それが終わったら日常編、アビ夏編に移行します
「書類仕事が!終わらねえ!!!」
ードン!!!ー
と目の前の書類に印鑑を叩き付けた俺様はその書類を処理済みの山へ放り込み、未処理の書類の山から次に処理する書類を引っ張ると目を通してサインをする。
そして、俺様は流れ作業でその紙を処理済みの山へと放り込む単純作業を繰り返していく。
「棗先輩、この後の予定ってなんでしたっけ?」
俺様は手元においてあるマグカップに入ったブラックコーヒーを啜りつつ、俺様の横で黙々と書類の整理を手伝ってくれている棗先輩に予定の確認を行う。
「えっと……このあと10時から風紀委員会との予算会議、その後11時からは給食部の衛生検査、昼食を挟んで13時からは救急医学部の人員増員の相談が来ているのでそちらへ行って、それが終わり次第トリニティへ出向いてエデン条約関連の後処理の首脳会談がありますね。」
「いや、いくらなんでもスケジュールパンパンすぎません!?ほぼ1時間刻みじゃないですか!」
あまりにも殺人レベルのスケジュールを効いた俺様は思わずコーヒーを吹き出しそうになるが、ぐっとこらえると講義するようにそう叫んだ。
とてもじゃないが忙しいってレベルじゃねーぞ!
俺様死んじまうって!
「いや、私に言われてましても……そもそも今日出来る分はさっさと終わらせたいからなるべく詰めてスケジュールを組んでって言ってたのはタツミじゃないですか。」
「いやそれはそうなんですけど、いくらなんでも無理があるでしょ!」
そりゃ確かに今日終わらせられる仕事は早めに終わらせたいとは思うけど、いくらなんでもこの殺人スケジュールはあんまりなんじゃないのか。
と言うか、羽沼議長はいつもこんなスケジュールをこなしてたってのかよ……!
いつもアホ面を浮かべて悪巧みをしているだけかと思ってたけど、実はこんな超多忙なスケジュールを涼しい顔をしてこなせる超すごい人だったんだな……
羽沼議長に対する認識を改める必要がありそうだ。
「……羽沼議長ってすごかったんですね。こんなアホみたいなスケジュールをこなしてたなんて。」
「いや、マコト先輩は半分以上適当にやってましたし何なら風紀委員会の予算会議とか出席すらせずにイブキと遊んでましたよ?」
「あのバカ矯正局から帰ってきたらボコボコにしてやるからな!」
前言撤回。
やっぱアホ議長じゃねぇか!感心して損したぜ全く!
「ふふ……頑張ってくださいね【タツミ議長代理】。」
「おい絶対楽しんでんだろ棗先輩!畜生!後で覚えといてくださいよ!」
こちらも見ながらニヤニヤしつつ心底愉快そうにそう言う棗先輩に対し、俺様は抗議の声を上げた。
あのエデン条約調印式のテロからしばらくが立つ。
羽沼議長がアリウスと共謀してテロを計画していたことを自白し、皆の尽力によりなんとか議長の座は守ることは出来たものの流石に彼女が不在の間に議長が居ない状態で運営するのはマズいだろうとなった俺様達万魔殿。
そこで空崎委員長の提案により、羽沼議長が出所するまでの繋ぎとして議長代理を決めることになった。
その後議長代理をどうやって決めるか話し合った結果、羽沼議長が議長に就任したときと同じゲヘナ学園内での選挙にて決定しようと言うことになり、先日ゲヘナ学園内での万魔殿の議長代理を決める選挙が行われた。
候補は万魔殿の幹部達。
つまり京極先輩、棗先輩、元宮先輩、イブキ、俺様の5人のうちから誰か1人を選んで投票という形になった。
当然俺様は羽沼議長の右腕的存在であり3年生ということもあって頼りがいのある京極先輩や、羽沼議長が卒業した後に議長の最有力候補だと言われている棗先輩のどちらかが当選するものだとばかり思っていた……のだが。
