病室へ戻る彼の前に現れた人物とは……
あれから万魔殿のみんなの元へと駆けていく羽沼議長を見送った後、トリニティの校舎を通って救護騎士団の本部へと戻ってきた俺様だったのだが……何やら建物に入った瞬間に建物内が騒がしいのに気がついた。
「負傷者はどちらへ運べばいいですか!?」
「第1病室はいっぱいです!新たな要救護者は第2病室へ運んでください!」
「しっかりしてください!もう安心ですよ!」
「うぅ……ごめんシスターさん……」
ゲヘナの救急医学部の制服を着た生徒と、トリニティの救護騎士団の制服を着た生徒とやり取りをしているのは先程までは居なかったはずのベールを被った生徒達……シスターフッドの部員達のようだった。
俺様の記憶が正しければシスターフッドは今歌住先輩に率いられてアリウスとの戦闘に加わったりトリニティの混乱を収めるために動いているはずだが……それがなんで救護騎士団内でこんなにも慌ただしく部員達が動いているんだろうか?
彼女達は肩や足から血を流す風紀委員会や正義実現委員会の生徒たちに肩を貸して病室へ運んでいるようで、慌てた様子で救護騎士団内を駆け回っている。
……どうやら、想像以上に古聖堂周辺でのアリウス及びユスティナとの戦闘が激化しているようだ。
(……思ったより負傷者が多いな。)
目の前で繰り広げられる光景を視認しつつ、俺様は心の中で舌打ちをする。
アリウススクワッドを初めとしたアリウスの連中と戦って感じたが、アリウスの連中は相当手強い。
恐らく相当厳しい戦闘訓練を積んでいるのだろう。
風紀委員会だって普段からゲヘナの札付きの不良やテロリストどもと対峙しているし正義実現委員会だってこの前共闘した時に練度は充分だと感じたのだが、それでも双方に負傷者が出てしまう辺りアリウスの生徒たちがいかに強力なのかがよく分かる。
あとは……何と言っても、やはりユスティナ聖徒会の亡霊のようなシスター集団が厄介だ。
どこから沸いて出てくるのかは分からないが、圧倒的な数の力でゲヘナとトリニティを押し潰そうとしてくる。
いくら風紀委員会と正義実現委員会が強力でも、倒しても倒しても無限に沸いてくる奴を相手にするのはメンタル的にも相当きつい。
……恐らく、ゲヘナは羽沼議長が合流して持ち直しているだろうしトリニティ側も回復した剣先委員長を初めとした正義実現委員会が前線に居るはずだ。
だからすぐに崩れることはないだろうけど、この状況が続けば戦況はどう転ぶか分からない。
(くそ、この怪我さえ無ければ……!)
ズキズキと痛む腹を抑え、俺様は拳を握りしめる。
本当なら今すぐにでも盾とブークリエを構えて戦場へ駆け出したいが、さんざん皆からは安静にしていろと言われてしまったからな……ここで飛び出して行くのが良くないことは俺様だって分かりきっている。
現に俺様は今やっと歩けるくらいまで体力が回復したところなのだ、こんな状態で戦場へ出た所で戦力になるどころか足を引っ張るのは目に見えている。
この傷のお陰で戦場に出ることが叶わない自分の無力さに腹が立つが、今はなんとか頑張ってもらうしかない。
……ワカモを守ったことに後悔はない。
あいつは俺様に力を貸してくれたんだし、普段は敵同士とは言えあの場では背を預けて戦う仲間同士だった。
なら、彼女を守るのは当然のことだからな。
とは言え、みんなにも散々叱られてしまったけど流石に体を使って守ったってのが良くないのは確かだろう。
そのせいで怪我をしてしまったし、色んな人に心配をかけてしまった……俺様もまだまだ未熟者ってことだな。
くそ、この怪我さえ無かったら今頃は戦場に立ってこの盾でみんなを守れていたっていうのに……!
