「私がSRTを志した理由。それはそこにしかない【正義】がSRTにはあるからです。」
椅子に深く腰掛け、明後日の方向を向きながら自分がSRTへ入学した理由を話し始めた月雪。
彼女の口から最初に出てきた言葉は、彼女が前々からよく口にしていた【正義】というものだった。
「そこにしかない正義……か。」
「はい。改めて話すと、難しい概念ではあります。ですが貴方も正義について耳にする機会はあるでしょう。」
「……そうだな。」
月雪の言う通り、正義って概念はこの世の中において一番難解かつ難しい概念だと言っても過言ではない。
何故ならば、正義の形と言うのは十人十色。一つたりとも同じ形をした正義なんてものは存在しないからだ。
例えば、子ども達に大人気の朝8時からキヴォトスにて放送されている戦隊ヒーローを例に出して話をしよう。
その話は街を守る5人のヒーローと、世界征服を企む悪の組織の戦いを描いた番組なのだがヒーロー側にも悪の組織側にもそれぞれの正義があって戦いを続けている。
悪の組織側は「人間が増えすぎて環境破壊をしていて、これ以上の環境破壊を行わせないために自分達が世界を征服して人間を間引く」と彼らの言う【正義】を掲げて人々の住む街を襲撃している。
対するヒーロー側は「だからといってそれが人間を殺していい理由にはならない」と言ってこれまた【正義】の名の元に街の人々を守るために日々奮闘をする……といった感じだな。
当然世間一般的にはヒーローの意見のほうが正しいように思えるが、番組のファンの中には悪の組織の掲げる信念を支持している層もわりと多いと聞く。
この前の子ウサギ公園の攻防戦だってそうだ。
こいつらRABBIT小隊は、SRTの廃校を阻止するためという自分達の【正義】を掲げてデモを起こした。
対するヴァルキューレは市民の安全を守るため、テロ同然の行為を行うこいつらを鎮圧するために【正義】の名の元に公安局や警備局を出動させて戦った。
どちらもそれぞれの正義があって、それぞれの正義を押し通すためにお互いに武器を取って向かい合った。
このことからも分かるように、正義っていうのは人によってその形を容易に変える概念でもあるのだ。
だからこそ正義が何かを論じるのは非常に難しい。
だって答えは人によって違う。つまり、正義ってのは【正解のない概念】だと言ってもいいのだから。
そして……正解がないと同時に、正義ってのは【絶対に譲ることのできない概念】という事でもある。
絶対に譲ることは出来ないが、正解はない。
一見矛盾しているように見えるが、この内容こそ正義の持つ本質だと俺様は考えている。
そしてお互いの譲れない正義がぶつかった時……それは争いを生み、やがて戦争になる。
そしてその戦争で勝ったほうが正義になり、敗者は賊軍として悪になる……って寸法だな。
まぁちょっと話はそれたけど、早い話が正義に正解なんてものはないってことだ。
その証拠に、俺様の正義と月雪の正義は違う。
それは月雪が俺様を邪険に扱っていることから見ても明らかだ。それを論じるのがいかに難しいかなんて、それこそ火を見るよりも明らかだろうからな。
「改めて言っておきますと、私は特段ヴァルキューレが嫌いだから転校を拒否したわけではありません。嫌なのはあくまでSRTを去ることです。」
「……そこにお前の言う正義があるからか?」
「はい。ヴァルキューレや他の学園にも正義を掲げる集団はあると思いますが……しかし私にとって、彼女達の正義は本当の正義ではないと考えています。」
「一つ良いか月雪。お前が思う正義とそれぞれの学園の掲げる正義ってのは違う。もしお前が、お前の思う正義を押し付けて他の学園の正義を否定するなら……」
「……安心してください。それは理解しています。あくまで私の中の正義は私の中のもの。他の学園の集団の正義もまた、1つの正義の形ではありますから。」
「……そうか。ならいい。話の腰を折って悪かった。」
俺様は息を吐き、手元にあったマグカップを手にとって乾いた口の中へと水を流し込む。
よく冷えた水が喉を通っていき、頭がクリアになる。
