「……そろそろ着く」
かいりお姉さんはとりあえずせいかお姉さんの言う通りにするつもりのようで、レテを帰そうとすることは無かった。むしろ積極的に魔法の扱い方や魔物の倒し方について教えてくれた。どうせ戦わなければいけないのなら、伝えることでレテの危険を減らそうと考えたのかもしれない。
「あの柵の向こうの黒い塊が例の魔物だ」
かいりお姉さんが湖の上に居る、高さ20メートル程の半球状の黒い塊を指差す。微動だにしないその姿は本当に生きているのか疑う程だ。
「あんた達が到着するまで、ここでアレを眺めてたが全く動かない。この地域には人がいねぇから待機状態に入ったんだろうな。」
「待機状態?」
「異次元エネルギー体は近くに人がいない時、自身の発生の元となった魔力固定スポットの上で待機し、異次元エネルギーを蓄える行動をとります。そして、最も近い人間のところへ移動するのに十分な異次元エネルギーを貯蔵し終えれば、また動き出し人間を狙うのですよ。」
「へー」
「相変わらず詳しいですわね。」
「……異次元生命体ってやつは全員こうなのか?」
「そんなことはどうでもいいでしょう。それよりも早く魔法少女になった方が良いのでは。あの異次元エネルギー体は今も強くなり続けているのですから。」
「言われなくても分かってる、来い、ディック」
「出番ですかい、姐さん」
かいりお姉さんが名前を呼ぶと、宙に浮く頭蓋骨と二本の腕が現れた。あれがかいりお姉さんの使い魔だろう。
お姉さんが骨の腕の先を唇に付けると、せいかお姉さんが魔法少女となった時と同じように、魔法少女になった。尼さんのような服装で、右手に抱えている背よりも高い錫杖が目立っている。
煩いガチョウの声が聞こえたのでせいかお姉さんも魔法少女になったようだ。レテも衣装を切り替えて、纏う。
「レテ……さん、いや、レテちゃんは飛べるか?」
かいりお姉さんが両手で錫杖を持ちながら、レテに問い掛ける。
「飛べるよ」
せいかお姉さんと一緒に飛んだことで感覚を掴んだのか、今は普通に飛べる。イメージは水の中だ。日傘を使えば急上昇急降下もできる。
「そうか、じゃあこれだけでいいな。『
錫杖が地面に突き立てられて、じゃらりと錫杖の遊環同士がぶつかり音を鳴らしたかと思うと、魔物の周りに地面が現れた。
「これは便利ですわね。」
「そうだろ」
お姉さん達は浮かび上がって、出現した足場へと飛んでいく。コトイリを下ろして、日傘を開いて、レテもそれに付いて行く。
追いついたレテとコトイリを見てかいりお姉さんは疑問をこちらに投げかけた。
「……別にあいつを抱いとく必要はないのか?」
「ないよ」
「ならなんで持ってたんだ、重いだろ」
「私は羽よりも軽いです。」
「……腕とか動かせなくて邪魔だろ」
「だから今は持ってない」
レテ達の返答に納得できないようで、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「遠藤さん、世の中には気にしてもしょうがないことが沢山ありますの。」
「……そうだな」
そうこうしている内に、魔物の近くまで来たので、日傘を閉じる。急降下、石突にレテを集めて尖らせる。
エネルギーを使用することによる武器の形状の変化、かいりお姉さんが教えてくれたことの一つだ。
新幹線の時よりも何故か少しレテの消費が少なかったから、『
日傘を、黒い塊──眼鏡の
防御反応か、つるの内一本が通常の眼鏡ではあり得ない曲がり方をしてレテを襲う。日傘を引き抜いて、それを殴り、かいりお姉さんの足場に着地する。
足場は石で出来ていて、正方形の石が少し間を空けて密集したような形になっているようだ。
「レテちゃん、攻撃する前に声かけて」
後ろからかいりお姉さんの声がした、それに頷く。
「じゃ、お手本。今から魔物斬るよ!」
かいりお姉さんが駆けて、斜めに構えた錫杖を振りかぶって魔物にぶつける。するとかいりお姉さんの周りのつるの先が切れて短くなる。
