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「ミカさんはアリウスと内通していた経歴があります。彼女なら何か知っていてもおかしくはありません。」
「そ、それは……!」
歌住先輩の発言に、桐藤先輩は目を見開くと明らかに動揺したようにその場で狼狽え始めた。
……まぁ気持ちはわかる。聖園先輩は桐藤先輩と同じティーパーティーの仲間だし口ぶりからしてプライベートでも仲が良い様子が伺えるからな。
そんな相手の名前をここで出されて動揺しないわけがないだろう。
……とは言え、聖園先輩を問い詰めて良いのかどうかということには疑問が残る。
彼女は許されないことをしたとは言え、今はトリニティの監獄内で罪を償っている最中だ。
この前のティーパーティーの生徒達に手引されてゲヘナとの全面抗争の宣言をさせられそうになっていた時に話した感じだと、彼女はきちんと自分の罪を反省して監獄内での刑期を全うするつもりであるようだった。
あれから聖園先輩には一度も会ってはいないけど、大きな問題を起こしてはいないようだし変わらず監獄で罪の精算を行っているのは間違いないだろう。
そういう意味では、聖園先輩も白州先輩やアリウススクワッドと同じく今更こんなことに巻き込んでしまうのは良くないのではないか……?
「そ、そんな事は……ミカさん本人もアリウス自治区の位置だけは知らないと言っていて……」
「彼女は長い間アリウスと内通してきました。それなのにアリウスの位置を知らないという言葉を信じるのですか?」
「……待って下さい、歌住先輩。」
歌住先輩は動揺する桐藤先輩に畳み掛けるようにそう言葉をかけるが、俺様は彼女に待ったをかけた。
「……タツミさん?」
「確かに聖園先輩はアリウスを手引して百合園先輩の襲撃を先導していたのだから、アリウスについて何か知っているんじゃないかと疑うのはごく自然なことだとは思います。」
そう、聖園先輩がやったことを考えたら彼女が疑われるのは仕方のないことだとは思う。
だけど……
「ですが、聖園先輩は既にアリウスとは手を切って自分の行いを反省しています。それにそもそもカタコンベのアリウス自治区への入口は毎回変わるんですよね?なら今彼女に聞いたとしても分からないのでは?」
「それは……そうかもしれませんが。」
そう、問題はそこなのだ。
元アリウススクワッドの錠前や秤でさえ今のアリウス自治区の入口が分からないのだから、仮にアリウス自治区への行き方を知っていたとして毎回行くたびに入口の変わる今のアリウス自治区の入口を聖園先輩が把握しているとは考えにくいだろう。
それに今も言ったけど、聖園先輩はアリウスと手を組んで百合園先輩を襲撃した事を深く反省している。
なら、これ以上彼女をこっちの都合に巻き込んでしまうのは良くないことだろうからな。
「タツミさんの言いたいことは理解できます。ですがミカ様の今までの評判と行動は模範的とは言えません。」
俺様がそう考えていると、蒼森団長が声をかけてきた。
「確かに聖園先輩の普段の行動は良くないものなのかも知れません。だからってそれだけで聖園先輩を断罪するのは少し早計なのでは?」
「タツミさんの仰りたいことは理解できます。しかし、今はそれとこれとは話が別です。」
俺様は聖園先輩を庇うようにそう言葉を発するが、蒼森団長はピシャリとそう言い放つ。
「それは……」
……困ったな、正論なだけに何も言えない。
「ナギサ様はよくご存知だとは思いますが、ミカ様はティーパーティーに所属していることを盾に多くの過失や問題を誤魔化してきました。」
……いや、そんなことしてたのかよ聖園先輩。
そりゃ初対面で俺様にメンチ切ってきたり悪態ついてくるような人だからやんちゃな人だなーとは思ってたけど、それは流石に擁護しきれないぞ……?
「今現在学園で発生しているミカ様に対しての糾弾と騒動も彼女のこれまでの振る舞いと無関係とは言い切れません。」
ん……?糾弾と騒動だと?
どういうことだ?今トリニティでは聖園先輩に対してそんなことをする輩が居るってことなのか?
