、そんな事をさせるわけには行かない……!
いくら聖園先輩がゲヘナが死ぬほど嫌いだからといって今のゲヘナとトリニティは運命共同体なんだ。
この騒動が終わったらきっとまた犬猿の中に戻ってしまうかもしれないが、今だけは背中を預けて共にアリウスと戦う仲間じゃないといけないんだ。
それを1個人の思想でぶち壊されてたまるかよ……!
俺様が意を決し、角から飛び出そうとした瞬間だった。
「……あはっ。」
その場に、聖園先輩の愉快そうな笑い声が響く。
「みんな記憶力良いね?うん、私はゲヘナが大っ嫌いだよ。……それで?だから何?どうしてそんな命令を欲しがってきたわけ?」
(……ん?)
「……はい?」
次の瞬間、先程までとは打って変わって驚くほど抑揚のない冷え切った声で聖園先輩はそう言った。
「そんな事を言ってくるってことは他の派閥は当然抑えたんでしょ?」
「そ、それは……!」
「なに?まさか他の派閥を抑えられてないのにこんな事言ってきてるわけ?それに、そもそも今トリニティはこんな状態だよ。この混乱に乗じるなら宣戦布告なんていらないんじゃないの?」
「い、いえ!そうではなくてですね……!」
「何がそうじゃないの?だったら今すぐゲヘナに殴りかかればいいじゃん。それなのに自分たちの代わりに怒って命令してくれって……なにそれ?面白いことするね?」
「み、ミカ様!?なにを……!?」
続けてそう発言していく聖園先輩。
その言葉に、ティーパーティーの制服を着た生徒は明らかに動揺している様子が見て取れる。
「あはは、気に触ったらごめんね?」
(……)
「うん、私はゲヘナが嫌いだよ。機会があればどうにかしてやりたいと思うくらいにはね。」
(……あぁ、それは知ってる。)
何せ俺様とのファーストコンタクトであそこまで敵意を剥き出しにしてくるくらいだからな。
彼女のゲヘナ嫌いが筋金入りなのは俺様でも分かる。
「でもさ、今の私はあんまりそういう気分じゃないんだよね。だから悪いんだけど帰ってもらえるかな?」
「き、気分……?」
「今がどれだけ重要なタイミングか分かっていらっしゃるのですか!?それをたかが気分の問題で……!」
「たかが?何言ってるの?一番大事なことじゃない?」
さも当然といった様子でそう言い放つ聖園先輩。
……そうだな、聖園先輩の言うことは正しい。
人間ってのは基本的には理屈や規則に従って生きている生き物だけど、最終的な行動原理は【感情】だ。
現に今の俺様だって羽沼議長を救いたいって感情でこうやって重たい体を引きずっているわけだからな。
「私は私の気分とか気持ちの問題でゲヘナが嫌いなの。そのことの何が悪いのさ。別にその裏に隠れた理由とか目的なんて無いんだよ?」
(……まぁ、聖園先輩らしいっちゃらしいな。)
「こんな状況で宣戦布告なんて別にいらないって分かってるよね?なのに自分たちの代わりに憎んでくれなんて変なこと言ってさ。」
……まぁおそらくだけど、ティーパーティーの人達はゲヘナが憎くて潰したいけど自分たちで責任を取りたくはないってことなんじゃねぇかな。
だから自分たちと同じくゲヘナを憎んでいる聖園先輩に宣戦布告をさせようって魂胆なんだろう。
全ては自分たちが責任を取りたくない一心で……
……なるほど、そりゃ聖園先輩が不機嫌になるわけだ。
筋がまるで通ってないからな。
「だからもう帰ってくれないかな?今はそういう気分じゃないし、そろそろ面倒になってきちゃうからさ。」
「……なんだと?」
聖園先輩はもはやイライラを隠そうともせずティーパーティーの生徒へ向けてそう言い放った。
それを聞き、ティーパーティーの生徒の口調が変わる。
「お耳掃除でもしてあげようか?命令されなきゃ憎むことも出来ないのって言ってるの。」
「この、言わせておけばっ……!」
