「えっと、これからレテさんに何をしてもらうかの話だったかしら。」
「そうですね。」
みさきお姉さんが口を開く。それにうしおお姉さんが相槌を打った。
「簡潔にいうと、ここの見回りね。レテさんは捺実さんと一緒に、汐さんは一人で、この閉鎖区域を二手に分かれてパトロールして、魔物を発見したら倒す。」
「へいさくいき?」
「ここら辺はよく魔物が出るからって一般人の侵入を禁止しているのよ。だから閉鎖区域。」
「ふーん」
そこまで言って、みさきお姉さんはそうめんを啜る。レテも新しく一束そうめんをとると、そうめんのざるに阻まれてよく見えなかった、正面のさかもとお姉さん達の様子が見えた。
なつみお姉さんは黙々と錦糸玉子を足したりネギを足したりとそうめんを楽しんでいる。うしおお姉さんは箸を漆器の上に置いて、水だけを飲んでいる。箸に使った形跡があるし、つゆも少し汚れているので、食べていないということはないだろう。小食なのかもしれない。
「まぁ、レテさんに伝えたかったのはそれだけよ。細かい出現予測とかは捺実さんと汐さんに資料を渡すから、レテさんはまだ気にしなくていいわ。」
「わかった」
話が終わったので食事を再開する。輪切りにされた瓜を齧る。歯ごたえが良い。そうめん、錦糸玉子、瓜、しょうがを絡ませて頂く。玉子の味、瓜の触感、そうめんがそれらを混ぜ合わせ、しょうがが風味を加える。錦糸玉子に余計な味付けがなく、玉子の味だけなのが最高に合う。塩味とうま味はめんつゆで足りているので、玉子に味付けをする必要はないんだ。
酸味が欲しくなってきたので、薬味の小皿にある柑橘類の一切れを絞ってそれを拭うようにして、そうめんに果汁を塗布する。食べる。めんつゆに通していないので酸っぱいだけだが、今はそれが良い。
かき揚げをとる。そうめんと混ぜて、口に入れる。野菜の歯ごたえを感じながら咀嚼する。わさびをそうめんに付ける。それをめんつゆに浸からせてから食べる。満足だ。お腹がいっぱいになった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様。」
さて、食器を持って行こう。
流石に今度はコトイリが余計な真似をすることはなく、ちゃんとカウンターに食べ終わった後の食器を置けた。
レテが置いた食器の横に、もう二組食器が置かれる。さかもとお姉さん達だ。
「レテさんは大食漢だな。僕とは正反対だよ。」
「汐が少食すぎるんだよ」
「それを踏まえても、レテさんは沢山食べている。」
「何の用事でしょうか?」
駄弁るお姉さん達にコトイリが尋ねる。なつみお姉さんはせっかちだと笑い、うしおお姉さんは無駄話をしたなと反省しているようだ。
「大した話じゃないよ、いつ頃見回りに行こうかなってだけさ」
「僕は今から約一時間、二時四十五分を希望する。物を食べた後、直ぐに運動すると吐きそうになるからな。」
「レテはいつでもいいよ」
「じゃあ二時半に麗さんのとこに集合で。麗さーん!二時半にそっち行くからー!」
とんとん拍子に見回りの時間が決まり、なつみお姉さんがみさきお姉さんと大皿を片付けているはぜきお姉さんに大声で連絡する。はぜきお姉さんも大声で了解と返した。
動かされた食器が鳴らすカチャカチャという音が遠くになっていく。食堂の両開きのガラス戸の前に立ち、それの動く方を押して、食堂から出た。
「後集合まで三十分ぐらいか……図書館に行こうかな」
「良いんじゃないでしょうか。集合時間の五分前になったら知らせますので、安心して気に入る本を探して下さい。」
腕の中でコトイリが胸ポケットから銀色の懐中時計を取り出す。何かと影の薄い懐中時計を活用したいのだろうか。魔法で忘れさせてから思い出されるまでの時間、なんて戦闘中には気にする必要がないくらい長くて、コトイリに聞いてこなかったし。
「その懐中時計ってちゃんと時間も見れるんだ」
「当たり前でしょう。」
食堂のある第二校舎から離れる。さっき見た噴水の側を通り過ぎる。
「使う機会がなくて寂しいから普通の時計として使えるように改造してたりしない?」
「私がそのようなことをする必要があるんですか。」
「ない」
コトイリはそこまでこの懐中時計に思い入れがない。何の装飾もない、単なる、レテの好きな話の登場人物を真似ただけの代物だ。
レテだって、ちょっと暇になったから聞いてみただけで、本当にそうしたとは思っていない。しましたと返されたら引く。
「ですよね。ほら、図書館に到着しましたよ。」
木製の両開きの扉。これで見るのは二度目だ。越してきた年月を感じさせる見た目で、要するにボロい。ただ風情はある。
ギィと音を立てながら扉が開く。ご飯前と変わらず、本棚が立ち並んでいる。
階段を登って、なつみお姉さんと会った本棚まで行く。抱えていたコトイリを下ろした。
本棚に入れられた本のタイトルを見ながら進んで、気になるタイトルがあったら取り出して読んでみて、気に入ったらコトイリに渡す、気に入らなかったら元に戻す。
懐かしい。そう思った。
「ねぇ、コトイリ。レテはどこから来たんだろう」
下の方に気になるタイトルがあったので屈む。本の背に■をかけて、取り出す。
コトイリは何も言わない。
「レテだってさ、何かおかしいとは思ってるんだよ。分からないけど」
レテがざわついている。コトイリは何も言わない。
「レテは何かを忘れている。これはコトイリの仕業だ。でも、悪い気はしない。どうしてだろう。」
本をひっくり返して裏のあらすじを見る。保留かな。元に戻す。
「…………レテは、今幸せですか?」
コトイリは絞り出すように言葉を吐き出す。やっと口に出したのがそれか。
「幸せだよ。憧れの魔法少女になれて、悪い魔物をやっつけて、お姉さん達とお話しして、コトイリが側にいて」
「……それなら、良かったです。不安なんですよ。レテがレテでいてくれるのか。レテが消えてしまわないか。レテが……止めましょう、こんな話。縁起でもない。」
「それって照れ隠しってやつ?」
「知りません。後、五分前になりました。」
拗ねたみたいな声でコトイリが時間を伝えた。レテは笑って了解と言ってあげる。
はぜきお姉さんのところに行かなければいけないから、今持っている本が最後になるだろう。あらすじを読む。残念ながら、あまり興味を惹かれない。元に戻す。
本棚から離す。ぼやけにぼやけた、本を乗せていたそこを眺めて──私はなんて幸せなんだろう。そう思った。