遅れてはいけないのでささっと図書館から出て、レテの部屋のある第一校舎に入り、本を置いてきた。
部屋でコトイリに時間を確認すると二分前だと言うので、校門まで走って、集合時間に間に合った。
既にさかもとお姉さん達は校門の近く、はぜきお姉さんがいる守衛所の前に立っている。どうやらレテ達が最後のようだ。
「来ました」
「お、これで全員揃った」
「そうだね。」
うしおお姉さんが相槌を打ったかと思うと、どこからか橙色で縁に蔦が描かれた鍵付きの日記帳を取り出し、その鍵穴にいつの間にか持っていた鍵を差し込み、捻る。
すると全身が薄く輝き、光が収まるとそこには白のフリルシャツにサスペンダー付きの黒いひざ丈のパンツを身に着け、白いハイソックスを黒のソックスガーターで吊り上げて、エナメル革のドレスシューズを履いたうしおお姉さんがいた。
うしおお姉さんは左側にオレンジ色のリボンが結ばれた小さな帽子が乗っている頭をこちらに向けて、早く変身しろとでも言うように顎を上げる。
それに応えて、レテは服を切り替えた。いつも通りの水色のサマードレスにボンネット、鶏の嘴を模したピアスが風で揺れて、黒いレースアップサンダルには真っ白な兎の足が追従する。
切り替えを終えて、なつみお姉さんの方を見る。
「なつみお姉さん!?」
「え、何」
「そんな大きいの、口に入れると窒息するよ!」
「レテ、大丈夫です。あれはマスコットですから。」
「そうそうレテちゃん。これを飲み込むのが、僕の魔法少女のなり方なんだよ。」
そう言って、なつみお姉さんは手のひらに乗せている拳程の大きさの黒っぽい緑色をした蝉の像を、口を手のひらで塞ぐように押し込んだ。
輝き、なつみお姉さんの口から蝉が出て来る。
動き出した像だったはずのセミは、前脚で下唇を掻いてその勢いで頭を出した。そのまま二本の触角を蠢かしながら今度は中脚、後脚で前脚と同じことをする。遂に全身を露わにした薄緑色をしたセミは落下したかと思うと、空中で身を翻し、外側に翅を向ける。そうするとその翅は直ぐに薄緑から茶色となって、今度こそ落下して、その跡が黒いベルトとなり、セミは茶色いC字型の金具になった。
…………魔法少女となったなつみお姉さんの姿はうしおお姉さんのそれと所々似ている。特にシャツと靴はそっくりだ。
ただそこ以外には違う点がある。パンツはくるぶしまでの長さだし、帽子は着けていない。代わりに頭の装飾として、左側に竜胆が編み込まれている。
そしてうしおお姉さんにはなかったものとして、口から垂れている先にC字型の金具がついた胸元までの長さの黒いベルトのようなものがある。これはなつみお姉さんが魔法少女になる時に、這い出てきた蝉の像の軌跡だ。ベルトを凝視して、事実を反芻する。
なつみお姉さんの口から蝉が這い出てきた。
それはレテが倒れるのに十分な出来事だった。
◇◇◇
満ちている。満ち溢れている。ここにはエネルギーが充満している。
さかもとお姉さん達は地面に倒れ伏したレテを見て、とても慌てている。虫が口から出て来る光景がショックなものだと分かってなかったんだろうか。きっと虫が好きなんだろう。
辺りを見渡す。新幹線の時は魔物が出て来る場所だけにエネルギーが集まっていて分かりやすかったが、ここではその集まりが分からなくなるぐらいにエネルギーが濃いように思えた。
せいかお姉さんの言っていたことが思い出される。
ここにぐちゃぐちゃに小さく押し込められて重なった異次元は、どんなにその重なりを解消しても、重なったところが多すぎて、そして他と比べものにならない程に重なりが固くて、広がった状態には戻れなかったのだろう。
コトイリがレテを揺り動かす。動揺も収まってきたし、そろそろ目覚めてもいいかな。
目蓋を上げる直前、大きな輝きが見えた。
◇◇◇
「うぅ、痛い……」
倒れた拍子に頭をぶつけたようで、まだズキズキと痛むことがある。隣のなつみお姉さんはレテの呻きに反応して、ベルトを揺らしながら謝り続けている。
「ごめんね。いや、ほんと申し訳ない」
「謝らなくてもいいですよ、阪本捺実。起こることが分かっていましたのに、虫嫌いのレテの目を塞がなかった私が悪いのです。」
「ほんとうにそう。コトイリがその手でレテの目をからなつみお姉さんを隠していれば、レテが倒れることはなかった」
「んにゃ、慣れきってた僕が悪いんだよ。レテちゃんが虫嫌いな可能性なんていくらでもあるのにさ」
「なつみお姉さんの謝罪は目を覚ました時に受け入れたんだし、謝らなくていいよ。どうしても気になるんだったら、戦い方を教えてくれるので
任せてよ、となつみお姉さんはセミの翅を思わせる刃を持った薙刀を振る。
セミにショックを受けて倒れてから割と直ぐにレテは目を開けたらしい。一度休んだらどうかという話もあったけど、偶に頭が痛む以外は問題なかったし、その痛みもすぐに収まるから、レテは休まなくてもいいと主張した。
なので予定通り二手に分かれて、魔法で空を飛びながら魔法少女協会本部周辺の見回りをしている。
「しかし魔物が全然いないな。これじゃあ教えるに教えられないよ」
「通常ならもう既に異次元エネルギー体を見ているはず、でしたか。」
「うん、汐の方に寄ってる可能性もあるけど、それでも寄り過ぎだ。これは異常事態と言ってもいい。」
なつみお姉さんとコトイリは何か深刻そうに話し合っている。会話に加わろうとすると、また頭に痛みが走る。
「うぅ……」
「また頭が痛いのですか。頻度が高くなってきている気がしますね。」
「今からでも戻って休んだ方がいいんじゃない?どっか変な所打ったんだよ」
「……いえ、これは。レテ、ちょっと失礼しますよ。」
側を飛ぶコトイリがレテの頭の上に乗ってくる。頭痛が治まった。
そして痛みの代わりに、謎の感覚が出現する。ある一点を示す矢印のような感覚。
「あっちの方だ」
「何が?」
ついその感覚を口に出してしまう。なつみお姉さんが不思議そうにする。
レテもこの感覚が何を指し示しているのかよく分からないけど、必死に言語化する。
「なにか、大きくて集まっているもの。集めて吸い上げている。それで──」
「……要領を得ない」
なつみお姉さんは眉をひそめる。レテ自身もなつみお姉さんと同じ感想だ。
ふと、コトイリなら分かるかもしれないと思いつく。頭の上にいるコトイリを叩いた。
「コトイリ、説明」
「んー……まあ、私達がここまで異次元エネルギー体を見なかったことの原因のようなものですよ。多分。」
「歯切れが悪い」
「私も曖昧にしか分かっていないのでしょうがないじゃないですか、レテ。それにこの説明で十分でしょう。」
なつみお姉さんは難しそうな顔をしたままだったが、頷き、レテの指し示す方向に行くということを決めた。