その言葉にとうとう堪忍袋の尾が切れたのか。
ティーパーティー制服を着た3人の生徒の内、聖園先輩の正面に立っていた生徒は聖園先輩へ近寄ると……その手を大きく振り上げた。
「……っ!」
それを見て、考えるよりも先に体が動きだしていた。
俺様は急いで隠れていた物陰から飛び出すと聖園先輩に駆け寄っていき……振り上げられた手が振り下ろされる直前で、ティーパーティーの生徒の手首を掴んだ。
「……その辺でやめときな。」
「なっ!?お前はゲヘナの生徒!?何故ここに……!?」
「なに、たまたま通りがかっただけっすよ。」
ティーパーティーの生徒は俺様に掴まれた手を勢いよく振り払うと、まるで汚いものにでも触られたかのようにハンカチを取り出して自分の手を拭っている。
……まぁ聖園先輩にあんな話を持ちかけるくらいだからこの人達もゲヘナ嫌いなのは分かりきっていたけど、ここまで露骨だと逆に清々しいな。
「貴方は……丹花タツミ?」
「どうも聖園先輩。お久しぶりです。」
俺様は怪訝な表情でこちらを見てくる聖園先輩に軽く挨拶をすると、そのままティーパーティーの生徒達と聖園先輩の間に割り込んでいく。
「……ゲヘナの貴方がトリニティのティーパーティー所属の私を助けるなんて、なんのつもりかな?」
「え、もしかして助けちゃダメだったりしました?」
「ふざけないで。一体何が目的なのって聞いてるの。」
「いやそりゃまぁ……聖園先輩が殴られそうだったから思わず止めに入っただけですけど?」
「……は?」
俺様がサラッとそう言うと、聖園先輩先輩はまるで信じられないものを見るような目で俺様を見つめてくる。
「えっ……それだけ?」
「……?そうですけど?」
「嘘をつかないでよ。何の目的もなしにゲヘナの貴方が私を助けるわけがないでしょ。」
「別に目的なんて特に無いですよ?強いて言うなら聖園先輩が傷つくのを見たくなかったからですかね?」
そりゃ目の前で殴られる人を黙って見過ごせるほど俺様は薄情な人間ではないからな。
「いやいや、ありえないでしょ。そもそも私は貴方に初対面で散々嫌味を言ったんだよ?そんな相手を何の打算もなく助けるわけがないじゃん。」
「それは今関係なくないですか?あと、別に俺様は聖園先輩のこと嫌ってませんけど……?」
「は?いやいや……ありえないじゃんね。あれだけ邪険に扱われて何とも思わないわけないでしょ?」
「いや、そもそも聖園先輩はゲヘナが嫌いなんですよね?なら邪険に扱うのは別に普通では?あと、俺様はトリニティに偏見はありませんからね。」
俺様がそう言うと、聖園先輩は眉間にシワを寄せる。
心底理解できないと言った表情だ。
「あぁそれと、別に俺様は相手がたとえ嫌いだったとしても助けますよ?そいつを嫌うことと、助けることに関してはまったくの別物ですからね。それに……」
俺様は一呼吸置くと、言葉を続ける。
「人を助けるのに理由がいりますかね?聖園先輩。」
「……なにそれ。変なの。」
聖園先輩は俺様の言葉を聞くと、先程までの仏頂面をほんの少しだけ崩すと呆れたように苦笑する。
「貴方さ、よく考えなしのバカって言われない?」
「いやそこまでは言われないっすよ!?と言うかなにげにひどい言い草ですね!?俺様聖園先輩になんかしましたっけ!?」
「うーん、今理解不能な事をして私を困らせたかな?」
「いや理不尽すぎんだろ!」
おかしい、何故俺様は助けた相手にこんなにボロカスに言われなきゃならないんだ。
まぁ相手は聖園先輩だし、別に見返りを求めて助けたわけじゃないから構わないと言えば構わないんだが……
「まぁでも、一応感謝だけはしといてあげるよ。……ありがとね、タツミくん。」
「いえ、気にしないで下さい。俺様が勝手にやった事ですからね。」
