転生したらイブキの兄だった件   作:砂糖菓子くん

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ヒナの病室へと訪れたタツミ
彼女とどんな話をするのか……


風紀委員長と丹花タツミ

「タツミ、怪我はもう大丈夫なの?」

「はい、氷室先輩の手術のお陰でだいぶよくなりました。もう歩けるくらいには回復してますよ。」

「そう、良かったわ。」

 

あれから自分の病室へ帰る道中で空崎委員長の病室を発見して見舞いのために彼女の病室に訪れた俺様は、そのまま空崎委員長と互いの様態について話し合っていた。

 

「空崎委員長こそ、ご無事で何よりです。」

「タツミとセナのおかげ。貴方達がいなければ私は今頃死んでいたかもしれないわ……」

「なーに、あれくらいお安い御用ですよ。」

 

申し訳なさそうに頭を下げてくる空崎委員長に対し、俺様は気にするなと言わんばかりに笑顔を浮かべて親指を立てながらそう言う。

 

「タツミ、ありがとう。」

「空崎委員長こそ、先生を守って頂いてありがとうございました。」

「私は当然のことをしたまで。礼には及ばないわ。」

「……いえ、それでも言わせてください。ありがとうございます。」

「……分かった。受け取っておくわね。」

「はい、俺様も受け取っておきます。」

 

互いに顔を見合わせ、俺様達は苦笑する。

なんか、ほんとに空崎委員長って律儀な人だよなぁ……

 

「……ごめんなさい、タツミ。」

「……え?」

 

そんな事を考えていたときだった。

突然、目の前の空崎委員長はベッドから立ち上がると俺様の前までやってきて深々と頭を下げてくる。

 

「そ、空崎委員長!?」

「アコから聞いたわ、20mmのスナイパーライフルで撃たれたんでしょう?」

「あぁこの傷ですか?ちょっとしくじっちまっただけなので空崎委員長が気にすることじゃないですよ。」

 

腹の傷を指さしながら、俺様はサラリとそう言った。

そもそも、この傷は俺様の力が足りなかったばかりに負ってしまった訳でいわば自業自得ってやつなのだ。

俺様の力不足だった、それだけの話だ。

なので、空崎委員長が気にする必要はまったく無い。

 

「……それでも謝らせて欲しい。私の力が足りなかったばかりに貴方にそんな怪我をさせてしまった。本来20mm弾なんて銃弾をタツミが食らって良い訳がない。」

「何を言ってるんですか空崎委員長。貴方は自分の身を犠牲にしてでも先生を守りきったんです。あの状況で俺様まで守れなんてのは流石に望みすぎでしょう。」

 

そう、空崎委員長は巡航ミサイルを受けてボロボロの身ながらもアリウスの兵士やユスティナのシスター達を蹴散らして文字通り体を張って先生を守り抜いた。

そのおかげで先生は怪我ひとつなく帰還できたわけだし、今こうしてゲヘナとトリニティの混乱を収めるために必死に奔走してくれているわけだからな。

もし先生が重傷を負っていたらゲヘナとトリニティの統率は失われ、最悪戦争になっていた可能性だってある。

 

もし、先生が居なかったらと思うとぞっとする。

そういう意味でも、空崎委員長は自分の身を投げ打ってでとても大きな事をやってのけてくれたのだ。

感謝こそすれど、責めるやつなんて誰も居ないだろう。

 

「それでも、私にもっと力があればタツミを守れたのは事実だわ。……本当にごめんなさい。」

「空崎委員長は精一杯やりました。謝る必要なんて何処にもありません。あれ以上を望むのは酷ってもんですよ。誰も責めやしませんって。」

 

そりゃ確かに空崎委員長が一緒に戦ってくれればアリウススクワッドにだって勝てただろうけど、そもそもあの状態の空崎委員長を戦いに駆り出すわけにはいかないだろうからな。

空崎委員長は自分のやれることをしっかりとやり切ってくれたんだ、謝る必要などないだろう。

 

「それに、それを言うなら俺様だってもっと早く駆けつけていれば空崎委員長が倒れることは無かったかもしれませんからね。お互い様、ってことにしときません?」

「……そうね。ありがとうタツミ。」

 

……なんか、前から思ってたけど空崎委員長って責任感がめちゃくちゃ強いのか何でもかんでも自分の責任だって思い込んじまう悪い癖がある。

空崎委員長、超が付くほど真面目な頑張り屋だからな……

あとはこうしてキチンと俺様に対して謝ってくれるほどには律儀な人でもあるし。

あの状況で出来ることをやっていたのだから、謝罪なんていらないのにな。

 