どういうわけか、開票した結果得票率1位は何故か俺様。
しかも2位の京極先輩とは1桁違うぶっちぎりでの圧勝という形だった。
しかも今回の選挙の投票率はゲヘナ学園全体で80%を超えていたらしく、そのうちの8割の生徒達が俺様に票を投じてくれたとのデータが選挙後に出た。
てっきり京極先輩か棗先輩が当選するものだとばかり思っていた俺様はめちゃくちゃびっくりしたけど、皆からは「当然の結果」だと言われてしまった。解せぬ。
最初は辞退しようかとも考えたんだけど、よくよく考えればそんなことをしては俺様に票を入れてくれた人たちのことを裏切ることになってしまうからな。
それにゲヘナの民意が俺様を選んでくれたというのならば、こんなに名誉なことはないだろう。
正直俺様に議長代理なんて荷が重すぎると思うけど、ゲヘナのみんなが期待してくれているのは素直に嬉しい。
羽沼議長のように上手くやれるかは分からないけど、俺様は俺様なりにやれるだけのことはやってやるさ。
……それに、羽沼議長のためにも万魔殿の名誉を少しでも回復してやらねぇといけないからな。
正直、あんな事をやらかしたおかげで世間の万魔殿に対する風当たりはあまりよろしくないのが現状だ。
まぁそれは当然だろう。羽沼議長は反省しているとは言え、やったことが消えるわけではない。
世間から見たら万魔殿はテロリストと手を組んだヤバい組織って見方になっちまうのは仕方のない事だろう。
けど、俺様は羽沼議長と約束したからな。
どんな事をしてでも万魔殿を、議長の座を守るって。
だからまずは万魔殿の名誉回復から始めよう。
小さなことからこつこつと誠実にな。
俺様はそのために全力を尽くしてやる。
議長代理と言う大役、喜んで引き受けさせてもらおう。
まぁ……と言う訳で、俺様は羽沼議長が矯正局から戻って来るまでの間だけ万魔殿の議長代理の座に就く事になったわけだな。
んで当然っちゃ当然だが、議長代理の仕事は大変だ。
そりゃ議長の仕事を代理で行うんだから大変なのは当たり前なんだけど、さっきの殺人スケジュールに加えて予算会議とか万魔殿定例会議とか、それ以外にも他校との外交とか書類仕事とか色々ありすぎて既に頭がパンクしそうになっている。
……うん、やっぱ一議員でしかなかった俺様に議長代理が到底務まるとは思えねぇ気がするんだけどな。
まぁとは言え泣き言を言っても始まらないので、俺様はまず手近な問題の解決から始めた。
ひとまず羽沼議長が行っていた風紀委員会への嫌がらせの廃止と減額していた予算を正規の額へ戻して、そこから空崎委員長と相談して必要な分の予算の増額。
そして押し付けていた書類は今後全て万魔殿で処理し、人員の補充や訓練の視察も積極的に行う事を約束した。
続いて給食部には美食研究会にたびたび壊される車を5台分買えるだけの臨時手当を支給し、材料費や光熱費などで必要な分の予算の増額と人員の補充を行った。
新しく給食部に入ったゲヘナの生徒達はまだまだ未熟なものの人手の足りなかった給食部には大変な助けになっているようで、愛清先輩や牛牧は大層喜んでくれた。
とは言え愛清先輩が休みの日に牛牧と新人だけで部を回すのはまだまだ難しいようなので、その時は俺様が厨房に入ってカバーをするようにしている。
その後も予算の少ない部活には増額を、くだらんことに予算を使っている部活には容赦ない減額を行いつつ予算管理をしたりした。
と言うかなんだよ爆発物研究会って。活動内容が爆発物の研究のために新築物件を爆破するってそんな部活そもそも部活動として認めるべきじゃないだろ。
いくらゲヘナとは言え限度ってもんがあるんだぞ……?