聖園先輩はそう言って礼を言ってくるが、別に俺様がやりたくてやった事だから礼など必要ないんだけどな。
まぁ、好意は素直に受け取っておくけども。
「な、何だお前は!」
「おいおい、今の話を聞いてなかったのか?通りすがりのゲヘナ生だよ。」
「ふざけるな!ゲヘナの汚らわしい野蛮人のくせに私達の邪魔をするんじゃないっ!」
俺様達がそんなやり取りをしているのにしびれを切らしたのか、ティーパーティーの制服を着た3人はそう声を張り上げると俺様のことを睨みつけてくる。
「そもそも私達はそこの世間知らずのお嬢様をわざわざ牢屋から出してあげようとしたのよ!なのに、そいつは調子に乗って……!」
「そうだ!自分の立場を理解しろ!もうティーパーティーから解任直前の分際で!」
「わざわざ来てあげたというのにそれを……!」
「……へぇ?そのわりには聖園先輩は随分と迷惑そうにしていたけど、俺様の見間違いか?」
「なんだと……!?」
ティーパーティーの生徒たちはそう発言した俺様を射殺さんばかりの目で睨みつけてくるが……ぬるいんだよ。
こちとらさっきまで戦場で本気の殺し合いをしてたんだぞ、そんな視線で俺様が怯むと思わねぇこったな。
そもそも頼まれてもないのにわざわざ来てやっただなんて余計なお世話もいいところだろう。
「あんた達がゲヘナに対して宣戦布告しようとしてたってことはそこの角から聞いたよ。」
「なに!?貴様、盗み聞きをしてたのか!?」
「おいおい人聞きの悪いことを言わないでもらいたいもんだな……ま、そのとおりだけどよ。」
「……いや、じゃあ盗み聞きしてるじゃんね。」
そこは突っ込まないでもらえると助かります聖園先輩。
「そもそも今の状況を分かって言ってるのか?敵はゲヘナじゃなくて、アリウス分校だ。」
正確にはアリウスを裏で操っている黒幕なんだが、まぁそれが分かるのは俺様や先生くらいだろうからな……
表向きには敵はアリウス、そういうことにしておいたほうがいいだろう。
「あんた達が宣戦布告をするくらいにゲヘナの事が憎いのはよく分かった。けど今は……今だけは、協力してアリウスって脅威に立ち向かうべきなんじゃないのか?」
「黙れ!ゲヘナの忌々しい悪魔め!」
「今このまま争っているようだとゲヘナもトリニティも共倒れになっちまうぞ?この騒動が終わってからなら勝手にすればいいと思うが、今は抑えてくれないか?」
「うるさい!ゲヘナの野蛮人のくせに……!」
「……それに自分達が責任を追求されたくないから責任を聖園先輩におっ被せようとして、それを断られたからって逆恨みで暴力に出るなんて……ったく、トリニティはお嬢様学校じゃなかったのか?野蛮人はどっちだよ?」
「黙れと言っているだろう!そもそも、貴様のようなゲヘナのゴミクズにそんな事を言われる筋合いはない!」
「……あぁ、そうかよ。」
ダメだ。ゲヘナ憎しの精神が先に来ているせいで俺様が何を言っても憎悪を煽る結果しか生まれていない。
くそ、どうする?このままじゃ事態は悪化する一方だ。
幸い聖園先輩にゲヘナへ宣戦布告する気はないようだから、それだけは救いではあるんだけども……
「いい加減その汚らわしい口を閉じろ!この……!」
「……ねぇ、さっきから聞いてたらその言い草はなに?」
よくそんな罵詈雑言が思いつくなぁと感心しながらティーパーティーの生徒たちを見ていると、俺様の後ろに居た聖園先輩から冷めきった声が聞こえてきた。
「聖園ミカ!?まさかこいつを庇うつもりか!?」
「何を勘違いしてるの?言ったでしょ。私はゲヘナが大っ嫌いなの。ゲヘナ生を庇うわけがないじゃんね。」
そう言いつつ、聖園先輩は俺様の隣へ並ぶように前へ出てくるとティーパーティーの生徒たちにそう言い放つ。
「……けど。」
(聖園先輩……?)
