彼女は単なる魔法少女   作:うさぎ最高

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あふれる

 真っ先に口を開いたのはみさきお姉さんだった。

 

「随分と具合が悪そうですが……」

 

 校長用だったのだろう高級そうな椅子に座っている協会長は、元々良くもない顔色をさらに悪くして、促しの声は掠れに掠れていた。身体を上手く支えられていないのか、背筋を曲げ、机に縋り付くような体勢をとっている。ちょっと小突いただけで椅子から転げ落ちそうだ。

 話すことができるかも不安なその様子に、せいかお姉さんが心配するのも当然だろう。

 

 しかし、協会長は事もなげに会話を続ける。

 

「移動方法の関係でね。そんなことよりも、さっさと何があったのか教えてくれ。私はまだ何も聞いていない」

 

 またもや声はしゃがれていたが、マシにはなっていた。それがみさきお姉さんも分かったのだろう。納得しきってはいないようだけど、追及はしなかった。

 

 次に話し出したのはコトイリだ。

 

「人型の移動式魔力吸込固定スポットが出たんですよ。君のじゃないでしょうね。」

「新型マスコットの開発予定はないよ」

 

 協会長は力なく手を振りながら答えた。知らない用語を使ったコトイリにうしおお姉さんが疑問をこぼす。

 

「移動式……何?」

「移動式()()()定スポ()()、通称マスコット。君達が契約したものの正式名称ぐらい知っておいて下さい。」

「そんな長ったらしい名前を使うのなんて君ぐらいだよ。折角略称のことも考えて命名したんだから、略称で呼んで欲しいところだ」

 

 協会長がそう言うと、コトイリが唇を尖らせる。いや、兎の頭をしているから唇なんてないけど、もし唇があったら尖らせていただろうな、というぐらいに不満気な顔をしている。

 

「嫌です。略称は本来の意味を捻じ曲げ、情報伝達の齟齬を生みます。」

「齟齬を作ってるのはコトイリだよね。大人しくみんなが使ってる名前で呼べばいいじゃん」

「…………レテが言うのでしたら。」

 

 渋々コトイリは了承する。協会長はそれに以外そうな顔をしていた。

 コトイリはレテ以外にはかなり頑固だから、気持ちは分からなくもない。

 

 コホンと咳が一つ。方向からして、なつみお姉さんだろう。

 

「あー、その、本題に戻ろうよ。僕達に何があったか話せばいいんだよね?」

「ああ、お願いするよ」

 

 協会長の返答を得て、なつみお姉さんがレテ達が何を見たかについて語り始めた。

 

 魔物を全く見なかったこと、レテの誘導、何かとの遭遇、なつみお姉さんの武器が消されたこと、何かの「吸える」「食べられない」といった発言、なつみお姉さんは全てを詳細に伝えた。

 

「僕も魔物を一体も見なかったな。」

「ふむ……」

 

 うしおお姉さんが情報を付け加えた。協会長は何かを考え込むように目を閉じ、そして開いた。

 

「菴ィ懈撫ク、君はどう考える?」

 

 人の言葉だとは到底思えない音の羅列が発される。協会長は明らかにコトイリの方を見ているので、それはコトイリを指す音の連なりなのだろう。

 頭を下に傾けてコトイリを見る。長い両耳をピンと立てて、尻尾は伸ばしている。これは苛立っているときの仕草だ。

 

「間違えないで下さい。私はコトイリです。」

「これは驚いた。君は変わった。本当にその子に入れ込んでいるんだね。てっきり耐久試験でもしてるのかと」

「協会長!それはどういうことですか?」

 

 みさきお姉さんが突如として叫んだ。どこに叫ぶ要素があったんだろう。

 周りの様子を見てみるが、驚いてはいるものの、その驚きの対象は協会長かコトイリもしくはレテである風に見受けられる。

 協会長は面倒そうに部屋の時計に視線を向けた後、みさきお姉さんの方に頭を戻した。

 

「どういうことも何も無いだろう。こんな訳の分からない契約の仕方をしていたらそう言いたくもなる。……ああ、そうだ。今回問題になっているマスコットもどきは阪本捺実以外で対処すれば何とかなるだろう。疲労を抑えたいなら他の魔法少女を呼ぶなり、姉小路美咲が支援するなりすれば良い。詳しいことはコトイリにでも聞け。私は時間だから帰る。」

 

 長台詞を吐き出したかと思うと、協会長はもう消えていた。重苦しい空気を残して。

 

「……コトイリ、詳しい説明を頼める?協会長さんもう帰っちゃったし」

「分かりました。どこから説──

「レテさん?」

「どうしたの、みさきお姉さん」

 

 みさきお姉さんが、目で声で態度で、レテの正気を疑っていると分かる。それは化け物を見るような目だ。

 見れば、他のなつみお姉さんやうしおお姉さんも同じだった。

 

「さっきの協会長の発言に対して何も思わなかったの?その、コトイリ……さんがレテさんに耐久試験をしているって」

「してないよ。ねぇ、コトイリ」

「当たり前ですよ。私がレテの耐久を確かめる必要なんてありません。」

 

 みさきお姉さんは押し黙る。納得、してもらえてないのかな。

 

「レテちゃんはさ、コトイリくんの何を知ってるの?」

「知らない、けど全部知っている」

 

 世間知らずな人を咎めるように、なつみお姉さんが問う。レテがちらついて、知っていることを主張する。

 

 それは確信だった。レテは知らないけど、レテなら知っている。()なら知っている。

 

 ああ、目の前に醜いものが一杯だ。ここはこの世の地獄か。しばらく離れていた不快の奔流に意識が掻き回される。

 うにょうにょと動くいくつものあかい円が同じ形になって、不快な音を鳴らし続けている。生温かい肉の塊が動き出しては止まりまた動き出す。黄ばんだ赤の交じる白と黒が大きくなる。気持ち悪い。それらを吹き飛ばす。でもまだ動く。気持ち悪い。

 目を無くせば耳を無くせば皮膚を無くせば全てを無くせば、こんなものから逃げられ「レテ」

 

 ………………あれ。

 

「どうしたの、コトイリ。レテの頭なんて撫でて」

「何でもありません。何もなかったのです。まだ、全てを思い出すには早すぎたんです。」

 

 また、コトイリが訳の分からないことを言っている。

 

 レテの片目を塞ぐように、伸び上がって頭を撫でているコトイリを引き剥がして、膝の上に戻す。そして撫でる。

 

「レテは撫でられる側じゃなくて、撫でる側だよ」

「ええ、そうですね。」

 

 紅い夕陽が差し込む、レテとコトイリ以外誰もいない校長室で、レテはただコトイリの手触りの良い毛皮を堪能していた。

 

 

 

 

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