目覚まし時計がけたたましく鳴る。重い腕を持ち上げて、叩く。外した。
しょうがなく起き上がって目蓋を上げると、目覚まし時計はなんと机の上にあった。コトイリの仕業だろうか。
レテが身体を起こした拍子に布団から転がり落ちたコトイリを手元に引き込寄せて、揺らす。
すると、死体のように動かなかった兎と鶏を混ぜ込んだ生き物の重みが無くなり、白い毛皮に覆われていた黒一色に輝く眼があらわになる。
「おはよう。時計、動かした?」
「私ではなくレテです。」
「そんなことしたっけ」
「していました。」
断言されるとそんな気がしてきた。
机の上の時計を見ると、時刻は六時五十分。もう少しタイマーを早く設定していても良かったかもしれない。クローゼットを開いて、急いで着替える。
「どう」
「涼しそうでいいと思います。」
抽象的な兎が白で描かれた黒い半袖のTシャツに、青いパンツの出で立ちで、レテ達は部屋を出た。
何度も通った道のりで体育館に着く。両開きの扉は鉄製なのだろう、取手を持つと、ひんやり冷たくて気持ち良い。力を込めて引くと、すんなり開いた。当たり前だが鍵はかかっていないようだ。
「あ、レテちゃん。汐から聞いたよ。凄いね、あのマスコットをどうにかできるらしいじゃん」
体育館の中に立っていたなつみお姉さんは既に魔法少女になっていた。その顔にはいつも通りの笑みが浮かんでいる。
「僕は戦いに参加できないし……ちょっと羨ましいよ」
その言葉で、マスコットの人に無残にも刃が失われた薙刀を思い出す。
よく考えたらレテの日傘もあの人と接した瞬間消えてしまうのではないだろうか。『
「コトイリ。あのマスコットの人にレテの傘を刺したら、消えちゃわないかな」
「あれは阪本捺実が特殊なだけです。レテなら二分は持つでしょう。」
「どういう基準なの、それ」
「エネルギーの染まり具合らしいよ。昨日レテちゃんが寝てる間に聞いた」
なつみお姉さんがそう言うと、コトイリが少し不満気になった。解説役をとられたのが嫌だったのだろう。
もう少し詳しくとコトイリに向けて言うと、さっきまでの様子が嘘だったかのようにドヤ顔になる。
「大まかにはその通りです。魔法少女というのは異次元エネルギーを纏っているものであるという話は前にしましたが、長く魔法少女であることを続けると、纏っているエネルギーが変質していきます。そのようになったエネルギーは構造が変化しているので、マスコットがそれに対応するまで時間がかかります。要するに、魔法少女を長く続けていればいる程、あの人型マスコットに武器を消されたり魔法少女状態を解除されたりするまでの猶予時間が長くなります。」
コトイリはなんと空中に図を浮かべて、これまでで最も分かりやすく解説してくれた。その成長に思わず感嘆する。しかし、一つ分からないことがあった。
「あれ、なつみお姉さんは?」
なつみお姉さんが魔法少女になってどのくらい経ってるか知らないけど、レテよりも短いということはないだろう。
それなのになつみお姉さんの薙刀は、マスコットの人に触れた瞬間消えた。矛盾している
レテの言葉を聞くと、なつみお姉さんは笑い、返事の代わりに薙刀を出現させ、くるりと一回しした。
その薙刀の先端で、失われたはずの刃が琥珀にも似た輝きを放っている。
薙刀に目をやりながら、なつみお姉さんは口を開く。
「これ、借り物なんだよ。僕のものではない。というか、正確には借りた人のものでもないけどね、ただ形を再現しただけのもの。だから馴染んでなくて、あれに消されちゃった」
言われてみると、薙刀はなつみお姉さんの魔法少女の衣装とあまり合っていないように見える。なんというか、テーマが違う気がする。
「まぁ、あれとは相性が悪かっただけで、普段なら普通に使えるから安心してよ。今からする特訓にも問題はない」
カァカァピチュピチュと鳥の鳴く声がする体育館の中、なつみお姉さんが薙刀を構えた。
「さて、まずは僕と一戦してもらおうかな。細かい話はその後ってことでっ」
言うが早いか、なつみお姉さんがレテの方に駆け出す。咄嗟に畳んだ状態で日傘を出して、斜めに持つ。
すぐに上から薙刀が振り下ろされ、日傘と衝突する。間近に迫ったなつみお姉さんの顔には驚きが浮かんでいた。
「危ないよ」
なつみお姉さんとレテの距離は近い。レテが日傘を出すのがもう少し遅れていれば、怪我していただろう。
「それ、なんで武器を出せてんの」
「出したから」
足を広げて、踏ん張って、薙刀を押し上げて返す。
「答えになってないっ」
が、また振り下ろされる。今度は床を蹴って避ける。そのまま移動して、なつみお姉さんの横に立って、日傘を振りかぶる。
「甘い」
薙刀がぐるりと回転し、レテの横腹に当たる。痛みはなかった。
なつみお姉さんが寸止めしたわけではない。勢いそのままにレテに当たった薙刀は、しかし全くレテにダメージを与えてこなかった。
なつみお姉さんと目が合う。ドッキリ大成功!みたいな笑みがそこにはあった。
「ドッキリ大成功ってね」
言った。