「タツミくんは私を何の見返りもなく助けてくれた。本当に理解不能だし、やっぱりゲヘナのやることなんて訳わかんない。だけれどね……」
聖園先輩はそこで言葉を区切ると、再び口を開く。
「少なくとも、さっきタツミくんが言った通り責任を私に押し付けて甘い汁だけ吸おうとした貴方達みたいなクズよりは……まだタツミくんの方が少しだけ、ほんの少しだけはマシだなって思っただけだよ。」
「なに!?私達がゲヘナ以下だとでも言うのか!?」
「……聞こえなかった?それとも、やっぱりお耳掃除でもしてあげたほうがいいのかな?」
「このっ……!ふざけた真似を……!」
聖園先輩の言葉を聞き、目を吊り上げるティーパーティーの生徒たち。
うーん、流石は本場トリニティで仕込まれているだけのことはある。毒舌がキレッキレだな聖園先輩。
「ゲヘナに味方するなんて地に落ちたな聖園ミカ!」
「そんな同じ空気を吸うのも本来であれば許されないような価値のないゴミを庇うなど言語道断よ!追い詰められて頭がおかしくなったのかしら!?」
「はぁ、まったくもう……」
目の前の生徒たちからマシンガンの如く放たれる罵詈雑言を聞き、聖園先輩は心底うんざりしたような表情を浮かべてため息を吐いた。
うん、まぁ気持ちはわかる。俺様もそろそろゲンナリしてきたところだ。
もういっそここまで来たらブークリエを抜いて実力行使と行きたいところだが、俺様は戦闘行為を禁じられているしそもそもトリニティの校舎内で今騒ぎを起こすのはどう考えてもよろしくないだろう。
とは言え話し合いだけではとても解決できそうにないしどうしたもんか……
「せっかく牢獄から出してあげようとしたのに……よくも我々の好意を踏みにじってくれたな!」
「ゲヘナが嫌いじゃなかったの!?殺したいほど憎い相手だって聞いたのに、心底失望したわ!」
……まぁ、とは言えこのまま言われっぱなしなのも癪だ。
俺様は一歩前へ出ると、目の前でまくしたてるティーパーティーの生徒たちを睨みつけながら口を開いた。
「……いい加減ピーチクパーチクうるせぇんだよ。」
「なんだと!?」
「いいか。あんた達みたいに自分の期待を人に押し付けておいてそれに応えてくれるのが当然で当たり前だって思い込み、応えてくれなかったら勝手に失望して逆恨みをする……そんな筋の通らない連中が聖園先輩を侮辱しないでもらえますかね?」
俺様は聖園先輩を守るように更に一歩前へ出ると、目の前の生徒たちへ向かってそう言い放った。
俺様のことは別にいい。
こいつらはゲヘナのことを心底嫌っているんだから、悪態の1つや2つくらいあってしかるべきだろう。
そもそも俺様は仕事でトリニティに来た時にもっと大勢から数え切れないほどの罵詈雑言を受けてるんだぞ、今更この程度で動揺するほどヤワなメンタルではない。
だが……聖園先輩の事を悪く言うのは許せない。
確かに聖園先輩はクーデターを起こして桐藤先輩を襲撃しようとしたとんでもない凶悪犯なのは間違いない。
けど、それが彼女を必要以上に攻撃していい理由にはならないだろう。
ましてや、それが自分達の期待を勝手に押し付けてそれに応えてもらえなかったからなど言語道断だ。
俺様はその手の輩がこの世で一番嫌いなんだよ……!
そう、俺様に勝手に期待を押し付けてきた挙げ句勝手に失望した前世のどっかの誰かさんみてぇにな!