「ミカさんが嘘をついたということですか?アリウス自治区を隠すような。」
「その可能性は捨てきれないでしょう。ミカ様には前科がありますから。」
「そんな……!ミカさんは……!」
「ナギサ様がミカ様を思う気持ちはよく理解しております。その上で不躾なお話ではございますが、ミカ様の一番の理解者は誰かという議論になった場合……それは幼馴染であるナギサ様になるのではないでしょうか。」
淡々とそう言葉を紡いでいく蒼森団長。
と言うか、桐藤先輩と聖園先輩って幼馴染だったのか。
どうりでプライベートでも仲が良さそうだった訳だ。
「ナギサ様から見て、ミカ様はまだ私達に対して隠していることがあるように感じますか?」
蒼森団長がそう言うと桐藤先輩は静かに手に持っていたティーカップを置き、考え込むように目を閉じる。
そしてゆっくりと目を開くと……今までに見たことがないくらいの真剣な表情を浮かべて口を開いた。
「……私はミカさんを信じます。」
蒼森団長の目を真っ直ぐに見据え、力強くそう言う桐藤先輩。
「確かにミカさんは善良な生徒とは言えませんが……それでも私はミカさんを信じます。それが今回培った教訓でもありますから。」
……エデン条約前に百合園先輩が襲撃されたこともあって周囲のことを信じられずに疑心暗鬼になった結果、周囲に迷惑をかけてしまった桐藤先輩。
彼女の目からは、もう二度とそんな過ちを繰り返さないと言わんばかりの強い気持ちを感じた。
「他の方にも信じていただけるよう、今度行われる聴聞会に出席してミカさんを弁護致しましょう。貴方がたにも、そして必要ならば学園全体にミカさんの証言を信じていただけるように!」
声を荒らげ、ハッキリとそう言い切る桐藤先輩。
その勢いに歌住先輩と蒼森団長は気圧されているように見える。
「たとえそれで私が糾弾されるようなことになっても、私は……!」
「……いえ、私は仮説を口にしただけで他意はありません。誤解を招いてしまって申し訳ありませんでした、ナギサさん。」
「失礼致しました。非礼をお詫び申し上げます。それと私もこの事態……ミカ様に対する非難に対してはとても遺憾に思っております。」
桐藤先輩の言葉を聞いて思うところがあったのか、歌住先輩と蒼森団長は即座に桐藤先輩に謝罪を行った。
歌住先輩と蒼森団長……彼女達からすれば聖園先輩はティーパーティーに所属している目上の人間とか、今回のクーデターを起こした犯人とか以前に同じ学園の仲間。
二人の苦悶の表情から見ても、やはり同じ学校で共に学ぶ学友を疑うのは心が痛むのだろう。
ただ、シスターフッドの長や救護騎士団の団長として今回のテロの原因究明を行ってアリウスを何とかしなければならないという気持ちも充分に理解できる。
……上に立つのであれば、私情に縛られてはいけない。
自分の気持ちを押し殺してでも、全体の利益のために動かなければならない場合もあるだろう。
……そんな実感をヒシヒシと感じざるを得ない。
「……すみませんタツミ議長代理。このような内輪揉めを客人である貴方の前でしてしまって。」
「大丈夫です。桐藤先輩の聖園先輩を思う気持ちは痛いほど伝わって来ましたから。」
頭を下げてくる桐藤先輩に対して、俺様はそう答える。
「それに、歌住先輩や蒼森団長からは何が何でもアリウスからトリニティを守らなければいけないという強い思いも感じました。綺麗事だけでは学校を守ることは出来ません、誰かが憎まれ役を買って出る必要がある。それを歌住先輩や蒼森団長は引き受けてくれようとしていたように思います。」
「……」
「タツミさん……」
「御三方はやり方は違えどそれぞれトリニティの事を思ってのことですから、お気になさらないでください。美味しい紅茶もご馳走になっていることですしね。」
そう言って、俺様は笑顔を浮かべる。
「……ありがとうございます、タツミ議長代理。」
「いえ、それに遅かれ早かれアリウスに対しては何らかの手を打たなければなりませんからね。」
「……それはそうですね。では、アリウスに対しての対策を練るとともに本来の目的であるエデン条約の後処理の段取りも行ってしまいましょうか。」
桐藤先輩の一言に、俺様達三人はそれぞれ頷く。