あ、もちろんだけど美食研究会や温泉開発部の予算はガッツリと削減しておいた。
と言うか活動費出てたんだなあいつら……てっきりテロリストとして指名手配されてるから、自分達で調達した資金で活動しているものだとばかり思っていたけど。
ちなみに、予算を減らされた部活動の中には万魔殿への講義や納得がいかないからと言って襲撃を掛けてくる部活もあったが、風紀委員会との連携を強化したおかげで難なく御用になって今は牢屋で反省してもらっている。
この前は温泉開発部の鬼怒川が部費を減らすとは何事だと殴り込んできたので、しばき倒して牢屋にブチ込んで今は反省している真っ最中だった気がするな。
少し気の毒ではあるけど、身から出た錆という奴だ。
キッチリと反省してもらうとしよう。
あとは、エデン条約の時に援護に来てくれた春原姉妹へのお礼に梅花園へ行く頻度も増やしている。
つっても相変わらず園児たちと遊んだり料理を作ったりくらいしか出来ないけど、それでも行ったらシュン教官もココナ教官も喜んでくれて俺様も嬉しいしな。
最近は忙しくてあまり行けていなかったから、ココロちゃんを初めとする園児達も喜んでくれて何よりだ。
……しかし、二人の距離が前よりもかなり近くなっているのは俺様の気のせいなのだろうか?
この前なんてシュン教官は人目もはばからず抱きついてきたし、ココナ教官も前までは人前では遠慮しがちだったのに最近は結構甘えてくるようになったし。
俺様とて健全な男子なのだから、シュン教官の凶悪なボディやココナ教官の発育の良い体は毒でしかないので嬉しいやら悲しいやら複雑ではあるけどな……
あと……その他は風紀委員会と万魔殿の戦車隊で連携を取れるように合同訓練を行う手配などもしたりした。
……あ、今度議長代理として連邦生徒会への挨拶にも行かなきゃいけないんだったっけ?
……そういや黒見にもリゾートに誘われていたな。
せっかく誘ってくれてるなら是非行きたいから、そのためにも時間を作っておかないといけないし……
そうなると溜まってる仕事を少しでも早く終わらせて……
「だぁぁぁっ!」
あーもうっ!
死ぬほどクソ忙しくて頭から煙が出そうだぜ……!
……それに、矯正局に入って真面目に罪を償っているアリウススクワッドの連中や、羽沼議長の面会にも行ってやらないといけない。
あれから俺様は定期的に彼女達の面会に行っているのだけど、羽沼議長もアリウススクワッドも矯正局でしっかりと自分を見つめ直している様子だった。
あの分だったら刑期はそんなに伸びることはなく、数カ月もすれば出所出来るだろう。
それまでは毎日……は流石に難しいけど、せめて数日に一回は面会に行ってやりたいところだからな。
なお万魔殿からは毎日誰かしらが羽沼議長の面会行くことになっており、今日は京極先輩がイブキを連れて矯正局まで出向いているはずだ。
イブキも羽沼議長に会いたがっていたし、俺様は今日は動けそうにないから丁度いいだろう。
帰ってきたらイブキと京極先輩の分のプリンを用意しておいてやるとしよう。
あとはえーっと……
給食部の手伝いもあるし、トリニティとの打ち合わせもあって、後日シャーレの当番日だからシャーレにも行かなきゃいけない……連邦生徒会の七神代行にも用事があるから矯正局へ行ったついでにサンクトゥムタワーにも寄らなきゃならんし……
「うごご……」
あかん、俺様まじで死ぬかもしれない。
……ってか、前よりも更に忙しくなったせいで趣味の食べ歩きが最近全然できてないじゃねぇか!
