聖園先輩と別れ、羽沼議長にトリニティから与えられた臨時の議長室へと急いで歩を進める俺様。
痛み止めが切れてきたのかズキズキと痛みだす傷口を時折抑えながら歩き続けていると、ようやく羽沼議長の居る部屋のある建物が目の前に見えてくる。
「……急がねぇとな。」
俺様はそのまま建物へ向かって歩みを進めると、ドアを開け放って中へ入っていく。
「えっと……京極先輩から聞いた話だと建物に入って右の角を曲がった先だったっけな……?」
そう呟きつつ、京極先輩から教えてもらった通りの道順をテクテクと歩いて建物の奥へと進んでいく。
腹の鈍痛に顔をしかめながらひたすら廊下を歩いていくと、やがて突き当たりの方に「万魔殿議長室」という張り紙の書かれた部屋が見えてきた。
俺様はそのドアの前で立ち止まると深く深呼吸をし、ドアをコンコンと手の甲でノックする。
……が、部屋の中から羽沼議長の応答はなかった。
(ん?反応がないな……?)
まぁ京極先輩の話によると羽沼議長はかなり精神的にやられてしまっているらしく、完全に塞ぎ込んじまってるとのことだから訪問してきた奴をシャットアウトするために居留守を使っている可能性もあるが……
となれば、きちんと扉越しに呼びかけて相手が俺様であることを認識して貰う必要があるな。
そう考えた俺様は再度ドアノックすると、口を開く。
「羽沼議長、俺様です。タツミです。」
そして、中にいる羽沼議長に聞こえるくらいの声量でそう言葉を発した。
その後少しの間だけシーンとした静かな時間が流れていたが、やがて扉の鍵が外れる音が廊下に響く。
そしてガチャリと音を立ててドアが開くと、そこにはあの飛行船以来となる羽沼議長の姿があった。
「……タツミか?」
普段とは明らかに違う、耳を澄まさないと聞こえないほどの弱々しい蚊の鳴くような声でそう言う羽沼議長。
恐らく涙が枯れるほど泣き腫らしたのだろう。
彼女の目は真っ赤に腫れておりいつもはビシッとセットしている銀髪のロングヘアーも無造作にボサボサで、余裕がないのかジャージ姿になっていた。
「どうも、羽沼議長。話があって来ました。中に入れてもらえませんか?」
「……あぁ、分かった。入ってくれ。」
羽沼議長は俺様の言葉を聞いて一瞬うろたえたが、やがて観念したような表情を浮かべるとドアを開いた。
……京極先輩の話によると、万魔殿の皆が声を掛けても部屋にすら入れてもらえなかったらしいから俺様も入れてもらえずに廊下で説得することを覚悟していたからこうもあっさり入室許可が出て少し驚いた。
ともかく、俺様はドアをくぐって部屋の中へ入室する。
「……座ってくれ。」
羽沼議長はドアを締めてカギをかけると、部屋の隅に置いてあった椅子を俺様の前に持ってきてそういった。
「ありがとうございます。」
実を言うとさっきからわりと痛みがキツいので、ここは言葉に甘えさせてもらうとする。
俺様は感謝の言葉を述べると、羽沼議長の差し出してくれた椅子へと着席する。
それを見た羽沼議長はもうひとつ椅子を取り出すと、俺様の正面に置いてそこへ腰掛けた。
「わざわざ来てくれてすまないな……それよりもタツミ、出歩いて大丈夫なのか?サツキからの話で銃で撃たれたと聞いたんだが……」
「氷室先輩の治療のおかげでこの通りピンピンしてますよ、心配には及びません。」
……まぁ実を言うと結構ズキズキと痛むんだけど、今はそんな事を言う必要はないからな。
「そうか……良かった、お前が無事で。」
羽沼議長は普段の余裕綽々な様子からは考えられないほど弱々しい笑みを浮かべると、心底安堵したようにそう呟いた。……なるほど、こりゃ思ったよりも重傷だな。
「そういや羽沼議長、さっきイブキと元宮先輩がここへ来たと思うんですけど……会いました?」
「……あぁ。2人共こんな私に対してとても優しい言葉をかけてくれたよ。特にイブキなんか「早く元気になってねマコト先輩!」と言ってくれた。……私は本当に良い部下を持ったな。」
羽沼議長は少しだけ顔をほころばせるとそう言った。
うんうん、流石はイブキだ。
羽沼議長は結構なことをやってるけど、それでもイブキなりに噛み砕いて飲み込んだ上で励まそうとしてくれているんだからな。
俺様も優しい妹を持てて鼻が高いぜ。
「……タツミ。すまなかった。」
俺様がそんなことを考えていると、羽沼議長はその場で立ち上がると深々と頭を下げて来る。
