徒歩よりは速く、新幹線よりは遅く、景色が流れる。車窓の向こうとコトイリの滑らかでふわふわな毛皮を堪能していると、隣に座っている山田さんが話しかけてきた。
「その、いい景色ですよね」
頷く。会話は止まった。レテと違って、山田さんは無言に耐えきれないようで、さっきからどうでもいいことを話題に上げては黙っている。心の中だけで、ため息を吐いた。
どうして、こうなっているんだっけ。分かりきったことを反芻する。コトイリの長くてもふもふな右耳がピクリと動いた。
『レテが姉小路美咲の指令を拒否すれば良かったんですよ。四日前に名古屋に行ったばかりだというのに、今度は大阪。その上、レテの苦手な山田麻衣と一緒に行けなんて、酷いじゃないですか。』
脳裏に現れる文字に首を振る。
『なんで苦手かも分からない人のことを、苦手だって口に出したくない。それに山田さんが苦手じゃなければ、レテは何とも思わず大阪に行ったよ』
口を動かさないで、けれど脳内で声が聞こえるように呟く。昨日から出来るようになったこれは、内緒話に都合が良い。
『難儀ですね。理由も無く嫌いになることなんて、世の中には幾らでも例がありますよ。』
コトイリは伸びをしてから、腕を仕舞って、レテの膝の上でうつ伏せになる。上になった背骨に沿って、軽く揉みながら撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。
「……えっと、コトイリさん、でしたっけ」
山田さんの言葉を聞いて、コトイリは薄目を開ける。何の用があるというのだろう。レテは山田さんを凝視した。
「撫でても、いいで──
「駄目です。」
目を見開き、即答した。当たり前。コトイリを撫でて良いのはレテだけだ。頭に耳をなでつける。
「……理由とかって」
なぜか食い下がろうとする山田さんの様子に、思わず首を傾げる。そんなにコトイリの触り心地は良さそうか。確かに最高だけど。
コトイリの尻尾が上がって、すぐに下がる。どういう感情かちょっと分からない。怒り、落ち着きを取り戻した、というところだろうか。
「私の身体はレテ専用なのですよ。レテが願い、思い、混ぜ込んで作られたレテのためだけの身体です。ですので、レテ以外の何にだって触れられたくありません。」
夢見るように、謳うように、熱に浮かされているように、コトイリはそう言う。腕を広げ、脚を揺らし、尻尾は立っていた。目も白目を剥いている。ちょっと怖い。
「はは、なんか凄いですね」
山田さんも引いている。乾いた笑い声からして間違いない。
コトイリはしばらく棒立ちになっていたが、急に座り込み、元のうつ伏せに戻った。とりあえず撫でておく。
それからいくつかの駅に停まったが、山田さんが話し出すことはなかった。もしかしたらコトイリはこれを狙っていたのかもしれない。
『違います。…………ちょっと、トリップしてただけです。恥ずかしいので忘れて下さい。』
予想は外れたが、恥じ入るコトイリはかなり可愛かったので、よく撫でる。
そうこうしている内に、目的の駅までもう一駅というところまで来た。山田さんの家へは、その駅が最寄り駅らしい。
「無事に帰れそうで、何よりですね」
絞り出した一言に、山田さんは控え目に頷く。
しかし、時刻では到着まで後二分というところで、事件が起きた。
『お知らせいたします。只今、線路上に魔物の出現が確認されました。案内に従いお逃げ下さい。繰り返します。只今、線路上に魔物の出現が確認されました。案内に従いお逃げ下さい。』
魔物が現れた。さっきの言葉がフラグになってしまったのだ。
「線路の上って、魔物が現れやすいの?」
「去年の魔物の出現が62例、その内民間人と魔物との接触があったのが4例。この場合の民間人と魔物の接触とは、民間人が魔物を直接目にすることを指します。」
「要するに、線路の上に魔物がいるのは珍しい」