「貴様ぁ!!!」
「もういい、貴様も聖園ミカもここで死ね!」
俺様の言葉が余程癪に障ったのだろうか。
目の前のティーパーティーの生徒達は顔を真っ赤にしながらそう言うと、手にしていた銃の銃口を一斉に俺様たちへと向けてくる。
……はぁ、こうなったらもう仕方がないだろう。
先生や氷室先輩から戦闘行為はダメだって言われているけど、この状況でそんな事を言っている場合じゃない。
そう判断した俺様は肩から下げた折り畳みシールドを展開するためにシールドに手をかける。
そして取っ手のボタンを押し、シールドを展開……
「……いい加減にしてくれないかなぁ?」
しようとした瞬間だった。
突如、俺様の背筋に尋常ではない寒気が走る。
慌てて後ろへ視線を向けると、そこには目の笑っていない笑顔を浮かべている聖園先輩の姿があった。
そして、彼女からは俺様でもハッキリと分かるほどの殺意が溢れ出ている。
「……聖園先輩?」
俺様の後ろに居た聖園先輩はその場の全員の足がすくむような圧倒的な殺意を放ちつつ、ティーパーティーの生徒たちへと向かって歩み寄っていく。
な、なんだこの息をするのもしんどいほどのプレッシャーは……まるで本気の空崎委員長や剣先委員長と対峙しているときみたいだ……!
「言ったよね?私は今気分じゃないって。貴方達がいくらその減らず口で聞くに耐えない戯言を垂れ流したところで状況は変わらない……むしろ、自分達の首を絞めてるってことにいい加減気づいたら?」
聖園先輩はそう言うと先程まで浮かべていた目の笑ってない笑顔から真顔に表情を変化させると、不機嫌さを隠そうともせずにそう言い放った。
「いい加減失せなよ。今の私は機嫌がいいから、今失せるなら腕を折るくらいで勘弁してあげるじゃんね☆」
そう言うと、聖園先輩はとてもいい笑顔を浮かべる。
……いや、全然勘弁してなくない?普通にキレてない?
冷や汗をかきつつ、そんな事を思いながらティーパーティーの生徒へ目を向けると彼女達は青い顔をしながら体を小刻みに震わせていた。
「なにこの凄まじいプレッシャーは……」
「わ、分かってるんだろうな聖園ミカ!ただでさえ監獄に入れられているお前が暴力を振るおうものなら刑期が追加されるくらいじゃ済まないぞ!」
「うん?そんなの気にしてもしょうがなくない?どうせ牢獄に入ってるなら今更刑期が伸びたってそんなに変わらないよ。で、どうするの?」
聖園先輩は一歩前へ出ると、生徒たちへ問いかける。
「私の強さは貴方達も知ってるよね?いいよ、やり合ってみる?貴方達にその度胸があればの話だけど。」
「うっ……」
「く、くそっ!聖園ミカにゲヘナのクズ野郎!これで済んだとは思わないことだな!覚えていろ!」
ティーパーティーの生徒達は聖園先輩に凄まれて怖気づいたのか震えた声でそう言うと、3人揃って脱兎のごとくその場から逃げ出していった。
「あはは、覚えてろだって!今どきあんなベタな捨て台詞を言うなんて面白いね!」
そんな彼女達の様子を見て、清々したとでも言わんばかりに愉快そうに笑う聖園先輩。
ひとしきり笑い終わると、彼女は俺様の方を向く。
「助かりました聖園先輩。流石にあのまま実力行使に出るわけにはいかなかったので……」
そんな聖園先輩に対し、俺様は頭を下げる。
恐らくだけど、彼女がティーパーティーの生徒たちを追い払ってくれていなければ力付くで止めざるを得なかったことは火を見るよりも明らかだろう。
事情はどうあれ、トリニティの校舎内でゲヘナの俺様がティーパーティーの生徒とドンパチをやからしたなんてことになったら先生のおかげでもあってギリギリの状態で維持できているゲヘナとトリニティの協力関係をぶち壊しかねない事態になっていたかもしれないからな。