普段は完全無欠のゲヘナの風紀委員長なんだけど、意外と抜けてたり、実は面倒くさがり屋だったり、わりと女の子らしいところもあったりする。

まぁどんな人間にも欠点ってのはあるもんだし、俺様はそれも空崎委員長の個性だからいいと思うが。

 

「……ごめんタツミ。私にはもう無理かもしれない。」

「え……?」

 

俺様がそんな事を考えていると、不意に空崎委員長からそんな言葉が発せられた。

 

「空崎委員長?もう無理とは?」

「……タツミには言ってなかったわね。私はエデン条約が締結されたら風紀委員長をやめようと思っていたの。」

「……えっ、そうなんですか!?」

 

空崎委員長から発せられた衝撃の真実。

それは俺様を驚愕させるには充分すぎる内容だった。

 

「な、なんでまた急に……」

「エデン条約が締結されたらゲヘナの治安は今までより確実に良くなる。だから私はそうなったらいい機会だから、引退するのも有りかなと思っていたのよ。」

 

空崎委員長は窓の外を憂いた目で見ながらそう呟いた。

その様子からは心底疲れている様子が見て取れた。

 

……確かに、空崎委員長の業務は毎日多忙を極めている。

積み上がる書類の山の処理、毎日街で暴れるバカどもの鎮圧、羽沼議長からの嫌がらせの対処に郊外への出張。

彼女が深夜遅くまで風紀委員会の本部に残っているのを見たことなんて、両手の指を使っても足りないほどだ。

 

空崎委員長はゲヘナではみんなから尊敬されたり恐れられたりしているけど、その実は面倒くさがりな一面のあるいたって普通の女の子だ。

キヴォトスでも並ぶほどの者はいない、最強の風紀委員長と言う肩書きが独り歩きしてるだけなんだよな。

 

それに、くたびれたOLみたいな雰囲気を漂わせているからつい忘れそうになるけど彼女は女子高生なのだ。

本来であれば友達と放課後に遊んだり、趣味に没頭してもいい年齢のはず。

それを毎日毎日ブラックコーヒーを啜って眠気を誤魔化しながら徹夜で業務なんて……そりゃ嫌になるだろうし、疲れもするだろう。

俺様もそんな彼女のために料理を作ったり風紀委員会の仕事の手伝いをしたりはしていたのだが、万魔殿の業務もあるから毎回手伝えるわけではなかったからな……

 

「それに私だって3年生だし、いつまでも風紀委員長を続けられるわけじゃないから……エデン条約が締結されたあとは次期委員長候補のイオリに任せようと思ってたのよ……彼女の育成と成長も兼ねてね。」

 

なるほど、まぁそれは確かに一理ある話ではある。

銀鏡先輩も流石に空崎委員長には及ばないけどゲヘナの中では上から数えたほうが早いほどの実力者であることは確かだし、次期委員長には一番適任だろう。

正直組織のトップが必ずしも最強である必要はないとは思うけど、ゲヘナにおいてはそれは異なる部分がある。

 

というのも、言うまでもないけどゲヘナの治安はそりゃもう色々とひどい。どこの世紀末だよって惨状だ。

そんな自治区の治安部隊のトップが弱ければ不良共は勢いづくし、さらなる治安の悪化は避けられないだろう。

なので、ゲヘナの風紀委員会においてはトップは最強であるほうが望ましいのである。

その方が馬鹿どもに睨みを効かせることが出来るしな。

 

それに、銀鏡先輩は空崎委員長と違って書類仕事等は苦手だけど後輩の面倒見は良くて気さくだしとっつきやすいので彼女を慕っている風紀委員も多い。

すぐ頭に血が上ったり猪突猛進な部分もあるけどそれは本人も自覚しているようだし、風紀委員長と言う責任ある立場になればそのうち改善されるだろう。

それにこんなことを言うのもあれだけど空崎委員長は書類仕事も戦闘も全て自分でこなしてしまうのに対して、銀鏡先輩は苦手な書類に関しては天雨行政官や火宮に素直に頼っているみたいだからな。

案外トップだからって自分で全て抱え込まず、人に仕事を振れる委員長になれるかもしれない。

だからと言って、別に空崎委員長のやり方が間違ってるってわけではないけどな。

 

ただ、今のゲヘナは治安がキヴォトスの学園の中で一番悪いと言っても過言ではないし正直空崎委員長を持ってしても完全には不良共を抑え込めていないのが現状だ。

そんな状態で空崎委員長が引退したら不良どもが余計に暴れ出すのは目に見えている……けど、エデン条約機構が設立されてトリニティと連携ができるようになれば確実に今よりは治安は良くなっただろうからな。

