聞こえていない
目を開けると、知らない白い天井があった。質感からして木や岩ではなく、壁紙による白だろう。
少し固めのベッドから身体を起こす。ピンクのカーテンを背景にして、コトイリがいた。
耳が不安そうに小刻みに震えている。
『調子はどうですか。』
『普通。ここはどこ』
コトイリは一度目を閉じ、開いてからやっと私の質問に答える。
『魔法少女協会の支部です。任務は覚えていますか?』
『覚えてる』
山田さんをマスコットにした犯人である異次元教会。その拠点が大阪にあることが判明したため、調査をしに行くという話だった。……私はこのことを誰から聞いたのだろう。
首を傾げていると、カーテンが開けられた。それを成したのは魔女っぽいシルエットの白い靄だ。三角帽子にワンピース、その上からローブを羽織って、杖まで持っている。
確かに自己紹介は大事だ。頷き、そうする。
『私はレテ。こっちはコトイリ。あなたは?』
「そうか、それならいい。言い訳のようだが、我輩はこれまで『
魔女っぽい靄は胸を撫で下ろし軽く会釈をしたものの、自己紹介を始める様子はない。聞こえなかったのだろうか。
なぜか、わたわたしているコトイリを見つつ、もう一度言ってみようと考える。
『私はレテ。あなたと同じく魔法少女で、異次元教会の拠点の調査をしに来ました。こっちはコトイリ。あなたは?』
「レテはレテ。お姉さんと同じく魔法少女で、異次元教会の拠点の調査をしに来ました。こっちはコトイリ。お姉さんは?」
『普通に分かるから大丈夫ですよ』
「普通に分かるから大丈夫ですよ」
そこから境さんと軽く世間話などをしていると、お腹が鳴った。そういえば昼ご飯を食べていない。
どことなく普段よりもぐったりしているコトイリから懐中時計を貸してもらい見てみると、午後一時を回っていた。
『境さんはお昼ご飯食べましたか』
「けいこお姉さんはお昼ご飯食べた?」
『じゃあ、場所だけ教えてもらえますか。用もないのに行くのは大変でしょう』
「じゃあ、場所だけ教えてほしい。もう食べたなら、一緒に行くのは面倒でしょ」
境さんからこの建物における、現在位置と食堂の場所を教えてもらい、木札も渡される。この木札がないと、食事を出してくれないらしい。絶対に無くさないようにしなければならない。
コトイリを伴って、部屋を出ていこうとすると引き止められた。
『どうしたんですか』
「どうしたの、けいこお姉さん」
『それって、どんなことですか』
「どうなるの」
『ふーん』
服を魔法少女のそれに切り替える。境さんは頷き、いってらっしゃいと送り出してくれた。
私が寝かせられていた休憩室は二階の真ん中辺り、食堂は一階の出入口とは反対方向の端にあり、それ程遠くはない。階段の方へ歩いていると、曲がり角から花魁のような格好をした靄が出てきた。
すれ違おうとすると、話しかけられる。
知り合いかのような発言だが、面識はない。いや、少し見覚えがあるような気もする。
言われて、思い出す。確か私が魔法少女協会本部に初めて行った時にいた人だ。ここに移動していたのか。
髪飾りでごちゃごちゃしてはいるが、特徴的な雀のような髪型はそのまま。知らない人だと思ったのが少し申し訳ない。
『水谷さん、久しぶりです。ここにいるということは、あなたも異次元教会の拠点に行くのですか?』
「すずお姉さん、久しぶり。ここにいるってことは、お姉さんも異次元教会の拠点に行くの?」
『なるほど』
「そうなんだ。頑張ってね」
「程々に頑張るよ」
水谷さんは私の横を通っていった。あの方向は魔法少女の自室が並んでる方だなと、ほんやり思いながら階段を下る。
それから他の人と会うことはなく、食堂に着いた。両開きのガラス戸を押し、中に入る。
正面にカウンターがあり、その上にはメニュー表が設置されていた。
『どれにしようかな』
『午後は調査で沢山動くでしょうし、しっかり食べた方が良いと思います。』
『それ、あんまり限定出来てないよね』
悩んだ末、カツ丼定食を頼むことにした。
カウンターに近寄り、境さんから渡された木札を置くと、靄がこちらに来て注文を聞く。伝えると、机に座って待っているように言われた。
時間が遅いせいか私以外の客はいなかったので、席は選び放題。一番カウンターから近い席にしておいた。
十数分待つと呼ばれ、カウンターにトレーが置かれている。それを机に置き、セルフサービスの水を取って戻る。
『いただきます』
トレーの上にはカツ丼と味噌汁に漬け物の小皿、サラダがのった皿にはオレンジが二切れ添えられている。普通よりは野菜多めで、健康を案じる心が現れている気がする。
まずはカツ丼を食べよう。卵とじにされたカツを切り分け、つゆの染みたご飯と一緒に口に運ぶ。美味しい。そのまま漬け物をつまみながら半分程食べた。
味噌汁を啜り、塩気の強さを中和するためにサラダをとる。残り三分の一といったところでカツ丼に戻り、再度食べる。漬け物はカツの油っぽさを改善してくれた。
残ったのはつゆの染みたご飯と少しのサラダとオレンジ。
ご飯だけになってしまっても、美味しいのだからカツ丼は凄い。いや、全ての丼物に言えることなので、丼物は凄いと言うべきだろう。
オレンジを反らせて身を剥がす。美味しい。
『ごちそうさまでした』
「ごちそうさまでした」
トレーをカウンターに置く。靄は去っていく私に手を振っていた。
『腹ごしらえも済んだし、次は作戦会議かな』
『そうですね。さて、拠点には何が残っているのでしょうか。』
コトイリと異次元教会について話しながら、私は境さんの部屋へと向かった。