それに俺様は戦闘行為を禁じられているので、見つかったら先生やみんなから大目玉を食らっていただろうし。
「……勘違いしないでくれる?私はあの子達が目障りだったから早く消えてほしかっただけだよ。」
「それでも結果的に戦わずに済んだのは変わりないですから、ありがとうございました。」
「……キミ、やっぱりよくバカって言われない?」
「あはは……手厳しいっすね。」
呆れたような表情を浮かべる聖園先輩に対して、俺様苦笑しながらそう言葉を返した。
「改めてお久しぶりです聖園先輩。お元気でしたか?」
「何でゲヘナのキミにそれを教えなきゃいけないの?……まぁ、それなりには元気にやってるけどさ。」
俺様がそう問いかけると、聖園先輩は露骨に表情を歪めながらも渋々と言った感じでそう返してくれる。
「そうですか、なら良かったです。」
「……前にナギちゃんから聞いたんだけどさ。キミ、私のことを心配してくれてたんだってね?」
「え?あぁはい、気を病んでないか心配だったので。」
「……どうして?さっきも言ったけど私はキミと初対面の時にあんなにボロカスに言ったんだよ?普通は私のこと嫌いになるじゃんね。」
「うーん、まぁ正直に言うと何も思わなかったわけじゃありませんけど……別にそれくらいで俺様は人を嫌いになったりはしませんよ。」
まぁそりゃあの謝罪の場では多少イラッとする場面もあったけど、もう過ぎたことだしな。
それに聖園先輩だって色々と余裕がなくて余計に言葉がきつくなってたってものあるだろうし。
あと失礼って意味では羽沼議長も会談の時さんざん失礼なことを言ってたし、お互い様と言う奴だろう。
「それにこれは俺様の勝手な考えですけど、聖園先輩がゲヘナが憎いってだけでここまでの事をしたとは到底思えないので……何かしら理由があったんでしょう。」
聖園先輩が筋金入りのゲヘナ嫌いなのは誰が見ても明らかなのは確かだけど、それだけで桐藤先輩を襲撃するなんてのはどう考えてもやり過ぎだからな。
詳しい事情は分からないけど、事はそう単純な話じゃないことだけは確かだろう。
「俺様はその事を深く突っ込むつもりはありませんけどその事で聖園先輩が精神的に参ってないか心配だったってのはありますからね。それに、人を心配するのに細かい理由なんて必要ないんじゃないですか?」
「……うん、やっぱりバカだよキミ。」
聖園先輩は俺様の言葉を聞くと苦笑しながらそう言う。
「あんな事して、あんな事言ったのに私のことを心配するなんて……理解出来ないじゃんね。」
「まぁ、俺様は別に聖園先輩のことそんなに嫌いじゃないですからね。」
「……そっか。私はキミのこと嫌いだよ。」
「ですよねー……まぁ俺様ゲヘナ生ですし仕方ないか。」
そう言うと、聖園先輩は何故か俺様からふいっと顔を背けながらそう言った。
まぁ聖園先輩は筋金入りのゲヘナ嫌いだし仕方ない。
それに俺様は単純に心配ってだけだからな、嫌われてるってのが心配しない理由にはならないと思うし。
「いやーそれにしてもトリニティの人ってすごいんですね。あんなにスラスラと嫌味がでてくるなんて……」
「……ねぇ喧嘩売ってる?それ褒めてないからね?」
「いや、ゲヘナだったらあそこまで行く前にもう殴り合いが始まってるから新鮮だったもんでして。」
「……すぐ暴力に訴えるなんてやっぱり野蛮人じゃん。」
「まぁ否定はできませんね……」
実際ゲヘナって頭ゲヘナな奴が大半を占めてるからな。
そりゃもう毎日ドンパチ大騒ぎよ。
……まぁ、それはそれとしてだ。
「聖園先輩。ゲヘナへの宣戦布告を止めてくださってありがとうございました。あのまま宣戦布告したらアリウスの思う壺だったので……助かりました。」
「……勘違いしないでほしいんだけど、別にゲヘナを助けた訳じゃないからね?あの子達の言う通り絶好のチャンスであることは違いないけど、私が気分じゃなかったから動かなかっただけ。」