「……羽沼議長?」
「今回の件は全面的に私が悪い。私はアリウスと共謀してトリニティの連中や、風紀委員会を消し去って亡き者にしようとした。それは紛れもない事実だ。」
……そうだな、それは彼女の言う通り紛れもない事実だ。
決して許されることではないだろう。
「その結果私は多くの人間を傷つけることになってしまったし、お前に怪我をさせることになってしまった。これは怒りと野望に目がくらんだ私の落ち度だ。」
羽沼議長は頭を下げたまま言葉を続ける。
「こんな事をしたらお前が飛び出していくのは分かりきっていたことだ。お前と私の野望……どちらが大切かなど言うまでもなかった。謝って許されることではないと思うが……謝罪をさせてくれ。本当に申し訳ない。」
そして、羽沼議長は下げた頭を地面につきそうなほどの勢いで下げてくる。
……なんだ。
ちゃんと自分の罪を認めて反省してるじゃないか。
もしここで羽沼議長が自分の行いを反省せず、開き直った挙げ句アリウスにすべての責任を押し付けようとしていたら……俺様はイブキを連れて万魔殿を抜けて、その後はのんびり隠居生活でもしようかと思っていた所だ。
そうなっていたら、俺様はいくら世話になったとは言え羽沼議長を容赦なく切り捨てていただろう。
……けど、羽沼議長はそうはしなかった。
きちんと自分の犯した罪を反省しているようだし、罪と向き合ってこうして部下である俺様に頭を下げている。
……なら、俺様が掛ける言葉は決まっているだろう。
「それに、私はお前がエデン条約を締結されるためにしてきた努力も全て水の泡にして……」
「……その辺で頭をあげて下さいよ、羽沼議長。」
俺様は椅子から立ち上がると、謝罪の言葉を言っている羽沼議長の肩に手を置くと頭を上げるように促す。
「確かにあんたは許されないことをしました。アリウスと共謀してミサイルを古聖堂に撃ち込んであまつさえトリニティと風紀委員会を殲滅しようとするなんてのは……どう考えても擁護できることではありません。それはマジで海よりも深く反省して下さい。」
「あぁ。分かっている。」
「……けど。」
俺様はそこまで言うと言葉を区切り、再び口を開く。
「貴方はその罪を受け入れている。受け入れた挙げ句、きちんと反省もしようとしている。そうじゃなかったら開口一番謝罪するなんて事はしないはずですから。」
「タツミ……」
「まぁそれにミサイルを撃ち込んだのはあんたの野望のためってのが大きいだろうけど、曲がりなりにも俺様を心配してくれて怒ってくれたってのもある。……その気持ちは本当に嬉しいです、ありがとうございます。」
俺様は羽沼議長に対し、頭を下げる。
そう、彼女のやったことは耳にタコが出来るくらいに言ってるが許されることじゃないんだ。
……だけど、俺様のことを思ってくれている気持ち自体は素直に嬉しいのもまた事実。
それに、俺様だって迫撃砲を撃ち込まれたことに関して風紀委員会に何も思わないわけではなかったしな。
まぁもう過ぎたことだし、今は気にしていないけども。
「……そして、その気持ちがもし引き金になってしまったのなら俺様にも今回の件に関しての責任はあります。」
「そ……そんなわけあるか!これは私が勝手にやったことであって、お前が責任を追う必要はない!」
「いや、でもあんたがこんな事を企んでるって気づけなかったのは俺様の落ち度ですし……」
「今回の件は全面的に私が悪いんだ……お前は悪くないんだよタツミ……」
「……そうですか。分かりました。」
まぁ正直、責任の割合で言うとほとんど羽沼議長の責任ってのはあるけどトップがやらかした以上は万魔殿の組織の一員としては責任を取らなきゃいけないからな。
なにはともあれ、アリウスとのゴタゴタが終わったら各方面へ謝罪をして回らないといけないのは確かだろう。
「羽沼議長……今、ゲヘナは混乱に陥っています。先生が協力してくれているのと、京極先輩とか風紀委員会の天雨行政官のおかげでギリギリ体裁を保ててはいますが……羽沼議長も空崎委員長もいない今、不安定なことは間違いありません。」
……そう。確かに羽沼議長は許されないことをした。
しかし、今はアリウスとのゴタゴタをなんとかしなければ最悪ゲヘナもトリニティも文字通りキヴォトスの地図上から消え去ってしまうかもしれないんだ。
こんなことをした責任を取るという意味でも……羽沼議長にはゲヘナの指揮を取って貰う必要がある。