「いえ。……続けますと、私の考えでは正義とは理にかなった正しい道理のこと。その道理は真理に基づくものです。であるならば、相手や状況によって変わるものではありません。」
「……」
「しかしキヴォトスにおける各所の治安維持組織は様々な利害関係の中にあります。その結果、彼女達は正義というものを自分達独自に歪曲し続けて来ました。」
……月雪はそう言うけど、それは歪曲ではない。
学園や立場によってそれぞれの正義は違うってだけだ。
例えばゲヘナ学園の風紀委員会とトリニティ総合学園の正義実現委員会は共に互いの自地区の治安維持を目的とした部隊でそれぞれが自分達の正義の元に活動を続けているが、元々の関係の悪さや生徒同士のイザコザなどもあり片方の生徒がもう片方の自治区で問題を起こした時は制圧に向かった治安維持組織同士で戦闘になってしまうなんてことも少なくない。
けど、それは互いに問題に対処する……つまり市民の安全を守るために起こした行動であって彼女達の行いはまさしく正義を守るための行動なのは間違いない。
まぁ最近はトリニティからは桐藤先輩と剣先委員長、ゲヘナからは俺様と空崎委員長が顔を合わせて取り決めをしているので前よりはお互いの衝突も減って協力して不良の制圧に取り組めるようにはなったけど、まだまだ問題は山積みだからな。
で、その問題を解決するために俺様はゲヘナとトリニティや連邦生徒会を行ったり来たりして各所へ頭を下げているしそれに付随する書類だって大量に処理している。
全てはお互いの治安を良くするため、市民に安全に暮らしてもらうため……そして、互いの掲げる【正義】を実行するため。俺様達は日々努力している。
確かにそれは傍から見れば都合よく正義を歪曲しているようにも見えるのかもしれない。
でも現実問題として、守らなければならない物を守るためにはなりふり構ってられない場合もある。
何故ならばそうしてでも守りたい世界が、守らなければならない人達がいるからだ。
月雪の意見も、彼女なりの正義を信じてのことなのは理解できるから否定するつもりは微塵もない。
まぁ月雪とて「自分の正義と他の学園の正義は違う」と前置きしているので、ある程度理解はしてはいるんだろうからこんな事を思うのはそもそも失礼って話だが……
けど、組織に所属するっていうのは本人がいくら嫌がっても利害関係に縛られるのは仕方ない事を意味する。
キヴォトスと言う社会で生きていくに当たって、利害関係が発生するのは至極当たり前のことなのだ。
それだけはしっかり理解しておいてほしいとは思う。
……まったく、社会ってのはどうしてこう理不尽かねぇ。
そういう意味では、月雪の考えは胃薬が愛用品である俺様からすると汚れのないまっさらで真っ白な眩しいほど青々しい思想だと言わざるを得ないだろう。
だからといって、別にそれが悪いとは言わない。
けど、桐藤先輩や空崎委員長のように苦労にまみれて血反吐を吐いてでも自分の正義のために働いている人を見ている身からすると……カチンと来るのは間違いない。
まぁここでこの思いを月雪にぶつけるのはそれこそお門違いだから、思ってても絶対に言わないけどな。
「……まぁ、それはそうかもしれないな。」
「はい。しかしSRT特殊学園だけは……学園間の関係や利害の問題に左右されず、自らが信じる正義を実行していました。時と場所を選ばず、相手が誰であっても同じ基準で一つの正義を追求する組織……そんなSRT特殊学園に、私は憧れたのです。そういった屈強な正義に。」
なるほど。月雪の考えは理解できた。
確かにSRT特殊学園は、連邦生徒会長から特権を与えられた迅速に犯罪者を制圧するためのエリート部隊だ。
けどな月雪。お前の言うその学園間の関係や利害の概念を無視してSRTが自分の正義を実行できるのは、SRTが連邦生徒会長直属の部隊だったからに他ならないんだぞ。
SRTは早い話がシャーレと同じで、他の自治区に対して無制限に介入が出来て自分たちの判断でその自治区内での戦闘行為も認められている強大な権力がある部隊だ。