そうなれば銀鏡先輩くらいの力があれば治安維持は可能って判断だったのだろう。

……まぁ、今となってはそれも無理な話だけど。

 

「そうだったんですね……」

「うん。けど、今回のアリウスの襲撃でエデン条約は恐らく破談になる可能性が高いでしょう。」

「そうですね、それは避けられないかと思います。」

 

アリウスの襲撃もそうだけど、今回の一件は羽沼議長がアリウスの手引を行ったってのもあるからな。

トリニティ側からすればとてもじゃないけどそんな連中と手を組むことなんて不可能だろうし、十中八九破断になってしまうだろう。

 

「エデン条約が締結されなかったら、ゲヘナの治安は今後もあのままの状態であることは想像がつくわ。だから私の話もなかったことにするつもりだったのだけど……」

 

空崎委員長はため息を吐くと、悲しそうに笑った。

 

「私ね、もう疲れてしまったの。」

 

そして、彼女は真っ白で無機質な病室の天井を見上げながら蚊の鳴くような声でそう呟いた。

 

「私は私なりに、ゲヘナの事を考えて必死で働いてきたつもりだった。けど……今回、先生を守るのに精一杯で本来であれば守るべき存在である貴方に殿を押し付けてしまった上にそんな怪我までさせてしまった。」

「いや、だからそれは空崎委員長のせいじゃ……」

「……そう言ってくれるのは嬉しいわ。けどねタツミ。」

 

空崎委員長は息を吸うと、真剣な表情を浮かべつつ俺様の目をまっすぐと見据えて口を開く。

 

「それだと、私が納得できないの。」

 

そして、キッパリとそう言いきった。

 

「な、納得できないって……」

「言葉通りの意味よ。私は貴方が必死で戦っている間、ここで寝ていることしか出来なかった。あまりにも自分の無力さに頭がおかしくなりそうだったわ。」

 

そう言うと、空崎委員長は自虐的な笑みを浮かべる。

 

「空崎委員長。さっきも言いましたけど貴方はあの状況で先生を守り抜いたんですよ?あんなボロボロの状態ならそれだけで充分すぎるじゃないですか。貴女が気に病む必要なんてどこにもありませんって。」

「けど、貴方が怪我したのは事実としてここにあるわ。そしてそれはひとえに私の力が足りなかったことの証明でもあるの。」

 

とても悲しそうな……今にも泣き出してしまいそうな表情をしつつ、空崎委員長は言葉の続きを口にする。

 

「だからここで寝ている時にずっと考えていたわ……もっと私が頑張っていたら。もっと私に力があれば。私はなんて無力なんだろうって。だからこんな私が……肝心な時に倒れて何も出来なかった私が、今後もゲヘナで風紀委員長を続ける資格なんて……」

「……ストップです、空崎委員長。」

 

空崎委員長は身の丈を口にするが、俺様は手のひらを前に突き出しながら待ったをかけた。

 

「それ以上言ったら流石に俺様でも怒りますよ?空崎委員長。」

 

そして、俺様は少し強めの口調で彼女にそう言った。

 

「さっきも言いましたよね?空崎委員長はあの状況で自分にできることを精一杯やったんです。少なくとも俺様はそれにすごく感謝していますし、先生だって同じ事を思ってるでしょう。」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

「だーもう!いつまでもそんな事でウジウジと悩んでんじゃねぇ!!!」

 

俺様にそう言われてもなお言いにくそうにそう言葉を続ける空崎委員長。

そんな下を向く彼女に対し、俺様は声を張り上げる。

 

「そんなに自分を卑下すんな!例え貴方自身が自分を許せなかったとしても、皆のために必死で頑張った自分を否定するのは俺様が許さねぇ!いいな!?」

 

俺様は彼女の目をまっすぐに見据えると、真剣な口調でそう言い切った。

いい加減しつこいようだけど、空崎委員長が責任を感じる必要なんてどこにもないんだから。

 

「……空崎委員長。前々から思ってましたけど、貴方は周りのことを頼らなさすぎなんですよ。なんでも自分1人で抱え込もうとして、自分だけが苦しい思いをして。」

 

……まぁ、彼女の場合は1人でそれが出来てしまうだけの能力と実力があるからこそなのかもしれないがな。

戦えばゲヘナはおろかキヴォトスでも最強レベル、書類仕事をしたらあっという間にデスクの上に積み上がった書類の山が溶けていくし、その他の雑務だって空崎委員長がこなせば他の人の3倍は早く終わってしまう。

だからこそ彼女は人に任せるよりも、自分で済ませてしまった方が効率がいいし他の人に迷惑をかけることもないと思っているのだろう。

けどな、空崎委員長。

 