「羽沼議長。今のゲヘナにはあんたの力が必要です。……お願いします、この部屋から出て指揮を取って下さい。反省するのは……それからでも遅くありません。」
「……だが、私はテロリストと手を組んだ犯罪者だ。その様な人間が部隊の指揮を取るなど……」
いや、まぁそれはそうなんだけど今はそんなこと言ってる場合じゃないのも事実だからな……
それにテロリストと手を組んだってんなら俺様だってワカモと一緒にアリウススクワッドと戦ったんだから、それを言うなら俺様だって同罪だろう。
「今はそんなことを気にしている場合じゃありません。このままだと本当にゲヘナはトリニティと共に滅んでしまうかもしれないんですよ。」
「だが……私は……」
「……おい、腑抜けたこと言ってんじゃねぇぞ。」
俯きながらそう呟く羽沼議長に対して、俺様は彼女に近寄っていくと肩を掴みながら口を開いた。
「あんたは誰だ?万魔殿の議長、羽沼マコトだろうが。ならこんな緊急事態にいつまでもこんな所でウジウジしててどうすんだよ?」
「だ、だが何度も言っているが私は犯罪者なんだぞ!?そんな奴が指揮を取るなど……!」
「あぁそうだな。あんたは犯罪者だ。それは疑いようのない事実だよ……けどな……!」
俺様は深く息を吸うと、羽沼議長の目をまっすぐに見て話し始める。
「それがこんな所で塞ぎ込んで、ウジウジしてていい理由にはならねぇんだよっ!」
「……っ!」
「責任から逃げるな!あんたが反省してるのは分かったけど、悪いと思ってんなら自ら指揮を取ってこの問題を解決させろ!その責任があんたにはあるし、それでいて今のゲヘナにはあんたの力が必要なんだよ!甘ったれたこと言ってんじゃねぇ!」
「……」
「それに羽沼議長、俺様はいくらなんでも反省してないやつに部隊の指揮をしろなんて事は言いませんからね?俺様がこうしてあんたに指揮を取ってくれって言ってるのは、あんたが罪と向き合って反省する気があるって判断したからこそです。」
「タツミ……」
「……羽沼議長。あんたが今回の事を本当に悪いと思ってて、心の底から反省して罪を償うってんなら……俺様はあんたを許すつもりでいます。」
「……!」
俺様の言葉を聞き、羽沼議長は目を見開く。
「……許してくれるというのか?こんな私を?」
「えぇ、間違いは誰にだってありますからね。重要なのは間違ったことじゃなくて、その後にどうするか……ですから。」
俺様はそう言うと、一旦言葉を区切る。
正直、トリニティの人達からしたら羽沼議長は速攻で矯正局へブチ込んでしかるべき人物なのは間違いない。
そして、俺様もそれに関しては概ね同じ意見だ。
羽沼議長は全てが終わったら罪を自白して謝罪し、矯正局へ自首した上でしばらくそこで刑期を全うしてもらわなければならないだろう。
こんな、下手をすればキヴォトス史に残ってもおかしくないくらいのことをしでかしてしまったんだ。
ただ罪を反省するだけで許されて良い訳がないし、そうじゃなければ筋が通らないからな。
……けど。
「アリウスは元々俺様達も始末するつもりだったとアリウススクワッドから聞きました。だからそそのかされたって意味では全責任が羽沼議長にあるとは思いません……それでも、罪が重いのは間違いないですけどね。」
「……あぁ。」
「確かにあんたは許されないことをした。でもアリウスに騙されてたわけだしそうやってショックを受けてるなら反省はしてますよね?なら情状酌量の余地はある。」
「……」
「それに……俺様は過去にあんたに救われました。あんたは俺様を認めてくれた、実力や存在を認めてくれた上で褒めてくれたし、時には叱ってもくれた。だからこそ俺様は俺様で居ることが出来ているんです。」
羽沼議長は俺様に失敗しても仕事を振ってくれた。
信頼してくれた。
戦場で戦果を上げられなくても労ってくれた。
1年生なのに外交を任せてくれた。
そして……失敗しても何度もチャンスを与えてくれた。
そう、羽沼議長は俺様にとっての恩人なんだ。
あんたのお陰で、俺様は胸を張って万魔殿の一員だと誇りを持って声高らかに宣言できるんだから。
我ながら甘いのは分かっている。
けど、それでも俺様はこの人を許してやりたいんだ。
そう、俺様は過去に羽沼議長に救われた。
その恩をまだまだこの人には返しきれてない。
それに……人を助けるのに理由はいらないからな。
そうだろ?