つまりめちゃくちゃ悪い言い方をすると、人の家の庭にズカズカと入り込んできて「自分達には自分達のやり方がある」と主張する面の皮が厚い集団とも言える訳だ。
元々その自治区で必死に治安維持をしてきた人からしたら、突然やって来たエリート部隊からそんな偉そうな態度を取られたら面白くないだろう。
そのような特権はたしかに強力だが、正しい目的と正しい運用によって初めてその価値を引き出せるもの。
そうじゃなければただ危険を招くだけの物に過ぎない。
その点、シャーレは先生の人徳のおかげであまりその辺は問題になってないからいかに先生が生徒の信頼を勝ち取るプロであるかと言うのが分かるが……それは今関係ない話なので置いておくとしよう。
まぁ恐らくだけど月雪はSRTのそんな正義に憧れてSRTに入ったのだから当然SRTから見える景色しか知らないはずだし、ゲヘナやトリニティのように学園間の問題や利害関係で動く学園の内情は知らないのだろう。
それに月雪の正義に憧れてSRTを目指したという思いはその事を語っている時の彼女の楽しそうな表情を見て分かるように彼女の信念と言えるものに違いない。
けど、世の中はお前が思っているほど公平ではない。
月雪達SRTには特権がある。その特権に守られながら正義を論じるのは結構なことだけど、そのうち過酷な現場で妥協に塗れながら仕事をする人たちのことも……これから学んでいってほしいと思う。
だから、俺様のこのもやもやした思いを彼女へぶつけるのは理不尽極まりないだろう。
確かに彼女の意見は捉えように寄っては現場で心労に塗れながら日々仕事をする桐藤先輩や空崎委員長を蔑ろにするものかもしれないけど、彼女に対してそれを察しろと言うのはあまりにも理不尽な事は間違いない。
だって、ゲヘナの議長代理である俺様とSRTの特殊部隊である彼女とでは見えている景色が180度違うのだから。
そもそも正義の形は人によって違うんだし、俺様の正義と彼女の正義は全くの別物なのだからこんな思いは抱くだけ無駄というものだろう。
まぁ……カチンと来たのは否定しないけどな。
……はは、何言ってんだろうな俺様。
もう自分の中で感情がぐちゃぐちゃになってきた。
そもそも俺様とこいつらは同じ1年生。同級生だぞ?
なーんでこんなくたびれたおっさんみたいな事を思わなきゃならないのかねぇ。
……まぁでも仕方ないだろ。俺様は月雪のことを【若くて青い】って思っちまったんだから。
汚れのない目で正義を熱く語る月雪の目は、これからの未来に期待をしている青々しい若者そのものだ。
俺様みたいな、毎日書類仕事に相殺されている身からすると……心底眩しくて、羨ましかった。
「……タツミくん?大丈夫?」
「え……あ、あぁ。大丈夫だ霞沢。心配かけてすまん。」
俺様がそんな事をぼーっと思っていると、そんな様子を不審に思ったのかいつの間にか隣に座っていた霞沢がそう声を掛けてきた。
俺様はハッとなり慌てて霞沢に笑顔を作ってそう言うと手元のコップを手に取り中の水を全て口へ流し込む。
「……続けても構いませんか?」
「あぁ、大丈夫だ。悪かったな月雪。」
怪訝そうな表情をしてそう言ってくる月雪に対して、俺様はコップをテーブルへ置きながらそう言った。
「では続きを……そのような感じで私はSRTを志したのですが、SRT特殊学園は閉鎖。しかし、私達は戦い続けます。全てはSRT特殊学園の復活のために。」
「……仮に、その勝算が薄いとしてもか?」
「はい。諦めない限りSRTの名は無くなりませんので。」
月雪は俺様の目を真っ直ぐに見据えると、淀みのない口調でキッパリとそう言いきった。
……まぁ最初から分かっていたことだけど、こいつの意思はどうやら岩よりも硬いようだ。
「浮かない顔をしていますね。私の正義に何か問題点でも有りましたか?」
「……いや、別にそんな事はねぇよ。お前の掲げる正義ってのはきっとSRTの信念にも基づく物なんだろう。ならその正義は意地でも貫くべきだと俺様は思う。」
「……はい、そうさせていただきます。」
俺様がそう言うと、月雪は少し意外そうな顔をしながらも静かにそう言った。