そしてその後、アリウスに対する対策の話し合いと並行してエデン条約後に色々と残っていた後処理を行い今回の首脳会談は幕を閉じるのであった。
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あれから首脳会談を終えた俺様達は解散となり歌住先輩はシスターフッドの本拠地である大聖堂へ、蒼森団長は救護騎士団の本部へとそれぞれ戻って行った。
そんな中俺様はと言うと、桐藤先輩に聞きたいことがあるためティーパーティーの会議室に彼女と残っていた。
「……はぁ、胃が痛いですね。」
「お疲れ様でした桐藤先輩。これ、いつもの奴です。」
特大のため息を吐きつつ、そう呟く桐藤先輩。
俺様はそんな彼女の隣に近寄っていくと、ポケットから胃薬を取り出して彼女へと手渡した。
「ありがとうございます、毎度申し訳ありません。」
「いえ、俺様にできることと言えばこのくらいですからね……お気にせずに。」
申し訳なさそうな表情をする桐藤先輩に対して、俺様は笑顔を浮かべながらそう言う。
胃薬を受け取った桐藤先輩は早速封を切ると、中身を口の中へ放り込み水で胃の中へと押し込んでいた。
……トリニティに来て桐藤先輩と会う機会があったら毎回胃薬を渡してるんだけど、もう桐藤先輩が胃薬を飲む光景もすっかり見慣れちまったな。
本来なら胃薬に頼るのはあまり良くないんだろうが、桐藤先輩はトリニティのトップを務める人物。
俺様なんかでは想像も付かないような気苦労も多いだろう、特に何か問題ごとが起これば殴り合いで解決するゲヘナとは違って色々とジメジメした部分のあるトリニティなら尚更胃へのダメージも計り知れないものがある。
ある程度仕方がない部分はあるだろう。
ちなみにアリウスの対策は現状ではそれぞれが出来ることを尽力してアリウス自治区の場所を探るということで俺様達の意見が合ったため今後はそうしていく予定だ。
エデン条約のゴタゴタ……と言うか細かい後処理の部分もゲヘナとトリニティで分担して行う事で決定したので、とりあえず会談は成功したと言っていいだろうな。
「すみません、情けない姿を見せてしまって。」
「気になさらないでください。……それより桐藤先輩、聖園先輩の聴聞会と言うのは?」
力ない笑顔を浮かべる桐藤先輩に対してそう言った俺様は、疑問に思っていたことを彼女に問いかけた。
そう、俺様が聞きたいことと言うのは首脳会談中に桐藤先輩の口から飛び出した【聖園先輩の聴聞会】という何やら穏やかではないワードについてである。
「……そう言えばタツミ議長代理のお耳には入れていませんでしたね。申し訳ありません。」
「大丈夫です。……聖園先輩の事に関してはトリニティ内のデリケートな問題なのでゲヘナの議長代理である俺様なんかが軽々しく聞いて良い問題では無いと思いますが、差し支えなければ教えていただいても?」
俺様がそう言うと、桐藤先輩は首を縦に振った。
「実は……後日ミカさんの聴聞会がトリニティで行われる予定になっております。聴聞会と言っても、実際は先日の件に関する審問に近い……査問会のようなものだと思っていただければ。」
「……なるほど。聖園先輩は世間一般から見ればテロリストを手引きしてティーパーティーを襲撃しようとした犯罪者ですからね。」
「はい、これまでにミカさんが犯した罪……特にエデン条約に関することを中心に議論がなされる予定です。」
……なるほど、聴聞会とは名ばかりで実際にはそこで今後の聖園先輩の待遇を決める裁判のような物って事だな。
しかし聖園先輩は既に監獄に入って自分の罪と向き合いながら刑期を全うしようとしているのだから、これ以上公の場での糾弾をするのはどうかと思うのだけど……
まぁ、彼女が世間一般からしてみれば凶悪な犯罪者であることは紛れもない事実でもある。
それにゲヘナの、しかも議長代理である俺様がトリニティの決め事に対してあれこれ文句を付けるなんてことは逆立ちしたって出来ることじゃないだろう。
「……タツミ議長代理。」
そんな事を考えていると、唐突に神妙な面持ちを浮かべた桐藤先輩が俺様に声を掛けてくる。
「どうしました?桐藤先輩。」
「……ミカさんはきっと、退学になると思います。」
「えっ……!?」
彼女の言葉に、俺様は目を見開いて驚く。
た、退学だと……!?一体どういうことなんだ……!?