……まったく、本当に自分の浅はかさが嫌になってくる。
(けど、流石にこれを見過ごすわけには……)
目の前で負傷者に肩を貸したり、ゲヘナとトリニティの垣根を超えて励まし合っている生徒達の姿を見て俺様は内心でそう呟いた。
……確かに俺様は戦闘行為を先生や氷室先輩から禁じられてはいるけど、ここで負傷者の治療や誘導の手伝いをするくらいであれば構わないんじゃなかろうか?
戦闘をするわけではないし、俺様は火宮から簡単な応急処置の仕方なら教わっているので軽いけがをした負傷者くらいなら俺様でも治療できるだろう。
それに何よりも、こんな状況を黙って見ているだけなんてのは俺様自身が許すことは出来なかった。
(よし、ならひとまずその辺の生徒に声を……)
「……タツミさん?」
そう思った俺様は、一番近くのシスターフッドの生徒に状況説明を頼むために声をかけようとした瞬間だった。
突如、俺様の後ろから聞き覚えのある声がかけられる。
「……歌住先輩?」
俺様は思わずそちらの方を振り向くと、そこには銀髪ロングヘアーのベールを被ったシスターフッドの長、歌住サクラコ先輩の姿があった。
彼女の瞳と俺様の視線がバッチリと交わる。
「タツミさんっ……!」
その瞬間、歌住先輩は瞳に涙を溜めると一も二もなく俺様へと向かって駆け出してくる。
あまりにも唐突な行動に俺様が混乱していると、彼女はそのまま俺様に飛びつくように抱きついてきた。
瞬間、彼女の体温が体に伝わってくる。
「ちょ!?歌住先輩!?」
「タツミさん……!よくぞご無事で……!」
歌住先輩は感極まったような声色でそう言うと、俺様の腰に手を回してそのまま体を押し付けてくる。
あ、歌住先輩って厚着してるから良く分からなかったけどめちゃくちゃスタイルいいんだな……
……ってそんな事冷静に考えてる場合じゃないだろ!?
当たってる!当たってるって柔らかいものが!
あとなんかいい匂いするし!
「ちょ、ちょっと歌住先輩!?まずいですって!」
流石にこんな人の目がある場所で、シスターフッドの長がゲヘナの生徒である俺様とこんな事をするのは良くないだろう。
そう思った俺様は慌てて歌住先輩の肩を掴む。
そして、そのまま肩をそっと押して歌住先輩から距離を取ろうとした瞬間だった。
「私、タツミさんが銃弾を受けて倒れたと聞いたときから気が気ではありませんでした……!タツミさんがご無事で本当に良かったです!」
歌住先輩は涙でくしゃくしゃになった顔でこちらを見上げて覗き込んでくると、必死で作った笑顔を浮かべながら心底安堵したような声色でそう言った。
彼女の瞳からは大粒の涙が零れ落ちており、それはまるで宝石のようにキラキラと輝いてる。
……流石に往来の場でこんなことをするのは良くないと思ってたけど、女の子のこんな姿を見せられてそんな事ができるほど俺様は薄情なやつではなかった。
「……すみません、ご心配をおかけしてしまって。」
俺様はなるべく歌住先輩を安心させるようにそう言うが、歌住先輩は涙を流し続ける。
……歌住先輩にも随分と心配をかけてしまったようだ。
本当に申し訳ないことをした……反省するしかない。
「それより、歌住先輩こそご無事で何よりです。」
「私のことはいいのです。聞けばタツミさんは先生を逃がすために殿を務めてそこで負傷したとのこと……そんな時に私は瓦礫の下で埋まっていたのですから、こんなに無力なことはありません……!」
「それは歌住先輩のせいじゃありませんよ、悪いのはアリウスの連中なんですから。」
元を正せば今回こんなことになったのはアリウスを裏で操っている悪い大人のせいだし、俺様が怪我をしたのだって全ては自分自身の力不足が招いた結果だ。
それに、さっき見舞いに来てくれた先生の話によれば歌住先輩もミサイルを食らって瓦礫の下に埋まっていたところを助け出されたと聞いている。
幸い軽症だったらしいが、いくら軽症とは言え多少なりとも回復に時間はかかるだろう。