「もっと周りに頼ってください。もっと周りに甘えて下さい。天雨行政官だって、銀鏡先輩だって、火宮だって、風紀委員たちだって、貴方にとってはとても頼りになる部下じゃないですか。」

 

そう、空崎委員長は決して1人ではないんだ。

 

空崎委員長の事になれば自分のことを放り投げてでも尽くしてくれて、不在時には風紀委員会を任せられるほどの実力を備えている天雨行政官がいる。

 

流石に空崎委員長には及ばないけどゲヘナでも上から数えたほうが早いほどには強く、部隊を率いて現場経験を積んで部下からも慕われている銀鏡先輩がいる。

 

元救急医学部であることから現場での救護に長けて、1年生ながら風紀委員会の幹部を任されて書類仕事も優秀な未来の行政官候補の火宮がいる。

 

常日頃からゲヘナの不良共とやり合っていて、実力や経験共に申し分ない風紀委員の部員達だっている。

 

彼女達はみんな空崎委員長を慕っているし、空崎委員長に憧れて風紀委員会に入ったって奴もいるだろう。

そもそもだけど、ゲヘナで風紀を取り締まるなんてのは茨の道でしかないことは火を見るよりも明らかだ。

ゲヘナ自治区は歩けば建物が爆発し、そこかしこから銃弾や手榴弾が飛んでくることなんて日常茶飯事。

テロ行為だって毎日のように起こるし、不良が暴れない日なんてないからな。

いくら空崎委員長が強いとは言え、そんなイカれた世紀末みたいな土地を1人で守るなんて不可能なのだから。

 

それに羽沼議長を見てみろよ。

あの人は書類が間に合わないと思ったら棗先輩や俺様に泣きついてくるし広報や偵察は元宮先輩に投げっぱなしだし、京極先輩にフォローを入れてもらってばかりだ。

あの人が普段万魔殿でやってる事と言えば基本的に悪巧みをしてアホ面を浮かべているか、しょーもないことをドヤ顔でしているか、イブキと遊んでるかだからな。

……それでもなんやかんや言いつつ引き受けちまう辺り俺様含めみんなも人がいいよなぁとしか言えないけど。

 

まぁ……だから空崎委員長も部下に頼ればいいんだ。

もっと人に甘えればいいんだよ。

彼女には頼りになる部下がたくさんいるんだから。

そう、それこそ羽沼議長みたいにな?

 

「……それ、タツミが言えたことかしら?」

「うっ……それを言われると弱いですね……」

 

空崎委員長は俺様の言葉を静かに聞いたあと、若干のジト目を向けてきながらそう言った。

……確かに、俺様もわりと人に頼らずに何でもかんでも自分で抱え込んでやろうとする節はあるかもしれん。

はは……こりゃ人の事を言える立場じゃないな。

 

とは言え俺様だって自分だけで無理だって思う業務は棗先輩とかに頼んで手伝ってもらってるし、京極先輩や元宮先輩に無理を言うこともあるから結構日常では人に頼っている部分はあったりするんだぜ?

……まぁ、危険なことに関してはその通りなんだけどよ。

 

「……お互い苦労するわね。」

「はは……そうですね。」

 

俺様と空崎委員長はお互いに顔を見合わせて苦笑した。

 

俺様はみんなに心配をかけてしまったことを自分の力不足だと思っているし、空崎委員長だってもっと早く駆けつけることが出来たら氷室先輩の手術が必要な程のダメージを与えずに済んだかもしれないと思っている。

 

空崎委員長は自分にもっと力があれば俺様やみんなを傷つけることは無かったし、それに肝心な時にこうして病室で寝てるだけなことに無力さを感じている。

 

そして……それは、俺様も同じだ。

戦場に立てていれば、皆を守る盾になる事が出来たら。

病室で何度そう思ったか分からない。

なんだかんだ、俺様と空崎委員長って似てるのかもな。

 

「空崎委員長、貴方が頑張ってる事は皆知ってます。それは俺様だって同じです。」

 

そう、彼女が頑張っていることは風紀委員会に関わったことのある人間なら誰でも理解している。

 

「だから貴方が風紀委員長を引退するなら俺様は止めませんよ。空崎委員長は充分すぎるほど頑張ったんです、思う存分休みを満喫してほしい。うまいもん食って充分に睡眠を取って、友人を作って楽しく遊んで欲しい。」

 

正直、そうしても許されるだけの事を空崎委員長は今までにやってきているのだ。

不良の鎮圧、書類仕事、出張など、他の人よりも人一倍の量の仕事を毎日毎日こなしているのだから。

こんなの疲れて当然だろう。

辞めたくなる気持ちだって痛いほどに理解できる。

 

