花街の影法師   作:ヨシフ書記長

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もう少し設定乗せようかな


路地裏の掃除人

「叔父さん。もう出るんだろう?」

 

私がそう問いかけると…叔父はちょいと顎をしゃくっただけだった。

 

「……おうよ。今夜はな、ちぃとばかし”ネズミ狩り”の続きってな」

 

叔父の表情に浮かぶ薄い笑みは…まるで殺風景な野原に咲く一輪の毒花みたいだった。

 

「叔父さん…気をつけて」

 

私が言うと、叔父は杖の先で…床を小さくコツンと叩いた。

 

「おうとも…。わぁってるよ…。ただ、なぁ…猫猫」

 

ぼそりと、湿った声。

 

「今回の一件…嫌な予感がしやがる…。厄介なのは、例の”黒い服の男”じゃねぇ…。そいつらを手引きしていやがるのは…内側の”誰か”だ」

 

私は、はっと息を呑んだ。

 

外からの連中なら…叔父ひとりで、どうとでも出来る。

けど、内側の誰か――つまり、緑青館に近しい者たちが何かに関わってる可能性があるなら……話は別だ。

 

 

「裏切り者ってことか…」

「おう。まぁ…裏切りたくもなるさ。金と女…薬。どれをとっても簡単に人間を狂わす理由ならァな」

 

叔父はぽつりと呟いた。

それはまるで、自分自身に言い聞かせるような口ぶりだった。

 

「猫猫。おめぇは深入りすんな」

「……でも」

 

言いかけた私に、叔父は珍しくぴしゃりと言葉を重ねた。

 

「いいか。俺ぁ…どんだけ汚れ役やらされても構わねぇ。けどなぁ…おめぇだけは汚れちゃいけねぇんだ」

 

……その言葉に、胸が詰まった。

 

叔父さんはいつもそうだ。

何も言わずにすべて自分で背負おうとする。

 

「……わかったよ。叔父さん」

 

仕方なく頷くと、蘭明はようやく杖をついて立ち上がった。

 

「いい子だ」

 

ぼそりと、聞き取りづらいほど小さな声でそう言うと…

私の頭をくしゃりと撫でると、暖簾を潜り抜けまた夜の闇へと消えていった。

 

ー暗い花街の裏路地ー

 

 軒先の灯りもぽつりぽつりと消え…まるで街全体が息を潜めたかの様な奇妙な静けさが漂っていた。

蘭明は人気のない路地を音もなく歩く。

 

その耳には…夜の帳に紛れた微かな音――履物の擦れる音、呼吸のリズム、衣擦れの気配――すべてが鮮明に届いていた。

 

(三人…いや、四人か)

 

気配を読み、音を聴き、空気を切り裂く”殺意”の匂いに…蘭明は静かに目を細めた。

 

「さぁて…誰から潰してやろうかねぇ」

 

ぼそりと、そう呟いた。

次の瞬間…!闇の中からぬるりと影が飛び出す。

影の手には鈍く光る刃…!

 

だが、蘭明はまるで先を読んでいたかの様に、半歩だけ後ろへ下がった。

 

「遅ぇよ」

 

鋭い声とともに、杖が振り抜かれる。

 

鈍い音。 男の腕が変な角度に曲がり、刃が地面に転がった。男が悲鳴をあげる暇なく、蘭明は男達を叩きのめしていく。

蘭明は一人の男に迫ると、杖を横に振り払った。腕を引き寄せ、逆手でしっかりと掴むと、膝を男の腹に叩き込む。ボコッという音が響き、男は呻きながら地面に崩れ落ちた。だが…蘭明は止まらない。

続けて、もう一人に向かい体を低く構えて踏み込むと、拳を胸に叩き込む。骨が砕ける音が路地裏に響き渡り、男は声を出す暇もなくその場に倒れこみ動かなくなった。

 

その時、まだ無事な男が叫んだ。

 

「て、てめぇ…!調子に乗んじゃねぇぞ!おい!お前ら!やっちまえ!」

 

更に暗がりから別の男たちが一斉に飛び出す。

 

その瞬間――

 

蘭明の体が…。すぅ…と闇に溶けた。

 

「ど、どこだ……!」

 

襲撃者の焦る声…。

だが、返事はない。

 

代わりに…背後から聞こえたのは――

 

“ガシャン”――

 

誰かの体が…路地裏の水桶に叩き込まれる音だった。

 

一人、また一人。

 

気づけば、暗がりには呻き声だけが転がっていた。

 

蘭明は、最後に残った男の襟元を無造作に掴み上げると、男の顔をぐっと近づけ、ゆっくりと問いかけた。

 

「骨を砕かれたくなけりゃ、さっさと喋れ」

 

無慈悲な冷徹な言葉が、路地裏に響き渡った

 

 

「言うまで、指を一本ずつ折って数えてやるよ」

 

 

顔から血の気が引いた男は、がくがくと震え必死に口を開いた。

 

 

「し、知らねぇんだよっ……!顔も知らねぇ……!ただ、“お頭”って呼ばれてるやつから指示が来るだけで……!」

 

 

蘭明は、男を睨みつけたまま、無言で手に力を込める。

軋む骨の音に、男は半狂乱になって叫んだ。

 

 

「た、頼む!本当だ!……たまに、赤い帯を巻いた女が伝言を運んでくるんだ!それだけしか知らねぇっ!」

 

 

「……赤い帯、ねぇ」

 

蘭明は男をぽいと地面に投げ捨てた。

 

 

男は呻き声をあげ、泥水にまみれながら這うようにして路地裏から逃げ出していった。

 