その証拠に、歌住先輩の身体には包帯が所々に巻かれておりまだ万全の状態ではない様子が見て取れる。
そんな状況なのに、こうして体の痛みを堪えながらもシスターフッドを率いて事態の収束のために動いてくれている訳だからな。
むしろ礼を言うべきでことであって、歌住先輩が責任を感じる必要はどこにもないと断言してもいい。
「だから歌住先輩、あまり気を病む必要は……」
「……許しません。」
「……え?」
そう考えた俺様は歌住先輩を励ますために声を掛けるが、歌住先輩はシスター服の袖で涙を拭うと俯いたまま底冷えするような冷たい声でそう言った。
普段の彼女とは違う、どこまでも冷酷な声色に俺様の背筋が寒くなる。
「タツミさんをこんな目に合わせるなんて……許しませんよ、アリウス分校……!」
燃え上がるような怒りを瞳に宿した歌住先輩はそう言うと、言葉通りアリウスへの怒りを滾らせているようで彼女の端正な顔立ちがどんどん怒りへと染まっていく。
彼女からは俺様でもハッキリと感じ取れるほどの背筋の凍る殺気と、周囲にいるもの全てを跪かせてしまうような圧倒的な威圧感が滲み出ていた。
その姿は普段の穏やかな歌住先輩とはほど遠い、普段から歌住先輩が「よく勘違いされる」と言っている姿そのものに見える。
……モモトークやトリニティに出向いていた時によく話していたけど、歌住先輩は勘違いされる事を嫌っている。
現に周囲のシスターフッドの部員たちや救護騎士団、救急医学部の部員達は俺様達の様子を見てざわざわとにわかに騒がしくなり始めていた。
まぁそりゃこんな往来の場でシスターフッドの長がゲヘナ生にしがみついてるんだから注目されるのは仕方ないんだけど……今はそんな事を考えている場合じゃねぇ。
このままではまずい。
そう感じた俺様は、咄嗟に歌住先輩の頭に手を置いた。
「シスターがそんな顔しちゃ駄目ですよ、歌住先輩。」
そして、俺様は歌住先輩の頭をそのままポンポンと撫でながら笑顔を作ってそう言った。
「ふぇ!?た、タツミさんっ!?」
歌住先輩は俺様に頭を撫でられたことに動揺したのか、みるみるうちに顔をトマトのように真っ赤にすると先程までの息苦しいほどの殺気や威圧感が離散していく。
「まぁその、俺様がこんな事を言うのも変な話だと思いますけどアリウスだってやりたくてこんな事をしてるとは到底思えないんですよ。」
「……それでも、彼女達がタツミさんを傷つけたのは紛れもない事実なのですよ?」
「それは分かってます。だから俺様もアリウスを許すことは出来ません。けど、歌住先輩にそんな顔はして欲しくないんです。」
そう、怒りで我を忘れるような事があってはならない。
特に歌住先輩の場合、シスターフッドの長っていう立場もあるからな……
彼女のこんな姿を見たらきっとシスターフッドの生徒達は激しく動揺することだろう、だって歌住先輩は普段は笑顔を絶やさないとても素敵な人なのだから。
それに、元はと言えばアリウスと戦って負傷しちまったのはひとえに俺様の実力不足が原因だ。
俺様の不甲斐なさでこれほどまでに歌住先輩に心配をかけてしまっていることを申し訳なく思う。
……だけど。
「……けど、その気持ちはとても嬉しいです。」
歌住先輩はなおも不服そうに食い下がるが、俺様は彼女に対して感謝の言葉を述べた。
だって、これほどストレートに感情をむき出しにして俺様のために怒ってくれて嬉しくない訳がないだろう。
その気持ちはすごくありがたいし、嬉しいものだ。
「ありがとうございます、歌住先輩。」
「……いえ、私の方こそありがとうございますタツミさん。危うく怒りで我を忘れるところでした。」
歌住先輩はそう言って、いつも通りの穏やかな笑顔を浮かべると気持ちよさそうに目を細めた。
……なんか、こうしてみると歌住先輩って結構童顔なのもあってまるでイブキを撫でてやってるみたいだな。
と言うか、さっきから歌住先輩やたら俺様の手のひらに頭をグリグリ押し付けてるんだが気のせいだろうか……?
