私達が立ち止まって街灯の根元を見つめていると、境さんが振り返る。コトイリが指し示したままコクリと頷くと、境さんは魔法少女の衣装を纏った。
「『
雰囲気が変わる。道を通る人が少し首を傾げてから建物側、つまり街灯から離れた方へと移動したのを見た。
認識阻害とかそういうのかな。外側からどう見えているのか、少し気になる。
『特に決まった見え方はないようですね。ゴミ山や地上機器、倒れた酔っぱらい等、その人が自然と離れていく物に見えているようです。当然レテ達は見えていません。』
『そうなってるんだ』
ふと、空中にキラキラ輝く直径7cm程の輪が現れた。金とも青とも赤ともつかない不思議な色をした輪だ。
輪が激しく回転し、異次元エネルギーを放出する。それらのエネルギーは街灯の根元へと向かい、消えていく。いや、吸い込まれていく。
何もないように見えていたそこに、穴が出現し、段々と広がっていく。人が入るのに十分な大きさになったところで、輪は静止し、エネルギーの放出もまた止まった。
輪は消え、人が通れる程の大きさの穴だけが残された。
『はい』
「うん」
堺さん、私、コトイリの順で穴を通り異次元に入る。目の当たりにしたのは待合室のような場所。殺風景で小さな白い部屋の両側にはソファーが設置され、正面には扉が見える。
『山田さんが言った通りの場所だね』
『相変わらず、杜撰な仕事です。』
進み、扉を開く。果たしてその先には手術台があった。しかし、歪んだ球のようなものはない。覚えている話の流れからして、山田さんが人型マスコットだった時、その喉の奥にあった歪みがそれだろうから当然か。
「何もないな」
堺さんが顔をしかめる。
手術台以外の何もかもがないここには、証拠や手掛かりもない。要するに、成果を得られそうにないということ。
了解し、コトイリに私が異次元を出たら堺さんに言うように伝えて、戻る。
開いたままの穴を通る。ビルを後ろに人が通り過ぎ、道路を車が走っている。街灯の方に向き直ると、穴は無くなっていた。
『おかしい』
異次元に開いた穴は、閉じようとしなければ閉じないはずだ。
堺さんが私への影響を避けるために閉じたのか。いや、彼女にそんな能力はない。
それができるのは、異次元で発生した存在だけだ。
『コトイリ』
返事は返ってこない。
『コトイリ』
もう一度呼ぶ、返事はない。
『コトイリ!』
語気を強める。頭にあるのは私の言葉だけ。確定だ。確定、してしまった。
脳裏に浮かぶのは過去の会話。誰もいない綺麗な部屋の中、心もとなくなってコトイリの名前を呼んだあの時の記憶。
『ねぇ、コトイリ』
『何でしょう。』
『……そうやってさ、すぐに来る時とそうじゃない時の違いって何』
『私の周りに他の異次元生命体がいるかどうかですね。』
『ふーん。仕事中は対応が遅れますってこと?』
『大体合ってます。……レテ。』
『なに』
『もし、何度名前を呼んでも私が来なかったら逃げて下さい。』
『なにから、どうやって』
『それは分かりませんけど……多分、そうなったら私は存在しなくなっていますから。』
その言葉に衝撃を受けた私は、コトイリに説教をした。私にとってのコトイリの重要性を思う存分伝えた。結局そんなことはこれまで起きなかったが、今まさにそれが起きている。
『どうすれば』
そんなの簡単だ。行ってしまえばいい。私にはそれができる。
『どうやって』
気付いているだろう。コトイリが何をしたって、気付かないはずがない。私は魔法少女。そして──
『レテは、レテ達は異次元で生まれたのだから』
目の前の異次元に穴を開けた。
◆◆◆
なんだ、こいつは。
「何かと思えば同胞と憎き魔法少女じゃないですか。何?組みましたか?」
「見ていたでしょうに白々しい。」
「あはっ。その口調はどうしたのですか。やけに人間っぽくなってしまって」