「空崎委員長、いつもゲヘナの治安を守ってくれてありがとうございます。そして、今回は先生のことだって守ってくれた。貴方はもう充分に頑張りました。」

「タツミ……」

「空崎委員長。……寂しいですけど、お疲れ様という準備は出来てますからね。」

 

俺様は笑顔を浮かべると、空崎委員長にそう言った。

……正直、本音を言うのならば辞めてほしくはない。

万魔殿の議長が羽沼マコトであるように、風紀委員会の委員長は空崎ヒナしか俺様の中ではあり得ない。

だって、俺様はそれが当たり前の世代なんだからな。

そりゃ卒業することになって引退するのならば仕方ないけど、少なくとも彼女が3年生の間は続けて欲しい。

 

……だけど、引退するってのは彼女が決めた決断だ。

それに空崎委員長は「疲れた」と口にしていた。

ここで辞めないでくれと言うのは簡単だ。

けど、そんなのは俺様のワガママでしかないし彼女の業務量を考えると働き過ぎなのは明らかだからな。

軽々しく引き止めていい訳がないだろう。

 

「……そうね、私だって頑張った。頑張ったけど……私は小鳥遊ホシノのようにはなれないから。」

「……え?」

 

空崎委員長は寂しそうな笑みを浮かべると、自虐するようにそう言い放つ。

小鳥遊ホシノっつーと……黒見と同じアビドス高校3年生のあのピンク髪が特徴的なあの小鳥遊先輩のことか?

何故ここで彼女の名前が出てくるのかは分からないが……今は言葉を遮らないほうがいいだろう。

 

「私はあのアビドスの副会長みたいな……強い人じゃない……アビドスの生徒会長の遺体を発見したのは小鳥遊ホシノだった。すごく、ものすごく大切な人だったはずなのに……」

 

……そう言えば、原作をやっている時に少しだけ出てきた気がするな。

小鳥遊先輩は過去に大切な人をなくしている、と。

空崎委員長が言っているのはきっとその事なのだろう。

 

「あれだけの苦しみを背負っておきながら、彼女はまだアビドスで戦っている。私にはそんな事はできない。」

 

空崎委員長は淡々とそう続けていく。

 

「私はそこまで強くなれない、だからもう……」

「……それ、今関係ありますかね?」

「え……?」

 

下を向きながらそう呟く空崎委員長に対して、俺様は話を遮らないでおこうと思いつつも思わず口が出る。

 

こんな深刻な話の途中で小鳥遊先輩の話が出ると言うことは、恐らく空崎委員長は小鳥遊先輩のどこかしらに憧れていると言うことなのだろう。

 

確かに小鳥遊先輩はすごい。

言っちゃ悪いけど、アビドス高校は黒見や奥空から聞く限りでは廃校寸前だ。

全校生徒は5人だし、カイザーに多額の借金はあるし、辺境の砂漠地帯だから人が増える見込みもない。

正直、廃校になっていないことが奇跡と言えるだろう。

そんな場所で大切なものを失ってなお、戦い続けることが出来る小鳥遊先輩は確かにすごいのだろう。

 

けどな、空崎委員長。

1人1人違った特徴があるのは当たり前だろ?

この世に全く同じ人間なんていないのだから。

 

「俺様は小鳥遊先輩の事情まではよく分かりません。けど、いくら小鳥遊先輩が強かったってそれで空崎委員長がどうこうなるわけではなくないですか?」

「そ、それは……」

「それにこれは俺様の勝手な憶測でしかありませんけど、小鳥遊先輩が大切なものを失ってなおアビドスで戦い続けている理由は……大切なものを守るためなんじゃないかって思うんですよ。」

 

小鳥遊先輩の大切なものが何なのかは分からない。

それは失った生徒会長との思い出なのかもしれないし、黒見や奥空と言った後輩たちなのかもしれない。

けど、廃校寸前の学校で戦い続けるためには何か戦う理由が必要なのは確かなのだ。

 

「そして、大切なものを守るために戦うのは誰だって同じです。それは俺様だってそうですし、空崎委員長だって同じなんじゃないですか?」

「タツミ……」

 

アリウススクワッドにも言ったけど、人がこの世界で抗い戦うのは大切なものを守るためなのだ。

そういう意味では、空崎委員長と小鳥遊先輩に絶対的な差はほとんどないと言って良いだろう。

いや、そんな細かいことはどうだっていい。

空崎委員長はすごいし、偉い。それは事実なんだから。

 

「空崎委員長だって、風紀委員会のみんなやゲヘナって言う大切なものを守るために戦っていますよね?」

「……うん、そうね。」

「だから日々の業務に耐えられないって言う理由で辞めるなら分かります。ですが、小鳥遊先輩と自分を比べて自分が小鳥遊先輩より劣っているからって理由で辞めるって言うなら……俺様はそんなの認めませんからね。」