 

 

蘭明は、杖をつきながらひとつ深く息をついた。

 

 

(赤い帯……女か。さては、緑青館の中にも潜ってやがるな)

 

 

路地裏には、倒れた男たちの呻き声だけが響いている。

しかし、蘭明の瞳にはすでに次の標的が映っていた。

 

 

街の中。

もっと深い場所。

 

 

たとえば――緑青館の奥座敷。

 

 

 

 


 

 

その夜の遅く、蘭明堂の暖簾が小さく揺れた。 

猫猫はまだ眠れずにぼんやりと机に突っ伏していた。

 ふと気配に気づき顔を上げると、暖簾の向こうにうっすら血の匂いを纏った叔父の影が立っていた。

 

 

「……叔父さん」

 

 

小さく呼びかけると、叔父は無言で片手を上げると…いつものようにのっそりと中に入ってきた。

 

 

杖の先からぽたぽたと血が滴っている。

それでも叔父の顔は、どこか満足げだった。

 

 

「……済んだ?」

 

 

問いかけると、叔父は一度だけ…小さく頷いた。

 

 

そして、血に濡れた杖を壁に立てかけると肩を落とすようにして、長椅子の上にぺたりと座り込んだ。

 

 

「おうよ。まだ全部じゃねぇけどな」

 

 

ぽつりと、疲れた声で答えた。

 

 

猫猫は湧いていた薬湯を湯のみに注ぐと、叔父の前に湯呑を置いた。

叔父はそれを黙って受け取り、ずずっと啜る。少しだけ、部屋に安堵の空気が流れた。 

だが、その安らぎも束の間。 

叔父はふと目を細め、低く呟いた。

 

 

「猫猫。……おめぇの周りにも、もう”匂い”が回ってきてやがる」 

「……匂い?」

「裏切り者のな」

 

 

叔父の瞳は…どこまでも冷たく鋭かった。

 

「だから、肝に銘じとけよ。次は、誰が味方で、誰が敵か……自分で見極めねぇといけねぇ…」

 

猫猫はぐっと湯呑を握りしめた。

花街のもっと深い闇。

それが…静かに猫猫のすぐ近くまで忍び寄っている――。

夜は…まだ終わらない。

 


 

数日後___。

花街から戻ってきた後宮では…微かな異変が起き始めていた。

猫猫は毒味役としての仕事の合間に…ふとした違和感を感じ取っていた。

 

(……なんだろう。この空気の重さ)

 

女官たちの笑い声は…ぎこちない。更には侍女たちの足取りにも…どこか怯えが滲んでいる。

 

――そして何より。

 

壬氏の周囲に今まで見かけなかった顔ぶれが増えていた。

 

(宦官が増えている?)

 

以前から…壬氏に付いていた高順以外にも見た事ない宦官達が増えていた。ぎごちなく落ち着きない宦官達が…ソワソワと壬氏の周囲を歩き回っている。

 

まるで…壬氏様を監視してる様な____

 

暫くして____

 

「薬屋…」

 

振り向けば…そこにいたのは、どこか張りつめた表情の壬氏だった。

 

「少し来てほしい場所がある」

 

そう言った壬氏の声は低く…。そして何より――油断がなかった。

 

 

 

***

 

 

連れてこられたのは…。後宮の中でも…ほとんど使われることのない古びた小部屋だった。壬氏は部屋の入り口に高順を立たせ、猫猫とふたりきりで中へ入った。

 

「猫猫…最近妙な匂いを嗅いだか?」

 

壬氏の問いに猫猫はごく小さく頷いた。

 

「ええ…。知人からも、同じことを言われました。裏切り者の匂いだとか…」

 

壬氏の瞳が、細められる。

 

「やはり…か」

 

壬氏は懐から、ひとつの布包みを取り出した。

開くと…中には奇妙な細工が施された香袋――その中には真紅の糸で縫われた小袋が入っていた。

 

「これが、最近後宮に持ち込まれた”賄賂”だ」

 

小袋を手に取った猫猫は、鼻を近づけて嗅いだ。

 

(……甘いけど。どこか、刺すような……)

 

薬師の勘が警鐘を鳴らす。

これは…ただの香ではない。

人間の意識を鈍らせる特殊な薬草が練り込まれている。

 

「これを女官たちにばらまいていた連中がいる。持っていた女官によると…”黒い服の男”から貰ったとーーー」

 

壬氏の言葉に、猫猫の背筋が冷たくなる。

叔父が追っていた"黒い服の男"

それが、すでに後宮にも手を伸ばしてきている――。

 

「猫猫。お前は…今まで通り振る舞え。俺も…もう少しで尻尾を掴める」

 

壬氏の瞳は、闇を裂く刃のように鋭かった。

 

(私だけのんびりしてる場合じゃない)

 

猫猫は、そっと胸に手を当てた。

静かに…。しかし確かに――

闇の匂いは…すぐそこまで迫っていた。

 


 

そして、その夜_____

 

 

蘭明堂では…蘭明が静かに猫猫宛の竹簡を広げていた。

そこにはこう書かれていた。

 

【緑青館の中に潜む赤い帯の女…。その女は後宮の使いとも繋がる。

気をつけろ、次に狙われるのは――猫猫…おめぇだ】

 

蘭明はゆっくりと…燻らせながら煙管を呟いた。

 

裏の掃除人(オレ)の出番も再びかねぇ…」

 

夜はまだ終わらない。

花街と後宮と…

ふたつの闇が静かに交差しようとしていた――。

 

 




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