「そんなことはどうでもいいでしょう。」
目の前で口論を繰り広げているのは、レテとかいう後輩魔法少女の使い魔のコトイリと……なにか。
見えないのに、そこにいると分かる。存在しないのに、存在していると確信する。話していないのに、耳が音を捉える。
「特定異次元生命体を確認。殲滅シーケンスを起動します。対象を指定。吸込強化。」
「リング!?」
私の使い魔のリングが、勝手に腕から抜け出し、聞いたこともないシーケンスを起動する。それとほぼ同時に、なにかが不愉快であるという情報が勝手に脳に刻み込まれる。
「それ、やめてください」
嫌な予感がした。だから、魔法を唱えた。
「『
終焉の時に降り注ぐ流れ星がなにかに襲いかかる。
「なんで、それが通じると思うのでしょうか」
流れ星は掻き消えた。そいつが距離を詰めて、リングに接近する。その魔の手がかかる直前、板のようなものがそいつを阻んだ。
「逃亡シーケンスの起動を要請します。」
「状況を再確認中……了解。逃亡シーケンスを起動。」
「邪魔するんですか、同胞。何もしないなら見逃してあげたのに」
「このぐらい、君には妨害にもならないでしょう。」
使い魔とあいつは睨み合い、リングはまた知らないシーケンスを起動させる。我輩は完全に蚊帳の外。
「ま、そりゃそうですけど」
音もなく、さっきまであった板が消滅する。
「逃げられる前に」
なにかが近付く。
「『
「無理だって思いながらやったら、無理に決まってるじゃないですか」
その通りだ。魔法少女の魔法は自身の意識に大きく作用されるのだから。さっきの板と同じように、壁が現れる。その瞬間、そいつは向きを変えて、リングを破壊した。
「いつのまに同胞はそんな甘ちゃんになったんですか。これで、帰還手段はなくなっちゃいましたよ」
「……別に、人間への印象が変わった訳ではありません。」
「じゃあ、なにがあったんですか。この二年間、失踪して、計画をめちゃくちゃにして!」
大声。もう我輩はないものとして扱われているような気がする。人は無視されると、冷静になるのかもしれない。そんなことを思いながら、そっと離れる。
「同胞がいれば、もう拡散は終わってたんです!」
「誰か一人に頼る策も、たられば論も、みっともないの極致ですよ。」
「そういう話はしてない!」
会話が止まる。異次元の何もなさが際立つ静けさ。先に話し出したのはなにかの方だった。
「……もう、こっちに来る気はないんですか」
落胆。一言で言い表すとそうなるだろう。これまで我輩やリングにはあったものの、あの使い魔には決して向けられなかった殺意が、向けられる。
「そうですね。でも、勘違いはしないで下さい。人間の味方なんてする気は更々ありません。」
殺意に反応せず、余裕綽々な様子で答える。相手の反応からしてそれ程強くは見えないが、何か策があるのだろうか。我輩はどこか観戦気分でその光景を眺める。
状況と反して呑気な行動を取っている自分に、これが防衛本能というやつなのかもしれないとこれまた呑気なことを考えていた。
「言い訳はどうでもいい。はぁ、がっかりです。いくら貴方が器用でも、出力じゃ僕に勝てない。それが分からない貴方ではないでしょうに」
「一対一では勝ち目はないでしょうね。でも、私は一人ではないので。」
言うと同時に、待合室とここを繋ぐ扉が大きな音を立てて吹っ飛ぶ。
そこにいたのは後輩の魔法少女、レテだ。なぜか全身を覆う靄は無くなっていて、幼い顔がよく見えた。
「コトイリ、あの時私がなんて言ったか覚えてる?」
後輩の問いかけに、使い魔は目を細めて返した。
「『そうなったら私が絶対に助ける』でしたっけ。」
「正解」
足首のうさぎの脚が揺れ、エメラルドグリーンに染まった日傘から液体が滴り落ちる。
「助けに来たよ、コトイリ」
そう言って、彼女はビームをなにかに向けて放った。