「丸ハゲにしてやるよっ!」
今度は跳んで、つるを足場にして上側を斬っていっている。
せいかお姉さんはどうしているのだろうと思って空をみあげると、せっせと枝を投げていた。主にかいりお姉さんに伸びて襲いかかっているつるの排除をしているようだ。
「核がありそうな場所っていったら中心だよね」
お姉さん達が上側から崩すのなら、レテは下側からいってみよう。
半球状のこの魔物は上は狭く下は広いが、上からいっても下からいっても核のある場所までは同じ距離だ。中心に核があるなら、だけど。
「下の方を壊してみる!」
かいりお姉さんがつるを壊したところから侵入しようと思ったが、既に再生したのか見当たらない。しょうがなく一番近いところを目指す。
うざったらしく邪魔をするつるを弾きながらレテを集めて魔法を使う。
「『
日傘に水を纏わせ、魔物を引っ叩く。つるが消える。水も効果を失うのでその都度注ぎ足す。が、奥の方に行こうとすると上下左右をつるに囲まれるせいで中々進めない。
「いったん後退かな」
「傘を開けばいいのではないでしょうか。」
「コトイリ!」
現れたコトイリに対しつるが殺到──しない。相変わらずレテにはちょっかいをかけてくるが、コトイリには無反応だ。
「レテ、そう焦らなくても大丈夫です。これは投影したもの、まぁ、テレビみたいなものですから、意志が無く、異次元エネルギー体は襲ってこないのですよ。」
「それ現れてすぐに言ってほしかった」
わざとコトイリにぶつかるように日傘を動かしてつるを消すと、驚いた顔はするもののコトイリは無傷だった。
「で、傘を開くのね」
「今のはちょっと酷くはないですか。」
「うるさい、レテを心配させた罰」
魔法を維持したまま日傘を開くと、生地に触れたつるが消えていく。確かに楽だ。
「でも、これだと下からのつるが避けにくい」
下から迫るつるを咄嗟に閉じた日傘で叩く。
「走って突貫すればいけますよ、多分。」
「多分って」
少しどうかと思うけど、良いアイデアではあるので試してみる。日傘を開き、厚めに魔法を纏わせ、真っ直ぐ走る。
「おおー!」
当たる度に消えていくのでとても走りやすく抵抗を感じない。全力で走れば下から襲い来るつるも道路の石と変わらない。
急に視界が開けて、落ちる。慌てて魔法を解除して日傘を閉じる。
地面はつるつるしていて色鮮やかで目に痛いが、薄暗いこでまだ耐えられる。
「これ、サングラスのレンズ?」
見渡すとレテがサングラスのレンズで作られた球の底にいることが分かる。
どうやらこの魔物はサングラスをたくさん集めて、外側につる内側にレンズがくるようにしたような形状らしい。つるはつるでも眼鏡のつるではなくサングラスのそれだったようだ。大差ないか。それよりも重大なことがある。
「核がない」
どこにも核らしきものは見当たらない。ただレンズで作られた球の外殻だけがある。
球の頂点、レテの真上からかいりお姉さんが降ってくる。無事に上から到達できたのだろう。
「レテちゃん?!」
「かいりお姉さん、ここに核はないみたい。」
「はぁ?じゃあ、どこにあんだよ」
悪態をつくかいりお姉さん。ここまで来る時のつるの猛攻を考えると、気持ちはよく分かる。そして本当にどこに核はあるんだろう。あのつるのどこかとか冗談ではないが。
「レテには分かるんじゃないですか。」
「コトイリ、まだいたの」
「酷いです。」
「おい、あんた。レテちゃんなら分かるってどういうことだよ」
「そのままですよ。レテはあの新幹線に乗っている時に同じものと遭遇したでしょう。」
「それって──」
新幹線の、核を引き抜いた瞬間薄桃色に輝いた紐状の魔物を思い出す。
「そうです。」
「なんだ、勿体ぶって」
「かいりお姉さん、この魔物には核がないの」
「遠藤灰李、この魔物には核がありません。倒す方法は」
「「魔物が持つ全てのエネルギーを失わせること」」