柴関ラーメンとか、山海経の朱城会長の店とか、あとは百鬼夜行の焼き鳥屋とか、行きたい店が山のようにあるってのに最近はカップ麺が主食になっちまっている。
どこのくたびれたサラリーマンだよ……この歳で社畜のごとく働かなきゃいけないなんて悲しくなってくるぜ。
「……まぁ、あまり無理はしないでくださいね。タツミはこの前お腹の傷の抜糸をしたばかりなのですから。」
唸り声を挙げながら書類の山を崩していく俺様に対して、棗先輩が心配そうな声色でそういう。
そう、棗先輩の言う通り俺様は最近までお腹の傷に糸を残したままだったのだが、この前の救急医学部の氷室先輩の定期検診にて抜糸をしてもいいと言う判断により抜糸を済ませてきたところなのである。
氷室先輩によると、傷口はぴったり塞がったけどまだ激しい運動は控えるようにとのことだった。
まぁゲヘナの治安維持は風紀委員会に任せてあるし俺様は当面は恐らく書類仕事や外交がメインの業務になるだろうからそんな激しい運動はしないと思うけど、氷室先輩からはきつめに釘を刺されているし注意しておくとしよう。
「あ~……平役員だった頃が懐かしい……」
エデン条約前の平の役員だった頃に思いを馳せながら、俺様は書類に素早くペンを走らせていく。
いやーあの頃は良かったよなぁ。
仕事っつっても書類の山を片付けて、羽沼議長が押し付けた書類を風紀委員会へ取りに行って、外交官としてトリニティへ行って会談して……
……あれ、もしかして今とそんなに変わらないのでは?
(……棗先輩じゃないけど、激しくサボりてぇ。)
……まぁ、とは言えここでうだうだ文句を言ってても仕事が減るわけじゃないのは確かだ。
スケジュールは死ぬほどきついけど、棗先輩がせっかく組んでくれたスケジュールを無駄にするのも良くないからな。気合を入れて頑張るとしよう。
そう決意した俺様は手元のマグカップを手に取り、すっかりと冷え切ったブラックコーヒー飲み干すとまずは書類を片付けるためにペンを握り直すのだった。
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あれから棗先輩にお代わりのコーヒーを入れてもらいつつ書類仕事とゲヘナでの仕事を午前中に終わらせた俺様は移動中に昼食を済ませつつ、エデン条約関係でまだ残っている後処理を行うためにトリニティ総合学園へとやって来ていた。
それにしても、思ったよりもゲヘナでの会議関連の仕事がスムーズに行って助かった、おかげで移動中とは言え少しゆっくり飯を食う時間が取れたからな。
と言っても風紀委員会の予算会議は天雨行政官と打ち合わせをするだけだったし、給食部の衛生検査も人員が増えて余裕ができたおかげか特に問題はなし、救急医学部の人員の件もこの分なら問題なく増員出来るだろう。
正直どの会議も30分もあれば終わる代物だったからありがたい限りだ。
なおその際、空崎委員長が「タツミが相手だとこうもスムーズに終わるのね」と感心していたのを思い出す。
……まぁ、羽沼議長が会議に出ていたらなんやかんや難癖を付けまくってるのが容易に想像できるからな。
俺様は必要な予算なら承認するし、無駄だと思ったら理由を尋ねて納得すれば承認、それでも無駄なら切り捨てるからそこが違うのかもしれんが。
まぁそれはともかく、会議の予定時間よりも早めにトリニティに到着したためすっかり行きつけになったケーキ屋でお土産を購入してトリニティの門をくぐった俺様。
これまたすっかり見慣れたティーパーティー本部までの道を歩いていき、受付に話を通してティーパーティー内の会議室へと案内してもらい用意された席に着いて今に至るというわけだな。
ティーパーティーがいつも会議で使うらしい豪華絢爛な装飾品が並ぶ大きな部屋の中央には真っ白なテーブルクロスを被せられた大きなテーブルが鎮座しており、その上には相変わらずのティーカップに入った紅茶と様々なお茶請けのお菓子が所狭しと並べられている。
何と言うか、トリニティには仕事で何度も来ているはずなんだけどこのティーセットは何度見ても壮観な眺めだとしか言いようがないな……