「俺様は何度失敗してもあんたからチャンスをもらったし、今だって失敗することはあるけどそれでもあんたは次はしくじるなよってチャンスをくれた。……なら、俺様からもチャンスをあげないと不公平でしょう?」
「し、しかし……」
「羽沼議長。俺様はあんたと一緒に謝ります。矢面にだって一緒に立ちます。どんな批判だって受けてやりますよ。だから今一度立ち上がってほしい。ゲヘナとトリニティのみんなのために力を振るってほしいんです!」
「タツミ……何故そこまで……」
「そんなもん決まってる!あんたは俺様にとっての恩人なんですから!俺様はあんたに救ってもらった、だったら今度は俺様があんたを助ける番だ!」
俺様は感情を露わにし、声を大にして叫ぶ。
「甘いのは分かってる!でも、理屈なんて関係ない!誰かがあんたを糾弾したって俺様が全部庇ってやる!それでも、罪を認めてそれを償うつもりでいるあんたを糾弾するなら俺様がそいつをボコボコにしてやるよ!」
「タツミ……」
羽沼議長は今回大きな間違いを犯した。
だからそれは大いに反省してもらわなければならない。
……だけど、そこでしっかりと反省した後に前に進む権利は羽沼議長にだって必ずあるんだ。
だから今回のことをしっかりと詫びた上で、羽沼議長には再び前へと進んでもらう。
彼女にもその権利はあるんだから。
もしも、その権利を否定する奴が居るのなら……そんな大バカ野郎は俺様がぶん殴ってやる。
「……そして、全てが終わったら矯正局に出頭して罪を償ってくれ。あんたが矯正局から出てくるまでの間は俺様や万魔殿のみんなが必ず戻ってくる席を守ってやる。そのためなら俺様はいくらだって頭を下げてやるよ。」
そこまで言うと、一旦深呼吸をする。
……俺様は口ではなんやかんや言ってはいるが、万魔殿の事がそれはもう大好きだ。
他の組織からの誘いがあったこと一度や二度じゃない。
風紀委員会からは一時期熱心に空崎委員長や火宮から誘いがあったし、給食部の2人からも何度も誘われた。
救急医学部の氷室先輩からの誘いもあったし、それ以外にも誘いを受けた組織は結構な数になると思う。
それでも、俺様はその誘いを全て断って万魔殿に残っている。イブキが居るってのはもちろんそうだけど、一番の理由は俺様自身も万魔殿の事が好きだからである。
京極先輩が催眠術の練習をしていたら自分でかかって騒動になって、棗先輩がそれを見てため息を吐き、元宮先輩が爆笑しながら写真を取り、それを見た俺様が呆れつつイブキは楽しそうにニコニコしているような、そんな万魔殿のかけがえのない日常が俺様は大好きなんだ。
……そこに羽沼議長がいないなんてのは考えられない。
羽沼議長は万魔殿でいつも通りドヤ顔を浮かべてくだらない企みをして皆から呆れられて、俺様にしばかれてイブキに慰められているのが似合うからな。
きっと羽沼議長は糾弾されるだろう。
それこそ、万魔殿の議長の座から下ろそうとする奴だって出てくるかもしれない。
そしてそれは至極当たり前のことだとは思う……けど、何度も言うが俺様は羽沼議長以外の議長を認めるつもりはない。これだけは何が何でも譲れないんだ。
だから……羽沼議長が万魔殿の議長でいられるためなら、俺様はいくらだって頭を下げてやる。
「羽沼議長、俺様は万魔殿の一員であることに誇りを持っています。」
確かに仕事は多い、嫌になることだってたくさんある。
けど、それ以上に俺様は万魔殿の皆が好きだ。
羽沼議長はアホだし考えなしだし世話の焼ける人だけど部下を思う気持ちは本物だし、いざというときには頼りになるし、こうしてラインを超えた悪事を働いた際はきちんと自分の罪を認められる潔さもある。
棗先輩はサボり癖はあるけどだるいだるいって言いつつもああ見えて誰よりも一番の頑張りやだし、俺様と同じく羽沼議長にはいつも呆れてるけど心のなかでは誰よりも深い信頼を置いていることを知っている。