 

俺様は空崎委員長へ一歩近寄ると、続けて口を開いた。

先程は引き止めるのはワガママになるとは言ったが、こんな理由で辞めるというのであればそれは流石に違う。

そんな理由で辞めるってんなら、引きずってでも天雨行政官達の前に突き出してやる。

 

「例え小鳥遊先輩がいくら強くても……小鳥遊先輩は小鳥遊先輩。空崎委員長は空崎委員長なんですから。」

「……っ!」

 

そして、キッパリとそう言い切った。

 

「だから小鳥遊先輩より空崎委員長が劣っているなんてことはありません、それは俺様が保証します。」

「タツミ……」

「……すみません、偉そうな事を言ってしまって。」

「いいえ、そんなことはないわ。」

 

とは言え、流石にこれは言いすぎたかもしれない。

そう思った俺様は頭を下げるが、空崎委員長はそう言うとにっこりとした笑顔を浮かべると……

 

「……ふふっ。」

 

愉快そうにそう笑ってみせた。

 

「ありがとう、タツミ。おかげで吹っ切れたわ。」

「え……?」

 

空崎委員長は笑みを浮かべながらそう言うとベッドから立ち上がり、いつも羽織っているコートを手に取るとそれを肩からバサッと羽織る。

その表情は先程までの不安そうな表情とは違い……何かを決意したような表情だった。

 

「何でそんな簡単なことに気づかなかったのかしら。私が風紀委員会で戦い続けるのは大切な物を守るため……貴方の言う通りよ、タツミ。」

 

空崎委員長はそう言うと、俺様に視線を向け優しげな笑みを浮かべる。

 

「いえ、俺様は思ったことを言っただけですから大したことはしてません。けど、少しでも空崎委員長の心が軽くなってくれたなら良かったです。」

 

そんな空崎委員長に対して、俺様は親指を立てる。

……うん。

コートの下はいつもの軍服ではなく病院着だけど、やっぱり空崎委員長にはそのコートがよく似合っている。

 

「……タツミ、私は行くわ。」

「え!?い、行くってどこへ……!」

「もちろん、私の大切なものを守りによ。」

 

空崎委員長は壁に立てかけられていた彼女の愛銃であるデストロイヤーを手に取ると、ガチャガチャと動作確認を行いながらそう言った。

 

「貴方に言われて目が覚めた、こんなところでいつまでもグズグズしている訳には行かない。」

「け、けど空崎委員長は手術も受けて重傷のはずてすよね!?そんな体で戦場に出るなんて……!」

「大丈夫よ。もう動けるくらいまで体力は回復しているし、ここで寝ていたのもタツミに言われるまで下らないことで悩んでいて億劫だったからだから……」

 

心配の声を上げる俺様に対して、空崎委員長は窓の外を見つめながらそう答える。

 

「……それに、これ以上アリウスに私の大切な物を奪われるわけには行かない。これ以上指を咥えて見ているわけにはいかない、必ず守ってみせる。だって私はゲヘナの風紀委員長なんだから……そうでしょ?」

「空崎委員長……」

 

決意に満ちた強い意志を感じる目をしながらそう言う空崎委員長。

恐らくだけど、体力が回復しているとは言えまだまだ空崎委員長の体にはダメージが残っているはずだ。

完全に傷が癒えてはいないだろう、本当なら戦場に出ても良いワケがない。

だが、彼女の強い意志の宿った目を見た俺様は……引き止めるわけには行かなかった。

俺様は眼の前で戦闘の準備を始める空崎委員長に言葉をかけるために口を開く。

 

「分かりました、空崎委員長。無理をしないで……」

 

そして、言葉を発していた瞬間だった。

 

ーコンコンー

 

不意に、空崎委員長の病室のドアがノックされる。

突如静かな病室に響き渡った無機質な音を聞いた俺様は反射的にドアの方に視線をやっていた。

どうやら来客のようだ。

 

「……どちら様かしら?」

 

そしてそれは空崎委員長も同じのようで、彼女も少し驚いたような表情をしながらドアを見つめてそう言った。

しかし、何と言うか空崎委員長が立ち直った直後に来客が来るなんて間が良いと言うか悪いと言うか……

 

それにしても、このタイミングで空崎委員長の病室に直接訪ねてくるって一体誰なんだろうか?

一番可能性が高いのは天雨行政官辺りだけど、彼女は今最前線で風紀委員会を率いて戦っているはずだ。

となれば、それ以外で一番可能性が高い人物といえば……

 

“ヒナ、私だよ。今大丈夫かな?”