「意外ですね。貴方のことですから、てっきり噛み付いてくるかと思っていたのですが。」
「あのなぁ……お前は俺様をなんだと思ってるんだ?」
「……正直言うと良く分かりません。強いて言うなら頼んでもないのに勝手に安くない食材を買ってきて私達のために料理を作って、理由を聞けば栄養バランスが心配と言い……私達から邪険にされているのにも関わらず私達の心配をする理解不能な得体の知れない人でしょうか。」
「おい、お前といい空井といい少しはオブラートに包んだ言い方が出来ねぇのか?」
容赦のない言葉をぶつけてくる月雪に、俺様は苦笑しつつそう言う。
「……まぁ思うところがないといえば嘘にはなるな。」
「それはそうでしょう。私の正義と貴方の正義は違うのですから。ですがそれが悪いことだとは思いません。」
「あぁ……その通りだ。俺様の正義とお前の正義、どっちが正しくてどっちが間違ってるとかじゃない。どっちも正しくて、どっちも互いに譲れない。そうだろ?」
「……ふふっ、そうかもしれませんね。」
月雪は初めて俺様へ向けて柔らかな笑みを浮かべながらそう言うと、すぐにハッとしたようにいつもの仏頂面を顔に浮かべて口を開く。
……なんだ、お前もそんな顔が出来るんじゃないか月雪。
ずっと仏頂面を浮かべているから喜怒哀楽が無いやつかと思っちまったぜ?……まぁそれはともかくとして。
そう、俺様の正義と月雪の正義は違う。
だから俺様がこいつにこのデモを辞めてSRTの廃校を受け入れろという権利はないし、仮に言ったとてこいつらはデモをすることを辞めないだろう。
そんな事を言われて辞めるなら、最初にヴァルキューレと対峙した時に武器を置いているはずだからな。
こいつらの気持ちは岩よりも硬いし、そしてその気持ちは理解出来るし納得のいくものでもある。
ただ、取った手段がマズかったと言うだけだ。
そしてそのまずかった手段をこいつらはしっかりと反省しているし、繰り返さないと約束もしている。
なら、この話はそれでいいって事にしておこう。
これ以上もやもやした思いを抱えるよりも、そうやって割り切っちまう方がお互いにとって一番だろうからな。
それに、月雪を始めとしてこいつらは自分達の信念を貫き通そうとしている。
決して楽な道ではないはずだけど、自ら茨の道を選んででても自分達の信念と意地を貫くと言うのは……俺様も嫌いではないからな。
……さ、気持ちを切り替えるとしようか!
「ともかく、以上が私がSRTを志した理由です。さぁ、しっかり話したのですから次の献立もしっかりデザートを付けてもらいますよ。」
そう言うと、至極真剣な表情を浮かべる月雪。
……そう言えばこいつが俺様にSRTに入学した理由を話してくれたのって空井や風倉に話さないと次はデザート抜きだぞって囃し立てられたからだったな。
別に心配しなくてもそんな事するつもりは無いのに……ってか、月雪の奴あれだけ「もう来るな」とか言っておきながら次の献立の事を考えているのかよ。
未だに塩対応ではあるが……なんだかんだ言いつつ、少しはこいつに認めてもらえているのだろうか。
「安心しろ。言っただろ、別に話さなくてもデザートは抜かねぇよって。」
「……そう言えばそうでしたね。」
「あぁ。ま、なんやかんやで俺様の料理を楽しみにしてくれてるのは嬉しいけどな。」
「それは……悔しいですが貴方の料理はとても美味しいのは事実ですからね。それにお節介とは言え、私達がコンビニの廃棄弁当ばかりを食べている事実を心配してくださっているので……その点に関してだけは、感謝しています。ありがとうございます。」
そう言うと、ペコリと頭を下げてくる月雪。
「気にすんな。俺様が好きでやってるだけのことだ。」
そんな彼女に対し、俺様はサラリとそう言ってのけた。
まぁよくよく考えたら俺様がこいつらに飯を作ってるのって誰に頼まれてるわけでもなく、俺様自身が純粋に栄養バランスを心配してやってるだけの事だからな。
だから別に頭を下げられることもないんだが……まぁ、感謝は素直に受け取っておこう。
「まぁ廃棄弁当も悪くないけど、温かい料理には勝てないからねー。」