京極先輩はどこか抜けている部分もあるけど基本的には良識のある人だし、催眠術の練習には付き合うこともあるけどその度に礼を言ってくれるし、3年生と言うこともあって羽沼議長に強く物を言える人物だ。
元宮先輩は楽観的だけど実は一番感性的には一般人に近いものを持っているし、なんだかんだ言いつつも気が利いて皆に足りないところをさりげなく補ってくれる視野の広さとフットワークの軽さを持ち合わせている。
イブキは言うまでもないだろう。
万魔殿全員のアイドルであり、俺様の最愛の妹。
そんなみんなが俺様は大好きなんだ。
そして俺様を含めたこの6人。
そう、万魔殿はこの6人じゃないと始まらないからな。
俺様は万魔殿の一員である事に誇りを持っている。
万魔殿に入って良かったと胸を張って言える。
羽沼議長が頑張って作り上げた万魔殿で働くことが出来て、俺様は幸せなんだから。
「……俺様はあんた以外の議長を認めるつもりはありませんからね、羽沼議長。」
「……っ!」
羽沼議長を始めとして、6人揃ってこそ万魔殿なんだ。
1人でも欠けるなんてのは俺様は絶対に認めない。
「だからもうそんな顔しないでください。万魔殿の議長はあんたしかいないんですから、羽沼議長。」
「タツミ……私は……私はっ……!」
俺様はそう言うと、いつの間にか目から涙を流して嗚咽を挙げている羽沼議長の涙をそっとハンカチで拭く。
そして、何も言わずに無言で羽沼議長の頭に手を乗せるとその手を左右に動かした。
「……我慢しなくていいです、ここにはあんたと俺様しかいませんから。」
「う、うああああぁぁぁぁっ!」
そんな俺様の言葉にとうとう羽沼議長は涙腺が決壊したのか、恥も外聞もなく俺様にしがみついてくると胸に顔を埋めて子どものように泣きじゃくる。
俺様は、そんな羽沼議長の背中を擦ってやりながら彼女の気の済むまで胸を貸すのだった。
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「……すまないタツミ。見苦しい姿を見せたな。」
「気にしないで下さい。」
あの後しばらく俺様の胸で涙が枯れるまで号泣した羽沼議長はすっきりしたようで、泣き腫らした真っ赤な目で俺様を見つめてきながらしおらしくそう言った。
「……私は本当にいい部下を持った、誇らしいよ。」
羽沼議長は未だに涙の溜まっている瞳を浮かべながら、穏やかに微笑みながらそう言った。
そのあまりにも普段の表情とはかけ離れた女性らしい雰囲気に、俺様は図らずとも一瞬だけドキッとする。
「……どうした?」
「い、いえ。なんでもないっすよ。」
羽沼議長は不思議そうに首を傾げるが、俺様は顔を背けて同様を表に出さないようにして誤魔化す。
言えない!不覚にも普段アホ面を浮かべて面倒くさい上司だなぁと思ってる人にドキッとしたなんて言えない!
「……タツミ。」
「はい。」
「ありがとう、お前に言われて目が覚めたよ。」
「……まったく、気がつくのが遅いんですよ。」
目の前で瞳に溜まった涙を拭いながら、何かを決意したような表情を浮かべてそう言い切る羽沼議長。
そんな彼女を見て、俺様は笑顔を浮かべてそう言った。
「そうだ。私は万魔殿議長、羽沼マコト様なのだ。ならこの事態……責任を持って収めねばなるまい。それが上に立つものの責務でもある。お前に言われてようやく気がつくことが出来た。」
「……はい、そのとおりです。」
「キキキ……それにこの状況は逆に考えればこのマコト様の名を轟かせるいい機会やもしれんしな!」
「……うん?」
羽沼議長は涙を拭い終わるといつも通りのドヤ顔を浮かべると、これまたいつものような特徴的な笑い声を上げながらそんな事を言い始めた。
「……おい羽沼議長。俺様はあんたに立ち直れとは言ったけどくだらん悪巧みをしろとは言ってねぇからな?」
「キキキ、何を言っているんだタツミよ。これは決して悪巧みなどではない!」
「……アホ議長。あんたの態度によっちゃ問答無用で矯正局へブチ込んで永久に幽閉してもいいんだぞ?」
