食堂に着いた。机にはまだ皿はなく、席にも人はいない。
厨房の方から焼いた卵や揚げ物の匂いがする。きっとみさきお姉さんが調理をしているのだろう。折角だから何か手伝うことはないか聞きに行こう。
「コトイリ、厨房に行くからここで待っててね」
「なぜ私を置いて行こうとするのですか。」
「毛が料理に入っちゃうでしょ」
「私は異次元生命体ですよ?そんなことありえません。」
「でもこんなにもふもふなんだよ」
一応確認のためにコトイリの頭を撫でたり耳の付け根を揉んだりするが、変わらず緻密で
「……まあ、レテが危惧するならそれはありえてしまうのでしょう。ではこれならどうですか?」
バランスを崩す。コトイリの実体がなくなったせいだ。転びはしなかったけど、びっくりしたのでコトイリを睨む。慌ててコトイリは謝罪した。許した。
「それ、湖の時にやってたやつだよね」
厨房の扉に向かいながらコトイリに話しかける。兎の頭でコトイリは頷く。当たっていたようだ。
扉のドアノブを捻る。鍵などはかかってないようで、すんなり開いた。
料理の匂いが強くなる。トントンと包丁が何かを刻む音が等間隔で聞こえ、それに合わせ鼻歌も耳に入る。鍋の水はぐつぐつと音を立てて沸騰していた。
コトリ、と包丁が置かれる。みさきお姉さんがこちらに振り向いた。
「あら、レテちゃんじゃない。ご飯はまだ先よ?」
「なにか手伝えることはないかと思って」
「それは助かるわ。じゃあ、そこの台に置いてある容器を食卓に運んで頂戴。」
みさきお姉さんは台の上を指す。そこにはお盆があり、その上にはわさびやしょうがなどを含む数種類の薬味が入った小皿とめんつゆが注がれた漆器と箸とコップが五組置かれている。
レテとみさきお姉さんとさかもとお姉さん達と……後、はぜきお姉さんの分だろうか。
お盆を抱えて、開け放しの扉から食堂に戻ると、本を部屋に置き終わったのだろうさかもとお姉さん達が席についていた。なつみお姉さんが手を振っている。
食堂の机の上にお盆を下ろして、器を配膳する。お盆だけになったそれを厨房の元々あった場所に返した。
「置いてきたよ」
「よく出来ました。さて、じゃあ昼ご飯にしましょうか。」
戻したお盆の上にせいかお姉さんが錦糸玉子、瓜、かき揚げの各々の大皿を乗せて、それを右腕に持つ。そして、左上に沢山の素麺が入ったざるを抱えている。そのまま器用に肘で扉を開けて、食堂の机の上に配置した。
鐘が一つなる。午後一時になったんだろう。
遠くから誰かの走る音が近付いてくる。はぜきお姉さんが食堂の扉を開けて、駆け込んできた。
「はぁ、おっ、くれました。」
「どうしたんだ、櫨木さん。あなたが遅れるなんて珍しい。」
「ちょっ、と、時計が、止まって、て。」
「ふーん?……まぁご飯が先だよね」
随分とはぜきお姉さんは息を切らしている。なんか可哀想なので水入りコップを渡す。元気になりますように。
「はぜきお姉さん、どうぞ」
「あ、ありがと。…………ぷはぁ、これすっごく飲みやすいわね。無味だけどこれは何?」
「ただの水だよ」
「レテから渡された水ですね。」
「なんか飲みやすい気がしたんだけど……気のせいかな」
はぜきお姉さんも机に腰を下ろす。全員が揃ったのでいただきますをした。
まずは素麺をそのままでめんつゆにつけて食べる。普通に美味しい。
「さて、レテさん。浦西さんから、あなたが捺実さんに世話になるという話は聞いたかしら?」
「それ僕達がもう伝えました。浦西さんは伝えてなかったみたいですよ。」
「あら、じゃあそこは省略して、レテさんがこれから何をするかについての話をするわね。」
ざるから箸で素麺をとる。わさびを少しとって、それと麺をめんつゆに浸けて、口に運ぶ。とても美味しい。
麺の中でも味の薄い素麺はやはり薬味がよく効く。
「レテさん?」
「レテちゃーん、聞いてるー?あれ」
かき揚げを一つとる。一口サイズのそれは食べやすいようにというみさきお姉さんの優しさが窺える。野菜の甘みが感じられ、余分な油分は素麺が持っていってくれる。
「もしかして、また話を聞いていないの?」
「こりゃ重症だ」
「捺実さんは黙って。」
「はいはーい」
錦糸玉子を一欠片とる。そのまま食べる。素麺と合わせなくても美「レテ」
「……なに、コトイリ」
コトイリが膝の上で伸び上がって、レテの名前を呼びながら、その手をレテの頬に触れさせる。何の用だろう。
「姉小路美咲の話を聞きなさい。前も聴き逃していたでしょう。ご飯に夢中なレテも良いですが、これを聴かないと後から困ることになりますよ。」
「……ありがとうね、コトイリさん。今初めてあなたがいて良かったと思ってるわ。」
右斜め前のみさきお姉さんと目を合わせる。少し怒っているような気がする。きっと、レテが話を聞いていなかったからなのだろう。悪いことをした。
「ごめんなさい、聞いてませんでした。」
「まぁ……いいけど。次は、本当に次はちゃんと聞いてね。」
「……はい」
今度からご飯が出た時はみさきお姉さんが話し出すのを待ってから、食べよう。そしたら話をちゃんと聞けるだろう。
そう思って、漆器の中に一本だけ残っていた素麺を啜った。