俺様はそんな事を考えながらティーカップの紅茶を一口飲むと、天井を見つめながらふーっと息を吐く。
そして視線を正面へと移すと、そこには俺様とテーブルを挟んで向かい合う3人の女性の姿があった。
「この度はトリニティまでわざわざご足労いただきありがとうございます、タツミ議長代理。」
その3人のうちの丁度真ん中に座っている女性、トリニティの生徒会長である桐藤先輩が俺様に対してそう労いの言葉をかけてくれた。
「タツミ、でいいですよ桐藤先輩。俺様はあくまで羽沼議長が戻ってくるまでの代理なんで、そんなかしこまらなくても……」
「それはそうかもしれませんが、今の貴方は選挙で選ばれたゲヘナの代表なのでしょう?であれば、敬意を払うのは当然のことです。そもそも学園を代表してお越し下さっているのですから、例え貴方が議長代理でなくとも失礼な真似はいたしませんよ。」
桐藤先輩は紅茶のティーカップに口をつけて紅茶を一口飲むと、柔らかな笑顔を浮かべながらそう言った。
「そう謙遜なさらず胸を張ってください。聞けば今回の議長代理を決める選挙の投票率はゲヘナの生徒の八割を超えたと聞きます。それだけの人数が参加した選挙でタツミさんが当選したならば、それは紛れもなくゲヘナ全体の民意であり貴方が代表に相応しいとゲヘナの生徒が判断したということ。なので、むしろ胸を張ってください。自分を信じて票を投じてくれた人たち、自分以外に票を投じた人たち。その全ての期待を背負う、それが人の上に立つということなのですから。」
桐藤先輩は俺様の目を真っ直ぐに見据えると、真剣な表情でそう言ってくる。
「自分達が選んだ代表が「自分なんて……」と謙遜していたら投票した人は不安になってしまいますから。そこは虚勢でも自信満々に「俺について来い!」と不敵に笑っていれば良いのです。そう、マコト議長のように。」
「……そういうもんなんですかね?」
「えぇ、組織のトップに必要なのは決して弱みを見せないことです。それが武器になる時もありますが、基本的には弱みにしかなりませんからね。」
確かにそれは桐藤先輩の言う通りではある。
俺様だって自分が投票して当選した奴がオドオドしていたらもっとしっかりしてくれと思うに違いないだろうからな……自分を客観視出来ていなかったと反省するしかないだろうな。
そして、生徒会であるティーパーティー歴の長い桐藤先輩がここまで強く言うならその通りなんだろうな。
何と言うか、そう考えると人前では決して弱みを見せずにずっと不敵に笑ってる羽沼議長はやっぱりすごいんだなと思わざるを得ない。
普段は子どもじみた言動してるけど、なんやかんや言っても人の上に立つ器を持っている人なんだなぁ……
俺様も代理ではあるけど、せめて代理の間だけは羽沼議長に負けないくらい立派な議長でいられるように心がけるとしよう。
桐藤先輩の言う通り、それが俺様に票を入れてくれた人や、俺様以外に票を入れた人に対する礼儀でもあるのだから。
「議長の仕事には慣れましたか?」
「いえ、まだまだ分からないことばかりで万魔殿の皆に助けてもらいながらどうにか……という感じですね。」
桐藤先輩の言葉に俺様は苦笑いを浮かべながら答える。
決して甘く見ていたわけではないけど、万魔殿の議長の仕事ってのはそりゃもう大変だ。
常に仕事の連絡がどこかから舞い込んでくるし、それでいてスケジュールは毎日殺人レベルに忙しい。
それでいて万魔殿がやることなすことすべての責任が俺様の肩にのしかかってくるし、プレッシャーも並大抵のものではないからな。
毎日毎日大量の業務をこなし、部下に指示を出しつつ、責任はすべて議長が取る必要がある。
羽沼議長はなんでもないような涼しい顔でこなしていたけど、人の上に立って責任を取る立場になるということがこんなにも大変だとは思わなかった。
そんな俺様を見かねて、京極先輩や棗先輩は毎日俺様の業務を手分けして手伝ってくれているからな。
本当にありがたい限りだ、みんなには感謝しかない。
「ふふ、誰しも最初はその様なものですよ。私だって初めはティーパーティーのホスト等という大役は荷が重いと思っていましたからね。」
「……やっぱり、桐藤先輩でもそう思うんですね。」