「な、何ィッ!?さっきまでのあんなに優しかったタツミはどこへ行ったというのだ!?」
「舌の根も乾かねぇうちにバカなこと言うからだろ!ほんっとに手のかかる議長だなあんたはよォ!!!」
目の前でアホ面を浮かべながら驚愕する羽沼議長に対して、俺様は詰め寄りながら大声でそう叫んだ。
まったく……ちょっと元気になったらすぐこれかよ。
本当に懲りねぇ人だ。
(……まぁ、でも。)
やっぱり、羽沼議長にはしおらしい顔よりもこっちのアホそうな表情でドヤ顔を浮かべているのが似合う。
「タツミ。」
「なんすか?」
「いいか。今からこのマコト様が万魔殿の、ゲヘナの指揮を取って必ずやアリウスを殲滅してやる。」
「いや、殲滅するまでは行かなくてもいいんじゃ……」
「何を言っている。アリウスはお前に傷をつけてくれた張本人なんだぞ?草の根を残すのすら生ぬるい。」
「……それはそうですけど。」
羽沼議長は真面目な表情にすっと切り替わると、瞳に確かな怒りを浮かべながらそう言った。
……まぁ無理もないだろう。
俺様はアリウスの目を見ているから彼女達の境遇を分かってるけど、羽沼議長を初めとしたゲヘナやトリニティのみんなはそんなこと知る由もない。
客観的に見れば、アリウススクワッドやアリウス分校の連中はエデン条約の調印式にミサイルを落として会場に襲撃をかけてきたただのテロリストにすぎない。
その事は俺様も理解している。
ゆえに、強く言うことは叶わなかった。
「……そして全てが終わったら必ずトリニティや先生、風紀委員会に罪を自白して謝罪すると約束する。」
俺様がそんな事を考えていると、羽沼議長は俺様に一歩近寄ってくるとそう言った。
「正直、私はトリニティや風紀委員会の事はお前に散々言われた今でも好かん。」
「そりゃそうでしょうね。羽沼議長が俺様に言われた程度で好き嫌いが変わるなら苦労しませんよ。」
それにそれ自体は別に悪いことではないとも思うしな。
俺様は元々転生者ってのがあって、ゲヘナで育ったけどトリニティに対する偏見がほとんどない状態だ。
だからトリニティに対して憎しみなんてこれっぽっちもないし、同じキヴォトスに生きる仲間って認識をしているわけだな。
けど、羽沼議長達ゲヘナの生徒は違う。
元々この世界で生まれて、ゲヘナの教育を受けて育ってきた生徒がトリニティに対して憎しみを抱くのは自然なことだしそれが悪いことだとは思わない。
そりゃもちろんそんな教育を受けてきてもなおトリニティに偏見のない空崎委員長みたいな人も居るけど、それは例外だってことは理解している。
そして、それはトリニティに対しても同じ事が言える。
まぁ、流石にお互いに憎み過ぎだからもうちょっと仲良く出来ないかって思ったことは何回もあるけどな。
それもあるから、俺様としてはエデン条約はなんとしても締結してほしかったってのもあるし。
「だが、今だけはトリニティの連中や風紀委員会のためにも我が腕を振るおうではないか。……奴らに対する私からの贖罪の意味も込めてな。」
羽沼議長は決意した表情でそう言う。
……本来、トリニティや風紀委員会嫌いの羽沼議長が彼女達のためにって決意するのは相当な覚悟はいるはずだ。
俺様は例え嫌いな相手だろうが、犯罪者だろうが誰でも助けるって信念があるからそんな連中にも手を貸しているがそれが普通じゃないことは理解している。
普通、人ってのは嫌いな相手に対しては辛辣なもんだ。
それこそ痛い目を見ていても痛快に思いこそそれど、手を貸すなんてことはしないだろう。
俺様の考えが狂人よりなのは自分が一番理解している。
でも、羽沼議長は嫌いな相手のために腕を振るうと言っている。彼女達に助力すると言っている。
その覚悟は、彼女の表情からしてもひしひしと伝わってくる。羽沼議長の覚悟は間違いなく本物だろう。
……こういうところなんだよな。この人のこういうところを見て、俺様はついていこうって思ったんだよな。
