はじめは、ただの観察対象だった。でも、一緒に事件の調査をして、その人柄に触れて。あざみーは、ただただ優しいだけの女の子だということが分かった。本当に大学生なのか疑いたくなるほど、人の悪意に疎くて、他人のことなのに、まるで自分に言われたかのように落ち込んだりする。
そんなあざみーのことを、あたしはいつの間にか大好きになっていたんだ。
「ジャスミンさん、さっきは助けてくれて、ありがとうございます!」
「あれはマジビビったわ。まさか、特定を聞いた犯人が暴れ出すとはね。あざみーに怪我がなくてよかった」
車を運転しながら、話す話題はさっき解決したばかりの事件のこと。いつものように怪異を特定して、その正体をセンター長が解体する。それまではよかった。問題はそこからだ。怪異の正体と言い当てられた犯人が逆上し、ナイフを持ってあざみーに襲い掛かったのだ。ただ、事前に警戒していたこともあり、ナイフを叩き落とした後、鳩尾に肘を入れて犯人は無力化できた。
以前にも、似たようなことはあった。例えば、ブラッディ・メアリーに変装したきのこを止めた時だったり。でも、今回はあの時以上に、背筋が冷えた。明確にあざみーに向けられた脅威に、そしてあざみーを失うかもしれないということに恐怖を感じたのだ。今でこそ何でもない風に話せているけれど、怪我がなくてよかったというのは本音だった。
「えへへ。なんだか私、いつもジャスミンさんに助けられちゃってますね」
「それ、今さらじゃない? ま、安心しなよ。これからもあざみーのことはあたしが守ってあげるからさ」
「え、なんですかそれ。ジャスミンさん、今の何だか凄くかっこよかったです! もう一回言ってください!」
「アタシガマモッテヤルゾー」
「うう、凄く棒読み⋯⋯! 心が! 心がこもってないです!!」
ぽかぽかとあたしの腕を叩くあざみーを軽くあしらいつつも、心臓はばくばくと音を立てている。ちらりと一瞬だけ盗み見たあざみーは不満げに少しだけ頬を膨らませており、若干あざといその表情も、あざみーがすると非常に似合っていた。このフリフリ女子大生、あまりにも可愛い生き物すぎる。国は早くあざみーを天然記念物として保護しろ。いや、あたしが保護する。
「でも、私、本当にジャスミンさんには感謝してるんです。だから、私にできることなら、なんでも言ってくださいね!」
「⋯⋯じゃあさ。次の休み、あたしとデートしてよ」
思考があざみーに支配されていたせいか、口から出てきたのは、そんな自分の欲望丸出しの言葉で。慌てて取り消そうとした時には、バックミラーに映るあざみーが期待に目を輝かせていて、とてもじゃないが今さら無かったことにはできなかった。
◇◆◇◆◇◆
ついデートと口走ってしまったものの、女2人で休日出かけるなんて、よくある話だ。それをふざけてデートと呼称することだってある。それでも、あざみーとはプライベートで一緒に出掛けたことはなかったので、柄にもなく緊張しているのが自分でも分かっていた。
本来、自分の立場でこのようなことはすべきではない。今は全く警戒していないとはいえ、一応都市伝説解体センターには潜入調査の名目で潜り込んでいて、あざみーはそこの職員なのだ。潜入捜査中に対象とデートに行く馬鹿が、どこにいるというのだ。
そうだ。今からでも遅くない。外せない用事が出来たことにして、何とかドタキャンできないだろうか。問題は、今からキャンセルとなると間違いなくあざみーが悲しむし、自分も罪悪感でメンタルがやられそうだ。そこで、理由付けのために、上司の力を借りる。
「止木です。今、お時間よろしいでしょうか?」
『あなたが休日に電話をかけてくるなんて珍しい。で、いったい何の用かしら。止木警視正』
通話の相手は、上司である富入警視監だ。本来、このような用事で呼び出せるような相手ではないが、この上司は見た目に反して案外親しみやすい。心の中で謝罪しつつも、緊急事態だと割り切って、ここに至るまでの経緯をかいつまんで説明した。すると、スマホ越しに返ってきた上司の声は、どこか呆れたような様子だった。