「はい。最初から完璧に物事をこなせる人間などこの世にいません。私だって今も友人や部下達に支えられていますから。だからタツミ議長代理、貴方も頼れる人には是非とも頼ってくださいね?もちろん、私で良ければいつでも相談に乗りますので。」
「はい、ありがとうございます。桐藤先輩。」
優雅にティーカップを皿に起きつつそう言う桐藤先輩に対して、俺様は笑顔を浮かべながらそう答えた。
トップ経験の長い桐藤先輩が相談に乗ってくれるのならば、それは渡りに船という他ないだろう。
行き詰まったら遠慮なく頼らせてもらうとしよう。
「こんにちはタツミさん。あれからお体の様子はいかがですか?」
俺様がそんな事を考えていると桐藤先輩の左隣に座っているシスターフッドの長、歌住サクラコ先輩がそんな言葉をかけてきた。
「どうも歌住先輩。おかげさまで抜糸も済んですっかり良くなりました。お気遣いありがとうございます。」
「そうですか。それは何よりです。」
俺様がそう答えると、歌住先輩は安心したように胸に手を当てるとホッと息を吐いた。
……歌住先輩を初め、シスターフッドの若葉先輩や伊落にもかなり心配と迷惑をかけてしまったからな。
また今度、時間がある時にシスターフッドに出向いて奉仕活動の手伝いをするとしよう。
「……貴方が丹花タツミさんですね?」
歌住先輩と顔を見合わせながらお互いに笑顔でそんな会話をしていると、不意に桐藤先輩の右隣に座っている青い髪をサイドで三つ編みに編み込み、青い羽を携えた女性が俺様へ向かってそう声を掛けてきた。
着席した時から思っていたけど、この人はトリニティに結構来ているはずの俺様でも初めて見る人だ。
とは言え、ここはエデン条約で起こったテロの後処理をするための首脳会談の場。
そんな場所で桐藤先輩の隣に座っているのだから、それなりの地位の人物であろうということは伺える。
「はい、今は矯正局で服役している羽沼マコトに変わって議長代理を務めているゲヘナ学園1年生の丹花タツミと申します。」
「ご丁寧にありがとうございます、私は救護騎士団の団長を務めております3年生の蒼森ミネと申します。よろしくお願いします、タツミ議長代理。」
「蒼森団長ですね。俺様のことはタツミで構いませんよ。よろしくお願いします。」
軽く頭を下げつつ、そう言って右手を差し出してくる蒼森団長。俺様は彼女の目を見てその手を取り、しっかりと握手を交わした。
しかし、頭に被っているナース帽といい腰のポーチと言い薄々そうじゃないかとは思っていたけど……やっぱり救護騎士団の団長だったようだ。
確か救護騎士団の団長は諸事情により人前に顔を出せない状態にあると鷲見先輩や朝顔から聞いていたんだけども、恐らくその諸事情が落ち着いたのだろう。
何でも軽く聞いた話だと今はある程度回復していてティーパーティーにも復帰している百合園先輩の体調と関係しているらしい。
詳しい話は俺様も良くわからないけど、百合園先輩はエデン条約の前にアリウスに襲撃されてそこから行方をくらましていたらしいから恐らくその護衛ということなのだろうけど……そんな重要人物の護衛を単独で任されるほどのなのだから、彼女が相当な実力者だというのは間違いないだろうな。
百合園先輩関係の話は気になるけど、今は詮索するのはよしておこう。
もしかしたらデリケートな話題かもしれないからな。
それに先生の話によると百合園先輩はもうティーパーティーに顔を出せる程度には回復しているらしいし、そもそも今そんな事を気にしている場合ではないだろう。
「先の件では救護騎士団にはお世話になりました、鷲見先輩や朝顔には助けてもらってばかりで感謝の言葉しかありません。」
「それはこちらも同じですよ、セリナやハナエから聞いていますがタツミさんは災厄の狐が現れた際に救護騎士団の団員を守ってくれたとのことで。遅れましたが、この場を借りてお礼を言わせてください。」
「いえ、あのくらいお安い御用ですよ。礼には及びません。」
それにあれは元を正せばワカモがふざけた理由でトリニティでテロを起こしやがったせいだしな。
まったくあの仮面女め、次に会った時は絶対にボコボコにして矯正局へブチ込んでやるからな……!