「そうですね。」
「呑気に話してる場合ですか!早く魔物を倒してくださいよ!」
山田さんが叫ぶ。一瞬、目立ってしまうかもと考えたが、他の乗客も叫んだり悲鳴を上げたりしているので特に問題なかった。
静になるように山田さんにお願いし、服を魔法少女のそれに切り替えようとすると、コトイリに止められる。
「どうしたの」
「どうやら、他の魔法少女が来ているようです。そちらに任せたらどうでしょうか。」
「一人よりも二人の方が楽でしょ」
「それもそうですね。」
切り替え、山田さんに避難するように言い含め、コトイリに手伝ってもらってこっそり電車から出る。
日傘を広げて空へ飛ぶと、線路に張り付く魔物がよく見えた。
「レテ、大丈夫ですか。」
「あれぐらいなら……まだ許容範囲内」
魔物は電車のすぐ前にいた。その見た目は、脚の数を二倍にしたカラフルな目の青い蜘蛛というところだろうか。気持ち悪いが、人の口から出てくるセミよりはマシだ。
降下しようと、リボンで日傘を纏める前に、誰かが魔法を唱えた。
「『
レテの頭ぐらいの大きさの石が燃えながら魔物に落下し、着弾。コトイリの言っていた他の魔法少女だろうか。
エネルギーの様子を感じ取り、探る。見つけた。
その方へ近寄ると、相手もレテを認識したのか顔をこちらへ向ける。
「これは我輩一人で十分だ。お前は、えっ……誰」
魔女っぽいお姉さんの、少し吊り上がっている大きな目が見開かれる。右手に持った、直径5cm程の黒い球が先にある黒い杖を取り落し、慌てて掴んだ。
「レテだよ、お姉さん。」
「レテの使い魔のコトイリです。」
「誰だよ!」
ツッコミの勢いで、ローブが揺れる。黒いけれど少し違う色をした布を繋ぎ合わせたようなローブは、揺れると煌めいてるように見える。黒って300色あるんだな。
「あ」
魔物が回復して動き出したので、日傘を閉じて急降下。
「『
キィーンと耳障りな音が響く中、呟く。石突を取り囲むように水を付着させ、そのまま魔物に突き刺す。
蜘蛛でいう胸のところが消失するが、核は見当たらない。
「レテ、もう一度星を落とすから、離れて欲しいとのことです。」
「了っ、解」
振るわれる脚を避け、柵を飛び越え、線路から離れる。落ちてきた岩はさっきのよりも大きい気がした。魔物の前方にある頭に落ち、燃えた。すぐに黒焦げになって火は消える。
魔物の近くへ戻り、真っ黒で炭みたいな頭は日傘で叩くと崩れて、ぐにょぐにょしているプラスチック製だろう青色の何かが落ちた。それと同時に魔物が霧散する。核だったのだろう。
「コトイリ、あのお姉さんも分かってるだろうけど、倒したって伝えて」
どこかにいるだろうコトイリに呼びかけると、頭の中に了承の文字が浮かぶ。
もう避難したのだろう、見たところ誰もいなかったので、服を着ていた紺のオーバーオールに戻す。あれ。
「ねぇ、コトイリ。なんで私は線路の上にいるの?」
コトイリが現れる。明らかに焦っている。耳は小刻みに動かされ、目は白目が見えるぐらい逸らされている。失敗、したのだろうか。
話し出さないこの兎に催促をする。
「ねぇ、何かいいなよ。コトイリ」
「…………レテ、記憶が戻ったのですか。」
「話を省きすぎじゃないかな」
物や生物の名前は省略したがらないのに、言葉はすぐに足らなくなるのはいつも通り。直して欲しくあるけど、これもコトイリの性格なのだろう。可愛い奴め。
トンと物音がする。地面に何かが落ちたみたいな音だ。
なぜかコトイリが急接近してきて、その腕で私の目を覆う。嫌な予感がした。
「deで、ku詳wくsiku説せめいsetueiしてsitemoraうかka。」
耳障りな音、羅列。人の声。悍ましくざわめく。予感が当たってしまったことを理解した。
「すみません。」
コトイリがそう言うと、頭が混ぜられた。水の底にいるみたいに全てがぼやける。
意識が落ちた。