「あぁ。それにタツミの料理はレパートリーも豊富だし毎回違うメニューを作りながら、きちんと栄養のことも考えられてるからな……」
「それにタツミくんは毎回余った材料で日持ちする物を作り置きして帰ってくれるから、それもすごく助かってるしね……」
月雪の言葉を皮切りに、それぞれ思ったことを口にしていくRABBIT小隊の面々。
「まぁ材料を余らせるのは勿体ねぇしな。それにお前らは育ち盛りのまだまだお子ちゃまなんだから、コンビニ弁当だけじゃなくて野菜も食わねぇとな。」
「お子ちゃまって……タツミだって私達と同じ1年生じゃんか。何大人ぶってんだっての。」
まぁそりゃ俺様はキヴォトスでは15歳の1年生だけど、それに加えて前世で17年生きてるから厳密にはお前達よりも一回り以上歳上ではあるんだよな。
まぁ、そんな事言うつもりはないし今世では同い年の同級生なのは紛れもない事実ではあるけど。
「まぁこの歳で議長代理なんて物になると色々達観もするもんだぜ?そりゃ大人っぽくもなるさ。」
「にしても達観しすぎだろ。もはや大人を超えてジジイか何かだろお前は。」
「バカ言え。ジジイが孫くらいの歳の奴と言い合いをしたりするかよ。」
「……まぁそれもそうか。」
「いや納得すんのかい。」
……まぁでも、よくよく考えたらRABBIT小隊って全員が1年生で俺様と同級生だから今のところ割と何の気も使わずに接するのことの出来ている集団ではある。
もちろん上級生との会話とかコミュニケーションが苦と言う訳じゃないけど、やっぱり同級生独特の空気感ってのはあるもんだからな。
「で、でもすごいよね。1年生なのにゲヘナの議長の代理を任されてるなんて……」
「いや別にそんな大層なモンでもないぞ?ただ毎日山のように積み上がる書類を崩したり、学園内の委員会や部活と打ち合わせしたり、クレーム処理をしたり、他の学校に外交に行ったりするだけで……」
「うわぁ聞いてるだけで胃が痛くなりそう。私には絶対に無理だねー。」
うへぇ、とでも言いたげな表情を浮かべつつ味噌汁を飲みながら風倉はそう言った。
「……重くはないのですか?1年生の身でありながら、そんな重圧を背負うのは。」
「なんだ、俺様のことを心配してくれてんのか月雪?」
「……勘違いしないでください。心配しているのではなく純粋に疑問に思ったから質問しているだけです。」
そう言うと、月雪はデザートの器を手に取りながらジト目を作って呆れたような表情を俺様へ向けてくる。
「まぁ重圧がないと言えば嘘にはなるな。ゲヘナの議長代理ってことは、ゲヘナの未来が現状俺様の肩に乗っかってる状態になる。そりゃプレッシャーも半端ないし、正直毎日胃がキリキリしてるのは間違いない。」
おかげで胃薬の量も平の役員だった頃の2倍くらいには増えちまったしな、そろそろ飲み過ぎで胃が荒れて来ないか心配になって来る頃だ。
「それに各部活は予算を増やせって好き勝手言ってきやがるし美食研究会や温泉開発部どもはテロを起こしまくるし、日常的に街が爆破されるからその対応にも追われるし……毎日何かしら起こるから目が回りそうだな。」
「いや、日常的に街が爆破されるってなんだよ……」
空井が信じられないものを見るような目でこちらを見てくるが、だって仕方ないだろ。ゲヘナなんだし。
「……そんな問題ばかりが起こる学園の代表を務めていて辛くはないのですか?」
「辛くないわけないだろ。正直言うとこんな重圧なんて投げ出して平役員だった頃みたいにのんびり仕事してぇよ。けど、俺様は議長代理を決めるためのゲヘナを挙げた選挙によって民意で議長代理に選ばれたんだ。なら、俺様にはゲヘナのみんなの期待に答える義務がある。重圧から逃げるわけには行かないからな。」
そう、ゲヘナで開かれた選挙においてゲヘナの生徒達は決して軽くない1票を俺様に投じてくれた。
なら、その期待には応えないと行けないからな。
「それに問題は多いとは言え、ゲヘナは俺様が赤ん坊の頃から育ってきた生まれ故郷でもある。そんな大切な場所をこの手で守れるなら、それも悪くはないからな。」
「だが、それをするには大きな責任が伴うんだろ?」