やはり、普段からあれだけ問題児だらけのゲヘナにおいてトップを張れるだけのことはある。
普段は自分の好き嫌いだけで動くような子どもじみた性格だけど……ほんとに憎めない人だよ、この人は。
「そして、全てが無事に収束した際には……お前の言う通り、矯正局に出頭でもしてくるとしよう。」
「羽沼議長……」
「分かっているさ。こんな事をして謝罪だけで済まされるわけが無いということくらい。私も組織のトップに立つ人間だ、これほどまでのことをした奴に何かしら目に見える罰が必ず必要なのは理解している。」
まぁ、それはそうだな。
こんなことをした以上、罪を自白して土下座をした程度ではとてもじゃないが世間は許してくれないだろう。
矯正局に入って刑期を全うして罪を償うっていう、目に見えて分かる「反省しています」という意思が必要だ。
俺様自身は羽沼議長を許してやりたいけど、それも矯正局に入って自分の罪と向き合った上でって話だからな。
「……そうですね。あんたには矯正局に入って罪を償ってもらわなきゃならない。そうじゃなきゃ、俺様はあんたを許すわけにはいきません。」
……正直、羽沼議長の刑期がどのくらいになるかは俺様にだって想像がつかない。
アリウスに騙されていたことや、これからゲヘナを率いて騒動を収めるってことを考慮しても……かなり厳しいものになっちまうのは想像に難くないだろう。
「……けど。」
「……?」
「何度でも言うけど、万魔殿の議長は羽沼マコトだ。」
「タツミ……」
俺様の言葉を聞き、目尻に涙を浮かばせる羽沼議長。
そうだ、何度だって言ってやる。
万魔殿の議長は羽沼マコトしかいないんだ。
あんた以外の議長を、俺様は断固認めるつもりはない。
「それに羽沼議長はコイツをくれたじゃないですか、」
俺様は肩に背負ったブークリエをコンコンと拳で軽く叩きながらそう言った。
そう、ブークリエは何を隠そう俺様が万魔殿に所属することになった際にお祝いとして羽沼議長からもらった銃なのである。
そして、それは折りたたみシールドも同様だ。
初めはフルオートのショットガンなんて癖の強すぎる武器を渡されて困惑したけど、今ではこの武器を極めることが出来て良かったと思っている。
こいつを極めたおかげで、俺様は最前線に立って仲間達を守り続けることが出来ているのだから。
それにこの盾だって折り畳めて軽い上にめちゃくちゃ頑丈で、振り回してもこわれないし多少雑に扱っても壊れる素振りすら見せないほどの堅牢さを誇る。
どっちも文字通りの相棒で、命を預ける大切な武器達。
それを与えてくれたのは羽沼議長なのだから。
それにあの防弾チョッキだって、羽沼議長がくれて無ければ俺様は確実に死んでいただろう。
羽沼議長に命を救われたと言っても過言ではない。
「だからあんたが刑期を終えて出てくるまで、俺様はいつまでだって万魔殿の議長席を開けて待っててやる。」
あんたがきちんと罪を償った後、堂々と胸を張って帰って来る場所を万魔殿の皆と一緒に守り抜いてやるよ。
誰に何と言われようが後ろ指をさされようが構わない。
笑いたければ笑え、バカにしたければすればいい。
甘いのは重々承知の上だ。
それでもこれだけは譲れない。絶対に譲れないんだ。
「必ずあんたの議長の座は俺様達が守り抜く。」
「しかし、こんな事をしては議長の座が危ういのはお前とて分かるだろう?それに私はお前を傷つけてしまった、そんな私が議長を続けるなど万魔殿の皆が……」
「なら、今から聞いてみますか?」
俺様は笑みを浮かべると、自信満々にそう言った。
羽沼議長はこう言ってるけど、万魔殿のみんなはなんだかんだ言いつつも羽沼議長を敬愛している奴ばかりだ。
棗先輩だって、京極先輩だって、元宮先輩だって。
もちろん俺様やイブキだってそうだ。
そもそも、羽沼議長を敬愛していないなら万魔殿に所属するメリットなんて皆無にも等しいだろう。
だから、そんなの聞くまでもないだろう?
