新エリー都の中心街にある大型書店は、土曜の昼下がりともなればそれなりの賑わいを見せる。けれど、静かに本を手に取る客たちの動きは控えめで、賑わいというよりも、さざ波のように穏やかな気配が漂っていた。
リンはその一角、文具と雑貨の棚で手帳を探していた。予定が詰まってきている。頭の中だけで整理するには限界があるし、スマホのスケジュールアプリよりも、手を動かして書いたほうが落ち着くのだ。
「……これにしよっと。」
ベージュ色の布張り表紙に、小さな金の箔押し。シンプルで、なんだか落ち着く。その手帳を手に取ってレジへ向かおうとしたその時だった。
ふと視線の先、棚の間に挟まる通路の奥──新刊コーナーの手前に、どこか見覚えのある背中を見つけて足を止める。
「……シーザー?」
薄い緑色の髪、肩で風を切るような立ち姿。あの人物が本屋にいるというのは、正直想像しづらい。けれど、それは確かに、郊外をバイクで駆け回る“カリュドーンの子”の現リーダー、シーザーだった。
近づくと、彼女は何やら真剣な顔つきで、新刊の並ぶ平台を覗き込んでいる。意外な光景だった。
「シーザー、何でここに?」
「……うわ、リン!?なんでここにいんだよ!?」
「こっちのセリフだよ。まさか、本屋で会うなんてね〜。」
「悪かったな。本屋に来ちゃいけねーのかよ」
「いや、そうじゃなくて…。何買いに来たの?」
シーザーは少し黙ってから、言いづらそうに視線を逸らした。
「……本。」
「へえ。いつも読んでる恋愛漫画じゃなくて?」
「うっせぇな。別にいいだろ?オレだって本くらい読むぜ?」
どこか照れ隠しのような、けれどどこか自慢げな調子で胸を張るシーザーに、思わず笑いそうになる。
「そりゃまあ、読むのは自由だけどさ。ちょっと意外でさ。何読むの?推理?それともノンフィクション?」
「んー……まあ、そんな感じだ! ジャンルとかそういう細けーことはどうでもいい!」
そっけないようでいて、どこか浮かれている。足元で軽くステップを踏むように体が揺れているのが分かった。なんとなく、当たりをつけた。
「……もしかして、好きな作家の新刊出たとか?」
シーザーは「ふん」と鼻を鳴らしただけだったが、その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「じゃあな、リン。買ったらバイクのオイルも見に行かねーといけねぇし。」
「……うん。気をつけて。」
じゃあな、と言いながら踵を返すシーザー。その後ろ姿を見送りながら、リンは彼女がさっきまで立ち止まっていた棚に目をやる。
何があったんだろう。シーザーが本屋に来る姿なんて、今まで見たことがなかった。それも漫画じゃなくて「本」。
彼女がいた平台の棚には、ひときわ目立つポップが立てられていた。
『マルクスの描く幻想小説の最新刊が新発売!』
大きく書かれたその文字と、青と銀の装丁をした分厚い単行本が、目を引く形で並べられている。幻想世界を舞台にしたファンタジーらしい。帯には“理知と感性が織りなす、幻想と現実のはざまを生きる英雄たちの物語”とあった。
「……マルクス?」
呟いた名前に聞き覚えはなかった。
最近流行りの作家だろうか? いや、それならインターノットや口コミで名前くらい見かけてもおかしくないはずだ。でも、リンの記憶にはない。しかも“ファンタジー”──いかにもシーザーが選びそうにないジャンルに思える。
「うーん……誰だろ、聞いたことないなぁ……。」
頭を傾けながら、リンはそのまま棚の前で立ち止まった。思わず、一冊を手に取ってしまう。分厚いハードカバーの本。その手触りも、装丁も、どこか丁寧で、作り手の気配が伝わってくるようだった。