「そりゃそうだ。ゲヘナのバカどもが起こしたテロ行為は基本的には議長代理の責任になるし、その度に被害にあった人に謝罪しに行かなきゃならねぇ。そのおかげですっかり胃薬が愛用品になっちまった。」
「うわぁ……ストレスやばそうだねぇ。」
「まぁでも仕方ねぇよ。それが人の上の立つってこと。そして上に立つ者が背負うべき責任だからな。」
「なるほど、それが貴方の正義ということですか?」
「正義って言う程たいそれたもんでもないと思うが……まぁお前の言葉を借りて言うならその通りだな。」
月雪の問いに、俺様は静かに答える。
「ゲヘナを守ること、親しい人を守ること、そして妹を守ること。そのためなら俺様はどんな苦労でも厭わないし、どんな事だってやってやる。それが俺様の掲げている信念であり……そして正義だ。」
「……」
「まぁ、早い話が俺様自身の大切な物を守るために戦うってことだよ。」
考えてみれば、俺様と月雪が戦う理由の根っこは同じなのかもしれない。
俺様はゲヘナの皆や親しい人達、そして何よりも大切な妹であるイブキを守るために。
月雪は自分の居場所であるSRT、そして自分の存在意義である正義を守るために。
確かに守りたいものは互いに違うけど「大切なものを守るために戦う」という信念は同じように思えるからな。
「お前だって大切な物のため、自分が譲れないもののために戦おうとしているんだろ?俺様もそうだ。違うのは互いに守りたいもんが違うってことだけ。案外、俺様とお前の信念に違いはないのかもしれねぇな。」
「……そうですね、そうかもしれません。」
俺様が不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、月雪もそれに応えるかのように好戦的な笑みを浮かべながらそう言った。
うんうん、いい表情をするようになってきて何よりだ。
「前にも言ったと思うけど、お前達がデモを続ける理由自体は理解できるからな。俺様の方でも何とか出来ないか、今度連邦生徒会へ行ったときに防衛室長辺りにでも掛け合ってみるとするよ。」
「それは……いえ、結構です。貴方にそこまでしてもらう義理が私達にはありません。」
「なんだ遠慮してんのか?気にすんなって。それに俺様が議長代理の業務で連邦生徒会へ行かなきゃならん用事もあるしな。ついでだついで。」
「何故ですか?私達は自分で言うのも何ですが、貴方に結構ひどい態度を取っている自覚があります。それなのにどうして……」
「言っただろ、お前らがデモを続ける気持ちは俺様には理解できるんだよ。それに……だ。」
俺様はそこまで言うと、一旦言葉を区切る。
そして笑みを浮かべると、月雪に向かって口を開いた。
「人を助けるのに理由はいらない……そうだろ?」
「……本当に変な人ですね。」
月雪は心底理解できないと言った口調でそう言いつつ、その顔には呆れたような笑みが浮かんでいた。
「と言うか前にも言ってたよねそれ。なになに?もしかしてタツミの決め台詞だったり?」
「んなわけねーだろ。そうだな……まぁ強いて言うなら俺様に昔人を助けるってことを教えてくれた恩人からの言葉ってところだな。」
「恩師からの言葉か……なるほど。それはさぞ大切にしているんだろうな。」
「あぁ。あの人には感謝してるよ。」
俺様は青空を見上げながらしみじみとそう呟く。
……ドラゴンマンに出会えなかったら、今の俺様は居なかったかもしれないからな。
「へぇ……その決め台詞で一体何人の女の子を堕として来たんだろうねぇこのスケコマシは。」
「はぁ?おい風倉。俺様はスケコマシじゃねぇぞ。」
「いやいやいや、あんな無自覚クソボケムーブをかましといてそれは無理があるでしょ。」
「それには同感ですね。」
「まったくだな。」
「わ、私は頭撫でられたし……嫌じゃなかったけど……」
「無自覚クソボケムーブってなんだよ!?と言うか誰がクソボケだコラァ!クソボケは言いすぎだろ!せめてバカって言えバカって!」
つーか何でお前らにそこまでボロカスに言われないといけないんだよ!俺様お前らになんかしたか!?