みんなあんたを愛してるから万魔殿に居るんだよ。
あんたを尊敬してるから、ワガママをハイハイって聞いてため息を付きながらも笑顔を浮かべてるんだよ。
まったく……部下の好意に気づけよな、このニブチンが。
「きっと、みんなあんたが議長がいいって言うでしょう。あんたが議長じゃない万魔殿なんて、万魔殿じゃないんですから。」
「……そうか。私は本当にいい部下を持ったな。」
「えぇ、誇ってくれてもいいんですよ?」
「もちろん。お前達は私の誇りだよ、タツミ。」
……なんか、面と向かってそう言われると照れるな。
「だから羽沼議長。俺様達は待ってますから。あんたが罪を償って万魔殿に返ってくるその日まで……いつまでだって待ってますから。だから罪を償ってきて下さい。綺麗になって帰ってきて下さい。それまで万魔殿は俺様達で守ってみせます。約束します。」
「……すまない。迷惑をかけるが、頼むぞ。」
「はい、任せて下さいよ!」
俺様と羽沼議長は顔を見合わせると、お互いに笑みを浮かべながらそう言った。
「そのためにもまずはアリウスをなんとかせねばな。」
「はい。みんな待ってますよ、羽沼議長。」
「あぁ……待たせて悪かった。早速イロハやサツキと合流して指揮に入るとしよう。」
「はい、よろしくお願いします。羽沼議長!」
その後ジャージから万魔殿の制服に着替えてボサボサだった銀髪のロングヘアーをセットし直しいつものサラサラヘアーに戻した羽沼議長は早足で部屋を出て、万魔殿のみんなの待つ場所へと向かって走り出す。
その顔には強い決意が宿っており、羽沼議長の心情を感じさせるものだった。
……あの様子ならもう大丈夫だろう。
「まったく、世話の焼ける議長だよ。」
それを見た俺様は心底安心しつつ、ズキズキと痛む脇腹を押さえながら病室へと戻るために足を踏み出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「お前達、待たせたな。」
「あ、マコト先輩だ!」
「マコトちゃん!?」
「……まったく、来るのが遅いんですよ。マコト先輩。」
「……悪かった。タツミに叱られて目が覚めたよ。ここからは私が万魔殿の指揮を執る。協力してくれるな?」
「えぇ、もちろんよ!」
「はぁ……ふふ、仕方ないですね。」
「うんうん、やっぱり万魔殿はマコト先輩が元気じゃないとしっくりこないですからね!」
「お前たち……」
「サツキ、私が指揮を放棄したせいで迷惑をかけたな。お前には本当に感謝してる。」
「本当よもう!……けど、マコトちゃんが元気になってくれて本当に良かった。今からでも遅くないわ、アリウスに目にもの見せてやりましょ!」
「イロハ、戦車部隊を率いて前線に立ち続けてくれてありがとう。負担をかけてしまってすまなかった。」
「……まぁ今回の件はマコト先輩だけの責任じゃありませんからね。それに前線に立つのは戦車長としては当然のことですから。気にしないで下さい。」
「チアキ、偵察や情報収集等の危険な任務を引き受けてくれてありがとう。負担をかけてすまないな。」
「ふふ、その辺りは私の得意分野ですからね!適材適所ともいいますし、引き続き任せて下さいマコト先輩!」
「イブキ、お前の兄があんな大怪我を負ったのは私の責任だ。本当に申し訳ない。」
「……マコト先輩、お兄ちゃんと話したんだよね?」
「あぁ、話してきた。お前の兄はいい男だ、大切にしてやるんだぞ。」
「うん!マコト先輩が元気になって良かった!」
「……ありがとう、イブキ。」
「お前たち、結果的には私のせいでタツミはあんな大怪我をしてしまった。本当に申し訳ない。」
「何を言ってるんですかマコト先輩。確かに貴方のやった事は許されることじゃないかもしれませんけど、タツミが怪我をしたのは他ならぬアリウスのせいです。」
「イロハ……」
「……行きましょうマコトちゃん。今はアリウスや、ユスティナとか言う連中を倒すのが先決よ。もちろんマコトちゃんにはふかーく反省してもらうけど、それはこの戦いが終わってから……ね?」
「サツキ先輩の言うとおりです!さぁ行きましょう、マコト先輩!指示を受ける準備は出来てますよ!」
「サツキ……チアキ……」
「マコト先輩。イブキは……マコト先輩はダメなことをしたと思うけど、それを悪いことだって反省してるのはとっても偉いと思うから!それに、お兄ちゃんとお話したのなら同じ事を言われたんじゃない?」
「イブキ……あぁ、そうだな。タツミからも同じ事を言われたよ。」
「なら大丈夫だよ、お兄ちゃんがそう言うならマコト先輩の事を許してあげている証拠だから。お兄ちゃんは自分が許せないと思ってる人にそんな事言わないもん。」
「……そうか。そいつはありがたいことだ。」
「うん!行こう、マコト先輩!」
「あぁ!必ずアリウスとユスティナを叩きのめす!」
「行くぞお前たち!」
「うんっ!」
「……やってやりましょう。」
「えぇ!行きましょう!」
「本気を出した万魔殿の力、見せてあげますよー!」
ちょっとリアルが忙しくなってきたのと
書き溜めのストックが減ってきたので
もしかすると更新頻度を少し落とすかも知れません
その場合はまた告知させていただきます
楽しみに待ってくださってる方々のためにも
なるべくこの頻度で更新できるよう頑張ります