……それにしても、心配してくれるのはもちろんありがたいんだけど俺様こんなに感極まって歌住先輩に抱きつかれるほど歌住先輩に何かしたっけ?
心当たりがあるとすれば、モモトークでシスターフッドの長と苦労してる愚痴を聞いてやったり、相談に乗ったり、トリニティに行った時に必ず顔を出してシスターフッドの手伝いをしてたくらいなんだがな……?
「サクラコ様!負傷した方々の誘導がおわり……ました……?」
そんな事を考えているときだった。
突如、本日2度目の聞き覚えのある声がその場に響く。
相変わらず俺様の手に頭を押し付けている歌住先輩を横目に声のした方を向くと、そこには驚いたように目を見開いている伊落の姿があった。
「た、タツミさん!?」
「よう伊落。お疲れさん。」
「も、もう出歩いて大丈夫なのですか!?」
「あぁ、先生や氷室先輩から出歩くだけならOKをもらったから大丈夫だぞ。心配かけて悪かったな。」
伊落は心配そうな顔をしてこちらに駆け寄ってくる。
そんな伊落に対し俺様は親指を立てながらそう言った。
「そうですか、良かったです。」
俺様の言葉を聞いた伊落は胸に手を当てて、心底安心したように微笑んだ。
しかし、すぐに表情を切り替えると俺様に対してしがみついている歌住先輩にジト目を向ける。
「それよりもサクラコ様?何をしているのですか?」
「ま、マリー!?こ、これはですね……!」
何故か冷たい声でそう言う伊落に対して、真っ赤な顔で慌てたような表情を浮かべながらそう言う歌住先輩。
……多分、そろそろ離れた方が良いんじゃねぇかなこれ。
なんか盛大な勘違いをされてる気がする。
と言うかさっきからあんま気にしないようにしてたけどこの状況は流石にまずいだろ……!
歌住先輩、スタイル良いから密着してるのは思春期真っ盛りの男子高校生である俺様には刺激が強すぎる……!
「……タツミさん!?」
「おい待て伊落!誤解!誤解だ!」
くそ!やっぱ誤解されてんじゃねぇかこれ!
とにかく、俺様にやましい気持ちは微塵もないことを説明するしかねぇ。
そう思った俺様は口を開こうとするが……
「説明……してもらいますね?」
「お、おい伊落……?」
……あっ、これあかんやつかもしれないな?
俺様の腕の中でワタワタと慌てる歌住先輩と、何故か頬をふくらませる伊落を前にした俺様はさてどう言い訳したものかと頭を回転させるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「もう!紛らわしいことをしないでください!」
「はい……すみませんでした。」
あれから伊落に対して事情を説明した俺様。
そして、俺様の話を聞いた伊落によって歌住先輩は手を当てて頬を膨らませた伊落にお説教をされていた。
なんか、3年生の歌住先輩が1年生の伊落に叱られて小さくなってるのは普段目にしないだけに戦線だな。
「タツミさんも軽率にそういうことをなさらないでくださいね!あなたの悪いところですよ!?」
「……すまん、気をつけるよ。」
……いや、歌住先輩はギリ分かるんだけど俺様も説教されてるのは違うんじゃないか?理不尽なのでは?
