悪役貴族転生【女装】悪役令嬢ルート~99通りで断罪される悪役に転生して女装したら死亡フラグが無くなる代わりに周囲の目が怖くなってくんだけど?~ 作:あずももも
「それに」
耳たぶを噛む勢いで、近い吐息とともに。
「『ユリア様』が実在したとすれば――『私の知る彼女』なら、絶対に弟様の婚約者である私の来訪を留守にされるなど、あり得ませんもの。ええ、あの人なら――絶対に。……あらあら? そういえばユリアの婚約者もまた貴族のはずですが、馬車はどこに? 警護の方々は? お付きの方々は? ――無事結婚できたなら家族となる間柄となるわたくしの家へ、どこからもひとことも連絡はいただいておりませんわ?」
「私」、「わたくし」。
まるでマルテルさんとマルセラさんが同時に存在して、僕の両耳へASMR的な尋問をしてきているかのよう。
……ああ、そうだった。
この子――メインヒロインにしてジュリオン様の婚約者の子は、ハーレムルートに入ると主人公をこうやって理詰めで押し込んでくるんだった。
嘘やごまかしが利かないからジュリオン様に敵視され、それゆえに主人公を振り回す子だったんだ。
そしてこの子を選ぶと、ハーレムルートの難易度が跳ね上がるんだった。
僕はこんな手遅れのタイミングになって、それを思い出したんだ。
「………………………………」
「 」
じわ、じわ。
ぷつ、ぷつ。
彼女に包まれている首筋から、汗がにじむ。
……いっそのこと、殺してほしい。
そう思っていた僕は、けれども。
「――――――――こほん」
すっ――彼女が離れる感覚。
「失礼しました。つい、めまいがしまして倒れかかってしまいましたわ」
数秒、それとも十数秒、あるいはそれ以上。
ずっと抱きつかれ、至近距離で観察されていた僕は、ぱっと解放される。
どう聞いても嘘でしかない言葉。
今までと真逆の方向性の言葉。
……獲物/ジュリオン様/僕を刈り取る寸前で、どうしてこんなことを?
「私の実家からジュリオン様のお屋敷へは、かなり長い旅程を……ですので疲れが出て、そのために意識が朦朧とし、つい変なことを口走ってしまったかもしれませんの。申し訳ありません、ジュリオン様」
イスの横で綺麗な礼――屈みながら両手でスカートを横へ軽くつまみ上げるカーテシーをした彼女が、頭を下げてくる。
「本日はお姉様がご不在というのは残念ですが……私はジュリオン様へ無礼を働いた女。いくらお優しいユリア様でも、許せないものはあるのでしょう」
「………………………………」
「ですから仕方がありませんわ。嫌われてしまっている以上、顔を合わせることが叶わないとしても……わたくしの不始末というものですから」
彼女の上げた顔は、どこか寂しそうな笑顔。
「よろしければ、少しだけで構いませんのでお庭を散策させていただいてもよろしいでしょうか? 本日はそれだけでおいとまを……」
席に着き直した彼女は茶菓子を口にしつつ――けども、「ユリア」について口にする前の態度に戻っている。
それはまるで「その件についてはなかったことにしている」ようで。
………………………………。
――僕が、だんまりを決め込んでいたから。
きっと、「ユリア」としての僕と一緒に――10歳の子供としてはとても長かっただろう3年間を、共にしてきたから。
だからきっと、僕が話せない事情を察して身を、引いてくれた。
きっと、そう。
「大変な失礼を……わたくし、以前の非礼をお許しいただいただけでなく、今回のことも……」
深々と頭を下げてくる、彼女。
「………………………………」
……貴族令嬢とはいえ、10歳の女の子に――こんな気配りをさせるだなんて。
前世で最低20年、今世で自覚してから5年は生きていて――なによりも男の僕が、はるか年下の女の子にここまでさせるだなんて。
そんなのは――ジュリオン様以前に、男としての僕の恥だ。
子供に気を遣わせるなんて、大人としての恥だ。
だから僕は、
――ちりん。
彼女を。
メインヒロインのマルセラ・マルシュ――女神マルテルさんへ、告白することを決断した。
「――お呼びでございますか、ジュリオン様」
すっ。
ベルを鳴らした瞬間に音もなくドアを開けて侵入してきたベルトランが、床に膝をついて尋ねてくる。
さすがは元王家の騎士団をまとめていた存在で、3年前からやけに若返った人だ――見た目は壮年の執事なのに、身のこなしはさっきのマルテルさんもといマルセラさんよりも、確実に上。
……ダンジョンとか潜らずに、庭でときどき鍛錬してるだけでここまで維持できるものなんだろうか。
維持できるものなんだろうね。
なにしろレベルとスキルのある世界だからね。
元騎士団長ってすごいね。
「マルセラは婚約者。つまりは――『身内』だ」
「委細承知しました――旦那様方へは私めから」
――すっ……ぱたん。
一礼をしたと思ったらドアを閉めている老執事。
……あの人、僕関係――いや、母さん関係だとああなるんだよなぁ……便利だけどさ。
「……え? あ、あの、執事の御方……え? 今、まったく気配すら……?」
そんな彼を、去り際の一礼でようやくはっきり認めたらしいマルテルさんが――初めて動揺した声で見送っている。
うん……ダンジョンでそれなりに強くなって気配察知もできるって思ってるところへ「あれ」だからね。
僕たちは、そこそこダンジョンへ潜ってきた。
けれども――貴族としてのポテンシャルで最初から強かったけども、それでも数十年のベテランには勝てない。
レベル、スキル――そしてあらゆる経験で。
それはもう、ジュリオン様がやらかすルートで領へ討伐へ来た王国軍率いる主人公パーティーへも歯が立つほどには。
………………………………。
……あとで稽古、着けてもらおう。
対モンスター、対ダンジョンの戦い以外にも、対人間のいろいろも教えてもらわないと……さっきみたいな場面で、まるで捕食される雄カマキリみたいな顔をするしかなくなるからさ。