「それでも結果としてゲヘナとトリニティの全面戦争にならなかったのは聖園先輩のおかげですからね、ありがとうございます。」
そう言って、俺様は頭を下げる。
「……なんでお礼を言うの?結果的にそうなったってだけで、私はゲヘナの事なんて虫酸が走るほどに心の底から大嫌い。本質的にはあの子達と同じなんだよ?」
「いや、聖園先輩はあんな筋の通ってない連中とは違いますよ。」
聖園先輩は自虐的にそう言うが、俺様は彼女の目を真っ直ぐに見据えるとそう言い切る。
「確かに聖園先輩はゲヘナの事を嫌ってますし、ゲヘナが憎すぎてエデン条約を潰すために桐藤先輩を襲撃するなんてとんでもない事をやらかしたのは確かです。」
「遠慮ないなぁ……まぁ事実だけどさ。」
「けど、聖園先輩はきちんと牢獄に入ってその罪と向き合ってるじゃないですか。あんな自分達の思想を何の責任も持たずに振り回してるような筋の通ってない連中よりはよっぽど筋の通った生き方をしていますよ。」
犯罪を犯したことは良くないし、聖園先輩のやったことはとてもじゃないけど許されることではないだろう。
だが犯罪を犯してないものの自分達のために嫌われ役を担ってくれ等と言う無責任極まりない連中よりは、たとえ犯罪を犯したとしても罪を償うために牢獄で刑期を全うしようとしている聖園先輩の方が余程立派だ。
それに俺様が止めないと恐らく聖園先輩をリンチしようとしていたみたいだし、そうなればそれこそ犯罪者と何の変わりもなくなっちまうからな。
当然だが、聖園先輩の事は簡単に許すべきではない。
それは羽沼議長も同じだ。
反省する気がないのなら問答無用で永遠に矯正局にぶち込んで二度と世に解き放ってはいけないだろう。
けど、自分の犯した罪としっかりと向き合って反省して心を入れ替えるというのなら……
そんな奴に石を投げることは、俺様が絶対に許さない。
「なにそれ……へんなの。」
「ははは……よく言われます。」
「……まぁ、言い方から察するに慰めてくれてるんだよね?ゲヘナの男子に慰められても何も嬉しくないどころか不愉快だけど……まぁ一応お礼は言っといてあげる。」
聖園先輩はそう言うと、今日初めての穏やかな笑みを見せながら言葉を続けた。
「……ありがとね、タツミくん。」
「いえ、気にしないでください。聖園先輩。」
その後、刑務官に引き連れられて牢獄の中へと戻っていく聖園先輩の背中を見送りつつ俺様は改めて羽沼議長の居る建物を目指して急いで歩き出すのだった。
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「まさか丹花タツミに助けられちゃうなんてね……そんな事思いもしなかったよ。」
「ゲヘナの生徒が何の打算もなくトリニティの生徒を助けるなんて天地がひっくり返ってもあり得ないと思ってたけど……」
「……あれは本当に打算なんてなしで、誰が見ても分かるくらいには純粋に私のことを心配して助けてくれた様にしか見えなかった。少なくとも私にはそう見えた。」
「それに私のことだって気遣ってくれたし、ゲヘナ独特の野蛮な感じもほとんど彼からは感じなかった……」
「……ナギちゃんはこの前言ってたよね、タツミくんは純粋に私が参ってないか心配してくれてるって。」
「……いや、それでも私はやっぱりゲヘナのことは嫌い。だからタツミくんのことだって嫌いだよ。トリニティとゲヘナが分かり合えるわけがないじゃんね。」
「……けど。」
『聖園先輩はあんな連中とは違いますよ。』
「……ふふっ。」
「私を助けてくれたことだけは……ちょっとだけ感謝してあげないこともないじゃんね。」
「丹花タツミくん……ほんとにへんなやつだね、君は。」