とは言え、伊落の言う通り軽率に女性の頭を撫でるのは良くなかったかもしれないな……歌住先輩も顔を赤くしていたし、もしかしたら嫌がっていた可能性だってある。
伊落の言う通り、今後は気をつけるとしよう。
「そ、それよりもマリー。負傷者の皆さんの誘導が終わったとのことでしたが……」
「あ、はい。先程誘導してきた方で一旦戦場の方で出ている救護者の方はもういません。」
「分かりました。感謝します、マリー。」
俺様がそんな事を考えていると、歌住先輩は即座に真面目な表情へ切り替わると伊落と現状確認をしていた。
あれから歌住先輩と伊落にアリウスとの戦闘の現状を説明してもらったのだが、どうやら俺様の予想通りあまりかんばしくはない様子みたいだ。
アリウスの訓練された生徒達や無限に沸いてくるユスティナ聖徒会に苦戦を強いられているようで、歌住先輩達シスターフッドも現地で正義実現委員会と協力してアリウスの対処に当たっているらしいがやはり苦戦を強いられているようだった。
そうこうしているうちに、風紀委員会や正義実現委員会両方の負傷者の数も段々と多くなってきてしまい現地に出向いている救急医学部と救護騎士団の部員達だけでは対処が追いつかなくなってきているらしい。
そのためシスターフッドの一部が要救護者を本部まで運ぶ役目を引き受けたそうで、その指揮を歌住先輩が行っており伊落はその補助をしているそうな。
そのため、救護騎士団の本部に歌住先輩がいた訳だな。
その他の近況も軽く説明してもらったがゲヘナ側は羽沼議長は合流して勢いを増しているらしく棗先輩が指揮を取っている万魔殿の戦車隊が最前線でアリウスと交戦、それを風紀委員会が援護する形となっているらしい。
トリニティ側は正義実現委員会は復帰した剣先委員長や羽川先輩が前線でアリウスと交戦中、シスターフッドの前線部隊を若葉先輩が指揮しながら戦っているとの事。
両校の攻撃を受けたアリウスやユスティナは徹底抗戦の構えを見せており、どうやらどちらかが折れるまで戦いは終わりそうにないとの事だった。
そして先生はゲヘナとトリニティ両校の指揮をしながら最前線に立ち続けているらしく、それと同時に補習授業部と連携して白州先輩とアリウススクワッドの捜索も同時に行っているそうだ。
俺様への見舞いといい、先生の仕事量が半端ないな……
この戦いが無事に終わったらマジで一度仮眠室に叩き込んで意地でも寝てもらうしかないな、うん。
「とりあえず状況は分かりました。ならせめて俺様も応急処置の手伝い位はさせてください。」
「何を言っているのですか!?タツミさんは大口径の弾をお腹に受けたのですよ!?こうして病室から出歩けているのですら奇跡のようなものなのですから、早く病室へ戻って体を休めてください!」
俺様がそう言うと歌住先輩は真剣な表情でそう言った。
……いや、それは分かっているんだけど流石にこの状況を見て何もしないわけには行かないと言うか何と言うか。
俺様はもう歩けるくらいまでには回復したんだし、戦闘をするわけじゃないんだから負傷者の応急処置程度ならしてもいいんじゃないのか……?
「いや、ですが……」
「……タツミさん?」
納得のいかない俺様は言葉を発しようとするが、そんな俺様に伊落が声を掛けてきた。
「……きちんと体を休めてくださいね?」
にっこりとした笑顔を浮かべながらそういう伊落。
……だが、彼女の目は全くと行っていいほど笑ってない。
謎の威圧感が伊落からは滲み出ていた。
「うっ……わ、分かった。そうさせてもらうよ。」
「ふふ、それならば良いのです。」
そのあまりにも彼女には似つかわしくない威圧感に気圧され、冷や汗をかきながら俺様は言葉を絞り出す。
その言葉を聞き、伊落は満足したように微笑んだ。
「ま、マリー……?」
そんな彼女の姿を見て、歌住先輩は震えた声でそう言った。その額には冷や汗が浮かんでいる。
シスターフッドで普段一緒に過ごしているはずの歌住先輩でさえ気圧されるこの謎の威圧感……
はは……これは伊落だけは敵に回さないようにした方がいいかもな?