「……こんな本、シーザーが?」
少しだけ、不思議な気持ちになった。
シーザーが本を読む。それだけでも驚きだったのに、それがこんな──
ページをぱらぱらとめくる。そこには戦乱と魔法、命を懸けて戦う騎士と、彼らの静かな想いが描かれていた。思ったよりも繊細で、優しくて、どこか寂しい──そんな物語だった。
「……あ」
ふと、描かれていた登場人物の一人が、義手の女性騎士だったことに気づく。読み飛ばしかけたページを戻して確認する。その騎士は、左腕に黒銀の義手をつけていた。
(……まさかね。)
ほんの一瞬、脳裏に浮かんだひとりの姿を、リンはそっと振り払った。
「気のせい、かな。」
自分にそう言い聞かせながらも、本を棚に戻す気にはなれなかった。リンは静かに、手に持ったままレジの方へ歩き出す。真実を知るには、たぶん──ページをめくるしかない。
「おーい、マルクス!いるかー!?」
玄関のベルも鳴らさず、いつもの調子で乱暴に扉を開けたシーザーが、バイクの鍵を机の上に放り投げた。
「……ノックくらいしてくれないかな、シーザー。」
何冊も積まれた本の間から姿を見せたのは、眼鏡をかけた青年。片手に本、もう片手に紅茶のカップ。青い瞳を伏せて、少し呆れたようにため息をついた。
「うるせーな。幼馴染にノックなんて水くせーだろ?」
「誰の家でもそれ言ってるだろ君は。親しき仲にも何とやら、だ。」
「うわ、ルーシーと同じこと言うなよ。てかさ、これ読んだぞ。」
シーザーが雑に引っ張り出したのは、マルクスの最新刊。カバーの角が少し折れていた。
「……扱いが雑すぎる。もう少し丁寧に扱ってくれ。」
「面白かったって意味だよ。あの、左腕の義手つけた騎士が出てくる話、あれってさ──」
「偶然だよ、偶然
マルクスが遮るように言った。眼鏡の奥の瞳が一瞬だけ揺れたのを、シーザーは見逃さなかった。
「ふーん……そういうことにしとくか。」
沈黙が流れる。ほんの数秒。でも二人にとっては充分すぎる時間だった。
「なあ、オレさ。腕なくしたとき、お前の顔、今でも覚えてんだよな。すっげえ顔してただろ。」
「そうだね、否定しないよ。」
「でさ、思ったんだよ。お前、あの時何も言わなかったけど、めっちゃ後悔してんだろ?」
「……僕が言っていいことじゃないと思った。君は、きっと前を向いてたから。」
「ははっ、やっぱお前ってさ、ほんっと面倒くせぇな。でも、ありがとな。」
「別に感謝されるようなことはしてないよ。ただ、君が今でもバイクに乗ってるのを見ると……正直、安心する。」
「お前ってやっぱ、変わんねぇな。そういうとこだけは!」
「……そして君は、相変わらずうるさい。ヘルメット、そこの初版本の上に置かないでくれると助かる。」
「あ、マジか!?悪ぃ!」
「……もう少し静かに生きてくれたら、僕の寿命も伸びるんだけどね……まぁ、いいけど。」
青年は静かに微笑んだ。青年の名はマルクス。シーザーの持っている小説の作者だ。
この新エリー都において、彼は"幻想小説家"として知られている。
対比させたかった要素としては、
・シーザーの一人称が『オレ』→マルクスの一人称は『僕』
・マルクスはエーテル耐性が低いため、ホロウ内での戦闘はできない
・外に出て遊んでいた彼女とは違って、本をよく読んでいた
・女性のシーザー→男性のマルクス
・(おそらく)目の色が黄土色のシーザー→反対の青い目
名前の由来としては、
シーザーはカエサルの英語読み→せや!カエサルの側近から名前を決めよう!マルクスええやん、これにしたろ!
という流れで決まった。
名字は政務官をラテン語訳にしたものにしようか検討中。