寝ぼけまなこを擦りながら校長室を出て、食堂に向かう。時間的にもうすぐ晩ご飯だからだ。第一校舎から第二校舎に抜ける渡り廊下を歩く。
コトイリによると、レテは接敵からの逃走で疲れていたのか、なつみお姉さんが協会長に何があったか伝えてる最中に寝てしまったらしい。
協会長と一通り話し合った後もレテは眠っていて、起こすのも忍びないということで、レテが目を覚ますまでコトイリが見ていることになったのだとか。
食堂の両開きのガラス戸の片方を押して開ける。既にレテ以外の人達は座っていて、レテが最後だった。なつみお姉さんがねぼすけさんだねと笑う。
鐘が七時を知らせる。そういえば、この鐘はどこで鳴らされているんだろうか。時計台の類があるようには見えなかったし、予め校内放送されるようになっているというのが妥当かな。
「今晩はホッケとわかめのお味噌汁と白ご飯、それに野菜の炒め物と蒸かしたさつま芋よ。」
みさきお姉さんがおかずを、はぜきお姉さんが味噌汁とご飯を持ってきてそれぞれを並べる。
手慣れているのだろう、あっという間に五組の食器がきちんと配置された。
いただきますと声を揃える。
同じ轍を踏まないようみさきお姉さんを注視するが、普通に食べ始めたので、今晩は普通に食べてもよさそうだ。
机の中心に置かれたおひつから備え付けのしゃもじでご飯をとろうとお茶碗を手に取ると、既に白ご飯がよそわれていた。味噌汁も同様だ。
みさきお姉さんかはぜきお姉さんが先に用意してくれたのだろうか……いや、コトイリの仕業か。そういえば前も同じことをしていたような気がする。
本当はレテがやってみたいけど、お姉さん達と比べて、おひつや寸胴鍋を倒してしまう危険性が高いことを考えれば、片付けのときのように強くは言えない。しょうがなく、どことなく誇らしげな後頭部を撫でる。
気を取り直して、箸を持とうとすると、無い。よく見てみるが、見当たらない。さっきまであったのにと首を傾げていると、コトイリがぽわっと泡が割れるような音を立てて、レテの右隣に移動していた。
「ほら、レテ。口を開けて下さい。」
そして、ホッケの欠片を挟んだ箸をレテの口元に持ってきていた。あまりのことに、思わずその箸を奪い取ってホッケを食べる。ジューシーで美味しい。コトイリは少し驚いたような顔をしていた。
お姉さん達の視線がこちらに、というよりはコトイリに集中する。残当。
「以前から過保護気味ではありましたけど……何か悪いものでも食べたのかしら。」
「犯罪じゃないの、これ」
「それは言い過ぎだよ麗さん。ツーアウトってとこかな」
「……正直、僕は箸をもぎ取ったレテさんも大概だと思うよ。」
やいのやいのとコトイリの行動を言うお姉さん達を思考の隅に追いやって、箸を動かす。
硬めの白ご飯を一塊とって口に放り込んで、味噌汁を啜る。味が薄い白米は味噌汁の塩辛さとよく合う。そんな当然のことを実感する。
飲み込み、野菜の炒め物に目を向ける。人参と玉葱とキャベツともやしの炒め物だ。口に運ぶと、そのオイスターソースの味付けにシャキシャキとした野菜の歯応えが合わさって、とても美味しい。ご飯も口にいれる。
半分程炒め物を食べて、ホッケの方に腰を据える。身が分かれていて食べやすい。まるで食されるために生まれたようだ、なんて少し残酷なことを考えながら、皮の端を取って、ご飯と一緒に食べる。皮についた脂が美味しい。
味噌汁からわかめを掬い上げて、それと白ご飯を食べる。野菜炒めの残りをいただく。味噌汁を飲む。
最後に残ったのはアルミホイルに包まれたさつまいもだった。
アルミホイルを剥いで、現れた皮付きのさつまいもを齧りながら、周りを見る。話題は移り変わり、今は真面目な話をしているようだ。
具体的には、あの制服を着た人の話。
あの人は人ではなくマスコットというものらしい。せいかお姉さんが呼んでいたガチョウのエリザベスや、かいりお姉さんが乗っていた骸骨、うしおお姉さんが持っていた鍵付きの日記帳もそうで、異次元生命体と同じく、人間を魔法少女にするのだとか。