 

俺様が頭の中でそう考えていると、キヴォトスの生徒であれば聞き間違えるはずのない声がドア越しに響く。

……やっぱりな、そうじゃないかとは思った。

 

「えっ……先生?」

“いきなり訪ねてきちゃってごめんね。ちょっと話したいことがあるんだけど、入っても大丈夫かな?”

 

扉の向こうから先生の入室を求める声が聞こえてくる。

空崎委員長は先生のその言葉を聞くと、こちらへと目配せをして来た。

俺様は空崎委員長の目を見ると、首を縦に振る。

 

「えぇ、大丈夫。入って。」

“ありがとう、失礼するね。”

 

空崎委員長の了承を得た先生は病室のドアを開けると、そのまま入室をしてくる。

 

“え、タツミ!?”

「よぉ先生。さっきぶりだな。」

“な、なんでタツミがヒナの部屋に……?”

「いや、羽沼議長にハッパかけに行った帰りにたまたま空崎委員長の病室を見つけたもんでな。せっかくだし見舞いでもと思って居させてもらってたんだ。そのくらいなら別に構わないだろ?」

“ま、まぁお見舞いくらいなら別にいいけど……”

 

先生は俺様が空崎委員長の病室に居ることを不思議がっている様に眉間にシワを寄せていたが、俺様があっけからんとそう言うと苦笑しつつ納得した様子を見せた。

 

“マコトの様子はどうだった?”

「しっかり立ち直ってくれたよ。今は戦場に出て万魔殿の指揮を執ってくれてる。」

“そっか、流石タツミだね。”

「俺様はウジウジしてる羽沼議長にハッパをかけただけだよ、立ち直ったのはあの人自身の心の強さがあってこそで俺様は大したことはしてねぇからな。」

 

俺様は笑顔を見せながら先生に対してそう答える。

そう、俺様は背中を押してやっただけにすぎないんだ。

彼女が立ち直ったのは他ならぬ、本人の心の強さと責任を全うするという意志の元においてだからな。

 

そして羽沼議長は今自分の責任を果たそうとしている。

とは言え……まったく、本当に手のかかる議長だよ。

まぁ、そんな彼女をほっとけない俺様も俺様だけどな……

 

“……っていうかヒナ!?動いて大丈夫なの!?”

「えぇ、もう平気よ先生。セナの治療のおかげで体力は回復したし、今ならアリウスに遅れは取らないから。」

 

俺様がそんな事を考えていると、目の前で顔を見合わせている先生と空崎委員長がそんなやり取りをしている。

……まぁ先生が驚くのも無理はないだろう。

 

空崎委員長は氷室先輩の救急車に乗せられて、俺様が殿を務めて逃がす時にはそれはもうボロボロだった。

いくら氷室先輩の治療の腕がいいとは言え、この短時間で戦えるまでに回復するのは俺様とて驚く他ない。

 

前々から思っていたけど、キヴォトス人って銃弾を食らってもピンピンしてるのはもちろんなんだがいざ怪我をした時にも治癒力と言うか自然回復力が半端ではないんだよな。

昔イブキがお絵かきをしている時に紙で指を切っちまった時なんて数時間すれば傷が塞がっていたし、風紀委員会で銀鏡先輩が生傷をたくさん作っていても事後処理後にはもうほぼ気にならない程度には治ってるしな。

頑丈さだけじゃなくて、人間離れした圧倒的な回復力もキヴォトス人特有のものなのだろう。

 

とは言え、流石に巡航ミサイルや先生に飛んでくる銃弾を全てその身に受けたらいくら何でも数日は寝たきりになってもおかしくないはずなんだが……

流石は空崎委員長、ゲヘナ最強の名は伊達ではない。

 

「そう言えば先生、私に何か用事があったんじゃないのかしら?」

“……あっ、そうだった!”

「おいおい、しっかりしてくれよ先生。」

 

空崎委員長にそう言われてハッとなる先生に対し、俺様は苦笑しつつそう言う。

やっぱ先生って普段はめちゃくちゃ頼りになるんだけど、どっか抜けてるところがあるよなぁ。

まぁそんなところも先生の個性ではあるんだが……

 

“実は、アリウススクワッドの居場所が分かったんだ。”

「えっ……!?」

「なんだと……!?」

 

そんな事を俺様が考えていると、先生の口から衝撃的な一言が発せられた。

 

「それは本当か先生?」

“うん。補習授業部のみんながアズサの居場所を突き止めてくれた。爆破された古聖堂があった場所に居るらしくて……それで、そこに一緒にアリウススクワッドも居合わせていることが分かったんだ。”