正直言うとまだ納得はしていない。
歌住先輩や伊落が俺様のことを心配してくれているのは分かっているし、伊落が怒っているのも俺様に無理をして欲しくないからだと言うのも分かっている。
分かってるけど……それでも俺様はもう動ける身なのだ。
なら少しでも力になりたい……けど。
(流石にこれほど言われたらなぁ……)
自分が頑固なことは理解してるつもりだけど、ここで歌住先輩や伊落に対してワガママを言って困らせてしまうが良くないのもまた事実ではあるからな。
ここは大人しく病室へ帰って体を休めておくとしよう。
「サクラコ様!新たな負傷者が出たとの情報がシスターヒナタより入ってきました!」
そんな事を考えていると、突然シスターフッドの制服を来た部員がそう言いつつ血相を変えて飛び込んで来た。
「それは本当ですか!?」
「はい!なんでも正義実現委員会の前線部隊で負傷者が多数出たとのことです!ゲヘナの風紀委員会が援護をしてくれているようですが……!」
「分かりました、すぐ援護へ向かいましょう!マリー、準備をお願いします!」
「分かりました、サクラコ様!」
その報告を受けた歌住先輩はすぐ真剣な表情を浮かべると、すぐさま伊落に指示を出す。
歌住先輩からの指示を受けた伊落はすぐに周囲のシスター達へ声を掛け、人員をまとめている様子だ。
1年生なのに歌住先輩の補助を任せられているんだから、やっぱり伊落も優秀だよなぁ……
「タツミさん、聞いての通り戦場で負傷者が出ました。私達は再度戦場へ戻らねばなりません。」
「分かりました。お気をつけて、歌住先輩。」
「はい。タツミさんはどうかお気にならさずにご自身の体調を第一に考えてくださいね?」
「はい、そうさせていただきます。」
流石にあそこまで言われてなお、自分のワガママを貫き通そうとなどは思っていない。
歌住先輩の言葉に、俺様は素直に頷いた。
「サクラコ様!準備が完了しました!」
そうこうしているうちに、伊落が人員をまとめて準備が完了したらしい。
……いや、まだ指示を出されてからほとんど時間立ってないと思うんだけどこの短時間でよく準備出来たな。
流石は伊落、歌住先輩からの信頼が厚いのも納得だ。
「気を付けてな伊落。あと、若葉先輩にもよろしく言っておいてくれると助かるよ。」
「分かりました!タツミさんもくれぐれもご無理をなさらないでくださいね?」
「あぁ、肝に銘じとく。」
にっこりとした笑みを浮かべる伊落に対して、俺様は同じく笑顔を浮かべながらそう応えた。
「それではみなさん、行きましょう。」
「はい、サクラコ様!」
そして、歌住先輩の号令とともに伊落を初めとしたシスターフッドの部員達は一斉に行動を開始。
必要な物資や荷物をまとめ、先頭の歌住先輩に続いて救護騎士団の本部を後にしていった。
俺様はそんな彼女達を見送った後で、自分の病室へと帰るために歩き出す。
「……先生から連絡が来るまで休んでおくか。」
先生にはアリウススクワッドを発見したら呼んでくれって伝えてあるから、いざ呼ばれた時に体力が無くて動けませんでしたなんてことになったらそれこそ洒落にならないからな……
今は大人しくベッドで体力の回復に努めるとしよう。
そう思った俺様は救護騎士団本部の廊下を進み、自分の病室へと向けて歩き出す。
独特な薬品の匂いが鼻につく建物内を歩き、病室の並ぶ棟を通過しようとしたその時だった。
「……ん?」
ふと、何気なく視線をやった病室のネームプレートに見覚えのある名前が書かれているのを見つけた。
俺様は思わず見知った名前が書いてあるプレートに近寄って手を当てながら、その名前を口にした。
「空崎ヒナ……」
そう。
この病室はゲヘナ学園風紀委員会委員長、空崎ヒナ委員長の病室のようだった。
