悪役貴族転生【女装】悪役令嬢ルート~99通りで断罪される悪役に転生して女装したら死亡フラグが無くなる代わりに周囲の目が怖くなってくんだけど?~ 作:あずももも
「それに――――」
がたっ。
優雅な動きで席を立った彼女が――一瞬で詰め寄ってくる。
そうだ。
この子は僕たちと一緒に冒険者をやっているから、普通の貴族子弟とは違って動きが洗練されているんだ。
「すんっ」
「 」
首筋を、嗅がれた。
――それはつまり「やろうと思えばいつでも寝首を掻き切れる」という、アピールも同義で。
「――――――ユリア様の匂い。汗の匂い。動き回って疲れきった日のそれが、ジュリオン様から漂っていますわ。あるいはご実家関係の愚痴をこぼされるときのそれも混じっていますね? 存じております――だって、この3年間毎日、床を共にしていたのですから。男子とは、知らずに……ね?」
「 」
さすがにこの3年間、しょっちゅう――連れションとお風呂だけは別行動を死守するも、それ以外の野営先ではずっと一緒だったから。
「双子――なるほど。それならば素敵な匂いまでが同じだとしても。ですが」
彼女は、そっと――汗だくになっていて反応できない僕を、けれどもその汗すら愛おしいというように抱きしめながら。
「実務が中心で滅多に屋敷から出ないはずですのに――どうして、こんなにも日焼けをしているのですか? もちろん存じておりますけれども――だって、この1ヶ月は特に、『何故か』『まるで何かから逃避されるように』モンスター討伐へ熱心でしたもの……ね?」
あ、もうこれダメだわ。
「実は、前から疑問だったのですわ? 大概のことへはおおらかな『ユリア』が、冒険者の宿命としての同性同士で手早く用を足すというものや、同じく水場で体を拭いたり湯に浸かったりすることを――『わたくしやあの3人娘とだけは』徹底的に避けていたことが。ええ、もちろん同性でもそういうものが苦手な方は居る――ただ、3年間1度も、というのは少々を飛び越して疑念でしたの」
完全に退路まで断ってきてるほどに確信あるどころか、完全に確信してる。
「――――――――ねぇ? ゆ・り・あ?」
首筋に軽く立てられる、10本の爪の感覚。
……もしかして僕、10歳にして終わった……?
「………………………………」
「 」
僕はもう駄目だ。
胃が痛いんだ。
「……ふふっ」
ぷちり。
僕のシャツのボタンがひとつ、ふたつと外され、首筋を――恐らくは普段の移動用の服装で隠せていない部分の日焼けと日焼けしていない場所の境目を、彼女の鼻息が当たるくらいの距離で見られている。
こわい。
怖いし、ぞくぞくする。
この感覚は、少し前に――そうだ。
エロディーさんに絡め取られかけたときの、あれ。
でもあれとは似てるけど別の方向性の重たくてじっとりしてねばっこいなにかが、僕を包み込んでくる。
え?
メインヒロインのあの子が、高飛車でわがままで猪突猛進で厄介極まりない1人だったマルセラが――こんなことを?
………………………………。
ああ、そういやあの子――マルセラ・マルシュは、独占欲がとてもとても強い系のヒロインだったっけ。
……リアルの女の子って、怖い。
僕はそう現実逃避した。
「――ねぇ。貴方の姉が居たのなら。そのお生まれの時に、事情があって内密にしていたとしても……王家と私の家へは伝えられているはずですよね? だって貴方は、かのセレスティーヌ姫様の御子。その姉もまたもちろん王位継承権をお持ちのはずで、もちろんのこと王家はそれを伝えられているはずで、その方と家族になるはずの私が知らねばならない情報ですものね? この推理に間違いはありまして?」
ないです……。
ていうかほとんど王手かけてるって理解してるのに、さらに追い打ちしてくるね……そっか、女の子ってそういうとこあるもんね……。
ぼそぼそと耳元でささやかれる、マルセラさんの低い声。
普段、僕が最も癒やされている彼女の、僕を必要以上に持ち上げないフラットな話し方をするときの声音。
好きな声なのに、今はおなかまでがきゅってなる声。
「……情報漏洩防止のために王家のごく一部にしか伝えられなかった。そうだとしまても、少なくとも私には同じく伝えられているはず――なにしろ、これでも私はジュリオン様の婚約者なのですから」
うん、そうです。
だってそもそも、ユリアを名乗るようになったのは――
「だから、少なくとも――そうですね。『ユリアの名前を聞かなかった時期の、5年前――あのときまでは「存在していなかった」』のではなくて? そして、3年前……わたくしがあの方に町で声をかけられ、助けられた時期から『存在していた』。どうかしら?」
あ、はい、そうですね。
完璧な推理だと思います。
僕はもうおしまいだと思います。