そりゃ確かに聖園先輩はアリウスを手引して百合園先輩を襲撃したことは事実だけど、キヴォトスにおいて退学というのは国外通報にも等しい行為だ。
キヴォトスはそれぞれの学園が独自の文化を形成し、学園自体が国家のような形を成している世界だ。
よって、それぞれの学園で発行されている学生証はその生徒本人の身分証明書……前世で言う免許書や保険証のような役割を果たしているのである。
当然学生証がなければ口座の開設や賃貸の契約も不可能だし、バイトにだって応募できなくなってしまう。
退学というのはその学生証を取り上げる行為であり、事実上の死刑宣告にも等しい行為だ。
だから各学園の生徒はそう簡単には追放できない決まりがあり、それこそ学園の存続自体が怪しいようなことをしない限りは退学になどならないはずなんだが……
「た、退学ってのはどういう……?」
「エデン条約の事件以来、トリニティ総合学園の情勢は複雑になりました。」
……いや、それはエデン条約前からわりとそうなのでは?と思わないこともない。
そもそも、まずトリニティにおいての生徒会に当たるティーパーティーが3つの分派から形成されている。
ティーパーティーの伝統として3つの分派のリーダーが定期的にホストになり学園の運営をしているとの事だが、一枚岩では無いということは揉め事も多いだろう。
しかもトリニティにはそれ以外にも大小問わず数え切れないくらいの分派があり、日夜派閥争いや権力争いなどで火花を散らしているらしいからな。
まぁそれに関してはゲヘナだって大小様々なテロ組織が日夜街で縄張り争いをしているので、交わされるのが言葉なのか拳なのかの違いでしかないとは思うけど。
……っと、話がそれたな。
「特にミカさんに対する世論はかなり悪化している状況です。ミカさんは既に自身の所属していた勢力のパテル分派から追放され、後日行われる聴聞会でティーパーティーの資格も剥奪されることが決定しています。」
……随分と厳しい処置だと言わざるを得ないな。
羽沼議長は俺様達万魔殿からの擁護もあってなんとか議長の座だけは剥奪されずに済んだけど、聖園先輩は分派からの追放に加えてティーパーティーからも追放とは……
蒼森団長が言うには、聖園先輩は普段からティーパーティーに所属していることをかさに着て多くの過失や問題を誤魔化してきたらしい。
それに聖園先輩は接していて感じたが、結構はっきり物を言うタイプだし好き嫌いがはっきりしている人だ。
俺様の経験上、ああいう人は味方も多いけど敵も多いタイプな人のように感じる。
恐らく、聖園先輩を普段からよく思ってない連中が働きかけているんだろうと思われるが……
正直あまりにも厳しいんじゃないかと異を唱えたいのは山々だけど、部外者である俺様が言ったところでどうにかなる問題ではないだろう。
くそっ……なんとかならないのか……?
「……過程や真相はともあれ、ミカさんはアリウス分校と結託してエデン条約の事件を起こした主犯ですから。致し方ないと取ることも出来るでしょう。」
「それは……そうですね。」
桐藤先輩の言う通り、そこに関して聖園先輩を擁護できる部分は俺様たちには無いからな。
その一点に関してだけは本当にどうしようもない。
「聴聞会が開かれるまでにも断罪を要求する騒動がたびたび発生し私刑としてミカさんのいる檻の中に石を投げ込む生徒が現れたりもしました。」
「……っ!」
「学園の掲示板にはミカさんに対する批判の書き込みが殺到し、パテル分派はミカさんが所属していたというだけで冷たい目で見られ……更にはミカさんが使っていた本や所持品は押収され、大事に集めていたアクセサリーも焼却されて……」
「そんなことが……!?」
……聖園先輩は自分の罪と向き合いながら監獄の中で刑期を全うして、罪を清算しようと頑張っているんだ。
罪を反省しているからと言って罰が必要ないわけではもちろんないけど、それは所属しているパテル分派からの追放とティーパーティーの資格剥奪でもう充分だろう。
それ以上の罰は彼女に対する処分なんかじゃない。
こんなの、ただの陰湿なイジメと何が違うってんだ……!