『あなたって、私が思っていたよりも馬鹿なのかしら? 別にそれくらいで止めるわけないでしょう』
「え」
『あざみさんとのデート、楽しんできなさい』
「ちょ!?」
慌てて呼び止めようとするも、その時には既に通話は切られてしまっていた。頼みの綱を失い、茫然と立ち尽くすしかできない。画面に表示された時刻を見ると、もう待ち合わせの10分前になっていた。こうなってしまった以上、覚悟を決めて行くしかないだろう。両手で頬を叩いて気合を入れ、待ち合わせの場所へと向かう。
数分後、目的地の目前に到着した。あざみーの性格的に、おそらく先に待ち合わせ場所で待っているに違いない。きょろきょろと視線を巡らすと、ひと際目立つフリフリの恰好に身を包んだ後ろ姿が見えた。間違いない、あざみーだ。しかし、どうも様子がおかしい。あざみーの目の前に、男が数人立って、何やら話しかけている。
「ねえ、そこの君1人? 可愛いねぇ~」
「今暇? 俺たちと一緒に遊ばない?」
「え? えっと、その⋯⋯」
あれは、ナンパだ。確かに、あざみーのあの可愛らしい外見と無防備なオーラ、ナンパされる要素は十分に揃っている。あざみーの困ったような声が聞こえ、あたしは数分前の自分に対し舌打ちした。あんな馬鹿なことをせずに、もう少し早く来ていればあざみーが男たちに絡まれることはなかった。
そんなしょうもない後悔を置き去りに駆け出したあたしは、男たちとあざみーの間に割り込むように飛び込んでいった。
「ごめんあざみー! ちょっと遅れた」
「じゃ、ジャスミンさん!」
あざみーはよほど困っていたのか、少し涙目になっていた。そんなあざみーを慰めるべく頭に手を置きながら、振り返って男たちの方を向く。
「⋯⋯つーわけで。この子あたしの連れなんで。ナンパはやめてもらっていいですか?」
「おいおい、こっちの子も結構可愛いじゃん!」
「ちょうど俺たちも男2人だしさぁ。ダブルデートとかどうよ?」
やんわりと断りを入れたが、男たちはしつこく食い下がってくる。暴力に訴えてもいいが、それは最終手段だろう。だから、男たちには理解してもらう。あざみーとデートするのは、お前たちではなく自分だということを。
あたしは、あざみーの頭の上に置いていた手を腰に回し、ぐっと力強く引き寄せた。そして、あざみーを抱き寄せた姿勢のまま、男たちに告げる。
「見ての通り、あたしらこれからデートだから。あんた達の入る隙間、どこにもないんだわ」
「え、なんだこれ、尊い⋯⋯」
「俺たち、邪魔者みたいだな⋯⋯。お幸せに!!」
もしこれでもいちゃもんをつけてくるならば最終手段を選ぼうと思っていたが、男たちは予想以上に物分かりがよい連中のようだった。何故だか両手を合わせて拝みながら、そそくさと立ち去っていく。その後ろ姿を見送り、ほっと息を吐く。流石に男2人を相手するのは手間がかかる。穏便に済ませられたのは幸運だった。
「ふぅ、行ったか。あざみー、大丈夫だった? ⋯⋯あざみー?」
あざみーに声をかけるも、反応がない。疑問に思って顔を見ようと視線を向けると、そこには顔を真っ赤に染めたあざみーがいた。
「あざみー、どうしたの!? 顔赤いよ、大丈夫!?」
「⋯⋯ジャスミンさんの、馬鹿」
「ええっ!? あたし、馬鹿って言われたの今日で2回目なんだけど!?」
「分からないんならいーんです! デート、行きましょう!!」
そう言って、あざみーはあたしの腕を引っ張って先を歩く。いつの間にか、あざみーの顔には笑顔が戻っていて、あたしも釣られて自然と笑顔になっていた。
いつかは、あざみーにもあたしの正体がバレて、一緒にいられなくなってしまうかもしれないけれど。それまでは、こうして、あざみーと一緒の時間を楽しみたい。
そして、願わくば⋯⋯ずっと、あなたと一緒にいたい。
2話目も近日中には投稿します。