……空崎委員長といえば、俺様が氷室先輩の救急車で退かせた時に既にボロボロの満身創痍だった。
それもそのはず、彼女は巡航ミサイルを食らいながらもアリウスやユスティナの大軍を単騎で蹴散らして先生に飛んでくる銃弾をその身を賭して守っていたのだから。
銀鏡先輩の話によると、救護騎士団の本部へ運び込まれてから氷室先輩による緊急手術を受けたおかげで今は容体が安定しているらしく、病室にてゆっくりと体力の回復に努めている最中だって言っていたな……
空崎委員長には世話になってしまった
彼女の容体も気になるし、先ほどのような負傷者の救護とは違って空崎委員長と話をするくらいなら流石に反対する奴は居ないだろ……
そう思った俺様は空崎委員長の病室のドアの前に立つとコンコンとノックをする。
そして、そのまま部屋の前で少し待機していると……
「……誰?」
部屋の中から、よく知った声が聞こえてきた。
「どうも空崎委員長、丹花タツミです。」
「えっ……タツミ?」
その声に答えると、空崎委員長は面食らったようなやや間の抜けた声でそう言った。
「さっきまで羽沼議長のとこにいたんすけど、自分の病室に戻る途中でなんとなく病室のネームプレートを見て歩いてたら空崎委員長の名前を見つけたもんでして……」
「……マコトの?」
「えぇ、いつまでもウジウジしてたんでハッパをかけに行ってたんですよ。おかげさまで羽沼議長は立ち直ったみたいで、今は万魔殿の指揮をして風紀委員会と連携を取りながらアリウスの相手をしてくれています。」
「……そうなのね。」
「それより、見舞いってことで入っても良いですか?」
「……えぇ、いいわよ。どうぞ。」
空崎委員長は若干考え込んだような間を開けると、やがて俺様に対して入室許可を出してくれた。
それを聞いた俺様はドアノブに手をかけると、そのままノブを回してドアを開けて部屋へと入室する。
そして、真っ白で無機質な病室の中には病院着を身にまとってベッドに腰掛ける空崎委員長の姿があった。
「……無事だったのね、タツミ。」
「はい、おかげさまで。」
俺様の姿を見るやいなや、安心したような表情を浮かべてそう呟く空崎委員長。
そんな彼女に言葉を返した俺様は、見舞い者用のパイプ椅子に腰掛けて彼女と向き合うのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「負傷者が多数出ているのは状況的にあまり良くないです、急がねばなりませんね……!」
「……サクラコ様。」
「はい?どうかしましたかマリー?」
「先程どさくさに紛れてタツミさんに抱きついておられましたけど……」
「えっ!?い、いやあれはその……!タツミさんが無事だったので感極まってしまったと言いますか……!」
「それは構わないのですけど、お2人はいつの間にそんなに仲良くなったのですか?タツミさんがトリニティに来ている時に挨拶をしていたのは知っていますが。」
「えっと、実はタツミさんとはモモトークで結構お話をさせていただいておりまして。その際に悩みなども聞いてもらって居たらいつの間にか……」
「……私もそうですけど、シスターフッドの方々ってよくタツミさんに悩み事の相談をしていますよね?」
「……そう言えばそうですね。シスターヒナタも彼には悩みを聞いてもらっていると言っていました。しかも彼はこちらの言う事を真剣に聞いてくれますし。」
「基本的には聞くだけでアドバイスは求められない限りは一切しないですし、助言をくださる時もあくまでは自分の意見って付け加えた上で私達の事を考えて真剣にアドバイスをくださりますし……本当に神父様のようです。」
「ふふ、そうですね。……だからこそ、優しい彼を傷つけたアリウスの方々には然るべき償いをして頂く必要があります。行きましょう、マリー。」
「サクラコ様……はいっ!」