「えぇ……クソボケの意味すら分かってないの……?」
「嘘だろ?……やっぱりクソボケじゃないか。」
「言いたい放題言ってんじゃねぇよバカども!お前らは俺様のことを何だと思ってやがる!?」
「得体の知れない人。」
「お節介野郎。」
「むっつりスケベ。」
「お、女の敵……」
「はっ倒すぞテメェら!!!」
全員もれなく悪口じゃねぇか!シバかれてぇのか!
と言うか女の敵ってなんだよ霞沢!?俺様お前を慰めてやったってのにその言い草はひどくないか!?
いや、別に見返りを求めて励ましたわけでは断じてないけどあまりにも言い方がクレイジーすぎるだろ!
くそ、おとなしい顔してるからって油断していたぜ……!
その後もギャーギャーと騒ぐRABBIT小隊と子どものように言い合いをした俺様は、作り置きの料理を作ってそれを手渡したあとにゲヘナへと帰還するのだった。
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「〜♪」
「リン先輩、ちょっと予算の事で相談が……あれ、なんかご機嫌だね?何かいいことでもあったの?」
「あぁモモカですか。ふふっ、えぇ。少しだけ。」
「手に持ってるのってスマホだよね?珍しいね、リン先輩がスマホを見てニヤニヤしてるなんて。」
「ふふ、私だって1人の女子高生ですからね。たまにはこのくらい構わないでしょう?」
「いや、それはそうなんだけどそんなリン先輩久しぶりに見たなーっていうか……なんか、会長と話してる時みたいな感じだったからさ。」
「え?そ、そんなに嬉しそうにしていましたか?」
「うん。リン先輩がそこまで楽しそうにするなんて、一体誰とやり取りしてたのさ?」
「えっと……少し、タツミ議長代理とモモトークでお話をしておりまして。」
「タツミ議長代理?あぁ、ゲヘナの議長代理の彼?……いつの間にそんなに仲良くなったの?」
「彼が仕事で連邦生徒会にいらしたときに思ったよりも話が弾んだので、それ以来お話する仲になりまして……」
「ふーん。まぁ彼いい人だもんね。この前もゲヘナの交通事情の相談にウチに来たときにわざわざ明太子チップス持ってきてくれたし、マコト議長の時だったらありえないくらい腰が低くてびっくりしちゃったよ。」
「マコト議長の時は彼女が来ると分かる度に憂鬱になっていましたからね……まぁ、上手くおだてておけば話はまだしやすい方ではありましたけど。」
「ほんとにこの人がゲヘナのトップなの?って思っちゃったもんね。失礼な話だけど、タツミのほうがよっぽどトップっぽいと思うなー。」
「しかし、彼はマコト議長の事を心から尊敬して敬愛されているのですよね……なんとうらやま……いえ、微笑ましいのでしょう。」
「……リン先輩、別にタツミにお熱なのは構わないけどうつつを抜かしすぎてクロノスにすっぱ抜かれるのだけは勘弁してよねー?」
「モモカ!?わ、私と彼とはそのような関係では……!」
「あーはいはい。じゃあ邪魔しちゃ悪いし、予算の話はまた愛しの彼とのモモトークが終わってからにするよ。じゃ、また来るねリン先輩。」
「ま、待ってくださいモモカ!誤解!誤解ですっ!」
「まさかリン先輩が男にお熱になるとは。いやはや、人生何が起こるか分かんないもんだね。」
「まぁでも、最近リン先輩はため息ばっかついてたからねぇ。あんな嬉しそうなリン先輩を見るのは会長が居た時以来だから、タツミには感謝しないとね。」
「……あれ、そう言えばこの前アユム先輩と話した時もタツミとモモトークで話をしてるって嬉しそうに言ってた気がするけど……?」
「……こりゃとんでもないことになるかもね?」