「……白州先輩は無事なのか?」

“うん、今のところアズサに怪我はなさそうだよ。”

「そうか、良かった……」

 

先生の言葉を聞き、俺様はほっと胸を撫で下ろした。

あの状況では仕方がなかったとは言え、白州先輩はアリウススクワッドやユスティナの大群を追って1人で戦いに赴いていたから怪我をしていないか心配だったけど……先生の言葉を聞く限りでは特に怪我もない様子だ。

それに補習授業部のみんなが合流したのならもう大丈夫だろう。

あとは……アリウススクワッドをなんとかするだけだ。

 

“だから私は今からすぐに彼女達の元へ向かわなきゃいけない。私も私でやる事があるからね。だから、しばらく救護騎士団の本部を留守にすることをヒナに伝えに来たんだけど……”

「そうだったのね先生。じゃあ、そういうことなら私も一緒に連れて行って欲しいわ。」

 

空崎委員長はデストロイヤーの動作確認を終えると、愛銃を携えながら先生にそう言った。

 

“それはありがたいけど、体の方はもう大丈夫なの?”

「えぇ、さっきも言ったけどセナの治療とここで寝ていたおかげでだいぶ回復したわ。今ならアリウススクワッドにだって遅れを取ったりはしない。」

“……分かった。病み上がりのヒナに頼むのは申し訳ないけど、ヒナが居てくれた方が心強いしアコたちだって安心できるはずだ。お願いしてもいいかな?”

「任せて。期待には応えてみせるわ。」

 

先生と空崎委員長はそんなやり取りをすると、お互いに顔を見合わせて笑いあった。

 

「行きましょう、先生。」

“そうだね、ここでのんびりしてもいられない。そうと決まったらすぐに出発しよう。”

「先生、約束通り俺様も連れてってもらうからな?」

“もちろん分かってるよ。ただし、私とした約束はきちんと守るんだよ?”

「あぁ、分かってるさ。」

 

それに、どのみち俺様の体にはまだまだダメージや披露が蓄積されているからな。

この体で戦おうにもみんなの足を引っ張るだけだ。

大人しく戦いはせず、先生の傍から離れない事にする。

 

「……今から少し前に先生が来た時に聞いたけど、本当に貴方も行くのねタツミ。」

「あ、知ってたんですね空崎委員長。はい。連中には言ってやりたいことが山のようにあるんでね……」

「分かった。ならタツミ、貴方の護衛には私が付く。」

「え、空崎委員長が……?」

 

空崎委員長は一歩俺様に近寄ってくると、真剣な表情を浮かべながらそう言った。

 

「本当は貴方にはまだ病室で休んでてほしいけど、その様子だと意地でも行くんでしょ?なら私に貴方を守らせて欲しい。」

「いや、それはめちゃくちゃありがたいんだけど……風紀委員会の方は大丈夫なんですか?」

「大丈夫、アコたちには事情を説明する。それに……私はあの時に貴方に守ってもらったおかげで治療を受けられたし、こうしてここに立てている。だから少しでも恩を返させて欲しい。そうしないと不公平だわ。」

 

いや、別にあの場面は空崎委員長や先生を逃さないとマズいから殿を引き受けたのであって礼を言われるようなことではないと思うんだけど……

 

とは言え、空崎委員長が護衛に付いてくれるってのはありがたいことなのは確かだ。

俺様はアリウススクワッドを説得するつもりで居るけど失敗したときにはまず間違いなく戦闘になっちまうだろうし、そうなった時に空崎委員長が居てくれるのはめちゃくちゃ心強いのは確かだ。

 

「それに、タツミだけじゃなくて先生も守らないといけないわ。貴方達にはヘイローがないのだから。」

“……そうだね。ヒナさえよければ是非お願いするよ。”

「分かりました。よろしくお願いします空崎委員長。」

「えぇ、任せて。今度こそ必ず守りきってみせるわ。」

 

先生と俺様が頭を下げると、空崎委員長はいつものように凛々しい表情を浮かべながら力強くそう言った。

 

“よし……行こう、2人とも。”

「えぇ。」

「あぁ、分かった!」

 

俺様と空崎委員長は先生の言葉にそう応えると、それぞれベッドと椅子から立ち上がり病室の外へと出る。

 

調印式へミサイルを撃ち込まれ、大量の負傷者を出し、今も多くの人々を苦しめているアリウス分校とユスティナ聖徒会の連中との戦いも……恐らくこれで最後になるだろう。そして、ここから先は総力戦だ。

 

必ず終わらせてみせる。

俺様や先生、空崎委員長。みんなの手で。

この争いも……そして、お前たちの苦しみもな。

待ってろよ、アリウススクワッド!!!

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