「それにしても聞きましたよタツミさん。貴方、20mm弾に撃たれたにも関わらず手術直後の体で動き回っていたそうですね?」
「えっ、い……いやそれはその……」
「セリナから聞きましたが、手術直後に病室から飛び出したそうですね?本来怪我人は病室で安静にしていなければなりません。医療関係者として、もし次同じようなことをしたら貴方には速攻救護を行いますからね?」
「ははは……お手柔らかにお願いします。」
妙な威圧感を出しながらそういう蒼森団長に、俺様は冷や汗をかきながら苦笑いでそう答えるしかなかった。
まぁあの時は事情が事情だったとは言え、蒼森団長の言っていることは100%正しいため頷くしかない。
……そう言えば、救護騎士団の団長と言えばこの前トリニティに来た時に耳に入ったのだが「団長が壊して騎士団が治療する」と言われるほどにはヤバいらしくトリニティ全域でもわりとやべー集団扱いされているらしい。
なんでも怪我人や病人が出ると救護騎士団の団長がすっ飛んできて、話を聞かずに連行しようとし、抵抗するとぶん殴って引きずって行かれるとかなんとか。
……いや、流石に世紀末すぎないか?
トリニティって確かお嬢様学校だったよな?
まぁそれを言うならゲヘナの救急医学部だって本当に怪我人かどうか確かめるために負傷者を銃撃したりしているし、正直言うと救護騎士団といい勝負だと思う。
と言うかサラッと言ってるけど、どっちも少なくとも医療組織がやっていい行為ではないだろう。
キヴォトスの医療組織は一体どうやってやがんだ……?
それにしても、ティーパーティーのホストにシスターフッドの長に救護騎士団の団長の三人がこの場にいるとは……なんだか不思議な組み合わせだな。
「ミネ団長、タツミさんが困っておられますよ。彼にも事情がお有りでしたので、あまり目くじらをたてなくても……それにナギサさんも困って居られるようですし。」
「それは察しますが、先程も言ったように医療関係者として見過ごすわけにはいきません。」
「……それを言うなら、私だって本当はタツミさんには病室で寝ていてほしかったんですけどね」
「……?良くわかりませんが、私はタツミさんやティーパーティーのホストを困らせるつもりはないのですが?」
蒼森団長の威圧感に気圧されている俺様を見かねたのか歌住先輩が助け舟を出してくれるが、蒼森団長はその言葉に対してピシャリとそう言い切った。
……なんというか、蒼森団長って結構堂々としているおかげか言葉が若干強く感じる部分がある気がするな。
まぁもちろん本人にそんなつもりはないと思うけど。
恐らくこの言葉のきつさは彼女の持っている正義感や責任感の強さから来るものなんだろう。
鷲見先輩や朝顔があれだけ尊敬するのだから、きっといい人なのは間違いないだろうしな。
「信念と誇りを掲げる尊き騎士団の一員として、道を誤った者を正すだけです。たとえそれが、正義実現委員会やティーパーティーの生徒だったとしても。」
……まぁ、ちょっと正義感がだいぶ強い人のようだけど。
何と言うか……わりと頑固そうな感じもするしな。
もしかしたら、俺様とちょっと似てるかもしれない。
「……」
「えっと……そのお言葉がすでにナギサさんを困らせているようですが?」
蒼森団長の言葉を聞いた桐藤先輩は苦笑いを浮かべており、それを歌住先輩が指摘するものの蒼森団長は「なにか問題でも?」と言う様な涼しい表情を浮かべていた。
なんか、やっぱ我が道を行くって感じの人なんだな。
段々と蒼森団長の性格が分かってきた気がする。
「さて、雑談はここまでにしておきましょうか。」
俺様がそんな事を思っていると、先程までの苦笑いから真剣な表情へと切り替えた桐藤先輩が口にする。
「……そうですね、桐藤先輩。」
「はい、そろそろ始めましょう。エデン条約関連の後処理と、事件の顛末についての会議を。」
こうして、議長代理に就任した俺様とティーパーティー+2名によるエデン条約の後処理の会議が始まった。