「ふざけやがって……!」
俺様は吐き捨てるようにそう呟くと、拳を強く握った。
握りしめた拳に爪が食い込むのを感じる。
「正義実現委員会が取り締まっていますが、学園全体に広がっているこの空気を払拭することは不可能に近いです。ミカさんは今やトリニティにおいての公共の敵のように扱われています。」
「……」
「それら全てを、ミカさんの背負うべき罪だと切り捨てることも出来ますが……」
「そんな訳無いでしょう、桐藤先輩。」
落胆したようにそう言う桐藤先輩に対して、俺様はキッパリとそう言い切る。
「聖園先輩のやった事が良くないことなのは事実ですし、彼女には罪を償ってもらう必要があるのは確かです。けど……そんな事をするのは間違っている!」
「タツミ議長代理……?」
「彼女は既にパテル分派からの追放と、ティーパーティーの資格の剥奪が決まっているんでしょう?もう充分な代償を払っているじゃないですか。それ以上聖園先輩を糾弾して、あまつさえ石を投げたり私物を燃やしたりするなんて……そんなの許されて良い訳がない!」
人間は誰だって生きていれば過ちの1つや2つくらいは犯してしまう生き物だ。
聖園先輩を糾弾している連中にだって、後ろめたいことや大きな失敗をしてしまったことだってあるだろう。
それを棚に上げて寄って集って聖園先輩に私刑を加えるなんて……そんな事が許されていいわけがない。
例えトリニティが許しても、この俺様が絶対許さねぇ。
「……その通りです。彼女は既に自分が犯した罪以上の代償を支払っています。こんなことがまかり通って良いはずがありません。ですので今度の聴聞会、私はミカさんの弁護をするつもりでいます。」
「……はい。きっと聖園先輩も心強いと思いますよ、桐藤先輩。」
決意に満ちた表情でそう言う桐藤先輩に対して、俺様は笑みを浮かべながらそう言った。
「俺様にもなにか出来ることがあれば言ってください。出来る限りの協力はしますから。」
「……良いのですか?貴方もご存知だとは思いますが、ミカさんは筋金入りのゲヘナ嫌いなのですよ?」
「……そんな事関係ありませんよ。」
そう、聖園先輩がゲヘナ嫌いなことなんてのは今はどうでもいい。
「ゲヘナだとかトリニティだとか、今はそんな事は関係ありません。こんな胸糞悪い事を見過ごせる訳がありませんから……それに、俺様は聖園先輩のことは嫌いじゃないですからね。」
「……ふふ、ありがとうございます。タツミ議長代理。」
俺様と桐藤先輩は互いに顔を見合わせて言葉を交わす。
トリニティの内部事情にあまり首を突っ込むのは良くないとは思うけど、流石にこんな鬼畜の所業を見逃せるはずがないからな。
「聴聞会の時、もし証人が必要ならば呼んでください。必ず出席させていただきます。」
「はい、よろしくお願い致します。」
聖園先輩を退学になんてさせるわけには行かない。
ゲヘナ所属の身でどこまで協力できるかは分からないけど、できる限りのことはさせてもらうとしよう。
「ちなみに聖園先輩の聴聞会はいつ頃開かれる予定ですか?もし分かっているなら今から予定の調整をさせていただきますが……」
「それが詳しい日程はまだ決まっておらず……少なくともそれほど近い日程ではないので、まだ猶予があることだけは救いでしょうか。」
「分かりました、ではまた日程が決まり次第連絡をもらえると助かります。」
「はい、分かりました。」
そしてその後も桐藤先輩と話し合いを続け、何かあれば連絡をしてほしいと彼女に連絡先を渡した俺様はそのままティーパーティーの会議室を後にするのだった。