「で、そのマスコットの作り方が魔力固定スポットを何やらかんやらして──みたいなやつなんだけど、秘匿されている筈のその方法を使って、異次元教会が作ったのが僕とレテちゃんが遭遇したあれ。人型のマスコット」
「あれと呼ぶのは失礼だよ。異次元教会の被害者である可能性が高いんだから。」
「異次元教会?」
「地球を異次元エネルギーで満たすことを目的とする異次元生命体の集まりよ。ずっと、あの手この手で魔法少女協会の邪魔をしてくるの。捺実さんとレテさんが会ったその人は、異次元教会に改造されてしまった犠牲者なのよ。」
「確定ではないよ、姉小路さん。まだ偶然あの形になったという可能性がある。」
それはきっと希望的観測なのだろう。みさきお姉さんが深く溜め息を吐く。
「行方不明者の一人と外見が一致しているのに?それは無理があるでしょ。」
うしおお姉さんは目を逸らした。
「その人は死んでるの」
「さぁ、分かんないね。でも生きてようと死んでようと同じだよ。助けられない。」
聞くと、諦めたように話す。助けられるものなら助けたい、声色がそう語っていた。
さつまいもが口から水分を奪っていくので、コップで水を飲む。さかもとお姉さん達は食べ終わったからか、食器を纏め始めていた。
「レテちゃん、明日の七時に体育館に来てね。特訓するから。」
「わかった」
さつまいもがしっぽだけになったのを見つめながら、捺実お姉さんに返事をする。しっぽは一口で食べ終わった。
ごちそうさまでした。
食器を重ねてそのままカウンターへと置いて、食堂を出る。お風呂は八時から沸かされるのでしばらく暇だ。とりあえず、コトイリと手を繋いで寮の部屋へと向かう。
歩きながら、レテは襲ってきたマスコットらしい人のことを考えていた。
「コトイリ。助けられないって、ホント?」
「あの人型のマスコットと魔力固定スポットは一体化しています。ただ、契約した魔法少女の想像で体が作られる通常のマスコットと違い、あれは元々の人間の身体をそのまま使っている。そこに勝機があるとは言えなくもないです。」
「分離できるの」
「レテが望むなら。恐らくレテの魔法を使い、あれの体内にある魔力固定スポットを突けば……忘れ、遡って、結合前に戻るでしょう。」
「でも、やってほしくないんだ」
頷く。やっぱり、そうなんだ。
コトイリはある程度レテの思っていることが分かる。救いたいというレテの思いが分かっていて、自分から何も話さないなら、それはきっと話したくないということだと推測した。
「なんで?」
コトイリはレテの心の内を読めても、レテはできない。コトイリが何を思っているのか推し量れても、そのまま読み取ることはできない。まあ、コトイリだって全部を読めるわけでもないみたいだから、同じかな。
要するに、口に出すのは重要ということ。
渡り廊下を通り、第一校舎の階段を登り、部屋の前まで来て、やっとコトイリは口を開いた。
「その方法はレテの負担が大きいです。あれがマスコットになる前まで遡るには普通に使えるエネルギーだけでは足りない。レテを構成しているものまで使うことになる。今のレテでも、その意味は分かるでしょう?」
大きな真っ黒の目がレテを見る。
分かっている。レテを形作るレテを使うということは、レテが欠けるということ。レテが何かを無くすということだ。
無くすのは今思い出していないことかもしれないし、最近のものかもしれない。どのレテがどの要素を持っているかなんて分からないから、何を忘れるかも分からない。
「忘れたっていいことしかないじゃん。あ、最近はそうでもないかも」
「……そうかもしれませんね。だから助けるのですか?」
「違うよ。助けたいから助けるんだよ。たとえ失われるものが何であっても、全てを救えたのならばもう一度作れるから。」
何かの本の受け売りの言葉で、コトイリもそれを分かっているけど、受け売りだからって覚悟がないわけでもないこともまた分かっていたから、何も言わなかった。
引き戸をずらす。筋トレ器具がたくさん並ぶそこを通り過ぎて、レテの方の机の前に座った。机の上には借りてきた本が積まれている。
そこから一冊取って、お風呂までの暇つぶしにと、読み始めた。