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「しかし、まさかそんな事になっていたとはなぁ……」
ティーパーティーの本部を出て、トリニティの正門へと向かって歩を進める俺様。
何度も赴いてすっかりと見慣れた道を歩きつつ、俺様はそう独り言を呟いていた。
「確かに聖園先輩がやったことは許されることじゃないけど、それを理由にリンチするってのは……」
それこそ、流石に許されていいわけがないからな。
彼女は既に身の丈以上の厳しい罰を喰らおうとしているんだ。それ以上彼女に罰を、しかもよってたかって私刑を加えるなんてことが黙認されて良い訳がないだろう。
必ずなんとかしなければならない。
「とは言え、どうしたもんか……」
桐藤先輩にも言ったけど、俺様は今やゲヘナの議長代理っていう責任のある立場になっている。
平役員であった時でさえトリニティの生徒達からは一部を除いて嫌な顔しかされなかったのに、仮にもゲヘナの代表である今の俺様が聖園先輩の処分に軽々しく口を出すなんてのは超越行為もいいとこだろう。
聴聞会の証人として出席するとは言ったものの、俺様がトリニティで出来ることは限られている。
となると、頼みの綱はやはりシスターフッドや補修授業部のみんなを頼ることくらいだろうか。
くっ……責任ある立場を任されておきながら目の前で苦しんでいる女の子1人さえ自分で救えないなんて……自分の無力さに怒りが沸いてきそうだ。
……先生も、俺様が怪我をしたときはこんな感じだったのだろうか。
「……ん?」
そんな事を考えながら正門への道を歩き続けていると、ふと周囲が何やら騒がしいことに気がついた。
何事かと思いざわざわと騒々しい方に目をやると、そこには黒いセーラー服を着た正義実現委員会の部員とトリニティの制服を着たトリニティの生徒達が何やら押し問答をしている様子が目に入ってくる。
「……なんだ?揉め事か?」
本来ならば余計なことに首を突っ込むのは良くないんだろうけど、あの雰囲気……恐らくただ事じゃない。
俺様は必要あらば気圧されている様子の正義実現委員会の部員に加勢することも視野に、その騒がしい集団へ向かって歩き出すと徐々に距離を詰めていく。
そして彼女達の少し後ろまでやって来ると、彼女達の言葉が耳に入ってきた。
「セイア様を害そうとした裏切り者を引きずり出せ!」
「罪人には罪を!断罪を!」
……なるほど、どうやら聞いている限りだと聖園先輩に不満を持っている連中がデモを起こしているようだ。
先程から聖園先輩に対する罵詈雑言が飛び交っている。
「み、みなさん!この線の中から出ないでください!」
「落ち着いてください!不満は聴聞会の時に挙手してお願いします!ここは公共の場です!」
そんな聖園先輩に対する不満を爆発させている生徒達を正義実現委員会の部員たちが必死に抑えているが、デモ隊の人数が多くかなり手を焼いているようだった。
「裏切り者に罰を!私達を騙した代償を!」
「アリウスと手を組んでエデン条約を台無しにした罪人がティーパーティーだなんて、許せません!」
……ハッ、くだらねぇな。
そもそもお前達はエデン条約に関しては反対していたヤツの方が多かったんじゃないのか?
その証拠にお前達は俺様が仕事でトリニティに来ていた時にゴミを見るような目で見てきたし、時には「ゲヘナの悪魔は消えろ!」とか言ってくれたよなぁ?
歌住先輩や補修授業部のように、ゲヘナに偏見がなければそんなことを言う道理がないだろう。
何人かデモ隊の中に見覚えのある生徒がいる。
忘れたとは言わせねぇぞ?
ったく、聖園先輩を脱獄させてゲヘナに宣戦布告させようとしていた時もそうだったけど、なんでこうトリニティの生徒ってのは他責思考の奴が多いんだろうな。
……聖園先輩はもう既に充分すぎるほどの代償を支払うことが決定しているんだ。
お前たちのやっていることは正当な批判じゃない。
自分達が正義を叫んで石を投げられる無抵抗な相手を必要以上に痛めつけるだけの、ただの陰湿なイジメだ。
そう言えば、前世の現代日本でもよくSNSなどで炎上した個人が謝罪しているにも関わらず必要以上に心無い返信を送りつけて正義感に浸っているクズのような人間が大勢いた事を思い出す。
結局、世界を超えても人……と言うか、大衆心理の本質は変わらないってことなんだろうな。
そう考えると悲しくなる。
こんな連中に、聖園先輩を退学にさせられてたまるか。
……とは言え、ここで俺様が頭に血が上った状態で殴り込んでいったところで事態がどうこうなる訳じゃない。
むしろゲヘナの生徒に庇われるなんて……!といらん懸念を産んで、余計に聖園先輩に対する集団リンチが加速する可能性だってあるんだ。
流石にこの連中をこのまま暴れさせておくわけにもいかないが、正義実現委員会の対応部隊も迫力に押されているだけで人数は足りているみたいだし下手に俺様が出ていかないほうが良いのは間違いないだろう。
(……悔しいけど、今は我慢するしかなさそうだな。)
俺様は唇を噛み締めると踵を返し、再びトリニティの正門へと向かって歩き出した。
しかし事態は思ったよりも深刻だ、なにか早急に手を打つ必要があるのは間違いない。
……トリニティにもいい人たちが居るのは分かっている。
桐藤先輩や歌住先輩はゲヘナに対して偏見のないいい人たちだし、羽川先輩のように元々はゲヘナ嫌いだったけど俺様との交流を通じて考えを改めてくれた話の分かる人達だっているんだ。
……けど。
「聖園ミカに厳罰を!」
「裏切り者!さっさと死んでしまえ!」
トリニティのこういう、陰湿で同調圧力に満ちた空気ってのは……俺様はあまり好きじゃない。
俺様がゲヘナで育ったって言うのはもちろんあるだろうけど、それでもこんな弱いものイジメみたいな事はゲヘナでは卑怯なことだとして滅多に起こらないからな。
気に入らない奴はぶっ飛ばして、拳で全て解決する。
それがゲヘナで生きる者の流儀だからな。
まぁこんなんだから治安が世紀末じみているし、トリニティからは野蛮人扱いされるんだろうけど……
それでも、目の前で行われている光景に比べたらよっぽど清々しくてわかりやすかった。
『確かにトリニティにも良いやつが居るのは間違いないだろう。だが、個人と組織は違う。組織として見た時にゲヘナとトリニティが手を取り合えるとは思わん。』
羽沼議長の言葉を思い出す。
同じトリニティ内でこれなら、仮にエデン条約が無事に結べたとしてその後にとんでもない量の問題が起こっていたのは火を見るよりも明らかだろう。
羽沼議長はエデン条約の会議のためにトリニティへ赴いていたから、もしかしたらそこで俺様と同じようなゲヘナ差別を受けていたのかもしれないしな。
だからといって、エデン条約会場にミサイルを撃ち込むことを黙認するなんて羽沼議長のやり方は決して許されるものではなかったが……今なら少しだけ、ほんの少しだけ、彼女の気持ちが分かる気がする。
(……アンタの言う通りかもしれないよ、羽沼議長。)
けど、トリニティにはいい人たちが居るのも事実。
……大丈夫。今回の件でエデン条約は破談になってしまったけど、両校が歩み寄れる方法はかならずあるはずだ。
まずはそのためにも……桐藤先輩と協力して、トリニティに蔓延しているこの空気を払拭しなければ。
(……先生にも相談してみるかな。)
頭の中でそんな事を考えつつ、俺様はトリニティの正門をくぐってゲヘナへと向けた帰路に付くのだった。
なお、帰った後にダメージを受けたメンタルをイブキ吸いで回復したことをここに記しておく。
「あーーー……生き返るーーー……」
「あはは!くすぐったいよお兄ちゃん!」
なおその際、何故か棗先輩からの視線が冷たかったのだが……まぁ気のせいだと思っておくことにしよう。
この先の展開ですが、一旦カルバノグ冒頭を挟んで
それからアビ夏→カルバノグ→エデン4章を予定しています
その合間合間に日常編を挟む予定ですね
あくまで予定なので、前後することもありますので
その場合はご了承ください
ちなみに山海経編も予定しております